スピーカー 3
敬和キャンパスレポ
この番組は、新発田市富塚にある敬和学園大学の大学生が、大学に関わるイベントや人、新発田のことなどをテーマにお届けします。
敬和キャンパスレポは、実践するリベラルアーツ、敬和学園大学の提供でお送りします。
皆さん、こんばんは。この番組は、敬和学園大学から大学のことや新発田、新潟のことを伝える30分番組です。
今日の進行は、国際文化学4年の宇佐見優奈と、
スピーカー 4
国際文化学科2年の平井恵愛です。どうぞよろしくお願いします。
お願いします。
スピーカー 4
今日は、新発田大和に関するお話をたくさん伺うことができそうです。
今年の夏は、2年チームで新発田大和の取材、かなり頑張ったのですが、宇佐見先輩のお力もかなりお借りしました。
宇佐見さん、今回はどんな印象でしたか?
そうですね、私自身も取材とかは何回かやらせてもらっているんですけど、
スピーカー 3
今回みたいに何回か取材を同じ方にするっていうのは密着しているって言っていいんですかね。
そういうのは初めてだったので、いつもと違ってとてもワクワクしながら取材をさせてもらいました。
スピーカー 4
本当に先輩の力添えがあって本当に助かりました。
私当日、いざ当日っていう時に風邪をひいてしまって参加できなかったんですけど。
スピーカー 1
帰りたいわね。帰りたいわの日。
スピーカー 3
めちゃめちゃ楽しかったです。
ということで、今日は新発田大和では上町一番組のメンバーでもあり、新発田市議会議員でもある永島徹さんにおいていただきました。どうぞよろしくお願いします。
スピーカー 1
はい、永島です。どうぞ今日はよろしくお願いいたします。
スピーカー 3
お願いします。
そして今日も番組ご意見版、情報メディアコースの一之平信哉先生にも参加していただいています。よろしくお願いします。
スピーカー 2
はい、よろしくお願いします。私も今年結構いろいろ一緒に動いて勉強になりました。
スピーカー 4
ではまず最初に、私平井から永島さんのプロフィールをご紹介します。
永島徹さんは2023年に新発田市議会議員に初当選され、現在1期目。
会派としては共同新発田で、幹事長、委員会としては経済建設常任委員会と、議員定数および議員報酬に関する特別委員会で、副委員長ほか広報校長委員会の委員も務められています。
永島さん、いろいろとワードがたくさん並んでいるんですけれども、具体的にはどういった活動をされているのでしょうか。
スピーカー 1
そうですね、経済建設常任委員会ですと、やはり町の経済ですとか、いまいち新発田はどうするんだ、これ農業も関わっていきます。
様々な課題に取り組んで、市民の方々に非常にいい町、住みやすい町をともって取り組んでおります。
また、広報校長委員会は議会ごとですから、3ヶ月に1回にヨミネス新発田という議員活動を市民の方にお知らせする冊子があるんですが、その政策を市に取り扱っております。以上です。
スピーカー 2
何年か前にゼミにも取材に来ていただいて、この番組も確か取り上げていただいた。議会法でどうだったかな、市議会についてのインタビューみたいなので、うちのメンバーが先輩たちが喋ったことがありました。
スピーカー 1
つながりはしっかりあるわけですね。
スピーカー 3
新発田祭りでは上町一番組に参加されていますが、現在は大和保存会のメンバーとのことです。どんなお役目なんでしょうか。
スピーカー 1
平田区では現役の方を卒業した役員という形になります。何をしているかといったら、大和本体の保存とか、それに関わる人を育成する、そのようなことをやっているんですが、一番のメインは楽しくお酒を飲む
ということでしょうかね。
保存会という名前だけど、遠取り経験者とか。
スピーカー 1
遠取り経験者には限らないんですが、若い時に大和に貢献したという方がそういうところに入られています。
スピーカー 2
OB会と言ってはいけないのか。
スピーカー 1
OB会となるとちょっと寂しくなるので、ちょっとでも携わっていたいなというおじさんのあれになるかなと思います。
長嶋さんは何歳ぐらいから参加されているんですか。
中学校を卒業してから15の年から、今もう来年64になりますので、引き算していただくと、大体それぐらいやっているのかなというのが分かると思います。
スピーカー 2
あとあれですよね、連絡協議会というのも全体の運営みたいなのにも関わられるんですか。
スピーカー 1
各町内、6町内あるんですが、一人ずつ大和連絡協議会というところに行くわけですが、私はそれに買い待ちの中から出ております。
毎年順番順番で会長をやるんですが、たまたまなんですよ、300年に会長をやったというのが。
でも300年に会長をやらせていただくなんて、大和みよりに尽きるのかなと思うところもありますが、でもねというのもありますが、はい、全然だめです。
スピーカー 2
その連絡協議会は各団体から代表が出るわけですけど、それは現役、またそのOB問題が。
どうぞりとか、そういう人たちが出てくるケースもあれば、保存会のような方が出てくるケースもあれば、いろいろなんでしょう。
スピーカー 1
そうですね、全体見てますと、やはり遠取り経験者がこの協議会に入る方はいるんですが、そうでない。
やはりその長年にとっての重鎮が、大和連絡協議会として出てくる方が多いですね。
スピーカー 2
みんなで話し合って、スムーズに運行ができるように話をして、それをまた市役所とか警察とかですね、いろんな団体と調整するという役目です。
スピーカー 1
その通りで、現場の若い人たちがいかにしたら楽しく運行もしやすくなるような意見を聞いて、
それを関係団体にお話をして、こういう形の運行でやりましょうという提案をしていくのが、我々大和連絡協議会の役目だと思っています。
スピーカー 4
今回2026年は新発田大和300年ということで、新発田市としても各町内としてもかなり気合が入っていたように感じました。
新発田市全体として300年の意義、また新発田市の今回の取り組みについてどのようなことがあったのか教えてください。
スピーカー 1
新発田市、観光協会の方々から絶大なるお力をいただきまして、本当に成功に終わったということを感謝申し上げます。
また我々大和に携わる人間といたしましては、先代から受け継がれてきた大和をちょうど今年300年ということで運行させていただき、
また次の世代に、また次の100年に引き継ぐために一生懸命やらなきゃならないというある意味楽しみでもありますが、
また重跡、ものすごい重いことを携わっているんだなと、そのような考えもありますが、楽しいお祭りをさせていただいたということがまず今年は感謝しております。ありがとうございました。
スピーカー 2
300年の始まりというのは、結局300年前なので江戸時代ですよね。
その時に新発田藩で新発田祭りをやるではなくて、大和の運行をするということになってそこから300年。
スピーカー 1
そうなんです。当時の新発田藩の溝口直春子ですか、六大藩主が新発田祭りに飾り人形を乗せた屋台を出してにぎわいを出しなさいと、
そういうお触れを出したところから大和というのが始まったというふうに聞いています。
ですから新発田祭り、当時新発田祭りではなくて、新発田の宗親寺、諏訪神社、当時は諏訪大祭という名前でお祭りがやられていて、日にちも8月の27、28この2日間で行われていたというお話を聞いております。
そういうところで大和の運行が始まったと。これはちなみにお話なんですが、上町大和が始まったのが1744年なんです。
1726年から少し18年間の差はあるんですが、多分その間にいろんな大和が出されて、それで上町が1744年にできて、
あと他の現存している6大和もそういう形で1726年から6町内大和があったわけではないんですね。
その大和が一つ一つ生まれて、また生まれた大和でもなくなっている大和というのがたくさんあります。
スピーカー 2
今の大和の形もそれぞれの町内で大きさが違ったり、いろいろ企画の差があるわけですけど、
1726年の時に何があったかはもうわからないということですよね。
スピーカー 1
はい。下の場にいて見ていればよかったんですけど。
本当にどんなスタートだったんでしょう。おそらく大和というのは、前一輪の後ろの二輪のいわゆる台車なんですよね。
たぶん台車に何かを乗せて、そういった町のお祭りに引っ張ったのが始まりなのかなと。
それがちょっとずつ豪華になってきて、今の大和の原型が近づいていったのかなというお話をしていて、なんとなく思います。
スピーカー 2
今の大和がいつできたかはそれぞれ町内に記録はあるんでしょうけど、
その前はどうなっていたかとか、最初はどうだったかみたいなのはどこまでたどれるかはそれぞれ違うと。
そうですね。本当にわからないですね。
スピーカー 2
神町は早い方?
スピーカー 1
早い方と聞きました。
まあね、一番じゃないかって勝手に思ったんですけど。
スピーカー 2
一番争いみたいな。
スピーカー 1
他の町内線からクレームが来るので。クレームは受け付けておりませんので。以上です。
スピーカー 2
でも一番というのは何らか一番だったんだろうと。一番いいの一番かもしれないですね。
スピーカー 1
よく言われるのが、当時の殿様から伊勢というか元気が一番いいということで、一番をつけた。
あと当時ですね、今の八匹に朱色を使っている町内って二つあるんです。神町と泉町。
スピーカー 1
当時泉町さんというのは朱は入ってなかったんです。大門に。神町は朱が入ってたんです。
朱を入れるっていうのはそれだけ、すいません自慢してますね。
スピーカー 2
何らか書くとか、何かそんなような特別に認められたこの色を使えたのではないかと。
スピーカー 1
他の町内さんの方はあまり怒られないんですけど。
スピーカー 2
みんなそれぞれでもそういう、我が町はみたいな自慢があると。
ただぼーっと見てるとわかんないですよね。
スピーカー 1
まとまりませんからね。
スピーカー 2
そこもちょっと後半聞いてみましょうか。
あと市役所の今回の300年の取り組みの中では、おそらくは一戦折りを何回か特別にやりましたよね。
今年300年の特別運行ということで、法納大和8月27日の朝に行う大和運行ですが、
スピーカー 1
300年大和の歴史が始まって、おそらく初めてだろうというところで、
諏訪神社の神門前に大和を6台集めました。
そこでの一戦折りというのも当然初めてなんですが、
そこに職人長さん、職人長志士、保存会の方のお力をお借りしまして、
まず台を仰る前に、諏訪神社の前を悪魔払いという、本当に貴重な優秀ある方針や優秀ある踊りを舞ってもらった。
スピーカー 1
これは本当にですね、私も自分で携わってた方としても素晴らしいものができたんじゃないかなと思っています。
スピーカー 2
私たち取材する中で職人長の姉妹の存在については伺いましたし、
町の方も新発田の方もご存じの方多いかもしれないですけど、
改めて言うとどういうことなんですか。
スピーカー 2
6町内とは違うポジションで職人長さんは参加されているということですね。
スピーカー 1
そうなんですね。これは正しいかどうかというと分からないんですが、
スピーカー 4
上町一番組のプロフィールや特徴について教えていただけますか。
スピーカー 1
そうですね。ようやく上町の話ができるとニコッとしますが、
上町台湾は6町内6台湾ある中で2つしかない宮造りの造りになっています。
これは上町と篠町台湾さん。この2台が宮造りになっています。
他の4町内は寺造りという、なんのこっちゃっていう話なんですけども、
これ比べてみると一目瞭然になっています。
実は獅子頭というのが付いているんですが、
本来はあうんなんですが、上町はなぜかあんがあんがうんになるんです。
スピーカー 4
どういう意味なんですか?
スピーカー 1
普通はあうんなんですけど、違うんですよ。
なぜ?他の町内では何かで大昔に間違って付けたものがそのままになっていて、
直そうとしても台湾って木なので形がそこに馴染んじゃってるんですよ。
これ直らないんで、上町はそれでやろうと。
私ちょっと不思議だなと思って。
それが上町の特徴なんでしょうかね。
あとは上町の特徴というのは豪快な煽りですね。
とにかく豪快煽りです。
とにかく大きく煽って素早く落とす、地面に落とすというああいう煽りが
やはり上町は伝統的な煽りだと私は自負しております。
あとはどうですかね。
戸取りはやっぱり自町内から出すというのはやはり昔からの伝統でしょうからね。
スピーカー 2
そういう煽りの流儀みたいなのは伝承されていくものなんでしょうけど、練習するんですか?
スピーカー 1
煽り練習というか、何かで集まって台詞を出すときは必ず試し煽りというのもやります。
先ほど篠町さんの話が出ていて、私が最初出たところは篠町さんの台詞はそれこそすごくてですね。
逆に上町が追い越せ、追い抜けみたいな、そういう気持ちで我々台詞に携わっていたなというのが非常に印象、というか記憶に残っていますね。
とにかく煽りは豪快、もみ合いも豪快、もう負けられないというところでそういう気持ちはありましたでしょうかね。
やっぱり今年残念なことに、当時篠町の小柱を務められていた高橋明さんがお祭りの最中に亡くなられたということもあったんですが、
明さん、かっこよかったですね。
他町内ではありますが、ほんと惚れ惚れとして見てまして、この話を無くしても仕方ないんですが、
今27日も訪問の時に台詞から降りてきた明さんと握手をしたというのが、まさかあれが最後になるのか。
もちろん大分ずるいとは言いますが、それはそれとして明さんは台詞人生を崩壊したのかなと勝手に思っています。
香山町の特徴はそんなところでしょうかね。
スピーカー 2
渡り付けとか相互に町内同士のやり取りをする場面というのは、上松町とどういう場面ですか。
スピーカー 1
上松町は四の町、三の町、両町的な26日前日に各神社に行ってというのはないです。
私らからすれば非常に羨ましい、昔からも習いましたなと思います。
我々は香山町は27日報道台詞の時に、東取の命で各町内に挨拶、渡り付けというんですけれども、
それで出て以降、今無事、帝国に町内を出発しなくなりました。
全体で何人で、東取以下何人ですか。それで運行しました。
相手の町内に対しても、いいお祭りを、という風に東取から言われてきましたということを伝えて、
そんなような感じですね。
スピーカー 2
挨拶は?
スピーカー 1
挨拶は同じような。東取は東取で返す時は、うちも何とか何とかで同じように出発しますと。
いいお祭りをするように、内々東取によろしくお世話くださいと。
それで終わる話で、でもそれでいいのかなというのは思っていますが、
本来そういう三町内、後ろの三町、後ろってよく悪いか。
表町内じゃなくて。
スピーカー 1
四の町、三の町、両町さん的なことがもしできるとなれば、
それはまた一つの伝統というか、伝統というか、3年続きは伝統になりますので、
何かでまたそんなのも始まったらまた面白いのかなって思いますけどね。
スピーカー 3
なるほど。
スピーカー 4
喧嘩祭という名前で呼ぶ人もいて、時に危ない雰囲気もある祭りですが、
一方で安全な運行の形を模索しているのが今のお祭りの現状かと思います。
女性の参加がどこまで認められるのかも町内によってやり方が違うとも聞きます。
これからの持続可能な祭りのあり方について、
スピーカー 4
長嶋さんの考えていらっしゃることがあれば教えてください。
スピーカー 1
ことも大事なことだと思います。
今年300年という形で続いてきました。
次の300年、もう300年先、どうなっているかと考えたときに、
今と同じ運行ができるのかどうかとなると、やはり私も難しいのかな、
どうなるんだろうという疑問もあります。
ただ、私、今現在の考えとしては、
やはり大和本来の変えてはいけないものというのは必ずあると思います。
それをやはりできる限り継続していただきたい。
できること、できないことというのは、
スピーカー 1
やはり発表規定、大和に携わるのは、やはり男性に限る、
いろいろね、今、つまり相撲の土俵の上も男性しか上がれないとか、
いろんな物議をかもしていると同じにはなるんですが、
今現在は、まだまだそれが継続ができるのであれば、
それを続けていければと思います。
スピーカー 1
また、将来的にどうしても少子高齢化、人も少なくなります。
そのときに、またその時代に生きている人たちが、
大和に携わっている人たちが考えていくべきものなのかなと思っています。
スピーカー 1
今は今のままで運行で私はいいのかなと思っています。
スピーカー 2
なんか喧嘩っていうわけじゃないんですけど、
途中でなんかあれですよね、この辺で煽りますか、みたいな。
なんかそういうふうに話をしてやったりする場面とかもあるように見えたんですけど。
スピーカー 1
そうですね、実は会礼電話が特に多いんですが、
実際の町内同士で、運行中にそれこそ渡り付けを出すんですね。
会話であれば屋置くまで、後ろの町内で煽りましょう。
そういう形で、分かりましたっていう時もあれば、後ろの町内がとってもっていう時もあります。
そういうふうに返してくる時もありますね。
スピーカー 2
それは決まりはないんですか。
スピーカー 1
決まりはないです。
スピーカー 2
そのときにどうでしょうかと言ってやると。
スピーカー 1
本来は大和自体がくっついて運行していれば、そんなことも本当は必要はないんですけど、
自然と大和の距離というのが天く場合が応じてあるんです。
スピーカー 1
そのときはここで、たぶん武者黙りとか八百駒あたりが特にそうなんですけども、
八百駒でしょうかね。
開祭的にいれば、市の町さんとか産の町さんあたり市に渡り付けしてきて、
向こうでお祭りをやる意思確認というでしょうかね。
そんなの確かめにはやっていることは事実ですね。
でも来られたら受けて出さないとまずいような気もするけど、必ずしもそうではない。
スピーカー 1
そうではないですね。
本来は後ろにいる町内がつっつくんですよ。
つっついてお祭りが始まるんですけど、今の言い方は前にいる町内が待っている状態ですので、
来ませんか?みたいな話です。
ただね、そういったお祭りを盛り上げるためには、やっぱり揉み合いも必要でしょうし、
スピーカー 1
また見ている方々も、じゃあ煽り合いだけを見ているかというとそうではなくて、
若い人にぶつかり合いを期待している。
スピーカー 1
特に女性の方がですね、目を乱々として見ている。
スピーカー 2
思いました。男性よりも煽動にいる女性の方が、行け!みたいな。
キャッキャキャッキャって。
ありました。
スピーカー 1
やはり非日常の出来事が目の前で起きているわけじゃないですか。
スピーカー 3
話はちょっと盗み入りしていると、おそらく彼氏か何かが参加していて、
それを応援しに来たという人がほとんどなのかなと。
スピーカー 2
なるほど。じゃあ行けっていうのは、どこに行くんですか?
スピーカー 3
やってしまう。
スピーカー 2
ちょっと危ない。
やはり女性の方も応援している人たちも若干避けられた状態になっているってことですか。
スピーカー 3
去年の祭りにはどこどこのところに入っていたけど、
今年は強かった子たちが別の組に行っているから。
スピーカー 2
そんなことあるんですか?
スピーカー 3
あるらしいですね。
そんなことあるんだと思いながら。
スピーカー 2
遺跡も自由?
スピーカー 3
知らない顔して聞いた。
スピーカー 2
まあまあ。
スピーカー 1
若い人は自由ですからね。
本当はね、私の中で言えば、かみまちを愛してくれて、
かみまちの発表期待からここに出たいんだって。
当然そういう方もいますけど、中には喧嘩ができる。
スピーカー 1
喧嘩してるでしょ。
揉み合いができればいいなと。
そういう一点で来られる方もおられますね。
スピーカー 2
それはあまり好ましくはないが、
現象としては起きているということですね。