2024-02-27 19:10

【第68回】誰バス問題から考える運命の相手を見つける方法

今日は、世界的大ベストセラーのビジネス本「ビジョナリーカンパニー2」の有名な言葉「誰をバスに乗せるか」という視点から、結婚について考えてみました☘️
ちょっと、「運命の人を見つける」という話にまで至らなかった気がするので😅もしかしたら続きを次回お話するかもしれません🙇
何事も「最初が肝心」💦
あなたのバス🚌は相応しい人を乗せていますか?
もしくは、あなたが行きたいと思っている行き先にちゃんと向かってくれるバス🚌に、あなたは乗れていますか??

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こんにちは、おあです。
3児子育て中で小学生の娘2人は、ホームエデュケーションを選択しています。
今の学校教育に疑問を持っている方や、
今の学校には合わないけれど代わりとなる教育がなくて困っている方と一緒に、
これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第68回目のきょうは、
【誰バス問題から考える運命の相手を見つける方法】というテーマでお話ししていきます。
教育やホームエデュケーションというテーマで、
こちらのチャンネルでお話ししているんですけれども、
それと運命の相手を見つける方法って、
どう関係があるの?って思われたかもしれないんですが、
関係あるんですよ。
今日は、結婚に関わるようなお話をしていきたいと思います。
皆さん、誰バス問題って聞いたことがございますでしょうか?
そのバスに誰を乗せるのかという問題のことなんですけれども、
主にビジネスの世界で有名なお話だそうなんですね。
ビジョナリー・カンパニーⅡ 飛躍の法則という、
世界的に有名なビジネスの本があるそうなんですね。
経営コンサルタントのジム・コリンズさんという方が書かれた、
大ベストセラーになっているビジネス本だそうなんですけれども、
私はすいません、それ読んだことないんですけれどもね。
そのビジョナリー・カンパニーⅡの第3章に、
誰をバスに乗せるかというテーマの下りがあるそうなんですよ。
その一文をちょっとご紹介しますね。
このバスでどこに行くべきかはわからない。
しかし、わかっていることもある。
適切な人がバスに乗り、
適切な人がそれぞれにふさわしい席に着き、
不適切な人がバスから降りれば、
素晴らしい場所に行く方法を決められるはずだ。
このような有名な言葉が書いてあるそうなんですけれども、
世界的に偉大と言われる企業、
GEですとか、ジョンソン&ジョンソンですとか、
ウォルト・ディズニーなど、
そういう会社の経営者というのは、
まずはじめに適切な人をバスに乗せて、
不適切な人をバスから降ろして、
その後にどこに向かうかバスの行き先を決めている
という例え話だそうなんですね。
つまり、最初に人を選び、その後に目標を選ぶことであると。
何かチームとして、組織として、
行き先を決める前に、
人選が何よりも大事だということだそうなんですね。
これ、企業に限らないと思ったんです私。
これまさに、結婚もそうだなって思ったんですね。
家族ってチームじゃないですか。
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小さな組織ですよね。
ということは、結婚相手を見つけるというのは、
つまり共に家庭という小さな組織を共同経営する
ビジネスパートナーを見つけるということと同義ですよね。
ということはですよ、結婚前にですね、
私は将来こんな家庭を築きたいとか、こんな生活を送りたいとか、
こんな夫婦関係を営んでいきたいみたいなビジョンよりも、
どんな人とパートナーを組むかという人選の方が大事。
そんな自分が思い描くビジョンよりも、
まず先に誰を相手として迎え入れるのか、
パートナーを組むのかということの方が大事ってことじゃないですか。
これは婚活をする人にとって結構大事な視点なんじゃないかなと思うんです。
結構いろんな婚活のアドバイスをしている方とか、
婚活本とかでは、やっぱりまずあなたがどういう生活を送りたいのか、
どんな家庭生活を送りたいのか、ビジョンを描きましょうとかって最初に言われるんですよ。
そのビジョンを描けそうな人を探しましょうみたいな順番なんですね。
じゃないって言ってるんです、この誰バス問題は。
じゃなくて、まずそんなビジョンより前に、
どんな相手とパートナーを組むかが大事。
その組める相手が見つかってからビジョンを描けと言ってるわけなんですね。
なんでこんな話を急にしてるかっていうと、
まさに私がこういう地域でオルタナティブな教育の場をやっていきたいとかって言っていて、
70歳近い女性なんだと思うんですけれども、
名だたる企業を渡り歩いてきた、すごい腕の方とちょっとそういうお話をした時に、
その方は私のことほとんど何も知らないはずなのに、
ズバッとですね、
おはさんと誰をバスに乗せるのかという問題を知っていますか?
正しい人だけを選んでバスに乗せてくださいねって一言おっしゃったんですよ。
私は射抜かれましたね。すごいやばいこの人と思いました。
つまりですね、私がこういうオルタナティブな教育の場をとかって、
ビジョンばっかり言っちゃっているけれども、そうじゃないですよねって。
誰とパートナーを組むかが一番大事ですよって。
その方はほとんど私、ちょろっと話しただけなのに、そこをズバッと切ってきたんですよね。
いやさすがですよね。本質を見抜かれていました。
私はもう本当にひれ伏す勢いでですね、本当にその通りだと思いまして。
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話戻るんですけど、私の遠い親戚のお子さんなんですけど、
当時小学校1年生だったんですけれども、
ご両親は共働きで、でも子どもさんが学校に行きたくないって始まったんですけど、
最初はお母さんも何とか付き添ったり無理やり頑張って行かせてたようなんですけれども、
毎朝毎朝やっぱり泣いて、あまりにも苦しそうな子どもの姿を見ていて、
こんなに無理して行かせる必要あるのかなって迷い始めていたところに、
次にですね、私はこれを親父ブロック、夫ブロック、旦那ブロックと呼んでいるんですけれども、
第二の障壁として立ちはだかるのがパートナーなんですよ。
お父さんですよね。
お母さんがですね、最初は行かせたいってなってても、
ちょっと諦めてというか、なんかちょっと違うのかなって思っていた矢先に、
今度は第二の壁として親父が出てきてですね、
なめてんじゃないと、甘ったれんなと、もう殴りつけてですね、
削るようにですね、学校に連れて行くと。
で、そのことで本当にお母様自身が悩まれていらっしゃるっていうことを、
本当に親戚自体に聞きまして、本当に私はもう胸が苦しかったんですよね。
こういうケース、不登校の問題ですごい結構あるみたいなんです。
まあね、要はお母さんとしてはもういいかなって、無理させなくてもいいかなって思ってるんだけど、
結局黒幕の親父が、夫が許さないと。
ちょっとぐらいね、何日か休むぐらいはいいけれども、
基本的にはもう熱もないんだし、いじめがあったわけでもないんだったら行けということで、
結局生かさざるを得なくなってしまう。
そして子どもがますます追い詰められていってしまうわけですよね。
逃げ場がなくなっていくわけです。
結局お母さんも一緒になって両親揃って行け行けとやってしまって、
最悪な場合は父を選んでしまったり、結構な割合で引きこもりというような状況に陥っていってしまうわけなんですよね。
この父親ブロック、かなり深刻だと私は思うんですよ。
これをどうしたらいいって。
本当にね、夫婦で話し合いをして、本来であれば子どもが困っている状況が起きたわけですから、
学校ってどうして行かなきゃいけないのかなとか、本当に行かなきゃいけないところなのかなとか、
教育ってそもそも何なんだろうねとか、
それぞれの幸せってどうしたら叶っていくのかなということを、
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それぞれに立ち止まって向き合って話し合って共に乗り越えていくということが、
本来チーム家族としてはあるべき姿なんじゃないかなとは思うんですけれども、
中には取り付く暇もないと、話し合いどころじゃないというご家庭もあるわけですよ。
要はお母さんの方が一生懸命協調したり共感したり対話をしようとして、
相手を変えるのではなく自分が変わるみたいなマインドセット的かみたいなね、
やってもやっぱり限界があるなと。
要はですね、乗せてはいけない人をバスに乗せてしまっている、
乗せてはいけないお客さんってやっぱりいると思うんですね。
その場合ではですね、やはりもうそのお客様には降りていただくしかないと私は思うんです。
だってね、ちょっと例えるなら子供はね、マンゴーだったとしますよね。
マンゴーの木なんですよ。マンゴーの種を持って生まれているんです。
なんですけど、そのマンゴーの種が植えられた場所が北海道の最北端の地だったとするじゃないですか。
そりゃね、ビニールハウスとかでものすごい頑張れば、
マンゴーの木も北海道の地でも育つかもしれませんよ。
でも本来はマンゴーは南国の木ですよね。
普通に考えたら、北海道で生まれてしまったマンゴーだったとしたら、
沖縄に連れて行ってあげて、沖縄で育ててあげる方がいいじゃないですか。
どう考えたって、そのマンゴーの木にとっては沖縄の地の方が環境としては合ってますよね。
学校に行きたくないっていうお子さんって、
要はですね、その環境が自分に合ってないっていうことなんだと思うんですね。
マンゴーの木なんだけど、北海道みたいな寒い環境では合わないわけなんですよ。
だから嫌だと、もっと自分に合った場所、つまり沖縄みたいなあったかい土地ですよね。
そういうところだったら、その子は元気に育つんですけれども、
北海道はどうしたって合わないんですよ、環境として。
だから親がするべきことは、この子はマンゴーなんだと。
マンゴーなのに、北海道のこんな寒い場所ではやっぱりうまく育たないよね、合わないよね。
だからこの子に合った環境ってどういうところかなって考えてあげて、
マンゴーなんだったらやっぱりあったかい場所だよねって言って、
沖縄になんとか行き席を、環境を変えてあげる。
その子に合った場所に身を置かせてあげるということが、親にできることだと私は思っているんですが、
お母さんがですね、そこまで理解しても、親父ブロックで、
お父さんがですね、それを理解しないで、
何、わまたで言ってんじゃないよ。
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根性が足りないからダメなんだ、みたいな。
だから無理やりにそのマンゴーを骨幹の地で育てようとしているようなものなんですね。
その時にですね、本来であればこの子はマンゴーの木なんだよと。
マンゴーの木だから、こういう環境ではなくて温かい環境が合ってるみたいだよということで、
だからみんなでバスの行き先を北海道ではなくて沖縄に変えて、沖縄にみんなで行こうよと。
でもですね、お父さんがですね、一人だけですね、
いや、ダメだと、絶対に北海道だと、沖縄なんかいかんと言ってるようなものじゃないですか。
その場合はですね、やっぱりそうやっていろいろお話をしても理解してもらえないということであれば、
やはりバスはそれでも沖縄に行くということであれば、
やはり北海道に居続けたいというお父様には、
そのバスから降りていただくしか私はないんじゃないかと思う。
なんですけど、やっぱりですね、あまりにもそのお父様ブロックがですね、強烈だと、
もう北海道で頑張るなっていう感じになっちゃうので、
結局バスの行き先を変えられずに、
お父さん一人のお客さんの意見にバスの行き先を合わせてしまってですね、
無理やり北海道という場所でマンゴーを育て続けるという選択をしてしまうと、
最終的にうまく育たなくて枯れてしまうということが起こり得るわけですよね。
結構ね、不登校のことで悩んでるっておっしゃるんですけど、
よくよく話を聞いていくと結局何に困ってるって、
お父さんのそういう価値観が崩せないというところで、
お父さんがもう何としてでも学校に行かせるということが譲れなくて、
そのことで結局板挟みになってお母さんが悩んでいるっていうことも結構多いんですよね。
その時にですね、被害に遭うのはマンゴーの木のお子さんですよね。
そういうことを考えると、やはりこの誰バス問題、
誰をバスに乗せたのか、
共に家庭という小さな共同体を共に経営するビジネスパートナーとして
相応しい相手を選んでいるのか、
自分がこれから行きたいと思う行き先に相応しいパートナーなのかどうか、
結局そこに立ち向かえてくる問題なんだなって思うんですよね。
自分たち夫婦は北海道で生活を営んでいたと。
でもそこに南国で育つマンゴーの種の子どもが生まれてきたわけですよね。
そしたらそのマンゴーが元気に育つように沖縄にバスの行き先を変えて、
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みんなで行こうよという時に、
いや俺は北海道でじゃないとダメだというお父さんを、
やっぱりそのバスに乗せ続けていては進めませんよね。
だから最初が肝心なんですよね。
やっぱり誰と結婚したのか、
誰をパートナーとして選んだのか、
つまり誰を自分のバスに乗せたのかということですよね。
ここを間違えていると行きたいところにも行けない?
むしろ行きたくないところに連れて行かれる?
いや本当ね、こうやって考えると結婚する前って
趣味が合うかとかね、食事の好みが合うかとかね、笑いのツボが合うかとかね、
結構そういうのってどうでもいいことだったんじゃないかなと思うんです。
一番どうでもいいのはやっぱりスペックですよね。
見た目ですとか学歴ですとかその時の収入ですとかですよね。
なんでかっていうと、それってスペックってバスの見た目なんですよ。
そのバスがね、なんかすごい最新型で金ピカでかっこよくてですね、
なんかどっかの外国のかっこいいブランド会社が作ったメーカーのバスとかっていうのがスペック、高スペックみたいな感じだとすると、
あと座り心地とかね、そういうのですよね。機能ですか。
エアコンがついてるとか、なんかCDがついてるとか、そういうのって結構どうでもよくて、
あとはよく言うビジョンですよね。
このバスはこんな良い名所をめぐるルートを走りますみたいな。
いいなあ、そういうところ私も観光行ってみたかったの。いいじゃんいいじゃん。
じゃあこのバス、私が行きたいところに行ってくれるからこれに乗ろう。
っていうのも違うってことなんですよね。
見るべきはそのバスを誰が運転しているのかというところにつけると思うんですよ。
究極を言えばですね、もうバスがボロボロでですよ。
もう何にも座席も壊れてると。
行き先もなんか全然自分が持っている方向と違うところが書かれてあると。
それでもですよ、もしもそのバスの運転手さんが、
ちゃんとこちらがどこへ行きたいのかという意見を聞いてくれて、
運転技術もきちんとあって、
椅子がボロボロで座れなくて困るんだとしたら、
じゃあちょっと直しますなんて言って一緒に座れる場所をちゃんと作ってくれた。
あとはぼったくらないことですよね。
信頼のおけるドライバーかどうかということですよ。
人生長いので、もしですね、途中でこの人はこのバスに乗っているべき人ではないと。
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もしくは、このバスは私が行きたい方向とは違う行き先に行こうとしているバスなんだと気づいた時には、
私は自分がどこへ本当に行きたいのか、このバスでいいのかどうか、
このお客さんを乗せていて大丈夫なのかどうかっていうのを一度ちゃんと立ち止まって見つめ直していただいて、
不適切な人をバスから降ろすという決断も私は必要になってくるんじゃないかなと思っています。
ここまでで結構中になってしまって、運命の人を見つける方法っていうところまでうまくつなげられなかった気がしなくもないので、
どうしようかな、また明日とかちょっと次回この続きを話すかもしれません。
すみません、中途半端だったかな。
お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。いいね、フォローお待ちしています。
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