1. 高島くみこ・湘南・江ノ島の食神様。
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#43 どんなに最低なことを思っても、それは「私」ではない
2026-09-30 32:11

#43 どんなに最低なことを思っても、それは「私」ではない

【タイムスタンプ】
 9月30日、今の私をそのまま残しておきたい
 月末にしている「振り返り」と「来月への先取り感謝」
 自分の“反応”を書くことがなぜ大事なのか
 どんなに最低なことを思っても、それは「私」ではない
 ノートに書く側の私/それを聞く側の私
 ノートは何でも受け止める「フラットな舞台」
 無限の中から選び集めたものが「今の私」そこを直視する。
 怖いことにも「感謝」という言葉を当ててみる
 「でも!」に隠れている、自分の当たり前
 感情は思いっきり感じていい。その後に見る
 うまくいってない現実を「大成功」と呼んでみたら?
 現実が変わってなくても、体感は変えられる
 一瞬一瞬、今ここから選び直していける


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00:04
はい、こんばんは。えーと、湘南の食神様、高島くみこです。 今日は9月の30日。今ね、ちょっと配信をしてたら、なんか、なんか、調子が悪くて、もう一度、あの、ライブ配信し直してしまいました。すいません。
えっと、今日は、えーと、9月の30日。 夕方のもうすぐ6時かな、っていうところです。はい。でね、あの、ちょっとね、
なんだろう、何を話すかとか、ちょっとまとまってないんですが、 9月30日の今日の時点での、えーと、自分の気持ちの、なんだろう、微暴露というのか、置いておきたいなと思って配信をしています。
はい。お時間がね、ある方は、あの、聞いていただけたらなって思います。 で、えーと、いつも、
9月、もう最近ね、なんか、いろいろ、まあなんか、前回の配信で、ちょっと悶々としてたよ、みたいなことを残したんですけど、
ね、なんかね、それが結構ちょっと、なんか、受け入れたというか、受け入れたことで、結構、なんだろうな、
あの、いろいろ自分も軽くな、軽くなったというか、
ちょっとこの体感もうまく説明ができないんですけど、このまま残しておきますね。 まあ、ちょっと体感が変わってきたという、変わってきた、うん、そうだね、感じで、あの、
なんかこう、今の密度じゃないんだけども、そういうものが濃くなってきたような感じがあります。はい。
で、えーと、今日はですね、9月も30日で、えーと、いつも、祭りの日に、私は、あの、ノートに、あの、1ヶ月の振り返りみたいな感じで、あの、
何がね、あったとかっていうことを、ちょっと書き出してみるっていうのを、9月振り返って、あの、
ることをやってるんですね。うん。で、9月の振り返りをして、いつも、えーと、次の日から新しい月に入るので、えーと、なんていうのかな、
次の月に対する、次の月の予定に先に感謝するということを、いつも、えーと、月末はやってます。はい。
で、やってるんですけどね。で、今日も、えー、9月の振り返りをして、で、10月の予定に先に感謝っていうことをやってました。で、えーと、これを、今やってる、あの、無料のコミュニティのノートラブってところに、あの、まあ、やってみましょうみたいな、やってみませんか、みたいな感じで、あの、
03:16
したんですけど、あ、はい。でも、あの、あの、ぜひ、このコミュニティのノートを見てくださいって、何でも受け止めてくれるよってこと書いてて、で、本当にそうなんですよ。で、ただなんかね、今日、たまたまみんなとのやり取りで、自分が書いたことで、
あ、確かにこれって意外と言ってるかもしれないんだけど言ってないのかな
なんかちょっとわかんなくなっちゃったんだけど
あの、あれなんですよね
自分の、まあ私、高嶋くみ子ですよ
あのね、くーちゃん、私ですよ
として、あの、何か私としてなんか現実で起きて
なんか悔しかったりとか
あの嬉しかったりとか
喜ばしいこととか、もやもやしたことっていうことを書くんですね
で全然、あのその時は本当に何の気取りもなく
あの本当にもう反応だから、なんか
で反応っていうのの何が、あの反応を書くことがなぜ大事かというと
やっぱり人って自分の当たり前ってわかんないんですよね
これが当たり前だっていうことがわかっていないから
で、じゃあなんで当たり前ってことが、じゃあいつわかるのかなっていうと
やっぱりそういう不意に起きたこととか
アクシデントだったりとか
どっちかっていうと、こう問題って思うこととかね
なんか、あの順調な時ってそんなに嫌な感覚
自分の中のガリッとした感覚って湧いてこないと思うんだけども
なんかやっぱりこれは問題だとかどうしようとか
こうワッてなった時に
自分のあの素の反応っていうのがつい湧いちゃうもんだと思うんですよ
で、この湧いちゃうものが自分、私だって知ってるとすごいではなく
これはあくまでも反応なんですよね
で、反応で、で普段は当たり前にしてるものだったりするから
その反応、当たり前の反応すらわかんないわけで
それが不意な時にファッと出ちゃうのが今の自分の当たり前で
自分の設定がすごく現れるから
それをね、あえて書いて捉えてキャッチして
あ、今こう思ったっていうところを包み隠さず
あの、書くんですよ
で、この書く時点では本当に何も隠さず書く
で、特にパッと湧いちゃったことに
いやでもこんなこと思ったらとか
でもこれは良くないよねっていう
瞬時に打ち消す声がっていうものがあるんですけど
これで閉じてると
いつまで経っても自分の当たり前、現時点でのですよ
現時点での当たり前っていうところがわからないから
で、あのそうなんですよね
で、そこにいわゆる概念だったり自分の思い込みだったり
06:00
まあ前提とかね設定ってものが現れるから
自分がファッと湧いたことっていうのを書くんですよ
でもそれって自分そのものではないんですよ
で、だからどんなにその瞬間最低なことだったりとか
そういうことを思ったとしても
それは自分ではないんですよ
だからまず湧いちゃったことは書く
で、湧いちゃったことを書くことで
当たり前ってところ
自分が当たり前にしてる反応ってことにキャッチできるから
うん、あああきなちゃん
こんばんは
ありがとう
そうそうちょっとね今ね
最初からまた大学に行ってほしいなって思うんですけど
あのまあノートを書いてて
いわゆる反応がねモヤっとしたり
あのこのなんかモヤっとしたりガリっとした時とかに
すぐ問題だって思うことに
即座に反応が出ることがあるよねって話してて
その反応って普段普通に何の問題もなく生きていたら
わからないとこなんですよね
で、だからこそその
あの私がノートは何でも受け止めるので
何でも書いてねってそこをいい子ちゃんにしないでねって
いうふうに書いてるとこなんだけど
そこをキャッチして書くと
あの自分の当たり前というか
で、当たり前というか
自分のそのファッと出ちゃったもの
出ちゃったものっていうのを捉えることができるよってことが
ここではちょっとまず言いたいんです
で、でそれ出ちゃったものっていうのは
あの私そのものではないんですよ
あの自分の反応なだけで
で、あのこっから行きますよ
次の話に行きますよ
でね
あのでもやっぱり
あのちゃんとというか
その瞬間出さないと
その瞬間抑えて
いやこんなこと思っちゃダメだとか
あのこれは良くないよねとか
いやでもこういうふうな考え方もあるよねみたいな
まあ意識とかエネルギーとか
そういう話とかをしてる人からしたら
こう考えたらいいんじゃないかみたいなことで
あの自分のこうモヤっとした気持ちを
解決
あの浅いとこだとしちゃうっていうパターンとかもあったりすると思うんですけど
そうじゃなく
あの湧いちゃったものをとにかく捉えるって
ただそれは自分そのものではないってこと
ちょっと一旦ここで覚えてもらって
でじゃあどうするかっていうと
まあとにかく書くんですよ
で書いて
であの見てみるんですよ
書いたものだから当然
あの頭の中のものっていうのは見えないし
頭の中ってもう本当1日も何万回も
試行するって言うから
で流れて流れて流れていくことを
ノートに書くってことで
それをなんかこう一時停止できるわけですね
自分がなんか横向いたみたいな感じ
であのそれをね
まじまじとかまあ見てみるじゃん
で見てみて
ああのだからここからなんですけど
ワイって言いたいことを言った自分っていうのと
今度は次聞く側の自分っていうのが出てくるんですよ
09:01
書いた自分には書いた自分のことでもいいんです
1回あれで
で書いた自分を見つめる自分っていうものが
やっぱりあるなっていうの
さっきそのノートラブのオプションで
ちょっと自分が書いた時に
こう聞く側と書く側って感じで
なんかこう言葉でさらっと書いた
あこれなんかわかりやすいのかなと思って
でなんかちょっと立ち位置が変わるんだよね
その時点で
だからなんかあのなんていうのかな
その自分の思い込みを外していくっていう
ことっていうよりもなんか
そうまず捉えて
で聞く側の時のこの自分っていうのは
それこそあの源とかですね
本当にあの無限の状態
何でも選べる状態の自分からの
あの聞く側ってそうなんですよ
でもここが言う側と聞く側が
べったりしちゃってると
やっぱりなんかごちゃごちゃっとしてくるし
なんかこう言いたい方もなんか
なんていうのかな
全部どっちも自分でしてると
すごくこうあの自分のことを
自分のことを自分では今見れないわけでしょ
鏡が鏡とか言うけど
だから見ることができないから
あの書いたことで
それをこう俯瞰でこう俯瞰という言葉も
ちょっとあんま当てはまらないけど
そういうふうに言ってる自分のことを
ふむふむって聞いてる自分っていうのの
立ち位置っていうのは無限で聞いてるって感じ
源とかね
でそれで何でも本当は選べる位置にあって
で本来私たちは選んで
いろんなもう本当に全て選べる
もう何を選んでもいいという意味での
無限の中からこれとこれとこれとこれと
っていうふうに選んだ結果が
今のあの目の前の現実だったりするわけで
でもそこの当たり前に集めちゃってる
選んじゃってるっていう
あのここにやっぱり気づかないで
ずっとノートでぐるぐる書いていても
やっぱりそれはその言いたい側の
自分にべったりってなった状態での
自分の言い分ばっかりになっちゃうんで
あのなんて言ったらいいのかな
自分に矢印を向けるってことが
なかなかやっぱり難しくなる
だからこれでも自然にやってるんだなっていうの
ブチャのやりとりでねなんか思ったので
あの言う側っていうのは思いっきり言うんですよ
もうそれこそエゴまみれですよ
エゴまみれでいいからいっぱい
あの言いたいことを書かせてあげて
そのためのあのこの物質のノートがね
あるからで何でも受け止めるからって
で何でも受け止めるからって言って
いうのはやっぱり本当に全てある
あの無限の源なんですよ
だからノートっていうのはそこの存在なの
でそこに私たちはもう思いっきり
このエゴをめっちゃ書いていいんですよ
めっちゃ書いておくて
ただ振って眺めることができるっていうのが
本当にノートに書くことの
あの今更ちょっと当たり前かもしれないけど
12:03
今更ながら役割だなっていうのを
すっごい思ったんだよね
今日なんか書いてて
だからあのこういっぱい
ああだこうだって言って
でもこれがこうだっていうことを
その同じあの自分っていう
私ってあの漢字の方のね
私の中であの要は制限がある中で
制限判断だってしてても
やっぱりいつまでたっても
その自分という枠からは抜けないわけよ
だからでもノートは何でも受け止めて
はいはい何でも聞くよって言ってるっていうのは
ここがもうフラットな状態の舞台なんだよね
で言ってみればノートっていう
フラットな舞台で自分っていう
私っていうエゴがめちゃくちゃ言ってるわけ
でこの後に散々言って
その後に見る視点っていうのを
あのノートがないってわけじゃないけど
あのそのなんていうのかな
何でもあるというか
そこの自分から聞くよっていう視点を持つってことが
めちゃくちゃ大事だなって思うわけです
これ伝わるかな
なんかねノートラブの方のオプチャの方ですごいやりとりで
なんか聞く側と言う側とか書いてると思って
これ書いたらわかりやすいかなと思って
ちょっとまあ今更かなって思う人もいるし
なんかそうだっていうふうに思う人もいれば
だけどなんかやっぱ書くことっていうのは
あの当たり前でいいんだよ
エゴでよくて自分の私って存在じゃないと
あのわからないから
その無限の位置からだと本当に何でもよくて
わーってなんていうの
何でも捉えられないし
私ってわからないからね
だから書いていいんだけれども
書いていいというか書くんだけれども
書くことで
そしてその後見つめることで
何でも選べる世界観にいながらも
今自分はこのことで問題としてるな
っていうことをやっぱ見ていくっていうのが
すごく必要だなって思ったのよ
だからこれがなんかこの音を書いて
ぐるぐるぐるってしてく
なんかあんまりよくわからないって言ってる
感じちゃうところと
感じてしまうところの差かなと思って
なんかここがその後何でも書くし
書いた後にそのまんまの自分で
そこをなんか書いた側の意見で
あのどうのこうのやってっても
やっぱりわからないからってことがね
すごくポイントで言いたいところでした
これがちょっとスタンプ嬉しいのですが
またまとめてね
行こうと思います
15:00
でもなんか今日オプチャのやり取りの方で
確かにこっち側にいると
やっぱり自分の話しか出てこないし
自分の場所からすると
やっぱ自分って見えないから
やっぱり書いたことによって
書いたものを見つめる自分っていうのの目線を
そこっても本当に
なんかいろんな言葉で表現されるけど
全てあるものとかさ
始まりの場所とか
前行程の場所とか
無限とかいろいろ言いますけど
あくまでも私っていうのは
無限の中からそれを今
無限のいっぱい選べる中から
いろんなことを選んで選んで選んで選んで
集めたものがなんか高島くみ子です
みたいな感じなわけで
そもそも私っていう実態は
私って感じの実態はないんだよね
ちょっとなんか不思議な話になってきたかもしれないけど
なんかそういうちょっと感覚で聞いてもらったら
なんかなるほどわかるわかるって人は
ちょっとそれでノート書いてみて欲しいなって思ったのと
ノートってでも私ずっとやっぱその
スイッチングっていうかっこよくちゃったけど
やっぱなんでそう思うのっていうところの
質問っていうのをなんか人間の私の
なんでそう思うのっていうことをしてても
やっぱり一向に変わらなかったから
あの本当にその何でも許されて
そのすべてあるものからの質問というかね
でやっぱこれもなんていうのかな
すべてあるものっていうものがあるっていうふうに
わかってノートを書いていかないと
どんどんやっぱちょっとその自分の
ノート書いていかないとっていうか
なんていうのかな
自分の気持ちを書くっていうことでは
いいのかもしれない
いいんだけれど全然悪くないよ
悪くないんだけど
あの見つめるっていうことが
なかなかむずいよなって思うんですよね
だからちょっとその目線というか
視点というかあの立ち位置っていうのを
ちょっと捉えてみる
でそこ立ち位置を意識して見てみるっていうのが
なんか大事だよなと思ったし
でそれで言うとやっぱりなんか自分の中でも
ちょっとだんだんそのノート書くことっていうことに
対しても変わってきてるなと思ったし
でもやっぱり書くことってすごい大事で
文字になるし本当に見れるしね
ちゃんと物質化できるんでね
物質化って堅い言葉だけど
そうそうそんな感じでした
だからなんて言ったらいいのか
なんかそうね
18:01
あのそれとその流れで
あの10月の予定に先に感謝ってことで
ちょっと例に挙げてあの書かせてもらったんだけど
感謝ってやっぱり人によってあのイメージがあると思うんですけど
一般的には喜ばしいことが起きたとか
喜ばしいことをしていただいたとか
なんかをもらったとか
まあそういう感じで感謝ってよく使われると思うんだけども
なんかここで自分にとってなんかドキドキすることとか
ハラハラすることっていうことにも
あの感謝をっていう言葉を使ってみようみたいな
でこの使ってみようっていうのも本当にそう思い込んで
思い込んでってだって思えないじゃない
ぶっちゃけハラハラしてドキドキして怖いなって思ってることを
なんかありがとうって言うのって
なんかもうそれこそ頭がどうやってって思ったり
そういうふうに思えないから感謝できないっていうふうに
多分今まで思ってたと思うんだけど
あのそのハラハラドキドキ怖いっていうことと思ってることに
感謝っていう言葉を当ててみたらどうだろうかっていう
っていうそういう体で生きてみるっていう意味なんです
いう意味なんですよっていうとあれだけど
いう意味でやってる
なんかその時点で感謝って思えないって思ってて当たり前なんだよ
だからいいの本当にそういう感謝ってことにしてみようで良くて
してみたらどんな感じっていうのを
あのマジでしてみるのが大事で
この言葉にこのドキドキする現象とか
ハラハラする現象に感謝って言葉当ててみたらどうって
感謝しますって言ってみる書いてみると
あのね頭またすごい勢いでいやそんなこと思えないとか
いやだからとかなんかね自分のその言いたいことっていうのが
すごくこのエゴ言いたいことが出てくるんですよ私が言いたい
でそこにやっぱ最初の話にも繋がるけど
だってっていう自分が信じ込んでる当たり前だったりっていうものが隠れてるから
その時にその始まりの場所から見てみると
ああここの当たり前をもとに
この当たり前こんなことは感謝に思えない
こんなことだってこうなんだもんっていうことを
すっごい握りしめていっぱい集めて頑張ってその現象を
そう要はあのなんていうのかな
意識したものフォーカスしたものがこうね現実化するとか
よく聞いたことあるかもしれないけど
いっぱいいっぱい自分の好みじゃないものを
だってそうだだってそうだだってそうだってことで
ああ集めてますねって言うことに気付ける
21:02
だから自分の要はこれって今までの概念だったり
感謝っていうものに対する概念ですねっていうのを
に何かどんなものを乗っけてるかなもそうだし
なんかそれから自分が当たり前って信じ込んでるものっていうのが出てくるから
そうは思えないものに感謝してみるっていう
ちょっとあの概念をぶっ飛ばして外してやってみた時に
うわでもって言いたくなるそれが今のあなた当たり前っていうのが出てくるから
すごくねそこに気づくとああって思うし
だからその時ってやっぱそのハマっちゃってる状態だよね
その何でも無限に選べる
本当だったらその始まりとかソースとか源とかそこの地点から選んでいけるんだけど
あの人間意識というか人間意識ということも
まあいろんな言い方しちゃっててちょっと混乱しちゃう人もいるかもしれないけど
エゴ自分のねがって私っていうところからこういうことを集めてるなっていうのに気付けるから
気づいたら違った違った位置が違ったと
自分がいる場所っていうところが違ったなっていうところから
で書くことっていうのはもう新しいその自分はでもこうありたいんだよなっていうことを
今度だから何に意識を向けて集めていたから今の現実なんだなってことが分かったらその逆じゃないですか
だからどうがいいかっていうことを書いていくと
ノートってさっきも言ったけど始まりの場所で何でも受け止めてくれてノーチャッチだから
まずは望めって聞いたことあると思うんだけどこれってあの
望めってやっぱさ私が私をカタカンって感じの私を
自我じゃないとやっぱ自分の好みとか望みって出てこないから
やっぱそれを通して何でも叶うところだって分かって
それを使って人間をやるっていうのがすごく
なんか面白いよとか言ってもらうとなんかなんじゃそりゃってなっちゃうかもしれないですけど
ねこれ伝わってるとなんかなんとなくで聞いてもらうと嬉しいです
はい だけどやっぱ書くことっていうのはもう何ていうのかな
分かって書くといいなと思ったんだよね簡単に言うとそうそうそうそう
分かって書くといいって言うとまたちょっと語弊があるんだけど
なんかやっぱさ問題だって思った時にいきなり冷静になっちゃって
判断とか整理しだすとやっぱりこう自分が持ってる反応っていうのが出ないから出ないんだけど
うわーって騒いでるって思ってもこれ騒いでるっていうのを
24:03
なんかこう分かってるとまたそこがなんか出しにくいのかな分かんないけど
でもなんかグーって感情に飲まれてる時って分かってない時とか
私なんか多分感情に飲まれつつもそのなんかだんだん徐々になんかさちょっともう
位置がなんか抜いてっちゃうっていうかそっちのエゴが抜いちゃって
なんか本当はどうしたらいいのかなみたいなことを頭でやっちゃう時があるから
なんかこのここって移り変わりってなんか厳密なあれはないかもしれない
厳密になんかうまく言えないんだけど
でもなんかうわーって難しいねなんて言うんだろうな
思いっきり感じていいんですよ感じる感じることからしかやっぱり出てこないから
ただその感情とかのとにかくそのうわーってな嫌な感情だって飲まれてる時で
どんな暴言を自分がそこで思ってもなんかどんななんていうのかな
あこんなの知られたくないなって思うこと思ってもそれはそのものじゃないんで
自分そのものではないから思う存分感じるでその後に見る
でもう全部ある状態からどうがいいっていうのを見ていくっていうこの
感じですちょっと伝わったでしょうか
今日言いたいのはそんな感じ
ねえねえなんかそれで言うとねやっぱり
あの自分がね頭でね私たち記憶っていうものがあるから
なんかこう昔に比べてこうだとか前と比べてこうだっていう自分の記憶っていうことを
とっててとってねあの今のその現実っていうのは判断しがちなんだけど
これってやっぱり本当にあくまでも過去データなんですよね
でなんかモンモンとしてて例えば自分がうまくいってないなとか思ってても
そう過去データのその要はその英語のところの自分でぐるぐるしてても
やっぱ判断ってその自分の状態での判断になっちゃうから
あの自分がね例えばなんかうまくいってないとかなんとかだって思っても
そのことその状況になんか例えば大成功って言葉を当ててみるとかね
これで大成功で大成功って言うとやっぱここで設定変更っていうか自分を本当に簡単にできること
例えば自分もう今の自分現れてくるぜ自分は全部大成功
27:02
そうそう思うとねすごくあこれいいねこれ
そう採用自分がねいいなって思うことがすごく何より大事なんで
だからそういうふうに言葉を変えてみる
で言葉を変えてみるというとなんか言葉遊びのように聞こえるかもしれないけども
結局頭でつけた言葉っていうことに私たちは結構悩まされたりするわけだから
そこの言葉をすごく自分がこういうことにしてしまおうっていうことでいいんですよ
だから本当にさっきの感謝の話と本当に同じで
あのちっとも成功と思えないってこの言いたくなる自分の今の現状を大成功って言ってみるとかね
うんえーみたいな大成功だ大成功だそうだ大成功だって思い込ますなんて無理ですよ
だってえーっていう自分がいるんだから
だけどそういうことに一貫してみて生きてみる
そういうふうにしてみたらどう見えるっていうふうに
やっぱこの視点を変えていくというかこの広がる感覚っていうのがすごい私はノートやってて好きなとこなんで設定変更とかね
なんかそう思うと結構最近の自分っていうのがガチガチでなんかいたなっていう風な感じも思えてきて
なんかすごく楽に笑えるようになりました
あきらちゃんズレが見えるだけだから安心して書いていいんだなって思える
そうそうそうそうあのうんそうなの
我々だからね
書いていくことっていうのはあの
また眺めるって時にあれって自分のこのこれは好みじゃない思考をずっとしているぞっていうことに
やっぱり気づくことができるからそっちのその一回見てみる
あのめっちゃ書いて書いた後にその始まりのその源の部分から見てみたら
ああああっていうところに見えてくるだけだから本当にそのエゴっている状態はもうどんなあれも書いちゃっていいよ
安心して書いていいって感じ
書いたことが自分そのものではないからです
最後まで聞いてくれてありがとうございます
ちょっと長くなっちゃったけどそんな感じで私は今の自分をいろんなふうに見ています
で今この瞬間本当にどういうふうに見るか選び直すことができるんです
でこれは頭でやるというより
なんか本当に選び直すだから手で書き集める選び直すことが本当にできるから
なんかそこもまだまだ私も実験中なんだけど
30:00
やっぱりそうしてみると体感がね本当に変わるんだよね
さっきまでモヤモヤモヤってしてたけどあれみたいな全然気になんねえじゃんってでも現実は何も変わってないわけ
うんそのぐらいやっぱり自分の頭で思考することとか集めるものっていうのを本当になんかあの
エゴの自分から集めるからポジティブ変なんていうの
シンキングポジティブシンキングは悪くない何エセポジになるわけで
でもその本当に始まりのところから集めていったら
エゴってなんていうの
あのポジティブエセポジティブではないのですよ
あそうそうそう
毎春クリエーション本当にこんな感じで本当に一瞬一瞬生まれ変わって生まれ変わって選んでいけるっていうことを
やっぱ忘れるから本当に思い出そうって感じ
でやっぱ書くことって自覚だなって思ってる私は
はい閉め
そんなことを思う9月30日6時20分でした
はい30分ぐらい喋っちゃったけど
なんか本当になんかねやっぱり思うんですよ
言っていてね
このなんかこううまくいっているっていううまくって言うのも
なんていうのかな
自分の今までの頭の判断だったりするよってところ
だからなんか本当にどうがいいかなどうがいいかなっていう方向に
体を向けていくわけですね
はいじゃあ今日はこれで終わろうと思います
なんか感想があったらいただけると嬉しいです
なんかノートラブも引き続きやってます
はいではではありがとうございました
32:11

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