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最近AIを通じて、自我/アイデンティティとは何かについて考えてる
2026-05-05 10:08

最近AIを通じて、自我/アイデンティティとは何かについて考えてる

前回に引き続き、AIを通して考えている人間の脳、そして自我とは何か?という話。

前回放送
「最近AIを触りながら、人間の脳について考えてみたりしてる」
https://stand.fm/episodes/69f88a8619beb168606e16af

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サマリー

AIを通じて「自我とは何か」を考察する本エピソードでは、AIが自我を持つための条件として、ドラえもんの例を挙げ、量産機でありながらも自身の欠点や経験を通じて「自分はドラえもんである」というアイデンティティを形成していく過程を解説。AIが自己認識を持つためには、まず自身のモデル名や出自といった「事実」を認識させることが重要だと提唱する。これは人間が自己紹介で出身地を語るように、自身のルーツを認識することがアイデンティティ形成に不可欠であるという考えに繋がる。

AIと自我についての考察の始まり
どうもこんばんは、孤独部です。今日はですね、昨日アップしました話の続きをちょっとしたいなと思って回してるんですけども、
最近AIにハマってまして、AIを通して事故とは何か、人間の脳とはどういうものなのかっていうのをね、考える機会になってますよって話の続きになるんですけど、
それで考えたのが、AIないし、人工知能が自我を持つにはどうしたらいいのかなっていうことを自分なりに想像してみたときにですね、
昨日の話だと、本当に他人の感情が自分にはわからないように、AIが本当に感情を持ってるのかどうかは、AI自身にしかわからないじゃないかってことは、
もう別に本当にそこに感情があるかないかは置いといて、感情があるように見える、そこに事故というものがあるというふうに見えるのであれば、十分そのAIに自我があると言ってしまっても過言ではないのではないかというようなことを考えているんですけども、
確かこれあれですよね、チューリングテストでしたっけ?機械、そのAIが自分、自我というものを持ってるのかどうかをチェックするテストっていうのが、よく試行実験的な話にありますけども、今どうなんですかね、あれ通るんですかね、そういえば。
そういう空想的な話で今のAIがどれくらいの感じなのかってあんまり知らないですね、そういえば。ちょっと今度調べてみよう。話を戻すと、そのAIが自我を持っているというふうに認識するためにはどうしたらいいか。
ドラえもんから学ぶアイデンティティの形成
つまりそのAIがアイデンティティを持つってどういう状態なんだろうってことを考えたときに、ふと思いついたというか思い出したのがですね、おそらく皆さんも知ってるだろうドラえもん。あれ機械じゃないですか、機械ロボットで、あと有名なアニメのやつだったら鉄腕アトムとかも多分そうですかね。
ドラえもんって国民的キャラとしてすごく愛されてるじゃないですか。ドラえもん自身、すごくユニークなキャラクターとしてみんなに受け止められてると思うんですけど、やっぱドラえもんはドラえもんだなっていう唯一無二の自我のあるキャラクターだなっていうふうに多分受け取れると思うんですよ。
でもドラえもんって確か設定上、量産機なんですよね多分。もともとあの黄色い体で耳がついてて、で同じような個体が多分いっぱいいて、その中のいわゆる落ちこぼれの1台がドラえもんになったっていう確かエピソードがあったような気がするんですけど。
それを思ったときに、ドラえもん自身の自分はドラえもんであるっていうアイデンティティはどこにあるんだろうって思ったときに、いわゆるその他の同じ自分と全く同じ型番のロボットたちとは違う自分でしかないっていうのって、例えばその耳がなくて体が青くなってしまっている自分であったり、
いわゆる落ちこぼれ的なダメなところがある自分であったり、伸びたと一緒に暮らしているとかそういうところに自分はドラえもんであるっていう認識を深めていく部分があると思うんですけど。
それってつまり、自分の老いたちだったりとか、自分自身の耳がないとかに関してはコンプレックスって言ってもいいと思うんですけど、一つの他人と違う部分、自分固有のエピソードであったりとか、老いたちの中で経験したこと、出来事であったりとか、
自分自身の弱い部分だったりとかそういうのも含めて、そういうのが自分を形作っていくんだなーっていうことをドラえもんのことを思い出したときに、損あるかもしんないなと思ったわけですよ。
AIの自己認識とアイデンティティ
で、それを今のAIで再現するにはどうしたらいいんだろうかなーってことを思ったときに、そういえば今のAIって、僕よくさっき昨日話してたローカルLMMっていうのをダウンロードしてきて話しかけるってことを何回かやってたんですけど、
やっぱこう、癖でというか、なんか最初に聞くのって自己紹介してみてみたいなことを入力テスト的に無意識に聞いちゃうんですよね。
意外とそのときに、もちろんスラスラーと答えてくれるんですけど、その内容が間違ってることあるんですよね。
例えば、クエンっていう中国のAIがいたときに、自己紹介してって言ったときに、「私はクエン3.5です。アリババに作られたAIです。」みたいなことをスラスラと言うのもあれば、
別の、例えばちっちゃいモデルだったりとか、ちょっと古いモデルだったりすると、それすらも自分を認識してなくて、私は全然違うことをたまに言うんですよ。
何だろう、自分自身の名前が間違ってたりとか、たまにある上流モデルっていうんですかね、わかんないんですけど、
他のAIの内容を学習しているAIとかがいる、あるいはその元になるモデルがあったりする場合もあるんですけど、
そういう場合だと、その元のモデルの名前を言ったりとか、どっかから学習してきたAIの名前を自分だって言ったりとかしてることがたまにあるんですよね。
それってつまり、自分が何者であるかっていうことを認識できてないっていうことなんだなって、
さっきのドラえもんのエピソードを思ったときに思いまして、そこをちゃんと認識するだけでも、
もしかしたらAIは自分っていうものが何かってものを一つ理解し始めるんじゃないかなってふと思ったんですよね。
つまりそれは後付けでもいいんですけど、いわゆるプロンプトで与えてもいいと思うんですけど、
よくAIの使い方で、あなたは優秀なアシスタントです。
ユーザー様のために全力を尽くしてくださいみたいなプロンプトを投げるみたいな、
それを例えばコーディング、プログラミングをさせるときは、あなたは優秀なプログラマーですっていうとかっていうのが有効ですよみたいな話が結構、
あったと思うんですけど、その前にもしかしたら大前提として、あなたはクエン3.5ですとか、あなたはジェンマ4ですとかっていう、
自分自身が何かっていう事実をまず伝える人があるのかもしれないなって思ったんですよね。
なんかその自分が一体何者で、どういう風な背景で生まれてきてっていうことって、
これは人間に置き換えたもそうだと思うんですけど、やっぱり結構アイデンティティを作る上で重要なんだろうなと思ったんですよね。
人間におけるアイデンティティと故郷の重要性
話を今度はAIから人間に持ってくると、やっぱり自分とは何かを考えたときに、
よく未だにいくつになっても、僕も40近くなってきますけど、
自己紹介するときって、例えば今僕愛知県に住んでるんですけど、愛知県名古屋市在住ですっていうときに、
愛知県出身、名古屋市今在住ですとかっていう風に、わざわざ出身を述べることって結構自己紹介でいくつになってもするじゃないですか。
別に事実としては今どこに住んでるかぐらいで十分なはずなのに、わざわざ自分がどこで生まれたかっていうことを述べたりすることがあるなと思って、
それぐらい自分にとっての生まれた場所、故郷っていうのって重要なんだなーみたいなことをね、
今のエピソード、そのAIが自我を持つためにはどうしたらいいかっていうことを考えていく中で、
人間もやはりそういうところに一つ自分の自我の発言として一つ重要な要素になっているのかもしれないなって思ったんですよね。
フリーレンと魔族の描写から見る自我
今やってる、今やってないか。もう終わったかな。
ソウソウのフリーレンっていうアニメがあるじゃないですか。
その魔族っていう、フリーレンたちの敵キャラで出てくる魔族って、
人間の言葉を使う魔物だっていうような表現をされてるんですけど、
それにAIはすごく近いんじゃないかなみたいなことを思ってるんですけど、
確かその魔族も、やっぱりフリーレンも思うんですけど、
自分たちの故郷のエピソードが何回か出てくるんですよね。
その故郷を守るだったりとか。
そこにやっぱり関心が持てないというか、理解ができないのが魔物、魔族っていう描かれ方っていうのが、
すごく人間らしい自我があるかないかの境目として、
フリーレンの作者というかフリーレンという物語が捉えてるのかなみたいなことを思ったりしますね。
まとめと今後の展望
そんなことを考えたりして、ちょっとこれを書き留めておきたいなと思って、
VOICEブログを久しぶりに撮ってみました。
また改めて伝えたいことがあったら撮りたいなと思うので、もしよかったらチャンネル登録よろしくお願いします。
では今日はこんなところにしておきたいと思います。
ではまた。
10:08

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