097 ホールでつながる瞬間 「場を包み、感じる」〜馬と身体合宿2025-05振り返り(後半)
2025-06-14 21:02

097 ホールでつながる瞬間 「場を包み、感じる」〜馬と身体合宿2025-05振り返り(後半)

“力を抜く”ことで広がる世界──馬と身体がひとつになる瞬間とは?

馬と過ごす5月の合宿、今回はその「後半戦」の振り返り。テーマは、“力を使わない身体の在り方”。方条さんの「省エネ身体技法」や、空気のような圧で馬を動かすワークから、場をまるごと包み込む“ホール”の感覚、そして能動でも受動でもない「中動態的な関係性」まで——。子どもたちとの関わりや古武術の視点と共鳴しながら、言葉にしきれない体感がそっと輪郭を現していきます。

ホールでつながる空気感、馬と息を合わせる無言の対話、そして“刺さる”ように自然と溶け込むリズム。今回の合宿は、体と心、そして場そのものを信じる旅でした。

聴き終わる頃には、きっとあなたも「力を抜くって、こういうことかも」と感じられるはず。

ぜひ最後までお聴きください。

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「馬と身体」対談&鼎談 アーカイブ販売
馬と人、そして言葉〜馬と身体と子どもが教えてくれる、分断を越える生き方

 

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## キーワード

`省エネ身体技法` `ホールとカットの感覚` `中動態`

## 主な学び

1. 省エネ身体技法: 力を抜いて脱力することで十分な力を発揮し、身体への負担を減らす技法。重心の操作や全身を使った着地など、馬との関わりにも応用される。実際のワークでは、馬をなるべく触れずに動かすことや、段階的に圧を高めていく体験も行われた。

2. ホールとカットの感覚: 全体を包み込む『ホール』の感覚と、部分的な『カット』の感覚の対比。馬や子どもたちと関わる際、場全体を捉えて一体感を持つことの重要性が語られ、実際に子どもたちの教室で場が一体化する瞬間があった。

3. 言語化の限界と最小の輪郭の共有: 体験や感覚を言葉にすることの難しさと、言葉で伝えられる最小限の輪郭を共有することの意義。言葉にできない部分が多いが、言葉を使うことで体験を深めたり他者と共有したりできる。

4. 中動態の感覚: 能動と受動の間にある『中動態』の感覚。馬や自然環境、武術などで体験される、コントロールとフュージョンの間の状態。東北地方の方言「〇〇ささる」もこの感覚を表現している。

5. 馬と身体合宿の対談・鼎談の内容: 2025年5月に行われた馬と身体合宿の夜の対談・鼎談の内容。古武術研究や身体思想観、子育て相談など多様な視点から語られ、家族連れの参加や具体的な子育て相談もあった。

 

## 知識の説明

### 1. 省エネ身体技法

  - 力を抜いて脱力することで十分な力が出る。

  - 重心を操作することが大事。

  - 歩くときは重心を前に倒すことで自然に足が出る。

  - 1メートルくらいの高さからジャンプして降りる際も、全身の関節をたたみながら着地し、音を立てずに猫のように降りることで身体の負担を減らす。

  - 馬と関わる際も、力で動かそうとせず、なるべく触れずに動かすことでお互いの負荷が少ない。

  - 馬を動かすワークでは、最初は触れずに手をかざして空気を押すようにし、動かない場合は段階的に圧を高めていく。

 

- **1メートルの高さからのジャンプ着地**

  > 公道で1メートルくらいの高さの舞台からジャンプして降りる際、全身の関節をたたみながら着地し、足でドーンと衝撃を受けず、音を立てないように猫のように降りる。

  1. 全身の関節をたたむことで衝撃を分散し、身体への負担を減らす。

  2. 音を立てないようにすることで、着地の衝撃が少ないことを確認できる。

- **馬を触れずに動かすワーク**

  > 2日目の最初に、馬をなるべく触れずに動かしてみるワークを実施。最初は手をかざして空気を押すようにして動かし、動かない場合は段階的に圧を高めていく。

  1. 最初は触れずに手をかざして馬を動かすことを試みる。

  2. 動かない場合は指先で軽く触れるなど、段階的に圧を高めていく。

  3. 最終的には触れずに手を振るだけで馬が動くようになることを体験。

### 2. ホールとカットの感覚

  - ホールは全体を包み込む感覚で、馬や自分、場全体が一つになっている状態。

  - カットは部分的な感覚で、体の一部や動かし方などに意識が分断されている状態。

  - ホールの状態では心地よいコミュニケーションややり取りが生まれる。

  - 子どもたちの教室でも、場全体を捉えて関わることで一体感が生まれる。

- **子どもたちの教室でのホールの感覚**

  > 講堂で子どもたちが騒がしく遊んでいたが、北條さんがスイッチを入れると場が静かになり、全体が一つになったような感覚が生まれた。

  1. 最初は騒がしい状態だったが、北條さんの働きかけで場が静かになった。

  2. 全体が一つになったようなホールの感覚が生まれた。

  3. 部分的な意識(カット)ではなく、全体を包み込む感覚(ホール)が重要であることが実感された。

### 3. 言語化の限界と最小の輪郭の共有

  - 感覚や体験は言葉で全てを伝えることができない。

  - 言葉で伝えられるのは体験の輪郭のみ。

  - 言葉にすることで体験や感覚を深めたり、他者と共有したりできる。

  - 北條さんは言葉そのものを信頼していないが、言葉にすることの意義も認めている。

  - 吉光さんも編集の仕事を通じて、言葉で伝えきれない体験の奥深さを感じている。

- **編集者の吉満さんの体験**

  > 馬と体験したことで、言葉では全然追いつかないと感じ、編集の仕事を辞めてもいいかもと思ったが、それでも言葉が好きで、輪郭だけは伝えられるかもしれないと考えている。

  1. 体験の全ては言葉にできないが、輪郭だけは伝えられる可能性がある。

  2. 言葉にすることで他者と共有したり、体験を思い出したりできる。

- **方条さんの著書『上達論』**

  > 言葉にはできないことを一冊の本を通して伝えている。

  1. 言葉で全てを伝えることはできないが、言葉にすることで何かを伝えようとしている。

### 4. 中動態の感覚

  - 中動態は能動と受動の間の状態を指す。

  - 馬と一緒に歩くときも、コントロールではなくフュージョンする感覚。

  - 東北地方の方言『刺さる』は中動態的な感覚を表す。

  - 自然環境の中ではコントロールできない感覚が残っている。

  - 都市では人間が設計した環境でコントロールできる感覚が強い。

  - 武術でも、相手が技をかけられたと感じない状態で技が効いているのが理想とされる。

- **東北地方の方言『〇〇ささる』**

  > 『この山菜食べ刺さっちゃうんだね』のように、食べているわけでもなく、自分の意志で食べているわけでもない、ついつい食べてしまうような感覚を表す。

  1. 能動と受動の間の感覚を表現している。

  2. 自然環境の中で生きている感覚が残っているため、今でも使われている。

- **馬と一緒に歩くリーディング**

  > リードはたるんでいても、一緒に歩調を合わせて歩いている状態。無理やり引っ張るのではなく、自然に一緒に歩く感覚。

  1. コントロールではなく、フュージョンする感覚が重要。

  2. できているかできていないかがはっきりわかるワーク。

- **武術での技のかかり方**

  > 相手が技をかけられたと感じない状態で技が効いているのが理想。自分もかけている感じがしないが、技が効いている状態。

  1. 中動態的な感覚が武術にも共通している。

  2. 結果がはっきりしているため、わかりやすい。

### 5. 馬と身体合宿の対談・鼎談の内容

  - 対談はきびはらと方条さん、鼎談は吉満明子さん(千住出版)を加えた3人で行われた。

  - 吉満さんはセンジュ出版という小さな出版社を10年運営している。

  - 方条さんの古武術教室の場所も吉満さんが作った場所。

  - 昼は古武術のお稽古、夜は対話の時間があった。

  - 前半の対談では子育てや参加者からの質問に答えた。

  - 家族連れでの参加や、具体的な子育て相談もあった。

  - 身体的な視点や、異なる視点からの意見交換が行われた。

  - 三陸駒舎で検索すると商品ページやアーカイブ販売の案内があり、概要欄にもリンクが掲載されている。

感想

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さんこまラジオ 地区100年を超える古民家で馬さんと共に暮らしながら ホースセラピーの取り組みをしている きびはらがお送りいたします。
今回は前回に引き続き、馬と身体合宿2025年5月に行われた この馬と身体合宿の振り返りの回 後半となります。
ちょっと概要は省略して 早速内容に入っていきたいと思います。
5つ目になりますね。前半4つ挙げたので。
5つ目は、省エネ・身体技法ということで。
1を通じて 育っていったいは 萌育していったいは 腹肌で行ったり 肌がこうされる 腹交 잘したいとか
自分がこんなにしたいという風に 肌っているのが 肌でしょうか、というような感じで出てくるのが 肌でしょう。
2、肌広くなってきたら 身体を作ってる動きが止まらないというような感じで 肩がこのまま動いてはいけないんですけど
歩くときも、今回やらなかったかな、でも歩くときも体の重心を前に倒して、前に倒れるから足がシュッと出るみたいな
足を出すというよりも、自然とその重心をずらすことでそっちに移動するみたいなことを言ったりとかしていて
で、あと何だっけ、ああそう、今回子どもたちといろんな体を使うことをやったんですけども
行動でやったり、どれくらいの高さかな、1メートルくらいの高さの舞台があって、そこからジャンプして降りるみたいなのをやるんですけど、そのときも
なにか体に負担がかからないように、ふわっと降りてみようみたいなことをやるんですよ。全部の関節をたたみながら着地する、足でドーンと衝撃を受けないで
その着地するとドーンと音を立てないようになるべくやってみようという、猫みたいな形で体全身を使ってやるみたいなことをやったりしました。
そうすることで体の負担がどんどん減っていくっていうことがあって、これ馬とやっているときも共通することがあって
力で何かしようとしても、馬ってでかいので基本大きな、それをいかに力を抜いて最小限の伝え方、例えば振れないで馬に動いてほしいってやると
それ一番お互い負担が少ないじゃないですか。
例えば馬にお尻を、4つ足あるので、後ろ足をちょっとサイドにステップしてもらって向きを変えてもらうみたいなことがあるんですけども、そのときに手をかざしただけでちょっと動いてねってやって動いてもらえば
03:03
全然空気なので空気抵抗ぐらいしか、空気抵抗も感じないと思いますけど、それで動いてくれた。
一番やっぱり負担が少ない。
それをいかないときに軽く触れて、ちょっと馬に直接的な刺激を与えて動かすみたいなことをするんですけども、それにちょっと近い感じだなっていうふうに思いましたね、力を使わないっていう。
実際にそのワークがあったので、2日目の最初の最初に、今言った馬をなるべく振れないで動かしてみるみたいなことをやって、でも動かないときはどんどん圧を高めていくみたいなことをするんですけども、
最初、振れなずに手をかざして腰のあたりにちょっと押すような、空気で空気を押すような感じでやるんですけども、それが動かなかったら振れてみるみたいな、最初指先とか。
それでも動かなかったらもうちょっとグッと押し込んでみて、繰り返していくといきなりボーンとやっちゃうとそれしかないんだけど、
振れない状態でまずやるみたいな。そこから圧力をかけて押すっていうところを段階的にやっていくことで、もう分かってくるんですよ、段々。
最初振れないと動かなかったのが、最後振れなずに手を振ってるだけで動くようになってくるっていう。
そんなことも実感、古武術や刀道と繋ぎ合わせながら今回体験をしたというのがあって、確かになるべく力を使わないで何かするっていうのが大事だなと思った次第です。
6つ目、これすごい、定談で話が出たんですけど、これ本当にぜひ聞いて欲しい。
ホール、ホールってケーキのホールケーキって言うんですよね。丸のままっていうか。
一方でカットケーキのカットと、その大秘みたいな話が出たんですけど、
吉道さんがここでやってることを見て、
北条さんも僕も、僕の場合馬と一緒に関わる時ですけども、ホールで全て積み込むような形でやってるよねって話をしてくれました。
馬と馬とつっかまった感覚があるときがホールになってるんじゃないかっていう、体全体が。
体だけじゃなくて、馬と自分がいるその馬場、全てに気が通ってて、それが一つになっているような状態だよね。
確かに馬をホールドして抱えて、全て自分が抱えているような状態。
自分っていうか馬と一緒にやってる感じかな、それは。
今回、北条さんと子どもたちの教室でやったときのスタートはまさにそれだったんですよ。
06:05
最初の子どもたちに行動に移って、何が始まるんだろうみたいなとこもあって、
すごい騒がしいし、広い行動なので走り回ってて、わーって遊んでた。
ちょっと遅れてくる子たちもいたので、ちょっと待ってたんですけども、
いつ始まるかなーって感じで。
僕が、じゃあじゃあ、ホールドさんよろしくお願いしますみたいなことを声かけたときは、全然まだワーワーワーって感じだったんですが、
北条さんがスッとやるぞって言うから、どっちが先かはよくわかんないんだけど、
多分、北条さんがスイッチ入れたから変えたんですよね。
そこまでシュッと静かになってて、それまですごい騒いでたのに、
シューッとホールの行動の床にみんな座ったりとか、止まって動きが。
一つになったんですよ。わーっと思って。
なるほどみたいな。ホールの視点、確かにこれちょっと今思い出したんだけど、そういえばそうだったなみたいな。
場を、相手と、無事だと相手と対峙したときに、よく場を掌握するって言ったりしますけども、
もしかしたらこういう感覚なのかなって、こういう変化なのかなって、そう思ったりして。
カットの状態、部分、私の今の言い方はどうだろうとか、
体を動かし方はどうだろうとかっていう風になっているとうまくいかなくて、それは部分的な。
全てが統合されているというか、全体が繋がっている感覚っていうのがすごくいいよねって話をしていて、
いいよねっていうか、それによると全体が一つまとまっていると非常に強いコミュニケーションだったりとかやりとりが生まれてるよねって話をしていたなっていう。
一瞬だからね、吉道さんも今年は一瞬だから繋がったみたいな。
時に体と頭がホールになっているっていう話をしてましたね。
分かるな、子供たちの現場やっているときも場を全体を捉えながら関わっているっていうか、その子だけじゃなくて。
そんな感覚はありますね。
2人だけの世界になっちゃうと、入り込んじゃうと周りが見えなくなる。
全体を包み込んでいるような感覚があるなっていう。
多分そういうコミュニケーションを子供と取ったりするときに非常に大事な感覚ではないかと思いました。
次、7つ目ですね。
言語化の限界と最小の輪郭の共有っていう。
09:07
これね、言葉にするって難しいなって僕は思ってて。
特にマットの感覚の世界。
吉道さんに編集の仕事をされてるから、どうなんですかみたいな話を言葉にするって。
マットが去年体験したら、言葉なんて本当に全然追いついてないみたいなことで、この仕事やめてもいいかもって言ってたらしいですよ。
思ったらしいんですよ。
でもそれでも言葉が好きだし、吉道さんは。
そこに可能性を感じてるって話をされてて。
輪郭だけは伝えられるかもしれないって言ってました。
体験全部は伝えられないけど、その輪郭はできるんじゃないかみたいなことを言ってて。
僕も今はこうやって喋りながら言葉にしてますけども、
もちろん言葉の奥みたいなものがあって、
入り口、表面っていうか、入り口はうまく言葉にすることで奥を感じさせられるような、
言葉の奥は言葉にできないんだけど、
その奥があるかもしれないって思ってもらえるような、その場に寄ってくるというか、
感じられるような言葉の使い方ってもしかしたらあるかもなっていうのは、
こういうスポットキャストとか始めてみて思ってるところで、
そういう全部は、
ほうじょうさんも言葉そのものは信頼してないんですっていう。
体のことがメインっていうか、そっちは在地優先だから。
本もほうじょうさんが書かれてるんだけど、
言葉にはできないよっていうことを、全部はできないんだっていうことを、
一冊の本を通して最初の一冊目の上達論という本を書いたっておっしゃってました。
そっか、言葉ってそもそもそういうもんだよなっていうふうに思ったけど、
でもそれでも、この世界をいろんな人に知ってほしいなってことで、
言葉にしていくことっていうのは大事だし、
言葉にすることで、
それを思い出したりとか、
それを誰かと共有しながら、
そんな体験とか感覚を深めていくことができるので、
それは非常に、特に子どもの現場でやってるといろんなことが起こって、
言葉にできることもできないこともありますけども、
それでも言葉を使うことが大事だなって思ったりもしています。
言葉でしか思考はできないのでしょうがないですけど、
しょうがないって言い方がないな、
言葉を使うことでいろんなことがまた見えてくることもあるかなっていうふうに思ってます。
12:00
最後かな、中道体ですね。
これは別の回でも喋ってる気がしますけども、
その中で吉道さんが言ってたのが、
去年馬と関わってみて、中道体の感覚っていうのが本当にわかったみたいなんですよ。
知ってました。
僕の場合だとコントロールじゃなくてフュージョンする感覚みたいに言ったりとか、
馬と一緒にリーディングって歩くときも、歩かせるんじゃなくて一緒に歩くみたいなね。
一緒に歩いてるみたいな気がついたらそうなってるみたいな感じなんですけども、
そのときに去年、中道体を表す方言が東復・総復というかあるよねっていうので、
なんとか刺さるっていうね。
この山菜食べ刺さっちゃうんだよね、みたいな感じで。
刺さるって確かに使うなっていうか。
食べてるわけでもなく、自分の意思で食べてるっていうよりも、
食べさせられちゃう、ついつい食べてしまうみたいな。
そんな感じですからね。
非常に能動と受動の間みたいな話の言葉ですけども。
でも岩ってというか、東復はそういうまだコントロールできない自然環境の中で生きてるっていう感覚がすごく残ってるから、
そういう言葉が今でも使われてるし、
都市に行けば全てやっぱり人間が設計して作ってる環境だから、
そうコントロールできちゃうみたいな感じかもしれないんですけど、
馬とかね、地方の環境にいるとそういう感覚っていうのが呼び起こされるというか、
そういう中動体的な感じ、刺さっちゃうような感じっていうのがあるんだなっていう感じを取ってもらえるのかなっていうふうに思った次第です。
でもこの感覚ね、いろんなところにもつながって、最初の方に、前半かな、
話した同調するみたいなところとかもそうだし、
その場と一緒になるみたいな、ホールの感覚もこの中動体的なところからとの接続もあるし、
これってすごくいろんな物事に関わるときとか取られるときのとても大事なキーワードになるんじゃないかなっていうふうに思います。
特に一緒に馬とリーディングするっていうか、一緒に歩くってすごくいいなってそういう感覚をつかむのに。
最初リードって無理やり引っ張ったりするんですけど、そうじゃなくて本当にいい感じに中動体的なときはリードはすっかりたるんでて、
15:03
でも一緒に歩いて歩調もあって歩いてるって感じになるので、
それができてるできてないみたいなのがはっきりわかるワークだなって思ったり。
本庄さんの体使うときも、相手が技がかけられたと思ってないような状態で技がかかっちゃうみたいな。
こっちもかけられてるって感じがしないで、その技が効いてる状態っていうのがすごくいいっていう。
そういうのって、なるほど、確かに中動体的だし、馬でも確かにやってるわみたいな。
技も、結果がはっきりしてるからわかりやすいって言ってて、なるほどなって。
非常に馬と人がやることと、武術って相手と対峙する時にやることっていうのはすごく繋がってるっていう。
そういうところにあるんだなっていうふうに、ごとでもいい気づきを得ました。
ということで長くなりましたが、また寝台合宿の夜の対談と定談。
僕と本庄さん、後日研究、寝台思想館本庄さんと、あとは対談。
定談はその2人にプラスして吉光明さんって千住出版っていう小さな出版社を10年やってましたね。
出版布教の中でやられていて、本庄さんの古武術の北千住でやってる教室の場所も吉光さんが作られてる場所で、
そこで午後、小武術の稽古をやって、夜は吉光さんと本庄さんの対話する時間もあったりとかするんですけど、
そんなことをずっと重ねてて、そこに僕が行ったこともあって、
こういう馬と人体合宿っていうのをやっている繋がりもあって、定談もさせていただいてます。
今回前半後半で話したような話が、もうちょっと具体的な事例というか、
いろんな視点から、僕だけじゃなくて吉光さんとか本庄さんの視点からでも語られてますので、
前半の対談は子育てとか参加者の方から見る質問をいただきながらお答えしてて、
今回は家族で来られてて、子連れで来てて、
実際に具体的な子育て相談みたいなものもあったりとかして、
それに対して普段、馬とかうちの参加者のゲームはどうやって動くみたいな話もしてましたし、
それは身体的に捉えるとみたいな感じで、本庄さんの全然違う視点から入ってきて、
18:04
でも根っこは繋がってるみたいなところで、とても面白い定談対談でしたので、
よかったらお聞きください。
三陸コマーシャで検索しているうちのページがあって、
そこにもアーカイブの販売の案内がありますし、
こちらの概要欄にもリンクをつけておきますので、チェックしてみてください。
ということで、今回ちょっと長くなりましたけど、
今回もお聞きいただきありがとうございます。
ご質問とかご感想などもお待ちしてます。
それでは良い1日をお過ごしください。
全体の
力を抜いたら見えてきたのは
空気の中動く気配
触れなくても
届く想い
風のように
そっと
ままと一緒に
ただ箱
全体で一つの
私になる
騒がしかった鼓動の床
静けさが不動にしていく
でもが気づかぬうちに
ホールの心で繋がる
心の輪郭だけでいい
奥にあるものは感じあえた
刺さる感覚中
不協和音
歩かせるんじゃない
一緒に歩く
不動じゃなく
ホールで割れ
部分を超えて
世界と
融合
言葉を超えて
ただ今ここで
私になる
21:02

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