自己表現の探求
声と体のチューニングルーム、魂とOSを整えるラジオへようこそ。本質ボイストレーナーのしおんです。
声はあなたのすべてが載っている。あなたの存在そのものが声に現れている。そんなコンセプトでこのラジオをやり始めて、もうね、しばらく経ちました。
このラジオを始めてから、自分の中のね、今まで1対1でクライアントさんとお話をする中で伝えてきた、その筋とかビジョンというものが明確に言葉になってきたなっていうのを感じていてね、
スタンドFM始めたことが私にとってもすごく大きな転換になったなと思います。 私はですね、あの自己表現をするっていうのが人生のテーマとしてね、
もともと本当に私に帰るとか私を表現するっていうことにね、ずっと恋焦がれて苦しんできた人生だったんですけど、
自分がね、なんでこんなに苦しいんだろうっていうのを知るために、 瞑想をしたり、禅の学びをしたり、
その禅を教えてくださった、瞑想を教えてくださった先生がね、 シオンちゃんは
ちょっとこう、数秘術とかタロットとかやってみるといいと思う。 自分が一体どんな使命、
宿命を持っているのかっていうことも、もしかしたら生きやすくなる参考になるかもしれないよって言ってくださって、
私はその禅術っていうものをね、学んだんですけれども、 それで調べると出てくるのは、
私の人生のテーマは、 楽しむということ、そして自分を表現するということ。
やり方としては、 深く自分の内面を見つめ、あるいは真理を探求し、
見えない世界を深く深く学ぶと、そういう方向で自分の表現をどんどん作っていくっていうのがね、
私の人生を読み解いた時の方向性だったんですよ。 心の中には誰よりも自由とエネルギーの爆発を渇望している魂があって、
だから理性的なものというより、衝動的に切な的に何かをドカンってやりたくなるのが、
人生の中で何回か起こっているんですけど、 その時こそ私の魂が発露していたっていうようにね、
思えて、実際その時ってね、人生がものすごい勢いで動いて、 これで合ってる、これで大丈夫だって自分の中でもね、自信が持てているようなタイミングだったんですよね。
なんだけれども、すごくね、私ってもともと安心感に欠如があるんですよ。 何をしていても安全な条件はわかるんだけど、
安心するということを体があんまり知らないタイプなんですよね。 だからこそ深く真理を学んで、その世界、その価値観、その観点で生きることが自分にとっての指針になって自信になると、
そういうようなタイプだったんですけど。 今日ね、年越しに向けてのね、大掃除で、
大掃除の経験
また安心っていうものの変化を感じたので、 ちょっとそれをね、お話ししてみたいなと思って録音しています。
うちね、子供の頃から大掃除すごい しっかりやる家だったんですよ。
で、私は窓とか鏡とかガラスとかを磨く担当をしてたんですけど、 自ら進んでやってたところもあるんだけどね。
あの、もう、なんていうのかな、 バードアタックがあるんじゃないかっていうぐらいピッカピカに指紋の一つもないぐらい、
鏡かなって思うぐらい、向こうが綺麗に透けて見えるぐらいにピッカピカに窓を磨くんですよ。
で、空拭きで糸の繊維が残っているのも嫌で、 例えば新聞紙を持ってきてね、空拭きをする。
新聞紙についているほんの少しの油でガラスをコーティングしてね、 本当にピカピカになるまでやめない、そういうタイプだったんですよ。
まあもう本当に完璧主義というか、 とことんまでやるのに熱中するタイプでもあってね。
で、子供の頃だったらそんなのできるし、 あとはね、コロナ前の正月迎える時もね、
掃除することが私にとって結構瞑想というか、 動く瞑想というかね、ものすごくクリアになって、 インスピレーションが湧きやすい状態にもなるんだけど、
2019年の年末年始、2019年の年末から年越しにかけてね、 なんと16時間ノンストップで大掃除をし、
でもその前にもね8時間大掃除をしていて、 あーちょっと一息つくかーって食事をとって、
よしもう一息って言って16時間続けるっていうね、 ほとんど1日半ぐらい掃除を続けるっていうおかしな状態になってたんですけど。
で、その年に何があったかって言ったら、 なんと年明けてすぐに昔お世話になったとある方から、
私がお茶会に何度も何度も行っていた宝ジェンヌさんとの ディナーショーのお話をいただいたんですよ。
マジか!と思って、やっぱり掃除すげえ!と思ってですね、 あの最高!ってなんてたんですよ。
だからこそ、大掃除を完璧にしたら何か良いことが起きるかもしれないっていうね、 ジンクスみたいなものもたった1回の経験なんだけど、
私の中に育って、ただあのコロナ禍が始まったので、 ホテルでそういうディナーショーなんてもうあっちゃいけないことですよね。
ホテル自体がそういうディナーショーにね、 場所貸しをするということ自体を禁止して、中止していたので、
そのお仕事は結局流れたんですけどね。 すごい残念だったけど、
過去の影響
その方とはできなかったけれども、 またね、別の形で憧れていた、
元宝塚の方とお仕事をすることができたり、 自分たち、そしてメンバーでね、ディナーショーをすることもできた2025年でしたし、
本当、何もしてないなーって自分にはね、 いつも厳しい評価を貸しちゃうんだけど、
2025年はね、なかなかに頑張った1年だったじゃないかなって思ってます。 でね、大掃除の話に戻るんだけど、
あのー、私ね、
自分を、まあ誰に何を言われたわけじゃないけど、 環境のね、
不幸というか、 状況から答え合わせして、私は生まれなきゃよかった子供なんだって、
また小学生の頃に、なんか深くね、魂に刻んじゃったんですよ。 だから、
生まれなかったらよかった存在なのに、 まあこうやってね、異色充、何の不自由もなく育ててもらっているからには、
親には何の不安とかも覚えさせてはいけないと、 安心な子供でいなければならないと、
何の不満も感じないような子供にならなきゃいけないって、 なんか知らないけどね、めちゃくちゃ多分ね、決め込んじゃったんですよね、自分で。
で、 まあ、
親世代はね、まだまだ、 昭和の価値観が色濃かったから、
女は言うことを主張してはいけないみたいな時代だったんですよね。 だから、
自分の希望が通らなかった。 で、経済的自立がなかったら、それこそ本当に嫌でも、自分の望みを聞いてもらうことすらできない。
だからあなたは、 経済的に自立をして一人で生きていけるようになりなさいって、
良かれと思って、母親が教えてくれたことがね、 私にとっては誰にも迷惑をかけずに、一人で生きていかなければならないっていう十字架になっちゃって、
その瞬間からね、もう本当に、あのー、
誰かに心を開くっていうことに対して、ものすごくドアを狭めたんですよ。 めちゃくちゃ高い壁を作っちゃったなってね。
で、だから一人で何でも完璧にこなせるようにならなきゃいけなかったから、 ちょっとできないってなった時にも、
まず頼るんじゃなくて、限界まで自分で調べて、限界まで自分でできるところまでやって、 どうしようもなくなったら、
ヘルプを出す。 仕事に関してはね。
プライベートに関しては本当に誰にも助けを求められない人間でした。 で、魔王掃除もそう。
誰かが、 会社とかでもそう。誰かがやってくれなかったら、私は目についちゃうから、
中途半端を許す心境の変化
なんかもう鼻息あるぐーってなりながらも、 自分がここまでは、ここまでやったら許せるっていう範囲までは、
もうね、あのー、意固地になってやっちゃうなタイプだったの。 やらない自分が許せなかったの。中途半端すぎて許せなかったの。
で、 体調悪かったりしたら、どう頑張ったって中途半端になる年だってあるじゃん。
でもそれはね、自分にとってね、 攻める材料にしかならなかったんですよ。
今年あそこまでしかできなかった。年明けてからあれやるしかない。 でも年明けは何もかも新規一転始まる年日なのに、そのその瞬間に、
前年の折り、前の年の断捨離とかね、 捨てておくべきものを残して年を越してしまうっていうことに対する、
なんていうの、罪悪感とかさ、 罰が当たる感覚っていうのかな。なんかそういうのがあって本当にね、ストレスだったんですよ。
もちろん自宅もそうだしね。だから自宅もね、あのー、帰省するのに大掃除が間に合わなかったら、ほんと徹夜で新幹線にギリ間に合う時間までお掃除し続けて、
で帰るとか、ほんとよくやってたんだけど、 今年はね、
すごい心境の変化があって、 中途半端なんだけど、まああの日々ね、
割と意識して家を掃除してたっていうこともあって、 今日やりきらなくても、このお家はきっと喜んでるって思えてるんですよ。
だし、 中途半端に終えて、その中途半端でも、
やれるところまでやっている。何もやってないわけじゃない。 中途まではやっている。つまり私はやっている。
あ、じゃあ大丈夫だなっていう、 そのね、中途半端を、
罪悪感とか、バチ当たりな気分ではなく、 中途半端でも大丈夫って、
初めてね、体が許してくれてるような感覚なんですよ。 だから、
2025年の年、年末? これはね、中途半端OK元年? そんな感じ?
中途半端を許せないってね、 結構体がしんどい。
年越しへの意識
メンタルもしんどい。 私はありがたいことに、丈夫に産んでもらったので、
これまでの積み重ねてきた財産で、 金銭的なことじゃないよ、体力的なことね、健康財産で、
なんとかね、無理やりでも、 こう、
こだせてきたことが、やっぱり年齢がね、 重なってくると、無理じゃないですか。
昔のレベルのままではできない。 だけれども、中途半端許せないと、前のレベルから落ちることが、
自分にとってバチ当たりなんですよ。 許せなーいってなってたんだけど、
ああもう、過励というね、致し方ない、 そう、老いに向かう、いろんなことが衰えるっていう人間、
まあ人間に限らないか、生命体のね、肉体のね、その機能、 それをしっかり受け入れるということにもつながるし、
なんて言うんだろうね、あ、もう中途半端でも大丈夫だなって、 それでもいいんだなって、初めて味わえる、
なんかそんな時間をね、迎えられてるなーって、 これって結構すごい変化ですよ。
ねー、ということでね、 まあ皆さんも、まだね、
大晦日まであとちょっとあるので、 これからまだ大掃除される方もいると思いますが、
うん、完璧を目指しすぎず、 まあ楽しくやれるんだったら、とことんまでやったらいいと思うけど、
ね、体に鞭打たず、気持ちよく今年を感謝とともに終えるということを、
はい、意図して、年越しを迎えてほしいなと思います。
こんな話なのに15分も話ししまった。 年越しというところに向けての天後の話、
よもやま話でございました。 一旦、お正月休みというかね、休憩に入ろうかなと思うんですけれども、
配信予約ができる分があれば、 ちょっとそれはね、ロックオンして、
投稿したいなと思ってます。 また来年も、声を使って声を整えて、人生を自分の軸を整えるというテーマでね、
いろいろお話しさせていただきたいと思いますので、 引き続きお聞きいただけますと嬉しいです。
私の放送気に入ってくださったら、ぜひね、フォローといいね、 そしてこんな話聞いてみたいなっていうリクエストがあったら、コメントで教えてください。
こういう感じでフリートークでね、お答えしていきたいと思います。 結構ね、アドリブフリートークの方が、いろいろお話しできることがね、増えると思うので、
どしどしお待ちしております。 ありがとうございました。 紫苑でした。