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ep30 前編 ナサキカク
2023-02-22 36:12

ep30 前編 ナサキカク

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episode.30
ゲスト▷ナサキカクさん

番組のオープニングのエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。

楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。

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00:10
村栗町にあるランニングとハイキングのお店、センラー&トレイルの白石です。
ARCの上田です。
この番組は、お店をスタートしたばかりの2人が、毎回和歌山で活躍するゲストの方にインタビューしていく番組です。
本日は、kisenradio第30回。
ゲストは、ナサキカク社長のアンビーさん。
また、ナサキカクのお母さんです。
ナサキカクのことや、アンビーさんの生い立ち、ナサキカクに至るまでのルーツや、現在の活動のこと、
これからの活動についてお聞きしていきます。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
では、アンビーさんとお母さんから、簡単に自己紹介していただいてもいいですか。
ナサキカクの社長をしております、アンビー・スペーシーです。
よろしくお願いします。
運転手のお母さんです。よろしくお願いします。
運転手と広報部長をしております、お母さんです。
よろしくお願いします。
今回、いつもは前回出ていただいたゲストから、テレフォンショッキング形式でゲストの方を紹介していただくんですけれども、
前回ゲストのキッサビア・ダンクさんとお話しさせてもらっている中で、ナサキカクさんを知り合いという話を聞かせていただいて、
いつもはゲストの方から紹介していただく形式なんですけれども、
僕の方からおねだりして、ぜひナサキカクの方々の話を聞きたいということで、今回紹介していただいて出演いただいています。
ありがとうございます。
気にしていただいてありがとうございます。
今、活動停止中なんですけど、コロナ以来。
なるほど。
結構、和歌山でいろんなイケてるゲストが来るイベントで、大体ナサキカクさんの名前が入っていて、
誰がやってるんだろうというのがすごい気になっていたので、これからどんなお二人なのかというのを聞いていけたらと思います。
ナサキカクとは何かというのを最初に教えていただいてもいいですか。
はい。ナサキカクというのは、ホームページがありまして、また見ていただいたらそちらにも出てるんですけど、
そちらの方で説明している文で引用させてもらいます。
ナサキカクは日本という小さな国の和歌山という最果ての地で、極上の音で遊ぶ究極のパーティーを日夜追求するやんちゃな大人の集まりです。
知恵と技術が結集した120kgのバックロードホーン、ロボタからあふれるクリアでかつ重量感のある音の世界をぜひ体感してみてください。
03:09
当ブログは、ヒップホップと畜然にが大好き、ナナサキカク社長アンビースペーシが運営しています。
こんな形で紹介をさせていただいているんですが、中身はいろいろやっていくにしたがって、新たな発見もあり、散らかっていくわけで、
またそこらへんもお話しさせていただいたらと思うんですけど、どうですかね、続けていかないですかね。続けると長いですけど。
ナサキカクはお母さんとアンビーさんがお二人で運営されているような感じですか?
そういう感じでもないんですけど、中心にオーガナイザー的な形でさせていただいています。
活動はいつぐらいからされているんですか?
2010年ですね。一番最初が2010年です。
それはどんなイベントからスタートしたんですか?
2010年のちょうど今頃ですね。バレンタインの時にイッチさんというトランペッター奏者の方を和歌山に呼んでライブしていただいたのが一番初め。
その時からお母さんとアンビーさんと二人で?
二人でというか、私は初めは興味深く見に行く感じで、劇に行く感じで。
そのうちだんだん頭突っ込む感じかな。のめり込む感じかな。
そういう流れなんですね。
基本的にいろんな人が乗っかりながらやるようなイメージでしているので、別に私たち二人がやっている。
みんなに助けてもらうことはできないです。
協力ありのイベントなので、結構大層なイベントになったりするので、規模は小さくて中身が濃いので、自分たちだけで音源のこととか、いろんな機材を運ぶこととか、
あとPAさんも中谷さんもずっと助けてもらっていて、みんなに助けてもらうことはできない。
私たちは二人ではできないイベントなので、今後助けてくれるかな、みんな。
二人で助けてね。
できることがあります。
そんなイメージで考えていただいたら。
イベントごとにチームを組んで運営していたり。
ほとんど一面なんですけど。
なるほど。
お話ししたいのは、やっぱりゲストを呼んでのブッキングをしているというところが、誰を呼んでいるというところが結構最終的にクローズアップされる形になったんですけど、
06:13
そもそも全然違ったので、そのあたりからお話しさせていただきたいんですけど。
もともとは先ほど説明申し上げた通り、極上の音で遊ぶ究極のパーティーっていうこれをやろうっていうそもそものコンセプトで始まっていて、
これは何かというと、ピュアオーディオって呼ばれる家庭で聴くホームオーディオの音質でクラブイベントをしたらどうなるかという。
家のオーディオとクラブのオーディオは音質が全然違うものなんですか?
そういうことを延々とこの音がどうとか、これは高音が出ているとか、これはもうちょっと低音が欲しいなとか。
今聴いていただいているこのスピーカーも作っていただいているんですけど、キッチョもさんという方に作っていただいているんですけど、
この方が作った120キログラムのロボタというスピーカーがあって、
120グラム?
120キロです。
キロ?
100キロ以上のスピーカー。
それをとにかくやっぱり次元が違うんですよ、音のクオリティーの。
今写真を見せていただいていますけど。
1台100キロ以上ですね。
片方で?
片方で200キロですね。
こちら今和歌浦食堂さんに置いていただいていて、
これでイベントした時のゲストの方のサインとかも入れてもらって飾ってもらっているので、
ぜひまた皆さん行ってこれがロボタかって顔見に行ってやってくれたらと思うんですけど、
とにかく普通に赤と黒とか赤白のケーブル、オーディオケーブルこういう。
それとアンプですね。
そこそこいいアンプと繋いで、音もいいわけで、
そういうクオリティでイベントをして音楽を聴いたら気持ちいいだろうっていう。
それがそもそもの始まりなんですが、
ところがこれがクラブで遊ぶ。
クラブのように音楽を聴いて遊ぶというところと両立するのは大変難しいんですね。
09:01
音の質が全然。
音はいいんです。断然その音がいいんですけど、
イベントで遊んでみんな飲んで仕上がって朝方7時とかに
地下1階とか地下2階から120キログラムのピリカーを男5人とか6人とかで担いであげるとか、
そういうことが出てくるわけです。
どこも箱って地下だったり上だったりするじゃないですか。音の問題で。
それがやっぱり難しいっていうことと、
みんなに運ばされるのいい加減にしてくれって言われる。
老輝で飲んかけがしたみたいな。
あとはですね、結構やっぱり乗っちゃうとスピーカーのボリュームゲインとかを上げたくなる。
そりゃそう、みんな人間だから。
ところが上げすぎるとPAのパブリックオーディオの強い耐久性のあるセットと全然違うんで壊れちゃうんです。
音に負けちゃうというか、振動で。
神のユニットなんで、このスピーカーも。
もちろん神じゃないのもあるんですけど、
結構あれが1個1万3千円とか、大きいのだったら2万何本とかってお金もかかるのが、飛んでしまうという。
これはとても両立難しくて。
そのスピーカーはスピーカーで置いておいて、極上の内容でお届けするイベントですね。
ゲストっていうものをやってたんですね。
細々とオーディオのことも続けてはいてたんですけど。
ただゲストさんが来られるイベントですね。
こちらの方にバーがクローズアップされているということで、
そういう日本の流れっていうのかな。
なるほど。
そんな感じなんです。
なかなかロボターの出る膜というかが少なくなってきているという。
そうなんです。
そういう始まりだったんですね。
最高だったのはロボター4台、あと2台持っている人が。
多いですね、ロボター。
そうですよね。
海の家にあったりした、別のチョイダブっていうレゲエのクルーがあるんですけど、
12:05
そちらの方が持っているロボターの弟もあって。
4台ですね。
それで4台で鳴らしたら。
やろうって言って。
でもそれも4台でかけてもやったことあるんですけど、
その時はそこの。
最高DJを誰にしようって言って。
あの時はね、ヌメロでやらせていただいた時ね。
オリーブさんに。
オリーブさんに。
その時4台の時は音良かったですね。
立ってみんな聴いてるんやけど、この耳の上ぐらいのところに音がずっと流れてるような。
すごい良かったですね。
別世界。
別世界の音の感じですね。
これロボター4台置いて、DJもいいし、PAも中谷君がやって。
中谷君知ってます?
一度名前だけゲスト候補で一瞬出たことが。
はい、本当にPAは全部中谷さんなんで。
他のね、オールドタイムとかも全部入ってたり、結構和歌山で活躍してる。
安心できるPAさん。
みんなが良かったから良かったね、あれ。
もうお客さんとか前にかぶりついて、目すぶって体揺れてる感じで別世界になってた。
しかも男ばっかり、野郎ばっかり、お姉ちゃん誰も来ないのね。
みんな遠くから来てたし、県外からも。
みんな酔いしれてましたけど、あれ4台はすごいね。
そんなNASA企画に至るまでの、アンビーさんのこれまでの生い立ちというか。
生い立ち。
いろいろ教えていただきたいんですけども。
広報部長の生い立ちの方が効くにあたりするかなと思いますので、そちらの方で話してもらおうと思います。
アンビーさんは、例えばブッキングとかできないとか、メール書くとかゲストに。
それはだんだん私の仕事になってきて、それもなかなか面白くて。
実際、例えばブッキングしに行くスラックなんかは、九州に私が会いに行ったり。
そして電話でメールしたりとか、いろんな人の。
今まで会った中で一番多いのが、キラーボングさん。
東京のブラックスモーカーっていう、これなんていうんですか。
レーベル。
その人と知り合いになったのが、バグースで。
別の男の子が、すごいファンがいてて、キラーボングさんと。
そして行った時に、私も聞きに行った時に、これが一番の衝撃で。
15:00
どれって言うんですか、頭。
腰くらいまであって、すごいごっつい体で。
それをうわーっと振りながら、おたけびみたいな。
ラップっていうよりも叫んでたみたいなのが、一瞬にしてやめちゃって。
もう終わりって思ったら、こっちでバグースで海のとこでお酒飲んでるのね。
東京から来て、何もうあれ終わりとか。
その時に、お知り合いに紹介してもらってなって。
それ以来、お友達になってというか。
彼を通しての、いろんな東京の人を、キラーボングさん、
Kさん、Kさんって、キラーのKさんって言うんですけど。
Kさんを通しての、スラックであり、バンピーであり、みんなそうなんです。
そういうことなんですね。
これはブッキングの話。
老いたちやね、私たちは。
老いたちは、あんまりでもそんな話はしない方がいいんじゃない。
そうですね。
ブッキングできるのはそんな感じで。
ちょっと老いたちのフリからもっぺん言ってもらっていいですか。
私の老いたちは別に。
生まれは大阪です。
これは親がそこにいたので。
若山へ帰ってきて。
シャミセンを教えているので。
家がそういう料理屋関係、昔だったので。
それで、いまだにシャミセンの先生をしております。
老いたちというか、ずっとそんな感じ。
それだけです。
音楽というか、シャミセンとか以外のちょっとヒップホップであったりとか。
ラップでしょ、音楽。
ラップというか、結構言葉。
昔の時代が違うから全然分からないですけどね。
今の人が、歌舞伎音楽なのでやってるのはすごく難しい。
難しくてただただ長い。
そういうものをやってるんですけど。
内容的には言葉遊び、私が今やってるのはちょっとお座敷遊び的なもので。
簡単に読みながらそこで歌えるような。
例えば京都とかあんなとこで擬音で遊ぶみたいな。
そういうものの音楽をやってて。
そういうのはもう本当に即興音楽もたくさんあるんです。
ドドイツって聞いたことあります?
ドドイツの名前だけは。
自分で歌詞を作ってそれにシャミセンをパッパッと当てていくという。
ラップですよね。
フリースタイル的な。
面白くて、好きなことをあなたが作ったのにその場で音を入れるみたいな。
即興で。
そういうのがあるから同じですよね。
ラップに入っていくのに抵抗がなかった。
抵抗なくて面白いなって逆に思って。
しかも、そうですそうです。
ここまではもう。
それで60くらいまで大きくなりました。
18:02
長い。
60くらいまで大きくなったその後の話ですね。
面白いと思い出したのは。
入り口というかラップに。
社長ですね。
やっぱりこの人がスラックの聴いてたりとか。
よく聴いててなんかすごいなって。
娘じゃなくて社長なんで。
失礼しました。社長の影響で。
よく聴いててラップって面白いなって思って。
そこからです。
だからそこまでは成長過程は全然変わりなく。
10代くらいからずっとシャミセンをしていると。
変わってるけど。
60万くらいまで。
今70なんですけど。
70年間では。
アロチの話。
そうですね。アロチってご存知ですか。
繁華街ですね。
昔ゲイコさんっていう。
原社さんですね。いわゆる。
がたくさんいてて。私もしてました。
親類がお料理屋さんしてたので。
それでずっともう一時。
好きなのは。
タイガースとかあれやったのは。
ジュリーとかすごく好きで。
ショウケンとか萩原健一とか。
あれは何やったかな。
いつの頃だ。
1960年から70年くらい。
そっからフォークソングがあったりとか。
時代によって音楽変わりますよね。
そういう音楽が全部好きで。
全部そのたんびごと聴いてたんですけど。
今はお座敷のお仕事をするようになったら
ピタッとそういうことはダメ聴いたら。
音楽シャミセンやそんなん以外は聴くなみたいになって。
それはいくつくらいの時ですか。
20歳くらいかなですね。
人権のない生活。
そうそう。それでそういう音楽聴くことができず。
周りが24時間そういう和の生活なので。
聴けず朝は踊りの稽古に行ってたりね。
そういうのもずっと30年とかしてましたけど。
ちょうど子供が生まれた頃に暇もできてきて。
それでちょっと自分も音楽いろいろ聴こうかなって思ってたぐらいから。
何を聴いていいか分かれへんから。
私が聴いていない間に流行ってたビートルズであり
洋楽のものの方に後から。
ちょっと遅れてやけどそっちが面白いなと思って。
もともとグループサウンド好きやから。
クイーン好きやしな。
クイーンとか聴いてるうちにまた蘇ってきて昔の音楽好きが。
20、30年間くらいかな。そういうもの遠ざかってきて。
そのうち子供が大きくなり娘が大きくなり
21:01
娘がラップのCD聴いてるうちにそれも面白いなって。
どれもこれも新鮮な感じで。
それで今に至ってます。
アンビーさんは音楽に触れたきっかけというか
どんな感じで好きになっていったんですか?
みんな音楽ってどうやって好きになるんですかね。
知らん。好きって。
昔から音楽は好きですけど
ヒップホップと巡り合ったのは結構遅かったけれど
チェック・ザ・ライムというイベントがあって
なんでイベント遊びに行くようになったのかとか
人の紹介ですよね。
誰から聞き始めてとか覚えてますか?
誰から聞き始めてって。飲みに行った先でとか
そんな感じですかね。
アーティストで言うと。
アーティストで言うとってみんな普通の人ですよね。
パーティーピーポー、街の。
街に出れば何かあるっていう
そういう遊び場を作ってる人って探せばいて
キセンラジオさんもそうだと思うんですけど
そういうところからの自然とつながり
チェック・ザ・ライム、ネクストスクールっていう2つのイベントは
結構私の中では大きいかな。
それが大きいかな。
チェック・ザ・ライムっていうのは
アスト・ニッシュという2人グループが
ラップをしている2MCがいてて
彼らが主催しているイベント
そこで
音楽もともと好きで色々聴いてたんで
イベントでDJっていうのを聴いて
サンプリングされてたりするっていうのを
改めてその場で聴いて
なんか面白いなってなって
彼らアスト・ニッシュの2人のリリックが
和歌山のことを歌ってて
ラップしてて
そういうローカルなカルチャーって
24:01
なんかあるんやみたいな
073とか076とか
みんなエリアコードつけてやる感じとか
すごい新鮮で
なんか面白いなと思って
しょっちゅう行ってたんですねイベント
その中でネクストスクールっていう
もう1個これは大人の
おじさんたちがやってるイベント
だったんですけど
サナトリウムっていうバンドがあって
マイソウルっていう今カレー屋さんされてる
高一くんがイベントをやってて
DJしてて
音楽もともと好きだから
いいなってなって
そのスピーカーの件も
ネクストスクールの方面からの
つながりかなどちらかというと
でもみんな後でリンクしていって
何が先で何が後って
ちょっと言いづらい感じですけど
遊び出したのは何歳くらいですか?
遊び出したのは
まあいいじゃないですか
2010年ですよね
そのあたりからクラブとかで遊ぶようになって
でロボタをゲットしたんですか?
作っていただいた
作っていただいて自分でもNASA企画を
なんで作ったのかなって思いますけど
作ったりか作ってもらったんですけど
とにかく重くて大きいんで
家とかに置いとけないし
完全にイベント用に作ってもらったんですか?
家で聞いてもいいよとかって
言う話で家で聞いてもいいわなって作ったけど
こんな大きさのものを
120キロのものをこんなところに置いて
まあ聞かない
置けないですよね普通は
音量も普通の家だと出せないですもんね
ところがピュアオーディオでは
大きくても小さくかけてもいいんです
なるほど
ただまあ置き場所の問題
土台しっかりセナーダメだし
世界で探してもあんまないんじゃないかと
思いますけど
なるほど
ちなみに昔のこととかって
どの辺まで聞いても大丈夫なんですかね?
昔のことは
どんなことをお知りになりたいかですけど
老いたちから
学生時代の話であったりとか
それはもうこちらにしゃべっていただいて
27:02
アロチの話を
今言うたし
言いました
社長
普通ですよ
まあ和歌山で
生まれ育って
城北小学校へ行って
男ばっかりのお友達が多くて
わいわいと家の周りに
みんなが集まってきて
その頃から男の中で
生きてたみたいな感じ
お迎えも男の兄弟男の子で
もうやんちゃばっかりが
遊んでて
元気な
元気な社長やって
そうですね
ご兄弟がいらっしゃるんですか?
兄弟いないです
周りの子の兄弟とかが
そうみんないっぱい集まってくる
場所が遊び場所に
ちょうどよかったんですね
私の兄弟いる話とか聞きたいから
老いたちというか
そんな元気な
僕時代子供から
普通に城北小学校行って
普通に上どんどんどん
普通に行って
子供の頃から
お母さんが三味線とか
邦楽のことされてるんで
そういうの一緒にやられたりとかは
してますね
主人が今度は打楽器のほうなので
鶴とか
それで打楽器が好きですね
こちらは
あまり弦楽器は好きではない
パーカッションかな
みたいな
音楽家な感じなんですね
そうですね
うちとここ
三味線の表にかけてるんですけど
中からは洋楽が流れてくる
音楽全般好きですね
この人もだから
中学高校ずっと
仕事そのまま行ってきてますけど
音楽はずっと聴いてたね
家にいてるときというか
わけのわからんジャズのあれ
何?
おたけびのようなジャズ
それは敬語じゃない
変わったジャズ聴いてた
何て言うのあれ
変わったジャズって
色々
コンテンポラリーとかも好きなんで
何年も聴くし
何だったら
スピーカーで大砲の音聴いたり
大砲の音聴いたり
音は好きですね
音が好きなんですね
みなさんダウン君はもっとそうだと思いますけど
小学校の頃とかは
そういうとこあまり気配はわからなかったんですけど
やっぱり
20歳前後からですかね
もうちょっと喋るとしたら
30:03
若山で遊ぶっていうブログをしてたので
若山を何とかしたい
盛り上げたいっていう
もちろんそんな気持ちもありつつですけど
そういうところでちょっとお話をしたいですかね
若山を盛り上げたいっていうのは
何年くらい前のことですか
でもそれは
後ですよね
イベントを始めたきっかけとしては
そういう若山がどうこうみたいな話って
全然なくて
それはもうやっぱり活動していく中で
後から生まれてくるっていうか
そうなってきたからそう思うみたいな
っていうのはつまり
ヒップホップのお話をさせてもらいましたけど
エリアコードの話をしましたけど
そもそもなんか
ローカルで
自分たちが楽しいから遊ぶっていう
ことですよね
だから別に外に対して
若山だってすごいことやってるんやみたいな
そんなのを発信したいとかっていう
のはなくて
自分たちが遊ぶ場所を
もうちょっとなんか
自分たちで盛り上げたいなみたいな
自分で遊ぶ場所は自分で作るって感じですね
その思いが強かったですかね
最初はね
なるほど
っていうのはそういう人たちがいたから
すでに
多分そういう多分
お気持ちでされてると思うんですけど
那佐企画さん以前は
あんまりそういう若山で
大きいイベントあったりとかは
なかった感じですか
いやーしてたと思いますよ
ただ東京の方から
ゲストも呼んだりとか
してたと思いますし
実際してた話も聞きますけど
ゲイトさんとか古いんじゃない
ゲイトさんはもっと古いし
だからそこで
ゲイさんと知り合ったっていうのが
東京とつながるっていうのは
そこが大きかったと思いますけど
でなんか
私で外の方が来て
若山はいいとこやって言ってくれる
っていう
そこがすごく大きかった
で来てもらった
ゲストで来てもらったら
やっぱりその若山を楽しんでほしいから
一緒に和歌浦行ったり
お城へ登ったり
33:00
あそこの若山城の道前行ってみたり
ラーメン食べたり
でそういう
おもてなしの仕方だって
それぐらいしかなくって
でもなんかそれで
若山っていいわって言ってもらって
そう言ってもらうと
もっともっとやっぱりしたくなる
でなんかこう結構
いろんな外の方が来られたり
するきっかけになった
口コミで
みんな来てもらった人の中で
広まったみたいな
若山ってええでみたいな
でもイベントってなんかカラーがあってね
どっちかというとヒップホップ寄りやし
また他のイベントされてる方
いろんなカラーがあって
ヒップホップのイベントっていうのも
ヒップホップDJイベントっていうのは
結構
よそから来てもらうのは
その10年前ぐらいから
どんどん来てもらった感じで
お客さんもね
すごい喜んでくれて
今度見れるんやみたいな
大駒の日なんかすごい人が
実はお客さんとして来てたり
お客さんとして
これは言わんほうがいいか
ちょっと
ご視聴ありがとうございました
36:12

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