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#29 「8月からどうすれば・・・」▼今月末閉店。岐阜高島屋の思い出を語ろう▲
2024-07-06 36:02

#29 「8月からどうすれば・・・」▼今月末閉店。岐阜高島屋の思い出を語ろう▲

今月末に閉店を迎える岐阜高島屋(岐阜市)。1977年の開店以来、県民にとっての「特別の場所」だった県都の百貨店。岐阜新聞に寄せられたメッセージを紹介しながら、思い出話を語ります。

【出演】山田俊介(報道部)、坂井萌香(同)、篠田真穂(同)

【関連記事】◆岐阜県民の特別な場所「岐阜高島屋」バラの広場で待ち合わせ/初めて迷子に/福袋争奪戦/祖母と買い物(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/302960

◆「岐阜高島屋」市民の思い出詰まった百貨店 時代に合わせた店づくり(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/186265

◆31日閉店の岐阜高島屋、感謝祭始まる 47年間の「ありがとう」メッセージボード設置(→https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/406679

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感想

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00:10
岐阜新聞社報道部の山田 俊介です。同じく報道部の坂井 萌花です。同じく報道部の篠田 真帆です。
岐阜新聞ポッドキャスト▼ききかぢ、29回目の配信です。よろしくお願いします。
もうそんなになるんですね。
ね、30回行くよ、もう。何かやんなきゃ。
30回記念。
誰かね、ベルトインです。
なんか、そうね。
7月入りまして。
入りましたよ、早い。
溶けそう。
もうね、自分で喋ってて全然声に張りがない。
隠しきれてない。
なんか、昨日家に帰ってエアコンをつけたんだけど、一生部屋がなんか冷たくならなくて。
あー、ある。
ね、と思って。
扇風機を持ってきて回したら、風の通りに急にそういう風になる。
やっぱダメです。ちゃんと風回していかないと。
風回していかないと。
急に来たよね。
そうなんですね。
寒かったね。
寝っとしててね。
初寝。
セミが鳴いてる。
昨日鳴いてて。
初セミ。
初鳴き。
まだ聞いてないような気がするな。
まだいいな。
まだいい感じらしい。
夏だと思って。
でも、ぼっかの里にラーメンを取りに行ったんですが、
涼しかった。
そう。
県も広いから。
北の方行くと湿気があんまりない。
ただ、ぼっかの里って武城市だから涼しいんですけど、
今年から初めて工房、体験工房とかできているじゃないですか、いろいろ。
あそこにね、とうとうエアコン入れたんですけど、
それがぼっかの里の大事件らしいです。
ぼっかの里はエアコン無縁だと思ってたのに、みたいなことですか。
それまでは本当になってもよかったらしいです。
でも去年の一昨年くらいからお客さんたちがむっちゃ汗かいて。
絶対に何だろう。
たまのような汗をかいて。
それではちょっと危ないねっていうので。
そうらしいですよ。
ぜひみなさん行ったらちょっと快適に過ごせると思うんですけど。
03:02
ちょっと必死打ちに。
今日は。
7月入って暑いなっていうのもあるんですけど、
高島屋が閉店なんですよ。
富士の岐阜高島屋がね。
この閉店の発表、去年の10月の決算会見だったんですけど。
その頃にね、結構読者の方からいろんなメッセージがね、弊社に届きまして。
それ紙面で紹介したりとかね。
篠田さん入社前の話ですね。
大学生の頃の話だったと思うんですけど。
結構来たので、その時の紙面ではちょっと紹介しきれなかった
メッセージがたくさんあったりして。
あえてちょっともうラスト1ヶ月なんで、改めて募集するんじゃなくて、
その時に来たメッセージ、ちょっともう一回ご紹介してみようかな。
衝撃も大きかったですよ。
篠田さんはね、FCなんですよ。
生まれも育ちも。
篠田さんにも出てもらえるみたいな。
そうですよ、それぞれね。
我々の思い出もちょっと振り返りながらですね。
まずはメッセージを紹介していこうと思います。
岐阜市50代、女性の方です。
岐阜高島屋の思い出は、約半世紀を生きてきた人生の1ページ1ページに残っています。
母に連れられていった幼い頃、
エレベーターガールの綺麗なお姉さんに見とれ、
薔薇の広場では電子オルガンの演奏に憧れ、将来の自身の夢を描きました。
11階で食べたお子様ランチに立つ旗をこっそり持って帰った日、
高校の合格発表の説明会の後に高島屋で高校の制服の採寸をし、
お祝いに11階で食事をした日、
会社の入社試験の帰りにそこで知り合った仲間同士で行ったオープンカフェとそこで食べたフルーツパフェの味、
社会人になっていく度か友達と待ち合わせた薔薇の広場など、
いつの時も高島屋があったと思い出します。
閉店後はまたみんなが集い、新しい思い出が作れる場所になるような複合施設になることを希望します。
ちょっと泣けてきましたね。
一発目に持ってきましたけど、ちょっといきなり泣かせにかかってる感じがしますね。
でも私はそもそも長野の生まれで、大学はこっちだったんですけど、
06:00
多分年代的にもその薔薇の広場とかがちょっとわからなくて。
あ、薔薇の広場ね。一階はリニューアルしてるんですよね、高島屋さんってね。
一階が今売り場になっちゃってるんですけど、そこがね、点画作りの広場だった頃があるんですよね。
やっぱり待ち合わせといえば薔薇の広場みたいな方はね、
紙面で紹介したメッセージにも多かったんですけどね。
高島屋のね、袋にも薔薇が敷られてますよ。
高島屋といえば薔薇の包装紙、薔薇の紙袋。
確かに。
これ、エレベーターガールのお姉さんが行った頃があった。
そうですよね。
今もね、受付の方だったりとかね。
いらっしゃいますね。
いらっしゃったりしますけど。
ちょっと泣けてくるぞ。
後ろでね、背景が高島屋だったっていうね。
私はね、食べたお子様ランチに立つ旗をこっそり持って帰って。
なんかね、ここちょっと気持ちわかるなっていうね。
なんでだろう。
どこの国の旗であってもちょっとね。
気持ちわかるな。
わかりますね、ここはね。
でもほんと小っちゃい頃から社会人になってからも、
ずっとこの女性は理由を知ってたし、
うわぁ、いいなぁ。
いきなり泣かせにかかってきた感じですけど。
泣きましたね。
次いきましょうか。
大垣市50代の女性です。
ちょうど実家にいた時に高島屋撤退のニュースを知り、
寂しい気持ちでいっぱいでした。
高島屋が広区内にありましたので、
物心ついた時から身近な存在でした。
一人暮らしの祖母のために母と二人で買い物をしては、
デパ地下でおいしい物を買って届ける、
そんなルーチンを楽しんだものです。
大垣で暮らす今も2月に一度のペースで
夫と出かけています。
へぇ、大垣からだから。
広いと言えば行けるんですけど。
学生自体は高区内にあったってことですかね。
その頃にやっぱりいろんな思い出があって、
隣町に住んでいる今でも2月に1回のペースで帰ってみると。
でもそれがなくなっちゃうってなるとね、
寂しいですよね。
簡単に代わりが見つかるものでもなさそうですよね。
実家に住んでみえた頃の思い出もセットでなんでしょうからね。
じゃあ他のお店にこれから行こうっていうのも、
ちょっとなかなかね、雰囲気が。
古くからの常連さんがね、いらっしゃいますから。
09:02
そうかそうか。
さっきのしゅんつけさんが読んでいただいた女性も言ってましたけど、
また新しい思い出が作れる場所になったらいいなっていうところで。
結構あそこはね、
本当に商店街のど真ん中というか、
どんな場所になっていくのかっていうのも
ちょっと気になりつつですけどね。
鏡原氏、50代男性の方です。
中学生の頃に仲間と背伸びして行った頃が懐かしいですね。
その当時は柳瀬、高島屋なんかは、
田舎の中学生の憧れだった気がします。
大手小売店にやられている感が強いですが、
柳瀬がオースなんかみたいに元気なら、
高島屋もなくならなかったかもって思います。
駅周辺は飲食店が増えて活気があるイメージがあります。
柳瀬も頑張って昔のような明るい町になってくれたら嬉しいです。
田舎の中学生の憧れ。
わかるなぁ。
ちなみに行った?
学生時代高島屋。
あまり行かなかったかな。
何ですかね、祖母と一緒によく行くみたいな。
買い物行くみたいな。
デパーティーカーとか、それこそ11階のご飯食べに行ったりとかはありましたね。
連れて行ってもらうって言うけど、
この人にとっては中学生の頃友達と行った。
背伸びしていく感じってちょっとわかるなぁ。
なんかやっぱりね、大人な空間というか、
生き品があるというか。
生きてる人もね、ちょっと…
予想いきな感じがあるでしょう。
現在でもありますからね。
百貨店ならではという感じがありますね。
駅の方にパワーが持ってかれてるよね、というのはわかりますけど。
岐阜の街って難しいのが、駅前と高島屋までの距離が結構離れてるんですよね。
はい、じゃあここから次行きましょう。
かかみがはら氏、20代、女性の方です。
姉とよく化粧品を買いに行ってました。
百貨店に直接行って買いたいものがある人もたくさんいると思うのに、
岐阜の街から消えてしまうことがとても残念です。
若い。
20代。
同じですね。
化粧品。
わかります。
私大学が岐阜だったんですけど、名古屋まで行くのがちょっと遠いからね。
そこに化粧品買いに行ってたことありますね、高島屋に。
やっぱ行くんだね、化粧品買いに。
タッチアップ、お姉さんがやってくれれば。
あれがあったから行きますよね。
百貨店の強みじゃないですけど。
そっか、確かにね。
実際見たら、うわ、これあんまり好きじゃなかったかもみたいな。
12:01
インターネットで口コミ見ても、実際行ったら、うわ、私には合わないとか。
っていうのもあるし。
なんかね、やっぱり名古屋までこれで行かないといけなくなったわけですよ。
そうなんですよ。
名古屋もそれは電車で20分とか30分で岐阜駅から行けちゃうので。
便利なんですけど。
めっちゃ近いんだけど。
リップ1本の帰りに行く。
電車に乗るかっていう。
結構それがしんどいなって人もいると思うし、
高島屋に関しては割と高齢の方も化粧品見てますので、
俺が名古屋に行かなあかんってなると、ちょっと負担が大きくなるかな。
ちょっと込みすぎなんですよね、名古屋はちょっとね。
なんかさ、リップ買うだけでさ、決まってるのにみたいな。
整理券もらいますよね。
そう、整理券なんですよ。
混んでるから、BAの美容部員のお姉さんたちが足りないから、
次何番目ですみたいな。
そういう感じなんだ。
ご飯屋さんみたいな。
ご飯屋さんだね、行列というか。
で、また待つしね。
もう決まってるの?みたいな。
1本買いたいだけなのに、どれだけ書き分けなあかんねんっていう。
化粧水、もうあれって決まってるの?みたいな。
無くなったから買いに来たのに、みたいなんで。
そうするとネット販売になってたりするんでしょうけど、
やっぱりものを見て、高いから見て買いたいなっていう人もおっしゃる通りであります。
化粧品とか特にそうなのかもしれないですよね。
実際に試したりとかがやっぱりいるんでしょうね。
次のがあったんですね、化粧品のことを。
おー、本当ですね。
江名市の30代の女性ですね。
岐阜高島屋の閉店を聞いて本当に驚きました。
江名市に住んでいるので、岐阜市に行くより名古屋に行く方がはるかに近く、
近年は百貨店の買い物は名古屋、高島屋か松坂屋です。
岐阜高島屋の思い出といえば、独身時代は化粧品買うなら岐阜高島屋一本でした。
なぜなら午後行けばガラガラで、名古屋の高島屋ならものすごい人の中買わなきゃいけないと。
岐阜高島屋は優雅にタッチアップもしてゆっくり買い物する場所で大好きでした。
高校時代は大垣の高校に行っていましたが、
柳瀬が大好きで毎週毎週足を運んでいました。
あの頃はお金がなくて高島屋はお手洗い借りる場所でしたが、
名古屋にはない感じのかなり個性の出ている柳瀬の街が大好きです。
この高島屋の撤退に憂うことなく柳瀬スタイルで盛り上がってください。遊びに行きます。
15:02
今の住まいからは立ち寄る機会がない柳瀬ですが、
それでも一年に一度はパノラマカーに乗って訪れています。
パノラマカーって何ですか?
名鉄の車両のことだと思います。
言っていることは一緒ですね。
さっきの話です。
みんな思っていることだったのかもしれないですね。
でもそうかもね。
混んでいることは生まれないかも。
柳瀬って東の地域ですからね。
直接岐阜駅に行けないんですよね。
名古屋駅に行って一回乗り換えないと岐阜駅に行けないので、
それは名古屋駅の高島屋を使ってしまうような気もします。
名古屋も高島屋があるし、松坂屋もありますからね。
お店はいっぱいあるし。
確かにね。
リップ一本買うのに人をかき分け、かき分けいくんですよ。
お手洗いを買える場所でしたっていうのが、
ちょっと若い子にはそうかなみたいな。
綺麗なトイレ行けるし。
あえて高島屋のトイレに余裕を足すみたいな。
綺麗だし。
若い子には分かるなと思いながら。
買えないんですよ。
今ですら、おー、これ高いわーみたいな。
憧れのお店みたいなのもあったでしょうね。
じゃあ次、奈良市40代の女性からです。
岐阜市内の高校に通っていた頃、水槽学部に入っていました。
毎年春の岐阜祭りでパレードをするのですが、
雨が降りパレードが中止になりましたが、
いくつかのチームが柳瀬のアーケードの下で演奏させてもらいました。
大人になってからも高島屋に設置してあったステージで
演奏させてもらったことを懐かしく思い出します。
結婚する際、敷は京都でしたが、
私が岐阜市内に勤めており相談しやすかったので、
参列者の方への引き出物に高島屋さんのカタログギフトをお願いしました。
会社の上司が退職する際、Yシャツの押し立て券を買ったのも高島屋。
バレンタインシーズンの品揃え、毎回自分用に買うのが楽しみでした。
県内のデパートが次々に閉鎖していく中、
自分用にも手土産にもワクワクさせてくれる高島屋さんがなくなるのはとても残念です。
新しい柳瀬のシンボルとともに盛り上がっていきたかったです。
現在県外に住んでいますが、閉店までに必ず伺いたいと思います。
めちゃめちゃヘビーユーザーですね。
要所要所で必ず高島屋さんという。
18:00
なんかあれの信用もあるかなっていうのもあって、
やっぱ変なもの売らないよって言わないけど、
やっぱりしっかりした品質だったりとか、
あのものがね、やっぱり百貨店さんはあるので、
面でももう安心して利用してたんかなっていう。
バラの包装紙に包まれていると、
それだけでちょっとハクがつくというか、
そういうメッセージが結構ね。
行ってきてくれたのねっていう価値があるのかな。
もらっても渡してもなんとなく嬉しい。
高島屋じゃんみたいな感じですね。
ありがとうって。
バレンタインめちゃめちゃ岐阜の高島屋すごい便利って言っちゃいけないですけど、
商品と一緒なんですけど、
名古屋は人がうわっている中はゆっくり見れるし。
アムールで一緒。
名古屋は木材がデカすぎてさ、前に進めないとか。
何回か取材に行きましたけど。
名古屋で売り切れてる品が岐阜にはあるみたいな。
割とすぐに手が届くんですよね。
めちゃめちゃ使ってましたね。
バレンタインはね、皆さんチョコを買いますから。
この方、自分用にも買うのが楽しみだったってことでね。
見て楽しむみたいなのもありますよね。
はい、続きが橋間軍議難所。
40代女性の方です。
私にとって岐阜高島屋といえば五座候です。
今後どうなるのかすごく知りたい。
ぜひどこかで買えるようにしてもらいたいです。
ありがとう、五座候。
分かりますか、五座候ね。
開店焼きとかさ、呼び方が地域によってちょっと違ったりしますけど。
あれは今川焼きみたいなものですか。
一応、ポッドキャストの1%くらい兵庫県民が聞いてるんですけど、
兵庫県のお菓子ですね。
姫路のお菓子なんだ。
五座候、本社が姫路市にありまして。
私が神戸の会社に勤めてたときに、駅にありましたもんね、五座候って。
私は長野の生まれなんで、あんま五座候を知らないわけですよ。
会社の同期に、いやいや、五座候だよって言われて。
へー。
だけど、まさかこの岐阜の地でものすごい。
めちゃくちゃ今混んでるでしょ、五座候の。
大行列なんです。
だから、並ぶのも結構時間かかるくらいで。
もともとね、結構行列できてたけど。
人気はあったと思います。
ラスト1ヶ月だからちょっともう。
駆け込んで買ってる人も一回締めて。
そんなに日持ちするものではないような。
温かく食べるというかね。
21:02
なんか作ってる過程が見えるんですよね。
そうそうそうそう。
あれが楽しいらしい。
だからね、ちょっと今回ここには並べてないですけど、
その作ってる様子をじっと眺めてるのが好きでしたっていう。
並ぶのはちょっと嫌なんだろうね。
でも見てるだけでいいな。
わかんないから、もう見てるだけで。
あー作りだしたなみたいな。
職人さんがね、やっぱすごい手際がいいですね。
手際がいいんだよね。
行くたんびに、やっぱ取材でちょっと私行く機会多いんですけど、
行くたんびに行列だから。
行列取材でないですよね。
ちょっとみたいな。
ちょっとちょっと。
いやいや、コザソウローファンも多いことでしょうから。
そう。
じゃあ次行きましょうかね。
岐阜市50代の女性です。
岐阜高島屋は私にとってなくてはならない場所です。
初売りや年に2回の北海道物産店。
夏場はモロゾフのアイス、秋から春はU5のバームクーヘンを買い、
靴下等も岐阜高島屋で調達。
自由処分や地下の食料品売り場等と挙げたらキリがありません。
なじみの店員さんとのおしゃべりも楽しみ。
郊外大型商業施設にはない雰囲気と品揃えで行くのがとても楽しいです。
8月からこの楽しみがなくなるなんてどうしたらいいんでしょう。
名古屋のJR高島屋は遠いです。
身近にあるのがいいんですということですね。
やっぱり食べ物の思い出がある人が多いんでしょうね。
地価めっちゃいいですよ。
地価いいですよ。
野菜も言ってそんなに高くないですよね。
あんまり変わらないし、
魚もなんかおいしそうだし。
ちょっと特別な感じが雰囲気としてはあって。
北海道物産店は先輩がいいよってめっちゃ言ってました。
若手随伴みたいなところはありますけどね。
店員さんとのおしゃべりっていうのは確かにモールではないですよね。
モールはね、なかなかちょっとね。
洋服屋さんもそうでしょうし。
着上げ売り場もね、行き続けてると顔を覚えてくれてたりとか。
これだね、みたいな感じ。
2番ね、2番。
コミュニケーションの場っていうのもあったかもしれない。
本当に顔が見える関係みたいなのがね、
お店の方とお客さんとの間にできてる感じはしますよね。
最後ですね。
鏡ヶ原市30代女性の方です。
岐阜県で教員をしています。
初めての赴任先は岐阜市の小学校でした。
24:02
そこで受け持ったクラスの子がダンスを習っており、
今度高島屋の前で踊るから見に来てほしいと誘ってくれました。
当日その子のダンスを見て楽しんだ後、
他の出演するチームのダンスも見て帰りました。
地元の子どもたちが一生懸命準備した演技は、
見ていてほっこりする気持ちになりましたし、
たまたま買い物に来ていた方たちも足を止め、
手拍子を打ちながら応援していました。
それを見て、町の人たちが集う繋がりが生まれる素敵な場所だと感じました。
町を見守ってくれていた高島屋がなくなってしまうのは
とても寂しい気持ちになります。
閉店までの間にできるだけ訪れたいと思います。
ステージはありますよね。
イベントは結構やってますよね。
人がすごくいっぱいいるなって思うと仲良くなるし。
店員さんとの喋りの話もそうですけどね、
人の繋がりがワンフロアワンフロア、
何ならそのフロアから飛び出したところにも繋がりができていて。
そういうイベントこともできるというかね、
町お越しじゃないけど。
確かに高島屋がなくなっちゃうと、
また角も一個減るみたいなこともあるかもしれない。
存在が大きいんだと思うんですけどね、この地域の中で。
こんなメッセージでした。
私、実は4月1日先日なんですけど、
高島屋のセールに取材に行ってまいりまして。
そう、1日入ってからね、
岐阜高島屋感謝祭が始まってるということですね。
でもね、いろんなお店でセールしてるんですけど、
ちょっと書いてありますけど、
メッセージボードが設置されてるんですよ。
1階の入ってすぐのところなんですけど、
高島屋の思い出とかを、
高島屋のバラのバーグが書いた紙に書いて、
それをみんなで1ヶ月かけて貼っていくみたいな。
今のところ、私が1日に見た感じだと10万円弱ぐらいで貼れてるので、
もっともっと今増えてるかなと思うんですけど、
ぜひ行ってくださいね。
バラに書ききれないくらいあるでしょ。
食べ物の話だけでも1枚。
化粧品の話でも1枚みたいですね。
それで名前をかけるくらいあるんじゃないかな。
篠田さんとかは、個人的に思い出とかあります?
家族みんなで節目の時にご飯に行ったりとかするのもよかったですし、
27:03
今度土曜の牛の日のうなぎは高島屋とか、
節分のえほう巻きも高島屋みたいな感じだったんで。
えほう巻きも高島屋。
そうだったんですよ。
節目節目の思い出みたいな。
今度うなぎどうするみたいな話を、
母とこの前喋ってましたね。
なんか素敵。
いいですね。
いいな。
いいですよね。
なんかいいよね。
三島さんは?
私はね、
それこそ岐阜市の中でもだいぶ山のほうの、
妻が山のほうにあったので、
田舎出身なので、
だいぶ憧れのほうが強いっていうのかな。
実際に行った思い出とかよりも。
岐阜市の小学、当時の小学生って、
社会見学とかで行ったりするんですよね。
高島屋に。
それこそね、バラの広場にみんなで体育座りして、
お店の人に質問したりとかしてね、
お話ししたりとかするんですけど、
みんなはね、どんなこと仕事でやりがいですかとか、
その人が答えてくれそうなことを色々聞いてるんですけど、
せっかくだから自分もしてみようかなと思って、
小学3年生とかだったと思うんですけど、
当時ね、高島屋って、
Jリーグのグッズショップみたいなのがあった頃があって、
Jリーグが始まった頃ね。
サッカーのJリーグね。
それがなんか突然なくなっちゃったのよ。
ちょっとJリーグが、だんだん人気が落ち着いてきちゃって、
撤退しちゃったんだよね。
で、それをなんでなくなっちゃったんですかって聞いちゃったんですよね。
で、なんかちょっとすごい空気になっちゃって、
いや、なんかちょっと変なこと聞いちゃったねみたいな感じで、
自分ももう、周りももうなんかザワザワしてて、
やっぱりちょっとそのタイミングじゃなかったから、
このタイミングじゃなかったみたいなと言われちゃって、
だから今ね、記者やってて質問って必須じゃない?
質問に関するトラウマをそこで抱えてる思い出がありますよ。
でもなんでって思いますよね。
そう、率直にね。
小学3年生ですもんね。
なんでなくなったの?みたいな。
買い物もしないんだけど、みたいな。
見てるだけなんだけど、ずいぶん見てるのが好きなんだよね。
7回か何回にあったと思うんですけど。
なんでなの?って。
まあでも、大人の都合だねよって。
とも言えないしさ、お店の人がひたすら困ってるみたいな。
すごい斜めから飛んできたみたいな。
忘れない、忘れない。
バラの広場の感じですけど。
ちょっと切ない思い出。
あとね、バイトしてた。
30:00
そう、高島屋で。
高島屋でっていうか、高島屋カードってあるでしょ。
あれをオススメする。
そっかそっか。
直接高島屋じゃなくてそのカード会社に勤めてて。
ずっと来る日も来る日もエスカレーターの横とかに立ってさ。
エスカレーター使う人にリフレクトみたいな形でさ。
でも大体持ってるわけ。
高島屋カード持っちゃってるわけ。
そいつでも2枚持てますよとかって言ったりなんかさ。
ずっと立ちっぱなしだからさ。
座れるのがカードを作るって言ってくれた人の案内をするときだよね。
丸一日それをね、へんへんとやるみたいな。
きついバイトだ。
それがそうですよ。
高校卒業した後とか、老人してた頃が2年くらいあるんで、
大学の受験料とかを稼ぐためにやったりとかしてたんですけどね。
でも当時からちょっとやっぱりね、着足はどうなんだろうってちょっとね、
心配になるようなフロアによってはやっぱりね。
そうですね。
やっぱり元気があるかと言われるとちょっと難しいですよね。
難しいかな。
っていうのもあってね。
それぞれ思い出もある中で。
私はもう連載で行く機会が多いので。
今、街最高っていうね、連載みんなでやってますからね。
ちょっと今矢沢瀬から離れちゃってますけど、
あのね、サンリオが入っているんですよ。知ってます?高島屋って。
サンリオは知ってます。
意外、ちょっと意外だったなって思って。
子供服とかの会があったのか。
サンリオのグッズショップがピンクのエリアですよね。
梅川な感じの。
でも私もあんまり全部の会に足を踏み入れたことがなかったので、
この間全部の会に泊まりつつ歩いてみたんですけど、
人はちょっと少ないけど、
やっぱり高島屋という名前だけでしっかりしたグランドさんが入ってたりとか、
食料品なんかもおいしそうなおかずが売ってたりとか、
でも本当に必要な人にとっては本当に必要だった場所だったので、
ちょっとこの後ね、テナントがどうなるのとか、
その跡地がどうなるのとかいう話がありますけど、
一旦は皆さんそれぞれさよならを言いに来てもらえたらいいなというふうに思いましたけどね。
これは去年の10月の撤退発表の時点で募ったメッセージでも、
今はなかなか行けてないけど、閉店までには絶対一回は行きますみたいなメッセージが結構あったので、
33:02
多分ね、そのラッシュが今月一気に来るんじゃないかなと思います。
合わせてセールもやってるんで、
ブランドモンさんもちゃんとセールやってるんで、
ちょっと安くなって、
ちょっと来てもらって買ってもらってね、
最後の思い出をね、
セールしてもらって。
しみじみと。
そうですね。
閉店当日、やっぱりね、
私たちも一緒に頼んだほうがいいですよね。
総力取材になると思いますけどね。
その前に三河さんも来られましたね。
すごい盛り上がりが。
え、もうあった?
今日読んだから。
え、もうすぐ。
すぐですね。
そうそう。もうすぐだよ。
どうしよう。
ちょっとしょっぱいとか言ってたのに。
三河圭司さん主題は、ちなみにね、
カメラマンの方。
私が。
プレミアムコンサート担当。
最後のコンサートですね、じゃあ。
大挨拶もちょっとね、かかるかもしれないです。
へー。
この感じで。
私の部屋がまだある状態で三河さんが来ているっていうのは良かったね。
歌っていただいて、
元気づけていただいて。
凹むんじゃないわよと言っていただいて。
そう言っていただいて、元気づけてもらって。
良いそうだよね。
良いそうだね。
見出しになるんですよね。
見出しになる。
凹むんじゃないわよ。
落ち込むんじゃないわよ。
前向いていかなきゃダメよ。
何になるかな。
見出し要素。
衣装どんな感じなんですかね。
キラキラの衣装で来られますかね。
もうね、それぐらいで来てもらった方が良いんですけどね。
こっちは良しそうですね。
スーツケース足りないぐらいの勢いでね。
タンスとか持ってくる勢いでも来てもらったら良い。
トラックで。
トラックで。
楽しみですね。
皆さんちょっと夏暑いですけどね。
美味しいもの食べに高島屋に行ってください。
そうそうそうそう。
まず入り口入るところ、エアコンガンガン切ってるはずですからね。
そうね。
行くほど涼しいですよ。
ちょっと雨だったんですよ、ステージ。
雨が強いんですか。
またちょっと、強いんですけどね。
この晴れ間を狙いながら、皆さん来てくださいね。
最後の思い出をね、皆さん作ってもらって。
ということで、また出しますかね、今回ね。
夏暑い負けずに頑張ってまいりましょう。
今回言っては、新聞社報道部の中田俊介と、
坂井萌花と、篠田真帆でした。
36:02

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