演劇の流行論争と個人的な疑問
はい、どうもこんばんは、孤独部です。今日はですね、なんか今日ふと朝起きてSNSを見てたらですね、最近たまにおすすめ欄とかに流れてくるんですけど、
なんか演劇が流行る論争みたいなのがたまに流れてきまして、そんなに気にしてなかったんですけど、
なんとなく今日朝ふと起きたときに思ったことがありまして、それを今日は試しにちょっと喋って残しておこうかなと思っております。
もともと僕演劇をやってまして、高校の時演劇部でそこから大学入ってから劇団サークルに入って、それからも自分で
演劇ユニットを組んでやったりとか、他の劇団さんに出させてもらったりとかを名古屋でね、名古屋の小劇場で細々とやっておりまして、
最近あまりやってないんですけど、なのでちょっと名古屋の小劇場の隅っこで関わったことがあるぐらいの感じではあるんですけど、
その観点からといいますか、そういうところでの経験を踏まえての話になるかなと思うんですけど、
直感的に思ったのは、演劇流行らないだろうなって正直思ったんですよね。少なくとも今の形の演劇というのは流行らないんじゃないかなと、
直感的に思いまして、それについてなんでそうやって思ったんだろうっていうのを考えてまして、
まず思ったのが、
小劇場の構造と経済的課題
演劇って今名古屋だと各区ぐらいに多分小劇場が、文化小劇場っていうのがあったりとかで、
それ全部が全部演劇で使われてるわけじゃないんですけど、結構中にはその小劇場の劇団が
比較的そのいわゆるその芝居小屋と呼ばれるような、100人に満たないような場所からそこからステップアップしたときに
目指すところはそういう文化小劇場だったりするんですけど、
あれって公共的な劇場、公共的な施設じゃないですか。
当然、例えば名古屋だったらAAF記憶省っていう愛知県文化事業団とかが主催でやってるような、
そういういわゆる公的な機関というか、公共が行っているショーがあったりとか、
あるいは助成金があったりとか、ちょっと僕あんまりそんなに詳しくは知らないんですけど、結構あるんですよね、そういうのが。
で、思うに、要は助成金とかが割と、全部が全部じゃ全然ないんですけど、
一つの、なんていうんですかね、公演を打つときの頼りにしている部分というか、
ありきで考えている部分があったりもするというような文化なわけですよ、正直ね。
もちろんそうでないところもありますし、僕はあんまりもらったことないんですけど、
要は経済的に完全に自立してないというか、早い話儲からないんですよね、あんまり。
例えば似たようなものというとちょっとあれですけど、例えば音楽バンドだったりとかって考えたときに、
同じようにね、バンドもよく最近だったらライブハウスのトリンク代が高くなったとか、
コロナのときなんかはね、まさにそのライブハウス潰れるんじゃないか問題とか、いろいろありましたけど、
なんだかんだ言って、商業的にやってるわけですよ。営利でやってるわけですからね。
でも演劇ももちろん営利でやってる部分はあるんですけど、そうでない結構公共の場所だったりだとか、
お金だったりだとか、何かが動いているっていう部分も、結構比重としては多分他の分野に比べると大きいんじゃないかなと思うんですよね。
そういう構造を抱えている以上、流行るっていうとちょっとまたニュアンス変わっちゃいますけど、
仮に何かが一つがパンと盛り上がったとしても、継続的に商業的に伸びていくってことは、かなり難しい構造をしているんじゃないかなと思うので、
ある劇団が売れるとか、あるシーンが一周盛り上がるとかそういうことがあっても、
演劇が流行る、指してる演劇っていうのは衝撃状の世界の話になっちゃうんですけど、衝撃状演劇が流行るっていうことは結構難しいんじゃないかなというふうなことをそういう観点から思いましたね。
演劇の多様性と観客の認識
演劇って一言でくくっちゃってますけど、演劇ももちろんいろいろ分野があって、
むしろ皆さんからしたら衝撃状よりも、例えば今だったら2.5次元舞台だったりとか、あとは宝塚だったりとか、劇団式だったりとか、
どっちかっていうとそっちのほうが馴染みがあるのが一般的なのかなという気もしてまして、
それも思ったんですよね。その衝撃状って果たして見たことある人どれくらいいるんだろうと思って、
多分見たことない人のほうが全然多いんじゃないかなと思うんですよね。
例えばその劇団式だったりとか、いっぱい宝塚だったりとかって観光的な感じで見に行ったことあるよって人結構多いかなと思うんですけど、
なかなか2.5次元も何かコンテンツが好きな人はよく見に行きますよって人いたりすると思うんですけど、
衝撃状ってなかなか、例えば知り合いがやってて誘われたとか、
なんかきっかけが結構他のに比べると、行こうってなるきっかけが少ないんじゃないかなと。
バンドとかと違って普段見にする、目にするってこともあんまり機会がないですし、
なかなかそういう意味でも、どれくらいの人が見に行ったことあるんでしょうね。
全体の何割なんだろうみたいな感じの世界かな。何割どころか何パーセントの世界かもしれないですよね、下手したらね。
なんてことを思ったりとかするんですけど。
演劇ブームから若者の憧れの変遷
だから演劇って一言で言っちゃうとあまりにも広いんですけど、
なんとなく僕のタイムラインなんで多分僕に寄っちゃってる部分がかなりあると思うんで、
だから衝撃状の人の発言みたいなのが流れてくるのかなと思うんですけど。
ちょっと話を戻しますと、今ちょっと衝撃状というところにスポットを当てて考えていきますけど、
その衝撃状が盛り上がったのっていつかって言ったら、いわゆる70年代とか80年代とか何かな。
いわゆるアングラ演劇、テラエムシュージーとか、その後の野田秀樹があったりとか、
今でも活動してる駆動館とかのあの辺ですよね、大人計画とかにつながる、
アングラからのいわゆるナンセンス演劇とかって言われるのかな。
その辺の小上秀樹とか、あのあたりのところっていうのがいわゆる演劇ブームの時代で、
これは僕なりの考え方なんですけど、
それが70、80年代ぐらいのブーム、若者のブーム、カルチャーとしてあった時代で、
そこからどっかに若者のブームって多分移ったんだろうなと思って、
多分90年代とかになってくるとバンドなのかなと思うんですよね。
80年代から90年代にかけて。
僕もあまりに生まれる前の話も入ってるんで、ちょっと分かんないとこあるんですけど、
たぶんボーイとかが出てきたりとか、その後のX JAPANだったり、
グレー、ラルクとかっていうふうにバンドブームがその後やってきて、
今でもイメージしやすいのは、東京に上京してバンドとして成功するみたいな、
そういうビジョンっていうのは、その辺りで生まれてきたものなのかなと。
たぶんその前の段階ではアングラ演劇だったりとか、
演劇衝撃場になってた部分っていうのが、今度はそれがバンドに移り、
それがまた2000年代以降になってくると、
2000年代はまだバンドなのかな。
アジカンとかバンプとかでまだまだ音楽、バンドとかも聴いてるよっていう人が多かったかなと思うんですけど、
たぶんあの辺から感覚的には、バンドで成功するみたいなビジョンからどんどん変わっていって、
インターネットの辺かな。
でもまだちょっと、あの辺ちょっと僕もなんだって言われると、
ちょうど自分の青春時代なんでね、逆に見えてないかなと。
僕はやっぱバンドに中学生ぐらいの時に憧れて、
高校入ってから演劇を始めてみたいな感じで、
割とそういう感じだったんですけど、
今2010年以降ぐらいになってくるとたぶんYouTuberが現れて、
将来の子供の夢でもYouTuberっていうのが出てくるみたいな感じで、
たぶんその子供が憧れる対象みたいなものが、
そういうふうに子供っていうか若者か、子供でもいいんですけど、
子供、若者っていうものが何か夢をぶつける先というか。
としてたぶん、70,80年代の衝撃量から始まって、
バンドに移り、今だったらYouTuberだったりとかインフルエンサーだったりとか、
音楽だけに限って言えばボカロピーとかのほうが、
今はバンドよりも盛り上がっているシーンなのかなと思うんですけど、
情報伝達速度とコストの変化
そういう感じで、さっき言った言葉だと夢をぶつける先っていうものがたぶんどんどん変わっていって、
当然その世の中のメディアの在り方だったりとか、
娯楽の在り方だったりも変わってきているので、たぶん速度が上がっているのかなと思うんですけど、
70,80年代の時って、当然僕も生まれてないからこれは想像でしかないんですけど、
まだまだ情報伝達速度みたいなのが遅いというか、今に比べると。
インターネットがない世界なので、テレビがあってっていうマスがある中での、
自分たちのインディーズでやれることで、アングラ衝撃量っていうのは速度感がすごく速かったと思うんですよ。
スメディアに比べた時に、自分たち集まって何かするっていうことで、
その速度感としては非常に、当時はたぶん最も速かったものだったのが、
それが例えばその先バンドになってきて、バンドだと人数も少ないし、
単純な高速時間で言っても演劇と比べると短いですよね。
今となってはそれが、ボカロピーだったら一人でパソコン一つあれば音楽が作れる時代っていう風に、
どんどんどんどん軽やかになってきているというんですかね。
気持ちさえあれば、前は人がいないとできなかったことがどんどん人がいなくて、
今だったら個人で完結できる形でもできることが増えているっていう時代かなと思うので、
どんどん速度が上がってたりとか、あとは伝達の仕方ですよね。
当然、昔ネット以前の世界だったら、
自分から何かを外に発信するっていうツールってほとんどなかったわけで、
それこそ例えば、今演劇もそうですけど、
本を作るとか、同人誌など当時また別の言い方があったような気がするんですけど、
そういう形とか、その後音楽、
CDとかが、テープか当時だと、
テープとかが自分たちで作れるっていう風になって、
メディア、外に配布できるメディアってものが生まれたことによって音楽もまた、
インディーズっていう世界が広がったのかなって今思うんですけど、
それがインターネット登場以後になってくると、動画というものが2010年以降にはなってきて、
YouTubeだったりとか、今だったらショート動画ですよね。
どんどんどんどんクリエーションしていく先が変わっていってるわけで、
相対的に今の小劇場って、変な言い方するとコスパが悪いんですよね。
見るにあたってもね、劇場まで行かなくちゃいけないわけですし、
基本的にはお金払って劇場まで行って、
2時間とか時間かけて見るというわけなんで、
今はスマホ1個あればその場で0秒で30秒の動画が見れて、
それで何か刺激を受けられるっていう時代なので、
相対的に昔からするとコスパが見る側にとっても悪くなってるし、
作る側にとっても何かやりたいと思った時のコストという意味で、
人を集めなくちゃいけないとか、場所を借りなくちゃいけないとか、
いろいろ具体的なコストがかかってくるわけなので、
当然速度感は遅くなるよねっていうことはあるかなと思いますよね。
速度感もですし、商業的に要は儲からないっていう以上、
ガンガンやろうぜっていうふうになることはなかなかないと思うんですよね。
例えばさえコストがかかるものが。
演劇の特殊性とクローズドな市場
だからなかなか今後、もちろん話題の劇団とかは今後も出る可能性はあるとは思いますけど、
シーン自体がめっちゃ流行るっていうことがなかなか難しいかもなという気はちょっと、
そうやって分析していくと思いますかねっていうのが正直なところですよね。
ただそれは別に面白さとそれってまた違う話というか、
あと今の話っていうのは割と構造的な話なので、
コンテンツその中身の話ではまたない部分ではあるので、
コンテンツとして面白ければもちろん魅力的なものが生まれれば、
見に行くっていう人が増えるっていうことはあるかなとは思うんですけどね。
でもコンテンツのあり方というのも、さっきの話はちょっとどうしても絡んじゃうんですけど、
演劇ってすごく特殊って変な言い方ですけど、
例えば音楽だったらライブハウスに行かなくても、
こうやってYouTubeだったりでも聴けますし、
今だったらサブスクで聴けたりとか、
一昔前ならCDとかを手元に買って聴くっていう形で、
別に現場に行かなくても楽しむことができた。
例えば今だったら映画もそうですよね。
映画館で映画を見るっていうのがやっぱ、
なんていうんですか、筆があっていいよねみたいなのもありつつも、
今だったらそれこそ同じくサブスクで見ることができるみたいな。
どこにいても映画を楽しむことができる。
たまに新しい映画が公開するからって言って、
じゃあ劇場に行こうかってなるっていう、
その間口が用意されてるんですよね。
ただ演劇って多分本当に見たことない人は見たことないっていうまま、
になることが多いんじゃないかなという。
どうしてもね、
もちろん最近でこそ映像で配信したりとか、
そういうのってどんどんやられてるとは思うんですけど、
これは結構やってる側としてもよく話に出るのが、
やっぱ演劇って生じゃないとね、みたいなことは、
どうしても言っちゃう部分、
やる側もですし見る側としてもだと思うんですけど、
演劇ってやっぱ生物だからっていうのが結構頭にあるのかもしんないなとも思いますよね。
やっぱそれって、
足を運んで魅力を感じてる人にとってはもちろん魅力なんですけど、
まだ一回も見たことない人にとっては、
その魅力がどういうものかというのがわからないので、
まずそのきっかけがないと、
それを知ることすらできずに終わっていくという、
ちょっと、なんていうんですかね、
クローズドな感じの世界なのかなっていうふうに分析すると思いますよね。
地下アイドルとの比較と経済的持続可能性
たびたび僕が話してる、
最近僕はチカアイドルたまに見に行くんですけどっていう、
チカアイドルも結構そういう意味では、
現場主義というかある種の、
閉じてるわけじゃないんですけど、
現地に行って楽しむものだみたいなものが比較的あるんですけど、
でも音楽だったりとか今だったらSNSで、
例えば自撮りのかわいい子とかが流れてきて、
誰だろうと思って見てみたらアイドルだったみたいな、
そういうことが起きるような、
そういう入り口となる部分が用意されている世界なので、
そういう意味では相対的に多分市場規模っていうんですかね、
たぶん衝撃場は今もうチカアイドルよりもちっちゃいのかもしれないですよね。
そうそうそう。
ちょっと話ずれちゃいますけど、
ライブハウスとかも、
一昔前はバンドがやるライブハウスだった場所が、
結構今チカアイドルがやってたりとかするんですよね。
チカアイドルは結構毎日のようにライブやってるんで、
だから商業的にうまくいってるんですよね。
バンドは割とフットワーク軽いんで、
全国回ったりするじゃないですか。
演劇はある程度の人数が集まってて、
なかなかもちろん県外ツアーとかで回る劇団もあるんですけど、
本当にまだまだスタートし始めたばっかりの劇団とかは、
なかなか県外に行くパワーもないとかコストもないというか、
なので地域性が強くなる文化だよなというのもありますよね。
チカアイドルは地域性あると思うんですよ。
よく地方アイドルみたいなのがあると思うんですけど、
結構あれってちゃんと経済回ってるんですよね。
すごいなと思うのが。
今でも多分演劇とか、
演劇かな、主に演劇は今でも東京に出てって、
俳優として成功するみたいなのが、
結構今の時代でも信じられてる方のものかなと思ってて、
音楽はもうそれだいぶ忘れてましたよね。
さっき言った90年代は上京してミュージシャンとして成功するみたいな話ありましたけど、
今ボカロピーだったら全国どこにだって作れますし、
海外とかから作ることも全然できる世界ですし。
だから音楽に関しては地域性ってものが、
もちろんある程度のところ行くと、
東京にスタジオがあるから東京に行かなくちゃねとかあると思うんですけど、
とりあえず活動を始める、何かするっていう意味では、
だいぶどんどん地方にいても可能になってきている世界かなと思うんですけど、
地方アイドルっていうのかな、地下アイドル、
地方の地下アイドルはわりとそこでちゃんと経済が回ってるので、
だからちゃんと飯食えてるのすごいよなって思うんですよね。
多分今、インディーズバンドのあんまり名前も全然知らないようなところで、
飯食えるほどのバンドマンがどれだけいるか、
もっと言ったら衝撃場、地方の衝撃場で飯が食えてる人がどれだけいるかって言われると、
本当に多分少ないと思うんですよ。
そう思うと、多分比較的地下アイドルはまだまだいるので、
経済が回っててすごいなと思いますよね。
そのやり方とかいろいろあるのかもしれないんですけど、
逆に言うとそういうとこに、別に真似しろというわけじゃないんですけど、
盗めるものは盗んで考えていかないと、経済活動としてというか、
別に儲けるためじゃないですけど、
活動を続けるためにどうやって飯を食うかっていうことに関しては、
っていう部分だよねっていうのは、
演劇と公共性、パンク精神の変容
やってた頃によく考えたりしてましたね。
あんまり考えてもないかな、僕は。
あんまりこういう話は普段しないんですけど、
最近は特に演劇をやることもあんまりなくなったので、
わざわざこういう話をするような飲み会とかも全然ないんですけど、
なんかふと思ったのでちょっと話して記録に残しておこうかなと思って、
話してみました。
これももうちょっといろいろ考えたんですよね。
今衝撃の話したんですけど、
例えば同じように助成金が出ているジャンルって何かって言ったら、
現代音楽とか、ちょっとパッと出てこないんですけど、
あるじゃないですか、いろいろ。
そっちはどういう流れなんだろうと思ったときに、
現代音楽って流れとしてはクラシック音楽とか、
いわゆる音韻体制とかのアカデミックな流れがある中で、
やってる人がわりといて、
だから文脈的にわりとアカデミック寄りな部分があって、
公共との相性が比較的いいかなっていうふうに思うんですけど、
演劇ってその元をたどるとアンダーグラウンドな世界からつながってるので、
結構公共性と反する部分があるというか、本来の持ち味として。
だからそれが僕の中でひとつ違和感として存在するなと思って、
かつていわゆる反対性的なパンクなものであった
衝撃状文化というものが、
感覚的には2000年代ぐらいから比較的公共側のものになってきて、
公共と手を組む側のものになってきて、
それによって、何て言うんですかね。
ただ別に表現の自由ではあるじゃないですか。
例えばわかりやすいところだと、
岡田斗司機さんの作品とかは結構政治的なテーマがモチーフとして出てくることが多い。
そこによって表現の自由は保障されてるよねっていうのがあると思うんですけど、
公共側によって用意された場所での表現の自由をやるってどういうことかっていうと、
いわゆるパンキッシュなものとは文脈が全然違って、
そういうものをやってもOKな国ですよっていうアピールにつながるんですよね。
なんて言うんですか。
表現の自由があるよっていう証拠っていうか、
そういうものとしての機能としてなってるよねっていうところがあると思ってて。
そうなると、パンキッシュではないよねっていうあり方が。
ってなると、本来のアンダーグラウンド、アングラ演劇っていうものとの文脈と、
僕の中では2000年以降の衝撃場シーンっていうものは、
ちょっと立ち位置が違うなっていう感じがしましたね、なんとなく。
だから流行らないんじゃないかなみたいな気持ちがちょっとあるんですよね。
なんて言ったらいいんかな。
音楽でもあるじゃないですか。
高校生バンドフェスティバルみたいな。
高校生とか別に軽音部とかだからいいんですけど、
公共の場所でロックパンクがやられるっていうことが許容されるようになったときに、
もうそこにロックとパンクの精神は果たしてあるのかっていう本来のね、
果たしてそれって思想的な意味でのロックパンクなのかっていうこと。
ジャンルとしてのロックパンクではあるけど、
思想としてロックパンクではないよねっていうことになるのと似たようなことがそこで、
演劇って言葉があまりに広すぎるからわかりづらいんですけど、
そういう転換が起きたんじゃないかなってことに思ったんですよね。
っていう話でした。
考察のまとめと今後の展望
これも本当にまとまってなくて、
今日なんとなくボーッと考えてて、書き留めるという意味で喋ってみました。
またちょっとここから考えてみて、話したいなと思うことができたらまた撮ろうかなと思うので、
もしよければまた聞いてもらえればなと思います。
これが僕の意見だというわけではなくて、
本当に僕が今考えて思いついたことを言ってるだけなので、
果たしてこれが本当に冷静に考えた時に僕の意見かって言われると、
またちょっと違う部分あるんですよっていう話になるかもしれないんですけど、
なので、よた話として聞いていただければなと思います。
では今日はこの辺で、ではまた。