コーチに対するポジティブなイメージ
みなさんこんにちは。たがけいこの今日もコーチング日和スタートです。
はい、ということで、今日もね、大勢反審判総の伊藤由子とともにお届けしております。
さあ、今日はちょっとまたおけいさんのプライベートなお話を、はい、ぜひぜひ。
コーチングにも通じるんですけど、なんかコーチってポジティブなイメージすごくありませんか?
ありますあります。もうなんかさ、だってyoutubeで見る、よく見られてるコーチなんでさ、なんかすごい体力ゴリゴリの男性とかさ、なんかさ、
そう、筋肉。なんかすごいなコーチングで、前向きで。
前向きでね、いけるいけるいけるみたいなね。
大丈夫、いきましょう、みんなでいきましょう、みたいな、そういうイメージがあります。
ありますよね。
少なくとも多分コーチングをやる人って、そういう物事の肯定的な面、いい面を見たいという欲求が強いのではないかっていう仮説。
仮説ね、なるほど。
あります。で、コーチングの世界っていうのはそれが許されるから、居心地がいいわけです。そういう人たちにとってみるとね。
ポジティブな発言しかないじゃないですか。なんか言ったとしても、いいですねとか、素晴らしいですねっていう風に必ずこうポジティブに受けることができるっていう面でいくと、
コーチ自身もそういう側面が好きな方が多いのではないかなと思っています。
ネガティブ発言を避けるメカニズム
で、私はネガティブな発言っていうのが苦手で、聞くのも苦手だし、自分で発するのも苦手だ。
前も喋ったかもしれないんですけど、こんなのやってもしょうがないですよねとか、どうせダメですよねって、
何?みたいな。なんとかできるはずみたいなところに行ってしまうから。
そんなこと言わないで、できるじゃんとか、こういうのもあるよねみたいに言ってしまうので、
コーチとしては向いてるかもしれないが、あまりにもネガティブなものに反応しすぎるっていうのはどうなの?って思うところもあります。
何でもかんでもひっくり返していい面に見せようって、なんか危なくないかって思うところもあるわけですよね。
で、片方では例えば自分が苦手だなって思う人もいるし、そういう考え方は私はできないなっていう人もいるわけですけど、
それは、それを肯定的に受け止めるって難しくなっちゃうから、だから黙るっていう方向に行ったりとか、距離を置くっていう方向に行って、
自分は発言をしない、それに対しての発言をしないっていうことでやってきているんだけれども、
だからそれが学生時代とかの距離を保つっていうことで、そんなこと言わないでよとか、
悪口、例えば先生の悪口でつながるコミュニケーションみたいなのもあるじゃない?
あの先生嫌だよねとか嫌いだよねとかそういうのでつなぐコミュニケーションもあるんだけど、
それでつながっているところにすごく抵抗感があったから、あの先生はあの先生頑張ってるしとか、どうしても擁護する方に行っちゃうわけ。
そうすると嫌だと思っていたとしても、なんか自分の中で嫌だっていうことが嫌なの。
だからなんとか肯定的にしよう。でも肯定的にこれならんぞってなったら距離を置こうってなっていたメカニズム。
メカニズム!
今解き明かされたのかなと思いますね。
「美味しくない」に含まれる意味づけ
だから、例えばお店入って、このお店汚いねとか美味しくないねっていうのを本当だったらさらっとね、
単なる感想として感じたことをそのまま言えばいい。
イコール、それを言ってしまったらネガティブになる。
っていうところにアンテナがまだピーってなってしまうので、何も言わずに立ち去る。
ここを選んでいて、それは自分自身が気分を害したくない。
その現れだと思うね。
本当は嫌だとかね、苦手だとか言えばいいし、こんな対応信じられないみたいなのも実際にあるんだとしたら、
やっぱり言える方が素直になるけれども、なぜ自分は言えないのかっていうことで考えたときに何でなんだろうね。
ヨコさんは言えますか?言えるときと言えないときは、言えないときもあると思うけど、
今話を聞いた感じだと、オケイさんよりは言えると思うからね。
ネガティブな発言をしているのとかも、嫌いじゃなくて、出てきたぞみたいなネガティブ。
種類にもよるかな。ネガティブの奥底には、信じたい気持ちとかもあったりするじゃん。
だけどうまくできなくて傷ついている面とかが感じられたりすると、
一旦傷ついている状態を癒したいなっていう風になるから、ネガティブな発言を今したいんだよね。
いいよ、一旦今日は弱音を吐こうかみたいな、そういうのはできるけど、
ネガティブな発言でエッチに入っているみたいな。
私なんてできないから、私なんてできないからっていうことで、
自分を傷つけることで、喜びを感じているみたいな、あるじゃない。
そうすると、この人はこのネガティブな発言をし続けたいんだな。
だけど口では変わりたいんですとかっていう時に、
そばにいる側としてはきついじゃないですか。
ご本人が思っている本来の欲求と言動が異なっているから、
それをいくら伝えたとしても気づかない状態の時は結構しんどいなっていうのはあるので、
そういうところは苦手っていうかしんどいなと思うけど。
あとは自分で、例えば自分が作った料理を旦那が美味しくないって言った時はイラッとしますよね。
そこには本来であれば美味しくないという感想を言ってもいいわけじゃないですかね。
そこには彼が生まれた感情。
だけど美味しくないって言ったことは、お前は料理が下手だとか、
何か忌み付けをしているわけですよ、その瞬時に。
そこで傷つけられたみたいな。
だからその忌み付けがなければいいんだろうけど、
まだまだそういう忌み付けが発生すると嫌だなって。
そういう時って何て返すんですか?
もう言いますね。それはちょっと私は傷つけられたような気がして不快ですとか。
そうすると、いやいやいや、これに対してこう言ってるから、それはおかしな人だねみたいな。
その忌み付けに対してっていう感じで。
そのぐらいのレベルだったら言うと思いますけど。
お母さんはそれを言わないってこと?
美味しくないねって、そうだねって言って、
予防線と言い換えで自分を守る
そのまま黙っちゃうかも。
そうなんだ。でも心ではやっぱり何かしらショックだったり。
そうだね。時間かけて作ったんだけどね。
確かに美味しくないけど、その言い方はないんじゃないみたいな。
やっぱりそれを言わないんだね。
蓄積されていくじゃん。どうなるの最終的には。
そう、だから発言が減っていくよね。
それこそ離れるとか距離を。
で、次からは美味しくなさそうだったら先に言っちゃう。
予防戦ね。
分かる。これ美味しくないと思うんだけど。
あとは塩と醤油でお願いみたいな。
でもそれもなんか知恵ですよね。自分が心地よく生きるための知恵。
先に予防戦を張っておくっていうのもね。
なるほどね。
自分が食べても美味しくない時に美味しくないって言えないかも。
それはお店の料理とかね。
変わった味だねとか言われちゃう。
コーチっぽい。
コーチの人ってそうですよね。
そこがすごく好きだなと思うけど。
別の表現できちんと言えるっていうのがね。
ユニークだね。
個性的だね。
あるね。
それは良さでもあるし。
本能的に美味しくないって言えないっていうデメリットはもしかしたらあるかもしれないね。
なるほどね。
どっかごまかしている自分みたいなのもいるのかな。
どうなんでしょうね。理想っていうかさ。
正解なんてないじゃん。
どれを選んでいきますか?
こういうのはなんだけど、
マツコさんを憑依させるとか。
デラックス?
デラックスさんを憑依させるとか、
神沼さんを憑依させるとかしたら言えるかなとか思う。
マツコさんを憑依したらどうなるんですか。
どういう感じなんだっけ。
ちょっとあんたこれまずい?まずくない?とか。
マツコさんはちゃんと言った後に愛があるよね。
もうちょっとなんかこう。
でもそんなあなたが好きよとか。
なんかのフォローが入る。
そうそう。
面白い。憑依させる。
憑依させる。
なるほどね。
それも選べると一番いいなと思うよね。
今は言おうとか。
今日は別にいいやとか。
いいですね。確かに確かに。
だからちょっとお店の対応が悪かったりした時にも、
それって失礼じゃないですかって言いたかったりとかするわけだけど、
結局言わないで我慢するみたいに言っちゃうから。
で、一生懸命店に出る時に意味づけを変えるわけじゃん。
こういうこともあるよねとかね。
この次にはいいこともあるはずみたいに一生懸命するんだけど、
傷ついた自分の気持ちとかっていうのはそのままにしちゃうから。
なんだよ。お店の中でもうちょっとこうしてるよね。
みたいなのも本当は言いたい自分もいるわけだから。
その後の処理の仕方がわかんないのかも。
もし言ったとてね。
言いました、言えました。
だけど自分の気持ちもちょっとざわついてます。
で、怒りって言ってれば言っているほど続くから続きました。
その後どこでどう切り替えていいのかわかんないから、
なんか言わない方法を愛に選んでるとかも。
なるほどね。
ネガティブ・ケイパビリティを試す
なんかその点で言うと、私最近自分の中でチャレンジしていることがあって、
なんかそのわからない状態とか不快とかを
その状態で言い続けるっていうのをチャレンジしているんですよね。
ネガティブケイパビリティってやつですか?
はい、そういう感じ。
確実なままの愛のままをとっておくっていうね。
私は結構ゼロか100か思考なので、すぐ答えを出したがるし、
なんかこう結構引きずったりもするけど、
それが良くないことだみたいな。
っていう風に思いがします。
でもそこをなんか落ち込んでるとか、ネガティブな状態でいるときに
ネガティブな状態でいるんだな、苦しいな、苦しいままでいいよみたいなのをちょっとやってみていて、
それをおすすめしている人がいたんですよね。
そうすると人はある程度で飽きると。
飽きたらやっとじゃあ次どうしようってなるから、
飽きるまでその不確実な状態を味わってみなさいみたいなアドバイスに
意外と飽きないですぐあちこちってなっているから、ちょっとそれをやってみています。
そうか、そうね。
曖昧性ね。
でも今のところどうですか?上手くいってます?
いや本当にまだやり始めてる感じだからですけど、
でもなんかやっぱり一つの経験値としてなんか自分でなんか満足感っていうのはありますよね。
なんかこう苦しい状態で入れたみたいな。
なるほどね、面白い。
味わい尽くすみたいな感じだもんね。
そうだね、なんかバーって例えば強めの言葉で言ったとしても、
その後にまあこんなに怒っててももう仕方ないなーみたいな飽きる感じ。
そうね、後はバーって強く言った後に後悔とかがあるかもしれない。
なんであんな風に言っちゃったの、もっとこういうのもあったのにみたいなのも味わう。
今こういう風にいろんな第2の第3の友好が言ってるなぁ、なんかちょっと後悔してんだなぁ、
嫌だな私、っていう状態。
なるほど、すごいメタ認知的に見ていくっていう感じですね。
そうするとだんだんもうそろそろ嫌だな友好状態も十分かなみたいな。
じゃあもう後悔も含めて言ったっていう経験が残ったな、みたいな。
なるほどねー、そうだな。
人間なのでね、本当に常に常に機嫌が悪い人は常に機嫌が悪いという武器を使っているわけだし、
多少そう考えるとそういう武器を使ってもいいのかなって思うところはありますね。
まずとか言ってみたいですね。
言ってみたら、むしろね。
なんかやっぱ好みだしね、味覚とかはね。
私には合わないわにすればいいのか。
まずって言った時に私には合わないわとか、
すごい個性的だねっていつものパターンに戻すっていうね。
そこだけで終わらせようと思うと次どうしていいのか分からないから結局言わない選択してしまう。
セットでね。
コーチング美容理を更新していきますよ。
ぜひぜひ、今度コーチングの配信の時に。
じゃあちょっと美味しくない料理食べなきゃね。
あえてね、選んでね。
面白い。
ありがとうございます。
田中恵子の今日もコーチング美容理、今日はここまでです。
また聞いてね、バイバイ。