曽美さんちなみにほら年表作ってるじゃないですか。はい。1800年のこの辺のこととかってちょっと調べてたりします?
ああもちろん。ああざっくりと、この本当の音楽史的にはこのぐらいの年って何があったとかってあります?
まず南北戦争があったので。 ああまあまあ歴史的に言うとまあ。
南北戦争は61年から始まっているので、やっぱ軍火が多いです。 ああ軍火か。
その南北戦争の最中は。
で、南北戦争が終わって、奴隷解放宣言、まあ奴隷解放宣言、南北戦争の最中だったね。
あ、あれ終わった後じゃなくて最中なの? 最中に走って黒人を味方につけるっていう戦略だった。
うーん、ああなるほど。 だから南部の黒人兵士を北軍に回すっていう戦略もあった。
そういうことか。 ああ。まあ今は多分。なるほどね、軍火なんだ。今は多分奴隷解放宣言について人道的であるっていう解釈はされてない。
そうなんだけど、奴隷解放宣言前後に、 前後かな後ぐらいに、
黒人の境界音楽について研究が始まって。 ああそれがだいたい同じぐらいの。63年に書物が残ってる。
はあ。
で、その
67年に スレーブソングソブ ザ・ジ・ユナイテッドステイツっていう本が出て
これがスピリチュアルの最初の本かもしれない。 うーん。
というので、そのスピリチュアルの研究が 始まった。
で、黒人向けの大学ができている。 ティスク大学とか。
ここなん、この辺なんだ。 で、そこでコーラスグループがいたの。
へえ。 で、西洋、あの、もともと普通に産部科とかやってたんだけど、
はいはい。 もともとのそのスピリチュアル、その黒人の境界でやってた音楽を
やるようになったよ。 やったら、めちゃくちゃウケて。
はい。 あのヨーロッパツアーまでやるようになった。
あ、そのレベルなんだ。 それがね、67年、
あ、じゃねえ、70年入ってからか。 ティスク大学のコーラスグループが。
1870年。 うーん。
そうね、でもこの時代だとあれだな、やっぱ水戸出る秘書の曲とかが相変わらず出てたぐらいかな。
スティーブ・フォスターとかは50年代なんだけど。 はい。
そうね、60年代ってなるとやっぱ南国戦争が前半にあって、
まああの文化とかそういうなんか戦異洪洋系のやつが
あの、いっぱい出てきて。
まあ南国戦争に入る前に、まあすでにザコザあるじゃん。 まあまあいろいろありますね、発端になる出来事とかはありますね、確かに。
1959年にディキシーができてる。 あー、え、ディキシーランドジャズの、
あ、ディキシーって曲があるんだ。 あの、フォーマート3でもかかってた、あの、
あ、そうなんですね。 あの、なんだろうな、
ミジって感じの、今の解釈だと、 ライトって感じの
曲があって。
ディキシーが南軍の、まあ南軍ってアメリカ連合国だったんだけど、
これが正式な国歌ではないけど、国歌みたいな扱いになってた。
あー。
そうね、ロールジョーダンロールとか、スピリチュアルの有名な曲が、
ここで、南国戦争の最中に出版されたりとかしてる。 ごめんなさい、俺スピリチュアルっていう、あれがあんまりよくわかってないんですけど。
要は国人の曲解音楽です。 あー、やっぱそうなんですね。
で、後にゴスペルになる。 ゴスペルの前のやつなの?
原型みたいなもんです。
これは、大学で研究されたりとかしてるので、
西洋音楽の視点で構築されてるんですよ。
あー、はいはいはい。
デルタブルースみたいに、数の国人の音楽っていう感じではなくて、やっぱ大学の音楽ということで、研究がされてるので、楽譜化されてるのよ。
はいはい。だからちょっとプリミティブなものとは少し違うって感じなんですかね。
だから、わしがよく言ってる、1910年代のブルースに関して。
あー、はい、言ってますね。
西洋音楽の研究のもとにできてるものだから、
純粋に国人音楽っていうものではなく、スピリチュアルの研究とかがあって、国人の音があるっていう研究がされて、それに合わせて出てきた、白人向けのアウトプット。
あー、はいはいはい。なるほど。
なので、西洋音楽を通したアウトプットって、俺が完全に100%純粋に国人音楽だったら、そうでもないんですよ。
あの、19年代、20年代のブルースってのは。
まあ、ざっくりと戦前ブルースみたいな感じで作られてますけどね、あの辺は。
だけど、デルタブルースとかカントリーブルースって呼ばれる部類のものってのは、そんな楽譜とかそういうのでやってたわけじゃないから。
それが録音されたのが、まあ結構前から録音はされているんだけど、
その国家事業として録音されたのが、ニューディール政策です。1933年。
ニューディール政策で音楽をアメリカの文化遺産として残そうと。
音楽以外のジャンルもあったと思う。
文化遺産として残そうという動きがあって、ロマックスさんって人が親子でフィールドレコーディングをしてて。