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2025年2月3日放送  三井物産株式会社 九州支社長  中村 隆三 さん
2025-02-03 10:26

2025年2月3日放送 三井物産株式会社 九州支社長 中村 隆三 さん

2025年2月3日放送 三井物産株式会社 九州支社長
中村 隆三 さん
中村さんは飯塚出身。3人兄弟の末っ子で優秀だった二人の兄と違い、比較的放任主義で育てられました。小・中学校時代は柔道部に所属。その後は嘉穂高校に進学しました。当時、嘉穂高校柔道部は金鷲旗で優勝、日本一になるなど強豪校でしたが中村さんは応援団に所属し応援団長を務めました。その後慶応義塾大学へ。夏はテニスで冬はスキーといった当時のはやりにはついていけず、建築関係のアルバイトを始めました。そのアルバイトの現場で声をかけてくれたロケット工学の世界的権威、糸川英夫博士と知り合い、その鞄持ちとしてイスラエルへ、約10日間の旅で国際的な感覚を学びました。卒業後は三井物産に入社。初めは経理などの仕事をしていましたがやがて商社マンとしてアメリカ、オーストラリア等に赴任。やがて帰国して現在は福岡で九州支社長を務めています。
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motaで検索下田文代 リーダーズストーリー
こんにちは rkb アナウンサーの下田文代です この番組では毎週を一人の福岡
そして日本の経済を支えるリーダーたちの これまでの人生そしてこれから開く未来のストーリーを語っていただきます
今日のお客様です 三井物産株式会社九州支社社長
中村隆三さんですこんにちは こんにちはどうも今日はありがとうございますいただきましたこちらこそよろしくお願いします
中村さんは福岡県のご出身はいそうですはいどちらでしょうか えっと福岡県の飯塚市生まれです
お子さんの時はどんな子さんでそうですね私はの飯塚生まれでで高校までですね 飯塚の高校県立高校を卒業します18年間
はい飯塚におりまして であの両親がですね親父がの飯塚のあの県立高校の先生でですね
そこであの3人兄弟で私はあの3人兄弟の男ばっかりの あの産卵房でですね
でまぁどちらかというと長男と次男は非常に優秀で でなんていうんですかねやっぱりあの両親もね
はい教育に情熱をかけてきて3人もいますんで意外とちっちゃい頃から本人主義で育って きたのかなぁ
はそんなことでまあのみのみと育っねはい 高校に入られて高校はですねあの私が入学した高校は福岡県立
加護高等学校というところでですね名門ではい非常にはやっぱり柔道の強い 高校で
金色大会あの全国大会あそこで優勝したメンバーなんで 私みたいな弱い人間はなかなかそこについていけなくて
高校はもう柔道はやめてその代わりと言っちゃなんですけどあの応援団に入部させ られましてですね
で応援団長ということで高校は過ごしましたそうでないか 版からでコアモテだったそうですねあので私の場合もあの顔可愛いんで
チャーミングないやいやだからまあ眉毛も沿ってですね前にせよと思ってですね あのベルトの代わりにあの紫の帯を
うわぁですねあのもうね何十年前なんですけども まあそういうことで高校時代過ごしていました
はいだけど思ってになったんですいやーそれはですねまぁコアモテなんでですね で全く笑わずにコアもとで怖がらして
03:09
まあ最後にね満面のエビを浮かべる あの1週間か2週間ぐらいはものすごくモテる
いうような鉄則がありましたそれに従ってやってですね まああの2週間ぐらいもとて終わっちゃう
私の人生の最高のモテキュアそれからの卒業してですね まあ私立大学に入ったんですけども最初はやっぱり応援団とかやってましたんで
なんていうんですかやっぱりあのなんかチャラチャラした華やかな ところに行きたいじゃないですか
でやっぱり40年前っていうとね夏はテニス 冬は好きなのねああいうのにものすごく憧れてですね
私も入ったんですよやっぱり応援団の機質がなかなか残ってたのか 1日でやめちゃったんですよね
本当はれずっと続けてれば違う人生があったかもわかんないんですけど でもあの大学時代に大きな出会いもあったそうですね
ある日建設現場でバイトするっていうことになりまして あの高層階のほら足場が高い足場にいきなり行かされてですね
もうこうもう本当に死ぬかと思うようなですねところがあの1日目でですね あの午後雨が降ったんですはいそしたらそこの親方がですね
じゃあ仕事を辞めて協定に連れて行っても社会勉強で社外勉強でそれで親方がですね それで300万ぐらいなんか儲けて僕もその通りかけたら何かね
56万かとかそのくらい儲かってですねもうすっかりそのバイトとその協定の虜になりまして それからはもう学校6に行かずにずっとアルバイトっていうか建設現場のあのバイトで足場
登ったりとか壁のブランコを降りて修正したりとかああいうことをもうずっと4年間 やってました
あの確認ですが三井物産の九州社長でいらっしゃいますよ でも
勝者に入社しようというような出会いとかこう決心とかそういう思いがその 内学時代に育まれたそうですねあのもともと僕も何も考えてなかったんですけども現場受けて
もう親方のようなねずっとやってて ちょっとそこである現場にね
いったとこの注文した方のご自宅であのそこの壁塗りやってたんですよね その時にそこのご主人の方がちょっと昼ご飯とかをされててで学生とこと
言ったんですよねそしたらなんでこんなことやってんのと なんか妙に気に入られてですね
そっからそこに出入りするようになりましてあの飯食い恋とかご自宅にでその方が まあ当時あの結構あのテレビにも出てらっしゃったあのロケット博士って言うとか
06:08
秀夫先生って言って逆転の発想とか そういう著書もあるですね非常に有名な方でまぁそこのご夫妻に何か非常に気に入られてですね
そこの出入りするようになってまぁそっからバイトも続けたんですけどももちろん 協定もやったんですけど
なんか非常にねそこであの何点ですかねいろんな人にお会いしてね あの
まあなんかやっぱすごい世界があるんだなぁ でその中でちょっと11回カバンモチでね
あのイスラエルにお前来いと言われて大学3年生の時に その先生があのイスラエルと日本のいわゆるその技術交流のね
はい会を作られてその会長だったんで向こうのあの大学とかですね そこに呼ばれてですね私もあのカバンモチで10日以上ですかね
向こうにあのカバンモチで行ったと言うようなことがございまして で当時まああのもう大学卒業したらねはい
もうイスラエルで仕事したらとは言われたんですけども まあそれもいいけどちょっと一度は軽く受けてみるかと
いうことでまああの当時やっぱねあの海外といえば勝者って言い前私もありましたし なんとなく三井物産てなんか女性にモテそうだなという
あのあれはあったんでまぁちょっと受けてみてですね まあそういう話をずっとしたら
面接の受けが良かったのか通っちゃったんですよ まあそれ
まあそれでですねまああの三井物産に入社することになったというようなことで まあやっぱそういう意味ではですね
大学時代そのやっぱりそのまあなんですか建設業界の親方やってるっていうのも 非常に今となればねもうそう僕は勉強になったし
なったと思うけどもう一つはやっぱりねそういう方にはあったんで ちょっとこのままではねちょっと世界覗いてみたいなと
でちょっと女の子にも5個もやってみたいしということで まあ物産入所したじゃないですねはい
今日のお客様は三井物産株式会社九州社の社長 中村龍蔵さんですがまあ小さい時のことから大学時代のこと
そしてアルバイト親方 年なぜそこから三井物産にこう入社する経緯になったか
そしてまあ勝者マンとしてどのような毎日を過ごされたのか それはまた大衆がが痛いと思いますよろしくお願いします
今日のリーダーは三井物産株式会社九州社社長 中村龍蔵さんでしたお相手は下田文夫でした
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それではまた 地下鉄祇園駅から徒歩2分
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