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#37 「夜中なのに満車になってる」▼田舎の道の駅で、なぜ?岐阜の生活保護行政に切り込んだ連載『ホームレスは、どこへ行った』第3章、取材の裏側を語ってみる▲
2024-08-31 56:58

#37 「夜中なのに満車になってる」▼田舎の道の駅で、なぜ?岐阜の生活保護行政に切り込んだ連載『ホームレスは、どこへ行った』第3章、取材の裏側を語ってみる▲

 生活保護行政に切り込んだ連載『ホームレスは、どこへ行った―岐阜の現場から―』。岐阜市で発覚した水際作戦など地域の負の側面を伝えてきた第1章、第2章を経て、第3章の現場は道の駅。真夜中にもかかわらず連日ほぼ満車になる駐車場を歩くと、住まいを追われたことから車上生活を続けている人たちの実情が見えてきました。夜な夜な道の駅に通い詰めた記者2人で、取材の裏側を語ります。(2024年8月24日収録)

【出演】山田俊介(報道部)坂井萌香(同)

【関連記事】◆ホームレスは、どこへ行った ―岐阜の現場から― 第3章[1] 荷物乱雑、車内で息潜め(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/432938

◆ホームレスは、どこへ行った ―岐阜の現場から― 第3章[2] 日雇いの49歳、道の駅を転々(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/430816

◆ホームレスは、どこへ行った ―岐阜の現場から― 第3章[3] 人の干渉避け衰弱、救急搬送(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/431134

◆ホームレスは、どこへ行った ―岐阜の現場から― 第3章[4] 車上生活10年、75歳の目に映る現実(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/431674

◆ホームレスは、どこへ行った ―岐阜の現場から― 第3章[5] 認知症90歳連れ 届かぬ声かけ(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/432192

◆ホームレスは、どこへ行った ―岐阜の現場から― 第3章[6] 専門家「行政、柔軟な運用が必要」 生活保護 車所有の「壁」(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/432966) 

◆道の駅、連夜の車上生活 岐阜市が声かけを開始(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/430295

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00:25
こんにちは、岐阜新聞報道部の山田正之介です。
坂井萌花です。
岐阜新聞ポッドキャスト、ききかぢ、よろしくお願いします。
ため息から入る。
ごめんなさい。
今日はね、ゲストがいなくて寂しい感じだけど。
久しぶりな感じがありますよ。
第1回から聞いてくれてる方はね。
なんだかんだもう半年くらい経つんだよ。初めてから。
2月ですからね。
本当ですね。早いですね。
半年。
半年で、もう何本目?37本目。
37本目ですよ。
最初のうちは結構短めに、10分くらいで撮って。
ちょっとニーズもいろいろあるかなと思って。
雑談ベースにしていって、
週一にだんだんしていってみたいな感じだったんですけど。
最近はどうです?
最近?
どうなの?
最近どうです?難しかったな。
坂井さん出張続きというかね。
今日ちょっと早めに撮ってますよね。
いつもだと結構ギリギリに。
土曜日配信のものを土曜日に。
ちょっと撮らせてもらったりしてたんですけど。
そうだよね。
ちょっと早めにね。
1週間くらい空けて。
もうね、月末まで私いなくて。
すごいことになってるね。
3県を5日間巡るんですけど。
すごいよね。大学生みたいだよ。
ね、弾丸。
弾丸感があるよ。
香川に行って愛媛県に行って兵庫県に行くと。
わー。
何の取材なのかちょっとまたお祝い。
そう、お祝いね。
そういう回をまた。
そうですよ、ぜひぜひ。
作ってね。
今回私ちょっと写真メインなんで。
ちょっとあれなんですけど。
でも兵庫県には軟式野球の大会があるので。
それもありますが。
赤市。
東カロ球場。
東カロ球場ですね。
東カロ球場。
懐かしいな。
軟式野球発祥の地なの?
03:00
ロシーですよ。
個人的にはホットモットでやったらいいのにとか思うんですけど。
せっかくね。
全国大会だしね。
でも発祥の地ということでずっと変わらずね。
赤市の赤市市にあります東カロ球場でやっております。
岐阜県はね中級高校が強いので。
結構その東カロ球場がいろんなドラマの舞台になってきたっていうことでね。
結構県内でもなじみある方多いのかなとは思いつつ。
今年も3連覇かかってます。
でも私知らんかったです。岐阜が強かったの。
軟式が公式の夏の大会に比べるとちょっとやっぱマイナーなので。
でも打ち方とか全然違うらしいんですよ。
そうだよね。
球が弾むので。
またちょっと私も多分記憶上行ったことないので軟式。
初軟式。
初軟式だと。
それこそ中級高校かつて延長50回続いた戦いの準決勝を勝って、
決勝を勝って優勝みたいな年があったりとかね。
ホリさんがいたって言ってて、帰れなかったよって言ってました。
そうだよね。3日間かかってるからね。決着つくまでにね。
そんなドラマがまたちょっと皆さんにお伝えできたらいいなと思いつつ。
今日のテーマですけど。
はい。今後はですね。岐阜新聞は今年の2月からやってます長期連載ですね。
ホームレスはどこへ行ったっていう生活困窮の現場をたどりながら、
行政ですとか地域社会が抱える課題について問題提起していくっていうのをね、
私がメインでやっていて、
孤立孤独対策とかね、そういう話ともちょっと絡んでくるような話で、
ここまで第1章、第2章とやってまいりまして、
ちょっと間空きましたけど、ようやく第3章が始められたということで、
ちょっとそのことをお話ししつつ、せっかくなんでね、
なんか取材の裏側的なことをね、いろいろお話しできるといいのかなと思いながら、
今回ちょっとそれをテーマにお話ししてみたいと思います。
ということでホームレスはどこへ行ったについてですが、
ここまでね、第1章、第2章とやってまいりまして、
ここまでは生活保護をね、受けようとして、
岐阜市役所の窓口を訪ねたけれど、職員の方に追い返されてしまっただとか、
生活保護の自給を認める代わりに、ちょっと環境がね、
06:03
劣悪な施設に訳もわからず連れて行かれた方のお話だとか、
岐阜という地域にあるいろんな不の側面というか、
そういったものを種に持ってきたものではあるんですが、
あるいはそうした不の側面にいる当事者に何とか手を差し伸べたいなという思いで、
立ち出しをやっている方ですとか、決まった住まいにつながるように声をかけている支援者の方だったりですとかね、
そういう活動を連載の中でお伝えをしてきたんですが、
最初はね、4人とかであの取材班を組んでやってたんですけど、
皆さんその後移動とかね、いろいろあって取材班をちょっと離れていったりして、
気がつけばライターは私一人だけになってしまって、
しゅんすけさんだけになっちゃう。
孤立孤独を追ってたら自分が孤立孤独になるっていう、
間違いないですね。
ちょっとね、耐えがたい感じが。
本当に、第3章もほぼしゅんすけさんが書いて、
ライターはね、私やってるんですけど、
いやいや、取材もやっていただきました。
第3章の現場がね、道の駅なんですよ。
はい、はい。
道の駅ってね、あの一回聞かせても、
カニってね。
道の駅のカニって取り上げたりとかさ、
ちょっとお話ししたかと思うんですけど、
道の駅これ全国に1200カ所くらいあって、
都道府県別で言うと、一番多いのが北海道。
その次に多いのが岐阜県と。
岐阜県だけで50カ所くらいあるんですけど、
今回はそのうちの一つで、岐阜市にある道の駅、
柳津というところがね、柳の木の柳に、
三重県津市の津で柳津って言うんですけど、
ここがね、夜中なのに駐車場が満車になってるよ、
っていう話をちょっとキャッチしまして、
なんでだっていうことをね、
持った疑問を少しずつ取材を重ねて、
なんでなんだろうっていうところの確信に迫っていって、
結果ここにはいて、住まいを失ったことから、
車の中で暮らしている人がいるっていうことが分かってきたんですね。
取材に答えてくださった当事者の方の話、
それからその当事者の方を決まった住まいにつなごうとして、
夜な夜な声をかけて回っておられる支援者の方だったりとかのね、
お話をまとめたのが今回の第3章ということなんですね。
今回は夜の現場なので、
ちょっと写真が難しいということでどうしようねみたいなことをね、
09:00
デスクともちょっと想定をして、
今回から写真部の坂井さんに取材に加わっていただいて、
っていうのが経緯だったわけですね。
今回はからずもこのフォトキャストも2人で、
いっぱい行きましたね、夜ね。
行きましたね。
ただなんかタイミングとか、日とか曜日とか時間とか、
いろんなものが関係して、
なんか車が多かったり少なかったりとか。
ほんと日によるじゃない、
結果的にね、
満車に近い状況になっていくっていうのは連日続いてたんだけども、
その込み始める時間とかがさ、やっぱり日によったりとか、
季節にもよるのかなと思いましたね。
暑くなっていくほどに、
あんまり早い時間からは込み始めないっていうのが、
だんだん通っているうちに分かってきて、みたいなことがね、
あったりしましたけど。
こういう取材はね、ほぼ初めてみたいな感じだったので、
なんかやっぱりね、ちょっとヒリヒリするとかね、
不安とか、ちょっと緊張もありつつ、
それこそあれでしたよね、
車上の車の中で生活されている方に話しかけましたね。
そういう現場があるっていうことは、どうだろう、
2年くらい前から聞いてはいて、
実際に見に行ったりして、
確かに混んでるな、みたいなことを把握してはいたんですけど、
じゃあ、実際なんでそうなってる、みたいなところって、
やっぱり声かけてみないと分からないし、
ただ、どんな人がそこにいるのかっていうのは、
もう全然分からないから、
なかなか声かけるっていうところに踏ん切りつけるところまでが、
結構時間かかったりもしてて、
結構怖いですよね。
やっぱりそれはね。
お話ししていく中で、やっぱり歪みというか、
やっぱり市役所に行って相談したことだってあるけど、
支援が受けられなかった。
この連載というか、このテーマの一つに、
多分大きいところに車っていうのがあると思うんですけど、
車を持ってると生活保護が受けられないというか、
受けにくくなるというか。
原則ね、生活保護受けられないということで、
岐阜だと特に車社会じゃないですか。
だから、なかなか簡単に車を、
じゃあ生活保護を受ける代わりに手放せるかっていうと、
難しいところもあったりすると。
12:01
実際に声をかけてお話を伺っていくと、
そういう方が結構多かったですよね。
中には認められているケースも少なからずあって、
例えば何か通院するために、
どうしても公共交通機関もあんまり面がなくてということで、
病院に通うっていうだけの目的であれば、
車使っていいですよっていうふうに認められて、
車を保有しながら生活保護を受けてみえる方っていうのは
もう中にはいらっしゃると。
ただその辺のことってやっぱ知らないじゃないですか。
知らない。知らないですよ。
生活保護受けようとしても車持ってるから多分、
これはダメだな、受けられないなっていう。
決めつけちゃうんでね。
そういう声も結構ありましたしね。
多分、行政の窓口でも突っ跳ねられた経験があったりする方もいるだろうし、
本当に人それぞれパターンが違うというか、
事情も違うので、話を聞けば聞くほど難しいなと思いましたね。
抱えてるものがそれぞれ違うというかね。
何とかしなきゃなとは思ってるんだけれども、
どうしたらいいかというのが答えが出ないまま、
1年、2年と時間が経っていくという方だったりとかね。
もともと年齢始めたきっかけになった統計があって、
ホームレスの実態に関する全国調査っていうのを
厚生労働省が毎年出してるんですけど、
これは公園だとか河川敷だとかで生活している人が何人いるかっていうのを
都道府県ごとに調査しているものなんですね。
あとは政令指定都市と中核市とかもそこに入ってくるんですけど、
これを見るとこの調査が始まったのが2003年なんですが、
全国にホームレスの方2万5千人以上いらっしゃるということが
その調査で可視化されるんですけど、
これがマックスの数字なんですよね。
そこからずっと下がり続けて下がり続けて、
一番新しい2024年の統計だと2820人になっていると。
少なくなっているね。
これ、立府県の数字を見ると2003年は86人と、
そんなに多くはないんですけど、86人いるという数字だったんですが、
これ2023年、連載が始まった時はまた2023年が最新の数字、
という統計だったんですが、この時は3人、たったの3人になっていたと。
15:03
一番新しい統計2024年になると、とうとう2人。
確かにね、路上で生活されている方って見なくなりましたよね。
見なくはなったけど。
橋の下だったりとか駅だったりとかで休んでいる方とかもっといたと思うんですけど、
確かにそういう方をあんまり見かけなくなったなっていうのは感じつつだったんですけど、
まあでもとはいえ他にはもうちょっといらっしゃるんじゃないの?
全国ではないやろってなる。
まあでも個人的にも、全国の数字を見てもちょっと本当に?みたいな。
こんなに減る?っていう。
本当にゼロなの?これ理不尽だとゼロなんですけど、
本当にゼロなの?っていうところを自分たちの目で確かめに行こうというかね。
それがまあ取材のきっかけになったりはしてるんですけど、
第1章、第2章では道端に打ち捨てられたコンテナの中で暮らしている方だったりとかね。
寮邸学宿泊所って言われるその一時的な住まいって言われているところに、
もう何年も暮らさざるを得ない人だったりとかね、
そういうこの統計に入ってきてもいいんじゃないかなっていう方がね、
やっぱり実際にはいらっしゃると。
炊き出しとかもね、あんまり理不ではちょっと見かけしなくなっちゃいましたけど、
週1回のペースでずっと続けてきてるっていう方も支援者の方で中にはいて、
そこに必ず顔を出している方がいて、
みんながみんな住まいがないってわけじゃなくて、
コミュニケーションの機会として自分の住んでるアパートから歩いて、
そこに参加しに来てるっていう人もいるんですけど、
やっぱり実際にもう住まいがなくて、
路上で暮らしてるっていう方もそこにいたりして、
なのでそうやっていろんな方にお会いしてお話を伺っていると、
もうすでに2人とか3人じゃないわけですよ。
数がもうそこに出ているというか、岐阜県の数を上回ってきている。
県の数っていうのは、行政とかが目視で確認している数ってことですか?
決まった場所があって、これまでに確認したことがある場所に
18:04
河川地域だったりとか公園だったりとか、
そこにいるかどうかっていうのを職員の方が目視で確認していくと。
でもそこ以外にいたら数えられないってことですよね。
そこ以外に100人いても、そこにいなかったらゼロっていうことですよね。
日中はやっぱりいろんなとこ動きを拾いたりとか。
空き缶拾ったりとか、いろんなお仕事をされたりすることもあるので。
実際にお話を伺うと、夜はなかなか怖くて眠れないからずっと自転車で走っていて、
走り回って、ヘトヘトになって。
日中は図書館とか商業施設とかで仮眠をとっていると。
ってなると、やっぱり目視で確認する場所にはいないわけですよね。
ところ、実態を反映しているかって言われたら、反映できていないんじゃないかっていう風になってきますよね。
ますますそういう疑念というかね。
お話聞くほどに実態が伴っている数字ではないなっていうのが見えてきたということだったんですね。
そしてここも一つ気になり続けてきた場所だなっていうことで、
今回6回続きで書いたのが道の駅屋内図だったということですね。
本当にいろんな方がいて、一人で運転席に座っているという方が多かったですけど、中にはご家族で。
一台の車の中にいらっしゃって、やっぱり寝る体制ではないわけですよね。
いわゆる車中泊もできるよっていう風で売り出している車だったりも。
後ろがフルフラットになるみたいなね。
ただ実際には後ろもので埋まっていて、椅子を倒すのも難しいんじゃないかなっていう状況になっていたりとか。
ただなかなか支援につながるかというと、実際には福祉関係者の方が声をかけても私は大丈夫だからということでね。
お祝いしたりとかっていう。
支援はいらないわっていう感じですよね。
本当あれだよね、声かけてみないとわからないことばっかりだったっていうかね。
21:02
ちょっと外に出ているタイミングがあったんで、こんばんはって声をかけてみたっていうところからですね。
最初に取材の裏側って言いましたけど、割と裏も何もなくて成功法で表側で突っ込んでいったっていう感じが強いですよね、我々の取材ね。
毎日毎晩通って、時間はなかなか夜中の2時の状況を毎日見れたわけではなかったけど。
一回一緒にいたのが夜中2時くらい。
私が夜勤終わってからので、2時くらいまでちょっと喋ってたんですよね。
たまたまあの時はね、外に出てたんですよね。
車の外でちょっと休憩をしていらっしゃって。
隣に泊まってた車の方に追いかけられて、2人でお酒をちょっと飲んでるところに雨が降ってる日だったんですよね。
なんか濡れながら安心を聞いたなぁと。
だからこっちもあんまり緊張してる感じを出しちゃいけないと思って、あえて雨で濡れた床にドカッと腰を下ろしてね。
腰に濡れちゃうよって何回もね、話してくださったりとかしてね。
もう濡れてるよっていう。
でもなんかああいう感じでちょっと躊躇するとまずいなと思ったんで。
ズカズカズカズカっとカットさせて。
え、なんか旅行中ですか?みたいな感じで話しかけたけど、どう考えても違うやろうなとか。
やっぱりなんか分かるものがあるというか。
ずっと泊まってた。
もう相手からしたら初めて見る人間だけど、私たちは結構前からずっと泊まってる車あるよねっていう。
やっぱ決まった車がいつも大体同じ駐車区間に泊まっていてっていう。
ある程度、今度じゃあこの方声かけてみようかなっていう当たりをつけながらというかね、ちょっと手元でナンバー控えたりとか。
でも本当あれは偶然でしたね。
本当にそうだったね。
よかった。
やっぱりコンコンってやるのすごい気に入ってました。
ちょっとね、声かけるタイミングがやっぱ難しかったですよね。
コンコンは多分ダメだよなって。
それはね、もうお休みになってるかもしれないし。
そうそう。
結構皆さん割と、やっぱりこの時期ね、暑いですから。
24:02
でもエアコンをつけるとガソリン食いますよね。
そう、ちょうど今後仕入れてっていうのが6月ぐらいから一気に声かけていこうっていう風にやり始めたのが6月だったんですけど。
ちょうどね、その梅雨に入ってじめじめして、やっと梅雨が明けて夏本番暑くなっていってっていうこの基本の変化がね。
やっぱりその暑くなっていってるっていうのが道の駅の様子にも変化を出していて。
減ったかなって思いましたよね。暑いで。
やっぱりちょっとこの暑さだともう車中泊とか無理になるんじゃないかなって思ったこともあったんですけど。
でもなんかゼロなくなるとかいうこともなく、割に満車になる日は満車になるっていう感じで。
あとやっぱ満車になる時間帯がどんどん遅くなってたっていう。
ここちょっと気温が下がる夜中あたりに来て毎日かけずに窓を開けて寝る。
そうそうそうそう。
窓枠に布を留めて寝るって夏の、窓全開にしてさ。
暑いね。でもなんか防犯面大丈夫かな。
いくら暑いとはいえ、そうしないとそれは眠れないし、熱中症のリスクも当然あるわけで。
夜でも夏になって気温が下がらなくなっていって。
だからそのまま声かけてるだけ、見てるだけなのもなんかやっぱりちょっとね、命の危険が。
そうそうそう。ちょっと高齢の方もいらっしゃるので。
だから最後はね、ちょっともう、行政の方にね、現状を伝えたんですよね、我々ね。
こういうことになってますけど、ご存知ですか?みたいなことをね、直接取材申し入れたときに。
生活福祉に関係する、生活保護の対応とかをやっている部署の方にね。
じゃあ見に行きますって言ってくれて、本当は一緒にね、行ければよかったんですけど、ちょっとタイミングが合わなかったりとかしてしまって。
タイミングが合わなかったのはちょっとね、若干未だにもやもやしてるところもあるけどね。
私も思い切って一緒に行かせてくださいって言ったけど、ちょっと来れなくなかった。
この間行っちゃいました?みたいなことを。
でもなんか、やっぱり私としては、もちろん写真撮らなきゃいけないっていうのも一つなんですけど、口だけにされたくないなと思っていて。
27:10
実際に見に行かれるのであれば、その様子を取材させてもらうことで、そこまで行ってるよっていう、行政がそこまで動いてるんだよっていうことを伝えることができると思ったし。
そういう記事が出て写真が出るってなれば、やっぱり行政が気にかけて今いろいろ支援を始めたんだなっていうのが伝わるかなと思ったんですけど、ちょっと連絡がなかったので。
まあ信じてはいるけど、別にやましいことしてるわけじゃないのになっていう、ちょっと本音はそんなところですけど、いいですよって言ってくれたのになみたいな。
言ってくれたときはちょっとやっぱり嬉しかったですね。
なんかそうやって自分たち、しゅんすけさんが基本ですけども、こうやって関われた取材が何かこういい方向に転がるかもしれないというか。
実際のところまだちょっとね、わからないけど、でも行政がやっぱりそれを、そうなんや知らなかったわって言って、何かアクションを起こしてくれるっていうことにつながったっていうのは嬉しかったんですけどね。
かつてはね、連載の第一章とかで書いてるんですけど、水際作戦って言ってね、生活保護を受けに来た人を追い返すみたいな問題をしてた文章なんですよね。
まあその認めてはないんですけど、表向きに水際作戦やってましたとは言ってはないんですけど、その時の態度とはもうまるで違うわけじゃないですか。
まあそうですね、来た相談はできるだけこう…
窓口での対応も変わったっていう声がたくさん我々のところに届いてますし、実際別に我々がお願いして動いてくださいって言ったわけじゃなくて、もうその担当課の方自ら見に行ってみますっていう。
今こんな現状ですよ、じゃあ見に行きますっていう、すごい前のめりな感じがあったから。
それは正直嬉しかったですけど、ちょっとそこにね、合わせられなかったっていうのが。
ちょっとタイミングが合わなかったのはあれだったけど、まだまあタイミングこそ合わなかったけど、定期的に見に行かれるんですかっていうところに質問をしたときに、もうはいっていうふうに答弁してた。
そこはもう約束もしてくださったんで。
30:02
やっぱりどうしても役所なので、お仕事の時間が決まってるから、私たちみたいに日々の調整をしながら仕事ができるわけではないんですけど、でもそんな中で今こういう状況だよねっていうのを知ってもらえたかなと思ってますけど。
まあだからちょっとずつでもね、その道の駅に漂ってるあの異様な感じっていうのが変わっていくといいなとは思ってるんですけど、
まあちょっとこれからねどうなっていくかっていうのは、継続的にまたこれからも見つめながらね、お伝えしていきたいなと思ってるんですけどね。
連載でね、メールフォームを合わせてQRコードを乗っけてましたけど、そこで感想を送っていただいた方っていうのが何人かいらっしゃって、
ちょっと過去に来たものも含めてちょっとここでお伝えしようかなと思うんですけどね。
順番に読んでいこうかなと思います。
かかみがはら氏、70代男性、医療関係者の方ですね。
車を持っているということでしょうから、生活保護に相当しない方で、グレーゾーンの領域で生活している方なんでしょうね。
保健所の方が同意を得た上で、個々に面接対処するというのがまず第一歩でしょうか。連載を期待しています。
ありがとうございます。
じゃあどうするっていう部分もなかなか我々も答えが出せない部分。
こうしたらいいんじゃないかっていう声が感想として寄せられたっていうのはちょっと嬉しいですよね。
やっぱりなんか取材してても、本当にこの人たちを窓口に連れて行くことが正しいんだろうかって結構思う瞬間もあって、
確実に市民に繋がるとは私たち保証できないし、行ってみなよって言って、すごいひどい扱いを仮に窓口でされちゃったら、その人たちもう二度と多分信用を受けようとはしないと思うんですよ。
だから私たちのやってることって、全員にとって正しいことなんだろうかって思う瞬間はすごい私の中でこれに携わった時にすごいあって、
ただ間違いなく支援がありますからね、本当に最悪の事態にならないようにっていうのはやっぱり行政含め支援団体も含めいろいろやっていかなきゃいけないとは思っているので、
でもこうやって読者の方からこういうのがどうでしょうかとか言われるとすごくありがとうございます。
33:04
ありがたいと思うんですけどね。
そうですね。本当に何とかしてあげたいんだけどって思うんだけど、私たちにそこまでちょっとね。
難しい。
声かけした方の中にもいらっしゃったけども、自分は望んでこの生活をしてますよっていう方もいたじゃないですか。
そうなんです。
別にこのワンボックスの中に布団も敷いてあるし、服だってちゃんとタンスに畳んで入れてあるし、別にガソリン代だってないわけじゃないから毎晩ちゃんとエアコンかけて寝とるよ。
別にアパート借りるとそんな変わらんやんみたいな風に言う方もいたから。
いろいろありましたね。
別にそれはそれとしてその個人の選択だし。
それこそね、車中泊で家持たない方っていうのも若い方でもいらっしゃいますから。
車中泊って別に選択肢になってるんですよね。
そう。ただやっぱり望んでないのにしてる人っていうのもいる。
そうそう。
ちゃんと家に暮らしてお風呂に入ってご飯食べて寝るっていうのは本当に当たり前だろうと言われてしまえばそれまでなんですけど、
その生活さえやっぱり事情によって厳しい方っていうのがいるので、
本当にだから個人的には生活保護を受ける人をバッシングしたりとかって声がある。
言っていたとしてもその人たちのための生活保護じゃないのかなっていうのは感じてて。
ちゃんと認められている権利なんだから、
その人らしい生活を送るためにそのきっかけにしてもらうための制度だと。
そうですね。
やっぱりそういうのを無駄に使うっていう風になればまた問題ですけど、
そもそも必要としている人の元に届かないとか、届かせなかった、届くのを阻止するっていう状態がだいぶ問題だったかなとは思います。
続いて大津市40代男性。この方も医療関係者の方ですね。
私は岐阜市出身です。今は仕事で大津市にいます。
ホームレスの人は名古屋も含めずいぶんと減りました。
私が学生の頃は堺の名古屋高速の下の公園で炊き出し支援をしていました。
65歳以上で稼働能力のない年齢の人には生活法が適用されやすくなったのも一因かもしれません。
また次元立法でしたが、路上生活者への特別措置法で大都市部ではシェルターの設置もあり、数は減りました。
ただ、路上生活ではないものの車上生活であったり、24時間営業の入浴施設で生活されているケースがあります。
36:06
私が現在住んでいる滋賀では琵琶湖湖畔の駐車場にそれらしきゴミの多い車が駐車しており、10年ほど前ですが職員で聞き取り調査をしたこともあります。
あまりうまく聞き取りはできませんでしたが、駐車場や湖岸の公園を管理している地底管理業者も実態は把握しているようでした。
岐阜は道の駅王国で24時間駐車場が開放されていて、トイレ・水道が使えるので、道の駅に車上生活の人がいる可能性はあるなと思っています。
これだけ多くあるので、道の駅から道の駅へ移動している人もいるのではと思います。
入浴施設の件では、私たちの宿場の山梨の仲間が研修医の先生方と健康相談をされていました。
きっかけは入浴施設から救急搬送された患者さんが7年間滞在していたことがわかったからだそうです。
虐待もそうですが、救急は最後の取り出であり、その人の健康や生活が破綻したときによく見える場所だと感じます。
健康相談を許可してくれた入浴施設では、支配人さんも気づいておられましたが、声をかけにくかったそうです。
中には親子連れもおられたそうです。
岐阜も車社会でスーパー先頭が多いですので、そこにもおられるのではないかと思っています。
ほぼ当たりです。
このメッセージ、実は第1章が終わったときにいただいたメッセージなんですよ。
第1章を受けての感想じゃなくて。
私は2年くらい前からその屋内道の駅は着眼していたんですけど、
このメッセージを背読して、ちょっと確信めいたものに変わったというか、やっぱりあるんだなって思ったんですよね。
しかもこの取材をして、そうそうそうそうって言いながら読めるというか。
まさにだったでしょ。
まさに道の駅から道の駅へ行くとかもそうですし、まさにその通りです。
本当にドンピシャの現場に道の駅へ内ずがなっていたということなんですよね。
内ずも少なくとも10年以上前からという上限がありましたし。
本当にそれこそ行ってみるとあれなんですけど、トイレとかもずっと電気ついてるし、
最悪自販機とかがあったり、ご飯は買えないけどトイレがあるっていう。
綺麗なトイレですよね。
すごいな、これは。
39:02
本当に背中を押していただいたメッセージでした。
この場を借りて感謝です。
ありがとうございます。
次は横浜市ですね。
横浜市30代女性の方です。
とても胸が痛む問題だと思います。
私はいろんな方に助けていただき、
一人暮らしをさせていただけている横浜市在住の精神疾患と発達障害を持つ生活保護当事者です。
ただ、どれだけ生活保護や介護サービスなどで助けていただいていても、生活が成り立つのは難しいといつも感じています。
ホームレス、岐阜市では少なくなっているのかもしれませんが、都心部ではまた増えているのではないかと感じました。
基本的には家から出ることがなく、横浜市ではホームレスもしくはネットカフェ暮らしであろう方を見ることは少ないのですが、
たまたま用事で池袋へ赴いた折に、映画館やカフェの入っている施設の陰に隠れるように座り込んでいる段ボールや荷物を抱えた方を見かけました。
今のホームレスやネットカフェ暮らしの方は、仕事がある都会へと集中しているのかもしれないと少し感想として思った次第です。
これもそうなんですっていう、その可能性が高いっていう。
ちょっとネタバレになっちゃいますけど、これから描こうとしているのが、まさに岐阜を離れざるを得なくなってしまっている人がいて、
そういった方々が大都市に移っていく、例えば名古屋だったりとか東京だったりとか大阪だったりとか、
結構そういう大都市に岐阜の出身者がいるんじゃないかという指摘をしている方がね、知事者の方とかでいらっしゃって。
確かにちょっと岐阜だと、それこそネットカフェとかがあんまりない、ないとは言わないけど。
焚き出しとかもないじゃん。
ないですね。
週1回あるけど、それだけではなかなかもう食いつないでいけないというか。
だから本当に都会に行くとそれこそ数が多くなるので、
今日は団体1、明日は団体2みたいな感じで焚き出しで1週間食べていけるとかいうこともあったりするんだろうし、環境も一つ。
でも私、もともと母親が埼玉の人間なんですよ。
埼玉。
やっぱりちっちゃい頃とかはおばあちゃんに会いにとかで埼玉とか東京あたり行ってたんですけど、
やっぱり見ましたもんね。
ちっちゃいながらにめっちゃ覚えてますよ。
いました、いました。
ホームレスの方。
なんかまた幼い頃だと特にインパクトがあるというかね。
42:03
あれは何なんだっていう。
ただホームレスという存在自体は知っているので、
あれかそうかと思ってましたけど、
確かにじゃあこの間東京行ってみたって言われたら、
という感じではあるんで、
そのホームレスの方の住んでいる状況が、
もうここ20年とか30年でだいぶ変化しているのかな。
ただ根本的にいないと言い切れるかって言われると、
こうやっておっしゃっているように。
この取材してもう繰り返し思うのがさ、
本当自分には見えてなかったんだなということなんですよね。
見えてなかったんですね。
いないわけじゃないんだよね。
ちゃんとどっかに見える形でいらっしゃるんだけれども、
自分の目にはやっぱり全然見えてなかったなっていうのを、
いろんな現場でお話を伺う度にかみしめているというか。
絵に描いたような髪が伸びきってとか、
という方じゃない方もいるというか。
だから本当に自分の先入観だけで周りを見ても、
それはいないだろうっていう。
今回この取材をさせてもらいましたけど、
だいぶ自分に本当に見えてなかったですよね。
なんかね。
やっぱりこの何年か何十年かの間にちょっとずつ姿形、
今のホームレスというもののあり方が変わってきているということで、
より見えづらくなってきているということはあるのかもしれないなというのは思いますけどね。
では最後のメッセージを。
なんか応援メッセージみたいな感じなんですけど。
東京都の20代女性、大学院生の方ですね。
私は離婦圏出身で、大学卒業まで離婦で生活していました。
現在は東京の大学院で、
ワーキングプアや生活困窮者の問題について研究しています。
地元にいた頃は離婦圏内の路上生活者支援団体やその活動、
そして県内の路上生活者の実態について知ることなく生活していました。
そのため、Googleアラートをきっかけにたまたま見つけたこの連載がとても興味深く映りました。
例えば、東京の三谷や名古屋の笹島のように、戦後から土谷街のような場所が離婦にもあったのか。
その歴史と現代とのつながりを知りたいです。
続きがとても楽しみです。
45:01
宿題をいただきました。
宿題を。
歴史ね。
歴史ね。大事大事。
歴史。
本当それこそ笹島はね。
これ言っていいのかな。
あ、こないだ行ったよね。
こないだ行きましたよね。
本当にパチンコ屋、画面の前にあって、本当に高速の下。
そうだったね。
カレーを炊き出しておりまして。
ちょっといい匂いにお腹を空かせながら写真を撮ったんですけど。
でも本当に今日は少ないよねとかってあの日言ってましたよね。
少ないんやこれでっていう人数でしたね。
だから生活保護の支給日に近い日だったりとかね。
近支給日に近かったりするとあんまり並びが少ないとかっていうような傾向があったりとかっていう。
確かに。
かつてはね岐阜市の小金公園っていう大きな今ちょっと芝生広場に改装されたとこですね。
そこが炊き出しの会場になったりとかしていて。
ただもう今そこも使われなくなってしまったので。
そうですね。
そこでの炊き出し活動っていうのも歴史の一つになってしまったっていうのもあったりしますし。
ただそもそももっとその前、生活困窮の現場っていうのはかつてどこにあったのかっていうのはね。
確かに。
ちょっと気になるところではありますよね。
Googleアラートをきっかけに。
そうですね。
3章も3つか出てくる。
3章もネットに。
注目しているのがね、今日は何日でしたっけ。
今日は24日です。
24日土曜日ということでね。
ちょうど今日付、24日付から連載が始まりましてということで。
31日配信されますけど。
紙面での掲載が終わっていて、そろそろネットの公開も始まってるかなみたいな。
Googleアラート引っかかっててほしいですね。
お願いします。
またぜひコメントください。
そうですね。スポーティファイでコメントもできますし。
ここにコメントしてくださってもいいし、紙面読んでる方は。
QRコードからでもいいし。
ネット上にもね、おそらく1回目だけ公開みたいな感じになってるんでしょうけど。
ご意見お寄せください。
メールフォームのリンクが貼ってありますので、そちらからまたお寄せいただけると今後の励みになったりもしますし。
こうやって大津の方の取材の背中を押してくれるかもしれないし。
そうそうそう。
私もごめんなさい、対して協力ができなかったんですけど、いい経験になりましたというか、いい勉強をさせていただいたかな。
48:04
写真でっていう風だったのが、どんどん普通に取材してたというかね。
なんか私も言ったろみたいな感じ。
ついてていいですよね。
ガッツリお話一緒に伺ってましたし。
正直か、あんまり自分の関心がここにもともとあったかって言われると、私あんまりなかったんですけど。
ただ、第1章、2章が面白すぎたというか、面白いとか言うとあれなんですけど、すごく興味深く読んでて。
楽しみに毎日こう締めをめくっては待ってたんですけど、まさか声がかかるとは思わなかった。
足込んでしまったというか。
でも、いつか自分で聞くとか、自分で声かけるとか、結構記者だから平気なんでしょとか思われそうですけど、そんなことはなく、本当にビビってビビって。
大丈夫かよって思いながら声かけたりしましたよね。
私はすごく苦手なので、身をいつ明かしたらいいのかとか、身も明かしてたんですけど、やっぱりどういう反応されるかとかもすごく心配でしたし。
なかなかその正直な思いを話していただけないと成立しないというかね。
どうやって相手に安心して喋ってもらえるかなっていうのをね、いろいろ頭の中で考えたりとかして。
全然うまくいかない。
随分断られたしね。
それ話したくないよって。
話したいことを喋ってもらうのは話したいからあれなんですけど、話したくないっていうマイナスから始まる取材だから。
すごく難しかったですね。
でも私もあんまり声もかけきれなかった部分もありますしね。
ちょっと通いきれなかった部分もあるんですけど。
両極端だったかな。逆にすごい待ってましたっていう分かりにめちゃめちゃ話をしてくださる方っていうのも。
確かにいました。
だからもう喋りたくてしょうがないっていうのはね。
自分の状況をね。
でもやっぱり支援なんかいらなくて生活保護なんかもらってしまったらそれこそそれから抜け出せなくなるっていうセリフが私ちょっと忘れられなくて。
そういう理解なんだっていう。
理解してる理解が違うというか。誤解ですっていう。
その声かけた方に生活保護とか考えてないのみたいなどうですかって聞いたら生活保護なんか受けたらそれこそその生活から抜け出せなくなって。
51:05
ギャンブルみたいな言い方する。
もうだから一定の額が振り込まれるよって生活に慣れてしまうっていうかさ。
なんとなくお金が入ってきてしまうっていう感じがしてたのかもしれないよね。
正しくルールが認識されてないっていうのはすごく話してて感じましたよね。
別に車持ってることが100%ダメっていうわけじゃないんだし。
県内市町村でも車を持ってる方に生活保護が受けられる体制が割とパーセンテージ的に高いところもあったじゃないですか。
岐阜市だとあれ1%いなかったんでしたね。
1%ない。
数が多いからね。文房が多いからね。
あるんですけどやっぱり車持ってたら絶対あかんっていうか絶対ダメみたいな。
でも相談対象を相談してもらっていい提案をされる可能性もありますから。
どこかでもしかしたら辛い経験を女性との間でなされてしまったことがあったのかもしれないけど、今言ってみたらまたわかんないですか。
またでもああやって言われるんじゃないかとか、ダメやって言われるんじゃないかっていう気持ちはすごく辛かっただろうなと思いますね。
それは全く正しくないというか。
またちょっと引き続きね、取材もというか。
でもさ、ほんと絶対あの現場はなくさなあかんと思う。
あの暮らしを続けざるを得ない状況、望んでそこで暮らすのは個人自由だと思うんだけど、
望まずしてそこにいるしかないっていう状況は何とかなくしたいよね。
絶対あったらいかんわ、そんなことっていうのは。通うたびに思ってたし。
やっぱり行政支援団体含めてちょっとちゃんと支援の手が届くといいなと思っていますね。
点々はしてるんだよね。行政が全文にならなきゃいけないかっていうとそういう話でも多分今回はなくて、水際作戦の問題とかちょっとまたその辺が違うと思うし。
民間の団体も数はもちろん大都市に比べると少ないんだけれども、
いろんなところにある民間の支援団体がじゃあみんなで一つの束になれば、効率的に工事者の方を住まいにつないでいくっていうことができるかもしれないし、
54:13
じゃあ誰がそのキーマンを担うのか、そのパイプ役を担うのかっていうのがまたちょっと難しいところではあるんだけど。
いやいやでも今回ちょっとニュー取材班でみんながちょっといなくなっちゃいましたけど。
孤立・孤独の問題をね、ちょっと抱えかけましたけど、そこでもね、坂井さんにちょっと助けてもらって。
でもすごく私自身ももうちょっとちゃんと見ようという意識につながったというか、
教生とのやりとりも含めてですけど、ちょっと学びになったなという。
これだけじゃないかもしれないしね。
そうなんですよね。
他にも自分にまだ見えてない部分っていうのがどっかにあるかもしれないっていう目で。
見えるようになっているかなと。
この地域をね、理不っていう社会を見つめていくとまたなんか違う課題が浮かび上がってくるかもしれないし、
もう今まさに困ってるっていう人がいるかもしれないし。
今若い方もね、それこそ東京、大阪、もちろん名古屋、いろんなところにいるので、
また年齢問わず生活困窮者の方に皆さんも含めて飛び込みながら目を向けてもらえたらいいですね。
若い方こそね、若いからこそ行動力があれば何ていうか、岐阜を離れることはそんなに難しくないんだろうけど、
じゃあ離れたいかっていうと、そうじゃないかもしれない。
本当はそこが生まれ育った場所なのであれば、そこに住み続けられることが一番良かったのかもしれないけど、
それが叶わなかった方っていうのが、そういう思いを叶えられるようにするためにはどうしたらいいかっていうこと。
その辺をみんなで考えるきっかけになっていくといいなっていうのが現在やっててすごく思うんですよね。
というわけで、ちょっと長くなっちゃいましたけど、
皆さんのご意見もいろいろ伺えたらいいなと。
たくさん寄せてください。
じゃあ今日はこんなところですかね。
ここまでのお相手は、岐阜新聞社報道部の山田修介と、
坂井萌花でした。
56:58

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