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【第5回】1000館を超える人物記念館の旅から見えたもの──多摩大学名誉教授久恒啓一×リタイアメントFP深谷康雄
2026-06-19 53:29

【第5回】1000館を超える人物記念館の旅から見えたもの──多摩大学名誉教授久恒啓一×リタイアメントFP深谷康雄

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1000館を超える人物記念館の旅を続ける久恒啓一さん。ビジネスマン時代の振り返りや、知的生産の技術研究会との関わりも含め、活動の原点には学生時代の「探検部」の存在がありました。「探検」の精神から見たライフプランの「ホントのところ」に迫ります。

《ゲスト紹介》

■久恒啓一(ひさつね・けいいち)

多摩大学名誉教授、宮城大学名誉教授、NPO法人知的生産の技術研究会代表
1950年大分県中津市生まれ。九州大学法学部卒。
1973年日本航空に入社。英国勤務や客室の労務担当を経て、広報課長、経営企画担当次長を歴任。
1997年早期退職し、新設の宮城大学教授(事業構想学部)に就任。学生部長、大学院研究科長。
2008年に多摩大学教授。経営情報学部長を経て、副学長をつとめた。
ビジネスマン時代の1990年に日本実業出版社から『図解の技術』を刊行。
2002年の『図で考える人は仕事ができる。』(日本経済新聞社)はベストセラーになる。
2020年より『図解コミュニケーション全集』全10巻を刊行。
2024年12月に図解コミュニケーションの集大成『図解の技術大全』を刊行。
近年は1000館を超える「人物記念館の旅」をベースにした『遅咲き偉人伝』など人物論にも力を入れている。
著作は150冊を超える。
近著:『ライフプランの実際』・・・近々刊行予定
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■深谷康雄(ふかや・やすお)リタイアメントFP

1956年福島県生まれ、千葉県育ち。信託銀行で30年以上、企業年金という「人生を守る仕事」に携わったのち、事業会社を経て、2021年に独立。いま大切にしているのは、読書、カフェ、旅、Jazz、落語。そして「人生の余白」という言葉。 年齢は価値であり、経験は資産である、と信じています。

🏠深谷康雄リタイヤメントFPオフィス

https://yfrfpoffice.com

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サマリー

本放送では、多摩大学名誉教授の久恒啓一氏をゲストに迎え、そのユニークな経歴と活動について深掘りします。久恒氏は日本航空でのビジネスマン経験を経て、大学教授となり、現在は知的生産の技術研究会代表としても活躍しています。特に、1000館を超える人物記念館を巡る旅は、彼のライフワークの一つであり、その原点は学生時代の「探検部」活動にあると語ります。この「探検」の精神が、ビジネスの世界や知的生産の研究、さらには人生のライフプランニングにどのように繋がっていくのか、その深い洞察が語られます。 久恒氏は、人物記念館巡りを通して、偉人たちの実像やその時代の背景を多角的に捉えることの重要性を説きます。また、自身の経験から、ライフプランは固定的なものではなく、毎年見直し、柔軟に対応していくことの価値を強調します。探検部での「探検とは何か」という議論から始まった彼の人生哲学は、社会に出てからの「社会探検」へと繋がり、知的生産技術の研究へと結実しました。この番組は、人生の後半を豊かに生きるためのヒントに満ちています。

番組紹介とリスナーの声
こんばんは、深谷康雄です。
ナビゲーターの早川陽兵衛です。
ラジオこれからの旅 Life Journey Talks
この番組は、元新宅銀行マンで現リタイアメントFPの深谷康雄さんが
人生の後半を自分らしく歩む方々をお迎えして
自分初の仕事づくりや心豊かな生き方のヒントを伺うトーク番組です。
人生という旅の途中でふと立ち止まり、地図を広げるような
そんな時間をご一緒できればと思います。
それでは本日のこれからの旅、始めてまいりましょう。
ということで深谷さん、今回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
さあ番組が始まってもう第5回ということでね、もう3ヶ月目突入ですけど
いかがですかね? 実際始まってみてなんか実感とかありますか?
そうですね、結構反応というかですね、ポチポチ来てるので
その声に励まされながら、いいなと思いつつ
これからも続けていきたいなという気持ちになっているところです。
じゃあまさに文字通りこれからの旅がなんかちょっと始まった感が
ちょっとずつ出てきた感じですかね?
そうですね、そんな感じですね。
なるほど、反応というお話もありましたけど
早速ですけど、いくつか声をいただいているので紹介したいと思います。
まずリスナーの方から、初めてとは思えないぐらい自然な会話で
ゆったり聞かせていただきました。嬉しいですね。
嬉しいですね。
トーク聞きました。緩い感じがいいですね。いただいてます。
あとは、これも嬉しいですね。
ながら劇をしていましたが内容に興味が湧いて途中から聞き入ってしまいました。
おかげで今後のゲストのことはもちろんですが、お二人のことも興味が湧きました。
これからの旅、私も一緒に楽しませていただきますということでありがたいですね。
ありがたいですね。
これ僭越ですけど、お二人のことってことは私も入っているってことですね。
そうですね、たぶんこれは4月に配信したクラストークだと思いますね。
いよいよ始まるっていう感じで、私もこういう仕事をたくさんやらせていただきましたけど
いつの番組もいつもやっぱり常にこの新鮮な出港する旅の感じがまさにあるので
深井さん本当にこの番組のタイトルも含めて素晴らしいなというふうに思いつつなんですけども
3ヶ月目ということで、今回と来週にわたって
前回は小説家の石田稲さんということでスペシャルゲストなんですけども
今回も素敵なゲストをお迎えいただいているということで
今回のゲストはどんな方なんでしょうか?
ゲスト久恒啓一氏の紹介と人物像
そうですね、多摩大学の名誉教授でいらっしゃいます
秘訣のケイジ先生をお招きしています。
私がリタイアした後の先生みたいな感じですね。
師匠という感じもちょっとしてますけれど
なかなかこの師匠とか先生とかって
学校自体はそういう方とお目にかかる方も多いんですけど
社会人に入ってとか、社会人も後半に入ってとか
そういう時に先生とか師匠とかっていうのはまた一味違う
そういう感じがしているので
とても貴重な声だなというふうにちょっと私は
お声をかけさせていただいた
ありがとうございます
まさに秘訣の先生がどんな方かとか
出会いのきっかけとか
その辺本編でまた出てくるかもしれませんけど
今の時点でこれから聞く方にとって
秘訣の先生をご存知ない方に
秘訣の先生って一言で言うと
先生は世の中にたくさんいる中で
多摩大学の名誉教授ということで
何がユニークで
僕も実はよく存じ上げている方なんですけど
著名な方ですけど
一言で言うのって難しいと思うんですけど
ズバリ秘訣の先生は何がユニーク
そしてなぜ今回お願いしようと思ったのか
イコールかもしれませんけど
そうですね
やっぱり
ビジネスマンっていうんですかね
会社の
仕事を経験して
それから
大学の先生に
転じたという
なので私も
会社勤め長くやってきましたけれども
その辺りのことが
非常に実感してよく
話を伺っていると分かるというんですかね
その辺りが
とても
心に刺さると言いますか
そういう
お話を伺えるのでありがたいなと
思ってますね
とにかくね
いろんなところにアンテナ
張ってらっしゃる先生なんですよ
これは聞いていただくと
分かると思うんですけど
その辺りが
とても魅力的な先生
あんまり多くを語ると
ネタバレしちゃいまうので
とにかく聞いてくださいという感じですね
ということで
今回と次回のゲストは
多摩大学名誉教授の
久津根圭一さんです
今回は前編をお届けします
それではお聞きください
久恒氏のプロフィールと人物記念館の旅の始まり
どうぞ
それではですね
今日は改めまして
久津根圭一先生を
お呼びしていますので
よろしくお願いいたします
久津根先生
初めて聞かれる方も
ひょっとしたらいらっしゃるかもしれないので
簡単にプロフィールを
私の方でご案内させていただければ
と思っています
1950年に
大分県の中津市生まれということで
九州大学本学部を
ご卒業されましたということでございます
現在は
多摩大学の名誉教授
宮城大学名誉教授
それからエルピオ法人
知的生産の技術研究科
の代表されていらっしゃるということで
ございます
大学卒業の後
1973年
日本国にご入社されまして
イギリスの
キングですとか
客室のローム担当を得まして
広報課長それから経営企画部
担当次長を歴任されて
1997年に
ビジネスマンを
退職されまして
新設の宮城大学
事業構想学部の教授にご就任された
というふうに伺っております
学生部長
大学院研究課長を
歴任されまして
2008年からは多摩大学の教授
ということで
経営情報学部長を得まして
副学長を務められたというふうに
伺っております
ビジネスマン時代の
1990年
なんですけれども日本実業出版社から
図解の技術を
勧告されまして
2002年
図で考える人は
仕事ができるという
日経新聞社から出された本ですけれども
これがベストセラーになられた
ということでございます
2020年から
図解コミュニケーション全集
全実館を勧告されまして
2024年の12月には
図解コミュニケーションの
集大成であります
図解の技術大全
というものを勧告された
ことでございます
近年は一千館を超える
人物記念館の旅
というのをベースにしまして
細垣人類などの
人物論にも力を入れてらっしゃる
ということで著書は150冊を
超えられるということでございます
近々ライフプランの実際
という本を出されるということでございましたので
番組の後半でこちらの本の
お話もお伺いできればと思っています
ということで改めまして
久須の先生よろしく
お願いします
ということでですね
ちょっと番組の前にお話したんですけど
私関東の方の人間なんでですね
九州の方はわりとことないんですが
先生は落下死生まれという
ことなんですけれども
中津市といいますと福沢幸知先生の
故郷ということで
ちょっとこの辺のお話から
お伺いできればと思うんですが
子供時代はね福沢幸知の
ふるさとということで
朝からもあんまり
じゃないんですけどね
小学校中学高校と福沢先生が
偉いんだったの聞いてきたんですけど
私嫌になりますよね
どう偉いのかわからなかったんですけどね
就職して
社会に出ていろいろ本読んだり
人の話聞くとね
福沢先生って偉い人だったんだな
と本当に思うようになった
それから福沢先生の本読むようになったんですよ
特にあの時代は幕末から
明治にかけてですから
世の中はそうやるとした中でね
結構ねいいこと言ってるんですよね
それを惚れましてね
福沢幸知の本を結構読んできた
ある時ね
実は福沢幸知記念館とかあるんですよ
福沢記念館
ここにですね
行きましたらね
あれ何年だったかな
2005年ですね
夜の1月行きましたらね
本当に偉い人だと分かったんですよね
それ以来ね
記念館では前行ったことあるけども
しかし年齢によってね
受け止め方が違うんですよね
自分が同じ年齢の時に
この人は何してたのかなと思うでしょ
なるほどなるほど
見えることが違うんですね
何度も行ったんですけども
そういうことでね
いろんな見方があるんだなと思って
それで福沢幸知記念館を
河切にね
全国記念館を回ることを
ひとつのテーマにしようかな
と思ったんですよ
人物記念館巡りの魅力と楽しみ方
図解コミュニケーションっていうのをね
ずっとやってて
これは当然ライフワークの
ナンバーワンなんですけどね
実は無実際になった頃ね
それ一本でいいのかな
と思ったんですよ
それでもうひとつ何かないかなと
見てると
旅行側はみんな好きでね
旅行やりますけども
だいたいグルメとかね
温泉なんですね
あーそうですね
楽しそうに言ってますけど
それだけじゃつまんないんですよ
いうことで
僕は人物記念館の旅を
提案したらいいんじゃないかと
それでやり始めたんですよ
そしたらものすごい面白くてね
1年に5時間くらい行きましたかね
2年目が50巻
100巻
その後に100巻を超えるとね
日本には昔
百説っていう言葉がありましてね
これは100行くと
何でもそうだけども
入門というか卒業というか
何回超えるっていうのが
昔って言われてるんですよ
確かにね
入門したなって感じね
それから100巻は結構多いですから
ある一つの山を超えたな
なるほど
これをこのまま行こうと
いうことで始めたのが
人物記念館の旅ということです
なるほど
いやー素晴らしい
これってまだまだ続きそうですよね
今のところ
1000巻を超えたということなんですけど
ある時期ね
面白くて70巻行ってね
無理して行くんですね
1000巻を超えたあたりからね
無理せずに楽しもうぜ
それから徐々にゆったり見ていくと
重なってあるところについては
1日に2,3巻もあったりね
したりしたんですけども
少し余裕を持って行こうと
いうことで
これはねいまるしけんじっていうね
いまるしけんじ
京都学科の統領の偉い人がね
あれは山登りなんですね
1,000巻を山登りしたと
500巻から1,000巻
1,500巻を
そのあたりからだんだんね
あとは楽しむ途端に返せると
それに習って
行こうかなっていうことで
ガツガツしないで
楽しみながら行こうかなと
もうなんて言うんですかね
日常っていう感じに
近づいてるって感じですか
よく家内へと旅行する
その時必ずね
記念館を
テーマに行くんですよ
向こうは温泉とか
グルメがいいなって
私の後ろもついてきますけどね
それをどう回るかっていうことを
話し合いながら行こうと
今後は
2度目3度目でもいいなと思ってるんですよ
2度目3度目
同じところを2度3度回るんですね
最近家内もね
短暇を始めて
13年になるんですね
昔斉藤大輝記念館行ったなとかね
あるわけですね
それをもう1回行ってみたいって話
してるので
2人でそういうところに行くのもいいんじゃないかな
と思ってます
共通して人物記念館の
巡りができるっていうことですか
いいことはね
目が違うんですよ
私が見る目はね
この人は何やったんかなって見るでしょ
ところがね
この男はね
いい夫だったかって見るんですよ
なるほど
視点が違うんですね
私母も一緒に回ったことがあるんですけどね
母で今度はね
またあの
家人でしたけどね
全く違う見方で
しかも昭和初期の人ですからね
いろんな
同世代も結構多いんですよね
また違った情報をくれるんですよ
だからね
違う人と回るのもいいんですね
なるほど
同じところに行っても
見方が全然違うんですね
確かにそうですね
この人は
悪い夫だったのかね
ドキッとするんですよ
ご主人は素晴らしいと思ってても
女性の目から見ると
ちょっと違くないみたいな
記念館にいる人は偉い人多いですから
家庭の怪異な人多いですよね
なんか没頭してなきゃ
だからまあ
家庭人という人はどうかって
結構いるんですよ
なるほど
それはやっぱり私の反省も込めて
私もちょうどね
バブルの時までに
残火時代の一番下のほうですから
やっぱり激しい
24時間働きますか
そういう意味で
そういう人たちにすると近い
自転車で食ってましたから
なるほど
友達に行くのもいいし
個人でもいいと
いうことで
皆さん楽しんではいかがですか
そうですね
何回行っても楽しめるっていうのは面白いですね
結局30歳の時に行くと
その時何してるのかなと思う
50歳に行くとこの人は
何をしようとした人なのかな
亡くなった時までに
何かやり残したことないのかなとか
業績がどういう業績があったのかな
そういう意味でいろんな楽しみ方が
できるということなんじゃないかと思うんですね
なるほど
家族と言ってもそうだし人と言ってもそうだし
自分自身が何回行っても
仲の良い方と違う
そういう感じなんですね
特に住宅連関はね
地元の人はあまり行かないんですよ
なかなかわかります
有名な人でもね
地元の人は知らないです
福沢駅地でもね
有名な人でもね
福沢駅地ほどね
地元の人が知らない
他の知らない人も珍しいって言われる
そうなんですか
地域屋久市も含めて
もう一回地元の人物を
盛り起こすのが大事だと思ってたんですね
なるほど
地域のDNAがある
ということなんで
地域の成人ですよね
成人が生まれた場所ですから
そういう空気が漂っている
日本の
将来考えると
子供たちが
お父さんお母さん一緒にね
行くようなことがいいんじゃないかと思ってます
なるほど
そういうのって
やっぱり一戦観を回っていきないと
なかなか感じられない
ちょっと言ってね
2,3個っていうのはよくあるんですけど
やっぱり数をこなすと
見えてくるっていう
ちょうどね
一戦観と言いますとね
記念館ある人っていうのはね
相当な人なんですね
妊娠を受ける
だから行って悪かった記念館はないんですよ
みんなそれぞれ
感銘を受けるというかね
それぞれが
その時代の限界を踏まえながら
何をしようとしたかという
口差しを感じることができますしね
今の日本は
偉人の教えと日本精神の継承
衰退
に入っている感じが
するんですけど
ある技術を
高めるとか
勉強をやるとかね
そういうことでは進まないんじゃないかなと
そういったこととは
もっと根本的なところ
っていうことですか
深谷さんもそうですけどね
我々の国語文の頃は
偉人では読んだでしょう
ありましたね
夏休みの宿題とか
電気ですね
電気は読まなくなってるんじゃないかな
と思ってたんですよ
確かにそうですね
電気っていうのはね
みんなね
口差しを奮起させるんじゃないかね
そういう役割がありますよ
芝居座とか
電化とか
日本人もそうですよね
豊臣秀吉とか
これ見てね
若い人がね
自分もそういう人生を送ろうかなと
思うことは大事なんですよね
日本には幸い
歴史も長いですね
そういう人物がね
多く出てます
特に戦後期
それから明治維新
それから戦後
この辺りはね
世界的な人物が
結構出てるんですよね
それは世界に
恥ずかしくなる人が多いんですよ
例えば
内村勘蔵が
書いた
代表的な幼稚園という本があるんですよね
100年くらい
あれはね
西郷隆盛とか日蓮とか
長江藤次とか
上杉洋三とかね
こういう人たちを
取り上げてるわけですけど
その本が日露戦争とかの時に
翻訳されててね
もともと英語で書いてますからね
当時の
当時の人たちみんな
英語で書くんですよ
だから僕ら読む時に
翻訳って書いてあるんですよ
日本語の文字なんですよ
相当な勉強した人たちなんですね
それを読んで
当時のアメリカ大統領とか
ケネディが
上杉洋三のファンなんですよね
そうなんですか
そういうこともあって
日本国民として立派な国民だってことが
分かって大きな影響を与えたわけですね
そういうことも分かってくると
いうことでね
やはり偉人の名前知ってますけども
何やったか
何を考えたか
本も読まないしね
分かんない
そういうものがね
人物がね
例えば行くと
何も勉強しなくていいわけですよね
時世紀をずっと見ますよね
写真
書いた本
そこで
書いた本ね
記念館の図録
高くても買ってくるんですよ
買いながら読むんですよ
書いてお風呂に入りながら
翌朝ブログに書くということを
日課にしてきたんです
だから全部
フィードバークをして本を読んで
それをブログに
その時点のことを一応書いているっていう
のがずっと溜まってきている
ということなんですね
膨大な記録ですね
膨大な記録
関連する情報とか全部
結局ね
みんなそれぞれ個人で生きてるわけないんですよね
ある学者の分野でも
当時の
スポーツマンとか
あるいは歌舞伎学者とか
ライバルとか
小説家とかいろんな人と付き合ってるでしょ
そういったものがね
見える
他の人が行くとその人また見えるでしょ
なるほど
行くたびにね
ある人物の
実像が
割と立体的に見えてくる感じが
あるんですね
それをずっとやってますね
私は特に日本近現代史中心に
やってるんですけど
それは文化分析の
時代に活躍した人から
現代まで
近代と現代ね
日本は近現代史を
歩いてる感じなんですよ
膨大な歴史をね
これは得難い経験だなと思って
本だけ読んだって
分かんないし
繋がりが出てくるっていうところが
大きいですよね
それは
独自の情報源なんですよね
そうですね
しかも私は
自分としては
人生を
研究するけども
言葉を探してるんですよ
名言ですね
その人が人生で何を生むとしたのか
四国の名言を
拾ってきたんですね
それを書いてます
そうするとね
例えば日本人の近現代の偉人
これは
幕末の江戸時代から
進めて
その時代の偉人が
1000人ね
多い人たちの絞り出した
人生の英知があるわけですね
これが雑誌を
振りかかってるんですよ
だから非常に
豊かになる気持ちになるんですね
それはどの人の
人生論でみんな
個人ですね
同じようなことを
同じようなことを言ってみるし
また逆のことを言ってみるし
そうするとやっぱり
名言というのはある一面
片面しか言ってないことも
分かりますよね
それを両方見なさいってこともあるわけ
そして
自分にふさわしい名言ばっかり
集めてるわけですね
自分を奮起させる名言の方が
多いんです
力をもらうというか
奮起をもらうというか
人によってはね
もらいたくないという人がいる
それはね
癒しがいいんだという人がいるんですよ
勇気とかじゃなく
癒しの名言が欲しい
人もいるんです
分かりますね
その人はそういう人の名言に
癒されていない
僕らはどちらかというと
癒しよりも
励まされる方が
いいんです
性格によるんですね
だからそういう意味ではね
私が集めている名言が
一線あるとすればね
割とあの
励まされたい人に向いている
名言集なんです
なるほど
探検部から始まった人生と社会探検
さっきの話でね
女性の目から見たとか男性の目で見た
感じ方が違うという
同じように言葉にもそういう意味が
私はブログの日記を
ずっと7000
1以上書いているんですけど
これ福沢彦地の言葉なんですね
それは
今日も生涯一日なり
これをね
福沢記念館で見つけたときにびっくりしました
大体
福沢記念館って大体
人の上に人を作らずという
そうですね
ということなんですけどね
いいことはなんですけど
感激はしない何かも似てるから
ところがそこにね色紙があってね
今日も生涯一日
なりということがあったんですよ
なるほどなるほど
これを飾ってですね
自宅の
福沢先生が
でさえも
今日も生涯一日なんだということで
今日一日と
生涯見据えてね
頑張ったんだなと思うと
怠けられない
それを私の
座右の銘にもらっているんですよ
私がブログで書いているときね
あの言葉を見ると
背が伸びますとかね
ときに現れますけどね
自分に向けて
発している言葉なんですね
なるほどなるほど
それがやっぱり人物記念館で
拾った成果みたいな
ことの一つ
ということなんですね
そうですね
人物記念館でもう一つお伺いしたいんですけど
これは
一戦間回られたということなんですけど
日本には
さっき電気というのはみんな生まなくなっちゃった
ということですけど
一戦間あるということはやっぱり
そういうものを大切にしようっていう
土壌というんですか日本の中に
またあるんじゃないかなという気がするんですけど
隠れちゃっているかもしれない
いやこれはね
もちろんね
それぞれの地域に
偉人というのは
出てくるんですね
いろんな時代に応じて
それをみんながあがめて
そして井上尊徳の
記念館を作るんですよ
それは貴重な
資源なんです実は
教育資源
観光資源
ということで
もっと大事にすべきじゃないかな
と思っています
特にね
子どもの教育に
とってもいいと思っています
今は子どもたちは
どういう人たちの電気運動か知りませんけど
例えば
そんまさよしさん
とかね
マイクロソフトを作ったビルゲージとか
ヒーローマスクとかね
あるいは
こういう人たちに目が行くんですよね
ところが
海外もいいけども
地元を見なさいというのが言いたい
なるほどなるほど
ここには日本の精神が
生きづいているわけですよね
だからそれをね
継承する
そこに目を向けるのが
最も
早く
自分が育つということになるんじゃないかな
他の国の人はね
勉強になるけどね
ちょっとわからないのもあるんですよ
テイスト教とかね
宗教問題とか
日本自身の問題というのは
宗教もね
神道もね
歴史も踏まえて
見聞きするわけですよ
だから自分の足元を掘るということだから
なるほどなるほど
足元を掘ること以外に実はないんですね
海外のその偉人の伝記なんか読んでますけど
それは
本当のことなのかわからない面もあるんですよ
良い面だけを見る
実感としてちょっとやっぱり
わかりにくいところはある
ただ我々は結局ね
私もあの前やっぱり
海外のいろんな哲学者を読んだんですけど
結局わからなかった
ところが日本のものだと
とかかりがいいので
わかりがよりいいんですね
だからツルナシを持って
自分の足元を掘ったら掘れるんですよ
ところがね手を伸ばしてね
遠くのものは掘れないんです
だからそれは
ある時期やめてね
日本に回帰した方がいいと
日本への回帰って呼んでますけどね
近代の偉人っていうのは
専用株でもいいんですよ
明治
これはね昔のね
平安時代は中国でしょ
明治はヨーロッパでしょ
最近はアメリカでしょ
全部
海外の
平地を輸入するのが得意なんですよ
ところがね近代の人に見ますとね
みんなねそれやってるんですけど
苦悩してますね
で最後は日本に帰ってくる
感じがあります
日本には場所がいたんじゃないかとか
そういうことを発見した人が
また新たな文化を
作り出した人が多いんですよ
だから
日本への回帰ってことを
テーマにしてるんですけども
これは保守的になる
ということじゃなくて
日本の
栄一をねもう一回生み出したらいいと
私戦後教育は
良かったと思うんですけども
しかしこれはあまりにも
バブリングも含めてね
公立主義的な
求戦的なものに
還元するね
そういう文化が非常に
今は多くなってますよね
というか明治の人はそうでもなかった
だから偉い人はね
そこをね
深く振らないと
日本の本当の復興ができないはずだと
いうのを私は確信しているんです
だから生成者が出てきたとか
インターネットが出てきたとか
いうことはもちろんこれは
大事なことなんだけども
それは本質がどうかって
問題があります
だからいずれ
私はこれ
2005年から始めたんですけどね
いずれ
精神性に向かう時代が
来るんじゃないか実は思ってたんです
それに
自分の懸念が当たると
相応しいんじゃないかと
思ってきて今その確信を深めているところです
なるほど
ありがとうございます
人物記念館の旅
これも旅の一つ
ですよね
伊佐須先生の
学生時代のサークル活動が
探検の記念を聞いているんですけど
この辺でやっぱり
つながるところはありますか
結局ね
お前は何をして人生を生きているんだ
と言われたらね
僕は探検をしていますと言って
これは大学の時に
私先ほど
教大の法学部出身と書いてますよね
ほとんど勉強しないまま
卒業してしまいました
これはクラブ活動だったんです
探検部ですね
探検を大学2年生から
探検部に入ってね
国内外も
若干やりましたけど
探検をやろうと
面白いことで探検部というか
クラブはね
毎日みんな集まって
探検とは何かと議論しているんです
探検とは何か
スキザンハウス
探検する前に探検とは何か
これ生き方に関係してですね
なるほど
これは文化系なんですよ
探検の研究は
調べるという時間ですね
それから
冒険と同時に
危険の件なんですよ
危険を犯すのが冒険である
探り調べるのが探検である
だから探検の方が
レベルが高い
だから危険を犯さないでしょ
そうすると探検は
もちろん安全だということになるわけです
なんかちょっと
普通の感覚と深めていくと
これは企業家とは
誰のことかという議論があるんだけれども
これは企業家というのは
よく調べるんですね
よく調べて
間違わないように
調査に全力を尽くす人が多いんですよ
成功したり
だから企業家は
失敗をしないようにやってるでしょ
だから失敗しないんだという議論があるんです
リスクは最小限とか
似てますよね
私は大学探検部出身といって
時々経歴に
方角って書かないように
してることも実はあるんですよ
そして
私はもともと
弁護士だろうと思ったんですけれども
学生時代に免許をしなかったこともあって
仕方なく就職をしたわけですけれども
それは将来
月に行けるかもしれないと思って
日本語を書いたと
そういうことになるんですね
これはね
ビジネスの世界
社会探検なんですね
後からね
社会探検を始めたということなんです
20年ぐらい
やって
何か
種族とかテーマがないと
世界を探検できませんよね
だから
航空界に入って
航空界に入れば
世界中に行ける可能性があると
ということです
探検の延長上に
企業を選んだということなんです
実は入ると
知的生産技術研究会との繋がり
今度は
当時考えたと違って
とても面白いんですよね
仕事は
最初はくだらないなと
思ったんだけども
30歳あたりから
どうしようもないと
仕事もできないし
勉強もしてないし
どうしようもないと
盆栽でやると
いうことで
しょうがないので
計算が違わないようにとか
個人達成をなくすようにとか
細かいところから
一応始めたんです
それでだんだん
信用がちょっとつきますよね
だんだん仕事するようになるわけですけども
例えば
労働組合対策をやれと
難しいんですけどね
それから
ロンドンに
取材しろと
とかね
いろいろ変わりますね
広報をやれと
どの仕事もね
全力トークしなきゃ間に合わないですね
それを
120%
業績を上げなければ
次のポジションを待っていない
ということなんで
社会探検をずっと繰り返してやってきた
というのが自立マン生活
その間気がついたら
力をついてきた
という感じがあったと
いうことなんですね
だから大きな会社でも
実は2万人なし4万人の会社だったんですけど
やっぱり違うんですよ
組合対策
労働組合から見た会社と
それから
海外から見える自分の会社
イギリスから見た会社
日本と
それから今度は
生理のローンから見た会社と
キャビンアテンダントの社会から見た会社と
それから本社から見た会社
みんな違うんですよ
だからいちいち探検をしながら
行く
そうすると
40過ぎたあたりからね
立体的に見えだしますね会社が
さっきの話とはちょっと共通してる
ようやくね
過去の経験が生きてくるわけね
ちょうどそこに広報部に
担当したのでね
全社が見える感じになったんですよ
つまり見晴らしが良くなったんですね
そこは現場を踏まえてますから
人脈もありますよね
だから自分でやるべきことが
見えてきてるし
やるべきことの正しさが
自分では
見えてない
だから仕事が
自分でも
昔よりできるようになってきてる感じが
だから探検の連続だったということです
ちょっと今から関連して
お話をお伺いしたいんですけど
下先生の経歴の中に
知的生産技術の研究会社があるんですけど
これってその
ビジネス側をやりながら
こちらの方もやったわけですね
これもやっぱり探検ですか
これは探検はそのものなんです
なぜかというと
知的生産技術研究会というのが
何かというと
大学の探検部の
バイブルが知的生産技術の本だったんです
そこでまず
共通の部分がある
田尾先生という人の書いた名著
現在100ズリ
100万部以上の名著なんですけど
探検部というのは
結局探り
調べて何やるかというと
報告書、レポートを書くわけですね
そのレポートを書く技術が
知的生産技術だったんです
なるほど
だから探検した結果を
レポート、報告書、本にまとめるとき
どうしたらいいかという
技術書なんです
私が会社に入って
20代後半から
札幌に行った時に
日経新聞の
私の入力者の隣に
日経文化館があったんです
あそこに
八木哲郎という人が
知的生産技術研究会の
代表として出てくるんです
見てて
同じことを考えてる人がいる
年を出して
それで
この間入ろうと
手紙を出したんですけど
その時に
平仮名タイプライターと書いてあったんです
うーん
平仮名タイプライターを
当時に北海道で
初めて買った人じゃないかなと
そうなんですか
平仮名タイプライターに手紙って書いてあったんです
驚いた
その後私はロンドンに
転勤になったんですが
帰ってきてその会に
入ったのが29か30くらいかな
そこから
二刀流
ですよね
うーん
仕事はやるけども
仲間と一緒に知的生産の
技術を学びながら
いずれ知的生産本
を書くような
ビジネスマンになったらいいんじゃないかなと
漠然と考えるようになったと
なるほど
なんか
探検というものが実は根っこにあって
いろいろ
縄を縄うようになって
育っていって
最後は知的生産技術の方に
集約していくような
イメージがある
結局ね
ライフプランの実際と人生の計画
後になってみて初めて言えることなんですよね
後になって
初めからそれに目指してと
初めは分かんない
しかも自分は何者であるかも
不明ですよね
30の段階で見たら
何もないと
仕事もできないし
周りみたいな人ばっかりだし
ダメだと思う
どうなるか分かんない
仕事をやらなきゃいけないし
知的生産研究会も
足を踏み入れますよね
両方やっているうちに
だんだん
まとまってきた
後から振り返ると
こういうことだったんじゃないかな
今現在もそうですけども
結局
人生というのは
後から振り返ったら
一本道が
見えたということなんじゃないでしょうか
よくね
ライフプランみたいな話になると
自分の目指したいところを
最初に作って
そこに向かって何か努力するみたいなのは
結構あるんですけど
実際はそうでもないみたいなところ
これね
ライフプランをね
持ってもね
その通りならないです基本的に
偉い人が持っているやつ達ってもね
そういう人もいるんですよ
だけど
自分の実力とかレベルがありますからね
器とか
だから
それ上手い人は限らない
と思うんですよね
私もちょうどねお話を言うと
30くらいというか
20代の後半にね
ライフプランを立てようっていう
本がベストセラーになったんですよ
これをね
読んでね
その人はね
日本IBMの常務でしたね
この人48歳の時に
日本IBMの常務辞めるんですね
48歳の時に
次の月の社長と言われてたんですよ
いや私はライフプランになって
48歳で辞めるようになってますから
これ当時の皆様に衝撃を与えましたね
僕もその人でした
当時20代
25代かな
でね
じゃあ真似しよう
ということで
30歳の時からね
ライフプランを立てようと立ったんですよ
ところがね
30歳にした時には
一生の計画というのが実はあるんですね
大きいでしょ話が
一生の計画
人生100年ですから
これね
40以降僕もブランクなんですよ
ほとんど何も分かんないんですよ
50歳になったら会社の人事部長になってるとか書いてるんですよね
それぐらいなんですね
見えないわけですね
一生見通せないんですよ
そうですよね分かんないですよね
しょうがないので
毎年ね
年始に計画を立てて
年末に
総括をして
それぞれ赤字で丸抜き参加をつけていく
ということを始めた
先ほど日本愛媛のジョンだった方は
本で見るとね
朝何時に起きるか始まってね
財産どうするとか
自分の会社でやるテーマとかね
書いてある
しかしそれはね
あんまり詳しくない
漠然としてますね
どうやってやっていいか分かんないんですよ
当時やった人多いと思うんですよ
あれした人
だけども
きっちり書いてないんですよ
書けないっていうのも
書けないしね
それは仕事と家庭と
なんとか書いてましたけどね
私は自分なりに
会社ではどういうテーマをやるか
細かく考えてね
知的産業研究会では
どういう活動をするか
それから朝は何時に起きるか
会社には
例えば1時間前に着くとか
酒を飲むのはね
知的生産にどの酒がいいか
研究してるわけね
飲むじゃないか
醸造酒を飲むと
勉強できたくなると
溶流酒はいいって書いてあったから
日本酒を飲んだら
本読めなくなる
ウイスキー飲んでたら本読める
ウイスキーは大丈夫
だからウイスキー飲むとかね
それからスポーツはどうするか
縄跳びするとかね
色々書きながら
やって
それに丸刃三角
掛ける
総化するということを
始めたんですよ
これは正月には
計画立てる
それから
年休には立て直しをする
当たり直しをする
年末には終わらせる
これを繰り返しながら
やったんですね
それが現在は続いてるということなんですね
実はこの
30年計画が一緒の計画だったでしょ
40歳の時は
30年計画って書いてある
これはね
割とリアリティがあるんですよ
10年経って自分は成長してる
それから
自分が見えて
そうすると
海外駐在を特にするとか
何歳の時にはどこどこの部長になって
書いてあるんですけど
あの時見ると
55歳で辞めるって書いてました
そうですか
当時の会社は約束定年が
55だったんじゃないかと思うんですけど
辞めようと
それから不思議なことに
55歳の時には
50歳の時には
大学教育講師を
辞めるって書いてあったんですよ
それは
漠然と
後で見たら
あれ書いてあるなと思ったんです
そうなんですか
だって40くらいの時には
そんなことは考えられもしないんです
そうでしょ
不思議ですね
不思議なんです
潜在的な
どういうことかと思うんだけども
例えばそれは
いろんな後付けの理屈がありますけど
例えば潜在的に
自分の中にあったかもしれないし
いろんな選択するときに
そっちに寄ってきたかもしれない
わかりませんよね
だってその中で言うと
遠い英語は
その時には
900点を超えてるのはあったんですけど
2700点を超えてなかったんです
趣味も
とにかく
映画からスポーツから
テニスから
その前にトライアスローまで
やるようになってるんですけど
ほとんどやってないですね
できてるものまでできてないものは
だってはできてない
ということなんで
それでいいんじゃないかと思うんですね
ところが
これは
なぜみんな具体的な
ライフプランの
立てられないかと言うと
モデルがないんですよ
自分の
モデルというか
具体的なやり方がわかんないです
漠然と思ってるのがあります
そこにたどり着くまでの
具体的なところが
毎日どうしたらいいのか
神経がどうするのか
日々どうするのか
ということを
なんとかな
紹介した人ごとにいないんです
いないでしょ
そうですね
それがね
ライフプランがなかなか
立てなきゃいけないとは思うけども
しかもそのライフプランというのは
立てた人見せられません
恥ずかしくて
かなりプライベート
細みが高くないでしょ
これはね
奥さんに見せられないんです
自分の中だけ取っとくみたいな
なんでこうなる
なってたんじゃないの
どうなってんだ
だから基本的に
こっそりやらなきゃいけないものなんです
そしてね
その通りになったりしてみたことないから
さあエンディングのお時間ですが
アクティブシニア革命と番組エンディング
日立音先生
日立音さんの前編いかがだったでしょうか
また次週後編の方も
楽しみにしていただければと思うんですが
ところでちょっと気になったんですけど
深谷さんなんか手元に冊子みたいのがありますけど
それは何ですか
そうですね
これはですね
日立音先生が
責任編集ということで
作った雑誌なんですね
雑誌
と言いましてもですね
ちょっと珍しい雑誌でして
編集長は日立音先生なんですけども
記事を投稿したのはですね
皆さん
素人と言ってはあれなんですけど
アクティブシニア
って言われている
皆さんに
投稿していただいたんですね
なので
シニア世代で
どんどん活躍している方
がですね
それぞれ皆さん投稿していただいて
で日立音先生が
編集長として
携わった
そういう雑誌なんですけども
これ読んでますとね
面白いんですよ
なんていうんですかね
それぞれの人が
粒が立ってましてね
とっても魅力的なもの
年に2回ぐらい出すんですけど
やっと3号が出たということで
ますますクオリティが上がってます
これね深谷さん
さらっとお話しされましたけど
深谷さんも書いてたりすることも
ありますし落語の書いてる回とか
ありましたよね
毎回書かさせていただいてるんですけど
今回は
悪夢と私ということで
書かさせていただいたんですけど
なので本当に今回ね
前編と後編でもまさに
日立音先生そしてそれを聞く
深谷さんの
アクティブシニアアプリって言ってるのか
わかりませんけどその辺も出てくると
思いますけど
このイコールのほうも
Amazonとかでは買えないんでしたっけ
買えますAmazonで
検索していただくとですね
アクティブシニア革命
イコールで検索していただけると
買えますので
ぜひチェックしていただければと思います
ありがとうございます
ということで
またね次回
日立音先生の後編も
お楽しみいただければと思いますが
ラジオこれからの旅は
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20時夜8時に新エピソードを
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番組の感想
こんな方の話を聞いてみたいというリクエストは
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皆様の声を羅針盤に
この番組を育てていきたいと思います
そしてご感想は
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ハッシュタグこれからの旅をつけて
ポストしていただけると嬉しいです
ということで
ここまでのお相手は
早川洋平でした
ありがとうございました
53:29

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