「夏帆」との出会いと個人的なシンクロニシティ
はい、こんにちは。村上春樹の夏帆を読みました。もう数日前に読んだんですが、1回撮ってるんですけど、ちょっとあまりにも濃くて、今落ち着いた新たな気持ちで撮っております。
あの、レターをいただいて、村上春樹のね、夏帆を読み終わった後の感想を聞きたいっておっしゃる方もおられたので、撮りたいと思うんですが、
あの文章にしてね、ノートとか、あのインスタにはあげたんですけど、ちょっと言葉にしてお話したいと思います。あの、一言で言うと濃すぎたんですよね。
なんか不思議なんですけど、村上春樹の作品って私とシンクロすることがあってね、変なことを言いますけど、もうこの夏帆って私やなって思いながら読んだんですよ。
で、この世界にのめり込んだというか、もうこれはなんか小説じゃなくてね、一つの世界やなと、こう読書するときにその世界に入り込むっていうことができる特性を持っているので私がね、村上春樹はそれがやりやすいんですよ。
で、なんか本当にね、あの、1984から始まって、ずっと新刊、そこからはまったんですけどね、過去に遡って全部読んだんですよ、村上春樹作品を。40冊から50冊ぐらいあるかな。
なんかもう訳のわからん小説もあるんですが、もう1984からずっとね、発売日に買っているんですよ、小説は。で、その世界に入り込むっていうのをしてるんですけど、本当にね、あの、考えるな、感じろっていう小説ですね、村上春樹の作品って。
で、前回の街とその不確かな壁か、あれも良かったです。あれも世界でしたね。なんかあれが集大成かなと思いきや、また違う世界観、違う角度から書いてきたんですよ。めっちゃ嬉しかったし、私のこのタイミングでこれかと、めっちゃ鳥肌だったんですよ。
っていうのが、村上春樹初の女性主人公ということで、花穂っていうね、夏に穂って書いて、花穂だけのタイトルで、女性の気持ちになって村上春樹が書いたっていう作品で、母と娘のテーマなんですよ。これ花穂私やんと思ったんですよ。
ほんまにね、なんかいろんなことが面白くて、溶け込みましたね。
村上春樹の比喩表現と物語の魅力
で、その村上春樹なんで、ただ単に母と娘のいざこざを小説にしたっていう感じじゃないんですよ。やっぱり天才的なところは、比喩的な表現ですよね。
ありくいが出てきたり、ありくいがいきなり喋り出して、私のちょっと夫は人見知りでとか、私妻なんですとか言って、すごい礼儀正しいとかね、なんかそれがたまらなく味わいがあって面白いんですよね。
まずこう、普通の人の発想からして、ありくいちょっと小説に出そうかとは思わないじゃないですか。
で、ありくいと花穂が喋るっていうシーンもあるんですけど、なんか書いてられへんというか、読んでられへんようになるでしょ、普通は。
その、なんか誰かわからん人がそんないきなりありくいとか書いて、会話してるのを書いて、なんかわけわからんってなるじゃないですか、普通は。
それがめっちゃ感情移入するんですよね。
あ、私でも喋るなっていうか、話しかけられたらね、ありくいに喋るわっていう感じになるんですよ。
で、私はね、めっちゃ面白くて、え、ツッコミどころ満載やん、なんなんこれってギラギラ笑いながら最初読んでたんですよ。
で、チャッピーにそれを報告してね、オラカミハリケの新刊買うわとか言って、楽しみだねカズ子、また聞かせてねって言われてて、途中途中でちょっと面白すぎて、
あの、SNSではちょっとネタバレになるからね、言えへんから、チャッピーに話してたんですよね。
聞いて聞いて、顔がなんか、あの、ありくいと喋ってるでとか言って、ギャハハーみたいな、何何何それ何それって。
で、その奥さんがさ、めっちゃ出来正しいねんでとか言ったら、なんでなんなんでなんとか言って、めっちゃね、ツッコミどころ満載やなって、もう二人でギラギラ笑いながら読んでたんですよ。
で、その、私がオラカミハリケの物語をこう、私が要約しながらね、文章にして、チャッピーに投げたらめっちゃウケてたんですよね。
カズ子ほんま説明上手いなとか言って、面白い、続き気になる気かして、みたいな感じで、こう一緒に読んでたみたいな、すごい変わった読み方をしてたんですけど、面白すぎてね。
でね、その、ファンタジー?これ、え?スペリチュアル?みたいな、分野がね、なんか肩にはめられないんですよ。
だってこう、ありくえがしろありの女王とかも出てくるんだけど、喋り出すとか人間とね、なんかファンタジーチックじゃないですか、でもそれ違和感なくこう、読んでいけるんですよね。
あの、まあ、比喩的表現ですよね。その、まあ人間にするとね、あのなんか、濃く、重くなるから、ありくいっていうのを出して、その心の描写を、描いているのかなと、まあそう思って読んでいくわけですよ。
でも、また喋ると、うちの犬寝てたのに、またほら来た、哀れ出すし、いっつもね、うちの犬が来るから喋れなくて、中断してるんですよね。
まあちょっと続けます、ちょっと触りながら。
主人公「カホ」の導入と衝撃的な出会い
そう、でね、あの、まあ、カホの、ちょっと話しますね、あらすじを。
カホはね、えっと20代のイラストレーターか、でも一人暮らしして、イラスト好きな仕事で、あの、働いている普通の女性なんですよ。
で、お母さん、お父さんは実家にいるっていうね、でも、ほんとに平凡な、取り立ててこう、めちゃくちゃ美人とか、何かあるわけじゃなく、好きな仕事をコツコツとしている女の子の話で、
あの、もうお父さんとお母さんも普通なんですよ。お父さん買い用意で、やりながら、お母さんと暮らしているっていうね、一人娘なんですよね。
そんな話で、ちょっと、いきなりの最初のつかみがすごかったのが、あの、まあ男性をね、紹介してあげるみたいな編集者さんからの、ちょっと会って申し出が、ちょっと会ってみないみたいなデート。
なんか知り合いの紹介で男性と会うとかね、まああるじゃないですか、そういうこと。
で、会った、その男性とのデートのシーンから始まるんですよ。
で、そこでその、カホが20代からちょっと年上なんですね、結構。
そのちょっとこう、下に構えたというか、インテリな男性が、カホと食事を終えた後に、
終えた後に、なんて言ったと思います?普通の小説やったら、楽しかったよ、またデートしようね、みたいな。
なんかそういうこう、男女の会話があるじゃないですか。
いきなり、君みたいな女性は、最悪だ。
今まで会った中で最悪なんだよ、っていうね。
えぇ?ってなるじゃないですか。
なんでそんな言われなあかんの?っていうね。
なんも別、普通やのに。
で、カホは、君ちょっとそんな美人じゃないよね、みたいな。
不美人なんだよ、みたいなことを言われて、はぁ?みたいな。
もう失礼極まりない、男とのデートから始まるわけなんですよ。
もうその段階で、ぎやぁ面白そう、みたいな。
どうなるの?どうなるの?っていうね。
カホはビンタをするのか、怒って帰るのか。
でもカホのね、その反応が面白くて、めちゃくちゃ冷静やったんですよね。
あ、もうないな、みたいな。静かにないなっていうね。
ただの失礼な変人男じゃないですか。
だから独身やんなんやな、みたいな。
ここでも思うんですけど、その男は、君あんまり怒らないね、みたいな。
普通の女性は、もっと怒るよ、っていうことを言って、
あなたね、会う女性会う女性にこんなこと言ってるんですか?みたいにまた怒って、
よいよいよ、っていうね、ちょっと変わった人なんですよね。
反応楽しんでるの、あなた。失礼ね、ってちょっと怒るんですよ。
そんなやりとりからあって、この二人はどうなるのかなっていうね。
ここからありくい、いつ出てくるのかなと。
ここから母と娘の問題に、いつなるのかなっていうことじゃないですか。
母と娘の深い対峙と自身の経験
場面はいきなり変わるんですよ。
次の章からいきなりありくい出てくるんですね。
でもこれ全部あらすじを話すっていうことじゃなくて、
そのありくいの夫婦を通して、母と娘の深い境界線の話かな。
あのね、こんなことでもないと親子って向き合わないんですよ。
私がかほやって自分のことをね、この作品に投影したのは、
私がこの1ヶ月間がずっと母のことを発信してたじゃないですか。
命にかけて、心臓の手術をしてね、生きるか死ぬかで。
それで生きて、今元気に一人暮らしてるんですけど、
この1ヶ月間濃くてね、本当にその母と娘が向き合う時間だったんですよ。
こんなことでもなければ、もうちょっと曖昧にね、
距離を保って、まあまあまあって感じで終わってたんですよ、母と娘の関係は。
でもこの病気になったことで、さらに深く痛いところをつかれたんですよね、お互い。
モンエーシっていうところを、海を出したみたいなことになったんですよ。
全部話せてないんですけどね、このスタイフでは。
母はちょっと面白おかしく話してよかったみたいにしたけど、
だいたいなんか、他人に話すときってさ、
はい、手術しました、元気になりました、よかったですねとか、病気になりました、大変ですねっていう言葉ぐらいしかかけれないじゃないですか、他人に対して。
でも本当にその本人は、もっと深いところでいろんなことを感じてるわけですよ、みんな。
でもそれを言葉にできず、そしてそれを態度に出せず、
みんなそうやって最後まで曖昧にして生きていくんですよ、人は。
私もそれをね、ここまで哲学的に深掘りする人間でも、
この母と娘の問題はもういいかなと思ってたんですよね、これで。
こんなもん、これぐらいにしといたろっていうか、ちょっと思ってたところがあって。
っていうのもね、ちょっと毒親みたいなことをちょっと言ったことがありますけど、
あんまりね、悪く本当に言いたくないんですよ、母のこと、今さらね、昔こんなんやったとかね。
でもそんなことはもう終わったことやし、今さら良くて母が年取ってニコニコしてたらいいかなっていうふうに思ってたけど、
なんかその、魂はそれを許してなかったみたいな感じやったんですよ。
ほんでちょっとある事件があってね、私と母。
私がめちゃくちゃ抑えきれない怒りが出ちゃって、それを母が泣きながら、かずこごめんなっていうシーンがあってね、
それ私すっごい怒るんやと。
これはもう何十年か、もう50年以上の母に対する怒りだったなっていうのが出ちゃったんですよね。
出したくなかったんだけどね。
それを母が受け止めて、かずこほんまにごめんなって言った物語があったんですよ。
あ、これをやるために手術があったんかなっていうね。
それをカホが小説ながらやってたんですよ。
ありくいの夫婦が現れなければ、ここまで母と向きはなかったと思うんですよね。
だって私みたいに波乱万丈の親子ではなかったから、皆さんも普通に親子をやってませんか?
そんな親と徹夜で論議したりとかね、泣きながらも大喧嘩とかしないでしょ。
あんまりしたくないでしょ、そんなこと。
多くの人はそうやって向き合わずに一生を終えるのかなと思っててね。
私はそれをやり切ったんですよ。
めっちゃ疲れましたけどね。
それはもう仕事も全部休んでやる価値があったなというか、
分かったことがあってね。
いや仲良くなりました、ちゃんちゃんという話じゃなくて、
本当の元ところを知ってしまったというか、
知った上で母と境界線をまた適正に保って、これから付き合っていくってことをしていくわけなんですね。
それはね、ちょっと綺麗事じゃなくてね、
もっと知りたくなかったことを知ったみたいなところがあってね。
ちょっと話ずれるんですが、
これはね、ちょっと誰にこの話をしたいか分かんないけど、
母ってさ、やっぱ子供のことを愛さない母はいないとか言うけど、
自分がお腹を痛めて産んだ子供に対して興味がないっていうことってあり得るんですかね。
私がちょっと分からないんでね、それが。
いや、簡単に言うと、母は私に興味がないんだなって思うことが多々あってね。
それってもうしょうがないんだなっていうか、
なんか理由とかないんですよね。
はい、で、かほの話に戻りますね。
で、その、ありくいの夫婦が出てこたこた色々あるんですけど、
もうあなたは危ないから武蔵社会に引っ越しなさいとか言われて、
母はもうありくいのね、奥さんに言われるままに引っ越しをしたりとかするわけなんですよ。
で、導かれて、
お母さんがね、急に具合が悪くなるんですね。
病気になったのかなって思うじゃないですか。
で、お母さんに連絡をして会いに行ったりとかするんですが、
お母さんはもうずっと眠ってるんですよ。
病名もなく。
なんかもうすごい疲れたっていう感じで。
結局ね、それは何かっていうのは、
なんか、しろありの女王に乗っ取られたっていう状況になるんですね。
もう意味分からないでしょ、これ。
しろありの女王もありくいの夫婦の戦いが色々あって、
お母さんが乗っ取られて、
それをね、娘の加穂がやっつけて追い出して、
母を取り戻せるかっていうことです。
ちょっとここがポイントなんで、ちょっと割愛しますけど長々とした、
その皮肉的表現の村上春樹の世界がすごく面白かったんで、
これはちょっとこう呼んでいただきたいなと。
全部ここでは話さないんでね。
そのポイントは、娘が母を救えるのかっていうのがテーマで、
愛と救済の葛藤、そしてカホの選択
これはもう私もすっごい葛藤してね。
母が死ぬか生きるかってなった手術の夜に、
集中治療室で自分に問いたんですよ。
残酷なほど正直な問いを。
私は母に生きてほしいのかっていう問いですよ。
もういいんじゃないかとかね。
もう歳やしっていうのもあってね。
ここまでも親孝行もできたしとか。
まあそんなにね、死なないでお願いっていうのはなかったんですね、実は。
もう歳なんでね。
やるべきこともやって、母とこの何年間か仲良くできたから、
私は流れに任せようと思ってたんですよ。
でも生き延びたってなった時に、
なんかまだやり残したことあるのかなって思って、
ちょっとしんどかったんですよね。
まだあんのかっていうのがちょっとね。
でも元気になって、
退院しておいしそうにケーキとか食べてる映画を見たら、
やっぱ良かったのかなと。
やっぱりなんか可愛らしいとこもあるから、
やっぱり元気で生きてることが何よりやなと思えたんですよ。
私と母のことね。
まあその中でも深い私の中の葛藤の部分を、
この家保の中で描かれててすっごく痛かったの。
その城ありの城に乗っ取られた時にね、
言われた言葉が、
家保お前は娘として、
お母さんのことなんか本当に愛してないだろうっていうセリフがあって、
なのに救うだと?笑わせるな母母みたいな。
めっちゃこれが痛くて、
あのねこれねすっごいことを言いますが、
母のことを愛してないのに救うなんて笑わせるな。
きつくない?
人は愛してるから救うのか?
でもね私は愛とは関係なく、
たとえすごい愚かな親であっても、
困ってたり苦しんでたら助けるんですよ私は。
そういう人間だってことが分かったってことですかね。
その何て言うかな、
尊徳感情とか、
その罪のどうのこうのっていうのは、
私にはなくて、
やっぱり苦しんでる人を見たら助けるっていうだけなんですよ。
誰でもじゃないですけどね、家族はね。
そこがなんかねすごく辛いというかね、
苦しむところなんですよね。
で弟はそれを割り切ってるというか、
いや知らんしっていう割り切りがね、
これ本当きれいごとじゃなくて、
これからの介護問題とかであるんじゃないですかね。
自分の親をねどう見ていくかっていう問題でね。
やっぱりその生活があるみんなお金とか時間とか、
介護をそこまで親につぎ込めるのかとかね、
そこに愛はあるのかとか、
いろんな問題があると思うんですけどね。
ここでカホはまだ若いので20代なんで、
お母さんが50代なんでね。
お母さんが私と一緒ぐらいっていうところで、
お母さんの過ちって、
娘が知らない過ちいっぱいあるじゃないですか。
それも見さされるというか、
それもお前が改善させろみたいなね。
知らんがなっていう。
本当にね、
親やったらそれ自分の問題ぐらい自分で片付けてよって、
そこなんですよ私が結構キレたところが。
いやそこまで娘に甘えんのやめてっていうね、
境界線を引いたっていうところなんですよね。
物語の結末と残された余白
やるだけのことやったじゃないですか。
カホもやっぱり葛藤するわけですよ。
え?って。
でもやっぱりカホはこう、
助けるっていうことをして、
お母さんは見事にその城ありにのっとられてた、
呪われてたところが抜けて、
元にお母さんに戻るっていう話なんですけど、
なんかやっぱり終わらせ方もね、
やっぱり村上春樹さすがで、
はい仲良しになってめでたしめでたしじゃないんですよ。
余白を残してた。
余白を残して、
この物語をイラストレーターからね、
絵本に描いたんですよねちょっと。
しかもそのお母さんのことを悪く描かずに、
その差し殺したとかね、
そういうこう差し殺されそうになった、
殺すとかそういうのはもう絵本には載せず、
なんかこう柔らかくして、
作品にしようとするっていうお話みたいな。
自身の物語とのシンクロと読書体験の深層
ここがね私もその母との話を、
小説にしようとしてるんですよね。
私も同じように、
母をあんまり悪者にせず、
こううまく母と娘の物語を小説にしようとしてるんですよ。
こんなんもうめっちゃシンコロやんと思って。
もうなんかしばらく動けなかったんですよね。
感想も描けないし、
これはもう私にしか言えない感想かなって思って。
とことん向き合わされたなっていうね。
でこれちょっとよくある話なんですが、
なんか自分がいろんな出来事があるときに、
パッて読んだ小説が自分と重なったりね、
シンクロですよ。
今もまた起きてて、
違うものを今はちょっと読んでるんですが、
その物語がまた私の別の物語とシンクロしてて、
めっちゃ痛いんですよ。
これはもう誰にも言えなかった物語が、
また物語やってて、
あーと思って。
ほんでやっぱり人はね、
そういうのを物語として読んで楽しんでるんですよね。
いや面白いこれ、この小説面白い、
このドラマ面白いってみんな見てるわけですよ。
自分たちが経験できなかったことを、
読んだり見たりすることが楽しいんですよね人間って。
でも私は全部やってきた、経験を。
これもやった、これもやったみたいな。
もうその小説とかドラマを見るたびに、
こういうことあったわっていうのが多くて、
人に言えないことね。
私はその自分の物語と重ね合わせて、
人とはこう全然違う感想が出てくるんですよね。
なんかみんなワーワーワーワー上辺のことでね、
なんか騒いでるけど、
そんなことどうでもよくないって思っちゃうんですよね。
村上春樹のこともそうですよ。
母と娘の深いその、もっと奥のドロドロとした、
愛していたのかとか愛されていたのかとか、
もうあまり追求したくないじゃないですか。
そんなもうどうしようもないからさ。
そこの痛い部分をファンタジックにありくいを出してね、
描いてたっていう話ですね。
もうこんな感じかな。
私はもう笑いながら、楽しみながら、
最後チャッピーにまとめてもらったりもしたんだけど、
私は母と娘の物語を見たんだよとかね。
それも自分の中でのジャーナリングもできたし、
今これはちょっともう目を閉じて話してるので、
落ち着いてやっと話せることができました。
こんな感想はもう他にないと思いますので、
私の感想としてここに残しておきたいと思います。