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古代の福岡を歩く遥かな昔。 海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩く。 この番組はJA福岡屋目
道の駅村方 餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
JA福岡屋目の直売所ヨランノの餌頭です。 屋目はキウイの産地です。今は博多甘ういが食べ頃です。
大玉で果肉は黄色系。その名の通り甘さたっぷりのキウイです。 博多甘うい覚えてください。
こんばんは佐方周代です。 先週までは津久市の黄身岩井関連で屋目市の岩戸山古墳と石神石場。
そして広川町の石神山古墳を歩きましたが、 今度はこの石神山古墳の入り口にあります石神山
高架谷古墳公園資料館、古墳日和広川を見ていきます。 ご案内を屋目の古墳に詳しい屋目市の職員大塚刑事さんにお願いしました。
ここは石神山古墳のすぐふもとにあります 広川町さんの古墳資料館になります。古墳日和広川というところになります。
古墳日和広川、された名前ですね。
ここの特徴と言いましたら、もちろん石神山古墳の資料を集められているということと、
石神山古墳のすぐそばに装飾古墳で高架谷古墳という古墳がありますが、
その高架谷古墳の中に装飾があるということが昭和の50年代初め頃に分かって、
その古墳をちゃんと残さないといけない。
そしてその古墳の中の様子や資料を保全して公開しないといけないということになりまして、
広川町さんの方でこの資料館を整備された。
ここの大きな特徴としては、石神山古墳の資料も玄関入ってすぐのところですね。
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玄関入って真正面に。
壁画というので見えますね。
玄関の壁画を復元して、レプリガではありますけれども、中にちゃんと見れるように作っておられます。
中の大きさは横2メートルくらい、縦が1メートル50くらいありますかね。
そのくらいの大きさですね。
結構大きいですね。
ちょうどこの広川町古墳が横穴式石室で、その一番奥に石館というものが作られているんですね。
壁になる石を立てておいて、天井に石を乗せるというか被せるような感じですね。
ただ入口のところは何もないという状況なので、言ってしまえばちょっとした屋根付きのベッドみたいに見えているんですけど。
なるほど。
その石館という施設の内面にいろんな文様が書かれています。
三角形の形をした三角門とかですね。
丸い形をした縁門、銅心縁門。
そして武器の一つでもある遊戯というものがあるんですが、遊戯を書かれているんですが、
この古墳の装飾の一番の目玉というのが装脚臨場門という文様があるんですね。
装脚臨場門。
そうですね。字を書きますと、二股ですよね。足ですね。
そして輪っかの状態の文様ということで装脚臨場門というんですが、
この装脚臨場門という文様が非常に珍しい文様なんですね。
まだ見つかっているものとしては、この高架谷古墳を含めて日本全国ですね。
日本全国でもまだ四つしか見つかっていないという非常に極めて珍しい文様なんですね。
非常に有名なものとしては、福岡県に慶専町という町があるんですが、慶専町にある大塚ですね。
王様の王に塚と書いてある大塚古墳というんですが、大塚古墳にも装脚臨場門というものがあるんですが、
ただ類例があまりにも四つしかないということもあって、この文様が意味するものというのが実はまだ分かっていない。
一体何だろうかということですね。
いろんな説は出ているんですが、定説がないんです。
ただはっきり言えることは、特に熊本北部ですね。
熊本北部の装飾古墳の中に用いられている割合が高いということもあるので、
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熊本北部の人たちの何かの観念ですね、思想があって、その思想に基づいた文様だということは推定はできるんですが、
実はまだ分かっていないということが正しいですね。
ここから正面から月あたりの部分になりますが、本当に円が30センチくらいの円ですかね。
それが3つに4つ書いてあって、二重になったのが2つありますね。
ということで、その円の上の方にあれは弓を入れる遊戯ですか。
はい、遊戯ですね。
あれは石人石馬にもありましたね。
あります。
そういう模様がここに書いてあると。
この文様の構成自体が、大体円の形をした文様と三角をした文様というものが主だった文様になるんですけれども、
真ん中に大きな円紋を持ってくるという部分と、
それから上の方に遊戯をずらっと並べるというこの描き方が浮派ですね。
福岡県で浮派という地域があるんですが、浮派のあたりとか吉井町というところにあるような古墳に非常に共通性があるというところですね。
なので浮派地域の人たちとの交流ももちろんあるし、
三角臨城門という文様が文様の中の中心を示しているというところからすれば、
熊本の北部を中心にした勢力とも何かしらの関係性を持っているというふうなことが考えられる文様構成になっています。
重心園の方からですね、ローマ字のイイという字がいいですね。
ちょうど鯨が潮を吹くときの漫画でよく出てくる、両方にパッと開くような文様なんですが、
大体下を向くか上を向くかというようなことが多い中で、横を向いていて文様そのものもかなり単純化しているというか省略化されているので、
三角臨城門のもともとの本当の意味というものが少し薄れているような気がしますが、
それでも文様として採用したということは何かしら深い意味があるんだろうというふうなところは想像できるのですが、
実際の文様の性格というのはまだわかっていないというところがあります。
三角臨城門なんですが、ここの説明にはサシバと呼ばれる大きな内輪が元になったのではないかという説もありますね。
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はい、ありますね。いろいろあってですね、本当に形だけを見ればサシバというふうに話があってもおかしくはないというふうには思いますし、
他の文様ですね、甲賀谷以外の文様を見ると一概にサシバというふうにもなかなか言えない要素もあって、
どうしてもまだ定説というふうなものがないのですが、これから同じような文様がいろんなところで見つかったりだとか、
古墳以外の遺物の中にそういうものが見つかるようなことがですね、もし出てくるようなことがあればもう少し真相に迫れるのではないかなと思います。
ここにはこの近くにあります、甲賀谷古墳の石室石館の部分が復元してありますので、これは本当によくわかりますね。
中は壁画の壁が描かれていますね。
壁の内側は全てに文様が描かれているそういう状態ですね。
これは非常に貴重ですね。
そうですね。年に2回本物を公開されるのですが、ただもう現物を見ても赤の色しか残っていないようにも見えています。
そうだ、色が赤ですね。
だから、もともとの色を見てみたいという方は、ぜひこの資料館の方に来ていただいて、
エプリカを見ていただくのがいいかなと思います。
赤とそれから三角形、黒とかですね。色も鮮やかですね。
甲賀谷古墳石室の複製の展示。色鮮やかでなかなかのものでした。
そして資料館の奥の方へと歩いていきます。
今、展示室の中に入ってきましたが、やはり石神三古墳と甲賀谷古墳だけというわけにもいきませんので、
広川町の古代の歴史から紐解いていくということで展示品が並んでいます。
もちろん縄文時代、その前の旧石器時代のものも含めて、
それから弥生時代の亀冠簿とかも含めていろいろ展示が行われていますが、
やはりここの資料館の中で一番重要なものといえば、やはり石神三の遺物でもあり、
そして石神三古墳の後に作られた、たくさん古墳が広川町では見つかっているのですけれども、
そういう古墳群から出てきた資料を展示しておられる。
この広川町だけではないのですが、南筑豪地域の古墳のあり方、様子がよくわかるように展示が行われています。
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今歩いてきて気がついたのですが、阿蘇溶結業界館というものが置いてありまして、
小さいものは4、50センチの板状なものが2枚置いてあったり、それから大きな塊があります。
それを見ていて、これは石神石場をこの石で作ったのですか?
そうです。阿蘇溶結業界館という石なんですが、
みなさんは島原で大噴火があったことを覚えていると思いますが、
その時に少し有名になりました火災流というものがあります。
火山灰とかマグマの石化したようなものが歴状になって転がり落ちてくるのですが、
それが固まってできた石を業界館というふうに呼ぶのですが、
阿蘇という名前がついているのは何かと言いますと、阿蘇山の噴火で形成された石なんですが、
今からおよそ9万年前ぐらいに阿蘇山が大爆発を起こして、
九州がほとんど壊滅するぐらいの火山灰や溶岩も含めて火災流が流れ込んできて、
それがものすごい熱を持っているのですが、600度とか700度の熱を持っているのですが、
それが堆積して熱と圧力でギュッと石になってしまったものが業界館という石なんですね。
九州にはたくさんありますので、
それを用いて自分たちの自己主張を高めていくための道具として石人石場というものが作られたんですね。
ああいう石を材料にして石人石場というのは技術的ですよね。
そうですね。
本当は業界館という石は細かい砂が集まってできたようなイメージはあるのですが、
実は違って大小様々な石が中に入り込んできて、それがギュッと石になっているのですが、
これがまた意外に加工が難しいのです。
削りやすくて形は作りやすいのですが、細かい細工には本当は適していないのです。
なので石人石場を作ったり、石管の二石に彫刻を彫ったりするときには石が相当選ばれるのです。
業界館だったら何でもいいというわけではなくて、業界館の中でも非常に彫刻や細かい表現がしやすい石を選んで、
それを今から1500年ぐらい前の石工さんたちが選んで、それを切り出して加工をしていく。
今も昔もやはりプロフェッショナルはさすがに違うなと思います。
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簡単に素人ではできないという技術者集団がいたのでしょうか。
技術者集団ですね。石管を作ったりするための専門的な集団という人たちがいて、
その人たちの中でも特に熊本県北部菊地川流域の方が、まず石を切り出して、
それから石管の蓋を作って、そこに彫刻を施して、ここまで運んできて石人山古墳に収めたというストーリーが考えられます。
この石でいろいろなことがわかってきますね。
そうですね。いろいろわかってはいるのですが、わからないことのほうがまだまだ多いですね。
これがチョッコマンというものですか。
石管が入って左手に曲がってきたところなんですが、その突き当たったところに2枚の石があります。
左側が少し白っぽい石で、右側が少し黒っぽい石ですけれども、
左側の白っぽい石の方は岡山県千足古墳という古墳があるのですが、
その千足古墳の中に石匠といって、石室の中を板石で囲む施設があるのです。
それを石匠と言うのですが、石匠にチョッコマンが刻まれているもののレプリカです。
円とそれから×印ですか。
そうですね。直線と円を組み合わせていって、非常にまじない的な要素が強い文様です。
そういうことですか。
複雑な文様を組み合わせることで、外から悪い霊が石管の中に入っている人のところに行かないように
ということで作られているものだと考えられています。
石の中に葬られている人を、いろいろなものが飛び込んでいかないようにと蓋に模様をつけたわけですね。
この源流になるのが弥生時代の終わり頃になるのですが、
岡山県のあたりで古体門という文様があるのですが、
ちょうど帯が絡まったような感じの文様があるのです。
古体門というのですが、その古体門が一つ原型になっているのだと言われています。
非常に複雑な文様なので、研究者の方がいろいろな形の類型、A類とかB類とかいろいろ種類が違いますが、
だいたい一番古いタイプの直骨門よりももう1個後ぐらいの時期にあたる直骨門の文様が石神山古墳の二石には刻まれている。
この二石、今写真で大きくしてありますが、見事なものですね。
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見事ですね。
これは浮き彫りと言うのですが、ただ彫っただけではなくて、大事なところはちゃんと浮かして、
少し彫りくぼめながら文様を浮かせるような形の彫り方をしているので、これは非常に難しい。
しかも石が業界岩という石なので、細かく彫ろうと思うとどうしても小さい石に当たったりすると、そこがパキッと割れちゃったりするのです。
綺麗な文様をきっちり彫ろうと思ったら、先ほどお話ししたように、そういうことができる石を選んで彫り出してこないといけないので。
非常に難しいですね。
これは現代彫刻家が見ても素晴らしいですね。
やはり相当難しいと聞いてはいます。
そしてさらに展示品を見ていきます。
岩手幕本のところでもお話をしたのですが、
筑後の国の漢画、役所跡があると。
そこから南に虹のところに岩井の墳墓があると書いてあるのですが、
そのときに描かれていた漢画、役所の跡ですね。
役所であると思われるところから出てきた遺物を展示しています。
松江大坪遺跡という遺跡ですが、
ここからいろいろな土器であるだとか、
それから役所で働いていた役人の方が身につけていたものとか、
その中でも特にこれは大事だなと思っているのは文字ですね。
文字を書くために必要なものといったら筆とすずりになりますが、
円面犬というすずりが出てきているんですね。
古代の役所が作られる時代は大体7世紀とか8世紀という時代になるのですが、
そのころの一般的な建物は当然板吹きであるだとか、
役所なので瓦を持っているんですね。
瓦が出てくるということは非常に皇的な施設である。
しかも非常に重要で見た目も大事にされている建物になるのですが、
松江大坪遺跡からは円面犬というすずりも出てきますし、
瓦も出てくるし、
役人がつけていただろうと思われるような装飾品も出てくる。
だいたい7世紀、8世紀くらいの古代の役所があったのはほぼ間違いない。
そこから南に行くと大体ちょうど1.2キロ前後になるのですが、
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ちょうど1.2キロぐらい南に行くと岩手山古墳があるので、
この中に書かれている内容は非常に整合性が高いというか、
信憑性の非常に高いものだと考えております。
そういうところからしても岩手山古墳が岩井が葬られている墳墓である。
それを証明づけるような発見でもあった。
それから松江大都合遺跡だということが言えると思います。
松江というのはまさに恵という字を書きますね。
松江大都合遺跡ということですね。
ここにあります円面犬というスズリですね。
このスズリも今のスズリとはちょっと違いますので、
そういう見方もできますよね。
今のとちょっと比べてみてくださいという見方もできますね。
広川町の古墳ピア広川古墳公園資料館を紹介しました。
ご案内をやめの古墳に詳しいやめ氏の職員大塚刑事さんにお願いしました。
先ほどのスライディングの泥汚れをかなり気にしていますね。
ここで古代の福岡を歩くリポーター中島梨彩さんです。
こんばんは。
広川町に異帳の名所があるんです。
しかも1週間限定の公開という。
その名もタイバルの異帳と言いまして、漢字で書くと太い腹っ端と書いてタイバルなんですよ。
今年の観覧期間は11月18日から24日だけ。
迫ってきましたね。
一体どんな様子なのか、この広川町観光協会会長の富久寛さんと、
副会長の尾形優さんにその様子を教えてもらいました。
本数自体は100本ぐらいしかないんですけど、
並木と違って元々がこの異帳の実を取る畑なんですよ。
銀杏畑?
銀杏畑。
なんで、ぎゅって詰まってます。
ので異帳の密度が異帳並木と比べると濃いんで、
紅葉の季節になるともう360度黄色、黄金色。
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じゃあたくさん植わってる。
そうなんですよ。
銀杏の収穫が終わった後に地主さんがご好意で開放してくださる。
それから1週間しか公開されないんですよ。
いいですね。
今行っても入れないんです。
どんなだろうと思って写真を見せてもらったんですけど、
見ると知ってる異帳の姿と違うんです。
大きいですね。
低いところから葉っぱが始まってるようで、
これどういうことなのかお二人にさらに聞きました。
並木はシュッとしてますよね。
これは銀杏を取るために枝を広げてるんですよ。
丸い感じです。
低いんですよ。
葉っぱの高さがですね、並木って上見るじゃないですか。
これもうこの辺が葉っぱなんですよ。
顔の高さが。
だからすごい写真撮った時に普通に撮っても
もうバック全部異帳っていう感じで映えるんですよ。
それがなんか普通のところと違うみたいですね。
びっくりです。
まだね、銀杏取ってる。
私が取材に行ったのが10月の半ばだったんですが、
行ったらまだ青してましたし、
皆さんの銀杏の収穫作業なさってたんですけど、
歩いて捕捉すると、
歩数で測っただけなんで、
ちょっと違ったらごめんなさい。
30メートルかけて30メートルぐらいの広さに
このたくさん異帳が割ってるんですよ。
おそらくこの中がずっと絨毯状になるんだなと思うと、
頭の上、体の横、足元全部黄色になる。
見上げても見下ろしても真っ黄色。
低いところから枝が始まってるっていうのは、
私の目測でいくと膝からももの間ぐらいのところからも
枝が横に広がってますんで。
そうなんですか。
これは確かに一面というか、
全体異帳の黄色にまみれる感じ。
なかなか他では見られない光景ですよね。
そうなんですよ。
この公開期間が11月の18日から24日、
ほぼ1週間だけなんですけど、
タイヴァル異帳巡りというタイトルで、
他に一緒に広川町を巡っていこうよっていう気持ちも込めて
イベントも同時開催されてまして、
例えば22日と23日、土曜日と日曜日は
特産品とかおいしいもの大集合のマルシェが行われたりとか、
異帳サポーターが募集されたりしてますし、
このちょうど異帳の黄色い期間中、
周遊、広川町を巡って楽しみましょうという意味で、
例えば観光協会の会長の富士山さんのところは、
クルメカスリーの折り元なんですが、
うちでは工房見学とかワークショップも用意してるし、
いろいろ楽しみがあるみたいなんですよね。
ただ要注意として、異帳畑の近くに車は停められないんです。
通常畑なので、お客さんを寄せるようには作ってない場所なので、
一般の住宅がパーッと並んでるんですよ。
だから指定の臨時駐車場に停めなくちゃいけない。
中でも22日、23日、24日、土曜日、祝日は
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ロキテクネっていうところに臨時駐車場が作られるんですが、
ここからシャトルバスが出まして、
このシャトルバスに楽しみがあるんです。
しかもこのバスっていうのが、
ご存知かわかりませんけど、
昔、50年くらい前に走り寄ったボンネットバスっていう
バスを持ってやる旅行会社さんがあって、
そちらの方にお願いして、
このボンネットバスに乗って会場の通勤所まで行っていただくと。
これに乗りに来られる子どもさんたちもおられます。
異帳よりも?
異帳よりも。
2台あるんで、1台は異帳畑の横で展示なんですよ。
どうぞ乗ってください、乗って写真撮ってくださいなんですよ。
やっぱり子どもさんとかは、みんなそこで写真撮ったりとか。
ボンネットバス、写真撮りたくなります。
でしょでしょ。
詳しい情報は、ひろ川町観光協会のホームページやインスタグラム、
そして電話番号094332-5555にお問い合わせください。
中嶋理恵さんでした。
道の駅胸形のタッキーです。
今年も年末の天然ブリの予約が始まります。
油がのっておいしくて毎年大人気。
11月20日から12月10日まで、道の駅胸形のサービスカウンターで受け付けます。
ホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
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またラジコ、アップル、スポティファイ、アマゾン、ユーチューブなど各ポッドキャストでもお楽しみいただけます。
この番組はJA福岡やめ、道の駅胸形、餃子の山鉢の提供でお送りいたしました。
ご案内は坂田周大でした。
バッテン少女隊の春野紀伊菜と青井梨奈です。
RKBラジオでお送りしているガールズパンチバッテン少女隊のバッテンラジオ隊はポッドキャストでもお楽しみいただけます。
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