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2023-05-31 19:33

キコアベ二周年記念リレー朗読 「ヴィヨンの妻」最終夜 #129

129回目のキコアベは…Cさんの朗読回!

「ヴィヨンの妻」 あらすじ
詩人で極度の放蕩者の夫を持つ妻が、
世間に揉まれながらも些細な幸せを享受し生きていく。

時折、家に泥酔して帰ってきたかと思えば
何かにひどく怯えている夫の繊細さや孤独を知る妻。
その反動か表では酒に不倫に、
挙句は料理屋で窃盗まで働く愚かな夫の後始末をするため、
彼女は動きだします。 ≪ara-suji.comより≫


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00:01
ビヨンの妻 最終夜
ほんの三十分、いいえ、もっと早いくらい。
おや?と思ったくらいに早く、ご亭主が一人で帰ってきまして、私のそばにより、
奥さん、ありがとうございました。お金は返していただきました。
そう、よかったわね。全部?
ご亭主は、変な笑い方をして、
ええ、昨日のあの分だけはね。
これまでのが全部で、いくらなの?ざっと、まあ、大まけに負けて。
二万円。
それだけでいいの?
大まけに負けました。
お返しいたします。おじさん、明日から私をここで働かせてくれない?
ね、そうして、働いて返すわ。
へえ、奥さん、とんだオカルだね。
私たちは声を合わせて笑いました。
その夜、十時過ぎ、私は中野のお店を置いてましまして、
坊やを背負い、小金井の私たちの家に帰りました。
やはり夫は帰ってきていませんでしたが、しかし私は平気でした。
明日また、あのお店へ行けば、夫に会えるかもしれない。
どうして私は今まで、こんないいことに気がつかなかったのかしら。
昨日までの私の苦労も、
所詮は私がバカで、こんな命案に思いつかなかったからなのだ。
私だって昔は浅草の父の屋台で、客あしらいは決して下手ではなかったのだから、
これからあの中野のお店できっとうまく立ち回れるに違いない。
現に今夜だって私はチップを五百円近くももらったのだもの。
御邸主の話によると、
夫は昨夜、あれからどこか知り合いの家へ行って泊まったらしく、
それから今朝早く、
あの綺麗な奥さんの営んでいる京橋のバーを襲って、
朝からウイスキーを飲み、
そうしてそのお店に働いている五人の女の子に、
クリスマスプレゼントだと言ってむやみにお金をくれてやって、
それからお昼頃にタキシーを呼び寄せさせてどこかへ行き、
しばらくたってクリスマスの三角棒やら、
仮面やら、デコレーションケーキやら、七面鳥まで持ち込んできて、
司法に電話をかけさせ、
お知り合いの方たちを呼び集め、大宴会を開いて、
いつもちっともお金を持っていない人なのにと、
03:00
バーのマダムが不審がってそっと問いただしてみたら、
夫は平然と、
昨夜のことを洗いざらいそのまま言うので、
そのマダムも前から大谷とは他人の中ではないらしく、
とにかくそれは警察団になって騒ぎが大きくなってもつまらないし、
返さなければなりませんと親身に言って、
お金はそのマダムが立て替えて、
そうして夫に案内させ、中野のお店に来てくれたのだそうで、
中野のお店の御邸主は私に向かって、
大概そんなことだろうと思ってましたが、
しかし奥さん、あなたはよくその方角にお気がつきましたね。
大谷さんのお友達にでも頼んだのですか?
と、やはり私が、
はじめからこうして帰ってくるのを見越して、
このお店に先回りして待っていたもののように考えているらしい口ぶりでしたから、
私は笑って、
ええ、そりゃもう、
とだけ答えておきましたのです。
そのあくる日からの私の生活は今までとはまるで違って、
ウキウキした楽しいものになりました。
早速電発屋に行って髪の手入れもいたしましたし、
お化粧品も取りそろえまして、着物を縫い直したり、
また、お上さんから新しいしろたびを二足もいただき、
これまでの胸の中の重苦しい思いがきれいにぬぐいさられた感じでした。
朝起きて坊やと二人でご飯を食べ、
それからお弁当を作って坊やを背負い、
中野にご出勤ということになり、
大晦日、お正月、お店のかき入れ時なので、
つばき屋のさっちゃんというのがお店での私の名前なのでございますが、
そのさっちゃんは毎日目の回るくらいのお忙しで、
二日に一度くらいは夫も飲みにやってまいりまして、
お勘定は私に払わせてまたふっといなくなり、
夜遅く私のお店をのぞいて帰りませんか、
とそっと言い、私もうなずいて帰りじたくをはじめ、
一緒に楽しく家事をたどることもしばしばございました。
なぜはじめからこうしなかったのでしょうね。
とっても私は幸福よ。
女には幸福も不幸もないものです。
そうなの?そう言われるとそんな気もしてくるけど、
06:01
それじゃ男の人はどうなの?
男には不幸だけがあるんです。
いつも恐怖と戦ってばかりいるのです。
わからないわ、私には。
でもいつまでも私こんな生活を続けていきたいございますわ。
つばき屋のおじさんもおばさんもとってもいいお方ですもの。
バカなんですよ、あの人たちは。
田舎者ですよ。
あれでなかなか欲張りでね、
僕に飲ませておしまいには儲けようと思っているのです。
そりゃ商売ですもの、当たり前だわ。
だけどそれだけでもないんじゃない?
あなたはあのおかみさんをかすめたでしょう?
昔ね。
親父はどう?気づいてるの?
ちゃんとしてるらしいわ。
色もでき、借金もできといつかため息まじりに言ってたわ。
僕はね、キザのようですけど、死にたくてしようがないんです。
生まれた時から死ぬことばかり考えていたんだ。
みんなのためにも死んだほうがいいんです。
それはもう確かなんだ。
それでいて、なかなか死ねない。
変な怖い神様みたいなものが僕の死ぬのを引き止めるのです。
お仕事が終わりですから。
仕事なんてものはなんでもないんです。
傑作も打作もありやしません。
良いと言えば良くなるし、悪いと言えば悪くなるんです。
ちょうど吐く息と引く息みたいなものなんです。
恐ろしいのはね、この世の中のどこかに神がいるということなんです。
いるんでしょうね。
いるんでしょうね。
私にはわかりませんわ。
そう。
10日、20日とお店に通っているうちに、
私には椿屋にお酒を飲みに来ているお客さんが、
一人残らず犯罪人ばかりだということに気がついてまいりました。
夫などはまだまだ優しい方だと思うようになりました。
また、お店のお客さんばかりでなく、
09:02
道を歩いている人みなが、
何か必ず後ろぐらい罪を隠しているように思われてきました。
立派なみなりの50年配の奥さんが、椿屋の勝手口にお酒売りに来て、
一生300円とはっきり言いまして、
それは今の相場にしては安い方ですので、
お上さんがすぐに引き取ってやりましたが、水酒でした。
あんな上品そうな奥さんさえ、
こんなことを企まなければならなくなっている世の中で、
我が身に後ろぐらいところが一つもなくて生きていくことは不可能だと思いました。
トランプの遊びのように、マイナスを全部集めるとプラスに変わるということは、
この世の道徳には起こり得ないことでしょうか。
神がいるなら出てきてください。
私はお正月の末に、お店のお客に怪我されました。
その夜は雨が降っていました。
夫は現れませんでしたが、
夫の昔からの知り合いの出版の方の方で、
時たま私のところへ生活費を届けてくださった矢島さんが、
その同業のお方らしい、やはり矢島さんくらいの40年配のお方と二人でお見えになり、
お酒を飲みながらお二人で声高く、
大谷の女房がこんなところで働いているのはよろしくないとかよろしいとか、
半分は冗談みたいに言い合い、私は笑いながら、
その奥さんは、どこにいらっしゃるのと尋ねますと、
矢島さんは、
どこにいるのか知りませんがね、
少なくとも椿屋のさっちゃんよりは上品で綺麗だ、
と言いますのでやけるわね。
大谷さんみたいな人となら、私は一重でもいいからそってみたいわ。
私はあんなずるい人が好き。
これだからね、
と矢島さんは、お連れのお方の方に顔を向け、口を歪めて見せました。
その頃になると、私が大谷という詩人の女房だということが、
夫と一緒にやってくる汽車のお方たちにも知られてしまいましたし、
またそのお方たちから聞いて、
わざわざ私をからかいにおいでになる物好きなお方などもありまして、
お店はにぎやかになる一方で、
御邸主の御機嫌もいよいよまんざらでございませんでしたのです。
その夜は、それから矢島さんたちは紙の闇取引の商談などして、
お帰りになったのは十時過ぎで、
私も今夜は雨も降るし、
12:00
夫も現れそうもございませんでしたので、
お客さんがまだ一人残っておりましたけれども、
そろそろ帰り自宅を始めて、
奥の六畳の隅に寝ている坊やを抱き上げて背負い、
また傘をお借りしますわと、
小声でお上さんにお頼みしますと、
傘なら俺も持っている。お送りしましょう。
と、お店に一人残っていた、
二十五六の痩せて小柄な婚姻風のお客さんが、
真面目な顔をして立ち上がりました。
それは私には今夜が初めてのお客さんでした。
はばかりさま、一人歩きには慣れていますから。
いや、お宅は遠い。知っているんだ。
俺も小金井のあの近所のものなんだ。
お送りしましょう。
おばさん、勘定を頼む。
お店では三本飲んだだけで、そんなに酔ってもいないようでした。
一緒に電車に乗って小金井で降りて、
それから雨の降る真っ暗い道をあいあい傘で並んで歩きました。
その若い人はそれまでほとんど無言でいたのでしたが、
ぽつりぽつり言い始め、
知っているのです。
俺はね、あの大谷先生の詩のファンなのですよ。
俺もね、詩を書いているのですがね、
そのうち大谷先生に見ていただこうと思っていたのですがね、
どうもね、あの大谷先生が怖くてね。
家に着きました。
ありがとうございました。またお店で。
ええ、さようなら。
若い人は雨の中を帰って行きました。
深夜、ガラガラと玄関の開く音に目を覚ましたが、
例の夫の泥水のご帰宅かと思い、そのまま黙って寝ていましたら、
ごめんください。大谷さん、ごめんください。
という男の声がいたします。
起きて電灯をつけて玄関に出てみますと、
さっきの若い人がほとんど直立できにくいくらいにふらふらして、
奥さん、ごめんなさい。
代わりにまた屋台で一杯やりましてね。
実はね、俺の家は立川でね。
駅へ行ってみたらもう電車がねえんだ。
奥さん、頼みます。止めてください。
布団も何もいりません。
この玄関の敷台でもいいのだ。
15:01
明日の朝の始発が出るまで、ごろ寝させてください。
雨さえ降ってなけりゃ、その辺の軒下にでも寝るんだが、
この雨でそうもいかねえ。頼みます。
主人もおりませんし、こんな敷台でよろしかったらどうぞ、
と私は言い、破れた座布団を二枚、敷台に持って行ってあげました。
すいません。ああ、よった。
と苦しそうに小声で言い、すぐそのまま敷台に寝ころび、
私が寝床に引き返したときには、もう高いいびきが聞こえていました。
そうして、そのあくる日の明け方、私はあっけなくその男の手に入れられました。
その日も私は、上部はやはり同じように坊やを背負って、お店の勤めに出かけました。
中野のお店のどまで、夫が酒の入ったコップをテーブルの上に置いて、一人で新聞を読んでいました。
コップに午前の日の光が当たって、きれいだと思いました。
誰もいないの?
夫は私の方を振り向いて見て、
うん、親父はまだ仕入れから帰らないし、
婆さんはちょっと今までお勝手の方にいたようだったけど、いませんか?
昨夜はおいでにならなかったの?
来ました。
椿屋のさっちゃんの顔を見ないと、この頃眠れなくなってね。
十時過ぎにここを覗いてみたら、今しがた帰りましたというのでね。
それで?
止まっちゃいましたよ、ここへ。雨はざんざ降っているし。
私も今度からこのお店にずっと泊めてもらうことにしようかしら。
いいでしょ、それも。
そうするわ。あの家をいつまでも借りているのは意味ないもの。
夫は黙ってまた新聞に目を注ぎ、
いや、また僕の悪口を書いている。エピキュリアンの偽貴族だってさ。
こいつは当たってない。
神に怯えるエピキュリアンとでも言ったらよいのに。
さっちゃんごらん、ここに僕のことを人品なんて書いてますよ。
違うよね。
僕は今だから言うけれども、去年の暮れにね、ここから5000円持って出たのは、
18:01
さっちゃんと坊やにあのお金で久しぶりのいいお正月をさせたかったからです。
人品でないからあんなこともしでかすのです。
私は格別嬉しくもなく、
人品でもいいじゃない。
私たちは生きていさえすればいいのよ、と言いました。
神戸2周年記念リレー朗読
太宰治作ビオンの妻
第1や読み手J、
第2やA、
第3やB、
そして最中やCでお届けしました。
これからもマスクの下で滑舌を置きたい。
子供を寝かしつけたり、早朝の駐車場の車の中にこもったり、
上空を飛び交うヘリコプターをやり過ごしながら、
3周年に向けて楽しく録音・配信を続けてまいりますので、
今後とも福安部をどうぞご卑怯にお願いいたします。
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