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こんにちは、おあです。小学生の3人の子どもたちは、ホームエデュケーションを選択しています。
今の学校教育に疑問を持っている方や、今の学校には合わないけれど、代わりとなる教育がなくて困っている方と一緒に、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第112回目の今日は、「不登校支援に校内フリースクールがダメな理由」というテーマでお話ししていきます。
前回ですね、ガンつけまくりの、唾飛ばしまくりの、邪気まみれのドチンピラ放送をしてしまいまして、またもやデストロイヤーウォーを炸裂させてしまいまして、
もうね、ほんとすみません。私は普段あんな怖いおばちゃんじゃないんですよ。リアルな私を知っている方だったらわかりますよね。あんなキャリじゃないですよね。
今日こそですね、今回こそ、クールビューティーな富永愛ですとか、りょうさんみたいな落ち着いたイメージの放送をしたいんですけれどね。
なんかもう無理な気がしてますね。すでにこの時点でね。もう校内フリースクールっていうキーワードの時点で、もう無理な気しかしないんですけれども。
先日ですね、文部科学省が2025年度に、不登校の小中学生向けに校内の学習環境を整備する市町村の支援を強化するということで、校内に教育支援センターというのを設置する費用を出しますというニュースがあったんですよね。
この目的がですね、学校とか教室に入りづらい子どもたちのための居場所を確保するということなんですよ。学校の中に。それで不登校の未然防止ですとか、不登校の児童生徒の登校復帰につなげる狙いだということなんですね。
もうね、今日はね、これがもうダメだっていう話をしたいんですね。またすいませんね。そもそもね、校内フリースクールって言葉自体、自己矛盾も裸々しいと思いません?どこの誰が作り出した言葉だか知りませんけどね。自分で言ってるこの言葉の意味わかってますかって言いたいんですよね。
ちょっと前回のね、111回目の放送で誤解していらっしゃる方もいるかもしれないと思うんでね、ちょっとここでね、それを解いておきたいんですけど。私何回も言ってますけど、私は学校に行くななんて言ってませんよ一言も。学校に行きたい子はいけばいいし、行きたくないと言ってる子はいかなきゃいい。それだけの話じゃないですかっていうことなんですよ。
で、私が問題だと訴えているのは、学校に行きたくないと言っている子供をですね、無理やり行かせようとする大人たちなんです。
ね、不登校児童34万人ですか?もうこれだけの子供たちが行きたくないと言ってるわけですよね。子供たちが体を張ってNOと訴えてるわけですよね。それにまたこんなね、こんなフリースクールなんて言ってね、頑張って始めますなんてね。
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もう子供たちは、学校なんか変だと、不気味だと、気持ち悪い、おえー、きらぽえー、邪気がすごい、おぞましいって言って逃げ出そうとしてるわけなんですよ、必死に。その子供たちをですね、校外に逃げ出す前に、とっとと捕まえて、ああだこうだなんとかして逃がさないようにしましょうって施策じゃないですか?これはって。
ちょっとまたね、ヒートアップしそうでね、怖いんですけどね。ちょっとまた今からね、お前何様だよっていうね、ものすごい偉そうなことを言いますけどね。
あの、ボイシーの平川理恵さんっていう方がいらっしゃるんですよ、パーソナリティで。元、平島県の教育長さんを務めてられていた、素晴らしい方なんですけれども、ほんと素晴らしいんですよ。うん、あれだけの素晴らしい功績を残されてきた方、もう私も放送聞いてます。
でもね、あの平川さんがやっぱり、校内フリースクールって取り込みをね、全国に知らしめた第一人者だと思うんですけれども、あの平川さんがですね、やっぱりね、その不登校時をゼロにしたっていう過去をね、実績にされて、それが功績だということで、うーん、なんかね、そこがね、私はちょっと残念なんですよね。そこなのって結局って思っちゃうんですね。
校内フリースクールで不登校時がゼロになったってね、素晴らしいって、うーん、なんかね、うまくいったって喜んでらっしゃるんですけどね、うーん、私はやっぱ違うと思ってるんですよ。
たとえるなら、今のもう学校教育っていうのは、穴の開いたバケツありますよね。で、あっちこっちからもう水が漏れ出てるんです。もう、あの、もう古くなってね、ボロボロなんでね、うん、ダメになってきちゃってるんですよ。バケツそのものが。で、漏れ出てきた水がね、そういうこうね、発達障害児だとかって言って、特別支援学級をね、作ってですね、コップを用意して、何とかその漏れ出てきた水を受け止めているわけなんですね。
なんだけどもう受け止めきれなくなって、もうどんどん増えてるから、そういう子が。受け止めるコップが足りなくなって、またどんどんコップを増やして、そういう教室を増やしてるわけですよ。で、それでもう足りないとなってきて。で、一方ですね、また反対側ではですね、不登校が増えてきたって言って、今度は校内フリースクールが必要だって言って、また違う器、なんかお茶碗みたいなのを持ってきて、用意して、漏れ出てくる水を一生懸命今度受け止めましょうってやってる。
それってね、もうどんどん違うね、受け皿を増やしてるだけで、大元のバケツの穴は塞げてないわけですよ。塞ぐどころか、どんどんあちこち穴が広がって、もうそもそもそのバケツ自体が壊れてきてるわけですよね。老朽化しちゃって、もう穴がない新しいバケツにもう全部交換するなり、もうそもそもね、バケツが必要なのかって話にもなってるわけなんですね。もう時代が変わって。
必要な人が必要な分だけ水を汲みに各自行けばいいじゃないかって、そういうことができる時代になってるのに、そんなバケツに大量に水を溜めとく必要がそもそもありますかって話になってるのに。だからその校内フリースクールってね、ものすごく素敵で器の大きいね、良いお茶碗を用意しました。それで不当工事がゼロになりましたってね。
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それは根本的な解決じゃないと私は思うんですよね。どんどんいろんな受け皿を増やそうとしてるだけじゃないですかって。でも子どもたちはバケツにね、たくさん水を溜められた子が偉い賢いすごいって言われてきたわけですよ。一生懸命水を溜めてるわけですね。でもその溜めた水で何をすればいいのかも分かりません。水が必要なのかも分からないままなんですよ。意味を感じられなくなってるんです。
その作業に価値を感じられなくなってきた子たちが、水が必要なら必要になった時自分で何とかするから僕はいいですって言ってバケツを捨てていっていると。それが私は不当工だと思ってるんですね。でもそういう子たちをね、じゃあこういうバケツならいいんじゃないとか、こういう受け皿使えば楽しく水を溜められるんじゃないとかってあれこれあれこれ大人たちが酔っかれと思ってね、酔ってたかってバケツに水を溜める作業をやらせようとしてるようにしか見えないんですね。
何度も言うけど、やりたい子はやればいいと思いますよ。その子は否定なんかしません。でも、でも、もうバケツに水を溜める作業がしたくない。僕はもっと別のこと?バケツを作ることとか、火を起こすこととか、水を沸かすこと、魚を釣ってくること、テントを張ること、みんながみんなバケツに水を溜める作業をしなくてもよくないって。みんなそれぞれ自分がしたい作業、自分にできる作業、自分に合う作業を見つけてやればいいんじゃないって。
国がね、150年ぐらい前にドバーッと全国津々浦々に作った大きな国道、それが公教育なわけですよね。
子供たちは7歳になるとね、この国道を歩くって聞く意思を確認されることもないまま、当たり前に全員がまず国道を歩かされ始めちゃうわけなんですよ。
本当はね、世界見渡せば国道以外にも様々な道が本当はあるのに、それは見せてもらえないわけなんですね。他の選択肢があることさえ知らされることなく、頼んでもないのにですね、大人たちがね、これも必要、あれも必要ってね、ゴールするまでにね、これも必要だって練習させられたりね、いろんなものを背負わされたり食べさせられたりね。
何の役に立つかもよくわからない道具ね。武田の槍らの持たされてね、竹槍訓練ですよね。太平洋戦争の末期、日本じゃね、竹槍でB29を落とせって言ってね、あれなんですって。みんなでね、こうやって、えいやー、えいやーって裸でなんかやってたんですってね。義務付けられてたんですって。
もう時代も世界も変わって、もうね、B29がバンバン来てるのに、いまだに竹槍でね、何とかしようとしてるっていう。AI時代の到来って言われて、もうね、来てますよね、第4次産業革命とかって。いまだにね、これは何の役に立つのかな。
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よくわからない留め跳ねの練習とかね、定規でね、筆算の練習とかさせられてね。国道をね、こう歩ける、この順番で歩かないといけないとかね、歩き方まで細かーく言われてテストされてね、その点数がイマイチだとね、歩き方がなってないってことでね、またその練習をさせられたりするわけですよ。
私が小学生だったのって、もうね、30年も40年近く前なわけですけど、勉強の内容、何も変わってませんよね。学校は何も変わってません。むしろね、授業すっごい増えてるんですよ。ますます詰め込まれてるんです。今の子達、私の時代よりも。
ちょっと今回ね、調べてみたんです。小学校の年間授業時間数の推移っていうのをね、調べてみたら、戦後直後の一番少ない頃はおよそ700時間程度だったということなんですが、それが1980年代ですね。私の時代には850から900時間に増えてます。
さらに2020年代はですね、今1050時間ということで、私の時代よりさらにものすごい200時間ぐらい増えてるわけですよね。中学校も同じなんですよ。戦後直後は約1000時間ぐらいだったのが、1980年代には1150時間になって、2020年代の今は1200時間に増えているということ。
しかもですね、教科書の内容ですね、学習指導要領もすごいどんどん細分化されて複雑にどんどん内容が増えているんですね。やる内容も増えている。量も増えてるし内容も増えている。さらにですね、教科書のページ数も激増してるんです。
小学校の教科書のページ数というのを見ますと、戦後直後の頃は教科書1冊あたりだいたい150から200ページぐらいだったのが、私の時代ですね、1970年代から1980年代には250から300ページ。今2020年代は400ページということで、戦後のすぐの頃から2倍に増えてるわけですね。教科書のページ数も。
中学校も同じです。戦後直後が200ページぐらいだったのが、私の時代ぐらいで300ページ。2000年代から現在でだいたい400ページということで、もう学習の内容も量ももう本当に倍ぐらいになっているということ。
こんな時代に合わない、何のためにこれやってるのかよくわからないことを膨大に勉強させられて、それは無気力にもなりますよね。不登校の原因とかって無気力ってなってますけど、それはそうでしょうと。いわゆる学習性無力症ってやつですよね。
過去の放送、66回67回の放送でも話してますけど、不登校の本当の問題っていうのは、この国道しかないっていうことなんですよ。国道以外の道を行こうとすると、全力で大人たちが止めにかかって、そっちに行ったらもう二度とこの国道には戻れないぞとか、大変なことになるぞとか、この国道を歩くことが一番の幸せなんだよっていう呪いを子どもたちにかけ続けていることなんですよ。
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もちろん、この国道から降りることは大変なことですよ。もう獣道ですからね。でも、だからこそ国道以外にもたくさんの道を整備してですね、こっちが嫌であっちが歩きたいっていう子がいたら、そっちを歩いてもOKって認めないと、結局その国道が嫌だって子どもが言っても、親も怖くて降りさせてあげられないわけですよ。
だから、獣道を行く子にもちゃんと最低限の整備を渡してあげたり、道をもうちょっと整備してあげてですね、歩きやすくしてあげてほしいんですね。それが多様な教育を認めてほしいと、ずっと不登校関係者たちが40年も50年も訴え続けてきた意味なわけですよ。
もう私たち親子だって国道を降りると決めたはいいけれども、降りたはいいけれども、やっぱ大変ですよ。もう金もかかるし、全部自分たちでやらなきゃいけない。こんな選択、共働き夫婦ではね、選びたくても選べませんよ。結局女性たちが自分の人生を犠牲にするなり、しないといけないということに繋がるわけですよね。
だから私がこのチャンネルで時々ね、女性の働き方問題っていうのを取り上げているのはそこなんですけど、先月もちょっと不登校親主会に行ってみましたっていう話をしてますけどね、その話にやっぱりなるんですね。子供が学校に行きたくないと言われて、いいよって言ってあげられないのは、やっぱりそれだとね、生活が成り立たなくなるからなんですよ。子供に学校に行ってもらわないと困るのは親なんです。
親にも生活があります。子供たちを養うために仕事にも出てます。でも子供が学校に行かないとなったら、結局現実的にはですね、やっぱり母親が仕事を辞めるなり調整して、子供が国道を下りると言ったのに、つき添っていかなければ、危なくて子供一人では歩かせていけないですよね。獣道なわけですから、まだまだ整備されてないわけですから。
それでもね、100歩譲って、その国道を歩いている子たちがね、幸せになれればいいですよ。ゾロゾロ先生に言われた通りの大人しく歩いていれば、まあいろんなね、読み書き、ソロバン教えてもらえて、お歌歌ったり、組体操してみたり、小道を習ったり、最近では英語のプログラミングなんかも教えてくれますと。おいしい給食、栄養バランスたっぷりのお昼ご飯も食べさせてもらえますと。ゴールにたどり着く子には自然といろんなことができる。
立派な社会に役立ち大人になれましたっていうことなら、まだいいんですよ。
でもどうなんでしょうね。以前ね、市場生産が主体性のない優等生という言い方をしてましたけれども、今の学校、みんないい子ちゃんですよ。本当にいい子ちゃん製造工場、もういい子ちゃんが大量生産、量産されています。
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不気味なぐらいですね。思考停止状態のロボット人間を育てるのが、ある意味ね、国の目的だからね。教育は成功してると言えるんだみたいな陰謀論みたいなことを言ってる人もいるぐらいですね。私はなんか変だなってずっと思ってるわけなんですね。
以前ノートの方に、時間泥棒になってしまった全ての大人たちへ、内田亮子さんの言葉という記事をアップしてるんですけれども、こちらちょっと読んでいただきたいんですけどね。
やっぱり私が問いたいのはですね、こんなに子どもたちに5時間も6時間も毎日救急救急詰め込んでですね、どうしたいんですかって。
ちょっとね、前回の放送みたいなね、ああいう過激な表現で、ちょっと自分でもね、どうなのとは思うんですけどね。
でもやっぱね、学校なんて大したところじゃないでしょって、やっぱね、誰かがね、バシッと言ってやってほしいと思うんですよ。そんな子どもたちね、満身創痍でね、通わせるだけの価値あるんですかって。
みんな思考停止してるんじゃないって。教育って何なのか。学校って何のためなのか。もう少しでいいから立ち止まってですね、考えていただきたいんですよ。
私のこういうやり方はね、今まさに不登校に悩んでいらっしゃるっていうようなね、親御さんにとってはね、相当不愉快な言い方に聞こえるでしょうし、学校関係者の方々だってね、もう敵にも完全に回してますよね。
しかも世の中のほとんど98%は皆さん学校大好きじゃないですか。もうね、こんな放送を聞いていい気分になる人はいないんですよね。基本的に。
でもじゃあなんでこんな言い方しちゃってるかってね、やっぱりもう学校振興の呪縛に囚われた親御さんの元にいる子どもたちが、もうこのままじゃ救われないと思うからなんですね。
もう放っといたら引きこもりになるぐらいならまだマシなんですよ。もう下手したら死んじゃってるわけですよ。大げさじゃないんですね、しかも。
うちの子たちはいいですよ、逃げ出せたから。でもね、自分の子さえ助かればそれでいいんですかって思うわけですよね。
でね、やっぱりこんな放送でね、一人でもあれなんでこんな無理して学校なんか行かせてるんだっけとかね。
子どもこんなズタボロになるまでね、満身創痍通わせるだけの価値がある場所なんだっけって、一瞬でもいいから踏みとどまって考えてくれて、
ちょっとだけね、もう駆け抜けますおばさんになることをね、ためらってくれたらなっていう思いがあるわけなんですね。
他人の子どもなんでね、もう究極言ったらどうにもしてあげられませんよ、私には。
でももうね、言わずにいられないんですよね。もうほんと、もう散々見聞きしてきた身としてはね。
また熱苦しい放送してしまったので、もう次回はね、ちょっとまたおたまトーンでね、邪気を払いたいと思います。
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次回で子どもたちがね、コメント返しっていうんですか、それをしたいとかって言ってるんでね。
はい、子どもたちがもしかしたら登場するかもしれません。
はい、お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。
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