シャークくんです。今回はポッドキャスト番組、上京ボーイズの小太りさんにゲストとして来ていただいております。よろしくお願いします。
お願いします。上京ボーイズというポッドキャスト番組をやっております。小太りと申します。皆さんよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。上京ボーイズ、地方から上京した30代2人が日々のことを話す雑談ポッドキャストということで、毎週配信されているということで私も聞いてますし、
小太りさんもいろいろ聞いていただいているということで、いつもありがとうございます。
聞いてますよ。心の砂地の好きな回で言うと83回、風の時代アフタースリーイヤーズというのが、
はいはいはい。
僕が一リスナーとして最近めっちゃ好きな回ですね。
ありがたいですね。結構いい回だと思うんで、よかったらまた聴き直してみてください。配信されてますんで。
今回は小太りさん、この間配信聞いてたら、毎月結構10冊ぐらい本読んでるっていう話。
やだね、冊数で読書家。
ポロッと言ってて、何にお金を使っていくかみたいな話、エピソードで、相方のミントさんが、服とか家賃とかいくらでみたいな具体的に言っていくみたいな感じの中で、
小太りさんが「本代」っていうのがあるって言ってて、結構の冊数読んでんだなっていうことを知ってたけど改めて聞いて、上京ボーイズあんま聞いたことないなと思って。
そうですね、やっぱ本って両方読んでないと配信で喋りづらいのと、
そうね。
趣味で本当に毎日読み続けてるので、取り立ててそんな感じでもないかなと思って、あんま喋ってないですね。
本の話したいなと思って、ほんちはちょっと小太りさんに定期的に来てもらえないかなと思って、それの第1回として、先週はこぶさんが読んだ本、それを僕が読んでやっていくって感じで収録できたらなというのが今回でございます。
今回選んでもらった本が、谷川嘉浩さんの「人生のレールを外れる衝動の見つけ方 チグマ・プリマー新書」ということで、去年の4月に出た新書ですね。
っていうのを選んでもらいまして、この本について今日は喋っていきたいなと思ってます。
新書なんでタイトルの通りというか、人生のレールを外れる衝動の見つけ方について書いてある本なんですけど、谷川嘉浩さんっていう作者の方が、90年生まれで京都におられる哲学者の方らしいんですけど、ここの小太りシャークは同い年なんですけど、谷川さんは90年生まれなんで、言ったら同世代の方なんだなっていうところとかが、結構興味深いなと思ってて。
ほぼ90年生まれで、しかも京都に住んでるということで、ほぼシャークさんと思って読んでも問題ないかなと。
まあ新書っていうところ、新書でも結構読みにくい新書っていうのは正直存在してるんですけど、
そうですね。
この新書はすごく読みやすいと思ったし、タイトルだけ見ると一種の、なんだろうな、自己啓発本とか。
確かに。
この本の中でも、そういうものに対しての批判みたいなことが書いてありますけど、キャリアデザインについての本とかね。
なんかそういう感じなのかなという雰囲気もするんですけども、言ったら衝動というものについて考えていく。
それも結構実践的な形で、自分の中に衝動というものをどうやって見つけていくのかっていう方法だったり。
そこに至るまでの、こういう作品でこういう話があってこうだよねとか。
こういう研究してる人がいて、その中で出てきた例としてはみたいな感じで。
いろんな例とか自分の実生活に接するような形で、すごく優しい文体で解き明かしていく、書いていってる本なんで。
哲学の話をしてる部分とかもあるんで、ちょっとここが頭の中に入ってこないなみたいな人もいるかもしれないが、
すごく読みやすく書いてあることも面白いし、いい本だなという、僕が読んだ印象としてはそういうものを感じましたね。
嬉しいですね。この企画やるにあたって、シャークさんゼロから読んだわけじゃないですか。
結構しんどくなかったですか?
思ったよりボリュームはあるなとは思ったかな。
ただ、僕が割と考えてたこととかについて書かれてることだから、そうだよなって思うところもすごくあったし、
例えば、葬送のフリーレンとか、魚豊さんの「チ。」とか、そういう例も出てくるし、
哲学っつってもフロイトがどうのこうのとか深いところに行くっていうよりは、
衝動というものを見つけるための先行者たちはこんなことを言ってたりするんだけどっていうのを優しく書いてあるから、
だから新書としてはすごくいいバランスの本だなと思ったところかな。
本当におっしゃる通りで、なじみのある作品、「ブルーピリオド」とか漫画の話もめちゃめちゃ出てくるし、
文体も読みやすくて題材も身近なもので、本当に入門というか、いろんな人に手に取ってほしい、
中身はちょっとやっぱり哲学の話だけど、読みやすく側をしてますよっていうようなスタンスで作ってて、
それがね、選書した理由の一つでもありますね。
たしかにな。
でもこれはどうなんかな、僕もコブさんも割と読書慣れしてるタイプだと思うんですよね。
働きすぎるとなぜ本が読めなくなるのかという時代に、
ある程度新書っていうものの作りとか、こういうもんだよねっていうレールがわかってる中で、
そこに乗ってる人たちだから読めるみたいなところは正直あんのかなっていう難しさもあんのかなとか思いながら、
今日の収録に挑んでるみたいな感じはあるんで。
だからなぜ働いてると本が読めなくなるのかと思ってる人にちょうどいいところだと思うんだけど、
例えばこれがあなたの生活とか考えてることとかが全然違うところにあるから、
読めなくても別に仕方ないかなという難易度ぐらいではあるのかなという感じなのかなっていう感じはしますね。
まあまあそんな雑感とか自分の中身というか印象っていうところではそんなところはあるんだけど、
あと今回のこの「人生のレールを外れる衝動のみつけかた」についても、
選書の理由とか、このココスナでゲストで来て話してっていうところで選んでもらったと思うんだけど、
僕とどういうことを話してみたいのかなと思ってこの本を選んだのかなっていうこともちょっと聞いてみたいんですけど先に。
はい、これねやっぱ最初に選書出してって言われた時にものすごいプレッシャーでですね僕。
ジョジョのスタンド使いがスタンドを出し合うみたいな感覚で。
こいつの能力、お互いの能力が分かってない状態。
ヒリヒリするじゃないですか、好きな音楽何?って聞かれた瞬間みたいな。
あるあるある。
で、まあいろんなジャンルの本を出して、その中でも特にこの中身に関わることなんですけど、
僕たちの世代ってこうやりたいことやりましょうとかさ、好きなこと仕事にしましょう、
熱中できる何かを見つけて、それを軸に人生決めましょうみたいなことを結構言われてきた世代だと思う。
そうね。ゆとり教育のエリートとして僕らは来てて。
そうね。
うん、本当にそうね。
小学生ぐらいからあなたたちの世代はそうだよっていうことをすごく先生にも両親にも言われた人が多いんじゃないのかなという世代ですね。
まさにそうで、SMAPの世界に一つだけの花で、「No.1にならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」って言われてたんやけど、
「オンリーワンって結局何なの?」とか、「好きなこととかやりたいこととかじゃないとダメなんかな」みたいなのを大学生ぐらいで、僕もシャークさんも91年生まれなんで、
なんとなくちょっと呪いみたいな感じでずっとそれを背負ってたんですけど、
それに対しての一つの甲斐じゃないけど、ちょっとした処方箋になりうるなと思ったんで、
同じように悩んでる同世代の方とか、仕事してるけど、俺はほんまカルチャーがめっちゃ好きで、これ仕事にせなあかんのかなみたいな悩んでる人とか、
そういう人に対して1個軽くなるというか、そういう意味で役立ったので、僕はちょっと皆さんにもご紹介したいなと思って選書しましたね。
うーん、なるほど、わかりやすく。ちょっと掘ると、以前僕とコブさんで自分たちがどういう風な時代を過ごしてきたかみたいな感じで振り返ったエピソードがあるんで、
それも合わせて聞いて欲しいんですが、この本にも出てくるんだけど、2014年のYouTubeのタグっていうのが、
CMで出てきたフレーズが、「好きなことで、生きていく」っていう、これはもう大CM、大大CMだった。
いやーもうすごかったよね、これは。
2014年っていうと、僕たち新卒でいうと2014年入社になるんで、着慣れないスーツとかを着て就活をしたり、それが終わって内定式があり、働くぞみたいなところで、
ビートボックスとかやってる黒シャツを着たメガネの男がボンボンボンとか言って、好きなことで生きていくっていうフレーズとともに流れていく。
電車の広告だったりテレビのCM。で、なんかすごい稼いでるらしい、みたいなのって、正直強烈なコンプレックスを僕は感じた記憶があるよね、それに対して。
いやーもうまさにそう、まあ後のそれがヒカキンなわけですけども、その時はまだYouTubeで稼ぐとかYouTuberみたいなのが一般的じゃない、
呪いかかって就活頑張った、でもいいとこ行けなくて、中途半端なスタンスで毎日しんどく働いてるっていう自分たちにスライム風呂でワーとかやってるはじめしゃちょーがぶっ刺さってしまう。
そうね。それはあったね。っていうのがあって、まあ今も好きなことで生きていくって調べたら当時のCM見れるんですけど、マックスむらいが同じくらい出てんのね。
当時あのパズドラですごいヒカキンと並ぶぐらいマックスむらいがすごかった時期なんですよ。
なんでここピックするん笑
あのマックスむらいってこの2年後ぐらいに会社の中で横領事件とかがあって、一気に血に落ちるんですよ。
当時はなんかモンストの解説とかでたぶんすごかったんでしょうね。アプリの解説とか。
アプリの解説っていう動画をみんな見てた時代っていう。
見てたな。
で、今もマックスむらいってやってるんですよ、YouTube。
いや知ってますよ。あのショート動画でおすすめiPhone紹介とかたまに流れてくる。
でも今の動画の平均再生数なんて2、3万とか、用意って5、6万とかなんですよ。
なるほど。
「好きなことで、生きていく」って言った10年後マックスむらいはそんな感じなんですよ。
まあ他もいろいろやってるんですけどね。
まあ確かにね。ちょっと答え合わせするとそういう人もいるってことですね。
この時のタグで、僕とかバンドやりたかったとか、こぶさんもブログブームとかの話もあると思うけど、
普通の会社員じゃないものみたいなのがすごく目に入ってどうしようかなって思いながらサバイブしてる中でこの来たタグ、CMっていうのはすごく強烈な印象が僕らの世代にはあるはずで。
この本に戻っていくと本当に衝動っていうものが多分自分の中でなんか湧き上がってる感覚はあるんだけど、それをどう出したらいいかわかんないとか。
それで生きていきたいと思うけど、どういうふうに形にすればいいかわかんない。
やってみたけどうまくいかないみたいなことをすごく抱えてた。
それをすごく歓迎されてる社会のムードがあるのに、自分の中にも確かにそれがあるのに、それをうまく表出できないみたいなことを、
僕もこの10年とかで今ポッドキャストとかやってて、いい感じにその辺が折り合いがついてる感覚があるんだけど、
それを未だにやっぱ持ち続けてる同世代の人とか、今チャレンジしてるって人ももちろんいると思うんだけど、
やりたいこととか、将来の夢、なりたい自分みたいなことで言われるものじゃない、
なんか自分の中にある湧き上がるものとか、
自分を忘れるほど夢中になれる何かというふうに書いてあるけども、
そういうものを自分が欲してたんだなという感覚というか、
それをどう表出したらいいんだろうなっていうことに悩んでたんだなっていうことが、
こぶさんがさっき言った処方箋じゃないけど、
そういうのを言ってた時の自分が成仏する感覚みたいなのにはなったかなあ。
いやもうね、マジで成仏って感じ。本当にそう。
印象としては本当そうなんだけど。
具体的に本の中のフレーズとか、
特にこういったことが書かれてるけど、実際どうなんっていうツッコミもある。
ツッコムっていうのが心象を読む時の面白さでもあると思うので。
ちょっと批判的なスタンスを持ちつつ読む。
全然持ってもいいし、これはいいなっていうところでもいいから、
その辺もちょっと話していきたいんですけども、
こぶさんから気になるとことか。
作者の谷川さんもおっしゃってるんですけど、
この本の根幹はそれっぽい言説に振り回されずに解釈するっていうのを繰り返し伝えてますっていうのを、
しっかり文章でも書いてるんですけど、
これちょっとシャークさんと一緒に考えたくて。
まずこれがどういう意味かっていうと、
世の中に出てるいわゆる紋切り型の表現とか、
これに対してはこういう思いを持ってる人が多いみたいな、
世の正解みたいなのにみんなちょっと振り回されすぎなので、
自分の感性で自分の言葉を見つけて意見を持って生きていきましょうみたいなことだと思うんですけど、
それってめっちゃむずくないかなって現代でやるの、これどう思いますか?
まさしくむっちゃむずいと思うし、
言ってることはわかるけどっていうことかな、やっぱり。
結構この本のいいところって、それも難しいよね難しいよね、
じゃあこういう方法があるんじゃないのみたいなところまで提示してくれるから、
そこまで読むとうんうんうんと思いながらも、
でも僕たちの生活はこの本を読んだ後も、
気持ちとしてはこう、さっき言ったような成仏みたいな気持ちがあっても、
やっぱりそこから抜け出すとか、
じゃあどういうふうな行動をするのかっていうところに移っていくと思うんだけど、
その時にちょっと具体的に、具体的な自分たちの生活とか行動のあれとして、
どうせいっちゅうねん…みたいな放り出される感覚みたいなのを感じるところもあるのかなっていうふうにはすごく思うかな。
そうなんよな結構。
いろんな本読んだり、特に人文書とか思想書みたいなの読んで思うんやけど、
確かにめっちゃいいなと思うんやけど、
これ明日から仕事始まるのかどうやって組み込めばいいんかなっていうのが難くて。
でもそういうことを許される働き方をしてないとか、
自分がお金を稼ぐスキルとして、言ったら端的に話すとかさ、
こういうことを言って切り抜けるみたいな。
仕事のテクニックだったりの本とか、自分が培ってきたスキルってそういうものを求められるんだけど、
そういうの全部、ちゃうよねっていうことを言ってくれてるんだけど、
どう思いましたかって聞いた時に、
本当にその人がどう思ってたかってみんな言ってないみたいな話があって、
それをどんどん掘っていくと、
それって本当に今思ったことですか?
今まで思ってたことを言葉にしただけじゃないですか?みたいなツッコミをしていくと、
もう一段階違う言葉を言うけど、
やっぱりそれも言ったらぽいことを言ってるだけじゃないの?っていうツッコミを、
一、二回繰り返すと、やっとうーんっていうので出てくるところみたいなのが、
「衝動」というか、「なにか」みたいなものが出てくるみたいな例があったと思うんだけど。
でもそれは、一、社会で生きていく上とか、そういうところに落とし込んだ時は、
それはやっぱ許されない。
そうなのよ。
し、その3回目とか最後に出てきたものをいいねって言ってくれる人は、なかなかいないっていう話だよね。
そんな会議でさ、結論ファーストでみんな、
Aだと思います、Bだと思います、いや、Aだと思いますとか言ってる中、
いや、これはね、とかって、つらつらつらつら喋って、Dですとか言えないじゃない。
そうね。それはそれで、一つ働き方の中の一幕だから、
もちろん全部が全部、ゼロヒャクじゃないよねっていうところではあって、
自分の余暇の時間とか、これは自分が好きなものとか、
何か衝動みたいなものを見つけるための方法としてそういうことが書かれてるんだけど、
それを大事にしようと思うと、
普段からそういう考え方をしていかないと、いきなりそれができるっていうわけではないので、
そこはうまくバチバチっとスイッチを切り替えれる人じゃないと、
なかなかそういう生き方みたいな、
どういうふうに自分と対話できるのかみたいなところは、
難しいのかなっていうのは正直は思うし、
多くの人はそう感じるんじゃないのかなとは思うかな。
そうよね。資本主義と思想を両方積んどかないと、エンジンとして。
職場でもうまくやっていけないし、
こういういろいろ考えたりするときにはその資本主義的なものってそんなに必要なかったりするから。
シャークさんは今切り替えのスイッチみたいなことを言ってくれたけど、
まさにそれが必要やなって思う。
そうね。これは深く衝動についての話の本だからそれでいいんだけど、
今例えば30代とかちょっと余裕出てきたけど、
自分に何もないみたいな感覚とかで悩んでるっていう人も多分いると思っていて、
そういう人が欲しいのってそこの多分スイッチの切り替え方とかの方が多分求められてるのかなっていうのは。
いや、いいこと言うね。
思うかな。
確かにそうやな。
そうそう。だから今日タイトル出してるのもそうなんだけど、
三宅香帆さんの『なぜ働いてると本が読めなくなるのか』も多分そこに隣接してる本だと僕は思ってて、
並べて読むとすごくいい本だと思ってるんだけど、
三宅さんの本とかも言ったら最後にその「半身で働く」みたいな話があって、
それに対して、僕は「そうだよな…」としかやっぱ思われへんというか、
そこのやり方、もうちょっとそこを聞きたいんだけどっていうツッコミを多分みんな今思っていて、
そうですね。
っていうのはあるんだろうなっていうところだよね。
三宅香帆さんの本は仕事してると本が読めなくなってくけど、
対策としてはその仕事に全力投球100せずに50%ぐらいのリソース割いて、
残り50ぐらいは空けといて、それを半身って呼んでるんですけど、
その空いた50で本を読んだりとか、自分のやりたいことやって半分半分ぐらいのモチベーションとか、
力の使い方でやっていきましょうよっていう提案を最後に半身っていうのでしてくれてるんだけど、
その半身の導入の仕方はやっぱそれぞれ違うかな、それを考えるのが結構むずいよねっていうことだよね。
今回の谷川さんの本も三宅さんの本もすごく誠実だと思うし、すごくいい内容を話してるんだけど、
そういう前提をたぶんこの人たちは書いてくれたんだけど、
その上でやっぱ、「じゃあどうすんの?」みたいなことを、資本主義的な「PDCA回したい!」みたいな欲望で生きてる人からすると、
じゃあ次どうすんの?そこはないのか?みたいな感じで思っちゃうっていう。
自分がそういう資本主義的なものに喉まで使ってるんだなっていうところをすごく再確認するみたいな感覚もあるんだけどね。
それはさ、シャークさんは結構資本主義じゃないような側面も「心の砂地」とか聞いてると強いかなって思うんやけど、
シャークさんも本を読んだ時にちょっと感じたってこと。実際どうやってやればええんやみたいな。
僕が思ってるのは同じようにあの時、横にいたクラスの人とか、高校時代の人とか、実家にいる両親とか、
そういういろんな人が読んだらどう思うのかなって思うことを結構考えることが多いんだけど、
いま、俺のためにあるだけのもんじゃないって思ってる考え方をしてて。
へー、面白いね。
そういう時に結構こう、どないすりゃええねんっていう方をみんな思うんちゃうっていう。
あー、じゃあシャークさん自身はその、半身の空いた時間どういうふうに自分がやってけばいいかっていうことは、
具体的にはそんな迷わないけど。
そうそう、正直ね。僕だったらこれぐらいの比率があるなとか。
うんうんうん。
で、僕もスイッチ切り替えるっていうのはすごく得意になったのね。
だから、まあその中でこれぐらいのバランスにしていこうみたいなのが、
なるほどね。シャークさんはこの本読んでスイッチングとか自分なりにやってみようというよりは日々そういうことを考えてて、
言うても金稼がないかんし、仕事できた方がいいからその辺はちゃんとやりつつも空いた時間でポッドキャストをやったりとか、
心の砂地のリスナーさんなら皆さんご存知かと思うけど、どんだけカルチャー食らってんねんっていう日々、
そのやっていくぞっていうのをなんとなく指針として決めたら谷川さんも同じような大枠のことをおっしゃってたという。
そうそうね。だからそこをどっちかというと僕の中では強化してくれるタイプの読書だなっていう感覚があったかな。
もちろんこういう人がいるんだとか、こういう考えでもっていたら確かにやるやすいなみたいなこととか、
発見と勉強は全然あるんだけど、向きとしては同世代だし、もしかしたら同じような京都でっていうのもあるかもしれないけど、
ほんまやな。
すごくそうだねって思う感覚があったね。もっと言えば三宅さんも大学は京都だし、今は京都に住まれてるから。
もしかしたら東京ど真ん中でずっといる人とか、そうじゃないずっと地方部にいる人だとまたこの感覚が全然違うんかもしれないけども、
僕はこの「なぜ働いていると〜」も含めると、うんそうだよねっていう。だからエンパワーメントっぽい感じで受け止めてるって感じが強いのかな。
なるほどね。新しい可視観というよりは日々考えてることがちゃんと体系化されて、こういう著者の人も言ってるんだっていう納得とか知識無双じゃないけど、
よりパワーアップさせるってことね。
そうそうそうって思ってる。でもこぶさんもどっちかというとそういう感覚じゃないの?
これはマジでシャークさんの言ってることほぼ一緒なんですよね。でも分かる分かるって言って聞く人あんまいないと思うんですよ今の話。
あ〜そっか。
こう内容ずれちゃうかもなんですけど。
いいよ全然。
僕自身はちょっとフリーで仕事もしてて、割と時間がある時期が長くて。
その時になんかこうやりたいこととかいろいろやったけど、正直あんま人生かけてやりたいことねえなとか。
じゃあ自分は何が好きなんだろうっていうのを読書と散歩をしまくって、で頭の中を常にこうメモに書き出して整理して、
ほなこれがいいかなってやってみてそんな幸せじゃないなってこれやめるとかっていうのを本当に1年ぐらい繰り返したんですよ試行錯誤。
なんとなく今こういう人生送りたいなっていう固まってきたんですけど、なんかそれを多分シャークさんはそのカオス期とかを経てやったってこと?
そうねカオス期はめっちゃあったと思うな。でも自分の中のカオスは結構保ってたけどね。
社会人やりながらカオス復業みたいな。
結構荒れてた時期もあるし、酒とかも全然飲まなかったのがカオス期を経てアル中寸前まで飲んでた時期もあるし。
だからポッドゲストやりだしてからぐらいじゃん?2020ぐらいまではもう完全なカオスにいたから、回り回ってもう全部が嫌になってみたいな。それでできた感じだったかな。
確かにそのポッドゲストをシャークさんも心のすなしでやられても5年ぐらいですか?
そうですね5年。まぁ上京ボーイズも一緒ぐらい。
そうそう一緒ぐらいなんで。5年ぐらいやったらそりゃその半身が仕上がってくるかもね。
っていうのはあるね。
確かにそうかもな。
もうちょっとあれかな。中身の方の話に戻ると。他思ったこととか。
本の中身で言われてることとしては、「衝動」っていうのはいろんなとこにきっかけがあるから、いろんなもので触れて自分がどう思うかっていうのをキャッチしなさいみたいなことだと思うんですけど、東京にいるとその衝動の種多すぎないっていうのがあって。
例えば映画とかでも本当に自分が好きと思ってんのか、あの映画インフルエンサーがおもろいって言ってるから見て。
正直微妙やなと思ったけどちょっとおもろいって言ってしまうとか、自分の感性なのか文脈がわかってないだけなのか、これをおもろいって言ったら恥かくんかなみたいなのが結構あって。
それ抱えてる人はすごく多いと思う。
シャークさんはいろんな映画とかいろんなものに触れて感じやすい自分っていると思うんやけど、どうやって自分の意見とか感じ方っていうのを守ってんの?
正直ね、俺は感性鈍いっていう感覚がずっとあんのね。
感性は鈍い。
めっちゃ鈍いと思ってて、自分の話をすると中学生とかの時にバンド始めた時に、バンドやろうってなった4人で同じように大人たちに教えてもらったの。
でもダントツに俺ができなかったのね。
習得が遅かったってこと?
遅かったし、音聞いてこれってこういう気持ちになるだろって言われたらもう全然わかんなかった。
で、他の子らはすごく感が良くてすぐできる子もいるし、わかってなくても頭の中に入ってる子とかすごいいて。
で、そこで多分強烈なコンプレックスみたいなんで、俺は多分そういう何かカルチャーとかそういったものに対する基礎的な体力っていうのはないんだなっていうのが中2、3くらいの時に思ったな。
でもそっから高校3年間くらいまで同じような生活続けるんやけど、色々勉強していって、その忍耐力はあったのよ。
その鈍いけどそれがずっと嫌だなとか、なんか面白いなって言って、じゃあ次これ見てみようかな。
これさっきよりこっちの方が好きかもな、わからんな、じゃあもう一個見ようかな。
もう一個聞こうかなみたいな、そういう継続力は明らかに俺の方があったのね。
なるほどね。
そうそう。
一個のものに触れた時に、みんなが何か言えるけどシャークさんは、いや、ようわからんけどいいかもぐらいしか感じれないから、いっぱい食らって蓄積してもうちょっと喋ろうみたいな気持ちでやってたら、
すんごい食べてたみたいな。
そうそう。で、言ったらそれがずっと続いてるっていう感覚もあるし、で、その時一緒にやってた子って多分今は新しい音楽聴いてないし、
いや、そうよね。
ってなってるのね。でも、俺はその継続力はあったっていうのが多分自信があって、正直、例えば大島育宙さんが映画で紹介してます。
で、同世代で、おもろいって言ったら、じゃあ行こうかって言って、全然わからんかったなみたいな、もう頻発する。
あー、それはさ、どう落としどころをつけてんの?自分の中で。
これは、正解があって、僕の中では。
ほう、聞きたいねこれ。
感想言わんでいいと思ってんのよ。
いや、めっちゃいいこと言ったな。いや、これかもな。
だからそれは俺の経験があって、今段階ではわかれへんっていうのにしといて、他の作品とか見てるうちにだんだん、
いや、あれ良かった、そう言われてみたらあれ良かったなとか言って、だんだん順位上がってくるやつあんのよ。
で、逆にガーンってきて、だんだん順位下がってくるやつってあんのよ。
え、そのさ、上がってくのは結構イメージつくんやけど、下がってくってどういうこと?
いや、だからもうほんと言ったら、かましだけで作られてる映画ってあんのよ。
こんなことやるぜ、俺たちは、みたいな。
そうそうそう。
例えばセッションっていう映画がありますけど、面白い気するんやけど、100だったとしたらマジで0.2ぐらいになってて。
下がりすぎやろ、それ。
何が面白かったん?みたいな。
でもそれの変化自体も面白いよね。
そうそうそう。で、見直してみたら50ぐらいまで戻るときとかあんのよ。
ここは良かったよね。とか。マジでそれで良くて、この本の中でも大きい問題ってSNSで情報にまみれててみたいなところが結構でかくて、本当にそれはそうだと思うんだけど、
感想1個っていうのだと思ってる方が多分おかしいのよ。感想多分10個ぐらい言って別にいいやろっていう。
それぞれの感想が日によってちょっと違ってもいいよね。
そうそう、し、むっちゃ矛盾しててもいいし、っていうか矛盾してる方がおもろいやろっていう。
めちゃめちゃ良いこと言ってるのよ。これちょっと冒頭でも言ったんですけど、僕が好きな心の砂地のね、「風の時代、アフタースリーイヤーズ」っていう回で、
多分てらださんが言ってたと思うんですけど、《語らないというスタンスを取った方がいい》っていうのを言っててしきりに。
それはなんかちょっときな臭い言葉とか流れとかに乗らないっていうこともあるし、
シャークさんがさっき言ってくれたみたいに、言語化しちゃうと固まっちゃうんですよね。
そのセッション100おもろかったってフィルマークスにバチって書いちゃうと、やっぱおもろかったんやなっていう感想を反芻してしまうんですけど、
わからんかったら保留しといて、何かの檻に触れて考えていって、その度に出力してもいいんじゃないかってことよね。
そうそうそう。だし、政治家とかの人とかだと困るよ。「選挙の時に言ってたのに公約やってないやん」とかって、
そういうことが求められる仕事の人はいるけど、俺ら別にセッション5.0ですって言った自分と、
次の日にだって1.8ですって言ってる自分がいても、そこを何を批判されるんやって思ってて。
それはやっぱ、全員がレビュアーになってるというか、感想を言わないといけない。
SNSで「ナミビアの砂漠」面白かったって言うまでがセットになってますとか、
そこを言わないというのはめっちゃいいと思うな、スタンスとして。
だから、わからんやつは言ってない。で、ちょっとわかるかもって言った時にちょっと書いたりとか。
たぶんそれってほんま病としては、みんなその履修とかいう言葉とか。
じゃあ首かしげなから分からんかった数でもいいし、
それを抱えておく方が大事ってことですね。
そうそう。
だから今回だと衝動にはタメがあるっていう言葉があるんやけど、
俺の中でタメってそういう感じっていうか、
分かんねえの数いっぱい持ってるやつの方が強えなってすごい思ってて。
でもちょっとそこで分かんなかったなってもう切っちゃうやん。
もうほんじゃあ俺映画が分かんないのかもとか。
日本の映画じゃないとダメなのかも。
それがフランス映画だったらフランス映画分かんないのかもとか。
この出てる監督ダメなのかも。
この俳優ダメなのかも。
このシネマの感じがダメなのかもとか。
いろいろ要素があるんやけど、
全部さ、大きいやつ切っちゃうことが出ちゃうっていうのはすごいもったいないから、
抱えてもう2個目にもう1回いくっていうのがめっちゃ大事みたいな。
あーそこはやっぱ体力いるな。
そうそう、っていうのは絶対あると思って。
で、これは俺がカルチャーモンスターだから、
そこに耐える体力があるからできてる、
ちょっと強い言葉であるっていうのはすごく思う。
で、そこにまた1800円、2000円使うっていうことに、
僕はマジでなんも思ってないけど。
モンスターやな。
そうそう、そこは重いやん本当は。
重いよ。
2000円あったらすげえ、結構いいランチとか食えるし。
食べれるよね。
だからそこは、僕みたいな人間が言うすごい傲慢な言葉だなとは思ってるけど、
でも、全切りするよりそうしていったら、
すげえいいとこまでいけるんだよなーっていうのは、
やっぱ数は絶対必要だと思ってるしっていうとか。
あとでも逆に、
もう過剰に数だけになってるやつの説得力マジないっていうのもすごい思ってて。
それはさっき言ったスタンプ理論よね。
そうそう。
だから、「年間300冊読んでます」みたいなこと書いてる人とか。
逆にね。
まぁまぁまぁ偉いんやけど、
数読んでるってことは一つの信頼になるんやけど、
いやでも数じゃないけどなっていう、
数が大事だけど、そうじゃないけどなともやっぱ思っちゃうから。
そっか、じゃあわからんかったときに数かもと思って、
もう一回リトライするのは大事やけど、
じゃあ年間100本映画見てますみたいな、
その本数だけを稼ぎにいって、
なんかそのカルチャーポイント上げようみたいなスタンスはどうなんてことよね。
そうね、ある程度そのしきい値みたいなのがあって、
多分、越えたら絶対に見方とか何かわかってくると思うよね。
チャレンジしてないやつよりは全然説得力あるんだけど、
まぁ難しいとかね、その辺が。
確かにな、数の論理になってくると、
そのなんか、わからないって保持することが多分難しくなってくるよね。
そうそう。
毎回こうパンパン、はいこれ3.5、はいこれ4.1、はいこれ5、
最高でした、次々次みたいになってくと、
あれ何見たんやっけとか。
そうそう。
なりそうではある。
そう、だからどっかでめちゃめちゃ大きい数になろうとしたら、
なんかやっぱ捨てなあかんくなっちゃうから。
で、そうなると真に触れようとか、
それこそ自分の中の衝動を見つけようっていうやり方じゃなくなってくるんじゃないのかっていうところが多分あるのね。
うんうんうん。
だから深く、強さじゃなくて深さみたいなのはこの本に繰り返し出ててすごくいいなと思うんだけど、
やっぱ深いところに触れよう、触れたい。
深いところでぶっ飛ばされたっていう気持ちで向き合っていかないと絶対ダメだから。
うんうんうん。
だからそういう姿勢の問題ってめっちゃあると思うし、
何十冊とか何百冊とか数だけにしちゃうと、
そういう現象が起こりやすくはなっちゃうよなとかは思う。
なるほどな。
ただでも数は大事と思うっていう。
じゃあある程度超えなきゃいけないハードルは正直あるけど。
あると思う。
そんな捕らわれない方、むずいなでもあんばいというか、
多分それぞれの敷地があるよねこれは。
そうそうあるとは思う。
シャークさんが例えば月、わかんないですけど10本見に映画館に行くことの労力とか精神的なハードルみたいなのが、
僕にとっては月3本なのかもしれないし。
そうそうそう。月1なのかもしれないしね。
月1本で3ヶ月目に、あれそう思ったらこの3本の中だったら一番初めのやつの方がわかんなかったけど、
なんかこっちの方が好きかもみたいな。
ちょっと目は絶対出てくるんですよ人って。
だからそこの目をポンってスタンプで3.5で忘れちゃうと、
忘れるように今なってるからっていうのが本当に大きい話なんだけど、
そもそもその目が生まれないみたいなのが問題なんだろうなとは思ってるんだよね。
やっぱさ、今流行ってるものを今見て今レビューしないと、
なんか俺カルチャーレベル下がってくんじゃないかなみたいな。
そういうトレンド性もあるよね。
あるなー。で何か言わなあかんし。
なんかその…流行を追うというより過去を遡ってくみたいなスタンスをシャークさんはちょっと意識してるみたいな。
そうね。
それ面白いなと思って。
一番この本の中で、いやもうよう書いてくれだと思ったのは本当に「キルケゴールの聖書読解」っていうところで。
ちょっと単語むず。
自分を過去に同期させよっていうね。
聖書をイエスに会ったことある奴が読んでることと会ったことない奴が読んでることは一緒やと。
それはめっちゃ正しいと思うし、そういうもんになったから宗教って広まったわけやんかっていう話ができるんやけど。
1個さ、過去に遡ってみて俺あんま上手くいかんかった事例が1個あるんやけど、この2年ぐらいで僕マーベルをバーッと見て、めっちゃおもろいってなって。
で、マーベルって配信サービスのディズニープラスで見れるんで、同様にスターウォーズが入ってて、スターウォーズもやっぱすごい名作だし、なんかこのちょっとマーベルとノリが似てそうみたいなことを思って見たんですよ、全部9本とか10本ぐらい。
正直あんまりピンとこなくて。
なるほどね。
これはちょっと自分なりに過去に遡ってみたんだけど、上手くいかなくて、あんま分からんかったっていうことを配信とかでも特に言えないんで何も言ってないんですけど、これを持ったまま言ったほうがいいってことだよね。
そうそう、持ったままスターウォーズの456はダメ。でも正直スターウォーズに関してはそういう人多いと思う。
そうなんだ、俺だけじゃないんだ。
多分僕ら世代だと全然多いと思ってて、1,2,3がリアルタイムで、1,2,3がスターウォーズだと思ってて456見たときに、おー早ぇーみたいな。
あるなそれ。
そういう感覚とか全然あるんやけど、でもそっかジョージ・ルーカスのこの時期がダメなんだったらスピルバーグの同じぐらいの時期どうかなとか。
それはもう完璧にそうやって。でもスターウォーズが出たぐらいの時のバックテレフューチャー、僕2020年ぐらいに全部見たんですけど。
面白いでしょ。
めっちゃ面白くて全部。
そうそうそうなのよ。
ってことは。
だからそれは456がダメなのよ。
そうなんですか。
それは自分で言うよりは456がダメだって言っていいと思ってて俺は。
それは言ってOKなんだね。
言っていいと思って。
だからちゃんとその時代の他の作品を見て、数じゃないけど自分の中の基準を持った上で比較したから。
そうそうそう。
あーなるほどなるほど。
でもこれがまたズレていって他のSFのやつ、例えばトロンとかいろいろあると思ったら、そういうの見てったときにふとあれスターウォーズの5のあそこいいなーみたいになってくる時が生まれんのよ。
はいはいはい。
そうなったら大いにひっくり返してほしいみたいな。
なるほどなー。
じゃあそのひっくり返すのを許してほしいね。
許すし許していかないとねみんな。
一回言っちゃったことを訂正するっていうことがやっぱり形に残るし、実際にそういうことを批判されてる人とかをいっぱい見てるからSNSとかね。
きついと思うんやけど、どんどんそれは再評価し直しても全然いいと思うし、とは思うね。
自分が好きだったものがそこで好きじゃなくなるみたいなことも起きてくると思うけど、それも別に自分のせいじゃないからっていうのはあると思うなー。
なるほどなー。いいこと聞いた。
じゃあスターウォーズに関しては言っていいっていうのもあるし、とはいえその判断くださずにもうちょっと持っといて、他のわからないですけどデューン砂の惑星とかなんか見たらええんじゃないとか。
そっか、それじゃあ数を見るっていうのはシンプルな本数じゃなくて、その時代合わせるとかジャンル合わせる、監督ずらすとか、いろんなポイントでやった方がいいってこと?
そうそう、絶対あると思う。だから見ていって、僕が昔やってたのはノートとかつけていくと、この時のアメリカの感じ苦手なんかなーとか、仮説が立ってくるのよ、並べていくと。
この時のこの感じ、ヨーロッパのこっちの方の人ら苦手なんかもなーとか、見えてくるよね。だからその線にするっていうのはめっちゃ大事だというのは僕の中でありますね。
なるほど。
ヒントとして。
あーじゃあいいですね。僕、やっぱそのシャークさんのラジオとか聞いてて、なんかそれ分かんない時どうすんのかなって思ってたんですけど、それはもう一旦ホールドして他の作品とか見て、ゆっくり考えましょうってことね。ちょっとあれですね、気軽に見れるかもね、もっと映画とか。
今、演劇毎月見てるんやけど、毎週見ようとしてるんやけど、でも去年から見だして、今まあ30本ぐらい見てるんやけど、分からん。
演劇、言っていいの?そんな心の砂地でやってるシャークさんが。
喋ったりもしてるし、いいやつはいいって言ってないんやけど、基本的にその演劇の何に、なんか毎週行ってるんやけど、とりあえず。
すごいね。
演劇の何がおもろいんかってことに、何の答えも今んとこ出てないのね。でも毎回5000円ぐらいのチケット払って毎週見てるんやけど。
モンスターすぎるって。
でもこれは、そのうち分かると思ってる、投資をしてんのね。でもまだ分からへん。1年経ってもあんまり骨の髄まで好きだって言ってる人の息までついてないんだなって思う。
で、これがもしかしたら届かんとどっかで見なくなるんかもしれへんし、っていうのは分かんないけど、自分の中ではそこの、ただそこにチャレンジしてる時の自分は割と好きだし、なんか引っかかりがある感じがするから。
だから本作で言うと、やっぱこれが結構な良いタメになってんじゃないかなとかは思ってるんだけどね。