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【第6回】ライフプランの実際と「図解の技術」誕生秘話──多摩大学名誉教授久恒啓一×リタイアメントFP深谷康雄
2026-06-26 53:42

【第6回】ライフプランの実際と「図解の技術」誕生秘話──多摩大学名誉教授久恒啓一×リタイアメントFP深谷康雄

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ライフプランとは、誰もが先の見えない中で育んでいくもの。先の見えない不安にどう打ち勝っていくのか。久恒啓一さんのライフワークのひとつ「図解の技術」誕生の経緯とともに、前に進む勇気をもらえる言葉に耳を傾けてみてください。

《ゲスト紹介》

■久恒啓一(ひさつね・けいいち)

多摩大学名誉教授、宮城大学名誉教授、NPO法人知的生産の技術研究会代表
1950年大分県中津市生まれ。九州大学法学部卒。
1973年日本航空に入社。英国勤務や客室の労務担当を経て、広報課長、経営企画担当次長を歴任。
1997年早期退職し、新設の宮城大学教授(事業構想学部)に就任。学生部長、大学院研究科長。
2008年に多摩大学教授。経営情報学部長を経て、副学長をつとめた。
ビジネスマン時代の1990年に日本実業出版社から『図解の技術』を刊行。
2002年の『図で考える人は仕事ができる。』(日本経済新聞社)はベストセラーになる。
2020年より『図解コミュニケーション全集』全10巻を刊行。
2024年12月に図解コミュニケーションの集大成『図解の技術大全』を刊行。
近年は1000館を超える「人物記念館の旅」をベースにした『遅咲き偉人伝』など人物論にも力を入れている。
著作は150冊を超える。
近著:『ライフプランの実際』・・・近々刊行予定
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■深谷康雄(ふかや・やすお)リタイアメントFP

1956年福島県生まれ、千葉県育ち。信託銀行で30年以上、企業年金という「人生を守る仕事」に携わったのち、事業会社を経て、2021年に独立。いま大切にしているのは、読書、カフェ、旅、Jazz、落語。そして「人生の余白」という言葉。 年齢は価値であり、経験は資産である、と信じています。

🏠深谷康雄リタイヤメントFPオフィス

https://yfrfpoffice.com

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00:12
こんばんは、深谷康雄です。
ナビゲーターの早川洋平です。
ラジオ、これからの旅-Life Journey Talks-。
この番組は、元新宅銀行マンで現リタイアメントFPの深谷康雄さんが──
人生の後半を自分らしく歩む方々を迎えして──
自分発の仕事づくりや心豊かな生き方のヒントを伺うトーク番組です。
人生という旅の途中で立ち止まり、地図を広げるような──
それでは本日のこれからの旅、始めてまいりましょう。
ということで、深谷さん、今週もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
さあ、このラジオね、金曜日の配信ということで──
ポッドキャストなんでね、それぞれのお好みの時間、曜日で聞いてらっしゃると思いますが──
せっかく金曜日の夜ってことですけど、深谷さん、実際金曜日の夜、このくらいの時間って──
本当にね、もちろん日にもよると思いますけど、どんな感じの過ごし方してるのかな?
そうですね、割と金曜日の夜って人と会う時間になってる人も多いですね。
そうなんですね。
なんて言うんですかね、次の日は休みっていうこともありますので、かなりリラックスできるっていうのがあるので──
人と会う時間もそういうことであるんですけれど、あとはゆっくりと本読んだりとかですね、そんな時間でもありますね。
いいですね。
今の深谷さんのオープニングとか、そのまま期待を裏切らない深谷さんの過ごし方だったんで、なんか僕もほっこりしちゃいましたけども──
さあ、ということでね、今月のゲスト、前回に引き続き今回も、多摩大学名誉教授のひさつね圭一さんなんですけども──
前編の方、聞いていない方、ぜひ前編も聞いていただきたいと思います。
今回は後編をお届けしたいと思いますので、ぜひたっぷりとお楽しみください。
それでは後編をどうぞ。
そうするとね、その具体的なライフラウンの目標と、自分の人生を比べてそれをね、発表できないんですよ、普通は。
確かに電気なんかもあれで、自分が書いた人もいるかもしれないけど、他の人が書いたとか。
そうなんです。
ですよね。
私が今回、ライフラウンの実際、過去青年期、二刀流に挑むって書いてあるのかな?
そうするとね、これはね、要するに知的産生産技術研究会ですからね。
03:00
本を書こうとした形成感あるでしょ?
はいはい。
二刀流なんですよ、今ね。
で、振り返るとね、それになったかな?
相当になったとは思わないけども、それに近い方向で行ったのは私が何かと思ったんですよ。
幅を戻せてこう、方向は大体。
そういう方向だったと思うんですよ。
そうすると今頃になってみるとね、それは公開できる、珍しいですね。
それが今回のライフプランの実際っていう。
そうなんです。だから実際ですね。
実際。実際がどうなのかっていう。
で、それをね、一つは30代か40代かけての会社での仕事のやり方。
一方では知的産生産技術研究会でやった、
例えばこれは偉い人を毎月呼んでセミナーにあるんですけどね。
そのセミナーの講師だったり、講師の連絡取ったりね。
司会したりするわけですよね。
で、だんだんインタビュー、仲良くないから我々はね、
インタビューしたものならここにできるなと。
で、テープを越しだったりするわけですね。
で、一人で書けないけど、大人になるわけ。
ということでだんだんいってね。
で、40歳の時初めて自分独自の誕生を書くわけですよね。
で、そういう、私会社から転身する47月までの記録をずっと
どういう風にして書いてきたかっていうこと。両面で書いてます。
あ、なるほど。それってあれですよね。
実際やってる人っていうのはほとんどいらっしゃらないからね。
見てるとね、30過ぎの時に初めて名前が載った本があるんですね。
それはヤギ哲郎さんという私の先生が書いた本なんだけど、
ちょっと受けてもらったんです。
そうするとね、その時書いてあるんですよ。
あのね、毎年1冊ぐらいは本を書きたいなって書いてあるんです。
でね、最近その本を書くために、今回も書くために調べたらね、
強調、単調含めてね、15冊があったんですよ。
ということはちょうどですね、初めて名前が載った時から15年なんですよ。
あ、なるほど。
ということはね、1年1冊っていうのはできてたんですよ。
実現したっていうことなんですね。
それはね、そうは言うけどできるはずないんですよ、本当は。
そういうこと言っててもね。希望ですからさ。
ところが、できてたってことが後で分かったんですよ。
06:00
最近分かった。
これってなんでしょうね、意識の中にはないけども、
無意識、いわゆる無意識みたいな。
無意識、無意識、あ、知らないけど。
ただ、もうしばらくやってるうちに、
1年1冊ぐらい何かみんなやってたんじゃないかなと思うんですよ。
後から振り返るとっていう部分が、そういうところにも出てるっていうんですか。
だから、仕事の面でもそうですね。
それから、知的生産の面でも、そうやりながらだんだんね、
抵抗腰を必死でやったりしながらね、叩き上げにやってるんですね。
出来がついたら、著書を持つビジネスマンっていうものになっていたと。
なるほど。
ということで、これは知的生産ができ始めたんですよね、実はね。
一方で、その会社をやりながらね、
いうことなんじゃないかなと思っておりますよね。
すごく不思議な感じもちょっとするし。
それを読むとね、やっぱり勇気づけられるんじゃないかなと思うんですよ。
だからあれですよね、先はちょっと見えないんだけれど、
今やってることを続けていくと、後から振り返ると、あ、できてたなみたいな。
そういう場合があると。できない場合も多いけどね。
例えば、山の場でいうと、30代っていうのは、
20代、30代はね、山の麓にいてね、霧がかっていると。
で、ヤブだらけですよ。
ヤブの中をね、雨を降りながら、ポンチを着てヤブ漕いでる感じでね。
全く見えない。
そういうことでみんな苦しんでるんじゃないかなと思うんですね。
私は実はそうでしたしね。
仲間を見ても、気楽に生きてる奴もいたけどね。
だけども、何かを物にしようと思う人は、
そうなっているんじゃないかなと思うんですよ。
だから早くから同格を表すっていうことはね、
一時言われてましたけど、そういうことは実はないんじゃないかな。
なるほど。
そういう人はね、やっぱりすぐもつらすぎるということなんじゃないかなと。
やっぱり時間長いですかね、人生長いっていうことも。
どの分野でもね、年季がいるもんね、年季が。
時間がかかるってことですかね。
時間がかかっていないものがね、やっぱり怪しいんですよ。
かかったものがね、簡単に崩れないから。
どの分野でもそうですね。
どの分野でもパッと出てパッと業績が上がるってことは実はないんですよね。
なるほど。
だから、しかもね、隣には青い広場が見えるわけよ。
あの会社に行ったらよかったなとかね。
やっぱり弁護士になったらよかったんじゃないかと思うんですよ。
09:02
だけどもう諦めて、自分の足元を掘るしかないっていう決心してね、諦めて頑張るというかね。
そういうことなんじゃないかなと思うんですよね。
今の話って、最初の方にお伺いした人物記念館の旅にも言われてましたけど、
要するに自分の足元とか手元とか、そういうところを時間をかけて掘っていくっていうか、
その辺に共通のヒントがありそうな感じで。
それしかないんですよ。
それしかない。
他のところいいなと思って、竜胞のズブツキでしょ。
竜胞は変わりますからね。
それから自分の足元で仕事に関係しなければね、掘れないんですよ。
そうか、掘ろうと思っても掘れないってことですよ。
手首で掘ってるだけですよ。
ところが足元はね、体重抜けないでしょ。
なるほど。
それがね、違うんですね。
しかも自分の会社、自分の仕事ってのはちっちゃく見えるんですね。
ところがそれはね、掘るとね、掘り切るとね、時代とつながってます。
そうですね。
よく言われるんだけども、結局掘ってね、水が出ないですよ。
だから違うものを掘りますよね。
それで一生終えるのかと。
ところが掘り続けるとね、必ずね、ポカンと開くんですよ、穴がね。
それはね、地下水なんですよ。
地下水。
その地下水は他とつながってるでしょ。
なるほど。
これがね、一芸一芸っていうことなんですよ。
なんかすごく分かりやすい。
分かりやすい。
だから、それを一回一つは掘らなきゃいけないんじゃないかと。
いうふうに僕は今は思ってます。
なんかすごくいいこと。
要するにね、地下水脈にたどり着くまでは。
あと一歩のところでたどり着かないと。
もうちょっとで行くかもしれない。
それをね、とにかく謎がね、
あと一尺で水をね、出らぬとやめる人が悲しいことになるんですよ。
でね、何枚掘ったら本当にすごいことになるんですよね。
はいはい、そうですね。
しかし、ビジネスマンとして大半の人がね、それが始まるわけで、
それは自分の足元をまず掘るということをね、
あまり予想を見ずにね、やった方がいいんじゃないかなというふうに揺らさみながらだけども、
私はそう思っています。
すごく素晴らしい言葉ですね。
勇気づけられるというか。
12:00
それはね、成果が出ないんじゃないかって不安があるんですよ。
ありますよね。やっぱりね、このままでいいのかみたいな不安ですよね。
だからね、きょろきょろするからね。
はい、わかります。
40歳になっても50歳になってもね、きょろきょろしている人って結構多いですよ。
ところが、諸田っていう記念館の人なんでそうだけどね、掘ってますみんな。
それはね、そこに金銀が舞ってるっていう場所じゃないんですよ、基本的に。
なるほど、なるほど、なるほど。
だから、どうぶり賞をもらった人みんなね、運が良かったって言ってましたよ、ほとんど人が。
それはね、みんな流行っている分野は競争激しいと。
だから、あれとか言ってもダメだからね。
自分は盆栽なので、違うところ掘りましたって言ったら結構多いんですよ。
なるほどね。
例えば、広中英介っていう人。
あの人、天才って言う感じするでしょ。
あの人、最近ね、自分は盆塵で出来悪いんだって書いてある。
だからね、だから、自分がこの人間になったところをやったって書いてある。
でね、ここ2000年に入ったドイベリア小学生みんなそうじゃないかな。
ほとんどの人がね、当時は財宝がないっていうところを掘った人です。
多分それも受け付けられますよね。
そうですね。
なんていうか、このままでいいんだろうかっていう不安とキョロキョロした。
だから、会社の中でね、一番いい部署じゃなくてね。
それから、世の中の流行を追っちゃいけないということですよね。
そして、自分の足元をひたすら掘ってね。
それはね、ライバルがいなくなるんですよ。
あるところは掘り続けるとか。
全体的に掘った人いない、あんまり。
僕は会社の中でいくつかの部署もありましたけどね。
お前はあそこに行くのか、これで終わりだなとかあるんですよ。
でね、行くとね、そういう感じもするんですよね。
ところがね、しょうがなく掘り続けるとね。
第一印象になる可能性があるんですよ。
そこに地下水脈が。
そこに水脈があってね。
水脈を掘ると専門家になっちゃうでしょ。
そうすると、やっぱり少し目が出ますよね。
私、海外に行った時に。
僕らは若い時に行く生徒があったんですけどね。
1年くらいですね。
みんなね、行って楽しんで帰ってくるわけだけども。
僕はね、何か知的生産が必要なんじゃないかと思った。
で、当時はロンドンですけどね、ロンドン空港に。
15:05
総セクションの派遣員だったんですけど。
自分の足元を見るとね、
当時キャラ班がサッチャーに帰る時だったんですよ。
労働統制権、労働統制権。
だからストライクだらけなんですよ。
イギリス中華。
空港もストライクだらけなんですよ。
ところがね、私が入った日本航空だけはストライクなかったんですよ。
あ、そうですか。
不思議だなと思ったんですよ。
それから、日本航空の中でヨーロッパと中金と全部含めたね、
本社がロンドンであったんですよ。
で、これ見るとね、ロンドン空港だけがね、そういうものが免れたんですよ。
そしたらね、これはね、研究の価値があるんじゃないかなと思ったんですよ。
なぜだろうということで、それをレポートしようと。
それで当時現職員の人事記録を全部、英語のやつですよ。
それを読みながらね、読んで、どういう人が来てるのか、なぜ入ろうとしたのか。
なぜ入れたのかというのを調べたりしているうちにね、
日本的ローム管理の成功っていうふうに思ってたんですよ。
で、だいたいね、イギリスなんかは、航空機が遅れると、
他の国会社はね、
係長が残ってね。
で、みんなが帰ったりするんですよ。
ところがね、我々会社はね、みんな残るんですよ。
でね、これ何かな、なんでだろうなって。
で、休日もそうなんですよ。休日試験ってやがるんですよ。
そうするとね、
みんなね、手当が一緒だったんですよ。
休日試験手当。
スーパーバイザーの参加者も。
全部一緒。
だから手当も馬鹿らしいんですよ。
でね、日本の国会社はね、これはね、職位に応じてね、残業手当がつくんですよ。
だからね、職位が高いとね、たくさんもらえない。
マネジメント能力、マネジメントなんですよ。
でね、これはね、日本的労働管理が既成として成功していいんじゃないかと思ってね。
で、日本的経営というものに目がこう行くわけね。
そうするとオープンマインドポリシーとか、
誰がいつ来ても支援してあげないといけないとか、
みんなを大切にするとか、
いうことに目が行ってね。
よかったのは、手元に本がないんですよ、参考資料が。
18:07
だから現場見るしかないでしょ。
で、そのレポートを書いたんですよ。
で、これはロンドン空港ローン事情って言うんですよ。
当時、日本航空は深谷英介さんという人がいてね。
ロンドンの事情って本から別じゃなかったでしょ。
で、僕がロンドン空港ローン事情っていうのを書いてね。
つけて、それを全社にばらまいたんですね。
これがね、社内デビューですね。
で、これはね、実はね、
名古屋で小池和夫という先生がいて、
労働問題の件がいて、
この人がね、中国語論に書いてる論文を僕がたまたま見かけたのね。
で、その人を送ったんですよ。
そしたらね、手紙が来てね、とてもいい時期に来たんですよ。
それで帰ったらね、その先生がね、
中国語論者にね、紹介したんだね。
で、いろいろあったんですけど、結果的に僕まだ30くらいでした。
社内的に無名でしょ。
で、結局はね、それを発表しろって言われたんですよ。
ところがね、そんな若い人を書いたやつを発表したら大変なことになるでしょ。
で、中国の秘書長がね、社長にハンクもらってあげますからって言われたんですよ。
ところがね、深谷雄介さんが主管した課長クラスの座談会になったんですよ。
で、最初にちょっとだけで、産業に出てくるんですよ。
昔に沙瀬くん、石川くんという人がいて、どんどんこういう文書を書いたところで、
やっぱりね、あっ、その時に気がついたの。
あっ、そうかと。足元を掘ったらね、時代の天和と繋がるんだなと。
大学生ですね。
それから真面目に仕事を始めて、やり始めたんですよ。
そういう実体験みたいな。
それからね、中国に行ったところが、客室乗務員のローム担当があったんですかね。
で、やるとね、やっぱり、なんでこの人たちはね、欠勤するんだろうと思うじゃないですか。
金きついからだけどね。
そうすると、海外の農家とか思うじゃない。
日本の職場とか、比較したりしたからね。
やるとね、欠勤問題の原因になるわけですよ。
そうこうしているうちに、ちょっと面白いから、もうちょっと上でポジションやらないといけない。
ということでね、やっぱり足元なんだなと。
なるほど。
ということで、それから真面目に30歳過ぎてから、始めて何とかやろうという気になる。
ということですね。
なるほど。やっぱり足元大事なんですね。やっぱりそういうことで言いますとね。
それしかできないですよ。
21:00
いやいや。
それしかできないんですよ。
そうですね。なるほど、なるほど。
これ図解コミュニケーション話してないかな。
そうですね。図解コミュニケーションの話も、そうですね。
ライフワークですね。
ライフワーク、1番目。
岸田先生のライフワークで、図解コミュニケーション。
そうですね。ちょっとこの話も少し。
そうですね。
お話してほしいです。
これは日本語に入ったんです。
その時にね、僕は嫌だったのはね、書いた文章がね、係長がいつも直されるんですよ。
はい。
テニファーを中心に。
非常に頭がきましてね。
毎日論争してるんですよ、係長と。
はい。
で、転勤したらね、今度はね、また同じ話しているんですよね。
うーん。
これをずっとやるのかなと思ってね。
ええ。
ときもかなと思ってね。
ええ。
何かと言うと、文章というのはごまかしが効くんですよね。
うーん。
それから、上司と部下との関係で言うと、かなり上司が勝つ戦なんですよ。
うーん。
でしょ。
うーん。わかります。
で、直されても納得いかないんだけどもしょうがないでしょ。
うーん。
反抗があるからね。
うーん。
それから、課長が来て書けって言われるんですよね。
うーん。
課長が来たらもうおかしいんじゃないかと。
うーん。
これは項目を挙げているだけで過ぎないので、
本当に大事なことは、その項目としての関係とか、
うーん。
どのくらい重なっているかとか、
うーん。
ストーリーがどうなっているかですよ。
うーん。
それを議論しないままやってますよね。
うーん。
これ私、文章史上主義とカジワキ信仰だって言ってたんです。
うーん。
これを思ってた。
で、何かない、何かこんなことやりながら人を暮らすのかなと。
うーん。
いうことで、大量破壊液を探して。
大量破壊液。
当時ね、大量破壊液が8点入ってました。
はいはいはい。
で、発見したのが図解じゃないかなと。
うーん。
図解というのはね、全体の構造が見えるんですよね。
うーん。
それから部分どしの関係が見えるんですね。
うーん。
全体と部分と。
うーん。
それから部分どしの関係と。
はい。
これじゃないかなと。
うーん。
で、これが分かれば大体いいんじゃないかなと。
うーん。
いうことで、図解ということが大量破壊液じゃないかなと思ったんですね。
ただそれは誰も言ってませんから。
だから実質試ししかないでしょ。
はいはい。
私が担当している、ローム担当の立場とで実験したんですよ。
うーん。
そうするとね、例えば会社の、僕は各会社の提案、会社提案を各課題なんですね。
はい。
会社提案を。
はいはいはい。
で、組合の提案が来ますよね。
うーん。
それを踏まえてどうするかという偶然会議があるわけですよ。
うーん。
私が書いたものがみんなからブロックされるわけですね。
うーん。
図で書いたんですよ。
24:01
会社提案。
はい。
A組合、B組合、ヨーロッパ、この辺り。
したがってどうすればいいかって書いたんです。
そしたらいっぱい集まったんですね。
おー。
でね、あれって思ったんですよ。
へー。
でね、当時ね、ローム担当のところには優勝の人が集まっててね。
うーん。
私は主任というか課長さんがね。
うーん。
で、課長がいて、部長がいて、本部長の場面が。
へー。
ね。
で、やるとね、みんなね、文章コミュニケーションの主催なんですよ。
うーん。
そうでしょ。
文章では立ち向かうとプレパにやられるんですよ。
うーん。
図で出すとね、誰も分かんないから通るんですよね。
実は分かりやすいっていうのもあるじゃないですか。
文章は分かりにくい必要があります。
そう、文章は分かりにくいので。
だから、分かりやすくするために書いてる。
あー。
基本的に言ってます。
そうですよね。
そうするとね、それを書いたら通ったんです、一発で。
で、あ、分かった。
うーん。
みんなね、この連中はね、図解に弱い。
うーん。
ね。
あれですね、文章で読んでるとみんな勝手に自分の頭の中で書いてくれてますよね。
で、それがみんな多分共通になってないんですよね。
みんな違うんですよ。
そう。
たぶんそういうことなんですかね。
うーん。
そうでしょ。
うーん。
これだと。
うーん。
32、35歳かな。
うーん。
それで2年くらいやったんですよ。
うーん。
そしたらね、突然ね、仕事ができるようになった。
うーん。
そうですよね。
平凡なあれで来たんだけど、突然できるようになったんですよ。
あー。
だからね、あいつが書いたやつはね、分かりやすくていいと。
うーん。
で、意見が通るようになったんですよね。
うーん。
それでロームの担当を無事訴求できた。
うーん。
で、今度は候補に行くでしょ。
はい。
そうすると今度は候補っていうのは、
まあ、そういう対策もそうだし、社内候補対策もね、分かりやすくするのが仕事です。
うーん。
で、それをね、使ってみるね。
うーん。
で、当時ローム担当だとまあ、5000人くらいのホームで使ってるわけね。
あー。
本社の候補に行くとね、2万人の会社とか、4万人のグループが相手なんですよ。
うーん。
あとマスコミでしょ。
それはおニーズですよね。
で、これをね、大胆に実験したんですよ。
あらら、図解をやってたんですね。
そしたらね、うまくいき始めたんですよ。
で、みんな文章取材やってるからね、みんな文章をふねふね回してる。
うーん。
で、こっちは大胆にこう、笑ってるとかね、丸刀三角に近くなってるじゃん。
そうするうちにだんだんね、業績が上がるんですね。
あー、はい。
で、まあ、だんだん中央されるようになって、
で、まあ最後のところはマクホール課長とかやったんですけども、
27:03
最後は会社の経営改革の部署にね、前者を相手にやれと。
うーん。
で、それをだから丸刀三角でやったんですよ。
うーん。
順次では成功したと思ったんですけども。
へー。
だから図解というものを発見したおかげで、
人生がかなり順調にいったということなんで、
平穏な能力、それから若い時から職場されたわけじゃないので、
それがそういうものを手にしたことによってね、
職場まで行き始めたっていうモデルなんじゃないかと思ったんですよ。
それからみんなに、これやればいい気がするよって言ってるんですよ。
あー、なるほど、そうなんですね。
だから勉強してね、いろんな知識を得るっていうことは、
まあいいかいいっていうのは、みんなそういう人多いんですよね。
うーん。
勉強してはいけないって本が書いてあるんですよ。
そういう人するとね、バカになるんですね。
あー。
別に、他でこんなわけ言ってますよ、明日から。
うーん。
まずいのは足元を深く掘ってないってことですよね。
そうですね。
いや、今お話しを伺って、そこの共通しているところは、
そこ、足元を掘るっていうか、距離と周りを見て不安にならず、
足元を着実にこう掘って、
しかもそれは結構時間をかけてやるっていうのがすごい大事っていうことですよね。
人間は成長するから、結局足元でトラブルばっかりでしょ。
うーん。
そのトラブルがあるからね、考えれば。
なるほどね。
で、念機があるってことですね。念機があるっていうことでしょ。
あー、そうですね。
だからあらゆるトラブルを見てるっていうことで、理解が深いですね。
なるほどね。
だからIT、インターネットもそうなんですけど、エンジニアもそうらしいですね。
うーん。
いきなりインターネットやった人と、その前にいろんなプログラミングをやった人とは違うっていう人もいますよね。
あれはね、変化、ちっちゃなトラブル、ああいったもので考えた蓄積が違う。
なるほど、なるほど。
それが念機っていうものらしいと思う。
現場の力みたいな。
そうそう。
しかも現場というのが、現場に問題があるしね。
現場に解決策、解決の方向があるんですよね。
掘る材料がいっぱいあるってことですよね。
で、これは解決策は他から持ってきちゃダメなんですよ。
うーん、自分でやる、自分でやる。
ところが我がずっと負けてきた秀才っていうのはみんなね、他から武器を持ってきて合礼する人だったんですよ。
それはね、間違いであるというのが僕の立場なんですよ。
30:02
だから、現場の味方として、どん才が秀才に勝つ技術っていうのが大事なんですよ。
なるほど、なるほど。
そうですね、ちょっともう最後になっちゃうんですけれども、今のお話を総括するような感じなんですけれども、
自分の人生みたいなものをこれから後半歩んでいくときに、自分らしく歩むっていうやり方っていうのは、
今お話している大抵のところにヒントがあるような感じがすごくするんですけど、まとめみたいな感じで言うと。
それとね、今やっている仕事をしっかりしなさいっていう話ですね。
それからもう一つはね、人生100年時代になったってことなんですよ。
これはね、会社人生っていうのは相対化されるんですね。
相対化される。
だから絶対的にはね、時間の長さが良いんで。
例えば、永田幸衣という俳優がやってる人いますけど、この人は55で定年なんですけどね。
亡くなるのは95くらいかな。
会社人生よりもはるかに長いんですよ。最終的に人生が。
後半の方が長いんですよね。
こういうことが今から頻繁に起こってくる可能性があると。
私が最近提唱しているのは、孔子の言うことを我に受けるなってことなんですよ。
30にして立つのはないですね。
40にしてまとまずはないですね。
50で天秤にしてるのはないですね。
1.6倍はするとどうなるかというと、25歳でこれを出すと。
50で立つ。
40で不悪。
40の不悪というのは65です。
こうやっていくとね、52番は成年期です。
えーって思いますよね。
まだまだっていう感じですね。
65までが早年期。
80までが実年期。
実年期。
95までが熟年期。
110までが大人期。
これ大人期というのは大人物の大人期。
そして110、120というのはスーパーセンテナリー。
これが霞みを送っていく千人期と名付けようというのが私の提唱なんですね。
だから私は実年期を枯らしているんですよね。
深谷さんも実年期に入ったんでしょ。
そうですね。
だからどうしたらいいか。
今から実りがある時期なんだということを一応念頭に置いていくというのがまず一つね。
それから人生というのをどうやって考えるかというと、
公の人、仕事の公人、家庭の詩人。
33:04
これが我々の普通ね。
仕事と家庭。
これあまり寂しいんでしょ。
100年時代は迎えられません。
個人が抜けているんじゃないかと僕は思っています。
個人ですね。
それを個人というのはいきなりないんですよ。
若い頃からちっちゃい実を育てなければいけない。
趣味とかエファムとか。
長年やっているとまた個人がだんだん膨らんでいきますよね。
ある時からは会社もなくなると。
子どもたちも出ていくと。
奥さんから離婚されると。
個人しかなくなっちゃうんですよ。
個人を育てないとね。
何もなくなっちゃうんですね。
それが今100年時代の皆さん困っているのがあるんですね。
個人というものを早くから育てることが大事じゃないかというのが僕の意見が一つね。
それからもう一つは金、暇、体、そして心と言っているんだけど。
体が大丈夫かどうか。
暇があるかどうか。
金があるかどうか。
これはね、体が大丈夫か。
お金がありますか。
時間がありますか。
これは豊かな人生の条件ですよね。
ところがこれで終わりじゃないんですね。
終わりじゃない。
なぜかというとね。
これは条件に過ぎなくて。
何をするかとかね。
という人生には目標が入ってないんですよ。
それは心。
心。
だから心とか頭とかね。
その辺りが抜けて、
例えば、金だけあればいいという人もいる。
体しか、毎日ジムに行ってやってね。
これやってる人とか。
だから、暇だけあって時間を手にばかり見るとかね。
いうんじゃ面白くないでしょ。
だからそれはね、やっぱり頭とか心をね。
どうやってやるかっていう状況に整えながら、
何をするか。
ライフワークが大事なんじゃないかなと思います。
ライフワークですね。
ライフワークはね、わりと早く見つけたほうがいい。
しかし遅くてもいい。
それはさっきの話のように、足元を掘るとこから多分見つけるものなの?
じゃないかなと思うんですよ。
そうなんですよね。
あるいはね、何人かの養子にこれやろうかと思う子があるでしょ。
それをまたね、2、3人でやるねってことですよ。
時間をかけるっていう。
10年までやるとかね。
そこまで見えるでしょ。
だから足元だけでもできるだけやれってわけでもないけども。
時間が必要。
時間をかけるってことですね。
時間をかける。
年季ですね。
年季が必要なんじゃないかと。
それは年季っていうのは実はキャリアなんですよ。
キャリアのね、日本語っていうのはなかなかないですよ。
36:02
あれはね。
カタカナでキャリア。
キャリアを磨く、あれは年季を積むということなんじゃないかなと。
なるほど。
それが違ったなんていうか、視界が開いてますよね。
そうですね。
私自身はキャリアの研究をするとね、
仕事歴を中心とした学習歴と経験歴の相対って言ってますよね。
日本語で言うと。
英語で言っちゃいけないです。
キャリアとは仕事の歴史を中心に考える。
そして学びの歴史と経験の歴史の相対をキャリアと呼ぶ。
これも全て年季があるかどうかですよね。
年季とキャリアを結びつけて考えるとわかる。
わかるじゃないか。
確かに確かに。
年季っていう言葉とキャリアは結びつかなかったんですけど、
今のお話があって質感を持ってっていう感じが感じることができますね。
それはだからね。
海外に回答を求めるとキャリアはキャリアとしか言えないわけですよ。
ところが足元を掘るとね。
僕の言うように職歴じゃなくて仕事歴だよ。
学歴じゃなくて学習歴だよ。
経歴じゃなくて偏見歴だよって言うんですよね。
これ自分の足元を掘って考えたことです。
しかもいろんな本を読んでると、
年季、あるいは年季暴行とかね。
年季明けとかね。
やっぱりね、年季の木は季節の木でしょ。
季節の木ですね。
だから季節を何度もくぐっていくって言葉じゃないかなと思うんですよ。
いい言葉ですね。
そうするとね、やっぱり持続力というか継続力というか、
時間をかけて掘っていくっていうね。
そこが大事なことなんじゃないかなっていうのは僕の意見なんですよ。
そうですね。
例えばね、日記が大事だと。
日記、はい。
言われてますよね。
ところが私も何回か書いた記憶があるけど、続かない。
で、続いたのはインターネット時代になってから。
発信するっていうこと?
要するにブログができてから。
あれ残るでしょ。
あれが2004年の9月28日から開始だったんですけど。
それから7000以上、日以上経ってでしょ。
だけどね、1日1回ちょっと書くと。
日記をね。
それが始めたんですけども、
これね、途中でね、続けられなくなりそうなんですよ。
例えば中国に出張に行くと、当時中国にはインターネットがないとか。
39:01
それから風邪ひくとか。
コロナにかかるとか。
そうしたらね、いつもね、集団の危機なんですよ。
ちょっと習慣が変わっちゃうときが危機なんですよね。
だからね、中国でその時はどうしようかとしたら、
友達に電話をかけてね、今から言うことを書いて。
変わり直して。
はいはい。
あ、なるほどね。
なんだそれ、ないじゃん。
とかね、コロナの時はいかがかってたんです。
その時はずっと考えてる。
起き上がりましょうか、いかがね。
とかね。
あるいは出張に行くときは、先読んで書けなくなるので、
事前にチェターを少し用意しとく。
用意しとくところ。
結局トラブルがあるから、それを苦労者がやるからね。
今、あらゆるトラブルに一応遭遇してるから、やりきれなくなるとかね。
遭遇してるので、続けられることになってる。
っていうことなんですね。
何事も、継続は力がないって、昔から先生に言われたことあるけど、
当たり前じゃないかと思ったんですね。
だけど、今になってみたらそうだなと。
実際、なかなかね、頭で分かってても、本当に続けるって難しい。
分かってないですよね。
分かってない。体で分かってないっていうか。
完全に分かってないです。分かるっていうことはね、
頭で分かっちゃダメなんですよ。
今後ね、じゃあね、本当に今後どうするのかっていうことになります。
私、いつも計画されてるんだけども、
100年時代でしょ。
そうするとね、もうね、やるべきこと終わったっていう人もいるわけね。
僕は終わってないと思ってるんですよ。
はい、まだまだ。
今からだと思ってる。
今から。
富士山島に帰った診断のことを調べると、
診断という休日さんに来たわけ。
トイツ人としては難しいんですよ。
世界の宗教界で一番長寿なの。
あ、そうですか。
キリストの31、31歳ですから。
そうですね。
みんな若いんですよ。
だから、診断が行くことは正しいんじゃないかって気もする。
最後に来た。
彼を調べるとね、
60歳くらいまではね、
放浪なんです。
放浪というかね、
最初は里に流される。
それから次は日立の国で布教するんですね。
許されて初めて60歳を超えて京都に持ってくる。
だから、60歳過ぎてるからもう邪魔しながらと思ったと思うんです。
政権は。
あ、なるほど。
許された。
ところがどっこいね。
彼はね。
それから精密がいろいろ。
で、75歳の時、教業審査を完成するんですよ。
これは法年、先生の法年の行いが原稿録なんです。
42:05
75歳ですか。
何十年かけてね。
その後ね、どんどんね、
例えば、77歳で何とかずっと続いてね。
結局ね、85歳でも体調が悪いんです。
すごいですね。
70代の後半が一番再生期なんですよ。
一番再当たってる時。
それが実年期なんですよ。
これからっていう感じですね。
で、じゃあお前はどうするんだ?
そうするとね、これやっぱり自分好きな人がやってることもあると思うんですけどね。
そういう人を見てるからね。
自分もそれを見て行こうと思いますよね。
そうするとね、僕はライブワークの一つは
図解コミュニケーションっていう。
そうですね。
これは生成AIが出てきて、生成AI×図解コミュニケーション。
今、図解のAIソフトを作ってる。
これを今年中に発表できると思いますけどね。
これが一つ、新しい世界に向かうタイトル。
もう一つは、名言との対話を10年くらい毎日書いてて。
記念館を1000館。
それから名言とでは3000館とかやってね。
すごいですね。
それで代表的に日本人のモデルいっぱい掴んだんですね。
ところが冒頭言ったように、
西村勘蔵は100年前に書いたけども、
5人しか代表的に日本人をアップしなかった。
じゃあこれをやりたいということで、
代表的に日本人というシリーズを始めたんですね。
ブログでね。
これは本にしたり、あるいは音声で流したりもあると思うんですけどね。
これを今年の1月1日から始めたんですね。
参加者さんのブログです。
これを生成AIとも使いながらね、
構成をしたりしながら今作り始めてるところなんですね。
1年経つと、今年やる部分はね、
例えばこれはメインイメージでやってるんですけどね。
代表的に日本人365人の名言と人生と、
それからこれは本で学べることは少なくして、
リアルな、例えば人物記念館に行った時の感想とか、
自分が読んだ本の内容で感銘を受けたとか、
あるいはこの人から受けた自分の影響とか、
あるいはあったこととか、
そういうものを中心としてリアリティのあるね、
自分なりの私の代表的な日本人を描こうかなと思ってます。
45:05
それはAIに描けないです。
そうですね。実際経験されたことが中心になる。
一般的なことだったら描けるんだけど、
それは描けないでしょ。
だから僕の前やってきたことを言うと、
それは自分でフィールドワークをやったわけなんです。
フィールドワークと文献を読み込んできたわけね。
一人一冊読むのが最低ね。
それを自分の体験も含めた新しい代入人をやりたいと。
それは今の時代で言うと海外でも翻訳簡単にできるし。
そうですね。それこそAIの力で翻訳できる。
それから僕が作ろうとしている図解のソフトを使って、
図解でもできるし。
そうするとこれはどうも世界的に発信ができる可能性がある。
そうですね。
ということなんじゃないかなと思ってます。
海外の人は日本を今どこで来てますよね。
はい。
食べ物と温泉と、それからだんだん富士山じゃなくて地方に行きますよね。
最後どうなるかと思いますね。
こんな良い国を作った日本というのは、
日本人たちはどういう人なんだろうかということに向かうんじゃないかと思ってます。
人物論ですね。
その時には私の信頼的な日本人が控えている。
あるいは英語とか中国語でホームページを作ると、
それを見てそこに行こうという気が起こるかもしれない。
人物懸念感の旅が始まるかもしれないね。
日本中つつ裏裏、訪ね歩くことですね。
それが地域の振興につながっていく可能性があるんじゃないかなと思って今夢を描いているところなんですね。
それをもう一つ一緒にやっているアクティブシニア革命という雑誌を
昨年外国で作って大サンゴが出るわけですけども、
これは100年時代生き方の雑誌である。
もう一つは世界マガジンである。
ということで僕たちがやってきたものの集大成の一丁線というのがあってね。
しかもそれは100年時代生きる新しい人物像。
その社会貢献的な動きを紹介していくことが日本のためなんじゃないかということ。
それはそういう人をたくさん増やすことが大事なんじゃないかと思いますよね。
結局これも探検のレベルが上がってきている。
そうですね。探検という軸が。
上がってきているんですよ。
そうですね。
探検という軸というか空間も歴史も入っているんですね。
48:03
だから今考えると私は探検家であるということは言葉が必要ないから。
すぐに位置付けている。
だから自分なりには一本見えているわけね。
軸がね。
タイは死んでもスバルは生きている。
家から見てね。
行くのが好きなんだけどね。
ああいう感じでね。
行くから。
いつまで行くか分かりませんけどね。
100年以上するとあと25年くらいかかりますからね。
いい話です。
そういうことにしたいなと思ってます。
本当に今日はありがとうございます。
勇気づけられます。
今日はあまり出しゃばらずにね。
謙虚に行くって書いてあります。
聞いて申し訳ないんですけどね。
私は率直に申し上げたいと思います。
ありがとうございました。
貴重なお話ありがとうございました。
さあエンディングのお時間ですが、
前回、今回にわたって前後編をお届けしてきた
多摩大学名誉教授の日立根圭一さんのインタビュー
いかがだったでしょうか。
たくさんの気づき学びあったと思いますが。
深谷さん改めてこのオープニングエンディングを
撮っているのは日立根先生のインタビューから
少し時間が経っていますが、
時間が経ったからこそ感じることとか、
リスナーの皆さんにシェアしたいことなんかも
出てきているのかなと思いますけどいかがですか。
そうですね。
日立根先生にお会いする機会が
月に何回かあるんですけれども、
投資でお話を伺ったのは今回が初めての感じですね。
長い時間お話をさせていただきましたけど、
とても分かりやすい言葉でザックバターに
お話をしていただきまして、
よかったなというふうに思っています。
特に私は印象に残ったのは、
足元を掘れという話ですね。
足元を掘れ。
あまり周りをキョロキョロしないで
自分の足元を掘るんだという話がありましたけれど、
よかったですね。
掘っていくと地下水脈にたどり着くんだという話でしたよね。
なんで足元を掘るかというと、
それは体重がかかっているんだから掘れるんだという話でしたけど。
本当に説得力がありますよね。
これがやっぱり今回のインタビューのお話の中で
一番私が心に残ったことですね。
51:05
やっぱり時間が必要なんだということで、
それが年季なんだ。
そうすると誰にもたどり着けないところまで
いけるんだよというね。
とても勇気づけないような言葉だったなと思っています。
深谷さんもそうですし、
僕も本編は伺えなかったんですけど、
久しぶりに先生に長年ご世話になってきた一人でもありますし、
そうしたときに、
もちろん実績、もちろん先生でもありますし、
その分からしてもすごいんですけど、
今の言葉もそうですけど、
すごく気さくな方じゃないですか。
気さくなんですけど、
さらっと話したときにやっぱり頑竹のある言葉とか深さとか、
あと僕も若い頃からお世話になっていろんな失敗したりもしてきましたけど、
やっぱりそのときにそれを全部受け入れてくれる寛容さとか、
懐の深さ、愛情を含めて、
本当にあんな先生いたらよかったなっていう自分が。
そうですね。
また探検家なんですよね。
そうなんですよね。
探検部ですからね。
だから人生探索って感じですよね。
フィールドワークと文献っておっしゃってましたよね。
それはやっぱり自分の人生に生かされてるところがすごいなと思いましたね。
ありがとうございます。
ということでいかがだったでしょうか。
せっかくこのラジオはポッドキャストという形で繰り返し聞けますので、
ぜひ皆さん繰り返し聞いていただき、
そしていいなと思っていただいたら、
いいねボタンもそうですけどね、
ポッドキャストでもYouTubeでも構いませんので、
ぜひオシリアに共有していただけたらなというふうに思っています。
さあ、ラジオこれからの旅は毎月第3、第4金曜日の20時に新エピソードをお届けしています。
スポーティファーやアップルポッドキャスト、アマゾンミュージック、YouTubeなどお好みのアプリでお聞きください。
番組のご感想、こんな方の話を聞いてみたいというリクエストは、
概要欄のお便りフォームからお寄せいただけたらと思います。
皆様の声を羅針盤にこの番組を育てていきたいと思います。
そして番組のご感想は、Xやインスタグラム、フェイスブックなどで、
ハッシュタグこれからの旅をつけてポストしていただけると嬉しいです。
ここまでのお相手は、
かややすおと、
早川洋平でした。ありがとうございました。
ありがとうございました。
53:42

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