お風呂の椅子、母へ譲渡の喜び
はい、こんばんは。ちょっとなんかね、細かい話なんだけど、小さいことにすごい幸せを感じるんですけどね。
ちょっとこんななんか笑えるんだけど、私お風呂でね、あの椅子、座る椅子あるじゃないですか、プラスチックのやつ。
座って体洗う、銭湯とかによくある椅子ね。で、あれを引っ越した時買ってて、
私お風呂入る時に、椅子なんか座らないんですよね。
ここに引っ越して8年ぐらいかな。8年間座ったことない椅子があったんですよ。
でもこれいらんなと思いながら、どこに捨てたらいいかわからないし、ずっと置いてて。
で、あれって使わへんのに置いてたら邪魔でしょ。
で、なんかちょっとこう油断してパッとどけたら、もう水垢で汚くなるじゃないですか。
汚れが溜まるし、捨てたいな捨てたいなと思ってた時に、
母の家にね、よく行くようになって、退院してからお風呂が怖いって言っててね。
で、母の家おシャワーがないね。浴槽から洗面器屋ね。ちょっと古いアパートなんで。
シャワーも欲しいわなって言いながら、椅子もないんよ。どんな風呂やねんっていう。
で、椅子がないし、やっぱり退院した足が不安定やから、こけたら嫌やし、椅子が欲しいって言うから、
ああ、ちょうどうちにあるって言って。使ってないやつが。ちょうだい!みたいになって、
その風呂の椅子を持って行ってんね、今日。で、なんか今日持ってきたねって言って置いてみたら、
いや、ちょうどいい!ありがとう!みたいな、めっちゃまた喜んでて。
なんかそれがすっごい嬉しくて、また私は邪魔なものを手放せたと。
で、母はゲットしたみたいな感じで、椅子。
もうね、なんていうのかな、このささやかなことがすごい嬉しくて、椅子手放せたっていう。
手放したくてしょうがないわ、椅子を。
どうしたらいいの?こんなの他人にあげるもんでもないし、ちょっとお客さんに椅子いらんとかないし。
親やからあげれるやん。綺麗に拭いて、乾かして消毒してあげて。
もともと綺麗だったんだけど、めっちゃ喜んでて、これはええわ!みたいな。
楽でええわ!みたいな。
で、母こそなんで椅子を持ってなかったんかっていうのもあるんだけどね。
奇跡的な涼しさの中での一日
で、それともう一個の奇跡が、天気。
京都の天気、もう6月から暑いのよ、普通は毎年。
なんと今日26度やってん、最高気温がね。
涼しい、爽やか、風がそよそよ。
日陰で、日差しも強くなくて、外を歩いたり移動する。
タイヤ店、結構病院行って、処方箋ってあるでしょ。
あれもらいに行くのが外に行く。結構遠いところ走っていかなきゃ、信号渡ったところに。
それを取りに行きつつ、タクシーを呼びつつ、行ったり来たり私が、結構小走りで行かなきゃって。
母は動かせへんから、椅子に座らせておいて、あっち行ってこっち行って、みたいな感じで走ってた。
でも爽やかで涼しいから、いくらでも走れる気がした。
それも楽しくて、私走れる!みたいな。
もうスキップして行きたいくらいの。
でも母が走ってる私を後ろから、薬を取りに行く私。
それが薬取りに行くゲームみたいな感じがして、それも楽しかったんよ。
それは涼しいからできたの。
これがもう35度とかなってたらいけへんよ。だるーってなるよね、私も。
ほんで、これが17日やから涼しくてできたんだけど、
なんと19日の京都の気温、最高気温が34度になってて、灼熱の。
この日じゃなくてよかったっていうね。
これもやっぱ奇跡よね、宇宙の祭拝っていうか。
せめて涼しい日にしたろう、みたいなね。
よかったーって思って、この天気だけでも幸せって思えるよね。
涼しくてラッキーみたいなね。
小さな幸せと人生の捉え方
ほんまになんかね、ちょっとしかとか上手くいくとめっちゃ嬉しいし、
ほんでなんかこう、ちょっとアクシデントが起こってもまぁいいかと思えるような、
なんかある意味、なんていうかな、いい意味で雑になったっていうかね。
そんな繊細すぎて生きてたらしんどいから、
繊細ではないけどね、私はね。考えすぎではあるけど。
まぁちょっとある程度大雑把に生きる方が楽よね。
ほんで小さなことで喜べるような生き方で。
母は改めてそういう病気になったっていうのは何か意味があるのかなって考えた時に、
さらに深く娘のありがたみとか生活のありがたみをあの年にして、
再認識っていうか深めたんじゃないかなと思ってね。
本当に嬉しそうで、ラーメンが美味しい。
あーポテトが。また言ってたわ今日も。
あの退院した日のポテトの味が忘れられへんって言って。
まるで刑務所から出てきたビールが美味いみたいな。
なんか言うよね。ケーキ何年か3年とか何年か終えた。
シャバに出て飲むビールが美味いみたいな。
それあるよ。私めっちゃわかんねえそれ。
私あの断食したことがあるから、断食ってあの1日だけやけどね。
プチ断食はね、もう狂ったようにお腹空くのよ。
1日目、丸1日の夜とかは。
もうお腹空いて寝られへんくらいになるんだけど、
翌朝のお粥がめっちゃ美味しいのよ。涙が出るくらい。
またやりたいけどね、断食も。
それと似てるよね。入院生活1ヶ月したらポテトが美味かったっていう。
そういう。
苦難がもたらす喜びの深さ
あーでもこれやなやっぱり。ちょっと待って。
人生ってこれじゃない?
だから我慢すればするほど喜びが増える。
野球もそうじゃない?野球も負けが続く。
負けて悔しい。批判される。お前やめろ。バカ野郎みたいな。
負ける。負ける。悔しい。
でも5試合ぐらい連続で負けてさ、
次の試合で勝った!イエーイ!ってなるやん。
勝った喜び。これファンも一緒で、
ずっと勝ってばっかりの、もう絶対余裕で勝つとか面白くない?そんな試合も。
もう50連勝とか。そんなんは面白くないやん。
やっぱり3連敗してさ、次はどうかみたいな。勝ちました!みたいなね。
大谷さんも不調な時があるからこそホームランが素晴らしいのであって、
大谷さん出るたびにホームラン。
でも200ホームランみたいなね。連続でとか。
そんなんも、もうええってお腹いっぱいってなるから。
なんかそうじゃない?人生って。野球でも人生も。
健康への決意と大谷選手の活躍
ほんまにそうじゃない?死ぬほどの苦しみ。
もう病院はいやっていうね。
私も半日病院突き沿っただけでちょっともう無理やったもんね。
本当に。私自分が入院するとかちょっともう結構です。
病院にはもう行かないと決めましたよね。
それを決めたらやっぱりまた自分の健康に気をつける。怪我をしない。
やっぱりもう気を引き締めるみたいになれるから。
もう今までも健康オタクやったけど、さらにさらにさらに食べ物。
運動をやっぱりもうしなあかんなって話をしててね。
また運動するからね。
そうやって体に大丈夫?毎日楽しい?しんどいとこない?って体に聞いてたら
病気にはならないよ、もうね。
ほんまにね、なんかもう毎日この、
今日帰ってほんまにもうほっこりと梅ジュース飲みながら
ドジャースの大谷さん、今日ホムラン売ったんよ。
しかもね、不調の時期結構あったんだけど5月は。
6月スコンスコン。
今日大谷さんホムラン売ってその1点だけ、あとはゼロ。
1対0で今日勝ってん。
こんな嬉しいことある。
相手のね、ピッチャーが超超超一流のもう絶対全員三振みたいな、
全員というか三振を取るピッチャーから、大谷さんだけがホムランを売ったというね。
大谷さんは超一流のピッチャーからホムランを売つって言われてた、解説者に。
もう神、神よ野球の。
ほんでそのホムランを売ったピッチャーが翌日、
ホムラン売った大谷さんが翌日ピッチャーとして投げんね。
明日朝4時、寝ます。
起きて大谷さんを応援する喜び。
はい、ということで、おやすみなさーい。