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この配信は、昨年末に出版されたキンドル本、 与論島小さな島のピアノ協奏曲のリレー朗読配信です。
この物語は、南の島、与論島で焼肉屋を営むナビが、 与論島の子供たちに最高の音楽体験を届けたいという思いのもと、
即興演奏、ピアニスト、日吉真澄さんを島に招き、 学校訪問演奏、そしてピアノコンサートを開催を目指した、 約100日間の物語です。
前回までの朗読配信のリンクは、 概要欄にあるまとめページをご覧ください。
今回の朗読は、マインドコーチ、カヨさんが勤めます。
それでは、今回の朗読に入ります。
第四楽章、宝物。フレーズ1、決断。
うちの父が、鬼徳だそうです。
ヒヨさんの顔は明らかに動揺していた。
電話口の向こうで、どんな言葉を聞いたのか。
細かい説明などなくても、 その表情だけで十分すぎるほど伝わってくる。
実は、父が癌を患っていて。
でもまさか、こんな急に。
まだ数ヶ月は大丈夫だと思っていて、 ヒヨさんは言葉を探すように途切れ途切れに続けた。
ヒヨさんのコンサートツアーは、世論灯が最後になる。
この島での講演をやり遂げたら、しばらく実家に戻り、 父との時間を過ごすつもりだったようだ。
病気のことを事前に僕へ知らせてなかったのは、 心配させないというより、
本当にまだ大丈夫だと信じていたからなのだろう。
先ほどまで主人の先生から状況の説明を受けていたという。
そして、父と直接話せないかとお願いし、 今は折り返しの電話を待っているところだったそうだ。
そんな話をしているうちに、スマホが鳴り、 ヒヨさんは電話に出た。
ヒヨさんを外に残したまま、僕はひとまず店内で待つみんなに伝えるため、 先に戻ることにした。
店に戻った僕の真剣な表情に、 その場のメンバーもただならぬものを感じ取ったのだろう。
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さっきまで続いていた会話がふと途切れる。
そして、視線が自然と僕の方へ集まった。
ヒヨさんのお父さんが鬼徳だそうです。
それだけ伝えると店の空気が固まった。
誰もすぐには言葉を発さない。
店内に流れる沖縄風のBGMだけがやけに浮いて聞こえた。
ひとまず先ほど外で聞いてきた話をそのまま伝える。
とはいえ、僕自身もたった今知ったばかりだ。
聞いたままを言葉にするだけで、 それ以上付け加えられることは何もなかった。
まずはヒヨさんが戻ってくるのを待ちましょうか。
その一言に全員が静かにうなずいた。
テーブルにはサラダや海ぶどうなど 前菜の料理がすでに運ばれてきていたが、
誰一人箸を伸ばそうとしない。
乾杯用のグラスは水滴がほとんど落ちきり、 コースターをじんわりとにじませていた。
まずはヒヨさんの話をきちんと聞こう。
そうは伝えたものの、僕の覚悟はすでに固まっていた。
ちなみにずいぶん後になって、 ヒヨさん本人からこの時のことを聞かせてもらった。
乾杯のドリンクを待つ間に、 ヒヨさんはふとスマホに入っていた留守電に気づいたという。
その着信はヒヨさんの地元の病院からだ。
胸騒ぎがしてヒヨさんは店の外へ出て折り返すと、 電話口に出た主治医は静かな声でこう告げたという。
お父様は今帰特の状態です。いつどうなってもおかしくありません。 夜間でもかまいませんからできるだけ早く来てください。
ヒヨさんは今自分が離島にいること、 今日はもう飛行機がなく最速でも明日になることを伝えた。
それでもかまいません。可能な限り早く向かってくださいと医師は言った。
もしかしたらこれが最後になるかもしれないと思ったヒヨさんは、 父とテレビ電話ができないかを尋ねた。
一度電話を切り、父のスマホからすぐにかけ直してもらうことになった。
そして数分後、画面越しに映った父の姿はひどく痩せていて、 ヒヨさん自身もこれまで見たことのない表情をしていたらしい。
スマホの向こうで父は泣いていた。
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自分は遠い離島のリゾートというどこか現実感の薄い場所にいて、 その一方には今まさに人生を終えようとしている父の現実がある。
夢の中にいるような感覚と逃げ場のない現実とがヒヨさんの中で同時に揺れていた。
音楽をやらせてくれてありがとう。今は幸せだから大丈夫。 だから私が行くまでどうか待っていてほしい。
そんな言葉をヒヨさんは画面の向こうの父へ届ける。
画面の向こうにいる看護師が、もうそれぐらいでと声をかけた。
その一言で父の体力がもう限界に近づいていることが伝わってくる。
本当にこれが父との最後になってしまうのか。
そう思いながらも今の父に、これ以上無理をさせるわけにはいかない。
名残惜しくも電話を切ると、夜論棟でコンサート関係者との打ち合わせの最中にいるという現実へ、ふと引き戻された。
店内で待つ皆に、この出来事を伝えなければならない。しかし、自分はどうすべきなのか、その答えに揺れていた。
父は倒れたものの、まだ時間に余裕があると伝え、席にあるステージをすべてやり切るべきなのか。
それとも、今起きている現実をそのまま正直に伝えるべきなのか。答えの出ない問いが激しく巡る。
迷いながら、揺れながら、ヒヨさんは店へ戻ってきた。
ドアが開き、皆の視線が一斉にヒヨさんの方へ引き寄せられる。
誰かが声を掛けようとして、けれど結局その言葉は飲み込まれた。
ヒヨさんは何から話せばいいのか迷うようにゆっくりと口を開いた。
数ヶ月前から父ががんを患っていたこと。
それでもこんなに急に様態が悪化するとは思っていなかったこと。
言葉を選びながら一つずつこれまでの経緯を語っていく。
そして一通りの説明を終えた後、ぽつりと口をつけ足した。
父とは今電話で少し話せましたから、その言葉の奥にどれほどの思いが詰まっているのだろうか。
先ほどの電話のやりとりが父との最後の会話になるのかもしれない。
そんな現実を必死に受け止め覚悟しようとしているように僕には感じられた。
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ヒヨさんはプロのピアニストとしてこの島にやってきている。
明日には3つの小学校で訪問演奏。
そして3日後にはコンサート本番が控えている。
プロのアーティストとして考えれば、たとえ父の最後に間に合わなかったとしても、舞台に立ち、演奏をやりきるべき。
ヒヨさん自身、そんな覚悟を心のどこかで固めようとしていたのかもしれない。
その様子を見ながら僕の中では一つの答えが出ていた。迷いは全くなかった。
コンサートは中止しましょう。
ヒヨさんはとにかくお父さんのところに駆けつけてあげてください。
その即決ぶりに一番驚いていたのはヒヨさんだったと思う。
この場にいた他のメンバーは誰一人として異を唱えなかった。
むしろそれが最善の選択だと思っているのが表情からもわかる。
後々多くの人がこの決断のことを勇気ある決断だと言ってくれた。
だがこの決断に勇気は全くいらなかった。
例えるなら雨が降ったから傘をさす。
それと同じくらい当たり前の判断だった。
なぜなら僕には確信があったからだ。
このコンサートは世論党で行われるものだ。
世論党でこの決断を理解しない人など一人もいない。
そう信じられるだけの島の空気と命と向き合う時の人の感覚を
僕はこの島で生きながら何度も見てきた。
だからこそ迷いがなく決断することができた。
そしてこのコンサートを企画したものとして
一つ心に決めていたことがある。
世論党の子供たちに最高の音楽体験を届けたい。
そのためにはヒオさんにとっても
心から最高だったと思える舞台でなければならない。
プロのアーティストなら親の最後に立ち会えないこともある。
そんな話を耳にしたこともある。
けれど僕が用意したい最高の舞台は
そんな風に何か大切なものを犠牲にしたものではない。
僕は大切な人との最後の時間が
その後の人生にどれほど深く影響するものなのかを
僕は身をもって知っている。
僕にとっては両親との別れがそうだった。
朗読は以上です。
最後まで聴いてくださりありがとうございました。
この物語の中で描かれているピアノコンサートは
12:00
2026年2月21日土曜日
実際に世論党で開催されます。
当日はYouTubeでの生配信も用意しています。
この物語の結末をぜひ皆さんと一緒に分かち合えたら嬉しいです。
配信は概要欄にある
世論党の焼肉や
炭火焼肉サムのYouTubeチャンネルで行います。
コンサートの詳細は概要欄にある
世論党コンサート公式ホームページをご覧ください。
また、この朗読のBGMは
ピアニスト清増美さんが
世論党の海をイメージして演奏した即興演奏
世論ブルー、島の風、波の光です。
世論党の絶景の海の映像とともに聴ける
YouTubeリンクがありますので
ぜひそちらも聴いてみてください。
そして、次回の朗読は明日。
徳之島の岡代さんの一人言、愛の伝道師
神卸書家マンドクロさんのチャンネルで
お昼前11時29分に配信予定です。
URLは概要欄をご覧ください。
今回の朗読は
マインドコーチ茅野さんが務めさせていただきました。
ありがとうございました。