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2025-12-30 26:07

#11 「おじさんとポッドキャスト」/ Guest:室越龍之介さん(後編)

「おじさん」って何/序列社会で居場所を失ったおじさんたちへ/ポッドキャストに価値はあるのか?/たどり着いた答えとは

▼ 出演

Guest:
室越龍之介 | muro

小宮京 | KOMIYAMIYAKO
takamura

Host:
tsukanoma

▼ 収録場所

雑談|Podcast Studio
東京都新宿区北新宿4-35-3 1F

▼ 参考リンク

Spotify#27 いま、改めて「自由」を考え直す意味(柿埜真吾さん編①)

Spotify#16|SESSION「社会はきっと変わってく。ジェンダーについて話し合おう」by 斎藤 & 高村 & 坂口 & SHI…

Spotify#057 「おじさん」について考えよう

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※この配信の内容は個人的な見解です

サマリー

ポッドキャストの制作コミュニティや樋口清則さんとの関係性が紹介され、ポッドキャストが持つ自由な価値観について語られています。また、ホモソーシャルの概念を通じて、おじさんの社会的な位置づけに関する深い議論が展開されています。ポッドキャストは孤独なおじさんが仲間を集める場として機能しており、自分を発信することでコミュニティを形成する可能性があるとされています。さらに、ポッドキャストはアーカイブとして残ることで、世代を超えた価値を提供し、人々の考えを共有する新しい手段としての魅力があります。ポッドキャストでは、個々の価値や人間らしさを大切にし、おじさんたちの多様なストーリーを共有することの重要性が語られています。また、AIの進化に伴いナレッジの価値が薄れてきた中で、個人の体験や感情に基づく話の魅力が強調されています。

ポッドキャスト制作の背景
では後編を始めたいと思います。
後編はですね、前編でいろいろ説明を省略してしまったなと思っていて、
いろんな関係性をですね、ちょっと最初に話をすると、
僕と室さんは、コテンラジオもやっている樋口清則さんが、
塾長を務めるポッドキャスト制作コミュニティ、樋口塾に所属しているという関係であるというところがありますね。
どれくらい大きい塾なんですか?
僕、実は今もうサーバーにいないんですよ。
おっつ。
きっかけ?
元樋口塾ツアーです。
そこの界隈の中であってたんですか?その樋口塾。
どれくらいの規模のコミュニティで、どういう関係性で、
同じ空間にいましたぐらいの話か。
100人を超えるようなメンバーがディスコードにはいるけれど、
たまにポッドキャストウィーケンドーとかそういうイベントのときにみんながーって集まったりとか、
結構海外に住んでいる人も多いので、海外に住んでいる人が日本に来たときにみんながーって集まるとか、
そういうことでやってて、
でも室さんと初めて会ったのは、2,3年前のポッドキャストウィーケンドーで、
イベントが初めてなの?
来られてたときに。
ポッドキャストウィーケンドーってすごいイベントですね。
いいイベントですね、あれは。
で、なんで、私と室さんは樋口清則さんを、
熟聴というか、
やっぱりひとりがたりのポッドキャストとかっていうのは、
やっぱり樋口さんがやってた樋口清則の世界とか、
そういうポッドキャストっていうので、
結構その良さっていうのは、結構感じたところありますよね。
あります。
今の沈黙。
一言じゃ語れないぐらい多分ね。
僕は樋口清則の世界めちゃくちゃ大好きなんですけど、
ホモソーシャルの概念
樋口さんが樋口清則の世界で、
誰でもポッドキャストやったらいいと、
それに意味があるって言うから、
意味なんかねえよと思って始めました。
すごい。
ここまでの話が結構ひっくり返ってる。
でもなんかそれもわかる。
最近ちょっと資本主義とか数の暴力みたいなのに、
ポッドキャストさらさら始めてるなって思うけど、
その資本主義的な価値とか、
意味とかから離れたところで、
ヒエラルキー的な価値、
階層的な価値から離れたところで、
自由に勝手にやればいいじゃんみたいなところが、
ポッドキャストの良さみたいなのは感じてる。
黎明期の良さみたいな。
そう。
自立分散的なつながりが生まれてるかなとは思います。
あとですね、室野さんと小宮さんは、
かつて、スコープ。
資本主義の未来編。
そこで初めましてっていう感じだったんですよね。
あれもいろいろあって、偶然というとあれですけど。
めちゃくちゃでしたよね。
すごかったんですよね。
野村さんがMCをされていて、
お休み期間が入るので、
代打でその期間は私が出させてもらって。
古典の深井龍之介も喋ってたのが、
深井さんも代打になって。
代打だけでやった。
誰もいない。
代打だけでやるっていう。
あの時のゲストの方はどうだったんだろうって思いました。
あれ何の番組だろうって。
テセウスの船みたいな。
全部変わってもらえるのがアスコープなんだろうって。
なんだかわからない。
でもすごく面白い思い出で。
小宮さんのおかげでどうにかなりました。
こちらこそありがとうございます。
その後も一回室さんが東京にいらした時に一回お会いして、
いろいろ仕事の相談に乗っていただいたのが、
大変お世話になって。
これが来て嬉しかったです。
という繋がりもありつつ、
あと高村さん、
さっき最初にも話したようにフロム雑談で、
僕と一緒に出た時に、
滝波ゆかりさんが、
高村さんが話した内容に対して、
Xの方でポストしていただいて、
それで高村さんがめちゃくちゃ喜んで。
嬉しかったです。
滝波さんもファンなんですよ。
ツー恋愛がしたい。大好き。
それでポッドキャストに興味を持ったのも、
それがきっかけだったりとか。
あれきっかけですか。
特命で自分の番組を始めたりして。
てっきり、
滝波さんと同じぐらいの感じで、
ずっといるのかと思って。
初めてポッドキャストを収録したぐらいのレベル感。
収録スタジオじゃないところで、
いっぱい飲んでたら、
渋さんがやってきて、
話をしてたら、
高村さんがいっぱい話をしてて、
収録しましょうって感じで。
いいノリでした。
酔っ払ったノリで収録しました。
いいですね。
室さんも僕の大好きな
どうせ死ぬ3人っていう
ポッドキャスト番組で。
もう終わっちゃった番組なんですけど。
終わったんですか。
休止中じゃなかったですか。
終わってましたね。
終了宣言は一度出てると思うんですけど。
出てましたね。
このどうせ死ぬ3人で、
伝説のおじさん回ですかね。
おじさんね。
おじさんに関して室さんが、
フェミニズム界隈では
おじさんはこう捉えられてるっていう話をして、
めちゃくちゃ解像度が高くて、
それに対してまた竹並さんが、
Xの方でポンとして、
かなりバズっていたというところもあって、
なので、
僕個人的には、
この室さんと高村さんと、
フェミニズムというか、
その界隈だったりとかっていう話ができたら面白いなと、
昔から思ってたのが、
今日実現できてるっていうのが、
今日という感じなんですけど。
このおじさんっていうのは、
私まだちょっと分かってないんで、
すごいざっくり、
このくだりを知りたいんですけど。
なんて言えばいいかな。
ようやくするには難しいかもしれませんが。
ホモソーシャルという概念があって、
それは同質性の高い人々で、
作られた社会なんですけれども、
このフェミニズム的な文脈のホモソーシャルというのは、
男性優位主義的な社会の中で、
男性同士のヒエラルキー構造というか、
序列を求めるような、
やりとりの中で起きているような、
そういうふうな社会というのが、
まずあるよねっていう話があって、
そのホモソーシャルの中で、
女性っていうのは、
特定の役割を振り分けられていて、
序列競争に参加できないようにやっていますよ、
という議論があって、
話の始めが、
社会の中で裏ぶれている、
おじさんかわいいよねみたいな話だったんですけど、
かわいいのはかわいいかもしれないんだけど、
おじさんというのが、
ホモソーシャルを通してどういうふうに、
見られているかというのはあるよね、
という話をしたという回です。
おじさんって、
辞書的なおじさんだと、
一定以上の年齢の男性のことを指すだけの言葉だと思うんですけど、
たぶんここで言うおじさんって、
カギカッコつきのおじさんで、
ちょっとネガティブなニュアンスを含むおじさんだと思うんですけど、
その前提を言わないで話しちゃうと、
見惚れ以上の男性はみんな、
よくないみたいな話になっちゃう気がするから、
そこは注釈をしておきたいなという感じですね。
孤独と社会的役割
ホモソーシャルな社会の中で、
情熱競争があって、
情熱競争に負けた人間というか、
男たちが。
勝った人もそうですよね。
勝った人もおじさん。
ホモソに染まっている人のことを、
ザ・おじさん。
その番組の中で、
コンビニの駐車場でね、
車の中でずっといるおじさんよりはね、
楽しかったんですよ。
僕もわりとたまにコンビニでずっと駐車場にいたりとか。
瞬間かもしれないですね。
コンビニにおじさんがいること自体は、
一般的な現象だから、
いろいろな可能性がありますよね。
今ちょっとね、
慣れていなかった方がいないことです。
ちょっとピリカルな話をしただけです。
僕の場合も、
コンビニの駐車場に車を停めて、
30分ぐらいずっとそこにいるっていうことが結構あるんです。
それはなぜかというと、
ポッドキャストの収録とか、
あんまり家でできなかったりした時に、
車の駐車場の中で。
それは別に機能的な問題じゃないですよ。
機能的な問題。
だから家庭に居場所がなかったりとか、
友人がいなかったりとか、
そういうふうな社会的な孤独になっちゃって、
誰の助けを求められないようなおじさんたちが、
俺たち弱者なんです。
かわいそうなんです。
助けてくださいみたいなことを言って、
別に言いたけ言えばいいけど、
でもそれご自身のせいじゃないですかっていう話をした。
男はなぜ孤独死するのかという書籍が面白かったです。
そういう中高年以降になって、
なんで男は友達がいなくなって、
孤独な状態に陥るのかみたいなのを、
学術的に明らかにしている本で、
学術研究が元になっているんですけど、
それまでのコミュニケーションとかの積み重ねで、
そのような状況に陥っているっていう話でしたね。
別に僕は人のことを言えた身分じゃないですからね。
念のために言っておくと。
理論的に分かっているからといって、
僕が100%できているわけじゃないんですから。
写真だと例えばポートレートを撮る、
女性のポートレートを撮る一定界隈。
よくポトレおじさんと世の中の人たちは言うんです。
これもあんまり言うと怒られちゃう。
ポッドキャストの意義
でも最近ポトレおじさんと自虐する人々が
一緒に展示をしようみたいなムーブメントがあったりするんですけど、
そういうのってポッドキャストはどうなんですか。
これちょっと反感を買わないことを祈ってますけど、
一定の人たちがおじさんと言われてしまいがちな人たちが、
例えばポッドキャストをやったら仲間が聞いてくれる可能性はあるじゃないですか。
でもそういう仲間集めっていいですよね。
例えば孤独なおじさんが一人でポッドキャストをやることによって、
孤独じゃなくなる可能性は。
あれ、それは樋口塾ですか。
そういう塾なんですか。
そういうおじさんが多い塾なんですか。
樋口塾って樋口さんに感化された人たちが入ってたりする。
僕もそうですけど、
序列社会の中でやばいなっていう危機感だったり思った人が、
でもそうじゃなくていいよってそこから抜け出てもいいよみたいなところが、
コテンラジオだったりとかから思った人がポッドキャストっていうもので自分を発信して、
それに対していいねって私はこう思ったみたいな声が集まって、
そのコミュニティみたいなもので自分の居場所を見つけるみたいなところは割とあるので、
そういう意味では序列社会から抜け出て、
キャバクラとか行くんじゃなくて、
バットキャストで、
繋がり得るっていうのは一つ、
脱おじさんと言っていいのか分からないですね。
アーカイブとしての価値
ホームソーシャルとかヒエラルキー的な階層的、縦の階層的じゃないコミュニケーションを取る場っていう意味ではその通りなんじゃないですか。
抜けちゃった方がいいですよね。
そう、早く降りればいいのに。
確かにね。
いやー、むずいんすよ。
せめてサブのフィールドがあるみたいなところで。
確かにその意味ではポッドキャストいいかもんですね。
僕は別にポッドキャストじゃなくても、
近所の飲み屋で友達作るとか、
スポーツを始めるとか趣味を始めるとか何でもいいじゃんって思ったけど、
コミュニケーションがうまくいってない段階で
対人、直接の対面でやってしまうと
無効のコストもあるじゃないですか。
ってなっていったら一人でポッドキャストをやってて、
だんだん共感してくれる人となんとなく関係を作っていくっていうのは
ソフトランディングという意味でもいいかもしれないですね。
スポーツ始めようと思うとスポーツがヒエラルキーだったりとかするから。
確かに、難しいですよね。
結構塩梅がいいのかも。
測られないもんね。点数つくもんじゃないし。
リクナー数とか視聴数とか表示するのやめてほしいと思う。
せっかく見えないのがいい感じだったのに。
飲み会の代わりみたいなのは確かに。
さっき塚沼さんが言ってた企業同士が
とりあえず飲みに行きますかが従来の話であれば
それがとりあえずポッドキャストで話しますかって言って
すごく価値がある気がします。
飲んで忘れるよりも。
例えばこうやって飲みながら今やってたとしても
これが残ってくっていう価値はすごいあるんじゃないかな。
飲み会の代わりにしましょう。これからポッドキャスト。
それが、そうすると室越さんも気が楽になるっていう。
ただ飲みに行きましょうより、ポッドキャスト。
ポッドキャストを収録するという目的をセッティングするという。
数年前の話でも全然色褪せない感じがあって。
それ結構迷いませんか?
YouTubeだと古いものってどんどん古くなっていくじゃないですか。
情報ものって。
だから自分で精査しなきゃってなるんですけど
ポッドキャストってどれくらい皆さんそれを気をつけてやってるんですか?
お題にいるんじゃないですかね。
やっぱり自示ネタは合わせちゃうものは多少あるし
ただ自示ネタはそれだけで尽きずに
踏み込んだところまで話せば普遍的な話になるし。
確かに。
僕はこのきっかけになったフロム雑談でも話しましたけど
やっぱアーカイブされて残ってるってことが大事かなと思っていて
あんまり僕情報の取得としてポッドキャスト聞いてないから
人間が人間固有の話をしてるみたいなのが面白いですよ。
最近僕聞いてるのは中学生がやってるポッドキャストとかよく聞いてるんですよ。
10年後も大きくなっちゃうわけですよね。
僕子供いないから身の回りに中学生いないわけですよね。
僕が喋る中学生って大人と喋るから
この年齢差だったら僕はフラットな気持ちでいきたいっておっさんだから思うけど
向こうからしてみたらえらい大人じゃないですか。
大人と喋るモードになってるから。
分かんないんですけど子供同士とかで喋ってると
すごく新鮮な話みたいなのが聞けて
この話をこういう風に考えるんだみたいなのを聞いてるとそれだけで面白い。
だってそれって本人は10年後に大人になっちゃうかもしれないけど
その時にそれを取ったっていうのが10年でも20年でも聞いてると
10年後も20年後も面白いと僕思うんですよね。
僕はそれに結構価値を見出してるかもしれない。ポッドキャストのそういう部分。
個人の表現
確かに。私記録マンなんで中学生の時に書いてた日記とか残ってるタイプなんですけど
なんか自分で今読んでもすごいこんなこと考えてたんだみたいな感動ありますもんね。
だからなんか対自分だとしても多分価値あると思う。
そうなんですよ。これまでは自分のぐらいしか見れなかったじゃないですか。
そう人のが見れるのおもろいですよ。
人のが気に見てるみたいな。
ブログも近いのかもしれないですけどなんか結構そのポッドキャストの方が感情が乗ってる感じがする。
確かに。
例えば学校でそれこそ中学生とかがうちの子も中学生なんですけど
やっぱりYouTubeとかそういったところに興味あるけど
なんかそうじゃなくてもうポッドキャストを配信するっていうことが流行ったらいいなと思ってて
流行るっていう言い方もちょっと違うかもしれないんだけど
あの子はこんなこと考えてんだなっていう知り合えるみたいなところが
なんかそっちの方がいいねって
今の子供に難しいかもしれないけど
なんかすごいこれは私の個人の経験にも続いてるんですけど
昔は個人ホームページとか個人のブログだったのが
SNSの時代になって
なんかこうなんていうんだろ
不特定多数にすごく触れやすくなったことによる弊害みたいなものがあって
そっからまたひっそりに戻りたいみたいなムーブが
ムーブというかマインドみたいなのがある気がして
なんかそういうところに結構ポッドキャストが適してる感じがして
文字だと結構切り抜きやすいけど
なんかポッドキャストも切り抜こうと思えば切り抜けるんだけど
比較的その前後の文脈とかありきとか
この声の
切り抜かれたとて
とてみたいなところも結構あるコンテンツだから
なんか結構そのまた個人のその文脈における
この人ってこういうこと考えてるんだみたいなところに戻ってきてる感じを個人的には感じてます
本当になんかそのポッドキャスト作るのいいよみたいな話になっちゃうと
どうしてもいいポッドキャストを作ろうとしちゃうなと思ってて
そのこれこれの機材が良くて
じゃあ何分ぐらいのコンテンツが良くて
どういう話が良くて
2人が良くて3人が良くてとか
女性と男性の方が良くてとか
そういう話にどんどんなっていくなと思って
そのテクノロジーがすごく詰め込まれた番組みたいなのが
やっぱ最近どんどん出てるなと思って
そういう素晴らしいんだけどそれも
僕が聞きたいのは
なんかそのよくわからん人の
その人が考えたことみたいなのが知りたいですよね
すごくなんか日本人らしいなと思っちゃったけど
そういうのあります
写真もすごいSNS界の中で
写真界隈みたいなのがあった時に
みんな話してるのってハウツーなんですよ
構図がどうとかそういう知識的なもので
ただ私が見たいのって
もっと取り手としての気持ちの部分とか
ある意味すごい個性のある哲学とか
そういうのをもっと垣間見たいのに
みんなノウハウを探ってて
ノウハウを提供してて
そのノウハウに従った結果
みんな同じになりますよね
そうなんですよ
みんなワークショップとかって出るんだけど
みんな本当に筋トラ面みたいになっていく
あの感じがもったいないって思ってるし
先週私も個展をやって
そういうの飽きたっていう人が
見に来てくれたりとかもした
だからポッドキャストもちょっと怪しいですよね
最近そんな結果ありますよね
良いもの良質なものを作るのはいいんだけど
良質なものを整えた結果
中身がみたいなこともあるじゃないですか
そうナレッジが分かりやすく聞けるっていう感じなんですけど
いろいろな情報
視覚が優位の人とか耳が優位の人とか文字が優位の人とか
映像が優位の人とかいるから
ポッドキャストがあるといいっていうのはそうなんだけど
僕自身とかはもう結構
本を読むというか文字が結構優位なので
なんていうかな
ポッドキャストで良質なナレッジが出ますってなったら
別に元ネタの本読めばいいかってなる
でもそこでしか語られてない
その人の話はおもろいんですよね
だからそれを聞きたいっていう感じかもしれない
そこで紹介されてるナレッジを聞きたいっていうよりは
それを持ってその人がどう思ったか聞きたい
そこですよね
コンビニのおじさんのポッドキャストとかね
おじさんのストーリーの重要性
聞きたいですね
めっちゃ聞きたくないですか
本当に時間を潰してるおじさんはたくさんいるかもしれないけど
一人一人のストーリーがあるじゃないですか
誰かやらないかな
めっちゃ聞きたくないですか
今日は新味何々を買いました
抽象化したらコンビニ駐車場おじさんって
同じ存在になっちゃうのかもしれないけど
個々に違う何かがあるじゃないですか
めっちゃ面白いところ
前半の話に戻ると
ポッドキャストの価値はわからんけど
その人の価値はある
それが見たい
でも主にして我々って
自分の価値なんかどうでもいい
誰も自分には興味ないって
それもある意味真理事じゃないですか
別に誰も僕に興味ないけど
そんなことないですよ
ありがとうございます
いただきました
ナレッジならみんな興味あるんじゃないかと思って
頑張ってナレッジの話をしてるわけですよね
でもそういう人もいっぱい
ナレッジの方が興味ある人ももしかしたらいっぱいいるかもしれないけど
僕は自分の話をすると
どっちかというとあんたの話が聞きたいって感じ
あんたの話の方がナレッジより多分おもろいんや
僕にはっていうのは結構あるかもしれない
別にナレッジだったらその人の話聞く必然性ないですからね
専門家に聞きますってなる
専門聴めばいいじゃんってなっちゃう
本読めばいいし
ポッドキャストでもやっぱり今AIが語り始めちゃってるし
やっぱナレッジって
価値がどんどん薄れちゃったなと思ってて
僕のこの番組の最初のエピソード1でも話してるんですけど
やっぱり個人の本当に自分が思ってることを語るっていうのが
すごく大事だなって僕は思っていて
だからこれからもうAIが浸透したら
ポッドキャストすらも誰が話した
AI野村みたいな
ノートブックLAMでね
あるしだから分かんなくなってくる
そこで大事なのってやっぱり
そこで話してる自分は少なくとも人間であるとか
そこで何か役に立つ情報とか話したら
それはもうなんかハックされちゃうから
そうじゃないもっと自分は何でこんなことやってんだろうとか
だからそこのその人らしさがやっぱり
そこに突き抜けてる番組っていうのが聞きたいし
話してる人にとっても
なんかそれで何て言うか自分の生理にもなるし
なんかこういう声がちょっとでもフィードバックとかあるような
繋がりがそこがテクノロジーで何か作れて
いいフィードバックをもらえるようなものができたら
何かいいなと思ってて
なんかそうで
ポッドキャストの手軽さと魅力
あなたの話を聞きたいっていうのも
なんかこうそう聞かれるとその人が持っている
一番の話を聞きたいって言ってるように聞こえるかもしれなくて
あーなんかある歌をカラオケで歌いたまえみたいな
そうそうそうそう
滑らない話聞かないろよみたいな
わかるー
あのー
そうじゃないんだけどなーっていうね
あのーあなたが今日アイスクリームを食べた時に
どう思ったとか
そうわかるー
そういうのを聞きたいんだよねっていう
わかるー
なんか私結構そういう感じで
君はどう思ったのみたいなことめっちゃ聞いちゃうんですけど
なんかそのために相手にプレッシャーを与えてしまって
なんか面白いこと言わないといけないんじゃろうかとか
なんかすごい交渉の話をしないんでいけないだろうかみたいな感じ
すごい警戒されちゃうんですけど
私はなんかもう何気ない日常に対して
どう思ったとかが聞きたいのにーって思います
さっき収録外でねその話をしてて
仕事でねどう思うとかね
何を考えてるんだいとか聞きたくなっちゃう
って言っててそういうことですね
確かに聞きたいかも
アイスクリームを食べた時にどう思ったとか聞きたい
ポジティブですらなくていいと思ってる
あそう本当にあるか
なんか今日失敗したわーとかでも
確かに
どんだけね不安定だと思ってとかで
なんかそのそれをみんなに知られることで
なんか心がきつくなるみたいな話を
別にこっちも聞きたいわけでもないから
そのなんかよくよくご自身を守りながら
でもそれでも
あなたが普通に話して面白いことってあると思うよ
っていう感じ
そうですね
そこにポッドキャストの価値というか
その人の価値があり
それを伝えられることができる
ポッドキャストっていうのがこれがいいんじゃないかなと
ということで
ポッドキャストはやっぱ一番いいのは手軽すからね
YouTube編集めんどくさいし
ブログを打つのも時間かかりますからね
その意味でやったら
僕自分の個人で喋ってるやつ
10分間何の編集もしてないんですよ
10分話して撮って出すだけだから
10分かかるだけなので
なんかそういう手軽さはいいんですよ
ちょっと始めてもらいたいなと思いますが
今日はですね
もうちょっと時間が来てますので
まだねいろいろ話してるけどね
ありますが
一旦締めさせていただきますということで
というわけでここまで聞いていただいて
本当にありがとうございます
感想コメントSNSでの投稿をお待ちしております
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というわけで今日は収録
室さん小宮さん高村さんありがとうございました
ありがとうございました
26:07

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