導入と心の状態
はい、こんにちは。 ちょっとね、大切な革新に迫っていきます。今回のことは、母が倒れました、そして手術しました、大成功、生き延びました、やったーっていう単純なものじゃなかったんですね。
うん、やっぱりこう、この感受性の強い、いろいろ経験してきた私なので、ここからのこう、気づいたこととか、
言葉が溢れてきたものが、もうすごかったんですよ。それにちょっと疲れちゃって、バタンって、はぁーみたいな感じになっちゃったんですね。
ちょっとそれで、うまく言葉にできなかったんですよね、この感じを。で、やっぱり、ネット上とかSNSに溢れている言葉はもう雑すぎて、もうなんか受け付けられないというか、やっぱりね、気づくんですよ。
こういうふうに、ラジオの配信とか、声から感じるものとか、言葉以外のもので感じるとか、エネルギーとかね、あとやっぱり読書ですよね。
本を読んで、その文章から想像して感じ取るとかね、読書とかラジオとか、そういうもので人のね、あの気持ちをこう想像していく、分かろうと歩み寄るということが、
なんか私は好きっていうね。もうなんかSNSが全然こう、見れなくて、なんかしょうもなくてというかね、大谷さんの応援だけはしてるんですけど、それ以外でなんかもう、
上っ面すぎて広すぎるじゃないですか、世界がね。そんな広く荒さくしてもしょうがないかなということで、あの、チラッと必要な情報がパッて目に入るんですね。
凪良ゆうの言葉との出会い
じゃあその中でですね、ある本にまた出会ったんですよ。ちょっと瞑想の本の話はね、瞑想のね、チャンネルの方で説明、感想してるんですけれども、ここではですね、
渚陽さんの新刊が出たんですよ。私、欠かさず読んでるんですけど、これはね、サブタイトルで私、グッサーって刺さって、今の私やんと思ってね。
一緒に生きる。分かり合えないあなたと。これを私はやってるんですよ。
今回は、分かり合えなかった。ずっと子供の頃からね。
で、添えになった期間も分かり合えないから離れたしね。でも再会しても、やっぱり分かれない、分かり合えないんかいと思いながらも、親やしと思って大事にしてたんですが、今回倒れた時に、
また生き返ったというか、生き延びたじゃないですか。で、また母と生きていくんだなって思った時に、
分かり合えない母とっていう感じなんですよね。
「分かり合えないあなたと」の適用
ああっていうね。 結婚生活もそうで、
やっぱり分かり合えないあなたとずっと一緒に生きてるっていうね。 私はその結婚生活も、
親との関係もね、逃げようと思ったら逃げれるし、切ろうと思ったら切れるんですけど、自分の選択で選んでやってるんですね。
好きでやってるんですよ。苦しいんだけど。 この一言に尽きるのよ。
一緒に生きる、分かり合えないあなたと、あなたたちとって感じだよね。
理解への渇望と諦め
だからね、もう本当に客観的に見てるんですよ。分かり合えないんだなっていうことをね。
で、やっぱりこう未熟な時、若い時は、分かってほしい、私の話聞いて、分かってほしいっていうのをずっと何十年もずっとやってきたなと思って、
それでまあ裏切られて、見放されて、聞いてもらえなくて、ずっとその求めてきたんだな、分かり合うことをと。
で、結婚とか家族ってね、分かり合ってこそだと思いませんかね。それが幸せみたいな。
分かり合ってる風の家族を見たら羨ましかったりね。旅行行って仲いいなぁ、羨ましいなぁ、夫婦仲いいんだ、愛し合ってるんだ、羨ましいなぁ、みたいな。
分かり合ってる夫婦とか分かり合っている家族が羨ましいっていうのはあるんですけどね。本当のところ分かんないですよ。
そういうふうに見えても、分かり合ってないかもしれないしね。そこはもうご本人同士しか分からないことであって、
私自身はね、やっぱり深いところを追求する人間なので、私のこと全然分かってくれてへんやんっていうのが常にあるから、特に家族が分からないんですよね。
リスナーとの共感と家族の現実
もう呆れるぐらいにね。だからこうしてスタンドFMとかSNSの発信をして、少しでも共感とか共鳴してくれる方がいたら嬉しいんですよね。
なんか、存在が、私の存在の意味があるというか、分かってもらえたんだ嬉しいなっていう。本当に思った以上に他人さんが分かってくださる方が多くて嬉しいですよね。
だからやっぱりずっと続けてるわけですよ。伝わりましたよって、分かりましたよって言ってくれる方がいるから、私は存在できると思ってて。
一番分かってほしい、やっぱり家族が分かってくれないという状況の中で、迷惑ばかりかけられてるというか、酷い目にばっかり合わされてるというかね。
全部が全部言わないけど、本当に酷いんですよ。笑えるほど悲惨。それでもよく投げ出さずにね、立ち向かってるなっていうのは自分で自分を褒めたいとこなんですよね。
覚悟と愛の選択
ちょっとこれ漢字が難しいんですけど、タイトルちょっと後で言いますけど、一緒に生きる。分かり合えないあなたと。これ覚悟を決めた私なんですよ、今ね。
またやっぱり母が最後まで生きるまでね、死ぬまで見守ろうと決めたわけで、それ嫌嫌じゃなくてね、好きでやってるんですよ。
で、梅ジュース梅ジュース言ってますけど、これ手作りの梅、青梅をつけてシロップにしてね、氷砂糖で。めちゃくちゃ美味しくて、母も大好きなんですね。
で、退院して家に帰れたら、一緒にこの梅ジュースで乾杯しようって決めてるんですよね。
で、母にも言ったら、わー飲みたい。炭酸でね、割って氷入れて、その梅のジュースで乾杯するんですよ。
生きてるっていう実感を受けますよ、それは。娘がここまでやってくれた、こんな何もしてあげられへんのにごめんなありがとうっていう、母からは感謝の気持ちがすごい湧くんでしょうよ。
で、私はもうなんか、まあどうしようもない親を助けるために生まれてきたんやなという諦めというか、覚悟というかね。
それで乾杯して、私はまあ嬉しいんですよ。それは私の喜びなんでしょうね、一つの。
でも価値観が違うとか分かってもらえないっていうのはもう諦めようかなと思ってて、分かり合えなくてもいいっていうところに来てたんですよね。
憎しみを超えた愛の仕返し
そんなところで、ちょっと母が倒れて、いろいろ考えさせるところがあったんだけど、
例えばね、皆さんこう酷い目にあった人が苦しんでいるところを見たりしたら、ざまあみろって思いますかねって話でね。
よくはなんか、こけてるわ、ざまあみろ、風邪ひいた、ざまあみろみたいなものが人間にはあると思うんだけど、自分をね酷い目に合わせた人たちのね。
で、私はそれが思えないっていう話で、まあやっぱり母がいろいろ私にしてきたことを思えば、
なんかこう、病気になって躊躇治療して苦しんでいる姿を見たときに、心の底からかわいそうやな、こんな年になって、なんでこんな苦しまなあかんのかな、かわいそうっていうのが100%やったんですよね。
いやもちろんざまあみろとはなくて、帰ってくるって言って帰ってくるにしてもちょっとひどすぎるんじゃないかなと思ってね。
そんな子供を産んで別に真面目に生きてたのに、うまく子育てができなかっただけなんですよね。
なのにこれはひどいんじゃないって思うし、やっぱ夫に対してもそれは思うんですよ。
どうしようもない人だったけど、ここまでにしなくてもいいんじゃないか、神様ってちょっと思うんですよね。
だからそれに対して、罰を与えられるみたいな感じの、そういう人が苦しむところを見るのが本当に私は嫌なんだなと、なるべく穏やかになるように自分ができることをして助けたいんだなってことに気づけたんですよ。
でね、私めちゃくちゃ疲れてたんですけど、この若い頃って家族と分かり合う、夫婦で分かり合う、恋人に分かり合う、分かり合ってほしいって求めてたでしょ。
皆さんも求めてるかと思うんですが、私今この年になってここに来て思ってるのは、分かり合えないことを受け入れた愛っていうところだと。
で、母に対してもほったらかしにすることもできるんですけど、やっぱり献身的にね、下着持って行ったり着替え持って行ったり飲み物買ってきたりとかやる、でまたご飯も作ったりすると思うんですけど、私が今やってることは愛で仕返ししてるんですよね。
愛の仕返しっていう、私がお返しするのは愛しかないんですみたいな。憎しみというものがもうないんですよね。家族やからとかそういう意味じゃなくて、誰かに対して憎しみをぶつけるっていうことはもうないんですよね、的なことに気づいたんですよ。
「分かり合えない愛」の境地
だからね、この渚優さんの分かり合えないけど一緒に生きるっていうのがもう刺さった。まだ発売されたところで読んでないんですけど、これめっちゃ刺さるやつやんと思って。
今しんどい時にね、あんまりSNSが見れない中で、なんかもうエグいドラマとかも見れない中で、やっぱ読書しようかなと思ってるんですね。やっぱりこと心配はちょっとゆるゆるーく生きて、サロンはちょっと予約は入ってるんですけど、それはね少しずつやっていって、本を読んでいきたいなっていう。
このね、渚優さん絶対これ、分かり合えなくても大丈夫な私になったっていうことはすごいことですよ。
自己信頼と未来への希望
あのね、それとねもう一個ちょっとプライベートな話ですけど、私って誰も頼る人間がいないわけじゃないですか、家族が。頼る人いないんですよ、私。お金がなくなっても、私がどうにかなってもね。
そんな中で、母がこういう状態になって、まあ夫もずっとそうなんですけど、お金の面、精神的な面、不安だろうな、家族不安なんちゃう?って思うかもしれないけど、ゼロなんですよ不安は。
とにかく自分を大事にしよう、美味しいもの食べよう、梅ジュース作ろうみたいな梅いっぱい買って、もう買いたいものを買ってますよ今。
その買う時にね、いやこんだけあった私がお金がなくなるわけがないと思って買ってるんですよ。働かなくても。本当に。
あのね、それはね、その瞑想のその本ね、ちょっと紹介したんですけど、その瞑想と出会った人の本もね、同じことが書いてあって、
もうなんか、もらはらの夫から逃げた時に、無一問でね、車で飛び出した時にお金がない。どうやって生きていこうかと思った時でも、これから夫から逃れて生きていく。
もう、その希望に満ち入ると、お金はすっごいなんとかなるんですよ。急に姉が出てきて、ちょっとこっちに住まないかって言われたり。
急に友達が出てきて、ちょっと子供の面倒見てくれたら一緒に暮らしてもいいよとか、助けがポンポンポンってくるわけで、私も大丈夫なんですよね。本当に。
なんかそう思ってゆったりと待ってれば、今この気持ちをね、整えて、梅ジュースおいしい、大谷さん最高、はぁーってこの状況で、その潜在意識ですよね、信念イコール潜在意識でいると、私の未来の現実はゆっくりほっこり豊かでのんびりになるわけなんですよ。
母の回復と宇宙からのボーナス
で、それを何て言うんかな、ずっと繰り返してるからもう分かってるんですけど、母がこうやって元気になったのも、私がそういう現実を作って選択したからかなと思ってて。
それはまあ母とシンクロしないといけないけど、まあ母もその、あー食べたいわーおいしい、ご飯が、アイス食べたいわーとかそういう前向きな気持ちが回復したんだと思うし、あと死ぬまでに何かやり残したことが母の中であるんでしょうしね。
娘の私のことを理解しつくしてないからかなとかね、やっぱり娘の良さをもう少し知るためになっちゃう。
娘と息子を見て、何を思ったか、自分が産んだんですからね、そこをもうちょっと味わってもいいんじゃないみたいな、宇宙からの特別ボーナス期間やと思ってるんで、母の。
80過ぎても別に、あの時死んでもよかったのに、まだ生きるってことはやり残したことがあるんでしょう、この世の中で。
そう思って一日一日大切に生きたらいいんじゃないと思いますけどね、それをまあ私ができる限りサポートするということに決めたので、それでいいんじゃないと思いながら。
「多類婚姻譚」への期待と結び
はい、この渚優さんの本のちょっとこうリンクを貼っておきますね。本のね、タイトルがね、とても難しいんです。
たるい婚姻譚やって。たるい婚姻譚ってね、たるいってこう多い種類ね、婚姻って結婚の婚姻ね、婚姻譚。
たるいっていうのは違う種類って異なるっていう意味でね。で婚姻譚って結婚の物語でしょ。いろんな種類の結婚の物語の短編集なんで、めっちゃええやん、と。
これもう私、書きたいぐらいのものよ、これ。ほんまにね、あの、書きたいんですけど、自分の物語ね。
これ濃いよ、ほんとに。あ、これ渚優さん出したんや。天才作家渚優さんの待望の新作なんで、ちょっとまずこれ思うと思ってね。
サブタイトル、一緒に生きる。分かり合えないあなたとですよ。
これね、やっぱり経験をしてきた人は分かるんだろうけど、やっぱりこれから結婚しようという人には分からないと思う。
えーみたいな、悲しすぎるーってなるかもしれないし。
うーん、だからね、家族がテーマ、夫婦がテーマ、みたいになってるので、ちょっとね、これ読んだらまた、ここで感想をね、発信しますので、楽しみにしていてください。
ちょっとこの本またね、読みたいと思います。それではー。