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日本の経済思想史〜ホリエモンが買収成功してたらどうなってたんだろう?
2026-06-04 18:00

日本の経済思想史〜ホリエモンが買収成功してたらどうなってたんだろう?

日本の経済史・思想史についてじぶんなりの肌感覚をベースにしゃべってみました。
IF世界線を考えるとおもしろいですな。
前回・前々回に関連した話になってますので、もしよければ以下もどうぞ。

【前回】プラットフォーム資本主義って、ちょっと共産主義っぽいかも?
https://stand.fm/episodes/6a1d86f0a50ab2d29589da34

【前々回】"推し活"とは何かを、考察してみる
https://stand.fm/episodes/6a1c2601ee0c102ed78af1d6

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感想

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はい、どうもこんばんは、孤独部です。
今日はですね、前々回が推し勝つの話で、前回がマクロな経済的な20世紀と21世紀の資本主義についてという話だったんですけど、
そこから派生しまして、今回は日本に焦点を当てて考えてまして、その話をしたいなと思っております。
僕、88年生まれて90年代くらいを幼少期として過ごして、2000年代、0年代を大体Tインくらいで過ごしてたというような感じなんですけど、
なので、自分の中の体験としても90年代から2000年代にかけての記憶っていうのがやっぱ強いのかなって思うんですけど、
あれですね、そんな僕も結構いい年になってきたんで、今やもう、例えばね、2001年のドジタ・ハステロとかをリアルタイムに知ってるような、
自分よりも下の世代とかはほとんど記憶にない。僕もあれいくつだろう、中学生くらいのときかな多分。
なのでもう僕なんかより年齢低い人なんかは記憶にもなかったりとかすると思うと驚きだなと思うんですけど。
それで日本の経済史といいますか、あるいは思想史みたいなものをぼんやり考えてまして、前回の話の続きで。
90年代って結構いろんな事件があったじゃないですか。
僕も幼少期ながらに記憶に残ってる大きな事件ってすごい頻度で、今思えばすごい頻度であったなと思うんですけど、
それをいろいろ調べたりとかしてる中で、これまたセンシティブな話になりますけど、オウム心理教っていうのがあったんじゃないですか。
それについて名前は知ってるしニュースでも当時いっぱい見たし、今でもたまに極端なネットミームとかでも出てくるときがあるようなぐらいの感じだと思うんですけど、
改めてどんなものだったのかを調べてみたりとかしたら、結構驚きの事実がありまして。
事件を起こしてテロっぽいような感じのことをやってっていうのがオウムの地下鉄サリン事件ってのがあったんですけど、
その前の段階のことってあんまり記憶にないなと思って、その後に得た情報、自分も年取ってから学んだことっていうのがその以降のところだったんで、
その前の時の状況がどうだったかってあんまり知らなかったんですけど、あれですね、結構テレビとか普通に出てたんですね。
それも僕、記憶になかったんですけど、テレビとかに普通に朝原氏が出てて、普通にタレントのように、
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それもなんか1回2回とかじゃなくって、なんか純レギュラーぐらいで出てた時もあるぐらいの感じらしいんですよ。
なんかすごいなと思って、今思うと。言うても宗教団体のトップなのかな、多分当時でも。
そういう形でテレビというメディアに、しかもバラエティ番組みたいなんですけど、そういうところに出てるっていう時代があったんですね。
割と最近ね、しかもね。
それで、さらにさっきのちらっと言った経済的な話になるんですけど、90年代前半ぐらいに、
そもそもオウムがどうやって集団として力を持ったのかっていう話になるんですけど、
結構エリート階級っていうかエリート階層っていうか、エリートの学生、東大生とかそういう大学生とかが入ってて、
それによって組織として力を持ってたらしいんですよ。
その背景にお金どっから出るんだってなって、それ調べたらですね、まだ90年代前半ですよ。
Windows 95が出る前の段階で、なんとパソコンを作って売ってたんですよね。
パソコンのお店をやってたっていうのは話で聞いてたんですけど、
よくよく考えたら90年代前半っていう、まだ一般家庭にもそんなにまだ普及してない95が出る前の段階で、
いわゆるちゃんとしたメーカー品みたいなのがまだまだ高額なタイミングで、
中国とかかな、安い部品とかを買ってきて、今で言うと、
廉価版みたいなモデルを自作して、自作パソコンみたいな感じで作って、
それを売って、半額とかだったらしいんですけど、正規品からすると。
とかで作って、それを売るっていう商売をしていたというらしいんですよね。
あとカレー屋とかも確かあったような気がするんですけど、
それ、冷静に考えたらすごいですよね。
90年代前半のタイミングでパソコンに目をつけて、
しかもそれでちゃんと成功しているというより、ビジネスとして。
成功していると言っても裏があって、
要は宗教なんて、人件費がかからないっていうことらしいんですよね。
宗教だから、普通だったら時給とかが発生して、
人件費ってものが発生するところが、そこがもう方法ゼロでやれている状態だから、
だから安くできるとか、あらゆることができるっていうことだと思うんですけど、
それにしてもね、そこでパソコンに目をつけるっていうのは、
かなり先見の明があるんじゃないかという気がしまして。
だから考えてみると、そこで儲かってて、テレビにも出てタレントとしても成功してるわけですよ。
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そこから、なんていうんだろう。
そのままね、変な話、そのままビジネスやってったら結構うまくいくわけじゃないですか、たぶん。
なのにそうならなかったのって、不思議だなと思いまして。
そこに日本の象徴的な思想のムードを感じるなという気がしてまして。
例えば、90年代って大きな物語っていう、それまでの成長物語が大きな物語の終焉っていうのが現代思想史で言われてるんですけど、
まさにそのタイミングで終末論とかが流行った、モストラダムスの大予言とかが流行って、終末論的なムード。
オウムのサリン事件とかも、ハルマゲドンがどうのこうのっていう、まさに終末論と絡んでる思想を持ってるらしいんですよね。
まさに90年代の持ってたムードというものがそこにある種、象徴されてるなということと、
そこでビジネスに行かずに、あくまで自分たちの宗教の信念というか理念というか、やろうとしてることに対して、
変な言い方ですけど、実直だったということに結構驚きだなと思って。
これ今だったら多分普通にビジネスとしてやって、儲かった方がいいじゃないかっていう現実的な発想になるような気がするんですけど、
そうではなくて、あくまで思想的に真っ直ぐ、歪んだ真っ直ぐですけども、真っ直ぐにやり切ろうとしてたっていうのが、変だなというか不思議だなというか、今思うと。
これなんかに似てるなと思った時に、さらに前も僕は当然生まれてない段階の話なんですけど、
連合石群っていうのが70年代になるのかな?にありまして、学生運動ですね。
その連合石群も、あれもいわゆる歪んだ正義っていうんですかね。
本人たち的には革命か、革命戦時とかそういう、もうちょっとあんまり当時を知ってるわけじゃないんで、はっきりしたとはよくわかってないんですけど、
自分たちの理念に基づいて、社会主義的な方向、共産主義的な方向に向かっていく連合石群っていう団体の使命に基づいて、革命だ革命だって言って、自分たちの、なんだっけあれ。
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粛清か。粛清じゃない、なんだったかな。
総括だ、総括。総括って言って、自分たちの仲間内で隣地し合って、仲間内で殺し合っちゃうっていう事件なんですけど、
それもすごく歪んだ形で自分たちの正義というのか、信念というものを貫こうとした結果にめちゃくちゃなことしちゃうっていう意味では、かなり構図として似てるなという、集団でね。
集団でめちゃくちゃなことしてしまうという真理としてはすごく似てるなと思って、
そういうムードが90年代のオウムにも同じようなものがあったのかなみたいなことを想像したんですよね。
まさに学生運動っていうのが70年代ぐらいから、まさに高度経済成長からのバブル。
バブル崩壊が90年の頭ぐらいだと思うんですけど、そこで90年代にオウムが現れ、
そして20世紀が終わりという、この20世紀の持つ大きな物語的、高度経済成長的などんどん良くなるんだ日本はっていうような発想の思想が、
まさにバブルの崩壊とその後の混沌とした90年代によって、20世紀とともに、
間違ってるか正しいかは置いといて、信念的なものを真っ直ぐ向かっていくっていうものの終焉を迎えたような感じが、
なんとなく肌感覚としてあるなという気がしてますね。
その象徴的に、最近よく霊障という言葉が使われますけど、霊障文化ってわりとSNS、特にXだと思うんですけど、
X情報なんかで使われてて、それの元って何かっていうと、やっぱり2チャンネルだと思うんですよね。
ヒロユキの名言みたいになると思うんですけど、
嘘を嘘だとわからない人はインターネットができないみたいな、そんな意味の言葉だったと思うんですけど、
その2チャンネルの登場がまさにインターネットの発展とともにだから、2000年代入ってのところだっていうことを考えると、
ちょうどそのタイミングで日本人の持つ思想感みたいな、思想ですね、感じが変わったような感じがそこでするのかなって今振り返ると思うなと。
90年代まで、20世紀の間、高度経済成長の中で信じられてきた、どんどん発展していくんだっていう大きな物語的な文明感というものが、
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20世紀を終えて21世紀に入ったところから、厚くなるなんて馬鹿らしいよみたいな、
そういう霊性的なムードっていうものがそこから始まって今に続いてるんじゃないかなということを、なんとなく思いましたね。
それで前回前々回の経済の話につながるんですけど、それの象徴的な出来事として、
2005年ぐらいだったかな、ホリエーモンが登場したじゃないですか。
テレビ局を買収しようとしたりとか、プロ野球、どっちもか、テレビ局を買収とかプロ野球球団を買うとか、
そういうので結果的に失敗して、よくわからないけど逮捕されるっていう、ちょっと僕もちゃんと覚えてないですけど、流れがあったと思うんですけど、
結構あの流れも今思うとすごく象徴的だなと思って、ホリエーモンを今振り返ったときに、
割と今っていうところの意識高い系と言いますか、ビジネス賞、ホリエーモン自身も出してますけど、
ビジネス賞とかを読むような人間のことをね、今意識高い系みたいな言い方をしますけど、
意識高い系のある意味元祖であり、同時に今の話とつなげると、
20世紀まで信じられてきた自分の理想、それが言い割れば置いとえおいて理想に対して真っ直ぐ向かっていくっていうものを、
最後にやった象徴的な人物って結構ホリエーモンなんじゃないかなってふと思ったんですよね。
もし、もしですよ、あの時にホリエーモンがテレビ局やプロ野球球団を買収して、
うまくいってた世界線があるとしたら、今の日本どうなってんだろうと思ったんですよね。
今思うとかなりあれも先見の目があるのかなと思って、
というのも例えばビデオプラットフォームとして、ネットフリックスとかアマプラとかありますけど、
テレビ局もね、それ以降ですねちょうど、震災後だからスマップの解散とかがもうちょっと後かと思うんですけど、
もしあそこで、確かフジテレビですよね、フジテレビを買収してたらスマップのあの騒動はどうなってたんだとか、
あるいは、単純にテレビというものがインターネットにあのタイミングでもっと接続されている状態になってたとしたら、
もしかしたらネットによるテレビプラットフォームって、また今とは全然違う形になってたのかもしれないなという気がしますよね。
もしかしたら、世界的に力を持つようなプラットフォームまではいかないにしても、
15:02
日本国産のビデオプラットフォームっていうものが、もしかしたらホリエモンによって作られていたかもしれないという世界線があったのかもしれないなということをふと思ったんですよね。
僕の中で、結構ホリエモンのやってることとイーロンマスクのやってることって似てるなと思ってるんですけど、
ホリエモン結構宇宙開発系をやってるみたいで、イーロンマスクもまさにそうじゃないですか。
もし、あのままホリエモンがビジネス的に成功していて、そのまま宇宙開発の方に行ったとしたら、当然資金もある状態ですから、今よりも宇宙開発に向かっていく速度は速かったと思うんですよね。
そうなると、日本の宇宙開発競争の立ち位置は今とはまた違ったものになってたかもしれないなというのを想像できるなという気がしてまして。
あそこのタイミングで、もしかしたら、あのタイミングでメディアが叩いたようなイメージあるんですけど、
あそこで折れずにね、もしホリエモンの展開が続いてきたとしたら、日本のIT周りだったりとか、いろんなところで変化があって、極端な言い方をすると日本の現在の経済だったりとか、
立ち位置がだいぶ世界的に見ても違っていた可能性もあるのかもしれないなというところまで妄想してしまうなということを思ったんですよね。
これ、興味深いなと思ったんですよね。
結構あれは象徴的な出来事だったのかなと。
20世紀までの日本のムードというものと、21世紀入ってからの日本のムードというものの違いを決定づける出来事だったような感じがするなと、今こう自分なりに振り返ってみて思うなという感じですね。
というわけで、なんだかんだ3回目の経済的な、あるいは思想的な話になったんですけど、最近こういうことを考えちゃうんですよね。
なんでですかね。
たまにこういうふうに、日本というものがどういう国かだったりとか、自分たちの今の文化、カルチャーがどういうものかというものを考えると、見え方が変わってまた面白いなということがありますよね。
今日はこんなところにしときましょうかね。
また何か思いついて話したいことがあったら話そうかなと思いますので、もしよかったらまた聞いてもらえるとうれしいです。
では今日はこの辺で。ではまた。
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