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2025-10-19 19:10

#1 Podcastは社会を包むメロニミティ

▼今週のトピック

オードリー・タン氏の言葉/メロニミティとは実名性と匿名性の間/ポッドキャストこそメロニミティ/「包む」という言葉の意味/優しく隔てる関係性/会社でのポッドキャスト配信で作ろうとしていたもの/垂直型から水平型へのなめらかなシフト/社会と調和する個人の発信の形とは/個人の声をつなぐデザインが必要/プルラリティとメロニミティ


▼リンク

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Tsu-tsu-mu 展 世界をやさしく繋ぐデザインの作法|松屋銀座 開店100周年記念 | Matsuya Ginza


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この配信の内容は個人的な見解です

サマリー

このエピソードでは、デジタル社会におけるコミュニケーションの重要性について語られています。オードリー・タンの考えを基に、信頼に基づいたつながりやポッドキャストの持つコミュニケーションの価値が強調されます。メロニミティの概念を通じて、個人の発信と信頼の重要性が考察され、デジタル技術がコミュニケーションに与える影響が議論されます。特に、個人と組織の関係性の変化や、社会全体が調和する形でつながる方法に焦点が当てられます。

ポッドキャストの概要
コエテイク第1回、始まります。
こんにちは、tsukanomaです。
この番組は、声の力を開放し、あらゆる壁を越えていく人類を応援するポッドキャットです。
今日のテーマは、ポッドキャットとメロニミティです。
メロニミティとは、これからのデジタル社会で、とっても大事な考え方になるんじゃないかなと私は思っているので、
その内容について、今日は皆さんと一緒にですね、理解を深めていきたいなと思っています。
私がですね、このメロニミティっていう言葉を知ったのは、
YouTubeのTBSクロスディグっていう、TBS系列のYouTube番組ですかね。
竹下隆一郎さんっていうインタビュアーの方が、オードリー・タン、台湾の元デジタル大臣のオードリー・タンにインタビューをしていると。
それを聞いてもらうのが非常に分かりやすいんですが、そこでどんな話をしてたかというと、
やっぱりデジタル社会のコミュニケーションの問題点についていろいろ話をしてるんですよね。
その中で、デジタル社会の情報の発信者が本物であることを誰が保証するのかという質問が竹下さんからありまして、
それに対してオードリー・タンは台湾で導入されているデジタルIDウォレット、デジタルの財布ですかね、銀行口座みたいなものかもしれないんですけど、
そういったものに関しては、その個人情報というのを、例えば学歴というか、どっかの大学を卒業したよとか証明書だけあれば、
そこに例えば名前が書かれていなくても、その人がちゃんと信用をたる人間かということを、
それを証明してくれる機関が証明してくれる証書を出すことによって、そのサービスを利用することができる。
そのサービスを利用するために、自分の個人情報すべて、自分の実名みたいなものを出すことなく、かといって匿名でもない、
その中間にあるような関係性がデジタルの社会における信頼というものを作っていくのに非常に大事であって、
その考え方、その構造というのかな、構図というか、それをメロニミティという言葉で話をされていたんですよね。
私はこのメロニミティという考え方の話を聞いたときに、ポッドキャストもまさにメロニミティだなって思ったんですよね。
なので今日はポッドキャストとメロニミティという話をしたいなと思っています。
ポッドキャストって人が伝わるメディアだってよく言われると思うんですよね。
実際僕もそう思いますし、人を感じることができる。
もちろんYouTubeとかブログとか、そういう目で見て情報を摂取するようなコンテンツも人を感じることができるし、
まざまざとそのYouTubeなんて人間が出ているわけだから、そこで人を感じることもできるし、
ブログもその人間のドラマとか考えていることみたいなものに共感することができるし、
人を感じることはできるんだけど、ただその人の声だけ聞くっていう体験が一番その人間がすぐそこにいるっていう風に感じるなと思うし、
なんならその何の情報を発信してなくても、人間がそこにいるなっていうのを感じることができると思うし、
ポッドキャストの場合、顔を出さなくていいので、そういう意味で見た目の個人情報っていうのも出さなくていいですよね。
もちろんVTuberみたいに顔を出さずにYouTubeで活動している人もいますし、それはそれで全然いいことだと思うんですけど、
声だけだと顔も出さなくていいし、あと名前すら名乗らなくてもいいし、義名でもいいですし、
要するに声の情報以外は個人情報を出さなくてもいい。
けど、めちゃくちゃその人間であることが伝わるんじゃないかっていうところにすごく価値がありますよねと思っていると。
だからデジタルのオンラインのコミュニケーションの中で、その分断を生まずにその個人と社会が調和できる関係性を作ろうとした場合、
声だけの情報によるつながりっていうのがすごくその人間であるっていうことを証明してくれることになるよねって思っているっていうのが
一つメロディミティであるなと思うわけですよ。
つつむの概念
実名でもなければ匿名でもない。
だけどデジタルのコミュニケーションにおける調和を可能とするメロディミティっていうふうに考えています。
このメロディミティって概念をですね考えながら、
先日銀座松屋で開催されてたつつむ展っていうデザインの展示会があったんですけど、
そこでつつむっていう日本語の言葉ですね。
このつつむって言葉が持っている意味と役割を考えるような体験をしてきました。
そこでちょっと感じたこととして、このメロディミティによるコミュニケーションっていうのは
つつむっていう概念にめちゃくちゃ近いんじゃないかなっていうのを自分は感じてきたんですよね。
まずつつむって何なのかっていうことをちょっと考えてみると、
その展示会でもやってたんですけど、
例えばつつみすぎる状態とつつまなすぎる状態みたいな模式図がその展示会に展示されてて、
つつみすぎる状態っていうのはその人間をもうなんていうか、
のれんが全部隠して足しか出てないような絵があって、
つつみすぎないっていう、つつまなすぎる状態っていう模式図が顔も見えちゃってる、
のれんから顔も見えちゃってるような絵があって、
つつむっていうのは顔も見えちゃってる、のれんから顔も見えちゃってるような状態なんですよね。
それってやっぱり実名性を持ってるつつまなすぎる状態と、
つつみすぎちゃってる匿名性の状態っていうのを表してて、
で、つつむ状態っていうのがその中間にある顔は出てないけど、
結構体は出てたりとかするような、そんな感じの模式図があったんですよね。
で、あとつつむっていう言葉は、
へだてるとかしきるとか、そういう言葉とまた違うっていうふうに書いてあって、
そうだなとは思うんですけど、
要するにそのへだてるとかしきるっていうのは割と分断するような言葉だとは思うんですよね。
壁の向こう側とこっち側、それをへだててる壁とかしきってる壁とか、
そういう言葉につながる言葉だと思うんですけど、
つつむ壁っていうのはあんまりちょっとニュアンス違うなって思うと、
向こうとこっちをへだてているにもかかわらず壁を作ってないっていうのが割と
つつむっていう言葉に表れてるんじゃないかなって思ったっていうところがあります。
だからそれは、あっちとこっちを優しくつないでいる状態、
優しい関係性を作っているものがつつむっていうことだなって思うんですよね。
そのようなつつむっていう概念に基づいた関係性っていうのがすごく大事だな、
それがいわゆる調和する世の中っていうかね、
調和する社会っていうコミュニケーションの形だとしたら、
メロニミティはまさにそういうつつむ、あっちとこっちをつつむというか、
自分をつつむと言ってもいいかもしれないですけど、
そのような社会とのつながり方を表している考え方だなっていうふうに思ったということがあります。
会社のポッドキャストの意義
そう考えてみると結構自分はですね、
会社の中でポッドキャストを配信するっていう活動を
ちょっとしばらく2年半ぐらいやらせていただいてた時期があってですね、
そこでやってたことっていうのは、
いろんな捉え方がいろんな人にあったかもしれないですけど、
個人的にその活動を推進していた自分の思いとしては、
中と外をつつむ関係だったんじゃないかなって思っていて、
中と外を分けるとか仕切るとかそういう閉ざしちゃうんじゃなくて、
程よく開くっていう考え方だったんですよね。
何ていうのかな、ちょっと問題にもならない程度に開き、
だけど閉じてないっていうその状態っていうのを
リスクもコストもかけずに長く続けていくっていうことが
すごく意味があることだなと思っていたので、
まさにそのメロニミティだったりつつむっていう考え方に
なんか近いなっていうふうにちょっと思っています。
もう少し会社のポッドキャストの話を少しだけすると、
もともとことの発端はやっぱりコロナ禍で
疎遠になったコミュニケーションっていうのに課題を感じているとともに、
会社の中のいろんな人とかいろんな組織とか会社と中と外とか
そういうところに不必要な壁がいっぱいあるなって感じていた。
どこの組織も普通できちゃうんだけど、
自分はそれがすごく社会が変わる中でアップデートしていかなきゃいけない中で、
それを少し妨げる要因になるなっていうのを感じていたので、
そこをどう壁を下ろして中と外の関係を
つつむような関係に変えていくかっていうのが
自分の抱えてた課題感であって、
自分のやりたかったことだったなって今思うと思っていて、
なので会社でポッドキャストをやった方がいいっていうふうに
コロナの中で僕もポッドキャストの良さをいろいろ感じたので、
それを会社の中にちょっと提案したところ、
その当時いいねっていう言葉をもらってやり始めることができたんですけど、
研究所なんだけど、研究所ってやっぱり否得性が高かったり、
外に向けて発信するには勝手に発信しちゃいけない、
自分たちが思っていることを外に発信してはいけないっていう思いだったりとか、
生まれてきてしまうんじゃないかなっていう危機感だったり、
あとでも外との接点っていうのはもっと作っていかなきゃいけないよねっていう
会社の中の課題感に対してうまくそれが作れてないっていう、
そういうジレンマだったり、それをもっとどう繋げていけばいいのかっていったときに、
自分たちが何を考えていて何をしていきたいのかとか、
会社の中の人とか空気とかそういったものを程よく繋げていく、
そこから何か生まれるわけでもないかもしれないけど、
確実に閉じないというか、だから包みすぎる状態を少し柔らかくするっていうような感覚だったなとは思うんですが、
オードリー・タンがさっき言ったTBSクロスディッグのYouTubeの中でも言ってましたけど、
垂直型の社会から水平型の社会にシフトしようとしている中で、
そこのシフトをどう滑らかな社会へというか、滑らかにどう水平型にシフトしていくのかっていうのが
一つの世界的なアジェンダになっている中で、
その一つの形というかそれに沿った形としての配信をしていた認識であるんですけど、
そういう繋がりというか包まれた関係性っていうのを作っていくっていうのが大事だなと思っているし、
自分もそれに貢献したいなっていうのが思っていて、
個人的にはこういったを超えていくっていうこのPODCASTの配信がある意味、
包むことで壁を越えていくっていうことを伝えていける配信としてあればいいなと思っているっていう感じになっています。
メロニミティの話に戻ると、個人の匿名性、実名性、要は名前も出さなくても、
その人の発信というものはちゃんと信頼たる発信だよねっていうことが分かるような発信で、
個人という意味で考えると、さっき言った会社でPODCASTを配信するっていうのも、
あまり社員の顔とか名前とか出さなくてもよかったのかなともちょっと今思えば感じているところがあって、
メロニミティと信頼の構築
ネームバリューのある会社であればある程度そこで信用とか信頼とかあると思うので、
その信頼に基づいてその会社で所属している人による発信なんだよということだけでも一つのメロニミティの形でもあるなとは思う一方で、
でも会社のその信頼っていうのが本当にそれって信頼あるものなのかっていうのがまずそもそもの問題提起だと思うんですよね。
その信頼っていうのはどう作っていくのかっていうのが一番大事なことだなと思うので、
だからこそ逆の考え方で、そこで働いている人間が感じているそのことっていうものが一番信頼できることなんじゃないかなって思っていて、
要はその会社の役に立つとか売上げのためにお客様からいっぱいお金をもらえるようなって言い方が悪いですけど、
そういうことを考えての発信じゃなくて、そこにいる人たちが本当に人間で本当に何を考えていて、
どういうことをやりたいのかその人が思っているのかっていうことを発信してそこに信頼感っていうものを持った上で、
それが会社につながることによって会社の信頼感が高まるっていう逆のエロニミティっていう考え方が自分の中ではあるかなと思っていて、
そこも一般的な感覚からすると多分理解してもらいづらい場所なんじゃないかなって思います。
今までは会社の中の発信を今してましたけど、個人の発信っていうのもすごく大事だなと僕は思っていて、
誰もがポッドキャストをやった方がいいって話に戻ると。
ただちょっとここで危険だなと思うのは、デジタル技術が進化してきて、
人の声っていうものが誰が本当に自分が喋ってないことを自分が喋ったかのように発信されちゃう可能性もあるなと思っていて、
そうした時に何かしら誰かしらに影響を与えようとか、誰かしらに協力してもらおうとか、
そういうことを目的として発信をしてしまうと、それは騙すことにすごくつながりやすいんじゃないかなと思っています。
騙されちゃうというかね、そういうことに活用されちゃうなあと思っていて。
だから僕はあまり何かしらに影響を与えるとか、誰かしらに何かしてほしいっていうことではなくて、
自分の中のモヤモヤ、自分の中の課題感、自分の中で感じていることを、それらをただただ言語化していく。
ただただそこに客観的に見つめ直して、捉え直して、なるべく言語化していく。
言語化するのは難しいので言語化できなくてもいいんですけど、言語化しようとする試みを、
その自分の個人のポッドキャストで配信するっていう。
それが誰かに向けて発信するわけでもなく、自分という存在がここにこういうことを思っているっていう、
自分しか聞かないっていうのでもいいと本当に思っていて、
ただそれを自分の人生とか自分の生き方とかにより良くするとか、より自分を理解するための発信として、
名前を伏せて顔も出さずに、こんなことを考えているある存在がここにいるっていう、その証明として発信していくということ。
それはつつまなすぎるのではなくて、それが外に向けてアクセス可能な状態にしていることによって、
そこにアクセスすると、自分にとってもアクセスした人にとってもいい関係になるような繋がりが作られる、
余白を残しているっていう状態がすごく調和にとって大事な条件なんじゃないかなと思っていて、
それを実現するためにはやっぱり自分の声を積極的に発信するわけでもなく、ただそこにある状態にしておく。
それはPRしてもいいんですけど、PRすればするほどオンラインでPRすればするほど、
ちょっと調和が乱れていくような感覚を僕は今のところ持っているんで、
そこのデザインっていうのがすごく重要だなとは思っていて、
例えば自分がこういう話をしました、こういう内面と向き合って自分はこういう価値観があるなとか、
こういうことに嬉しいとか感じるなとか、そういった話を自分に向けてだけするけど、
ただそれはやっぱりそこにAIの技術によって、その人がどういうことを考えている、
どういう人なのかっていうのはAIだけは分かっていて、
例えば同じサービスを利用している他の人のおすすめの声みたいなところに
自分の声というものが発信されて、それをその人が聞いたときに、
その人にとっての気づきだったり、その人にとっての癒しになるような、
繋がりがマッチングしてくれるようなことがデザインされてもいいかなと思うんですけど、
そういったコミュニケーションっていうのが割とプルラリティに基づいたメロディミティなのかなとか、
プルラリティっていうのはオードリー・ターンさんの本の名前で、
プルラリティという概念に基づいて、今デジタル民主主義ということを言っている人もいると、
別に僕は政治的な思想を言いたいわけじゃないんですが、
個人個人が自分の思っていることっていうことを素直に発信する、伝えることによって、
社会が分断するんじゃなくて調和していくようなコミュニケーションの形っていうのが大事だよねって思ったときに、
今言ったような自分の内面とただただ向き合う配信をアクセス可能な状態にしておくということ、
そしてそれをどうマッチングさせるデザインを作っていくかっていうこと、
これがいいなと思うとともに、何かそこに向かってやれることないかなって今もやもや考えているところではあります。
そのような自分の内面と向き合いながら、社会の中で自分っていうものがどういう存在なのかみたいなものを
もやもや考えているその声っていうものが至る所で発信されていくと、
それらが分断するんじゃなくてうまくつながれるようなデザインをしていくっていうことができれば、
それは個人個人にとってもそうだし、それと同じことが組織に所属する個人の中でも発信することができると、
その個人と組織、つまり会社とかとの関係性もやっぱり垂直型から水平型っていうところへのシフトに非常に貢献できると思うし、
それがその個人と組織と組織が構成する社会全体とのつながりっていうものが全てがつながれる、
全てが包まれるような関係性になれるんじゃないかなって妄想しているわけです。
メロニミティの概念を聞いたときに自分の頭の中に生まれたことは今言ったような話なのかなと思っています。
個人の発信と社会との関係
というわけで今回は一旦ここまでとさせていただいて、
メロニミティって言葉はそもそも何なのとか、
何でメロニミティって言葉がいきなり出てきたのかみたいなところをちょっと次の配信では紹介していきたいなと思っています。
というわけでこの番組ではコメントをお待ちしています。
概要欄のアンケートフォームまたはハッシュタグ超えていく、カタカナで超えていくでお願いします。
また声の持つ力について答えがないことでもあったりすると思うんですけど、
語り合いたいような方がいたらXDMまたはアンケートフォームにて連絡いただければと思っています。
というわけで今日は聞いていただいてありがとうございました。また次回もお待ちしております。
19:10

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