1. RKB解説委員長・神戸金史 のBrush Up&Catch Up
  2. 神戸金史 のCatch Up パギや..
2024-09-24 14:06

神戸金史 のCatch Up パギやん・四國五郎

RKB解説委員長 神戸金史
Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:07
イリカミネ
イリカミネ
抱きしめて
毎日だって
切られて
切られて
イリカミネ
三菱電機
この時間は、日替わりコメンテーターが独自の切り口で多様な視点を提案するCatch Upです。
火曜日は、RKB神戸金文解説委員長のCatch Upです。
本の起こり地蔵という本があります。
広島の原爆のことを描いた本ですが。
私、坂田アナウンサーと一緒に朗読をしたことがありまして、もう涙が出そうになるんですけど、やっぱり朗読するときにはね、その感情をコントロールするのが非常に難しかったんですけど、
それぐらい、もうほんと、もうつらい。
幼い子が亡くなってしまう話でしたけど、あの絵を描いた画家、四国五郎さんという方がいらっしゃいます。
絵と詩も描いてですね、反戦平和と戦争の記憶の継承を意志ずに訴え続けた方として知られています。
1924年の生まれでちょうど生誕100年、そして2014年に亡くなったので没後10年。再評価が進んでいます。
長男の四国光さんによる評伝も出版されました。
今日持ってきましたけど、反戦平和の志賀寺四国五郎。ちょっと厚い本ですが、父の素顔に迫る評伝ということです。
この四国五郎さんの話題について、大阪在住のミュージシャンで俳優の張博さんという方がいらっしゃいます。
今日Tシャツ着てるんですけど、こういうおじさんですけども。
奈良の歌う巨人という異名を持っていて、通称パギアンと言われています。
このパギアンが去年から四国五郎の反戦平和の思想と行動を一人芝居で描き出す舞台。
広島の母子像、四国五郎と弟、尚人の全国巡業を続けています。
五郎さんの絵をスクリーンに映しながら、朗読やギターなどで1時間20分の独演会なんですが、
全て記憶してしゃべるというですね、すごいなと思いました。
昨日の夕方、大分県の赤津市でパギアンが講演したので、ちょっと見に行ってきました。
四国五郎さんは幼い頃からとっても絵が上手くて、神道で終わらせたらしいんですけども、
3歳下の年下の弟尚人さんも絵がとても上手だったそうです。
五郎さんたちは兄貴が軍隊に招集されてしまった後は尚人さんが家に残っていて、
お母さんと当時8歳の弟と暮らしていたんだそうですが、橋などの警備を命じられて働いていました。
そして8月6日、徹夜の警備を終えて宿舎で寝ていたときに被爆して足に大怪我を負ってしまったんですね。
03:08
なんとか翌日、広島市内の自宅まで辿り着いたんですが、8月27日夜半に息を引き取ったと。
18歳だったということです。
この18歳の弟が亡くなったということが、戦後、渋谷翼龍から帰ってきた四国五郎さんにすごく大きなショックを与えたんですね。
尚人さんは大怪我をして苦しい中、日記を書いていたんですね。それをパギアンが読み上げやました。
8月25日土曜日、どん天風強し、夜半遠く伊豆大水を汲みに行かれて寝ないで、頭や足を冷やしてくださる母の慈愛。
世界で一番いい人。
8月27日月曜日、雨降ったりやんだり。
今日は腹具合は少し良いが、足がけきつうす。朝食は重い。
昼も同じ、足が痛い。
今日は学校に行くのを中止。
弟よ、お前の日記はここで消える。
断ち切られて、終わる。
尚人さん、日記をこうやってずっと残していてですね。
これが亡くなった日の最後の8月27日の分なんですけど、
プツンと切れて、亡くなりになってしまいます。
この時のことを、シベリアヨクルーから戻ってきた五郎さんは、
1948年に戻ってますから、原爆投下から3年以上経ってやっと帰国できたんですけど、
大きなショックを受けたんですね。
そして、五郎さんは決意を固めていきます。
引き続きパギアンの声を聞いてください。
弟よ、君の命日が来る。
少年と呼んでいいか、青年と言ってよいか。
18歳で人生終わった。君の命日が来る。
弟よ、人間の死には様々あるが、
君の頬の上に滴るのが、お袋の涙だと知って死にたことを、
せめて幸せと思ってくれ。
06:07
私の手の上には、ずっしりと持ち重ねりする日記帳がある。
ひどく右下がりの、お世辞にも上手とは言えない字で、
13歳の時から18歳で死ぬその日まで、
10冊余りの大学ノートにぎっしりと書き残したお前の日記帳だ。
いや、それは人間の死ではない。
満ち溢れた18歳の生命力を引き裂いて奪い去る死だ。
その死によって中断されたこの日記帳だ。
喜びや悲しみや恋や、やがて愛する妻や子や、
長い人生が記録されるはずの余白を残して、
あまりにも多くの余白を残して断ち切られてしまった。
1948年11月9日深夜、
シベリアから広島に復印して帰った時、
私はお前が被爆して死んだことを初めて知った。
お袋はお前の日記を前にしてそれのことを語り、
私はその日、お前の日記を読みふけり、
夜明けを迎えて帰国第一日目の自分の日記にこう書き記した。
尚人の死に対する悲しみを、
怒りと憎しみに転化させよ。
人生で方向を失いかけた時は、
これを読み返せ。尚人の日記を読め。
尚人さんの日記が大学の時にこうやって残っていて、
それをとても大切にしてきた、五郎さん。
とても優しい絵を描く方ですけども、
その中に怒りはすごく感じる絵が多かったですね。
これ自動の絵も本当に優しいんですけど、
途中からトーンが変わっていったりしていますよね。
09:01
よく今でも読まれているベストセラーですね。
そして軍国少年だった五郎さんは、
自分が戦争に行ったのに生き残って、
ふるさとにいた弟が被爆で死んでしまうということに苦しんでいたわけですが、
戦争の記憶をきちんと伝えていくために絵を描くと心を決めていきます。
だが弟よ、私は今母子像を描いている。
幼い息子を抱き、娘を引き寄せ。
怒りと決意に光る瞳を持つ母と子を描いている。
お前を奪った者への憎しみと怒りを私はこの母子像に塗り込める。
まず何よりも、解き放ちがたく結びつけている愛を。
そしてその絵の具の重なりの中に、
私はお前の日記の一行一行を塗り込める。
人間は無限的なものである。
母と子のつながりを断ち切ろうとする者への怒りと、
決してそれを許そうとしない母子の愛情を、
私は絵のテーマとして選んだ。
平和のために描くこととして選んだ。
お前の日記書が悲しみの姿も原爆と切り離しては描けない。
一昨日、日記の中から語りかけてくること。
お前の怒りと悲しみが私の絵の中にどれだけ塗り込められるか。
各々の幸せが各々の国に行かない者にも脅かされず、
恥ずかしめられることのないために。
そのために私は母子像。
ゴローさんの母子像は様々なお母さんと子どもが描かれています。
ベトナム戦争があったこともあり、ベトナムの母子像というのもあるわけです。
確かに一番根源的な人間のつながり、愛情なのかもしれない。
それを描いていくゴローさんの絵というのは本当に素晴らしいなと、
今回は本当にじっくり見て思いました。
パギアンはこうやって朗読をしながら、
本当に全部覚えているというのはすごいなと思うんですけど、
こうした広島の母子像、四国五郎と弟直人の全国巡業を続けています。
12:05
実は今週の金曜日27日の午後7時から福岡市中央区春吉のコットンクラブカフェで、
パギアンのこの一人芝居が開かれます。
インターネットで検索していただければ、
パギアン四国五郎福岡市で検索していただければすぐわかるかなと思いますので、
ご興味のある方はいかがかなと思っております。
そして一冊、長男のヒカルさんが書いた書籍を持ってきましたので、
リスナーの方にプレゼントしたいなと思っています。
反戦平和のシガ人四国五郎という、四国ヒカルさんの書いたこの本をですね、
リスナーの方にプレゼントいたします。
ご応募はgu.rkbr.jp、gu.rkbr.jpまで送ってください。
お名前、連絡先、住所、そして番組の感想も添えて送っていただきたいと思います。
お一人の方にプレゼントいたします。
ここまで、かんべかるんびのキャッチアップでした。
ガールズパンチ!バッテン少女隊のバッテンラジオ隊!
バッテン少女隊の春の木綱と青いリロアです。
RKBラジオでお送りしているガールズパンチ!バッテン少女隊のバッテンラジオ隊は
ポッドキャストでもお楽しみいただけます。
ラジコ、スポティファイ、アップルポッドキャスト、
アマゾンミュージック、ユーチューブミュージックで
バッテンラジオ隊と検索してフォローお願いします。
14:06

コメント

スクロール