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2024-04-27 28:45

第38回「絶対の強さは時に人を退屈させるのは、ヒールかヒーローか悪夢か奇跡か、全世代の頂点へ。」

GWのG1事情、天皇賞の歴史、青葉賞が絶対に土曜日なワケ、天皇賞春ってについて話しました


BGM : MusMus

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皆さんこんにちは、ダルマー競馬場です。このポッドキャスターは、競馬の文学や歴史など、文化的な視点にもスポットを当てていき、競馬ファンとしての視野を広げていこうという番組です。
いやー、ついに来ましたねー、この時期が。え?あれですよ、GWですよ、GW、ゴールデンウィークの時期でございますよ。
今年は最大10連休らしいじゃないですかね。10連休もしたら、さすがにちょっとね、5月病が発動してしまいそうなんでね、さすがにちょっと取りづらい感もありますけどね。
まあね、このゴールデンウィークの時期といえばね、天皇賞to NHKマイルみたいな感じで、ゴールデンウィークの始まりと終わりでね、G1があるみたいな感じになってますけどね。
今週はね、天皇賞なんで、今回はね、天皇賞の歴史についてちょっと触れていこうかなという風に思っております。
第13回でもね、ちらっとお話ししたんですけどね、今回はもう少し詳しくね、いこうかなという風に思っておりますので、よろしくお願いいたします。
天皇賞ってルーツをたどると1905年、明治38年にねぎし競馬場でですね、創設されたザ・エンペラーズカップっていうレースだったりとか、あとは明治の初期の頃にやっていたミカドズベースっていうところにまで遡ることができるそうなんですけども、
もうこれらの競争が誕生した背景っていうのは、当時ね、日本が直面していた外交問題がね、すごく影響しているそうなんですね。この外交問題というか、外交をするための場として競馬場で競馬を見ながら話すみたいな感じのことをね、よくよくやられていたそうなんですね。
で、この時のやっていたエンペラーズカップがですね、後の提出御商店という名前になって、明治の末期から昭和12年、1937年までですね、全国各地で年に10回ほど行われていたそうなんですね。10回もやってんだみたいな。
えー、そうですか。今と違って、各競馬場ごとに競馬クラブっていうのが存在していて、その競馬クラブが競馬場を運営していて、番組を作っていたみたいな感じらしいんですわ。
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ネギ氏と東京と阪神が年に2回この提出御商店を開催することが許されていて、この提出御商店っていうのも、そもそも天皇陛下から盾をね、その当時は盾じゃないんですけど、いただくことを名誉としたレースになるんですけど、
ネギ氏と東京、そして阪神。東京って言ってもこれ目黒ですよ、たぶんね。この3会場は年に2回。福島とか札幌、箱立とか小倉はですね、年に1回、この陛下から下費が認められていたそうでございます。
全国に行われている、さっきも言った通り、提出御商店って競馬場ごとに運営しているところが違うんで、独自の競馬場は福島、札幌、箱立、小倉、ネギ氏、東京、阪神とか、これ全部がちょっと違う競争条件で施行してたりとか、
距離も違うし、負担重量とかも変わってくるので、結構条件がまちまちなんですけども、提出御商店勝ちましたみたいな感じになってるんですよね。
中身見ると、あれこれ、そうなんだみたいな。これ福島のやつねーとか、札幌のやつねーとか、そういう感じになっていたそうでございます。
でね、せっかく陛下から下費頂戴しているのにも関わらず、どこの提出御商店を買った馬が一番強いかわからないのって失礼じゃないかみたいな感じになったそうなんですね。
元々ね、競馬が盛んになった明治の後半って、競馬の大義名分として軍馬の改良っていうのがあったんですよね。
なので、どの馬が強いかっていうのを決める必要があったんですよ。
その強い馬の血を残していくことによって、どんどん生まれてくる馬が強くなってくるっていう大義名分があったそうです。
この提出御商店だけだとちょっとわからないということで、1911年、明治44年に日本一の競争馬を決定する競争として、
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優勝内国産馬連合競争っていうのが提出御商店とは別に創設されたそうでございます。
なんでこの軍馬の改良をしていかなきゃいけなくなったかっていうと、戦争で、当時あった戦争ね。
例えば日清戦争とか、1900年代前半の戦争とかで、日本馬が西洋の馬たちに著しく能力ほとるんじゃないかということでね。
ということがあって、日露戦争とかでも改善がなかなかできないねということで、これはちょっとまずいんじゃねみたいな感じになって、
明治天皇は内閣にもうちょっと馬さん頑張ってくれやっていうことで、馬の能力試験的な感じで競馬を行っていたそうなんですね。
もちろん馬券を発売して競馬を行っていたんですけども、そしたら大盛況になるわけですよ。
それはそうですよね。今まで娯楽もなく働いてお金をもらうっていう今のスタンスとは違って、
自分たちが食べる分だけを作ったりとかね、あとはそれを売ったりしてお金を稼いでいくっていうスタイルだったところに、
お金をかけて当たったらすぐ払い戻しがあってみたいな。
これはやるしかないみたいな感じにそれはなるんですよ。
その大盛況の競馬っていうものがどうやらすごいらしいっていうことになって、全国各地で競馬が行われるようになったそうなんですけど、
そもそも馬券発売して競馬って行ったらいけなかったらしいんですよね、当時の憲法的に。
なんですけど、この馬券文化っていうのは、ネギシでもともと外国人が競馬を行っていたときに発売していたそうなんですけど、
これね、なんでネギシだけオッケーだったかっていうと、違い方向だったんですよ。ネギシの競馬場っていうかそこだけ。
まあ外国人巨竜地みたいな。巨獣地か。巨竜地ってなんかすごいでっかい首の長いモンスターみたいな感じになっちゃいましたけど。
そういうところだったんで、そこでやる分にはっていうので政府は黙認していたそうらしいんですよ。
でもまあ今の憲法だと、馬券って売っちゃダメじゃねえかみたいな政治家がやっぱり出てくるわけですよ。
そうなってくると政府も動かざるを得なくなってきて、
最近さ、ちょっとやりすぎじゃない?いろんなところで馬券とか発売しちゃって、本当ダメなの知ってるでしょ?知ってるよね。
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ちょっとこれから罰ですみたいな感じで、政府が馬券の発売を中止したんですよ。
そうすると同時に、馬券買えるから馬を頑張って応援してるのに、
買えないんだったらもうちょっと競馬とかあんま興味ないわみたいな感じになって競馬の人気がね爆下がりするんですよ。
そうすると競馬場に人が集まらない、馬も集まらない、レースができないとなると馬産もできなくなって、
軍事改良、軍馬改良もなされないと。
うわーどうするっぺーこれどうするっぺなーみたいな感じになって、
そうだ!賞金めちゃくちゃ高いレースをやったら出走してくるんじゃね?ってことで、
できたのがこの優勝内国サンバ連合競走っていうね。
前回でお話したアーリントンミリオンみたいな感じですね。できた背景的にはね。
じゃあそんなね賞金の高いレースがあるんだったら馬産頑張って一発儲けちゃろうぜーみたいな感じで、
馬産をねどんどんどんどんやるようになって軍馬の改良も進むんすけど、
時代が進んでいくごとにね、やっぱり競馬をしていく体制っていうのもどんどんどんどん、
もちろん政府も変わっていきますし、そういう体制っていうのが変わってくるんですけど、
昭和に入るとやっぱり戦時中の体制も戦争をしているわけですから、昭和の初期なんていうのは。
その戦時下における体制でですね、ちょっといろんなところで競馬クラブありすぎだから、
一本化しようぜということで日本競馬会っていうところができたんですよ。
そこにね、全部の競馬クラブ、さっき言ってたねぎし、東京、阪神、阪神は当時は鳴魚だと思うんですけど、
あとは小倉、福島、札幌、函館とかね、この辺の競馬クラブはギュンと統合されて、
他にもいろいろあったと思うんですけど、ギュンとなって、なったと同時に年10回でいろんな会場で提出合唱展やってたのは、
春は鳴魚競馬場で、秋は東京競馬場で、1回ずつだったらやっていいよっていうことで、
天皇陛下から撃破されたものを渡すからっていうので、やっていいことになったんですけど、
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いろんな競争条件があった中で、じゃあどうするってなったときに、
この優勝内国サンバ連合競争っていう、日本一を決めるレースのレース形態が継承されたそうなんですね。
なんで今の天皇府というのは、天皇陛下から合唱展が撃破されるっていう提出合唱展を受け継いで、
距離とか競争条件とかは優勝内国サンバ連合競争から継承しているのが、今の天皇府になるんですね。
今は春と秋と競争条件が違うんで、これまたあれなんですけど、
昔は秋も千葉3200メートルで行っていたので、ここに統一されたっていうような感じになりますね。
現在は有名なのは、優勝賞金とは別に、優勝賞品として皇室から盾が撃破されて、
これが天皇盾と言って、春の盾は誰がどうとかっていう話の盾ですね。
この盾はなんで盾なのっていう話なんですけど、
もともとイギリス皇室で、チャールズ2世っていうのが、もう本当に1600年代中盤ぐらいにね、
チャールズ2世が自分の名前を冠したタウンプレートっていうニューマーケットで行われていた競争を作って、
そこで優勝盾を贈呈するようになったそうなんです。
これをベースというか、受け継いで、
あ、それいいねみたいな。国王から迎賓される。
じゃあ日本も陛下から迎賓してもらうのは盾にしよう。
というので、イギリスから受け継がれた文化というか、入ってきた文化になるんですね。
これ面白いのが、他のレース勝ったりするとカップでよく持ってたりすると思うんですけど、
天皇盾だけはですね、馬主が盾を受け取る際に白い手袋をすることがですね、
恒例となっているみたいですね。
これは多分、記憶では天皇賞だけのイメージありますね。
それもまた面白いですよね。
ちなみに明治天皇はですね、外交をするために競馬場によく行ってたそうなんですけど、
競馬自体はそもそもあんまり好きではなかったようで、
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明治30年代にイギリスとの不平等条約っていうのがあって、
それを改正したくてよく競馬場でね、イギリスの外交官とお話をされていたそうなんですけども、
そのイギリスとの不平等条約の改正が実現すると、
あーもうやることやったわーみたいな感じになって、
それまで結構競馬場行ってたのにもうちょっと行かないっすーみたいな感じになって、
明治天皇が行かない代わりね、皇族の方々とかが代わりに派遣されるようになったそうなんです。
この不平等条約改正から、次に天皇陛下が競馬を観戦するまでに、なんと106年の時間がかかるというね。
明治天皇最後に、今の上皇様がですね、2005年に第132回の天皇賞秋をご覧になられるまでの約106年間は展覧競馬というのがなかったんですよね。
この2005年なんでいらっしゃったかというと、天皇賞の前身であるエンペラーズカップが100周年だったんですよね。
それのエンペラーズカップ100周年のレースプラス競馬博物館で行われていたエンペラーズカップ100年の歴史みたいな感じの展示をご覧になられるために東京競馬場に訪れます。
じゃあちょっとレースも一緒に見てってくださいということで、106年ぶりの展覧競馬が行われたんですけど、天皇陛下が天皇賞を観戦したのがこの時が初めてだったんです。
もしかしたらお家でご覧になられてるかもしれないですけど、実際の目でご覧になられたのはこれが初めてだったそうです。
まあでも天皇賞ってついてるレースがあるっていうのはご存知だったと思うんですけども、それを実際に観に行くことはなかったというね。またお忙しみではありますから、なかなか難しかったんでしょうけど。
でね、この天皇賞なんですけど、1980年、昭和55年までなんと勝ち抜き制度があって、一回天皇賞とか天賜賞ってね、勝った馬っていうのは以降出走することができなかったんですよ。
これはね、当時天皇賞って日本一の馬を決めるという名目のもとやっていたレースなんですけども、それに勝った馬がもう一回出てきて他の馬に負けてしまうというのは、天皇賞自体の意見をね、優勝馬の意見を下げてしまうのではないかと。
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そのときたまたま勝っただけじゃない?みたいな感じになってしまうのは良くないという考えのもとを勝ち抜き制度で生きていたそうなんですけども、この勝ち抜きをすることによって日本一を取ったわけで、早く守護馬になって競争馬の改良に貢献してくれよっていう意味もなんかあったそうなんですけど。
まあまあ確かにもうこの、じゃあ次何する?みたいな感じになっちゃうんで、勝ったので目標もなくなっちゃうわけですから。でも時代が進むにつれて有馬記念ができたり。
あとは天皇賞を優勝して、国内最強になりましたー言って、国外行っちゃう?みたいな感じで、海外に新たな目標を求めて遠征するようになったんですよ。
これにも理由があって、1952年、昭和27年にアメリカで創設されたワシントンDCインターナショナルっていうレースが一つのきっかけになってるんですけども、このレースっていうのは招待制で、日本からは天皇賞の優勝馬が招待を受けるというような感じになってたんですね。
今でいうとサウジカップとかドバイワールドカップとか、ああいうレースって招待を受けて出走しますって言って出走ができるものなんですけど、俺も俺も俺もって言って出走するようなレースではないというか。
そういうのの先駆けだったのがこのワシントンDCインターナショナル。
そもそもこのワシントンDCインターナショナルっていうのが11月後半に行われていたそうで、天皇賞秋がね、その当時は11月で行われていたので、
確かに春でも秋でも1回勝っちゃうともう出走できないから出る番組ないなみたいな感じになって、この秋にアメリカに遠征して帰ってきて12月に隊長をととえて有馬記念に出走するみたいな感じのローテーションも当時組まれていたそうです。
そういったこともあったんですけど、その後色々と国内でも番組票の改革が行われるようになったりとか、あとは1987年に天皇賞秋がサンサイバーにも開放されたりとか、
サンサイバーも出走可能になったりとか、あとはもう本当に短距離路線ができたり、ダート路線ができたりとかね、あとは品場路線ができたりとかっていうのがどんどんどんどんいろんな路線ができるようになったことによって、
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天皇賞っていうのは短距離の中の一番トップなわけではないですし、3200メートルですからね。品場路線のトップ、まぁそうちゃそうだけどまぁ路線みたいな感じになったりとか、ダートの最強場が天皇賞場ですって言われると違うよねみたいな感じになってきて、今数ある頂点の中の一つだよね天皇賞はっていう風になったそうなんですね。
加えてジャパンカップができたりとかっていうので、どんどんどんどんいろんな路線も配備されるようになって、秋の天皇賞が2000メートルに短縮されたりとか、スタミナがある馬だけじゃダメだよね、スピードもなきゃダメだよねっていう風になって2000メートルに短縮されたりしていたんですけども、
国内のね、今ある国内のG1競争の中でもかなり高額の一着賞金の方に高く設定はされているので、国内最高クラスの賞金をもらえるっていうレースっていうのと、後は皇室から撃破された天皇盾がすごい天皇盾持ってるって相当ですから。
っていうのと、歴史のある伝統的なレースを買ったというので、今でもやっぱり天皇賞の威厳っていうのは、そういったところもあって保たれてると。
ここは最高の栄誉だよねという風に称されてるわけなんですけども、そのレースが今週ありますよという話なんですね。
ちょっと駆け足でお話しさせていただいちゃいましたけども。
しかしですよ。そういうレースがあるんですけども、今週は天皇賞だけではございません。ということで、今週のJARL。
はい、じゃあね。いっちゃいましょうかね。
今週は土曜日に京都でG3ユニコーンステイクスが行われて、東京でG2青葉賞が行われます。
皆さんお間違いなきよう、ユニコーンステイクスは京都のダート1900メートルになりますからね。
過去のデータを見て、ユニコーンステイクスの過去のデータを見てると違うデータになってる可能性がありますから気をつけてください。
今までは東京のダート1600メートルでしたけども、今回からは変わっておりますからね。
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そしてね、東京ではダービートライアル来ましたね。ダービートライアルやる時期になってしまったということでね。
まあまあ、そしてね、土曜日はそういったことが行われて、日曜日には京都でG1第169回天皇賞が行われますというね。
青葉賞がね、ダービートライアルって言われてるんですけど、これね、青葉賞出走場からいまだにダービー場が出てないっていうのもまた妙ですよね。
ちなみにね、青葉賞って絶対に土曜日にあるんですけど、これにはね、理由があって。
競馬番組票の名称として、この青葉賞ってテレビ東京杯青葉賞なんですよ。
今もうピンと来られた方、いらっしゃると思うんですけど、そうなんです。
ウィーニング競馬でこの青葉賞が放送できるように絶対ね、土曜日にやってるんですって。
まあ、そうっすよね。テレビ東京杯青葉賞なのに、富士テレビで放映されても、おお、そうかみたいな。富士テレビもちょっと戸惑っちゃうような感じになりますよね。
まあね、そういった理由もあって、たぶんこの青賞からテレビ東京が引かない限りは、ずっと青葉賞はね、土曜日にやっていくんだと思います。
そしてね、日曜日は天皇賞だということでね。
京都競馬場がリニューアルしてもう1年経つってことですよねってことはね、はやい、もう1年経つんだっていう。
あの、春の天皇賞はね、芝3200mで行われますけども、長距離はね、機種で変えなんてね、言ったりもしますけど、
まあ過去の歴史を見てたりすると、やっぱりね、土穴馬券でもちゃんとね、ベテランジョッキーが乗ってたりとか、あとはもう中堅どころのジョッキーが乗っていても、
やっぱりその後にちゃんとコンスタントに活躍するジョッキーがね、こういう長距離レースはね、勝ったりしていますのでね、今週の馬券の参考にしてもいいかもしれませんね。
本当ね、ここ10年ぐらいはもう本当に土球の大荒れってないんで、一着十何番人気みたいなのが全然ないと思うので、比較的固めの馬券になるんじゃないかなというふうにはね。
もちろん紐がね、2着3着のところが、あの馬がね、突っ込んできたりすると、3連連携は、配当金は大きくなったりしますけどね。
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ダルマ的にはね、ドゥレッザとかね、パスティエラあたりから狙ってみたいなというふうには思っているんですけども、まだね、長距離の動画とか見てないので何とも言えないんですけど、
もともとパスティエラはね、天皇賞貼るで狙おうかなと思ってたんでね、注意してみたいなというふうに思っているんですけども、
ちなみに天皇賞、ちゃんと当てた記憶がございませんので、何言ってんだって話になりますね。
すいません、失礼いたしました。皆様に幸運がね、あることを祈っております。
ということで、最後になりますけども、このポッドキャストへの感想、質問などありましたら、メールフォームからご連絡いただくか、
あとは、エックスとかインスタグラムのDMもお待ちしております。すいません、エックスでのDMをですね、解放いたしましたので、
ご意見、ご感想ある方はぜひそちらのほうからよろしくお願いいたしますというのと、アップルポッドキャストとかSpotifyのレビューもお待ちしております。
今後番組をいいものにするために、皆様のご感想をね、どしどしお待ちしております。
またこの番組がいいなと思っていただけたら、ぜひ番組のフォローの方もよろしくお願いいたします。
ということで、また次回の競馬見聞録でお会いしましょう。
さようなら。
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