ええ、そうなんです。資料に登場する川上牧場が、農業分野への技術応用なんかを研究しているメタグリ研究所という組織と協力して開発を進めているのが、AI、つまり人工知能を活用したデータ循環システムです。
データ循環システム、具体的にはどんな仕組みなんですか。
これはですね、生乳の生産から消費までの流れ全体をデータで可視化して、そして最適化しようという試みです。
例えば、川上牧場のような生産現場からは、日々の生乳生産量だけじゃなくて、牛の健康状態とか、飼料の種類といったかなり詳細なデータも収集するんですね。
一方で、スーパーマーケットなど小売りの現場からは、POSデータと呼ばれる、どの商品がいつどれだけ売れたかという購買データをリアルタイムで集めます。
生産側と生児側の両方のデータを集めるわけですね。
そうなんです。そして、それらの膨大なデータをAIが分析して、これからどれくらいの牛乳が、いつ、どこで必要とされるかを高精度で予測すると。
その予測に基づいて、生産量の調整であるとか、効率的な配送計画なんかを立てることで、作りすぎもひなきれもない最適な供給バランスを実現することを目指しているんです。
まさにデータに基づいて、受給を精密にコントロールしようと。
これはかなり楽器的な挑戦に聞こえますね。
伝統的な産業である楽能の視界に、最先端のデータサイエンスとAI技術を導入しようという、野心的な取り組みと言えるでしょうね。
単に在庫を減らすという対象療法ではなくて、生産から加工、流通、商品に至るサプライチェーン全体の情報の流れをデザインし直して、根本的に効率化しようとしているわけです。
川上さんの言葉を借りれば、これは生乳の流れそのものを未来に向けて再設計する試みということなんです。
未来の楽能という感じがしますね。
でも、これだけ有望そうなシステムなのに、なぜすぐに業界全体に広まらないのでしょうか。
資料を読むと、やはりいくつかの壁があるようですね。
そうなんです。
まず、現実的な問題として、導入コストの問題がありますね。
各牧場にセンサーを設置したり、データを収集・分析するためのシステム基盤を構築したりするには、やはりそれなりの初期投資が必要になります。
まあ、そうですよね。
特に経営が厳しい状況にある楽能家にとっては、大きな負担になりかねません。
技術的なハードルだけではないと。
そうなんです。
そして、資料ではさらに根深い問題も指摘されています。
それは、業界全体での危機感の共有、この難しさです。
危機感の共有ですか。
はい。川上さんも語っていますが、この脱資不入の在庫問題とか、あるいは将来的な需要減退に対して、すべての楽能家さんが同じレベルで危機感を抱いているわけではないということなんです。
うちは規模が大きいから大丈夫とか、自分のところは今のやり方で何とかやっていけていると考えている方も少ならずいらっしゃるようです。
業界全体が直面している構造的な課題として、これを自分ごととして捉える意識をどう醸成していくか、これは非常に難しい課題だと思います。
なるほど。個々の牧場の経営努力だけでは解決できない問題なのに、その認識がなかなか広まりにくいと。
加えて、このシステムの開発資金なんかを、例えばクラウドファンディングのような形で広く一般の消費者からももつろうと考えた場合にも、やはり課題があります。
出し不入の在庫が大変なんです。それを解決するためにAIシステムを作りたいんですと言われても、正直なところほとんどの消費者にとっては遠い世界の出来事のように感じられてしまうんじゃないでしょうか。
確かに、出し不入と言われても、普段の生活で意識することはまずないですからね。
そうですよね。その問題がなぜ自分たちの職生活とか社会と関わっているのか、そしてこの新しいデータ循環システムがなぜ必要なのか、その意義とか価値を多くの人に理解してもらって共感を得ること自体が非常に高いハードルになっているという現実があるわけです。
そう考えると、単に技術的に優れたシステムを作るだけでは問題は解決しないんですね。
まさにその通りなんです。だからこそ、この川上牧司場とメタグリ研究所の取り組みは単なる技術開発プロジェクトではないと川上さんは強調しているんです。
彼はこれを明確に落脳の未来への投資だと位置づけているんです。
未来への投資ですか。
はい。今のままこの情報の流れが滞った構造を変えられなければ、たとえこれから意欲のある若い世代が落脳の世界に飛び込んできても、結局は同じような受給のミスマッチとか価格変動の波に翻弄されてしまうだろうと。
それでは持続可能な産業として未来を描けないという強い危機感を持っているんですね。
その言葉にはやはり現場を知る人ならではの重みがありますね。
彼は落脳は命を預かる尊い仕事であると同時に、天候や国際指標、消費者の思考の変化など経済の波に最も影響を受けやすい産業の一つでもあると言っています。
だからこそ長年の勘とか経験だけに頼るのではなくて、データという客観的な羅針盤と現場の実情や知恵と結びつける仕組みがどうしても必要なんだと訴えているんです。
目指しているのは単なる効率化とかコスト削減だけではないということですね。
そうなんです。目指すのは生産者も流通に関わる人も、そして最終的に牛乳を飲む私たち消費者も、みんながハッピーになれるような健全な循環を作り出すことだと語っています。
そしてこれは非常に示唆に富む視点だと思うんですが、彼は酪農を単に牛乳を生産する産業としてではなくて、地域社会や食文化をつなぐインフラのようなものだと捉えているんですね。
社会をつなぐインフラ。
だからこれからの酪農は、牛という生き物とデータという情報、そしてそれに関わる人の心、この3つをうまくつないでいくことが重要になる時代だとも語っています。
技術だけが先行してもダメで、それを扱う人々の意識とか協力体制が伴ってこそ、初めて未来が開けるということなんでしょうね。
なるほど。技術とそれを使う人間の思い、両方が大切なんですね。
ちなみに、このデータ循環システムのプロジェクト、実現に向けて具体的な計画もあるんですか?
ええ。資料によれば、来年の春頃を目指し、開発資金などをもつるためのクラウドファンディングも準備しているそうです。
ただ彼らが重視しているのは、いきなりお金を出してくださいとお願いすることではないと。
と言いますと?
まずは、この我々のような情報発信であるとか、彼らが運営しているノートというプラットフォームのメンバーシップなどを通じて、
なぜ今このシステムが必要なのか、この取り組みが目指す未来はどんなものなのかという背景や意義を、
一人でも多くの人に丁寧に繰り返し伝えていくことから始めたいと考えているようです。
なるほど。まずは問題意識と目指すビジョンへの共感を広げることだということですね。
確かにその土台があってこそ、支援の輪も広がっていくのかもしれません。
ええ、時間はかかるかもしれませんが、やはり地道な対話と理解の積み重ねが、
この大きな挑戦を成功させる鍵になるのかもしれませんね。
今回は日本の落脳が抱える脱脂粉乳の余剰問題という、少し専門的なテーマを入り口にしてですね、
その根底にある情報の流れの滞りという構造的な課題、