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ものづくりトーク、今日は広島電鉄株式会社の広報・ブランド戦略室室長 内田浩司さんです。内田さん、よろしくお願いいたします。
はい、内田です。よろしくお願いいたします。
お願いします。
まもなくJR広島駅の南2階に高架で乗り入れる新路線ができるということで。
そうですよ。
8月3日ですか、内田さん。
はい、そうですね。8月3日ですね。
もうすぐですね。
ねえ。
この2階の高架の高さまで上がるのって、本当にできるのかすごい大変なんじゃないかと正直思ったんですよ。
どんな工夫が使われてるんですか?
これね、もう皆さんね、心配されていらっしゃるんですけど。
そうなんですよ。
まあですね、現場をよくご覧になっていただくとお分かりになるかもしれませんが、
橋のですね、カーブを利用しながら2階の方に上がっていくという形で、
広島は川が多い町ですから橋がいっぱい架かってるんですけど、
橋の構造っていうのはですね、決して平らではなくて、
強度を保つために、横から見るとこう…
弓なりになってる。
そうなんですよ、弓なりになってまして、
そのちょうど入口から弓なりの上り坂を利用して、その勢いでそのまま2階に上がっていくというですね、
まあそういう形になっております。
物理の法則だ。
そうです、そうです。
広島駅ビルに電車が乗り入れるっていうのは、どういう意味でやろうってなったんですか?
まあそうですね、地下に行くとか、そのまま地上案とか、2階に上げるとかいろんな案があったんですけど、
最終的に2階に上がるっていうことは、JRの改札口っていうのが広島駅って2階になってます。
そうですね。
で、新幹線で降りるときも3階から2階に降りてくる。
で、2階がJRの改札っていう形で、コンコースになっておりまして、
そこからフラットにフッと路面電車に乗っていただけるっていうのが一番理想的なんじゃないかと。
スマートですもんね。
そうですね。
見栄えもめちゃくちゃいいしね。
そうですよね、かっこいいしね、シンプルに。
シンプルに乗ってみたいしね。
かっこいいしね。
確かにこれ地下だったら全く外観的なところの要素がなかったんですけど。
そうですよね。
2階に上がっていくスロープから、そういったところで外を見ていただくと、
本当に駅ビルの真ん中から電車が出会いするっていう光景は、これも全国的にも珍しい。
広島ならではですもんね。
そうですね。
広島の新風景になっていくんじゃないかなと思ってます。
そんな形で私たちの生活に深く根付いているヒロデンさんでございますけど、
短すぎるんで、逆に歴史とか気にしたことないと僕は思ってるんですよ。
確かに。
なのでちょっとご紹介したいと思います。
はい、お願いします。
1942年設立、創業が83年ですね。
東千田町が本社で、会長が向田雅夫さん。
社長が借谷康博さんで間違いないですかね。
はい、従業員数が1625名。
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営業収益が約300億円。
おおー。
改めて大きな組織でございます。
我々広島の市民のインフラを支えていただき、いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
ということで、改めてヒロデンさんの歴史をひも解いていきたいなと思ってるんですけど、
まず明治46年、1910年ですね。
スタートしたっていう風に書いてあるんですけど、
そこから大正元年11月に広島駅から相生橋、神谷町から三浴橋、八丁堀から白島間の路面電車が開業したんですよ。
へー、もうその頃から。
大正元年です。
すごーい。
今でも利用者の多いあの路線は100年以上前からあったってことですよね、内田さん。
そういうことですね。
へー、めちゃくちゃ乗ってますよ、その路線。
そこから大正11年は宮島線が開業されていると。
昭和13年に路線バスがスタートですよ。
昭和17年にそして広島電鉄株式会社が設立されたということで、
1942年ですから、今年83年になるんですかね。
もうちょっとで100周年ですよね。
そうですね。
100周年くらいになると空を飛ぶとかいうのもあるんですかね。
空飛ぶ電車ですね。
それは電車と言えるかどうかというところですけど。
確かに。
そこからね、やっぱり注目しないといけないところは、
昭和20年8月6日原爆が投下されまして、
車両が123両中108両が被災をしていると。
3日後には小井から天馬町で電車を復旧させたと。
これすごくないですか。
すごい。3日後ですか。
そうなんですよね。
本当に原爆が落ちて広島の街がやけの原になったんですけど、
その中でよく電車を再開させようという気持ちが起こったもんだなっていうのは、
当時の、もちろん広島電鉄社員自体もかなりやはり犠牲者も出ているという中で、
電車をとにかく復旧させようという思いがですね、
本当にすごかったんだなっていうのをですね、
後から伝え聞く話しかないですけれど、
本当今から思うと、すごいことをやったんだなというふうに思いますね。
その後戦後も復興の多くに寄与されて、
昭和44年ですかね、不動産道を設立されて、
ショッピングボール、ボーリング場、観光、ホテル、ニューヒロデンなど、
いろんなことをされていますし、
昭和50年代には電車の車両を大幅リニューアルされているんですけど、
ちんちん電車をね、
ラジオですけど大きな声で言います。
ちんちん電車をですね、
言いたくなる言葉。
言いたくなるタイトルですね。
リニューアルされたっていうのがあるんですけど、
ちんちん電車の由来、名前の由来って。
まあこれね、諸説あるんですけれど、
まだ今、ブザーとか電子館になる前は、
車掌が出発の合図をする時に、
紐みたいなのを引っ張って、
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その運転台にあるベルを鳴らしてたんですよね。
出発の時が2回の合図、2回する合図なんで、
ちんちーんっていうですね、
甲高いベルの音がしてた。
というところで、
もうおそらく、ちんちーんって鳴るんで、
これはちんちん電車じゃないかっていうですね。
なるほど。
諸説ありますが。
謎が解けましたね。
納得ですね。
ちなみにこれ電車って、
どこの会社さんが作られてるんですか?
ドイツ製とかいろいろあるって書いてあったんですけど。
最初に、
超提唱車って言って、グリーンムーバーですね。
緑の電車があったんですけど、
これはドイツ製なんですよ。
確かイチゴビンは、
飛行機で広島空港にやってきて、
重いのに。
そうなんですよ。
大きな貨物機でやってきて、
それで見下ろししたっていう話が残ってますけど、
ただそれ以降は、
国産のメーカーの方に
お願いして作るようになってですね。
最終的な組み立て工場をやってるのは、
実は広島県内の
三原にあるんですよね。
そうなんですね。
意外に路面電車が
作ってるって形で。
そちらの方もぜひお越しいただきたい。
聞いてみたいですよね。
海原で作ったものを、
陸荘でトレーラーで夜中、
運ばれて、
広島の、
郊外の宮島線の方なんですけど、
そこの車庫から入れているという。
面白い。
あの路面電車、
秘密の話を聞かせていただきたいんですが。
いいですね。
トリビア的な。
ここはちょっと、
広島FMさんにまつわる話という形で。
8月3日に駅前大橋ルートが
開業するとですね、
5号線という電車があるんですけれど、
こちら、広島駅を出て、
駅前大橋を下って、
肘山下電停までショートカットするんですが、
その稲荷町と
肘山下の間に、
松川町という新しい電停が
実はできるんですよ。
松川町絶賛工事所。
はいはい。
ですから、8月3日、新線開業以降は、
松川町というのが、
広電では一番新しい
電停になるんですが、
現時点で、
広電の市内線で
一番新しい駅というか、
最後に開業した駅というのは、
どこだと思いますか?
クイズ来た。
えー、でも。
私結構毎日乗ってて、
今日ここに来る時も使わせていただいたんですけど。
お休み退散有利でしょう。
一番新しいのか。
今ちょっと頭の中ですごい考えてる。
3日欲しい。
まあね、すごい盛大なヒントをね、
最初に私言っちゃったんですけど。
はい、どうぞ。
縁甲橋。
縁甲橋町はですね、
実はもう、創業当時から
あった電停なんですよね。
実は、
広島FMさんのですね、
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最寄りの電停。
南区役所前という電停があるんですが、
こちらがですね、
今から43年前の
1982年の3月1日に
新設されておりまして、
広田の市内線の中では、
南区役所前が
一番最後にできた駅。
素晴らしい。
つまり、現代では一番新しい駅と。
なるほど。
だから常に新しい情報が
発信し続けることができるんですよ。
すごいすごい。
広田さんのおかげなんですよ。
ちなみにですね、この
南区役所前の電停、1982年に
できたと言いますけど、
広島FM開局の年と同じ年。
広島FMのために!?
同じ年にですね、
内田さんが来ることによって
いやもうね、新たな
知識が増えた。
広島FMさんと
南区役所前の電停は
同じ年にできて。
信号足りですね、もうこれは。
信号足りてるんですかね。
ありがとうございます。
そして今日は
リスナーの方にプレゼントも
お持ちいただきました。
今日はですね、私が今一番お気に入りの
グッズという形でですね、
桐原佑紀さんのダンボールに
作っていただいた電車のダンボールクラフトを
お持ちしました。
ありがとうございます。
組み立てるとですね、これはダンボールが
電車になるという形ですね。
かっこいい。
これで電車が組み立てられる。
小学生とかでもできそうですね。
ぜひ組み立てていただければと思いますので。
ありがとうございました。
夏休みシーズンですからね。
こちらお一人の方となりますので、
応募のあたたき後ほどお知らせしていきます。
ものづくりトーク
広島電鉄株式会社の広報
ブランド戦略室室長
内田浩二さんにお話を伺いました。
ありがとうございました。