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蓮城院で開催した花まつりの来客はわずか4人…。寂しい結果の裏側にあった自身の「思い入れの欠如」と、AIとの対話から気づいた仏教の真髄についてお話しします。
先日開催した花まつりの結果は、お賽銭200円という非常に寂しいものでした。なぜ人が来なかったのか?自分自身の経験不足や熱意のなさを猛省する中で、AIから投げかけられた「天上天下唯我独尊」という言葉が、私の心に深く響きました。
「今ここに、あなたの命があるだけで尊い」
この教えを自分自身がどう受け止め、来年の花まつりをどのような日にしたいか。失敗から得た大切な気づきと、リスナーの皆様へ伝えたいメッセージを込めた「裏話」です。ぜひ最後までお聴きください。
#副住職
#蓮城院
#禅
#花まつり
#仏教
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https://stand.fm/channels/5f5a393ff04555115dcb4f8e
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蓮城院で開催した花まつりの来客はわずか4人…。寂しい結果の裏側にあった自身の「思い入れの欠如」と、AIとの対話から気づいた仏教の真髄についてお話しします。
先日開催した花まつりの結果は、お賽銭200円という非常に寂しいものでした。なぜ人が来なかったのか?自分自身の経験不足や熱意のなさを猛省する中で、AIから投げかけられた「天上天下唯我独尊」という言葉が、私の心に深く響きました。
「今ここに、あなたの命があるだけで尊い」
この教えを自分自身がどう受け止め、来年の花まつりをどのような日にしたいか。失敗から得た大切な気づきと、リスナーの皆様へ伝えたいメッセージを込めた「裏話」です。ぜひ最後までお聴きください。
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感想
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00:05
どうも、コウブンです。 栃木県の片田舎にある蓮城院というお寺で、副住職をしております。
はい、今日はですね、前回の続きと言ったらいいのかな。
前回は、花祭りについてのお話をしたんですよね。
いろいろとお話をしました。で、やってますよ、と。
うちのお寺でもやってますよ、みたいな宣伝も入れさせていただいたんですが、
今日はその結果と言うんでしょうか、裏話と言ったらいいのかな。
そんなところをお話ししていきたいなと思います。
結論から言いまして、今回私のお寺、蓮城院で開いた花祭りに来てくださった方で、
多分4人かなと思います。正確な数字は実は分からないんですけども、
少なくともね、大して来てないですね、人は。
お賽銭箱を設置したんですけども、そこに入っていた金額、200円ぐらいでしたね。
非常に寂しいですよね。
まあまあ、来てくれたんだからね、いいじゃないかと言えばそうなんですけど、
そうなんですけどね、ちょっと寂しいなと思いました。
まあまあ、努力不足はありますよ、私の。
宣伝、もっといろんな人にPRすべきだったとか、
あとはもっと準備ですよね、いろんな準備をするべきだったというところはあるんですけど、
そういったことをサボっていたというか、あまり一生懸命やらなかったというところがあったからなんだと思うんですけど、
でもよくよく考えたら、よくよく考えたらですよ、
まあ原因はもっと別のところにあるんじゃないかな、そんなふうにも思いました。
どういうことかと言いますとね、
正直に言うと私自身、花祭りに思い出があまりないんですよね、きっとね。
なぜなら、私のお寺の蓮城院に花祭りに使う誕生物というお釈迦様の赤ちゃんの姿の仏像があるんですけども、
それが蓮城院にはありました、ずっとお寺にはあったんですけど、
ただあった場所が、本堂に、本堂ではなくてね、本堂の奥にある祝い堂と言われるね、
お釈迦様のお祝いとかが祀ってある場所があるんですよ。
ちょっと奥まっていて、半分物置みたいな感じの場所なんですけど、
そこに安置していたというか放置していたというかね、そういう状態だったんですよ。
03:01
埃かぶってましたね、私が発見したというか掘り起こしたというかの時は。
そのような状態だったんです。
私のおじいちゃん、仙台の住職なんですけど、仙台の住職の時は、特に花祭り的なものはやってないですし、
誕生物というものをおじいちゃんが触っているのを見たこともなかったんですよね。
ただ、昔、おじいちゃんが若い頃、うちの父親が子供時代ぐらいにはやっていたようです。
そういう話は聞いたことがあったんで。
ただ、少なくとも私が生まれてから小さい頃、そういった活動をしているのは全く見たことがない。
ということは、そういう存在を知らなかったんですね、私自身。
誕生物、花祭りという行事を知らなかったお寺で、そういうことをやるというのね。
あとは修行に行って、私は2回修行に行きましたけど、東京別院、大本山永平寺、東京別院というところと、
大本山永平寺という福井にある2つ行ったんですけど、どちらももちろん花祭りはありました。
でも、数多くの行事の中の一つという感じだし、また私自身が花祭りの掛かり、担当みたいなのはやらなかったんですね。
お寺にいながらにして花祭りをやっているのは知っていたけど、直接携わることがなかったということなんです。
だから、もともと花祭りというもの自体がよくわかっていないし、すごく思い入れがある。
絶対にやりたいんだ、そういう熱意も多分なかったんですよね。
そういう状態だから、きっとそれが皆さんに伝わっているんでしょうね。
そこを今日は気づいたというところなんですよね。
自分が熱意を持って、絶対にみんなに来てもらいたいんだ、そういう思いもないのに来るわけがないですよね。
そうなんですよ。そんなことを思いました。
でね、今回あまりうまくいかなかったことを正直にどうしようというか、AIに話したんですよ。
そしたら、そのAIとの対話の中で聞かれたんですよ。
天上天下唯我独尊という言葉についてどう思う?みたいな。聞かれたんですよ。
06:06
その時によく伺えたら、この言葉ってすごい素晴らしいなっていうことを改めて気づいたっていうんでしょうかね。
対話の中でね、AIとのやり取りの中で、いろいろ気がついたという感じなんですよね。
それは、天上天下唯我独尊というのは、天の上にも天の下にも私の命はただ一つである。
だから私は尊いんであるっていう、そういう言葉なんですけど。
つまりそれはどういうことかというと、私の命が今ここにある。
ただそれだけで尊い。そういう意味なんですよね。
でもこれは、私が仏教を受け取るときの根っこにある感覚と同じなんですよね。
花祭りに思い入れがなかったっていうわけではなくて、
天上天下唯我独尊ということを、それをしっかりと自分の中にインストールしていなかったというところなんじゃないかなって思ったんですよね。
素晴らしい教えがぎゅっと凝縮されている。それを一人でも届けるんだ。
そういったものを、もうちょっとしっかりと勉強して学んで、自分自身が学んで、この花祭りという儀式を通じて少しでも仏教の良さを伝えるんだ。
そういう思いを持つことが大事なんだろうなと、そんなふうに思いました。
なので、来年の花祭りはお釈迦様の誕生日を祝う行事だけではなくて、来てくださった方一人一人の命を祝う。
そういう日にしたいなと。ちょっと壮大な感じになってますけど。
ともかくね、命というもの。自分の命を改めて見つめる。今自分の命があるのはどういうことなんだろう。
そういったところで考えるきっかけになるような、そういうふうな行事にしたいなと、そんなふうに思いました。
何人来るかわかりませんけど、それでも私は私の言葉で語っていきたいなと、そんなふうに思いました。
つまり、これを聞いてくださっている方、あなたが今ここにいること、それ自体が尊いんだ。
そういうふうに言われたら、なんとなく心に響くものがあるんじゃないですかね、きっと。
09:04
どういうことかな、とかね。私の命ってなんだろうな、そんなふうに思ってくれるんじゃないかな、そんなふうに思います。
ということで、今日は花祭りの裏話、そんな話をさせていただきました。
今日のようなお話、また聞きたい方どうぞ、リクエストよろしくお願いいたします。
では、連常院副住職の幸文でした。ではでは、またね。
09:34
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