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コーチングマインドで向き合うことで変わるもの/ノノガ曲歌ってみた
2026-06-07 18:19

コーチングマインドで向き合うことで変わるもの/ノノガ曲歌ってみた


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サマリー

本放送では、オーディション番組「NONO GIRLS」のコーチング的な審査方法に感銘を受けた経験から、愛を持って人と向き合うことの重要性について語られています。特に、愛情ではなく、条件のない信頼や寛容さといった「愛」のエネルギーで接することの大切さを説き、それが人間関係や現実を変える力になると解説しています。後半では、NONO GIRLSの楽曲「Tiger」をアカペラで披露し、様々な歌唱表現の可能性についても触れています。

はじめに:コーチングマインドと歌
声とカラダのチューニングルーム、魂とOSを整えるラジオへようこそ。本質ボイストレーナーの神尾しおんです。
今日も引き続き、とても帰りの良い、反響の良い環境にいて収録させていただいております。
帰りが良いと歌いたくなるよねっていうことで、今日も歌ってみたいと思うんですけど、
歌うだけじゃなくて、私の意識、マインドだったり、あるいは英語で言うとマインドね、マインドとあとコンシャスネスとか、
エモーション、心とか体とか感情とか頭とか、いろいろ言いますけれども、そのあたりにて非なるものじゃないですか。
それをどういうふうに扱って、日常的な在り方に活かしているのかとか、それを考え始めたことによって一体何が変わったのか、
どんなふうに見方が変わったのか、そしてどんなふうに周りとの人間関係が変わっていったのかということ、
あとは表現ですね。表現がどんなふうに変わっていったのかっていうことの一環として、
かつてすごくハマったオーディション、NONO GIRLSについての振り返りをしながら、今さらかよとか思っている人いるかもしれないんですけど、
NONO GIRLSの振り返りをしながら、その中の審査の1曲だったものを後ほど歌いたいなと思っております。
NONO GIRLSのコーチング的審査
NONOが見た人すごい多くて、一時期社会現象にもなって、スカイハイさんとちゃんみなさんがマーケティングのショーを撮ってましたよね。
本当に。新しいなと思ったのは、私はNONO GIRLSで初めて、日高光寛さんが主催しているオーディションっていうものを見たんですけど、すごくコーチング的だったんですよね、オーディションが。
サドンデスとか、争いによるトーナメントっていう感じではなくて、一人一人にきちんとフィードバックを与える。
そしてそのフィードバックが本人の成長の機会になるように、すごくすごく心を砕いて、そして未来を見ながらオーディションをされているなぁというのを感じて、当時見てた時にすごい感動したんですよ。
本当にすごく感動したの。猫がすごい参加してますね。ニャーニャー言ってるけど。
私自身もやっぱり、かつてね、そこまで大量のケースではないけれども、オーディションに参加させていただいたりして、やっぱ合皮を伝えられるだけで何のフィードバックもないことなんて普通なわけですよ。
あんな風に精神正義、フィードバックをもらえるだけでものすごい宝だと思ったんですよね。
しかもそれが技術的な評価とか点数付けではなく、心の持ちようとか望み方とか、そして今後どういう風に磨いていったらいいのかっていう観点についてまでケアがあるっていうのは、本当に素晴らしい向き合い方だなって思いました。
ただね、オーディション番組を楽しんでいる人だけではなくて、あのオーディションってののがあって、本当にコーチング界隈の人とかめちゃくちゃ見てたと思うんだよね。
人材育成に必要なことがすごく生身の、会社だったら取り繕ったりして本音出せなかったり出さなかったりするじゃないですか、部下と上司っていう立場でやった時に。
実際私だって、その自分の下の人と面談する時も、あるいは私の上司と面談する時も、そんなあんな向き出しに自分を出すことなんてしてないんですよ。
でもやっぱ表現をする、パフォーマンスをするっていうのは、良くも悪くもその人の中身が向き出しになっちゃうから、それに対するフィードバックってめちゃくちゃ痛いし、気づいたりするんですよ。
するんだけど、それを本人の力に変えていくっていうあのコミュニケーションは本当に素晴らしかったし、
ああいう在り方で人とコミュニケーションを取ったり、人に言葉を与えるということができ続けていたら、本当に平和になるだろうなって思います。
そういう意味で、本人たちのパフォーマンスもそうなんだけど、好評のところね、何回でも見たくなってたんですよね、かつてね。
そして今日久しぶりにそれを見る機会があって、やっぱいいなって思ったので、題材として取り上げてみました。
「愛」と「愛情」の違いと向き合い方
なんて言ったらいいのかな、そう、マインドセットの時もそうだし、マインドフルネスの時もそうだし、セルフコンパッションとかもそうだし、
やっぱりね、愛を持ってっていうのをベースに持ってくるんですよね。
日本語で愛って、人間愛、人類愛っていうと、とっても受け入れやすくなるかもしれないけれども、
個人的にね、愛という言葉に対して、若干、羞恥心とか、危機感とか、愛という言葉をね、普段口にするわけではない人種だからこそ、
人種っていうのか、国民だからこそ、何かしら別の意図がのっちゃうなって思うこともあるので、
だから、愛が全てですとか、愛を持って向き合いましょうとか、そういうことを言った時にね、キャッって思う人とか、
え、ちょっと待って、愛とか嫌なんだけどとか、こっぱずかしいとか、なんか、へそで茶沸かすわとか、なんか、よくわかんないけどね。
そこまでないとしても、やっぱなんか抵抗を感じる人いると思うんですよ。
愛情っていうと、まだもうちょっとマイルドになってね、受け入れられやすいのかなと思うんだけど、
愛と愛情もまた違うんですよ。愛情はなぜならば情だから。情なんですよ。エモーションなんですよ。
でも、愛というもので表現しようとしているものは、慈愛とか寛容さとか、誠実さであるとか、
そうですね、あるいはもう、この例がふさわしいかどうかわからないけれども、
例えばね、ペットの犬とかが飼い主、自分の周りにいる人間に抱いている、何の理由もない、何の条件もない、ただ全服の信頼というか、そういったものを持って向けている、
愛とある意味類似しているのかなって思うんですけど。
情はね、やっぱり揺れるんですよ。愛情はね、憎しみに変わったりするからね。
情ではなく、本当に愛というそのもののエネルギーというか、何て言ったらいいんだろうね、言葉にすればするほど説明難しくなっちゃいますね。
そういうものをね、持って人と向き合うということが、やっぱりすごく周りを、現実をね、人間関係も含めてお仕事とかのね、その流れも含めてね、やっぱり変えていくんだけど、そこ大事なんだけど、
それって、おためごかしのできてる、できてないっていう理解のレベルでやっちゃうと、自分が辛いだけなんだよね。
自己犠牲であったり、自己欺瞞であったり、振りをするというか、分かっている振りをする、できている振りをする、愛ではないものを抱えていない振りをする。
いろんなことがある。そこは何よりも、ご自身と向き合ってね、その自己欺瞞であるとか、自己犠牲であるとか、
愛情はもちろん持っているんだけれども、その奥にある逆の感情、反対の感情、まつわるなんだが違うもの、そういったものをね、溶かしていくということが大事になってきます。
それを抱えたままやると、やっぱりね、ご自身が傷ついていっちゃってね、いつしかその愛というものに絶望したりとか、逆の爆発をしちゃったりすることもあるのでね。
だから、そういう意味でね、ある一つの対人における愛として、そういうコーチングマインドとかコンパッションとかありますけれども、
そこにね、深い相手への没入とか、共感であるとか、慈愛、慈悲、そういったものはね、自己需要がどれだけできているかっていうところが顕著に、如実に関わってきちゃうので、
そのあたりのところはね、取り組んでいくしかないのかなと思う次第でございます。
オーディションとコーチングマインドの応用
で、また野々賀の話に戻るけど、オーディションって、やっぱり自分の中の100%を出す、100%出せないことの方が多いけどね、もっと頑張れたのに頑張りきれなかったっていう後悔とかもあったりするし、
できるだけ、もう自分の120%かけて努力をして表現をしたけれども、それを選んでもらえなかったっていうこととかね、色々本当にメンタルに悪い機会ではあるんだけど、
それを、あのコーチングマインドでのフィードバックによって、すごく愛情深く、誰の成長の機会も奪わずに、のびのびとね、これから先の自分を信頼できるような形で言葉を与えていったっていうのが、本当素晴らしかったなぁと思っております。
いつだってそうできるわけじゃないけれども、人間ね、自分のことで手一杯になったり、自分の身の回りのことで手一杯になったり、色々あるけれども、ふっとね、その執着や近視眼的なフォーカスとかね、そこから外れられた瞬間に、
ああいう見方、ああいうあり方、ああいう向き合い方、それをするチャンスもあるなって、選択肢として一つ持てるようになっていると、すごくすごく変わってくるんじゃないかなと思う。
楽曲「Tiger」の披露と歌唱表現
はい、結構ね、こういう話しちゃうとね、いくらでもいくらでも話せるので、お話はこの辺りにしておいて、せっかくなので、最初宣言した通りにね、歌わせていただこうかと思います。相も変わらずアカペラで参りますよ。
じゃあ、NONO GIRLSで、Tiger。
途中で歌詞の呪文を間違えましたが、こんな感じだね。
今は本当にミックスボイスで、つるっと歌わせていただきました。
これね、結構音域が高いので、サビのめっちゃ高音のところ、張り上げたいって思う人いるかもしれないんですけれども、これはね、強靭な声帯を持った、ええ声でそこの音域を歌える人で、ある可能性はとても少ないと思うので、一般的にね。
ミックス、あるいはヘッドボイスとかでいけるといいのかなと思います。ファルセットで歌うとちょっと弱くなりすぎかなと思うので、なりすぎってこともないか。
ご自身の歌いたいテイストがあると思うんですけれども、なんとなくの意図されたテイストで言うと、それがいいのかなと思います。
ベルティングでね、ちょっと自声っぽく張り上げられる人は、自声っぽく張り上げるのもめっちゃかっこいいと思うし、ヘビメタ系の声で歌える人は、なんかそれでやってみても面白いのかなって思ったりします。
面白さで言うと、いっそのこともこれ完全にオペラの発声でこれ歌ったらどうなるのっていうのも気になりますが、曲のテイストとしてはね、ちょっとそこは意図された声ではないのではないかなと思うので、いろんな声で遊んでみながら歌われるといいのかなと思います。
あとはこれはテンポがね、テンポ感が原曲だと今みたいな感じなので、こういう声になっていますけれども、もっともっとテンポ落として、すっごいウィスパーボイスでアコースティックな感じで歌うと、またそれもそれでオシャレで素敵なのではないかなって思いますね。
どんな感じになるのかな。
最後声がかすれちゃったけど、こんな解釈もありなのではないかなと思ったりいたします。
まとめ:愛を持って人と接することの効果
はい、というわけで、人と接するときには自分が歌う人であればね、その曲に愛情を注ぐが如く、人に対しても愛情を注ぎながら、愛情じゃないな、愛ね、愛。
愛を向けながら言葉を交わして、目を交わして、呼吸を交わして、エネルギーの交換、感情の交換、在り方の共有、そういうものをされるとね、よりご自身の周りが居心地よく、寛容さと平和に満ちて、
寛容さと平和に満ちたものになるのではないかなと思います。
はい、というわけで今日はこんなところでおしまいにいたしましょうか。
それではまた次回のアップデートでお会いしましょう。
18:19

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