後回しにされていると感じた出来事
みなさん、おはようございます。ごきげんいかがですか。
今回は、私、後回しにされてると思った時に私の心の中で起きていたことについてお話しします。最後まで聞いてください。
これですね、最近あった私自身の話なんです。ちょっとしたモヤモヤと、そこからの気づきをお話しさせていただきます。
最近ですね、あるお友達に、今度ご飯行こうよって声をかけたんですよ。
そのお相手もね、行こう行こうってノリよく言ってくれたんですよ。
なんだけど、具体的な日程を決めようとするとね、なぜか連絡が途絶えちゃったり、キャンセルが入ったりとか、タイミングが合わなかったりが何回か続いたんです。
さすがにね、何回も続くと、私の心の中がね、モヤモヤでいっぱいになったんですよ。
なんていうか、あー私って優先順位低くされてるなーとか、なんか軽く見られてるかなーとかってね、なんかこう悲しいような、ちょっと怒りに近いような、そんな気持ちになってました。
心の奥底にある本当の気持ち
でもね、そこで、あーここはね、自分の心の中を覗くチャンスだなーと思って、ちょっと深掘りしてみたんです。
そしたらね、面白いことが分かりました。
私が本当に感じていたのは、後回しにされた怒りではなかったんです。
本当はね、私はこの友達のことが大好きで大切に思っていたんだっていうピュアな気持ちだったんですよ。
そして、私も同じように大切に扱ってほしかったなっていう切ない願いがあったんです。
その願いがね、叶わなかったから、心がね、モヤモヤしていたんですよ。
でも、よくよく考えたらね、私が相手のことをいくら大切に思っていたとしても、相手が私のことをどう思うかって、こちらから指定できないですよね。
私がいくら大好きでも、相手はそこまででもないかもしれない。
逆にですね、お相手さんが私のことをすごく大切に思ってくれていても、私の方がそうでもないかもしれない。
今言ってなんかちょっと気分悪いんですけどね。
なんてできれば、相思相愛でお互い大切にしたいところですからね。
はい、で、とにかくそんなわけで、相手の反応は自分では決められないし、思い通りにはなりません。
そんなの頭ではわかっているはずなのに、自分のことになると途端に見えなくなっちゃう。
今回そんなことがわかって、私もまだまだ成長中だなって、ほんとしみじみ思いました。
他者評価への気づきと受容
まあでも話はここだけでは終わらなくてですね、さらに見えてきたことがあったんですよ。
私は結局その友人から好かれたいとか、必要な存在だって思われたいって強く願ってたわけですよ。
つまり他者評価をめちゃくちゃ気にしていたんです。
ここに来てまた人の目気にしの自分が出てきたって思ってね。
ずいぶんこれは克服してきたつもりだったんですけど、
もうね長い私の人生大部分が人の目気にしで生きてきたから、本当にこれは根深いです。
でも最後にたどり着いた一番大切な気づきはね、
それはその他者評価、ほんと噛みそうなんですけど、他者評価、人の目気にしな自分がいても別にいいじゃんって思えるようになってるんですよね。
認められたい自分がいてもいい、褒められたい自分がいてもいい、
人からよく思われたい自分がいてもいい。
だってそれも私ですから。
私は今までそういうかっこ悪い自分が出てくると、
なんかかっこいい自分になれるようにちょっともっとしっかりしろよってお尻を叩いて、
なんとかね克服させようとしているところがあったんですけれども、
いやそれって今思うと本当に自分に対して優しくないよねって。
まずはね自分の心にそっかそう思ってんだ。
そりゃあ大切にされたいよねって。
そのまま認めてあげるということを少しずつできるようになってきております。
ご機嫌でいることの意味
ご機嫌でいることって嫌な感情を全部なくすっていうことではなくて、
どんなねドロドロした自分がいても、もやもやした自分がいても、
心の中から追い出すずにいてもいいよって一緒にいられることだと私は考えております。
どんな自分があってもいい。
まずは自分が自分の味方になって自分の気持ちを一番大切にしましょう。
ということを改めて本当に心をリセットした出来事でございました。
リスナーへの問いかけと感謝
皆さんは最近自分の心に優しくできてますか?
今回の私の話で自分にもこんなエピソードあるわーとかね、
そんなことがございましたら是非コメント欄で話していただけると嬉しいです。
もちろんいいねフォローも大歓迎でございます。
ということで今回は私は友達にされてると思った時に
私の心の中で起きていたことについてお話しさせていただきました。
今回も最後まで聞いてくださり本当に本当にありがとうございます。
これにて失礼させていただきます。素敵な一日をお過ごしください。
タダの香でした。失礼します。