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2026-01-24 25:44

#15 音声包装会議#1:旅先で「ながら聞き」を忘れるべからず

音声包装会議 #1

究極のながら聴きのコメント紹介/究極のながら聴きを逃した/旅にはポッドキャスト/課題図書「イン・ザ・メガチャーチ」の進捗は/ポッドキャスト研究室/ゲスト回に見る越えているもの/金銭のやり取りではない関係の是非/余剰がない/悟りを開きたいのか/慈悲がない/コエテイクためには越えたいと思うところから

▼ 出席

タカハシ研究員

tsukanoma (所長)

▼ 参考リンク

#4 『イン・ザ・メガチャーチ』朝井リョウ​ | 読書部、高いところから失礼します。

ポッドキャスト研究室​

【番外編#131】仏教のこと、龍源さんに聞こう①|仏教の輪郭をつかむ(全体像) | COTEN RADIO

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※この配信の内容は個人的な見解です

サマリー

旅先での「ながら聞き」を通じて、ポッドキャストや音声メディアの楽しさが語られるエピソードです。特に、歴史や文化に触れる旅行体験や、他のポッドキャストの紹介を通じて、移動中のリスニングの重要性に焦点を当てています。旅先での「ながら聞き」に注目し、ポッドキャストを通じた人々のつながりや文化について深掘りしています。また、余剰の重要性やそれを共有することが幸福感につながるという仏教的な視点も議論されています。音声包装会議の最初のエピソードでは、旅先での「ながら聞き」の重要性についての議論が展開され、リュウゲンの思想や行動が紹介されます。彼の悟りを目指す姿勢と仏教的な視点がテーマになっており、リスナーに新たな気づきを与える内容となっています。

音声包装研究所とリスニング体験
音声包装研究所 コエテイク。この番組は、声の発信を文化にすることで、組織や社会の見えない壁を越えていくボッドキャストです。
今日は、音声包装研究所研究員の高橋さんと二人で、雑談していきたいと思っています。
よろしくお願いします。
最初にですね、この番組のポッドキャストのスポーティファイか、スポーティファイにコメントをいただいていたので、ちょっとそれについて紹介したいなと思うんですけど、
毛さんですね。
ポッドキャスト界隈というか、私たち界隈の中で毛さん知らない人いないんじゃないかぐらいな感じの方なんですけども。
究極のながら聞きについて、高橋さんと。
古典ラジオを聞きながら、ローマ帝国編を聞きながら、ルビコン川を渡ったりしたらいいんじゃないかみたいな話をしてたやつがあったので、それに絡めてコメントをいただいていて、
先週、パリ、マドリードに向かう時、古典ラジオのフランス革命とサラディンシリーズを聞いてたんです。
そのおかげで現地では脳内で歴史が再生されて贅沢な旅行になりました。
究極のながら聞きだったと思いますというふうに書いていただいて。
認定します。
究極認定です。
これを超えるながら聞きはないですね。
それを超えることは思いつかない感じになってきましたね。
かからずも僕たちが話したことが証明されたという。
証明されたかわからないけど。
実践して。
旅先でのながら聞きの楽しみ
やっぱり最高だったのか。僕はやってないけどみたいな。
せめて古典ラジオの樋口…樋口編じゃない。
聞きたいですけどね。
古典ラジオで樋口清則編やってほしいですけど。
ヤンヤン編も聞きたいですね。
聞きたいですけどね。
高杉晋則じゃなくて一番最初の古典ラジオの吉田松陰。
ヤバイ人烈伝のやつですね。
吉田松陰ヤバイ人烈伝とか聞きながら下関じゃないや。
萩に行って。
僕自慢していいですか。この間下関行ったんですよ。
昭和村塾行ったんですか。
昭和村塾は時間の関係上萩はちょっと行けなくて。
萩は行けてない。
下関でフグを食べました。
あと砲撃した大砲のところでイエーイって写真を撮りました。
それは何しに行ったんですか。
普通に旅行です。家族旅行でちょっと。
なので萩は行きたい気持ちはすごくあったんですが
旅行の日程的になくなく断念はしたんですけど。
そしてその時古典ラジオ確かに聞いていなかったっていう。
いやおかしいでしょ。
タイミングあったわって今すぐ思いましたね。
長州行くんだったらもう古典ラジオ聞かないと。
ほんとそれ。
高杉晋作編も。
そうですよね。
高杉晋作は下関にすごく縁がある人なので。
縁がある人なのでじゃなくて。
すいませんちょっと完全に失敗しましたね。
ちょっと反省します。
さっきモウさんのコメントをラグジュアリーな部分だけ紹介しちゃったんで
そういう人かなみたいな風に捉えられちゃうかもしれないですけど。
どういう人?
ラグジュアリーな人だなって。
それは間違いないんですけど。
あと他にも高橋さんの移動中のお話に絡めると
飛行機で移動するときとかにゲート移動とか
パッケージピックアップなどの隙間時間がたくさんあるんで
そういったところで結構いろいろ聞けますねみたいな。
そうですよね。やっぱ移動するっていう
それだけでやっぱりポッドキャスト流れ劇のチャンスですもんね。
と思いますね。
そうだな。旅とポッドキャストだな。
いいと思う。
それはいいな。
移動ってやっぱりいいんですよね。
耳が開いてるというか
目に入ってくる景色も変わってくるしみたいなところで
ポッドキャストと読書感想会
相性はめっちゃいいなっていうのは。
そうなんだよね。
だからぜひ旅をしながらポッドキャスト来たいもんですなと。
いいな。
ありがとうございます。
あとあれですね。
もうさんともうひとり
イクコさんでしたっけ?
そちらのポッドキャスト聞かせていただいて
もうさんがイクコさんって同じくシンガポールに住んでる
ママどもの方ってことですね。
木口塾なんですけど
その2人で読書に関するポッドキャストをやられてると。
私と高橋さんは
インザメガチャーチの読書感想会をやりましょうって年末に
課題図書だぞと。
僕もちょっと読みたいなと思ってたけど
なかなか踏ん切りついてなかったところを
高橋さんがAmazonにすぐポチってるから
僕も勢いでポチったものの
まだ僕が読めてないっていう状況で
半分くらい読んだんですか?
半分くらい読んだことにしましょう。
読みやすいってね。
読みやすいですか。
感想会をあげてらっしゃってて
僕はもう読み終わったので
お仕事して聞いたんですけど
斉藤さんはまだ聞いていないっていうことですね。
そうですね。
聞けてないですね。まだ読んでないんで。
それも読み終えた後で
感想会も聞かせていただいて
我々もちょっとそこの
我々の中でも感想をやりたいなと思ってますね。
そうですね。
お仕事ですもんね。
たぶんね。
待ってます。
一応浅井龍がYouTubeでインタビュー受けてるのは
見たので
こういう僕に胸にグサッと刺さるような話してるんだなとか
そんな雰囲気は感じていて
それを見るとたぶん僕はちょっと
どうしようってなるんだろうなって思いつつ
最初の第1章とかで最初のほう見ていくと
47歳のお父さんから始まった
年代ですね。
というところから始まるので
ちょっとこれは他人事じゃないぞっていう感じはしつつですね。
これあれですか?
1章しか読んでないオチじゃないですか?
大丈夫ですよね?
あとね
あれですよ。
他の人も出てきました?ちゃんと。
ちょっと今確認すると
プロジェクトヘールメアリーは半分くらい聞きました。
オーディブルで。
半分でよくやめられるなって僕は思うんですけど
今読んでる途中。聞いてる途中。
聞いてください。急がないと
映画が公開されてしまうので
あれプロジェクトヘールメアリーは読んだって言ってましたっけ?
あったぼうよ。当然ですよ。
読んだんですよ。
読みましたよ。もちろんです。
だから何か公開されるからっていうのがあって
それもオーディブル今
急いでください。
今聞いてるところで
インザメガチャーチを目で追うよりも
耳でプロジェクトヘールメアリー
入れちゃってるっていう状況が
音声メディアの良さが逆に
引き立ってますね。
インザメガチャーチよくわからなくなって
この前高橋さんにLINEで普通に
メガインザチャーチって書きちゃってる。
かっこいいですけどね。それも逆に。
インザメガチャーチ、メガインザチャーチ
なんかね、インで始まるのがちょっと
確かにね。
なんの?って感じしますもんね。
なんの中のの?って
そうですね。
メガ牛丼とかね、好きなんで。
そうですね。
そう、高橋研究員の話もまだ
ちゃんとできてなくて
この、まず音声放送研究所って
言っているのも
多分最初は言ってなかった気がするけど
途中から音声放送研究所って
僕が言い始め
そこの研究員として高橋さんに
入ってもらうって感じで。
任命されました。
そう。なので
音声放送回避みたいな
という感じでちょっとちょいちょいやろうかなっていう感じで。
はい。
最近
ポッドキャスト研究室っていう
ポッドキャスト番組が
サイエントオークのレンさんと
牛若さん
牛若さんは
農業高校
工業部?
違うな。
逆か?
工業高校農業部か。
そうですね。
工業高校農業部の
牛若さんと
二人で初めてですね。
サイエントオークのレンさんとですね。
そう、サイエントオークのレンさんと
やってて。
一見ね。
ポッドキャストに関する研究室っていうことで
うちの
僕もポッドキャスト音声に関する研究所って言ってるから
若干被るようなところも見えつつ。
研究員とかね。
ライバル視していないわけではないけれども
そして決してマウントを取るわけではないが
我々としては
全然フォーカスが違うところを話してる
考えてる認識でいて
もう本当に彼らは
ポッドキャストをこういう風にやれば
始めやすいよとか
この良いことあるよっていうところを伝えて
ちゃんとリスナーとのコミュニケーションを
しっかりと作っていくっていうところが
やっぱりそこが大事だから
それをやっている。
ただ僕はもう
そういうのが僕はできないっていう部分もあるけど
そのリスナーと
コミュニケーションを取るポッドキャスト番組っていうことを
主にしてしまうと
それが
なかなかやっぱね
聞いてもらえないと
ポッドキャストやっぱりやめようってなっちゃう
人も多い。
でも僕はその番組じゃないところの音声発信っていう
それはもうポッドキャストじゃなくなってるかもしれないんだけど
その声の力っていうのは
声の発信っていうのは
そのもっと可能性があると思ってるので
ポッドキャストとつながり
これもまた別にマウント取ってるわけじゃなくて
決して別にれんくんとかそういうこと思ってないわけじゃないと思ってる
ただこの番組としては
番組を良い番組作っていこうぜっていうことではなくて
声ってこんな可能性があるから
みんなやったほうが
裾の広がりを
ポッドキャストに限らず
あらゆる壁を越えていける
力があると思ってるので
っていう
その違いはあるものの
ぜひ
仲良くさせていただきたいなと思ってますけど
やっぱね
面白いですよね
れんくんの話とか
内若さんの話とか
羨ましい
羨ましいですね
ライバル心持ってる
ライバルではない
ライバル心はしてないというか
人間的に僕はちょっと憧れる
すごいなって思う
どうすかね
越えていくって
この番組のコンセプトとかが
いろいろ話していくうちにどんどんなんか
あれ何のためだっけって思うことは
しばしばあるんですけど
最近ゲスト回が結構配信してて
良かったですよ全部
ありがとうございます
高橋さんのゲスト回という感じ
僕はゲスト回じゃないんで
じゃなくてすいません
全然いいんです僕は
身内として
はいはい全然
今までだから
小宮山さんとか
室尾さんとか
西山直生さん
佐藤健さんとか
なんていうかな
特に越えていくっていうテーマ
越えるっていうテーマの話を
あんまりしてないような気も
しちゃったりとか
例えば距離について
小宮山さんと話していくとかっていうのが
あったりとか
室尾さんとも
おじさんの話したりとか
価値の話とか
おじさんの見解を越えていくみたいな
そうそうそう
だから無理くりじゃねみたいな風に
思ったりとかしたけど
自己完結で申し訳ないんですけど
その要はでも
小宮山さんとか
室尾さんとか
直屋くんとか
坪恵さんとか
そういった人たちと
こうやって話せるっていう
それこそが
なんかもう越えていってるな
そうそうそう
越えちゃってるんじゃない
っていう理解でいいですかね
いいんじゃないですかね
だからこれからも
ゲスト回ちょっと
配信していこうと思ってる中で
この人と何で話すのっていうよりは
やっぱこの人と話したいから
って思って
それがやっぱ話しやすいとか
実現しやすいっていうのも
越えやすいっていう
とこだと思うし
なんかもう別に
上から目線じゃなくてもいいけど
俺は越えたぜとか
まぁまぁ今回は越えた
越えて話した
みたいな感じは
一つあると思うし
越えたった
俺越えたったって
越えたったぜ
でもそう
ポッドキャスト通じたからこそ
越えたよっていう
なんか素朴な結果として
ゲスト回があるっていうのは
全然それでもいいと思うし
それで話した上で
またこれは
越えなくちゃいけないね
っていうものが
まぁ越えなくちゃいけないか
分かんないけど
越えたいねとか
そういうのが見えてくれば全然
なんか脱線したって感じは
しないと思うし
っていうのは
一リスナーとしてのですね
一研究員として
一研究員としての
意見っていう感じかなって
だからなんか話したいなと思った時に
こうやって話
一緒に収録させてくださいって言って
いいですよって
その時に出演料とか
そういうものじゃなくて
そういった交換条件じゃなくて
いいですよ撮りましょう
っていう感じで
今までできてるので
そういうところがやっぱり
良さだなと思うんですよね
余剰の重要性
このポッドキャストって
繋がるところ
それこそなんか
フレームの話とかになってくると思うんですけど
やっぱりお金を払って
対価として出てもらうっていうのと
お金を払わないで出てもらうっていう時で
多分やっぱり
いろんなものが違うと思ってるんですよね
同じ立場で話をするのか
あるいはやっぱりお金を払った先で
出てくれる人っていうのって
やっぱり違ってくるじゃないですか
お客さんというかクライアントと
そこで契約関係が
そういうのがあるから
払わないぞっていうわけじゃないだろうし
何か別の形でのお返しみたいなのも
もちろんあるだろうが
っていうのはあると思いますね
そこがなんだろうな
結構僕
あんまりそういう意識がなくはないんだけど
多分みんなそれを自然と
この時ああいうことをしていただいたから
次こうしようとかっていう
繋がりがあると思うんですけど
僕は結構その意識が
抜けちゃったりとかする時があって
あんまり出てもらって
ポッドキャストだから無料で出てもらうのが
当たり前とは思ってないけど
それに対して出てもらったことに対して
後で返さなきゃみたいなところが
自然にできないというか
よく理解できてなかったんですけど
最近思うことがあって
ちょっとその話していいですか
どうぞ
コテンラジオの
いつもコテンラジオの話
今ちょうどやってた
松並隆元さん
実験寺院
ふんふん寺院
そうそうふんふん寺院
ふんふん寺院
京都にある
失礼な
京都にある
総統寺 法統寺
なんかふんふん寺院
そう
何だっけ
調べてから話したらいいですか
まあまあ知ってる人は知ってるんで
松並隆元さん
僕本も読みました
買ったんですね
買いました
素晴らしい
えっと
隆元さんがコテンラジオで
もうめちゃくちゃ仏教の話をしてて
漫画編で3回ぐらいやってましたよね
5回配信しました
5回でしたか
まだ終わってないんじゃないかな
6回目があるんじゃないかな
なるほど
終わったか
5回で終わったのかな
ちょっと質問聞かないと
要は
余剰が大事っていう話をしてて
余剰は僕ないなと思ったんですよね
常に
もうお金ないとか
時間ない余裕ない
っていう気持ちで
満たされてる
欠乏状態で満たされている
で、豊かになるっていうのは
余剰を持つことだっていう話があって
だから豊かじゃないなって
確かにそうだなって思っていて
余剰を持つってのはどういうことかっていうと
じゃあお金が今ちょっと余ってるから
これ貯金しようって
それは余剰じゃないと
自分はもうここでもう満たされているから
それ以上はもう全部余剰なんだっていうような
だから貯金が必要なんであれば
貯金も含めてそこが線があって
それ以上の余りが余剰であって
っていうのを
持てているとか
で、余剰が
まずあれば
その余剰分を
他の人に対して
例えば困ってる人とかに
助けてあげられるとか
そういうことができるじゃないですか
余剰があると
余剰がなければそれはできないんで
悟りを開くためには
悟りを開くためには
そもそもの仏教の考え方がそういうことじゃないですか
悟りを開くっていうか
下脱するとか
幸せになるためには
平たく言えばそういうことだと
幸せになるためには
苦から逃れるというか
それのためには
慈悲が必要で
バック余楽
力得楽っていう言葉が何度も出てたんですけど
苦を抜いて
楽を
与える
相手に対して
相手に対してバック余楽
自分に対しては力得楽
苦から離れて
Lだ
Lですね
得楽ですね
バック余楽力得楽っていうのを
大事というか
それが慈悲だと話をしてて
慈悲も僕ないなって思いますね
それはものすごく自覚あるんですけど
慈悲ができてないのは
自分に余剰がないと思ってるからで
余剰があれば
余剰の分を周りの人に
与えて
与え合ってみたいなのが
それが
お世話みたいな
そういう文化って
もしかしたら
そういう仏教的な概念のもと
要は自分に余剰があるっていうことを
自分で認識するっていう
ためにお世話を与える
だからお世話っていうのは
自分にとって余剰であるっていうような
だから自分は豊かであるっていう
そういう行動ができることが
悟りを開く
幸せになるために必要なんだよっていうのを
言ってるから仏教は
そういう文化があるんだろうなって
これは自分がそう思ったってだけなんですけど
だからそういう視点で考えたら
仏教的視点
自分が幸せになるために
楽になるために
余剰を持つために
人に対して
与えなければ
誰かにお世話になるから
これを与えるみたいな
っていうことなんだなって
日本の仏教的な思想から
お世話だったり
送り合うみたいなところが
構造的にそういうことかなって
自分の中で思ったんで
そうか
じゃあやっぱりお世話になる人に
お土産とか持ってって
それは別に自分のお金がなくなるっていうことじゃなくて
自分はそれを
渡せるお金がないわけじゃないから
自分の立場ってときはね
そうやって持つことが
大事なんだなって
気づきましたっていう
シーンなんですけど
僕が
悟りを開けるように
開きたいんですか?
でもね
話戻りますけど
コテンラジオのリュウゲンさんの
ゲスト回聞けば分かると思うんですけど
まず悟りを開くっていう
ためには何が必要かっていうので
3つのことを
意識することが大事だっていうのがあって
それがまず1つ
悟りを開こうとする気持ちを持つこと
まずは
それは母大臣
があって
2つ目が
必ずその悟りを開こうとする
気持ちの根底には慈悲があること
っていうことがあって
3つ目が
よく分かってないんでもう一回聞き直したいんですけど
それに向けて精進することじゃないけど
ちゃんとそれに実行して
やっていくことみたいな
そういうことだと僕は今捉えてるんですけど
ってなった時に
悟りを開こうと思うこと
っていうのがあって
僕ずっとこの
いつからかは分かんないけど
本当になんかこう
例えば転職してきて
同じ部署にいる人から
僕がいつもやってる行動は修行僧ですねって
言われてたんですよね
常に苦しい方向じゃないけど
磨く方向だったり
客観的に見たらなんでそんな
修羅の道を
行くんだろうって見られた
それは僕も分かる気がします
そう
でも僕の中では
なんかこう
目指す境地がある
と思うんですよね
転職してきた当時はやっぱり
イノベーションとか
会社に貢献するっていうことを考えた時に
イノベーションってなんだろう
とか
もっと自分の知らない世界を見ていくことだったりとか
そういうことが必要だなとか思ったりとか
それに向かってやっていくこともそうだけど
なんか
究極系じゃないけど
この世の真理みたいなものに対する
美しさを感じるっていうのは僕は結構あるかなと思うんで
理系ですもんね
僕も理系なんでその気持ちは分かるっすね
あのアインシュタインの
これが全てを解き明かすんだ
みたいなものが
人間の生き方に関してはないはずなのに
それを探求しているような感じが
なるほどね
それで苦しんでいるところもあると思うんだけど
でもやっぱ
そういうこともありつつ
いろんな人生においても
なんか違うなっていう意識があって
なんだったら
なんか違うって思わないんだろうかみたいなものを
常に探して
ここじゃない
みたいなのがあって
それって
真理にたどり着きたいみたいな
悟りの境地に
たどり着きたいみたいなのが
なんかあって
ただやっぱ慈悲の精神が持ってないので
足りてないから
そこが
抜けてるからそこにたどり着けてないんだな
っていう
そこっていうのが別に悟りの境地っていうのが
一体何なのかって多分
みんな分かんないと思うんですけど
少なくとも自分がそれを目指して
苦しみから解放されないのは
慈悲がないから足りないから
っていうのは思うんですよね
だから今までの
自分の行動はとにかく
何か境地を目指して
これじゃないこれじゃないっていうので
ずっと動いてる感じ
何の話でしたっけ
悟り
を目指しているのかどうかっていう話
ではあるが
何かを目指しているか
それが悟りかもしれない
今はとにかく苦しい
って思うことが多いので
苦しみから解放されるための
境地を目指している
それがイコール悟りだなと
だからすごい仏教の思想は
重さに自分にとっては
刺さるから
かといってね
出家するわけにもいかないので
まあ
リュウゲンさんの会を聞いて
そこを極力インストールして
生きていきたいな
なんて思ってます
あれ面白いですね
悟るために必要なことは
悟りたいと思うことっていうのは
確かにそうかな
いろんなことが多分そうなんだろうけど
何をしたいかっていうことを
思わなきゃ
まずはねってことだと思うんで
そこは
なるほど
深井さんも言ってました
まずそこが大事だと
言ってたと思います
超えていくためには
超えるんだっていうことが
超えていくんだ
超えたいって思うことが
あるよなと思ったりします
この温泉放送会議
高谷さんとこう話すのは
すごいまとまった話をするというか
昼ご飯を食べながら話している
ああそういうこともあるかもね
みたいな話をしてる感じで
やっていこうかなとは思うので
聞いていただく方も
そのくらいで軽く
それこそ長打撃しながら
なんかちょっと
ああそういうこともあるかもとか
気づきが得られるかもしれないので
そんなぐらいの感じで聞いてもらえると
ぜひ
ナレッジはないです
ナレッジは
意識せずに
ないです
ながら聞きの魅力
語りたいかなと
あと高谷さんだけじゃなくて
音声放送研究所研究員を
社内外で
また増えていくというか
この人と
このように話していきたいとか
やっていきたいなと思うので
今日はこんなところで
次回もよろしくお願いします
よろしくお願いします
お疲れ様でした
25:44

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