1. こじらせシアター
  2. #18 古典を学ぶ意味とは?③
2024-09-19 22:24

#18 古典を学ぶ意味とは?③

00:15
アートの片隅で、こじらせシアター。
今回も、古典を学ぶ意味とはの第3回目。
いよいよ、本題の古典を学ぶ意味とはに、テーマを求めたいと思うんですけど、どう?
なに?
なんで無音を作るんだよ。
なんで無音を作るんだよ。
いよいよ、この時間が。
別に結論じゃないんだけどね。
当然、古典を何点学ばなくてもいいやっていう人がいてもいいし、全然それを押し付けようとは思わないんだが、
なんとなく思ったのは、多くの古典を読むことで、似てる部分と時代性、普遍的な部分とその時代独特の部分というのを切り分けられて、
結果、今生きている現代的な部分とか思考とか芸術的なところを相対化できる。
これは変わんないよね。
これは人間の挙動として、好きな人と社会の間で揺れ動くみたいな挙動は変わんないよねみたいな部分と、
これは時代的に変えても大丈夫だなみたいなことを切り分けられるっていうことが、
一つ古典を学ぶ意味として明確にあるかなとは思いました。
私は今、もしも古典を一切学ばない人を妄想してみたんですよ。
学ばずに仮に物語を書く仕事についてみたとして、
その時に多分でも、突き詰めて頑張って頑張って考えていけば、
古典を学んだ人と同じクオリティのものは書けるのかもなって思ったんですよ。
ですけど、その人がもし解説とか、感想を言う立場とか、
だから本当に書く以外の仕事ですよね。公表とか。
そうする場合に、一般のパブリックに向けた表現を求められた時に、
古典を学んでおかないと、皆さんと共通認識の共通言語がなかなか使えないなって思って、
社会的に必要なことなのかなって思いました。
共通言語的な価値ね。
そりゃそうだね。
シェイクスピア、ロビオンとジルエット、読んだことないの?知らないの?ってなったら、困るよね、確かにね。
そうなんですよ。
全部自分の作品の、僕の前作のあれに例えるととか言われても、
確かに。
言うよりは、男性機に書かれたあれで例えるとっていう。
ちょっとそれでエチュードしてみたいな、今度。
え?どういうこと?
すごいちゃんと普通に勉強してきた人と、何にもしてこなかった設定の人と。
03:06
何を例え話しても、「ん?あー?」ってなるわけじゃん。
それが僕の作品の何巻目のどこのページの話ですよね?って言って、
いやいや、シェイクスピアの僕のこの話なんだよ。
って話が永久に合わないっていう。
シェイクスピアって方がもう書かれたんですか?みたいな。
そうそう。
なんかラーメンズのコントにありそうだよね。
何も知らない男と全てを知ってる男みたいな感じ。
一生懸命書いて同じクオリティ書ければ、説明はできると思うんですよ。
構造は理解してて。
だけど、個展を知ってることでショートカットキーみたいな。
早い。
共通認識がね。
確かに。
いちいち文字入力してるみたいな。
それ大事だよね。
それビジネス的に大事だわ。
そうなんですよ。
社会の中で大事だなって今思いました。
個展を学ぶって。
タイパ的に大事です。
そう、タイパ。
かなって今、個展を学ぶ意義の一つに。
逆に言うことは、キャラクターの説明とかもそういう感じで説明できると早いもんね。
そうですそうです。
例えばドラえもんがって言ったら早いのに。
イメージはジャイアンの役みたいな感じだから。
わかりました。
大暴だとかわがままだみたいなことを言葉で説明するように。
ジャイアン的なやつなんですよって言うと。
そうですそうです。
一瞬で。
それは確かに。
ジャイアンってジャイアントってことですか?
そういうことですそういうこと。
大きい。
子供たちの中でリーダー的な存在のドラえもんっていう。
ガキ大将ね。
国民的アニメに出てくるキャラクターなんですけど。
それはわかんないですけど、ジャイアンって大きくやればいいですね。
この人変えて。
別の人。
何枚もかかっちゃう。
めちゃめちゃ面白いです。
だいぶ違うから効率が。
でも俺なんか見たことあるな。
何かのタレントさんがドラマの現場で、
これこういう感じなんだよねって言って、
他のドラマの例えを出してて全然通じなかったみたいなことを見たことがあるな。
それは多分コテンじゃないんだけど、
共通言語があるって大事よね。
そうなんですよね。
なるほどね。
生活レベルに落とすとめっちゃ面白いことが、面白いことかっていうかさ、
でもなんかさ、
例えば飲食店初めて働きますみたいな人にさ、
ソーサーを手に持っておかわりするときについて、
ソーサーですか?
初めてだもんねみたいな。
ごめんなさいパンってやっちゃってましたけど、
初めてだもんねみたいな。
06:00
ソーサーっていうのはこのお皿だよって教えないといけないじゃん。
それコテンじゃん。
それはすごい大事なことで、
それをさ、演劇業界に持ってくるとさ、
お前シェイクスピアも知らないのかって演出家が言ってきたりするとさ、
何が悪いんだよみたいな。
初め立てたよこっちはみたいな。
気持ちにもなるよね。
若い子にとっては。
まあ当然それは全てを知ってるわけじゃないんだから。
知識さは出るけど。
確かにだから、
知っといたほうがやっぱり生きるためにすごくいいよね。
いろんな人と会話をするために。
だけどそれを知らないからといってさ、
どうのこうのすることでもないし。
本当に現場によっても全然必要性が変わってくるなって思います。
勉強しなければならないってわけじゃないが、
勉強すべきだって感じ。
しといたほうが。
しといたほうがいい。
マストじゃないんだが、
守るって感じ。
すべきって感じ。
マストだと個人的には思うんだけどね。
うーん。
特に俳優とか劇作家とか、
社会とすごい強い結びつきをしている職業は、
めちゃめちゃ大事だと思うんですけど、
逆に医療は、看護で働いてた時に、
ナイチンゲールの歴史が、
現代医療というかね、
現代の病棟で働く上で、
大事だったかって言われると、
そうでもない。
医療の常識どんどん変わってはいくけど、
変わらないナイチンゲールがやってきたことがあるから、
知ってると面白いぐらいなんです。
でも知らなくても、
何も困らないと思います。
やっぱり知識はね、
それに価値があるんじゃなくて、
それで支えられて、
その上に成り立つものがあるから、
下支えとして価値があるって感じするしね。
うんうんうん。
あとやっぱり前々回かな、
ジェシカさんが言った、
現代の新作を、
何か勉強になるものないかな、
って探すよりは、
古典はすべからく名作なんだから、
まずそれを勉強しろっていうのは、
その勉強の仕方の方向性として、
一つの指針として、
ありだなと思う。
うんうんうん。
名作と呼ばれるものを、
全部というか、
片っ端からっていうのは、
非常に勉強の方向性としていいよねっていう。
うんうんうん。
例えば映画を見て、
勉強したいと思いますって言った時に、
何から見れば勉強になりますかって聞かれると、
困るじゃないですか。
うんうんうん。
今流行っているものを、
あれしたらいいのかって。
僕はアカデミー賞、
受賞作を片っ端から見たらいいんじゃないっていうのは、
一つ答えとしてあるんで。
うんうんうん。
やっぱり名作を見といて損はないでしょうっていうのはね。
うんうんうん。
あと古典は、
時間があるじゃないですか。
それまでに目を通している人の数が
09:00
圧倒的に違うから、
他の人の視点を集めやすいから、
なるほどね。
見方もとても分かるというか。
そうよね。
それこそ何回も出てきて、
あれだけどシェイクスピアをさ、
あの手この手でみんな色んなことやってるわけじゃん。
はい。
それを見るの面白いよね。
勉強になる。
こうやって演劇って見るんだっていう、
見方が本当に難易度別でもたくさんあるから。
はいはいはいはい。
それも大きいね。
そういう意味だね。
とても良い教材に。
1個の食材をみんなどうやって料理してるかっていうのを、
学べるよね。
そうですね、本当に。
確かに確かに。
それは、
その中心部分がブレないから、
理解度が圧倒的に早いもんね。
早いと思いますし、深いですし。
そっかそっか。
それはあるね。
やっぱりね、
1つの動画のYouTubeのコメント欄しかないという作品よりは、
いろんな有識者たちが、
いろんな時代の人が見てきた言葉が残ってる。
それはすごく良い資料ですよね。
そうだね。
当然その文章、
文章的にも残ってるし、
映像で残ってる場合も多いから、
確かにそれを中心に、
演劇の見方を考えるっていうことは、
1つ大きな特徴としてあるよね、
古典の。
うん。
持っている意味合いとして。
そうですね。
そのユキさんみたいに研修所で学ぶことも多いから、
うんうん。
考え方が基本になりやすいってことだと思うんですよね。
うんうんうんうん。
どう?
ははは。
どう?
別に論破しようというわけじゃないんだけど、
古典を学べって、
学んだ方がいいって言いたいわけじゃないんだけど、
うん。
やっぱり損はない。
うん。
損はないでやなぁって感じがして。
そうですね、古典の良さ。
で、調べだすと、
また俺みたいに、
もう途方もなく出てくるかな、作品が。
ははは。
また読むの大変なんだ、原本じゃなくて。
そうなんですね。
昔の口語帯っていうかさ、
口語で書いてあるのもさ、
読むと、あん?ってなるから大変なんだけど、
うんうんうんうん。
でも映像で見たらね、
やっぱりわかりやすいなと思うし、
古典だから映像になっていることも多いし、
そういうのはすごく。
ミュージカル多いよね、やっぱり、
そういう古典をリバイブ、
今もレントやってるけど、
とかって、
当然時代性とかさ、
うまく変えながらやってて、
意外とそういうのって、
アメリカとかヨーロッパって、
大事にして残すもんなぁと思いながら。
うーん。
そうなんだよなぁ。
ツッコミどころいっぱいあるよね、
と思いながら。
オペラとか見てると思うんだけど、
そういう意味。
そこどうやって入ったんやね、
みたいな展開とかあるんだけど、
うーん。
でもやっぱり、
12:00
そこじゃないんですよね、
みたいな強引さとかもあるよね、
と思いながら。
考えられてるし、
そうね、
一つの作品でいろんな表現の仕方されてる
っていうのはすごく大きい。
うーん。
確かに確かに。
どうですか、結城さん。
僕は、
今おじいちゃんのこと考えてたんですけど、
なぜ?
グランパ。
あー、聞かせてください。
昨日までおじいちゃんといたんだけど、
はいはい。
おじいちゃんと最後めっちゃ話してて、
はいはい。
で、古典っていうか、
古い言い伝え的な話ですけども、
これは。
おもしろい。
やっぱおじいちゃんが、
俺と喋ってた方が、
おもしろくなるぞというかさ、
わかることが多いぞと言われて、
話を聞いてるとさ、
親の意見と、
ナス火の花に
無駄はないっていうことわざがあるらしいんだけど、
へー。
これ何かっていうと、
親は、
ナスの花って、
ナスって花が咲いた分だけ、
ナスがなるんだって。
へー。
それと同じように親の意見も、
親のことを思って言ってるから、
無駄はないんだぞっていうことわざなんだって。
あ、へー。
ちょっと素敵ですね。
素敵でしょ。
だから、
勇気に対して、
お父さんお母さん言ってることっていうのは、
お前のことを思ってるんだから、
みたいな話なんだけどさ、
それはさ、
古くから言われてるわけじゃん、
そういう、
いい、
人間の、
素敵な幸せな人生を送れるよ、
みたいなさ、
そういうのの連なりが、
芸術にもやっぱあるなと思うから、
なんかその時に、
そういう話を聞いてる時に、
おじいちゃんがさ、
10夜の鐘の話もしてきたんだけど、
10夜の鐘って何だか分かるかとか言って、
え、金つくやつでしょ、
何回鳴らすとかさ、
108回でしょ、108って何だって言われて、
煩悩の数でしょ、煩悩、
その数字どっから出てきたって言われて、
祝八九って言葉あるだろ、
うん、あるっつって、
祝三十六、八九七十二、
足したら、
一百八十、
おー、みたいな、
あの10夜の鐘っていうのは、
みんなでついて、
その一年良かったから来年も良くなるように、
祝八九しないようにってつくんだよ、
だから誰かのためにつくんだよ、
みたいな話になって、
おー、みたいになって、
俺、自分の煩悩を消すために
鳴らすんだと思ってたわ、
つったら、そんなんじゃダメだ、
お前は、みたいな、
じいちゃん演劇やったことないのに、
演技も、だから、
自分のためにやっちゃダメなんだ、
15:00
相手のためにやらないと、
それをやってるとこを見た人が
お前のことを認めてくれるとか言われて、
え、俺言われたことあんだけど、
それみたいなさ、
おじいちゃん、
だから何か言いたいかっていうと、
古典に詰まってるものは、
結局全ての人間の生活に
おじいちゃんが演劇のことを語って、
それ全く持って、
刺さってるわけだから、俺に。
そうなのね。
すごくない?
普遍的ってことよね。
言葉に詰まってる、
内包されてるものが。
うんうんうん。
っていうことを今考えてました。
古典をやる意味というところで。
先人の言葉を聞くみたいなことに近いのかもね、
行動としては。
だから先生たちに言われるより、
おじいちゃんに言われた方が僕、
今、刺さってるんですよね。
まあちょっとね、意外性もあるし、
ちょっとそれはね、
いいですね。
なんか居酒屋で、
隣に座ってる常連の
おっちゃんの言葉が
刺さっちゃうみたいなやつね。
自慢ですよね。
芸術もそうだし、
人間の生活もそうだし、
やっぱりスポーツも多分全部そう。
大谷匡君も、
栗山監督に言われて、
人間として良くなれって言ったら、
あんだけバカ使ってるから、
からっていうのは違うんだけど、
でも、何をやっても、
人としてまず、
大きくなるためには、
大きくなることがいいことだから、
古典を並ぶって、
そういうこと!
うーん。
今、手の動きで強引さを表してるけど。
何も使いません。
これはテキスト番組なので、
使わないんですよね、結城さん。
言葉が抜けなくて。
でも、あれはね、
人のアドバイスを聞くスタンスは必要かもね。
あー、古典を学ぶって、
それに近いのか。
そうな気がする。
どれどれを教えてくれるのか、
みたいなスタンスじゃ入ってこない。
そういうスタンスは、
どこでもダメだけど。
そうですね。
でも、古典を学ぼうとした時点では、
そういうスタンスになってると思うけどね。
うーん。
でも、古典なんか知らなくていいやっていう人は、
別にそれが悪いとは言わないが、
あんまり人のアドバイスを聞くスタンスとは思えないな、
という感じがしますね。
少なくとも、
アウトプットで、
こう、
得られるものを自分で制限してるから。
うーん。
その、
アウトプットじゃない、インプット。
インプットする量を制限してるから、
そのインプット量で負けそうな気はするけどね。
うーん。
そういうことです。スタンスの人は。
そうですね。間違いなく、
やっぱり現代のものだけだと、
質がね。
自分の感性を信じて、みたいなことって、
どの方面でもあると思うんだけど。
うーん。
18:00
いや、一人じゃ無理じゃない。
うーん。
一人、ね。
じゃあ、大谷選手がどんなに才能があったって、
どんなに一人で努力したって、
あそこまで行けないわけじゃない?
うーん。
いろんな人からいろんなことを言われて、
それを自分で考えてやってるからっていうことは、
あると思うし。
うーん。
そうね。そのインプットの窓口の広げ方として、
一つ、
古典を学ぶっていうところを開いておくのは、
決して悪いことではないなっていう。
うーん。あと今思ったのは、
古典学ばないと思ってても、絶対入ってきてる。
そうだね。
そうだね。
ちょっと上野先輩のバンドがかっこいいと思ってたら、
その先輩はバチバチに影響を受けてるかもしれないから。
うーん。
そうですね。
だってそのルーツがあるもんね。
ありますね。
抗えませんね。古典からは。
抗えませんね。
古畑忍者プロを見て、その後、
ケージ・コロンボを見て、
ああ、似てる!ってなって、
いやいやいや、ルーツがさ、そっちにあるんだから。
そりゃそうだよ、みたいなことになってるけど、
それをさ、やっぱり知れれば、
ああ、なるほどってなって、
じゃあ、ケージ・コロンボも、
面白いなってなる。
うーん。
と、あれもお芝居上手いからね。
お芝居も、声優さんの演技もすごい面白いし、
とか、
間口が広がってって、
やっぱり得るものが増えたほうが楽しいと思うんだけどね。
うーん。
うーん。
漠然と学ぶ姿勢よりは、
次これ見てみようとか、
次これ、
この作品の、この監督の見てみよう、
この演出家の違う作品見てみようとか、
どんどん、
俺が調べて、
漠然としたように、
いくらでも広がってるから、海が。
うふふふ。
そうそう。
それは楽しいよなあ。
新しいものを作ろうと思ったら、
古いものから手伸ばす、
何したらいいかわかんないんだったら、
古いものから手伸ばしたら、
いいんじゃないっていう。
ああ、そうね、迷ったら古典見れば、
っていうことはちょっとあるよね。
うんうんうんうん。
古典みたいなことは一つ、
名作の塊として古典があるっていうのは、
そんな感じですかね。
はい。
はい。
古典は、
何がおかしいの?
言いたいことを。
まとめて。
いいよいいよ。
まとめ終わった後。
あ、まとめ終わった後。
そうするんじゃ。
まとめてもらって。
ここカットしなきゃいけないじゃないか。
カットらしで。
まあでも、
僕らは基本的には古典を学んだほうがいいと、
ぜひ学んで、
我々もね、
本当再現力を勉強していく、
学んでいく必要があると思ってますからね、
各子が。
僕のじいちゃん87歳も、
生きるとはずっと学ぶことだ。
俺も未だに学んでるって言ってましたが。
21:01
素晴らしいね、おじいちゃん。
すごいね。
おじいちゃんほんといいね。
マジでかっこいい。
そういうのも学んでいきたいですよね。
そういう姿勢は、
ほんとに見習いたいね。
うーん。
そういうわけで一番、
面白い日本の古典作品は、
桃太郎。
はい。
決まりましたね。
やったね。
やっぱり桃太郎。
今回もコジラセシアターを聞きいただき、
ありがとうございます。
番組の感想は、
コジラセシアター。
コジラセはひらがな、
シアターはカタカナでXにポストしてください。
出演者の励みになります。
コジラセシアターは毎週木曜日更新要請です。
来週もぜひお聴きください。
来週じゃねえや、
次回のテーマって結城さん担当だけど決まったりする?
はいはいはい。
決まっておりませんね。
OK。
じゃあ、来週、次回のお楽しみということで。
そうですね。
それではぜひ次回もお聴きください。
それではありがとうございました。
ありがとうございました。
困ったら桃太郎を読めよ。
22:24

コメント

スクロール