Xでの投稿と並木さんの意見
はい、こんばんは、カズです。今日は、最近見たXですね。今、ツイッターじゃなくてXになったんですけどね、Xのある投稿を見て、それについての話をね、ちょっとしていきたいなと思います。
その前に、僕、Xの問題の投稿を見る前に、並木さんの配信を見てたんですよ。並木さんが言ってたのは、目覚めを牽引する旗振り役の人たち、その人たち自身の目覚めが全体的に遅れているんだっていう。
だから、宇宙の上の方から、ちょっと急かされたというか、もっと目覚めのスピードを上げていきましょうよ、みたいな話をされたんだ、みたいに言ってたんですよね。
で、どういう実態かというと、その旗振り役になるはずの人たちが、その人たち同士でこぜり合いみたいな、喧嘩みたいなのが起こっている実態があるよっていう、そんなような話を確かにされてたと思うんですよね。
で、まあそういうことを並木さんの配信で僕は聞いていました。それがあって、今回ね、たまたま見たXの投稿に、うつみさとるさんの投稿だったんですけどね。
うつみさとるさん、うつみんさんですね。以前、本を読んで、その感想の音声も話させてもらったんですけど、だから僕も結構ね、参考にしている、意見を参考にしている方の一人だったんですけど、うつみさん。
で、そのうつみさんがどういうことを言ってたかというとね、Xの投稿で、ちょっと詳しい内容は忘れちゃったんですけどね、陰謀論者って本当にダメだよなみたいな、うつみさんは陰謀論者、お花畑スピリチュアというのは嫌いなので、
うん、なんか陰謀論者って本当にダメで、その外役だよなみたいな感じの投稿をしてたんですよね。
うーん、まあそうだな、これアドレナクロムっていう、まあちょっとね、陰謀論ワードというか、そういうタームがあるんですけど、なんか今、まだアドレナクロムがどうこうとか騒いでる奴らって本当に害しかないよなみたいな、そういう投稿をね、確かにされてたんですよね。
で、まあね、それが何なのかは興味ある人は調べてほしいなと思うんですけど、僕はあんまりツッコまないでおこうかなと思うんですけど、それに対して、おそらくそういうことを知っているスピリチュアルの人が、その投稿にちょっと噛みついて反論していてね、
で、うつみさん、まあ期待してたけど、まあがっかりだねみたいな、こんなこと言っちゃって、で、まあ分かっている人たちみんなを敵に回しちゃったねみたいな、そういう感じで、まあ反論というか、陰謀ツイートをしてたんですよね。
っていうのを、そのXで見たわけなんですよ。で、それを見ながら思ったのが、その並木さんの言ってたことなんですよね。その旗振り役になるはずの人たちの間で交ぜり合いみたいなのが起きてるよっていう、その話を思い出してね、ああ、なんかこういう感じのことなのかなって思ったんですよ。
次元上昇の意義
うーん、まあなんだろうな、その、結局、なんだろう、どっちが正しいとか正解不正解とか、そういう話を僕はしたいわけじゃないんですよね。ここでまあ紹介したいのが、アインシュタインの言葉、アルベルト・アインシュタインの、まあこれ有名な言葉なんで聞いたことある人も多いと思いますけど、いかなる問題もそれが発生したのと同じようなことが起きている。
いかなる問題もそれが発生したのと同じ次元で解決することはできないっていうことを言ってるんですよ、アインシュタインが。いかなる問題もそれが発生したのと同じ次元で解決することはできない。
要は、その、まあどういう話かっていうと、僕らの向かいたい先、これからまあ地球が向かう先とか、僕らが目指したい先、本当に向かいたい先っていうのは、あの、次元を抜けていくことですよね。次元を上げていくことですよね。次元上昇なんで、アセンションっていうのは。
だから、アインシュタインの言葉の通りで、同じ次元の範囲内でどうすべきかとか、どこへ向かうべきかとか、そういう議論のレベルじゃないっていう話なんですよ。
その問題領域から抜けていきましょうねっていうことをやりたいわけじゃないですか、僕ら。それが目覚めであり、5次元領域の指向であり、アセンションだったりとかそういう話だと思うんですけど。
だから、このXの一家のやり取りっていうのは、同じ次元領域の中でのこぜり合いに僕は見えたんですよね。
うつみんさんに反論している人も、期待してたけどがっかりくらいは別にいいと思うんですけど、みんなを敵に回しちゃったねみたいなのは別にいらなかったというか、
その敵っていう概念が人間性じゃないですか。そもそも敵味方っていうのは善悪みたいなね。そういう話じゃないよっていうのを多分並木さんは言っている、言いたいわけだと思うんですよね。
正解不正解っていうのは同じ次元領域内の話なんですよね。ある意見主張があったときにそれに対して賛成とか反対とか正解とか不正解とか正しいとか間違いとかが言えるわけじゃないですか。
だからその正しい間違い正解不正解っていうのは同じ次元領域の中でしか成立しない話なんですよ。そもそも。だから正しいとか間違いだとかやってるってことは次元を抜け切れてないっていうことだと思うんですよね。
でその正しい間違い善悪ですよね。こういう領域で議論してても意味ないんですよね。意味ないっていうのは次元上昇できないよっていう意味ですよね。僕らが行きたいのは次元上げていくこと、目覚めていくこと。
なのでそこを目指していくんであればそれやってても意味ないよねっていうことなんだと思うんですよ。ただの喧嘩で終わるっていうかね。いい方向には決して進まないですよね。その同じ次元に留まってごちゃごちゃやってる限りはね。
なんとなくね僕のイメージなんですけど、同じ次元領域で争うっていうのは2次元、つまり平面ですよね。平面上でどのポイントが正解なのかっていうのを議論するイメージ。そこで意見を戦わせてるイメージなんですよ。
右に行こうか左に行こうかみたいなそういう話じゃないですか。このポイントが正解だ、いやいやそっちに行ったら間違いだ、こっちに行くべきだとか。そういうのを今現状は例えばね、イメージで言うと2次元、平面上、面の上で議論してるっていうこと、そういう現状があるんだけど。
でも、そこじゃないんだよ、そういうレベルじゃないんだよっていうことを並木さんは指摘してると思うんですよ。その平面、2次元の領域でこっちが正しいとかこのポイントが正しいとか、いやそんなことはない、あなたの意見は間違いでこうだとか、そこでごちゃごちゃ争ってる限り意味ないんだよっていう指摘を並木さんは言ってると思うんですよね。
だからその2次元の平面上でどうしようかっていうそういう話じゃなくて、その次元そのレベルの話じゃなくて、僕らがやりたいのは、よく見たら右とか左とかいろいろ議論しちゃったけど、よく見たら上があるんじゃんっていうことに気づいて、上に上がっていけばいいんだっていうことに気づいて、上に実際に上がっていくっていうこと、これをやりたいわけなんですよ。
これが結局次元上昇じゃないですか。今まで平面、2次元だったのが上、つまり上下っていう高さが加わることで3次元になりますよね。まさに次元が上がったわけなんですけど、こうすれば2次元領域で紛失してた問題からおさらばできるわけじゃないですか。
根本的にね、上に上がれば。そういうことを僕らやりたい、目指していきたいわけだと思うんですよね。なので、僕らがやるべきこと、目指すべきは、自分と違う意見、異なる意見に対して、それは違うよとか間違ってるよとか言ってですね、戦ってやっつけることでは絶対ないんですよ。
愛の態度の重要性
それって結局、2次元の別意見に対して、2次元上で反論してるだけの話であって、次元上がっていかないじゃないですか。
っていうことなんですよね。だから、ただ喧嘩してるだけっていうか。で、喧嘩っていうのは並木さんが言ってたような目覚めの権威役の人たち同士で小銭愛が怒っちゃってるよ、それで停滞してるよっていう指摘の通りじゃないですか。
なので、僕らがやるべきはそういうことじゃなくて、どうすればいいかっていうと、奇跡講座によればですね、精霊の視点から見た僕らの正しい態度っていうのは常に一つしかないっていうことを奇跡講座は言ってます。
わかると思いますけど、これが愛なんですよね。奇跡講座は愛の態度対応か、恐れの態度対応か、二者卓一なんだっていう話を常にしていて、精霊視点から見て正しい態度っていうのは常に愛一択なんですよ。
どんな状況、どんな相手にも愛の態度一択、これが正解なんだっていうことを奇跡講座は言ってるんですよ。
これが次元が違う感覚っていうのがありませんか。次元が上から対応してるなっていう感覚があると思うんですよね。
この全てに対して愛で対応するっていうのは。これだからさっきのイメージで言うと、平面、二次元でこぜり合ってる、こっちが正しい、こっちが正しいとかやり合ってるのを、もっと上の視点から、つまり違う次元の、より上の高次元から見下ろして、
そこからものを言ってるというか、対応してるというか、包み込んでるというか、そういう感覚だと思うんですよね、この愛の対応っていうのは。
例えば子供同士が殴り合いの喧嘩してて、どっちが正しいのかっていう、僕が正しいのか相手が正しいのかみたいな感じで問われたとしたら、
二次元上、同じレベルの次元の思考で言うと、どっちが正しいのかをよくよく状況を分析して、ジャッジして、そうだね、この場合はこっちが正しくて、あんたは間違いだよっていうジャッジをつけるっていうのが、これが結局同レベル、同次元じゃないですか。
でも、より上の次元、より愛の次元に近い対応、上の次元の対応の仕方だったら、確かにあなたの言い場はわかるんだけど、だからといって殴り合いするっていうのは、殴ってやり込めようとするっていうのは、ちょっと感心しないねとか、
もっと別の穏やかな対応も考えることができたんじゃないのかなとか、みたいに悟すことだったりするかもしれないじゃないですか。
そもそもその喧嘩が違うよ、みたいなね、そういう感覚ですよね。
うん、なんかこの方がより次元が高い感覚だと思うんですよね。
なんかそういうことで、最後に言いたいことは、いろんなちょっと陰謀論的な話もあるし、そういうのってね、正しいとか間違いとか、味方だ、あいつは敵だみたいにすごいなりやすいんですけど、だからそれやってる限り同じ次元なんだよなっていうことですよね。
で、並木さんが指摘してるのは、それやってる限り目覚めに向かっていきませんよっていうことを言ってるわけなんですよ。
高次元の視点での生き方
だからやっぱりどこまでも本質的でありたいので、せめてね、これを今聞いている人、リスナーの人は、周りに善悪の罠に巻き込まれないでほしいなって思いますね。
僕も気をつけてこれからも生きたいんですけど、やっぱりね、エゴ的にはすぐに引っかかっちゃうんで、そうじゃなくて、本当に僕らが望む先は、右でも左でもなくて、その二次元の平面上を同じ次元じゃなくて、もっと上に抜けていくんだっていうことなんだっていう部分、そこを思い出して、穏やかな心でね、これからも恋したうわよで、人生を楽しんでいければいいのかなと。
というところですね。
なので、そんな調子で一緒に頑張っていければいいんじゃないかなと思います。
ということでした。
なかなかしゃべりがむずいテーマで、進みが悪かったかもしれないですけど、今日はこんなところで終わろうと思います。
では、お聞きくださりどうもありがとうございました。