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聞いてかじってくぐられ、おいでおいでよ劇場へ、キキカジ劇場!
言葉にしづらい舞台芸術や、アートに関わる人にスポットを当てるポッドキャスト番組、キキカジ劇場。
本日も人形劇一筋49年、人形劇団ヒポポダーム代表の永野のつみさん、第2回目です。
前回は人形劇にかける思い、子どもたちの反応がどんなに面白くて豊かか、たくさんお話しいただきました。
今回は絵本の界むつみ塾、舞台のどこを見てもいいものすごい自由度、などについて伺っています。
特に絵本のお話は、大笑いしながら目から鱗でした。お聞き逃しなく。
では、ぜひ最後まで楽しんでくださいね。
大笑いしねってね、言ってくれて。だからそうやって、まんまとセリフを生み出す人になってるわけ、客席がね。
それを聞き取るには300人入ったらダメなのよ。100人が適当、だから何ちゃんが言ってるってのが分かる距離で、舞台と客席の関係もそうだけど、
人気同士の認知できる人数っていうのがあって、年齢が下がれば下がるほど、それは少ない人数の方が、
あの子は泣いてるけど僕は笑ったとか、僕は泣いたのにあの子は笑ったとか、見方が違うんだっていうね。
それからその、自分が泣いてる時に笑った子に対しての怒りとかね。
だからそこはすごく複雑な心持ちを持つことが保証される、関係ができる人数にこだわってるわけ。
そうするとね、1回の公演で得る収益というのは減るわけだ。
そうですよね。そりゃ入れれば入れる方がいいですもんね。
そこはせめぎ合いで、でもやっとコロナを経て、コロナで大勢で見られなかったことが、いいんだか悪いんだか、
人数少なくて見ることの楽しさを皆さん味わったので、やっと通じるようになりました。50年に続けて。
前にいたからばその時代から数えて、その時からずっと少ない人数で、
あまり広くない空間で、ため息さえも届き合う距離でっていうのがあまり大事にされなかったんですよね。
どんどん人形が大きくなり、どんどん劇場空間が広くなり、大勢で見ることはいいことだっていう時代だったので、
私たちがその小さな会場で少ない人数でっていうと、変わり者扱いされたんですけど、
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やっぱ贅沢な空間ですよね。60人とか100人とか。でも誰ちゃんがっていうのは分かるよね。
客席同士も確かに見える。
我が子が笑っているっていうふうにお母さんが分かるとかね。あんなこと言うんだ、うちの子はとかね。
そういう有機的な関係が客席で生まれるって科学変化を起こしていくのに大事な力だと思うので、
みんなで見てるっていうのが。
さらにそのお芝居が終わった後に、舞台の裏側を見られるっていう。
その時間もすごい特別でしたね。
コロナから始めたの。
そうなんですか。
コロナの前はね、騙されて帰る方が楽しいと、どうやってたのかな、どうやってたのかなって思ったんですけど、
だからどれだけ今からも続けるか分からないですけど、また辞めるかもしれないんだけど、
仮想空間っていうか、何て言うんですか、映像をたくさん見て作り手の分からない体験をたくさんしてきたと思うので、
この人形なんだぞって、ハンズオフではなくて、ハンズオンが彼らにとってとても大事な時期に、
ハンズオンが禁じられたわけだから、いつの場面で。
だからせめてお芝居を見た後、この人形だったんだって。
私たちの汗や温もりがまだ残っている間に触ったり、プレゼントで渡し合った小道具を全部解いていったり、つまり壊して帰るわけよ。
それでも私の劇団には直さんという人がいて、直せるんです、なんでもね。
ごめんね言わないでいいから、まずは直りますかって直さんのところに行ってくれと。
壊しちゃったと思ったら。
壊しちゃったと思ったら、今ごめんねを言うのがとても大事なように言われているけども、ごめんねじゃなくて、まずは現状を。
キーなんじゃない?
これは。
直るのか直らないのか。
壊れた時に、あーってびっくり感のママ、直りますかって言って直してくださいってお願いして、
大丈夫って言われると、ほっとする感じがね、何でもかんでも粗暴に扱えばいいってもんじゃねえなって。
確かにね、これはまずいなっていう。
でもちっちゃい人のもの壊れないようにできているので、
あの人たち大事に扱うことあまり知らないのよ。
そうですね、怪我がないようにとか、強縁がないようにとかね、そうですよね。
道程保育園から割れるお皿でご飯食べたら、もうちょっと慎重になるでしょうね。
そうですね、いっぱい失敗してね。
だけどそれは危ないし、それからお給食を作る人はね、ガラスのものや食器の重たいものを持ったら体壊すもんね。
だから両方の都合で割れないものを使って、ことを批判している都合ではないんだけれども、
今見た人形、今触るってのがいいんじゃないか。
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いやー、楽しかった。私も楽しかったですけど、
うち息子が一緒に拝見して、小3なんでもうだいぶ結構ひねてきてるっていうか、あんま素直に子供のやつでしょみたいな。
結構ひねて見てて連れてこられたみたいな感じで、あんまタフテックされてると思ったんですけど、
もう見るは見てて、ずっと集中して見てて、でも何にも言わないんですよ。
でも終わった後に触れるってなったら目が輝いちゃって。
触って動かして、ほんとにみんな楽しそうで、これこうなってたんだとか言って。
それに自前クローズアップっていうのができるってことを彼らはそこで体験すると思う。
自前クローズアップ。
外で客席で見た時はあんなに大きく見えたのに、こんなにちっちゃかったんだとか、あれはその逆だったり。
受け取ってる時にすでに自分の脳が処理してるってことなんだ。大きく見せたり小さく見せたり。
自動補正みたいな。
そうそう。情報をチョイスしてたんだってことも、舞台の中のテレビや映画はクローズアップしちゃうじゃん。
だけど生の舞台はどこを見ててもいいんだよ。どの情報を手に入れてもいいわけなんだ。
どの声に耳を傾けてもいいわけなんだ。
それはものすごい自由度があるってことだと思いますよ。
そうですね。字幕も出ないですしね。
相撲の時なんか回しが外れた時、どうするんだって興味ありません?
あります。
どうして直すのかなって。パワーモード客席だから映すじゃん。そこじゃないって思う。
そういうのが生の舞台の場合にはね。
だから本当に自由度の高い。どこを見てても間違いではない。
自分の興味に従って情報を選び取ってるんですよ。すごくない?
そうだ。そうでした。すごい大事なことを今教えていただいて。
だからお母さんが見てた風景と全然違う風景を見ている可能性があるんだ。我が子がね。
そんなとこ見てたの?って怒らないで。その時は喜んでびっくりしてほしいんだよね。
でもそれをすごい私今自分に振り返ってやっぱりすごい頭が固くなってるなと思ったのは
こういうお話だったでしょうみたいなものをお話の進みを見るものっていう頭にやっぱりなってますね。
子供というかそこが自由に見ていいっていうことをもう1回ちゃんと思い出して。
はい。また見に行きますか。いいこと聞いた。またそうだ。
物語があって主人公がいていろんなものに出会って進行していても
途中で出会う一つ一つのエピソードが本当に生きてないと
物語だけを覆う芝居になると薄っぺらでつまんないんだと思う。
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だから一人一人がちゃんと描かれているお母さんやおばあちゃんは途中しか出てこない時々しか出てこないけれども
おばあちゃんのリアリティっていうのがねちゃんと表現されていると
ちゃんと人間は動いていると必要に応じてしゃべり必要に応じて
ちゃんとした動きで埋まっているとすごく濃密な舞台になると思う。
林明子さんという人のお使いっていう絵本あるでしょ。お使いに行く話で
その話は面白いんだけれど、街の中で猫探してますっていう電信柱に書いてあったり
ここの窓のあの二人は喧嘩してるのかなとかあるじゃん。いろいろ書いてあるじゃん。
あれを小さな人たちは見てるんだと思いますよ。文字が読めない人は絵をしっかり見ていて
文字情報から文字を読んでもらったところの物語の方よりも
一枚一枚の絵から何か発見してるんだと思う。だから文字の読めない力ってのがあるんだと思う。
そうか。読めないから読まなくていいんですよね。
読まなくていいから。ずっと。
追わなくていいんですよね。
だから読めるようになっても誰かに読んでもらってずっと絵だけを楽しむっていう読み方があるから
読めるんだから一人で読みなさいっていうふうにおっしゃらない方がいいし
芝居もどんな話だったって急いで聞かない方がいいよね。
そうです。確かに。じんわりじんわり。
どこが好きだったとか、今日は何見たのとかって聞き方の方が
この子はあの芝居で何を見たんだろうって聞き方の方がいいかもしれない。
今絵本のお話がありましたけど、むつみさんは絵本の会、むつみ塾っていうのも主催されていらっしゃる。
昨日やった。
そこでやった。
ここでされたんですか。今お宅にお邪魔してるんです。
それはどんな会なんですか。
もともとは国立市民芸術ショーホールっていうところで
市芸教室みたいなのがあって、国立に住んでいる市芸を持っている人が国立の市民に何か伝えるっていう取り組みがあって
私は国立市民じゃなくて府中市民なんですけど、あそこを借りてずっと稽古してたもんで
館長さんが国立の若いお母さんたちに絵本の読み聞かせを教えてくださいって
市芸塾で5回コースくらいかな。でシャレも出て言われたんで
読み聞かせは嫌いですって言ってできませんってことがあったんです。
めっちゃはっきりおっしゃりますよ。
そしたら来年の、時々人形系の講演もさせてくださっていたんですが
来年は考えますなんて私を脅しにくくなるんですから
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とにかく劇団のみんなが仕事を作ってこそ代表なのに仕事を断ってどうするって言われて
あの人たちは私の不幸には鈍感なもんで
結局やることになって読み聞かせって言葉が嫌いなのだと
読み聞かせですよ。なんかね教育的な匂いもするし
絵本の会っていうことで絵本を楽しむ。それも大人だけで
子供は連れてきてはいけませんっていう会が。
大人の会なんですね。
子供がいると大人は表現しちゃうの。
分かるように読んであげたいような欲望がね。
出ますめっちゃ私。
それなしで大人が自分のために読むっていう。
だから読む時もあなたの表現はいりません。
この書き手が何を書こうとしているのかが分かるように
読んでくださいっていうのでやってるんです。
お芝居をやってる方だったら素読とか本読みみたいな
って言うと分かるんですが
そういうことをあまりご存じない方に
普通に表現あんまり表現入れないで読んでくださいって言うと
すごくぶっきらぼうになるのね。
それで私が思いついたのは
メニューを読むように読んでくださいっていうようにしてるんですよ。
メニューってレストランのメニューですか?
ラーメン屋さんに行って
ラーメン500円、タンメン700円、餃子300円
って言った時に今ラーメンって言っただけで
口の中醤油味になったでしょ?
なりました。
タンメンって言った時に700円とこの200円の違いは
野菜だなと思ったでしょ?
思いました。
餃子300円だと2個かな3個かな4個かなとか思ったでしょ?
ありありとイメージを持ちながら読んでるわけよ。
にもかかわらずありありとイメージを持ってって言うと
それが感情をそこに吹き込むことだと勘違いする人が多くて
だけどラーメン500円、タンメン700円とは言わないでしょ?って
言わないでしょ?って
激的
感情型っていうのとね
イメージをありありと持つっていうのは違うのだよと言って
分かりやすい、その説明
ラーメンは500円でタンメンは700円ってことが分かりたいわけだから
だから他の絵本なんかを読む時も
これ何が書かれてるかだけを考えて読んでください
まさにでも私、自分がお聞きしたいことの中に
絵本を私読むのを子供に読むのが好きで
赤ちゃんの0歳の時から楽しみに読んでたんですけど
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なんかあるどっかで
私は結構自分が楽しくなっちゃって読んじゃうんで
結構抑揚もついちゃうんですけど
なんかどっかで割と絵本は感情を入れずに
淡々と読むべしみたいな説を聞いて
まさに淡々と読むが
うーんって読むっていう
抑揚なしでぶっきらぼうに読むってことなのかな
なんでそれが、その方がいいのかなって悩んだことがあって
それちょっとガードとか持ってたことだったんで
内容をね、何が書いてあるかをちゃんと読むためには
それなりのテンポがあるし
点まるでは切ってほしくないし
ちゃんと続けて読んで
俺、絵本って隙間があるでしょ
あそこで休まないでザーッと読んでいくと
だいたい何言ってるかわかるんですけど
いちいちあそこで切られると
それからネとかヨで必ず上げちゃうと
ネって上げられると不愉快だから
だってそういう言い方
そういうつもりで書いてあるかどうかわからないし
受け取る側がどうだかわからないので
できるだけ普通にサラッと読んでくれた方が
足したり引いたりできるじゃない、聞いてる方が
まさにその余白を残すってことですね
でもそのメニューの話とってもわかりやすいです
気に入ってるんですけどね
みんなお笑いするんですよ
でもいよいよラーメン
絵本になると途端に
危ない危ない
ちょっと今晩読む時に気にしてみようと思います
何が書いてあるか
この本はどういうつもりでこの方がお書きになったのかな
っていうのを味わいながら読むんであって
この本で何かを伝えたいなんて
そういうね下品なことはしない方がいいと思ってるだけ
おこがましいってですね
そう、てめえで書けと
言いたいことがあるならあなたが書きなさい
この本を気に入ったから
おばさんとても気に入ったから
一緒に読もうってシェアしたいの
あなたにシェアしたいの聞いてねって言うんだらいいんだけど
この本で私のこの思いを伝えたいなんてさ
失礼だよ書いた人にね
そのつもりじゃないですもんね
ないかもしれないけど
とりあえずはお借りして
お借りして共有したいと
まず私が感動したものなのでとか
あるいは私この本読んでたら
わけがわからないんだけど
ちょっと読んでみるから
聞いてとかっていう
自分のあり方に正直な方がさ
余分なものを足して
それを剥がしてから聞かなきゃいけないのより
余分なものを持たずに
通りよいくらがいいと思う
スーッと届くものがいいですね
勉強になった
勝手にすいません
でもそういうの
それは私お芝居の時も一緒で
セリフもね
何を言いたいのか
ということで
永野むつみさんの第2回目をお届けいたしました
いかがでしたか
絵本を読み聞かせるのではなく
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気に入ったからシェアさせてねという
小さな人とどこまでも対等に向き合う姿勢
必ずしも大人の方が優れているとは限らない
というむつみさんの強い思いが伺いました
絵本はレストランのメニューを読むように
シンプルで確かな基本ですね
早速実践しているんですが
なかなか簡単ではないです
なんだか自分の欲深さと向き合っているようです
次回は人形は年齢からも性別からも自由
何度も見たくなる人形劇をやりたい
などをお送りします
お楽しみに
人形劇団ヒポポタウムのホームページで
今後の予定をぜひチェックしてみてください
では次回もぜひ引きかじってくださいね
さようなら