1. こじらせシアター
  2. #30 客観性について②
2024-12-12 22:28

#30 客観性について②

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アートの片隅で、こじらせシアター。
はい、今回のテーマは、客観性について③、です。
今回は、佐藤優樹さんから始めていただきたいと思います。お願いします。
客観性、演技の客観性ってことですよね。
そうですね。社会とか、そういったことでも使われる言葉なので、
そっちに含んでいただいても全然OK。
客観性ってすごい大事だなって思うんですけども、
普段生きてる、俳優っていう職業を同外視して生きてる時に、
客観性を持つことは大事だけど、客観性を持ちすぎてるっていうことが、
すごく自分を苦しめてるなって思うこともあって。
これがいいんじゃないかみたいな、良かれと思ってみたいな雰囲気もあったりするじゃないですか。
その塩梅がすごく難しい、生きてると。それは全体、演技関わらず。
そこに対して、客観性と主体性を同時に持ってるのが俳優っていう職業。
主体的に生きていいよっていう職業でもあるし、
自分がやりたいことをやらないと何かが進まなかったりするし、
だけどお客さんっていう第三者がいるってことを自分でも分かってないといけないからっていう。
そうか、客観性の反対は主体性か。
そうですね。
言い方によってはね、自分勝手みたいなのとか出てくるのかもしれないけど、
主観と主体性は僕は一緒かなと思ってるから。
主観性はなんか自分の考えだけ、難しいね。
難しいね。それは言葉の捉え方の違いだけだもんな。
言葉としては客体性もあるもんね。
客体性。どういう意味ですか。
客体性は行為の対象になるものっていう言葉の意味としてはあるんだけど。
客体化。主体と客体の言葉として。
対象化とも呼ばれる。
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だから攻撃の対象になるみたいなことの意味かもしれないね。
近いかもしれない。
相手とかそういうことなんだろうから。
今の結城さんの言葉を聞いてて、
空気読むってことも客観性なの?
客観性を大事にしようというムーブメントじゃないですか。空気を読んで。
ほんとそうですね。見え方ですもんね。周りからの。
そういう時って、すごい俺客観性があるとか、
すごい空気読んで客観性に優れてるねというふうに言われないわけじゃない。
そこはちょっと違いそうな気がするけどね。
そうなんですよ。
ジェシカのそれを聞いて何を思ったか聞きたいです。
そうなんだよな。客観性って今難しいなと思って。
私も客観性の反対は視観性だなってとこは考えて、
空気読みすぎちゃうみたいな話も客観性って聞いた時に思いついて、
わかるわかるって思ったんですけど、
客観性っていう言葉には中立的な立場、中立みたいな意味が込められてて、
だけど空気読みすぎちゃうってなると偏りがあるじゃないですか。
だから客観性って言葉がしっくり来ないのかなみたいな。
あくまで偏ってない人なんだよな客観性。
だから第三者の目線以外の多角的な目線が必要で客観性でいるためには。
空気を読むっていう状態って、その場の空気を読んだ状態って多分客観全体を俯瞰してはいるんだが、
その主体が客観視してる個人ではなく、
その組織というかその空気が主体になってるよね。
その場の全体の流れが主体になっているよね。
ある個人とかその組織全体の流れを把握して、
いやこれはこっちいい流れじゃないとか、
この流れは良いからそのまま行こうとかいうことをせずに、
ただその流れを壊さないようにするっていう行動だけだから、
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そこに判断とか行動が入っていない、全く主体的ではない状態だと思うんですよ。
あくまで主体はその本人であるべきですよね、その行動の。
だからそれは客観的に、俯瞰はしているんだけども、
能動的ではないっていうことか。
俯瞰して見てる視点が偏ってますよね、多分。
誰かに忖度した、偏った視点。
この場合には全体に忖度してる、全体の雰囲気に忖度してるってだけだもんね。
客観性を持つためにはまず主体があって、
その中で客観性がなきゃいけないというのはすごくわかるんですけども、
日本人の、これ人種みたいな感じの言い方するけど、
結局客観性を持ちながら生きてるのも日本人だと僕は思うんですね。
逆に言うと。
誰かからどう見られてるかっていうのをすごい考えるように歴史的に生きてきてるから、日本人は。
私はこう見られてるんじゃないかっていう生き方をしてるように僕は思うから。
それが生きすぎな、主体のない客観性っていうか、客観性っていう言葉じゃないのかもしれないんですけども。
だから演技の話に突然入りますけど、
僕はすごく演技をするときに、今大事にしているのは客観性、客観性というか自分のことを客観視した上で、
お客さんに対してはこう見られるように僕は自分のキャラクターを作りたいと思って作ったものを演出家に提出する。
けど、演出家がお客さんからはこう見られると思うよってなるのがダメだし、ノートっていうものだと思うから、
客観視をするっていうことのすべての責任を僕は演出家に預けてる。
あ、そう見えるんだったらそうします。こう見えましたか?とかっていう聞き方する人もいますけど。
私はこういうつもりでやってたけど、こう見えましたか?そう見えましたか?みたいな聞き方する人もいるけど。
自分の客観視の価値観と、演出家が持っているお客さんに見せたいものとかの価値観は全然違うから。
だから自分は客観視してるっていう脳みそをしなきゃいけないとかっていう脳みそを全て捨てたんです。逆に言うと。
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うんうんうん。
そこに対して捨てるつもりになってる可能性があるという判断で。
うん。いや、すごいわ。
すごいな。
今ね、私それが捨てれなくて困ってるのよ。
主観が強いってこと?
いや、逆です。客観が強いんですよ。
あー、なるほどね。
はい。演出家さんに全部任せてってことですよ。
でも癖で、もう本当にやっぱり視点が、もうこれもう近視、遠視みたいなもんなんですよ。
うんうん。
近く見るの得意か、遠く見るの得意かみたいな。
ずっと私、ACOの眼鏡かけてて、ずっと舞台全体見てることしてたから、ずっと舞台全体見ちゃうんですよ。台本とかも。
それでもう、ゆうきさんが最初の方に言ってましたけど、近くの目線、つまりキャラクターだけの目線っていうのが、もうね、弱くて弱くて薄っぺらくて。
多分それはあれだよね。行き来するスピードとか、技術的な問題もあるよね。
技術だと思います。
主体性とか視観とかと客観性を行き来する。
あー。
瞬時に行き来する。
瞬時は難しいけれど、演者、俳優側はやっぱり視観が強かったりするので、視観というか役の気持ちが強いっていうことを、やっぱりそこが1になってくるんで、客観性を持つには映像とかの何かしら要素とかアイテムが必要になってくる。
やっぱり自分の声って自分でわかんないじゃないですか。
うんうん。
自分の発してる声。
聞こえ方。
それは、そういう物理的な、自分の背中を自分の目で見ることはどうやったってできないんで。
その部分、テクニカル的な部分も含めて、やっぱり何かしら、誰かしらを使って客観視をするステップみたいなことは必要だとは思うんですよね。
だからそれを行き来する方法とかを、自分なりの方法とか感覚みたいなことを構築すると、多分早くできるんでしょうね。
シーナリンゴさんが、ご自身のライブでいろいろ被り物をしたりとか、いろんな演出を自分で考えて、自分で演出して作るんですけど、他の人が大変じゃないですかって聞いたんだけど、
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やっぱり自分で演出して、俯瞰して、監督の立場で見てるから、自分がステージに立ったら監督がそう言ってるからそうやるしかないんだって。
どんな大変なことでも分かりました。やりますって言って、やるだけなんですよねって言ってて。
やっぱりそれもきちんと、ディレクターとパフォーマーが自分の中で分割されていて、それをうまく使ってるって感じがしますね。
すごいな、行き来してるな、めちゃめちゃ。
僕はだから瞬間的にはできないですね。客観。
今やった舞台、今やった稽古のシーンをパッと客観視できるかっていうと、それは結構時間がかかったり、アイテムが必要だったりしますもんね。
なんとなく想像というか、こう動いてるだろうっていうのは考えながら意識しながらやってるけど、詳細まではやっぱり見えないから。
それは見てもらったり、撮ってもらったりしなきゃダメだなって感じがある。
なんかやっぱり結城さんの言ってる、主体性が先にないと客観性って意味ないんだなっていうのが分かりました。
あともう一つ僕あって、今僕の話した流れで言うと、最初に客観性が人間というか日本人はこういう感じですよねみたいなところから話したじゃないですか。
演技ってみると、僕は客観性は全部任せてる演出にっていう話があるじゃないですか。
最終的に僕が、それがダメっていう現場もあるんですけど、
本番に持ってきた時にお客さんに見せて、お客さんのために僕はやってるから。
お客さんに見せた結果、お客さんの反応としてどっちに触れるかで全部また変えていくんです。
客観性って客のためだから、お客さんの見る目線って意味だから。
それが特にお笑いとか、お笑いというかコメディーとかだったら、アドリブ絶対禁止って言われない限りはめちゃくちゃアドリブ入れる。
お客さんがこれが楽しいんだなって思ったら、その瞬間に僕は僕のやりたいこともやるし、
お客さんもこれを求めてるなっていうのを一瞬に察知するっていう客観性というか、そこはもう繋がってるっていう。
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それはお客さんの目線というか、お客さんの感情まで含めた視点ですね、それを感じるっていうのは。
だから演劇ってやっぱライブだから、ライブだなっていう。一緒に最後は作って終わりたいっていう気持ちですね。
うーん、なるほど。今なんか面白いなって思ったのは、そのお客さんの反応でこうした方がいいかなっていう視点はめっちゃ客観性だと思うんですけど、
じゃあこうやってやるよって言って、演出家の糸振り切ってやるのは主体的だなって思って。
だからすごい生き生きしたんじゃないんですか、今。どうなんだろうな。それでまたちょっと違うけど、言葉のあやっ的なとこもあるけど。
演出家によってはそういうの嫌いな人もいるから、そこはまず事前のコミュニケーションで解消するのかしないのかって感じだし、っていう感じですね。
それはだからあれですよね、いわゆる物理的などう見えるか、見えてるかみたいな部分から一歩進んで、
お客様がどう感じるか、感じているかみたいなことのフィードバックというか、その辺りも捉えた客観性って感じですよね。
客観性、客観的に見た上で勇気を持って、お客様を他の側に作っていくっていうことだね。
見た目だけじゃなくて、料理で言えば見た目だけじゃなくて、味にもお客さんがどう感じるかみたいなところを含めた客観性みたいな感じよね。
そうですね。料理で言う、お店で出してる料理で言うと、常連さんはこういう味付けが好みだなっていうのを瞬時に何時間かで捉えるみたいなことです。
今日のお客さんはこの味が好みだなみたいな。
僕今日、学校公演をしてきたんですね。
はいはい。
中学生に本番を見せてきたんですけど。
素晴らしい。
その前の週、今日より前の週は小学生に見せたんですよ。
だから絶対反応が近くなる気がするじゃないですか、中学生と。
だから案の定一番最初のシーンとか、小学生がゲラゲラゲラゲラ笑ってるのに、中学生は真面目に見てるみたいな状態が生まれて。
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じゃあこいつらをどうやって笑かそうかなみたいな風になってて。
本の中でそこのジャブみたいなところがいっぱいあるから、このジャブを打ってどうなのかみたいな反応を見て、これで笑わないんだったらそれをやめようかなみたいな。
これで笑うんだったらそれジャブを打ち続けようかなみたいなのを今日やってきて。
へー、なるほど。
っていう、本当に今日新鮮なこれはネタなんですね。
一つサービス業なんかでよく使われる、サービス業で一番大事なことはお客様の立場になって考えることみたいな言葉があるんですけど。
だからそれに近いですよね。
結城さんのステップ、その表現の割と最終段階みたいなところにあると思う感じですよね。
そうですね。
そう、やっぱり最終的にはお客さんがどう感じるかっていうことに集約されていくわけだからね。
でもすごいですね、学校公演ってたぶん1回、先週は小学校ですけど、そんなに数ないじゃないですか。
頻回にやるわけじゃないじゃないですか。
それでもやっぱ、慣れない年齢層のお客さんに対しても、公演が始まって、あ、受けが悪いなみたいな。
多分ね、初舞台だったらもう全然気づかないと思うんですよ。
芸人さんみたいだよね。いわゆる大道芸人に近い感性ですよね。
うんうん。すごい。だから、役者さんとしての技術の高さを今、変わったなと思って。
すごいですね。
芸人だなって思っちゃいますね。
これはね、非常に難しいですよね。俳優とその大道芸は結構表現方法が相反するところがあるから。
うん。
あの、まあ、やっぱり結城さんがやられてた感じで言うと、いわゆる落語家さんなんか講座だと演目が決まってないじゃないですか。話す。
うんうん。
で、鳥の人はお客さんの反応を見たり、前の人の演目と被らないようにして、客席のお客さんの脚装とか、男女差とか、男女比率が違うとかを全部考慮した上で、
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一番最後に演目を決めて出るっていうことをやられるので、もう本当にその場、その日集まったお客様を最後どう満足して帰っていただくかみたいなことをね、やってるのを見ると、
当然ね、その話の中身も変えたりされるんだろうから、それを踏まえると、すげえ技術だなと思いますね。
うーん。
俺苦手なんだよね。
うーん。
ありがとうございます。
じゃあ、結城さんの芸人魂に火が付いたところで、これで終わりたいと思います。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
ご視聴ありがとうございました。
すごいなぁと素直に思っちゃうんだよね。
すごい。
すごいです。
ありがとうございます。
じゃあ、ゆうきさんの芸人魂に火がついたところで、今回こんな感じですかね。
はい。
次はジェシカさんがオープニングを話していただきます。
はーい。
では、ありがとうございました。
ありがとうございました。
バイバイ。
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