1. コウブン和尚の寺子屋ラジオ
  2. #126 愛は形を変えて生き続ける
2024-11-03 14:18

#126 愛は形を変えて生き続ける

📻 ある日のお寺での法要がきっかけで感じた、深い愛の形についてのお話です。

6年前に突然亡くなった友人のお坊さんの七回忌法要。その後を継いで出家した奥様の決断と、そこに秘められた様々な愛の形。残された家族への愛、お寺への愛、亡き夫への愛...。愛は形を変えながら、確かに生き続けているのだと気づかされた体験をお話しします。

人生の岐路に立ったとき、私たちを動かす原動力となる「愛」について、ご一緒に考えてみませんか。

#仏教 #人生 #愛 #生き方 #お寺の話 #住職の話 #スピリチュアル #マインドフルネス #生きる力
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5f5a393ff04555115dcb4f8e
00:05
どうも、コウブンです。
栃木県の片田川にある蓮城院というお寺で、福住職をしております。
今日の昼間に体験したこと、そしてその体験を通じて思ったことをお話ししたいと思います。
どういうテーマでお話ししようかというと、愛は形を変えて生き続ける、というテーマでお送りしたいと思います。
まるで映画のタイトルになるような格好つけたタイトルではあるんですけれども、実際にそういったことを感じたわけです。
どういうことかと言いますと、今日実は私の友人、私の友達のお坊さんの七回起法要があったんです。
その法要に私もお坊さんとして参加しました。
つまり御聴講するだけじゃなくて、実際にお経を挙げて、手を合わせてというところをやってきたわけではございますが、
そのお寺というのは、私の亡くなったお坊さんというのは、私の友人のお父さん、師匠にあたる方なんですけれども、
従職を今でもされてはいるんですが、実際お病気になってお坊さんとして活動ができない状態だったんですね。
なので、私の友人が副従職という立場で従職の代行をしていた、お葬式であったり、黒曜であったり、またお坂さんへとの対応であったりとかね、
そういう活動をしていた私の友人がですね、6年前の今頃ですね、突然亡くなったんですね。
もともと少し病気を抱えていた方ですので、もしかしたらその病気が原因で発作が起きて亡くなったのかもしれませんが、
詳しい死因というのは私は聞いておりませんが、ともかく急に亡くなってしまったというわけなんです。
私も当然ね、聞いた瞬間はとても動揺して悲しい気持ちになって、そしてその友人のお寺に駆けつけて御葬儀、おつやと御葬儀を参列してきました。
03:08
とてもね、なんだろう、胸が張り裂けそうな思いをしたのを覚えています。
というのは、私自身が悲しいというのはもちろんあるんです。
だけども、残されたご家族ですね。
特に奥様ですね。
奥さんがすごく、その姿を見るとね、消水しきっていた。
それで、魂が抜け殻になってしまったようなね、もう悲しんで涙も出ないような、そんな状態の姿だったのをよく覚えております。
それはそうですよね、だって最愛の人が亡くなったわけですし、またそのお寺を支えている大事な人、そのお寺を守っていくにも、私の友人がいなければどうにもできないような状態だったので、その友人がいなくなってしまったと。
最愛の旦那様がいなくなってしまった。
また子供たちもおりました。3人おります。
当時、おそらく小学校の低学年だったと思うんですね、小さい子。
お父さんが亡くなったということをまだよくわかっていないような、そんな感じの印象を受けましたけども、そういった状態で。
これからどういうふうにしていけばいいんだろうということもあったでしょうし、また愛する旦那様が急にいなくなってしまった。
いろんな感情があって、もう涙も出尽くして枯れ果ててしまったというような、そういう状態だったのかなと思います。
そんな奥さんが実はその後、私の友人の後を継いで出家をしたんです。お坊さんになったんですね。
女性がお坊さんになるというのは、なかなか難しいところがあると思うんですよ。
というのは、やっぱり髪の毛を剃る。私たちの総統集という宗派は、基本的に髪の毛を剃るというのが基本スタンスですので、
修行育にあたっては、必ず剃らなくちゃならないんですよ。これはもうそういう決まりでやっておりますので、それがないと成り立たないという考え方ですので、剃ると。
06:03
そこはすごく大変だったと思います。また、その奥さんはお寺に住んでいたといえど、おそらく仏教の勉強を熱心にして、
そういった仏教の知識をきちんと理解して、そして普段の生活に取り入れていたかというと、たぶんおそらくそうではないと思います。
どちらかというと、普通のどこにでもいるお母さんだったんじゃないかなと思います。
当時仕事もしていたようですし、なかなかそういった環境からすべてを切り替えてという決断。
旦那さんのためにお寺を守るという決断ですよね。大きな決断。それはとてもすごいことだと思います。
そのような形で奥さんが宗教になさいました。そして修行に行ったんですね。
私は友達の友人のお寺に毎年お墓参りに行っているんですけれども、亡くなってから1年、一周期の時に伺ったときは、その奥さんは修行中でしたね。
それを知らなかったので、お寺の方に私の友人のお母さんに、生前はいろいろお世話になりましたというお話をしていたら、
今、義理の娘が修行に行っているんですよ、と聞いて大変驚いたのをよく覚えております。
なかなか、とても難しいというか、勇気のいる決断だったのかな、そんなふうに思いました。
今は6年経って、もちろん帰ってきて、まだ福住職なのかな、ちょっとそこの詳しくは知りませんけれども、
ともかく、お寺のことは基本的に、私の友人の奥さんがやっております。
その奥さんが今、ほぼ住職と同じことをやっているということですよね。
すごく立派な方だなと思います。
とても行動力とか勇気、決断、いろんなところに尊敬の念を抱いているというところですよね。
なんでそういったことができるのかなというところをちょっと考えてみたんですけれども、
それはきっと深い愛があったからなのかなと思います。
09:03
どういうことかというと、まずはそのご主人、私の友人への愛ですよね。
夫としての夫への愛ということですよね。
そして、お寺の団家さんであったり、お寺に関わる方、そういった方々への愛もあったのかなと思います。
お寺を通じていろんな人と触れ合っていたと思いますので、そういった人たちの裏切れないというところでしょうか。
ともかくそういった人たちを愛していたというところがあったと思います。
また、お寺自体、そういうお寺という場所自体にも愛があったのかなと思います。
お寺は大概は200年、300年という歴史がありますから、そういったところを途絶えさせてはいけないというのもありますし、
その伝統という部分を感じていて、それを守るんだという意識があった。
そういう場所への愛というのもあったのかなと思います。
あとは、残された家族ですよね。
自分たちの子供であったり、今は病気で活動できない義理のお父さんであったり、
残された義理のお母さんであったり、そういった方たちへの愛。
自分が何とかしなくてはならないというところ。
それが、愛があるからかそういう決断ができたのかなと思います。
今は、先ほども言ったように、住職の代行かな、代わりとして、お寺を立派に守っておられております。
これはですね、愛というものが形を変えて生き続けているんじゃないかなというふうに私は思いました。
愛が形を生きて生き続ける姿というふうに思ったんですよね。
その悲しみというのを乗り越えて、強さに変えた姿とやったりとかね。
あとは、多くの人々の心の支えというふうになっているような姿、そういったものが感じられました。
きっとこの6年間の歩みというのは決して平坦ではなかったと思うんです。
だけども、その一歩一歩に深い愛がしっかりと込められているのかなというふうに思います。
12:06
私たちはね、このお話から多くのことを学ぶことができるんじゃないかなというふうにも思いました。
つまり愛というのは決して形を変えても消えることはないということ。
むしろ新しい形となって、より多くの人々に心に届くというふうに思ったんです。
悲しみの中にあったとしても、前を向いて歩いていくという勇気。
そしてその勇気を与え続けるという愛の力というもの。
私たちの人生にもきっとそのような愛の力というのはどこかで働いているということを思いました。
どうぞそれを気づいていければ、きっと人生が豊かになるのかなと思います。
これを聞いている皆さん、どうぞその愛というもの。
日本人だと愛って言っちゃうとちょっと照れくさいところがあるんですけれども。
いろんな自分の人生を動かす原動力として、それを愛というように、私は今日表現しましたけれども、
そういった自分の人生を突き動かす力、源というものはきっとどこかにあると思います。
それをどうぞ大切に見なさってください。
では、今日のお話はここで終わりたいと思います。
今日のお話を聞いてご意見、ご感想などあれば、どうぞコメント欄へよろしくお願いいたします。
では、連常院副住職の幸文でした。
ではでは、またね。
14:18

コメント

スクロール