1. 研エンの仲
  2. #39 アフタートーク (創作欲求..
2021-05-04 38:09

#39 アフタートーク (創作欲求、『はな恋』感想、パズドラetc)

(このエピソードは #39「カルチャーは人生に必要か?」のアフタートークとして収録しましたが、単独で聴くこともできます)

  • 研究者はどう映画・音楽を楽しんでいるのか? ラボで実際に聴いてみました
  • 本業と離れた創作的な活動との向き合い方
  • 映画『花束みたいな恋をした』のネタバレ感想
  • 自己実現と生活のバランス
  • 研究者版『はな恋』
  • パズドラの社会意義
  • Awesome City Club
00:01
じゃあ今日はですね、前回、文化に触れ続けることは人生に必要かっていうテーマでポッドキャストを収録したんですけれども、そのアフタートークというか、後日談を今日はお話ししたいなと思います。
いや、Ayakaさんがその後、ラボの人と話したんですよね。
そうなんですよ。周り、少なくともパッと思い浮かぶ研究者のことを考えて、研究者の人って運動とか料理に来る人は結構多いけど、映画とか音楽を掘ってますとかすごい詳しいですとか、あんまメジャーじゃないやつをたくさん知ろうとしてますっていう人あんまり身近にいないなって思って、
でもまあ、ただ単にこの話をラボでしないだけなんじゃないかっていう可能性もあったので、
なるほど、ちゃんと仮説検証した。
聞いてみました、実際に今日は。聞いてみたので、その話をちょっとしたいなと思います。
例えば、小さなお子さんがいる方とかは、自分のためだけに映画とか音楽を楽しむ余裕がなかなか持てないというか、子供と一緒にコンテンツを楽しむみたいな感じになってるみたいな感じでおっしゃってる方もいて、それは昨日出てこなかった視点なのかなというふうに思いましたね。
でも逆に言うと、その子供がいることで入ってくる新しいジャンルのものっていうのもあるのかなという気がして、高校生の息子さんがいる方とかもいるんですけど、その方は息子さんとすごく趣味が音楽の趣味が合うらしくて、
で、なんか子供が好きな音楽を聞くと、あ、これなんだろう、新しいジェネレーションの自分の感性に近いものが聞けるらしくて、すごいなんかいいって言ってましたね。
それが話題に、なんだろう、会話が弾んで、会話が弾むっていうのが一番そういうコンテンツにとっては大事なんじゃないですかねってその人は言ってて、確かになぁと思いながら聞いてましたね。
その人は昔はそのバンドを自分でやってた感じの人で、でも音楽はすごい大好きな人だと思うんですけど、でもやっぱり新しいジャンルを掘るっていうのはなかなかやらなくなってくるっていうふうには言っていて、まあ映画とかもそうですよね。
だけどまあそうやって、なんだろう、お子さんとかを通じて、なんかそういう新しいものを知る機会があるんだよっていうことを言ってて、なるほど、そういうのもあるのかと思って、で、まあ思ったのはあんまりまあこれはうちのラボだからなのか他のラボではそうでもないのかもしれないんですけど、
あれかしその雑談もちょっと研究っぽい内容が多くて、本当に全然研究と関係ない雑談って意外としないなあっていうことに今日気づいたんで、こう何人かインタビューというか、最近なんか映画とか見ましたみたいな話とか聞いてみたんですけど、
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そしたら結構ね、いろいろみんな、最近あまり見なくなりましたねみたいなことはやっぱりそこから始まりはするんだけど、でもやっぱこれがおすすめですよとか、ずっと迷う中ならいいのにかな、たぶん夜遊びとかと近い感じのサウンドのやつで、
その曲が、そのグループがすごい好きでライブに行きましたみたいなことを言ってる研究員の方がいたり、あと最近NHKのドラマで、大学の広報室の人が主人公で、論文表説の闇をあわくみたいなドラマを今やってるらしくて、すごいリアルな法則問題を扱ってるらしくて、そんなあるんやってなって、
そう、なんか全然こういう話今までしなかっただけで、実はみんなそういうそれぞれコンテンツを掘ったり、実はしているのかなっていう感じが、はい、それがわかって、なんか楽しかったです、なんかあんまりこう、なんだろう、新しい会話のオープナーを見つけた感じがして、
ただ、なんで今まで全然しなかったんだろうなっていうのをちょっと考えてみたときに、なんか結構論文の楽しみ方って映画とか小説とかと似てるなってことを感じたんですよね、なんかやっぱ、分野ごとにこう、ベストセラーみたいなのがあったりするわけですよ、ベストセラーとか、なんか応募書の、なんだろう、あの監督の作品は見るみたいなのってあるわけですよ、それが、まあ、新作、その新作だから読まなきゃとか、
あの役者がこの論文にも登場していますから、まあ、役者がある研究者だって、ある研究手法だったりすると、あ、なんかあそこでああいう演技を見せていた人が、今度ここではこういう演技を見せているみたいな、そういう楽しみ方もできるし、なんだろう、数年後のこの論文、この論文が数年後を飛躍したんだみたいな、伏線を楽しむみたいなこともできるし、
なんだろう、こう、そういうコンテンツの感想話っていうのが、映画とか小説とかそういう、まあ、他の文化を返さなくてもある意味できてしまうから、
そうですね、なんかこう、カルチャー詳しい人同士のディープな話みて、よくある、なんだろう、これ知ってる?みたいなの、これ好きなんだよね、紹介し合ったりとか、なんかある、なんだろう、コンテンツとコンテンツ同士がつながったりだとか、そういうこう、会話がある意味研究を出しにできてしまうっていう、
それで、こう、通じ合う感覚みたいなものが、こう、研究の中でもある程度持つことができるっていうのは結構面白いですね。
まあ、そうですね、まあ、だからこそ、まあ、趣味がもともと合うかわからない映画とか、その小説の話を持ち出すって機会が今まであんまりなかったのかなーっていうことはちょっと思ったりしましたね。
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まあ、あとは今私が研究所にいて、大学だともうちょっと違うのかもしれないですけど、少なくともそんな感じででしたね。
っていうことが、あの、ちょっと前回あんまり研究者の人は、こう、コンテンツを掘ってないんじゃないかっていう勝手な憶測を述べましたが、まあ半分本当で、あの、なんだろう、まあ必ずしもそうではないのかなっていう感じで、あの、今日いろいろ話を聞いてみてよかったですっていう感じですかね。
いや、彩香さんは実は創作活動したいっていうふうな話をしたことがありましたけど。
いや、ていうか、なんか昔は想像的な趣味をしなければならないというふうに感じていた時期があった。
より想像的な趣味をしたかったね。
それは例えば映画作りとか、音楽だとかっていうことですか?
そうですね。
なんかバンドサークルもやってたんだよね。
まあそれはあったんだけどね、なんかそんな創作活動っていうほどうまくはなかったもん。楽譜通りに弾くのが精一杯だった、キーボードだったんですけど。
だったので、なんかそんなに個人的には想像活動というふうには感じていなくて、てかなんか曲を作れるレベルではなかったし。
まあどちらかといえば映画の方がまあより創作活動には近かったのかなとは思うんですけど。
なんかそういうね、なんだろう、こう趣味としての創作活動みたいなのをやりたいなっていうのは前からずっと思っているんですけど、今は全くその機会がない。
そうですね。
まあレシピの開発ぐらいかな。
ああ、料理の。なるほど、確かに。それは結構クリエイティブかもしれない。
なんか創作活動そのものとそれを通じて他人に影響を与える、他人に読んでもらってこれを動かすみたいなものといって、その前者だけで尊いとかやる、やりたいって思う人もいるし、後者が欲しいって人もいると思うんですけど、あかさんはどちらのタイプだったと思うんですか?
いやー、まあ両方あるんじゃないですかね。作ること自体が楽しいというのもあるけど、でもやっぱり人に見てもらって評価されたいっていう気持ちはありますよね。
確かに。まあポッドギャストもある種議論だけしてればいいのに、こう人に聞いてもらいたいっていうのは、まあなんだろう、ある種このポッドギャストが2人のちょっとそういう、
創作。
ノリシロ的創作意欲みたいなものの発露の結果となっているっていう説はありますね。
まあそれはあるかもしれないですね。まあそれはそう、いや、それで言うとブログを書きたいみたいなのあるわけですよ。
なるほど。
文章を書きたいとかいうのはあるんだけど、いや、なんかブログ書くぐらいだったら論文書いたほうがいいんじゃないかなとか、
09:04
なんか結局その労働管理の問題で研究に関連する業績にあることをやったほうがいいみたいなところに吸収されて創作活動ができないみたいなとこはあるかもしれない。
特に文章に関してはですね、それ以外のことだったらもしかしたら全然別枠でできることなのかもしれないけど。
なんかたまに思うのは、その、なんか何とかぐらいだったらっていうのは、そんなに当たってない説っていうのはあると思うんですね。
なるほど。
それはなんか、なんだろう、漫画読むぐらいだったら仕事をしたほうがいいじゃんっていうのはもう常に言えるけど、
実際にそこへ向かうエネルギーはないとか、そこでやっても仕方ない、それ以上できる仕事はないとかだったりもするわけで、
ブログを書く時間は研究に充てられるっていう信念があるから、ブログを書いてなかったりするかもしれない。
僕もたぶん同じように、趣味のコーディングとそういう本業のコーディングとジレンマがあったりするわけですね。
なんか仕事がまだできる余地があるのに、自分の好きなコードを書いていいんだろうかみたいな。
でもなんかそれってそこまでこう、なんだろう、体に覚えさせたほうがいい習慣じゃないんじゃないかなっていうのはたまに思いますね。
そうですね、どっちかというとなんていうか、こうなんだろう、まあそれコーディングでも言えることだと思うんですけど、
最終的に人に見せる前に遂行する段階って、もうなんか仕事と同じテンションじゃないですか。
あれが使ってるところが一緒だなって感じるんですよ。だからあんまりそこのリソースを守りたくないなって思っちゃう。
確かに。なんか作ってるときそのものは結構違っても、人に出す前に見るときって結構なんかそういうリソースを使うっていうのはわかる気がしますね。
なんか客観的に評価しようとするときとか、間違いを見つけるとか、なんかより良くするみたいな、そこの回路って多分仕事と趣味で同じ場所使ってるから、
そういう意味でなかなかうまくできないな、両立できないなって感じるところがありますね、個人的には。
なんかそれで言うと、ポッドキャストがある種他のブログとかに比べると、僕らは続いてる方じゃないですか。
っていうのは割とその、なんだろう、遂行ができないから。
そうそう、私絶対それだと思ってます。
遂行ができてしまうと、こうじゃない、ああじゃないって絶対なっちゃいますよね。
そうなる、で、そこで迷い始めると、なんだろう、結局リソースをめちゃくちゃ食うので、その作業が最も、だからできないのかなっていう気がする。
確かに、それは結構説得力のある、ポッドキャストが続く理由。
12:02
そうだね、ポッドキャストが続く理由であるブログができない理由である。
確かに、それはあるかもしれない。
なんか人に見せないっていうのはあり得るんですか?
いや、人に見せない文章だったらめちゃくちゃ書いてる。
確かに、なんかさ、結構ノート書き溜めてます。
うん、めちゃくちゃ書いてますけど、でもそれをオープンにしようとした途端に、こう細かく気になるところが出てきたりして、
で、なんかここのクオリティ高める努力するぐらいやったらええわってなっちゃうみたいな。
まあ、そういう意味で想像的な活動全然してないわけじゃないですね。
想像的な活動を通じて、こう人に見せたり、こう影響を及ぼそうというふうに思うと、
それはやってないってことになるかな。
なるほど、うん。
だから1回だけ私ノートで、その、なんか神経科学のを学びたいときに学部どこを選んだらいいかみたいなの書いたんですけど。
おー、すごいね、それプライベートノートで書くってことでしょ?
いや違う違う、それはノートっていうメディアで1回だけ書いたんですけど、結構それ見ていろんな学部生とか大学院考えてる人からいろいろ連絡をもらって、
なんか今日もその相談に乗ってたんですけど、なんかそういうなんだろう、こう、書けばかなりこうやって見てくれる人がいるんだなっていうのはわかるから、
なんか他のものも出せるものを出した方がいいんだなって思いつつ、でもやっぱりこうやってポジティブな反応、
まあ少なくとも私に届いているものは比較的ポジティブですけど、
ポジティブにする、ネガティブにしろ、誰かが見るってことは、やはり何かしらそういう反応を与えることなんだなと思うと、
緊張。
止まっちゃうんですよね。
それは確かにありますね。
なんかこう、習慣にするしかないのかなっていう気がしますね、そのブログとかに関しては。
もうある程度のところで出すみたいな感じにしないといけなくて、でも文章ってやっぱ目の前にあるとね、
確かに無限に練り直したくなっちゃう。
そう、練り直したくなっちゃうじゃないですか。
なんかその感覚が非常になんだろう、こう、まあそうやって文章の形で世の中にアウトプットするっていう仕事の形式と似てきちゃって、
そこのリソースもう使いたくないって思って止めちゃうんですよね、途中で。
いやーわかるな、僕もブログは、でもね、一応続けてた時期はありました。
ありましたね。
毎日一人アドベントカレンダーという狂気の里ですけど。
毎日ブログを書き続けるって。
一時期めっちゃ書いてましたね。
やってましたね。
いくつかはね、すごいバズってたよね。
そうだね、それは結構見てもらったやつもあって、その件で未だにコメントとかメールとかもらったりすることもあって、
15:07
反応があることもあるんだなって満足して、去年はもうやりませんでした。
一昨年はまたやった気がするけど。
なるほどですね。
じゃあ最後にちょっとネタバレじゃないですけど、
映画の内容についてもちょっと話していきますが、
ここから後はちょっと見てないともしかしたらついていけない感じになるかもしれないので、
飛ばしちゃって全然大丈夫です。
一応説明はするので、これから見るかもっていう人はちょっと聞かない方がいいかもしれないですけど、
逆に全く見ないよっていう人を。
見る気がない人は全然聞いちゃって大丈夫だと思います。
その創作活動っていう話との絡みで言うと、
麦くん、男の子の方ですね、就職してちょっとカルチャーに対して触れられなくなった方の彼は、
創作活動やってたんですよね。
自分が作れたからこそ受動的な趣味だけを頑張るってことはできなかったっていうのはあるのかなっていうふうに思ったりはします。
一応イラストレーターを志して、いろいろカット描いたりとか仕事はしてたんだけど、
それをある種諦めて就職をすると。
それも麦くんが、きぬちゃんって女の子の方ですね、との2人の生活を維持するためにっていうふうに自分では位置づけてるわけですね。
2人の目標っていうのが、今幸せだからその現状を維持するために就職するって自分では位置づけてるって就職するわけですけど、
そうですね、それが確かにあるかなとは思いました。
一度作ることを心出してるからこそ、例えば漫画だけを読み続けるだけっていうのはあまり合わなくて、
逆に就職したらそっちに割とゼンハリするっていう感じでしたね。
自己啓発本とかも読み始めて、そこにきぬちゃんはちょっとドンビキしてしまうわけですよ。
でも彼は偉いわけですよ。働く場所のことをその場で頑張ろう、その場でちゃんと出世しようと思って、
そのために動ける人間っていうのは未練たらたらよりよっぽどいいわけですよね。
それは会社にとってもいい人材だと思うし、ちゃんと前を向けているっていう意味で、
私は映画の中で結構麦くんの方がやややばい奴みたいな扱いだったし、
結構カルチャーに携わる人が多かったからか、批評してる人たちも。
批評の中でもやっぱちょっと麦くんやや変わってしまったあいつみたいな感じで叩かれがちだったんですけど、
18:07
でも個人的には、やきぬちゃんの方がちょっとどうなのみたいな。
それはありますね。きぬちゃんっていう子は作中では、
割と変わらずカルチャーへの愛を持ち続ける子として描かれるわけですよね。
自分が好きな小説家だったりとか漫画家だったりっていうのは一貫していて、
追い続ける。
追い続けていてっていうのはあって、その中で麦くんは昔好きだったのに就職して変わっちゃったよねっていうのが対比として鮮明にあるわけですけど、
でもきぬちゃんがそういう余裕をある程度持ってい続けられたり変わらずにいられるのが、
どういう状況が何だろうのおかげなのかなっていうのは割とよくよく考えるとありますよね。
結局麦くんが頑張ってくれているから、彼女は元の生活を維持できるっていうのはあったはずで、
そこに対する感謝が長いっていうのは結構悲しいことでしたよね。
そうですね、おそらくはあの時住んでた家だったりとかもきぬちゃんだけの収入だったり、
麦くんが就職しない限りは維持不可能だったわけで、
そういう意味で維持するために就職するよって言って就職したことで変わっていく麦くんに対して、
まずは冷たいんじゃないかと思ってもありましたし、そうですね。
だからすごくなんだろう、恋愛映画なんですけど、
でもこうなんだろう、普遍的なのはやっぱり自己実現と生活のバランスみたいなところだと思うんですね。
で、なんか世の中のキラキラした仕事ってそれだけで自然と食べていけるものばかりじゃないじゃないですか。
それこそイラストレーターとかも売れるようになればちゃんと生活できるし、ものすごい稼いでる人もいると思いますけど、
やっぱりなかなかそのラインに乗れない人っていうのもいるわけで、
なんかそのラインに乗ると乗れないの間、微妙なところにい続けるのがいいのか、
それともなんだろう、それをすっぱり諦めて就職とか堅い職業に就くっていうのがいいのかっていうのは、
やっぱりいろんな、結構普遍的な悩みなんじゃないかなと思いますね。
そうですね。あとはやっぱ麦くんはまさにそうでしたけど、離れた後の付き合い方っていうのもあるわけですね。
21:03
たぶんきみちゃんは作中で医療事務の仕事を辞めて、カルチャーに関わる仕事って本人は言ってるけど、イベント会社の契約支配みたいなことをやるわけですね。
それが麦くんにとってはおそらくだけど、ちょっと関わり方としてはなんだろう、ちょっと表面的だよねというか浅いよねっていう風な思われ方も、
おそらくはそう見えてしまって反発するというのがあるわけですね。
あとはやっぱり自分は結構すっぱり諦めたというか、離れざるを得なかったけど、彼女が今より給料を下げてそういう、なんだろうな、
また彼女がもし本気で創作とかに向き合ったり、本気でカルチャーに向き合うような仕事をするんだったら、また違うリアクションだったのかもしれないんですけど、
すごく中途半端な関わり方に、たぶん麦くんから見えて、それがたぶん納得いかなかった。
でもやっぱりね、自分が新しく何か決断をした時に恋人にネガティブに言われるっていうのはやっぱりちょっと嫌じゃないですか。
ちょっときついですよね。
だからお互い様だなぁと思いながら見てたんですけど、そうですね。
いやでもやっぱり自己実現と生活のバランスはすごい難しいですよね。
なんか他人事だとは思えなかったです。正直私は。
まあたぶん演劇役者とか小説家とかイラストレーターに比べたら、たぶん研究者はまだ全然パスがある方だと思うし、
ある種やや社会、会社勤めじゃないけど、それと比較されるような状況にはあるわけで、そういう意味では比較的恵まれているのかもしれないですけど、
でもそれでもやっぱりたぶんこう、何だろうな、役者の人たちとかとかなり状況としては近いんじゃないかなっていうことを思ったりはしていて、
それは何か実際に続けるのは難しい?
途中で続けられなくなって辞めなきゃいけなくなる時は来たりするし、
そうですね、やっぱり転職するっていう人は結構多いので、やっぱりある程度これがやりたいからある業界に入って、
でもそのやりたいことが続けられなくなるっていうのは、やっぱりそれはそれで結構しんどいものでありますね。
その理由が何だろう、単純にポストがないからとかだったり、
24:04
そういう本当は続けたいけどっていうので、あれ、もう続けることが嫌になっちゃうっていう、それもあると思うんですよ。
もうなんかアカデミア嫌になった、給料安いし、みたいな、それもありえるかなと思うんですけど、
どっちにしたって最初やりたいと思ってたこと、自分がハマってたことから足を洗う時ってやっぱそれなりのエモさがあると思うんですよね。
だからなんかそういう意味で、何だろうな、一度はイラストで食ってこうとしたむぎくんが、そこから足を洗うっていうことを決めたわけですけど、
そういう瞬間って研究者は比較的多分、会社員とかと比べると多分感じやすいのかなっていう感じはして、
特にそれは自己実現と仕事を一緒にしている職業でよくあることなんじゃないかなというふうに思ったりはしましたね。
聞きながら考えてたのは、この映画の研究者バージョンがあり得るのかって思ってて、
同じ研究が好きであっという間に恋に落ちた2人がアカデミアへの向き合い方が変化して、
それは冗談っぽいですけど、
でも実際ポストク同士で付き合ってみたいな、でもどちらかが、
ポストク同士でっていうのはでも珍しいんじゃないかな、
まあなんだろう、どっちかと言うとやっぱ修士の頃に、
それはでも聞きますね。
修士のラボで付き合ったカップルが、片方が博士に進んで、
片方が就職してすら違って別れるっていうのはもう無限にありますよね。
聞いたことある気がする、なるほど。
あとは2人とも、例えば博士までは行ったけどみたいな話もあるかもしれないですね。
博士までは行って、片方はアカデミアで、片方は企業に就職してっていうパターンもありますね。
確かに。
それはそれで見てみたいというか、
いやでもちょっと生直しすぎて見たくないかもしれない。
かもしれないですけど。
だからそれに関してはやっぱり、お互いの研究への愛みたいなのをいい感じに書かなきゃいけないんですね。
なんか花束みたいなこういう人って結構その同じ時代に、
まあ僕ら結構同年代のところはあるので、
同じ時代を生きている人には結構ね、いろんなこういう名詞が出てきて、
これ自分のことなんじゃないかなとか、
自分じゃんって思う人が多いみたいなんですよね。
映画の宣伝にもこれは私たちの物語って書いてあって、
本来はたくさん球を打ってるので、そんなにスペシフィックに全部当たってるって人はいないんだろうけど、
あるあるがいろいろ多すぎて、
27:00
特に我々は状況してきて、東京の明大前の柏仙とか、
あの辺りのエリアに馴染みがあったからってこともあると思うんですけど、
ああ、なんか知ってるこの漢字みたいなのがすごく出たんですね。
その研究者版もちょっとやりましょう。
どういうことなんですか?
これは私たちのなんかサーベイした論文だから。
いや、それで刺さるようには作れないでしょ、たぶん。
そういう魅力のある映画でもあったそう。
がありますね。
あと単語とじゃなさっていうと思い出すのは、
あのクッシュの名シーン、パズドラしかできねえんだよっていう答えるシーンですね。
なんかゼルダを買うんですね。
そうですね。
ゼルダの伝説ブレスターオブザワイルドってスイッチのアドベンチャーゲームで、
まあ面白いしすごい名作だとやれてるんだけど、
謎解きとかもあるし結構なんか大変なんですよね。
それを二人で一緒にやろうよって買ってきたのに、
麦くん主人公は帰ってきてもなかなかやる気力が起きないと。
ゲームですらやる気力が起きなくなってしまうわけですよね。
でもそんな麦くんでもできるのはパズドラなんですよ。
残業というか泊まりで寡民室の真っ暗な部屋の中、
スマホに映し出されるパズドラの派手な画面と、
それによって照らされる麦くんの顔が非常に哀愁がただいまって。
そうだね、あれは名シーンですよね。
で、帰ってきてゼルダやらないのって言われて、
俺はもうパズドラしかできねえんだよって無慈悲で、
すごい迫力だし、よくそこでパズドラ出てきたなっていうのは非常にいいシーンですね。
あれはでもツイッターでもいろんな人が反応してて、
やっぱ疲れてるとRPGできないよねって。
それはありますね。
パズドラしかできねえんだよっていう。
そこは共感してる人がすごく多かった。
それは全年齢共通の叫びだったような気がしますね。
若い頃、大学生とかの時期って、
例えばパズドラとか、何でもいいんですけど、
パチンコだとか、そういうことに熱中する大人をどこか馬鹿にするところはあったと思うんですよね。
分かります、それは。
僕らも多分そういう時期に見てたらまた違う見方をしてたなと思うんですけど、
今はあれを全然否定することはできない。
できないですね。
疲れるとパズルゲームぐらいしかできなかったりする。
むしろ何だろう、ちょっと面白いけど骨のあるコンテンツが咀嚼できない。
それはゲームに関わらず、ゲームだけじゃなくてあらゆるものが難しいんですけど、
30:00
それでもパズルゲームってできるんですよ、なぜか。
それはあります。
で、言ってる人がもう、私も感覚として分かりますし、
ツイッター上で自分が鬱だった時はパズルゲームに救われてましたっていう人がいっぱいいて、
すごいなパズルゲームって思ったんですよね、その時。
僕たちが見た、ちょっと前回でも紹介した、
愛人のジャパンのポッドキャスト、銀幕にポップコーンの中で言われてたのは、
そのポッドキャストでもこの映画の感想を話してて、
それも非常に面白いので是非興味ある人は聞いていただきたいんですけど、
その中で言ってたのは、でも映画に出てくるってことは、
願望さん、開発をしている会社も許可をしているはずだと。
で、それって結構すごいことだよなっていうことを言っていて、
そういう描かれ方をするっていう、あまりいい描かれ方ではないわけですけど、
でもそれを知っていて許諾するっていうのは、
ある種、普通のゲームでは届かない人たち、
疲れたりして、何も手につかない人でもできるようなエンターテイメントを、
それは浅いって言われちゃうかもしれないんだけど、
それでも届けていく、届くべき人に届けていくっていうのは、
すごく誇り高い仕事なんじゃないかっていうことを言っていて、
それを自覚しているからこそ、許諾を出したんじゃないかっていうのを言っていて、
それの許諾の裏話ってのはわかんないですけども、確かになというのはありますよね。
でもやっぱりコンテンツの魅力って、余裕がある人だけのためではないじゃないですか。
だからそういう意味では、パズラみたいなコンテンツっていうのは世の中にきっと必要だし、
むしろ現代社会ではそちらの方が需要があるかもしれないですよね。
その需要があることっていうことにプライドを持っているっていうのは大事なことだと思うんですよね。
そうですね。
ポッドキャストもしかしたら、てか僕は結構その自覚はあります。
他のポッドキャストを聞くときって、映画を見るほどの気力はないだったりするとか、
でも何か他の人の話してる面白い話を吸収して、
そこからきっかけで、そこで紹介されてる作品だとか見たりするかもしれないし、
新しい本を読むかもしれないし、っていうのは結構そういうきっかけに、
僕たちも慣れたらいいなと思うし、
逆に他の人たちの話してる話っていうのをそういうふうに聞いたりっていうのも、
自分の中では結構あるかなとは思いますね。
確かに。
そうですね。
あんまり難しい話というか、あんまりコンテンツとしてものすごい練りに練ったものを出してるかって言われたらそんなことはないんですけど、
それもやっぱり何かしらのきっかけというかね、
33:01
なんというか、慣ればいいなと思って続けていきたいなと思います。
結論ポッドキャストは続けていきましょうということですかね。
他に語り残したことはあるでしょうか、映画について。
曲がめっちゃ良かったです。
そうだね。
結構その作中にも画面を落として出てくるオーサムシティクラブ。
オーサムシティクラブはすごい良かったです。
ファンになっちゃいました、私は。
ボーカルの女性がね、ファミレスで勤務してるっていう企画で出てきて、
で、その後、あのバンドのお姉さんだったんだっていうのが気づくっていうシーンがあって、
で、実際にそのバンドの曲も使われていて。
すごい曲良いんですよ。
ボーカルのお姉さんは今青髪なんですけど、青髪がすごい似合ってて、超羨ましい。
トレンディエンジェルの斎藤さんがあの曲を歌ってる動画を見ました。
カバーしてましたね。
見ましたね。異様に上手くてびっくりしました。
いや、あの、それこそたぶん子さんのファンからしたら、やっとここでスポットライトが当たって嬉しいみたいな感じで言ってる人が結構いましたね。
結構ね、確かに活動歴時代はあんな長いバンドなんで。
過去曲もすごい良いのが多くて、
今回の花恋のために作られた曲じゃないやつも、作中にも出てくるんですけど、すごい良かったので、良かったら皆さん聞いてみてください。
僕は坂本隆二の、例えば昔の東京ラブストーリーとかいうドラマはもちろん世代じゃなくて、分かんないんですけど、
記憶としてドラマの主題歌がヒットソングにそのままなってた時代って、僕らが小学校中学校の頃って確かにあった。
ありましたね。
すごくありましたよね。
小田和正さんの東京ラブストーリーだと。
東京ラブストーリーの、何でしたっけ。
ラブストーリーは突然。
そうだそうだ、もうドラマのきっかけで売れた曲ですし、
そうですね、僕らの小学校中学校の頃の紅白とか、なんかランキングの上位って決まってドラマの主題歌。
確かに、ドラマの力がすごい強かった時期ですよね。
って考えると今はそこまででもないのかな。
そうですね、たぶんね。
星野源の恋とかはありますけど、
恋とかは確かに。
ドラマの主題歌だから流行ったっていう感じもそこまでない曲は、
結果的になってるかもしれないですけど、
比叡談、いわそびとかも別にそれで売れたっていう感じじゃない人が多いじゃないですか。
っていうのはね、感じましたね。
だから、もしかしたらこの俺きっかけで売れてくれたら嬉しいなと思って。
36:00
そうですね。
でも、ある種そういう時代が変わったというか、
カルチャーの流行りを作っていくのがテレビじゃなくなっている、
ドラマじゃなくなっているっていうのは変化としてあるんじゃないかな。
他の昔のドラマを振り返って思いましたね。
確かに。
いや、それとは別にの曲に関する話題として、
わりかしその曲を使うのすごい好きだなというふうに思いますね。
それは坂本脚本だからなのか、監督の思考なのかわからないんですけど、
最高の離婚でも、毎回エンディングのダンスとか違うし、
豪華ですよね。
そう、豪華なんですよ。
カルテッドの時も結局4人に歌わせるっていうすごい豪華なことをしてるんですよね。
そこで久しぶりに松坂子って歌うなって気づくっていう。
そうそうそう。大雨田とは毎回エンディング違うんで、
それも豪華ですよね、確かに。
それもめっちゃ豪華だし、そしてまた松坂子が歌わせるっていう。
大雨田とはこっていうのは、今坂本さんの脚本でやってる、
今現在進行形で4月に始まったドラマなんですけど、
そこでもね、美声が披露されてるっていうね。
好きなんでしょね、そういう。
そうですよね、たぶんね。
はい、では今回は番外編ということで、
本編では語りきれなかった創作活動についてと、
あとは映画のネタバレの感想などをお送りしていきました。
また次回以降もちょっと本編に載せきれなかった話を、
こういうふうに番外編ではお届けできたらなと思いますので、また聞いてください。
それではさよなら。
さよなら。
38:09

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