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#99 忘れがちなこと。人間はよく間違える。
2026-09-23 15:03

#99 忘れがちなこと。人間はよく間違える。

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【番組情報】
番組名:忙しい日々のセルフケア!復職ラジオパーソナリティ:くっぺ配信:毎週水曜日/月1回程度ゲスト回

番組ハッシュタグ: #復職ラジオ


雑談系ポッドキャストの日参加させていただきます/ポッドキャストを続けるのは義務じゃない/小倉で森鴎外のこと考えた/人間はよく間違える/モノゴトの向こうに人がいる


▶︎今日紹介した本など

・『ミライの授業』瀧本哲史著(講談社)は こちら


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忙しい日々のセルフケア!復職ラジオ。 今日もお疲れ様です。この番組では、仕事や子育て、いろいろと忙しい日々の中で簡単にできるセルフケアを紹介していきます。
私はくっぺと申します。 復職、仕事復帰について、いろんな場所でお話ししています。 楽しみながら、自分に合ったセルフケアをかき集めていきましょう。よろしくお願いします。
今日は、喋り足りない部のマイコーさん主催、雑談系ポッドキャストの日に参加させていただきます。 雑談でつながって、いろんな番組が参加している企画です。聞いた番組タイトルだけでも紹介します。
喋り足りない部さん、ゆるラクゴさん、雑穀の混ぜご飯ラジオさん、メープルインメルボルンさん、ミンチガさん、世界から見る日本さん、絶望の窓際族さんですね。
連休で案外お出かけも多くて、聞く予定でまだ聞けていない番組もたくさんあります。 まずは自分の収録を終えて、ゆっくり聞いて感想をXにポストしていけたらと思います。
今日の共通オープニングトークテーマが忘れがちなこと。 ちっちゃいのと大きいの2つ考えてみました。
まず、ちっちゃい忘れがちなこと。 ポッドキャストを続けることは義務じゃないですね。
福岡の小倉で行われたポッドキャスト初心者講座、そして飯金パレットで行われたポッドキャストラボの合宿を楽しませていただきました。
楽しくて学んで刺激をいただきました。
なんかもうポッドキャストを続けることは義務じゃないし、まあしんどいなら辞めればいいし、楽しく続けたいなって思いました。
副職ラジオは次回で100回ですね。 楽しく続けてきたんですけどちょっと息切れしてきたタイミングでして、まあいろいろと皆さんとシェアできて良かったですね。
そのずっとやりたかった周りの人はどうすればへんも終えましたので、一段落だなと思います。
次に大きい方の忘れがちなこと。
これはタイトルにも書いた人間はよく間違える。そしてもう一つが物事の向こうに人がいる。
これを忘れがちなんじゃないの?という形で雑談していけたらと思います。
のんびり話しますのでゆっくりしていってください。
まず小倉に一泊二日でちょっと滞在したんですよね。
福岡県北九州市小倉北区ですね。
八幡製鉄所もあったので明治維新から日露戦争ぐらいまでかなり活躍した都市だと思います。
朝散歩をしたんですけど小倉城のふもとに紫川というのがありまして、結構カニとかヤドカリそして鳥も多かったんですよね。
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昔は排水とかが雑だったので相当汚かったらしいんですよ。
ただその紫川も人々の努力によって再生したということでしたね。
人間はよく間違えるこれも忘れがちですよね。
でも紫川は間違えた後ある程度取り戻せたんだなと思います。
ちなみに見た鳥は結構多くてですね。
スズメとカラスとハトこれはご存じと思います。
水鳥で言うとカモ、そしてアオサギ、そしてカワウですね。
あとは木もあったのでシジュウカラとムクドリですかね。
この辺りもあって結構ビルが多いんですけどその間を鳥が飛んでたりしてあの鷹の仲間ですね。
空からこう狙うタイプの茶色い鳥とかもいて結構豊かなんじゃないかなと思いました。
最近クッペは鳥の話しがちなのでこの辺でやめておこうと思います。
今回の目的はそのポッドキャストのイベントだったんですけどその前に北九州市文学館というところに行ったんですよね。
そこで森鴎外がかつて小倉に住んでいて大事な役割を果たしたということをね知ったんですよね。
森鴎外ご存知ですかね。舞姫という小説を書いた文学の人ですね。
彼は明治時代に活躍した作家で軍の医者、軍医でもあった鴎外は1899年に小倉の陸軍第十二師団の軍医として小倉に赴任してきたそうです。
で小倉に在住したのが37歳から40歳ぐらいですね。
その間に彼は洋書の翻訳や通称小倉日記と呼ばれる日記をつけていたと。
おそらく散歩をしたり友達の家に会いに行ったりですね。
ちょっと文章を書いたりささやかな文学交流や暮らしがあったみたいなんですよね。
ちなみに森鴎外はいわゆるペンネームで本名は森凛太郎さんですね。
今日は森さんと親しみを込めて呼ばせてください。
その後森さんは小倉を離れるんですけど森さんの灯してくれた文学の火を絶やさないと小倉の地でその連綿と文学の火がですね続いてきたとのことなんですよね。
そして芥川賞や直樹賞作家もね小倉にゆかりのある作家もたくさんいるとのことで紹介されていました。
感慨深いなーって思ったんですよね。
で忘れがちなことなんですけど物事の向こうに人がいるなんですよね。
あのご存知の方も多いと思いますが森凛太郎森鴎外には2つの顔があります。
一つは文学の森さんですね。
もう一つが軍医、軍の医者としての森さんなんですよね。
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で僕の記憶では軍の医者としての森さんはかなり失敗したというかディスられていたというか批判の的になっていた記憶だったんですよね。
何か手元にあったかなと思って本棚を探したらそのあたりが書かれた本を見つけました。
タイトルは未来の授業。
著者は滝本哲文さんですね。
2016年講談社から出された本です。
10年前ですね。
14歳くらいの子供たちに向けて未来を作るにはどうしたらいいのか。
過去の偉人のエピソードなどを紹介しながら話を進める本でした。
好きだったんですよね。
例えばナイチンゲール。
クリミア戦争で活躍した看護師ですね。
戦場の天使と呼ばれたイメージがあるんですけど実は統計学が得意で衛生環境悪化の改善に取り組んだデータマンだったそうなんですよね。
そういう視点の角度を変えるような話をしながら14歳を鼓舞するインスパイアするようなそんな素敵な一冊なんですよね。
未来作るの頑張ってねみたいな。
瀧本さん結構好きだったんでよく読んでたんですよね。
でナイチンゲールのすぐ後に森鴎外のエピソードが出てきます。
ナイチンゲールはいい感じに森鴎外は悪い感じに紹介されていました。
結論の部分だけ引用紹介します。
出典は未来の授業瀧本哲文著86ページ87ページから引用です。
森鴎外は権威の思い込みに囚われた典型的な人物でした。
もともと彼は年齢を偽って東京大学医学部の前身である第一大学区医学校に入学しわずか19歳で卒業したほどのスーパーエリートです。
文学の世界でも大きな才能を発揮した人物ですからナイチンゲールや高木金博にも負けない知性は持っていたでしょう。
それでも医学者としての鴎外はほとんど使い物にならない人物でした。
エリート意識から権威の思い込みに囚われ自節を曲げることができずたくさんの人を無駄なしに追いやりました。
彼はあまりにも優秀だったせいでドイツ医学という権威や常識の枠内でしか物事を判断できなかったのです。
医学の常識を疑うことができなかったのです。
引用終わりですね。
言い過ぎよ。
もうそんな、あのめっちゃ言うやん。あのケチョンケチョンやんって思います。
なんか今読み返しても医学者としての鴎外はほとんど使い物にならない人物。
ちょっとこれ言われたら僕立ち直れないですね。
なんか僕がコクラで受けた森さんの文学の火を絶やさないという印象とは随分違うなって思うんですよね。
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なんでこんなに言われてるかっていうと簡単に話すとカッケという病気の原因が栄養不足のせいなのか最近による伝染病のせいなのか揉めたんですよね。
麦飯を食べているとカッケが抑えられる、そういう結果を見ていた海軍と原因は細菌類にあるはずでと保室した陸軍で死者数に大きな差が出たんですよね。
その陸軍の失敗した側に森さんがいて、彼のドイツ留学の経験あるいは当時は細菌学が盛り上がっていましたので、
そういった思い込みから判断ミスをしたというストーリーで語られているんですよね。
さすがにちょっと言い過ぎなんじゃないかと思ってざーっと調べたんですけど、微妙ですね。
まず僕としてはこれ森さん個人の責任ではなく組織の判断だろうって思うんですよね。
彼は文学で体制したけど医学では能力がなかった、そういうストーリーがちょうど良かったんじゃないかって思うんですよね。
でも組織としてわからないことが多い中、間違え続けたと考えた方が筋がいいんじゃないかって思うんですよ。
実際そういう擁護する意見もあったんですけど、ただ森さんもかなり偉い位置にいましたし影響力も大きかったみたいなんですよね。
本人も閣議論争では積極的に発言をしていますし、微妙だなって思いました。
個人を責めないでと言い切る材料より森さんにも責任があったし、間違いがあったし、組織も間違えたし、なんか微妙だなって感じでしたね。
で正しかった側、海軍側の高木さんは麦飯、ご飯の方が大事だと気づいてたんですよね。
でもタンパク質含有量でしたかね。注目していたのは本丸とは違ったんですよね。
それで養殖やパン、麦飯というような過程をたどったんですけど、活気の原因が正確にビタミンB1の欠乏であったということは少し後になってわかるんですよね。
やっぱりお互い具体的なことはよくわかってなかった、わかる途中だったっていうのがあります。
ただその上で構図としてまとめると、ドイツで学んだ森さん、細菌原因説間違い。
イギリスで学んだ高木さん、栄養原因説正しいみたいな綺麗な対比になるんですよね。
でも忘れがちなこと、細菌学も栄養学もどちらもその後の研究が続いていると思うんですよね。
それが現代社会の豊かさにつながっているんじゃないでしょうか。
これを結構忘れがちなんじゃないかなって思います。
存在しないのにあるとされた活気菌、ないんですけど、やっぱりなかったと認められて、血清療法やワクチン療法も開発されていって、
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ウイルスの存在や対策も明らかになっていって、人類はずっと間違いながら研究を進めてきた。
直近で言えば新型コロナウイルスの対応もうまくいったり間違えたりしながら、少しずつ歩みを進めてきて、今があると思うんですよね。
なんかA説が覆ってB説が正しかったと語りがちですけど、実際にはいろんな場所でいろんな研究が同時に進んでいると思うんですよね。
細菌学も栄養学も国内も国外もうまくいったり停滞したりしながら、そういう意味では僕らはみんな科学の子、それも忘れがちだと思います。
そしてもっと実態を想像するとですね、物事の向こうには人がいて、人がやってると思うんですよね。
研究室には何人かの人がいて、基本的にチームなんじゃないかなって思います。
飲み会をしたり恋をしたり、育児との両立に悩んだり、エースが抜けててんやわんやしたりしているんじゃないかなと思います。
隣の研究室と仲が良かったり悪かったり、白紙家庭に進むか悩んだり、なんかギター持ってきてビートルズ弾いたり、交流会の運動大会でアキレス剣切ったりね。
大人はすぐアキレス剣切っちゃうじゃないですか。
幼稚園の親子リレーとか本当危ないと思うんですよね。これ忘れがちですけど。
海外との競争とかもあるんですけど、そこにも交流があるし、メールをして話を聞きに行ったりとか、人が移動したりとか、そうやって人々でやっている営みだと思うんですよね。
森さんもそのうちの一人だったんじゃないかなって僕は思います。
そして森さんは小倉では文学の火を灯したとして慕われていたと。
ここからは想像ですけど、小倉を離れる際も飲み会したと思うんですよね。
森さん、東京帰っても僕らのこと忘れないでくださいよとか、ドイツで飲んだビールと僕らが用意したビールどっちが美味いですかとか言われてたと思うんですよね。
いやーそこは僕らの方って言ってくださいよとかありそう。
コミュニティが違えば人々の感想も変わるし、なんか感慨深い小倉の経験だったなと思います。
いかがだったでしょうか。忘れがちなこと、次回100回なのでお便りフォーム募集しています。概要欄にリンク貼ってますのでぜひ気軽にコメントください。
まずはリンクを開いて質問や感想を入力して送信ボタンを押す。やってもらえたら助かります。
次回はそんなお便りを読みながらちょっと100回目の振り返りをしたいなぁと思っています。
副職ラジオ毎週水曜日更新です。ありがとうございました。
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