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こんにちは、かいほです。ヨガと発信でもっと好循環。
今日はちょっと毛色が違ってまして、私の娘の弱視の話をしていこうかなというふうに思っております。
スタイフでつながっているあやかさんという、最近網物の販売などもされているあやかさんのお子さんが、最近3歳児検診、3歳児半の検診で弱視ということが診断されて、
ここから検査や、ここからメガネを作ったりというような体験談をお話しされていて、
自分自身の体験談もものすごく昔に撮ったものはあったんですけれども、まあひどいですね。
その配信があまりにも参考になるのかならないのかちょっとわからないので、改めて撮っていこうかなというふうに思っております。
一、本当に体験談として子どもを育てる中で、こういう一親子の章例みたいな感じで聞いていただければなというふうに思います。
よければ最後まで聞いていってください。
あやかさんのお子さんが3歳半検診で弱視ということが分かって、あやかさんのお子さんは右目かなに弱視があって、
左目が結構見えるのでそちらで結構視力をカバーしていて、検視のときにそれで右目のA視という弱視を指摘されて、そこで検査に行ってきたよというお話をされていました。
私の娘もまさに全く同じでして、3歳時検診というのが5ヶ月遅れてやっていたので、3歳半ぐらいですね、本当に。それぐらいで診断がされました。
あやかさんが同じように3歳時検診の視力のときに、うちは左目があまり見えてなくて、右目で視力をカバーしていたので、検診に行くまでまさか見えていないなんて思ってもいなかったんですよね。
だからものすごくふざけているのかなと思ったんですよ。最初は左目がリンゴが見えなかったから、一応リンゴにバツつけておくかと思って、3歳時検診のときにバツつけていて、それで再検査のときもリンゴにバツつけちゃったからふざけててね、見えてなかったから、これできっと大丈夫だろうと思ったら、
その日のうちに先生にね、この子は弱視ですって言われて、メガネをすぐに作りましょうっていうようなお話がされて、本当に頭が真っ白になって、それまで本当に発達のこととか指摘されたことがなかったんですよ。
新生児1ヶ月検診のときに二分積追の疑いっていうのはあったんですけれども、それ以外はそれは特に何も問題が経過を見てなんでもなかったので、今もね大丈夫ではあるんですけれども、それ以外は本当に普通に育つって思っていたのが初めて、いわばマイノリティに行ったってその時思ったんですよね。ガーンと思って。
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しかも女の子ですよね。メガネをこの子はこの年からかけていくのかと思ったら、なんか自分自身がずっと裸眼で今も過ごしているんですよ、基本的には。
なので、メガネのある生活をこんな3歳からするなんて、ちょっとどこかかわいそうっていう気持ちが生まれてしまったのと、どうにかメガネがない生活にいつかなるんだろうかとか、いろんな不安が当時、こみ上げてきたっていうのがあって。
でね、私その時にブログを書いてたんですよ。本当に配信の最初は私ブログだったんですけれども、その本当に診断された後に息子がね、下の子が生まれていて、育休中だったかな、ちょっと息子と一緒に夜寝ながらアメブローかなんかその当時書いていたのを覚えています。
その記事を今、ワードプレスの記事に残していて、その診断された時の気持ちだったり、初めてメガネを作りに行った日の気持ち、そして1ヶ月経った時の視力の見え具合とか、視力がね、なかなかメガネがかけてくれなかったんですね、うちの子が繊細で。
本当に1日10分とか30分とかもうそれぐらいからスタートして、丸1日かけてくれるようになるまで結構時間がかかったんですよね。多分ね、通常のメガネ抵抗なくかけてくれる子っていうのは本当にね、初めから1日かけてられる子もたくさんいると思うんですけど、まあそんなにうまくはいかずに、そこからアイパッチっていう風に治療も始まりました。
アイパッチっていうのは、視力を育てさせるために、苦手な、遠視の弱視の方の視力を育てさせるために、見えやすい方にあえて目を覆って見えないようにして、見えづらい方の目だけで見るっていうような治療になるんですよね。
本人にとってはすごくストレスがかかる治療だし、目が本当に見えないように覆われているそういうメガネ、メガネに布みたいなのを当てて、そういうのを1日2回、時間を決めてやっていくっていうような治療もあったりとかして、
最初のうちはね、何とかこのメガネを無しにできないかとか、メガネをかけないでいられるように人生のうちでやっぱりなりたいとか、いわば見た目、外見的な要素だったり、女の子だしね。
治ってほしい、そういうふうにすごく考えてたんですよね。だから受診もね、本当に毎回大変で、初めて眼科に行った時は入れなかったんですよ。
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感触を起こしちゃって、あまりにも行きたくなさすぎて、自転車から降りられなくって、もう奮闘して、私も自転車置き場でどうにかなって眼科検診しないと視力が良くならないんだから、もうそこでもう私もブチギレみたいな感じで、もうでも娘も絶対に降りない、自転車降りないみたいな感じで、
眼科の自動ドアの外でギャーギャーギャーギャー親子で、30分以上ずっと格闘して、そしたら受付からお姉さんが出てきて、手作りの折り紙をくれて、今回はキャンセルしましょうかって。
じゃあ次はこの折り紙今渡すから次来てくれるかなって言って、親子でそこでめちゃくちゃ救われたんですよね。いろんな本当に小児科だったり眼科だったりジビ科だったり、過去私たくさんの病院にもちろん子育てしているとかかると思うんですけれども、
ダントツトップで一番大好きな信頼を置いているとして一緒にチームとしてやってきたと思えるのが、今もずっと通っている眼科なんですよね。だから本当に医療って直すだけじゃなくて本当に心に支えてもらっているというか、みんなで
よく来たねーって言って大丈夫だよって先生もめちゃくちゃ優しくて、そんな感じで定期的に来るので顔見知りになって、だんだん全然抵抗なく視力検査もできるようになったんだけれど、本当にね
その当時ね、ちょっと話が飛んじゃったんですけど、当時ね、どうにかなおしたいとか、どうにかなくしたいなって、なんかそんなところに思っていたんでしょう。どうにかまた普通に戻れるんじゃないかって、なんかそんな風に思ってたんですけど
先生の一言で、娘さんのゴールは眼鏡を外すところじゃないですって、その眼鏡をかけた状態できちんと目が見えるっていうそこを目標にしていきましょうって先生に言われた時にハッとしたんですよ。
弱視の子って本当にね、目がまだ育っていないので、そこから3歳半から、今ね8歳なんですけど、視力がね、眼鏡をかけた状態で1.2まできちんと見えるようになっています。
それは本当に治療が成功して見えるようになったんですけれども、その治療がうまくいかなかったら目が育たないで、10歳とか12歳とかになって視力が止まってしまった時に、もう大人になるまで眼鏡をかけてもかけなくても見えづらいっていうような状態になってしまうのがやっぱり弱視。
それだから早期発見、早期治療が必要なんですよね。で、私が最初にね、どうにか普通にまた戻るのかなとか、治るのかなとか、眼鏡なしで生活できるのかななんていうふうに思っていたことは、実はゴールじゃなく、眼鏡をかけてでもこの子の目がきちんと両目見えるっていうような状態がこの子にとって今目指すべきところで、私たち医療者もそしてお母さんもそこを目指していきましょうっていうところ。
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で、ハッとしてそうだったなっていうふうに本当に思って、とにかく調べまくってたんですよ。不安で。アメブロ自分でも書いてたでしょ。
で、そこからYouTubeをやっている弱視の治療日記みたいなされてる方にコメントして、ちょっとそこから個別にやりとりしたりとか、なんかそういうことをしたりとか、そういう弱視の子どもたちに向けてのクラファンみたいなやってる方だったりとかのと連絡取ってズームインしたりとか、なんかそういうこともしていたんですよね。
で、自分が今その当時、今の自分ではもう本当に書けない記事がそこにはやっぱりあって、娘が3歳半の診断されたときに残していた記事、そこから徐々に視力が育って、その後娘は外射死っていうのもあって立体がなかなか見えなくって、射死の手術もするんですけれども、
なんかそんな葛藤も発信とともに残していたことによって、あるとき、全然知らない方から、ブログのお問い合わせフォームから、とても参考になりました。
保育園のメガネのルールもね、ちょっとイマイチなところがあってね、娘にとってはメガネっていうのは書けても書けなくてもいいものではないのに、その当時保育園では外に出るときはメガネを外しましょうっていう、
けがをしたりとかするからメガネを外しましょうっていうルールがあったりとか、絵の具のときにはメガネを外しましょうとか、そういうルールがあったんですよね。
ちょっとそれも先生と主治医と話してお手紙を書いてもらったりとかで対応してもらったんですけど、そのときに書いた記事がとても参考になったっていうので、連絡を全然知らない方からいただいたりとかして、
自分の本当に何者でもない自分のこの弱視の時の葛藤だったり、迷いながら進んでいって、こういうふうにしたらちょっとうまくいった、こういうふうにしたら保育園との連携はうまくいったとか、こういうふうにしたら楽しく書けてくれたとか、
なんかそんな体験談が誰かの役に立つ日が来るんだって数年後に思ったりもしたんですよ。今回きっと彩香さんがこんなふうに自己開示してくださって配信に残したってこれ自体もまた誰かの弱視治療に向き合う親子の支えになるんだろうなというふうにも思っています。
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なんかすごくメジャーな、でも結構いますよね。保育園の中にも何人かメガネかけている子、おそらく同じように弱視でメガネ治療を頑張っている子がいると思うんですけどね。そういうお母さんとも何だろう、共有しあえるというか。
だから珍しい病気じゃないし、怖がる病気でもないし、だけどなんだろうな、それをやっぱり言われた時はやっぱり不安だったしっていうのでね。あとちょっと話はそれちゃいますけれども、ボイシーの日浦悟先生の娘さんも元々弱視っていうふうに診断されてメガネをかけているっていうのを聞いて、
その日浦先生のボイシーの弱視界みたいなのにも私は聞いて、すごいなんか、この子が12歳ぐらいになったらこんなふうに生活してるんだなんていうふうに先を見通すことによって安心できたりとかっていうのもあったんですよね。
なので、今当時3歳半で本当にメガネも10分もかけてられなかった子が、今では本当に毎日自分の1つのアイデンティティの1つとしてメガネを毎日かけて、むしろメガネを外して外に出るのは裸で外に出ているような感じの怪我がするから、絶対にこのメガネをかけないで外には出たくないっていうぐらい体の一部ですよね。
ちょっとね、ごみ捨て一緒にお願いした時とかは、メガネがすぐなくて、私のサングラスまでかけて、そこまでして、そのね、裸の自分見せたくないんだって思ったぐらいちょっと笑っちゃったんですけど、そんなふうに成長していきますので、ぜひぜひ何かあれば何でも聞いてくださいっていうことと、
概要欄に私が過去に、本当に文章としては全然拙い文章ですけれども、ワードプレスに残しているJAXAの治療日記っていうところで、概要欄に載せておこうと思います。ここまで聞いてくださってありがとうございます。それでは、KAIHOでした。またねー。