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2024-06-14 24:03

(55) 民藝は暮らしのなかにある

  • 2024年6月14日(金)の分
  • 当日の採集した音と、翌日の土曜日に録った音
  • 民藝 MINGEI | 世田谷美術館 SETAGAYA ART MUSEUM
  • 柳 宗悦 (やなぎ むねよし / Soetsu Yanagi)
  • 用の美、鑑賞のためのものではなく使うためのもの
  • 大和田一本締め

 

#声活

 

00:01
こんばんは、2024年6月14日の夜です。
はい、もう一方います。
おはようございます、ヤンチャです。
2024年、もういっか。
今日は渋谷で、皆さんとご飯を食べたり、ウーロン茶を頼んだりしてます。
ウーロン定食。
今、ふみさんがウーロン茶定食を。
楽しみですね。
はい、というわけで、今回もやっていきます。
これを喋っている現在の僕は、日本時間の6月15日土曜日を生きているわけですが、
6月14日に色々あって、それが楽しかったのと、その気持ちを残しておきたいなと思ったので、
昨日、6月14日に採集した音で始めてみました。
というわけで、今回のエピソードは、6月14日の記録です。
当日に撮った音と、翌日に収録した音を混ぜて、配信したいと思っています。よろしくお願いします。
6月14日、金曜日、何をしていたかというと、
いつもより早めに起きて、出宅を出発して、東京都の方に用事があって行ってきました。
メインの用事は、以前に勤めていた会社で、
今、7月に入社した人向けの研修プログラムを実施していて、
そのうちの一コマを担当させてもらったので、その出番があって、渋谷に向かったという日ですね。
せっかく東京に行くなら、現在、世田谷美術館で開催中の民芸の企画展を見に行ってきました。
朝、松本市で起きて、あずさに乗って、新宿駅に着いて、世田谷美術館に行って、渋谷に移動して、研修を担当させてもらって楽しかったですね。
その後、渋谷で集まった人たちとご飯を食べたり、お話をしたりして、翌日土曜日に朝に帰ってきたという感じですね。
研修はすごく楽しかったという話もあるんだけれども、
研修資料を少し細部を整えて公開用にしたものを公開しようかなと思っているので、
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それはテキストでやるとして、民芸について考えたことは声で残しておきたいかなと思うので、
そっちの話をしようと思います。
民芸ですね。世田谷美術館の民芸の企画って良い評判がたくさん聞こえてくる感じがするな。
あといろんな美術系のウェブメディアとかでも取り上げられているのを見かけています。
改めて民芸というのは何かというと、約100年前に民芸運動というのがあったんですよね。
1926年、98年前か、大正15年に柳宗義さんという方がリーダーだったのかな。思想家。
柳宗義さんらが仲間と一緒に提唱した生活文化運動ということで、
民芸って言うと、僕は自然発生的な言葉、一般名詞と思っていたんだけれども、
立ち上がった時には、ある人が作った言葉考えとして、
ある種固有名詞的なザ・民芸として約100年前に生まれてきた言葉だったんだなというのを知って、
何となく2024年を生きる僕にとっては、すごく一般名詞的というか普通の言葉に見えていたので、
せいぜい100年経っていないぐらいの言葉なんだなというのが面白くて、
そこからそれを知って興味を持ったんですよね。
特に民芸とソフトウェアの関係みたいなところが興味があって、
民芸品と言うとお皿とか異色獣みたいなものを民芸品と言って、
民芸品のショップとかで見ると、
暮らしの中で使う道具が物理的なものとして想起されることがほとんどだと思うんですけれども、
一方で僕はソフトウェアにも民芸の精神というか成分をすごく強く感じ取っていて、
民芸的なソフトウェアというところに興味があります。
これは僕が高石さんとやっているキマウルFMのエピソード170で話したことでもあるので、
概要欄にリンクを貼っておこうと思っています。
その時からこのエピソード170っていつだ?
2023年6月7日、ちょうど1年くらい前に民芸という概念を知って、
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これすごくソフトウェアと関係ありそうなテーマだなと思って、
1年間くらい常に頭の片隅に民芸とソフトウェアの関係について考える、
自分にとってのちょっとした考えたいテーマになっていたんですね。
そんなこともあって、この民芸の企画展があるというのも自然と視界に入ってきていて、
東京に行くタイミングがあるので世田谷美術館に行ってきましたね。
すごく面白かったです。
このエピソードの概要欄にも民芸展で撮った写真を貼っておこうと、
何枚か1,2枚から貼っておこうと思うんですが、
ただ、写真を見ても別に僕が感じた面白さは何にも伝わらないだろうなという難しさも感じています。
その感じた難しさみたいな話が今日のメインの話したいことになるかなと思います。
僕はこの企画展すごく面白かったんですよ。
ただ、行くとそれこそお皿とか衣服ですね。
どこどこ地方でこういう素材を使って作られたこういう服ですというのがあって、
そこの大体展示されている民芸品に柳さんのコメントが添えてあるんですよ。
その添えてあるコメントというか、どういう経緯でこれが作られたかという説明、フレイバーテキストが面白かったですね。
だから、僕が興味あるのは民芸品といういろんな試行錯誤だったり工夫が積み重なって作られて洗練されていって、
はい、できましたみたいな成果物としての民芸品に強い興味があるわけではなくて、
それ自体魅力感じる感じるんですよ。美しいなと思いますね。
僕のようなあまり美術的所有がない人間からしても、
綺麗なものだな、絵だな、綺麗な模様だなとか思うことはもちろんあるんですけども、
今回の展示でいうと最後に特設ショップみたいなのがあってね、いっぱい売ってるわけですよ、素敵なものが。
でも、僕は別にそれを買って帰りたいとかは別に思わなかったんですよ。
今僕の暮らしのスタイルからして、家にそもそも物理的なものを増やしたくないっていうのが前提としてあるので、
こういうとこ行っても、あまり僕物を買わないんですよね。旅行先とか行っても、
ぬいぐるみは何本あってもいいみたいな、そこだけ例外扱いみたいな、
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かわいいものがいっぱいあっていい、機能とかじゃなくかわいいみたいな例外があっていいんだけども、
別にお皿をたくさん集めたいとか、飾る、暮らしを彩る何かをたくさん集めたいとか、
雑貨屋さんで素敵なもの見つけたら買って並べたいとか、そういうのないんですよ。
それが今回の企画展を一通り入り口から入って出口まで順の通りに歩いたときに思いましたね。
だから、成果物としての民芸品というよりは、その成果物に至るまでの人々の暮らしの中での工夫とか、
ちょっとずつちょっとずつ変更を加えていく営み、そっちに興味がある、強い興味がある。
それが民芸的な活動、営みということなんじゃないかなと思いましたね。
だから暮らしている人々が暮らしの中で感じている、こういうふうにしたら便利だなとか、
ここが今不便だからこうしたらいいじゃんっていう考えることであるとか、
あるいはここにこういう模様をあしらったらちょっと上げみたいなテンションが上がるなみたいな、
その一つ一つの眼差しがすごく尊いものに感じられました、僕には。
それが民芸なのかなっていうことを思ったんですよね。
そう思ったんですよ。
自分が使うと思って自分で作っているというか、手を加え続けているというかね。
それはすごく感じたんですよ。
企画展の会場を歩いて順路を追って行くと、展示はすごく僕好みだったな。
ものがあってその横に解説とかコメントとかでっかく大事なキュレーションした人たちが、
これはいいパンチラインだと思う柳さんの雑誌に書いた言葉とか本に載った言葉とかが結構でかい引用としてピッと書いてあったりして、
いいことが書いてある、いいことというか僕がグッとくるようなことが書いてあるんですよね。
それがすごいよかったですね。
改めて1年ぐらいなんとなくぼんやりとした興味として抱き続けていたんだけれども、
明確にここに何かエネルギーを感じるなと思ったので、もうちょっとしっかり勉強をしてみたいなと思ったテーマですね。
一方で、難しく感じたのが今回企画展ということで、まず世田谷美術館を初めて行ったんですけど、
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すごく立派な建物で、総合だなと、きらびやかさみたいなのも感じましたね。
その立派な会場で、たぶん今回企画展人気で、平日の昼間、金曜日のお昼前後という感じの時間帯に僕が訪れたときにもたくさんの人が訪れていて、
いろんな人が、僕が見ている間も周りには常に他の人もいて、みんな思い思い、民芸品を見ては何かを感じ取ってという感じだったんですよね。
その中で、一人のおばあちゃんとカテゴリーされるような人になるのかなが、見ながら、これ昔家にあったな、みたいなこと言って、ほうきかな、ほうきかな、掃除用具みたいなのを見て、
あったあった、こんなのあったって言っているのは、めちゃくちゃ良かったです。すごいグッときましたね。
つまり、おばあちゃんの記憶の中の生活の一場面が呼び起こされていたのだとしたら、それはまさに僕が思う民芸らしさというか、暮らしとつながっているというところでグッときたんですよ。
僕がたぶん、ほうき掃除用具を見ただけだと感じられなかったことを、近くにいたおばあちゃんの本当に心から漏れ出たように聞こえた、ああ、これ懐かしい、みたいな、温度が乗ったポロッと出た言葉によって、
僕も見ていたそれと、かつての人々の暮らしみたいなのがバチンとつながって、民芸ここに極まれる、みたいなそういうエモいものを受け取りましたね。
これはアズミの千尋美術館に行って、戦争に心を痛めて描かれた子どもたちのイラストとか、当時の絵本とか、子ども向けに描かれた何かが展示されているのは、
僕が見たときは、ああ、昔こんなのあったんだって、それしか思うことができなかったけど、そのときもね、僕が館内を歩いているときに近くに、これもおばあちゃんだったな、確か、おばあちゃんがいてね、すごい昔の昭和の子ども向け絵本か何かを見て、ああ、懐かしい、これ本当に懐かしいみたいなことをね、
あれもすごいぐっときたんだよな、時を越えて、今はおばあちゃんだけど、あそこに少女の姿を見たというかね、それと同じものを、アズミの岩崎千尋さんの美術館と世田谷の美術館ですごく近い体験をしたっていうのも良かった。
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これは僕の生活の話だからね、すごい良かったですよ。それで何だっけ、いいね、声かつって思いついたことを順番に喋って、いい感じに散らかってきたなと思います。
一方ですごく今回の企画展を見て、もどかしく感じた、なんか気持ちが上がりきらないなと思ったのが、民芸品って暮らしの中で生まれたものなんで、それが作られた、それが生み出されて、手を加えられて、磨き上げられていっていた間は、
それは僕が思うに紛れもなく民芸品だったんだと思うんですよ。ただ今回の企画展で展示されていて、絶対にお手を触れないでくださいという形で並べられているんですよね、その美しい作品たちが。
でもそれは、こうして美術館で展示された瞬間に、展示品なんですよね。触って活用するものではなくて、見て感じるものなので、展示品なんですよね。
民芸について調べていくと、用の美という言葉があるみたいで、用の美、なんていうんだ、beauty of usageというか、使うための美しさ。
柳さんも、民芸品の美しさというのは、鑑賞のためのものではなくて、使うためのものであるというようなニュアンスのことを言っていたそうで、これは僕がまだちゃんと勉強していないので、これから知っていきたいところなんですけれども、
そんな用の美という言葉があったというようなことは、すぐ見つかるんですけどね。それからすると、展示された時点で鑑賞のためのものになっちゃうという、民芸の企画展をやる上でのパラドックスみたいなものを感じて、
これ非常にずっともどかしい感じがありましたね。
なんかこう、暮らしの、素朴な暮らしの中に佇む美しさみたいなものがテーマのはずなのに、きらびやかな美術館の中に厳重に保管されて、そこに並べられていることで、暮らしと断絶されている感じはね、ずっとあってですね。
なるほどと。自分が民芸に感じる、完成された民芸品ではなくて、営みを感じるということは、究極的にはタイムスリップして、当時のものが作られた工夫が加えられていった過程を見ることでしか、当時の民芸を感じることはできないんだなということにちょっとした切なさを覚えておりました。
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なので今を生きる我々は、今まさに工夫が加え続けられているものっていうのを、2024年にそれが行われていればそれを見る、生活の中で見ることができるので、やはりリアルタイムの民芸の営みみたいなのをめでていきたいなというのがね、見てきて強く思ったことなんで、
そこそこの考えに到達できたのがとっても嬉しいですね。良かったし、良いものを得て帰ってきました。
そしてやっぱり、民芸ソフトウェアにありますね。
例えば僕が、毎日日記を書いているんですけど、日記のテンプレートを生成するすごく簡単なスクリプトがあるんですね。
それって僕しか使わないものなんだけども、最初に作ったところからちょっとずつ、この見出しいらない、今の自分の日記にはこの見出しいらない、毎日これについて今書いていないなと思ったら見出しをちょっと一個消してみたりとか、
あるいはちょっとテンプレートいじって、最近はこれを書きたいから、これは毎日の日記のテンプレートに含まれてほしいなと思ったら足してみたりとか、
多分これまで10回以上変更を加えながら何年も使っているスクリプトなんですよね。
これは自分が思う民芸らしさが含まれている気がするんですよね、これにはね。
だからソフトウェアにも民芸の香りを感じることができるんじゃないかなと思っているので、
僕は引き続き民芸的ソフトウェアみたいなテーマを自分の中の探求のテーマとして持って、
改めて民芸の源流みたいなところを渡ってみたり、事例をたくさん集めてみたり、
じゃあこの2020年代を生きる我々は民芸的ソフトウェア活動としてこういうことをやりうるんじゃないかというのを、
もし考えがまとまることがあればそういう発信をしてみてもいいのかもしれないなと思っています。
そして今これを喋っている音声メディア、僕はこの活動を声活とか生活とか呼んでますけれども、
これとかね、あるいは僕の友人たちがやっている声日記であるとか、
あるいは動画でVlog的に日々の要素を記録して発信している。
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これも何か通常、暮らしと直結していて、コンテンツのためにコンテンツを作っているんじゃなくて、
まずその人の大事な暮らしがあって、そこから漏れ出たものというか、あるいは暮らしそのものをたまたまコンテンツ化して、
コンテンツというか記録というか積み重ねという、日記なんかもそうなんだけどね。
それがたまたま他の人から見るとコンテンツにもなっているみたいなところも少し民芸に通じるエッセンスを感じているんですよね。
それで今日のこのエピソードの冒頭はけんちゃんくんさんとやんちゃさんの声で、
けんちゃんくんさんは声日記をやっていて、やんちゃさんはYouTubeで動画で毎日の記録を残されていて、
工場があるわけですよね。始まりのいつも言っているフレーズのテンプレートがあって、それも毎日とか継続的に聞いたり見たりしている人からするとおなじみのやつなわけですよ。
なんとなく磨かれていく美しさみたいなのを僕なんか感じているんですよね。
それもあって、今日から見て昨日の6月14日というのはそういったことを感じて非常に良かったですね。心がホクホクしています。
このテンションを記録しておきたかったので、こうして今日撮りました。
今回6月、2024年6月14日金曜日、松本市出発して東京、世田谷、渋谷あたりで過ごしてきた日の記録をこうしてちょっと閉じ込めて保存しておきたいと思っています。
これもね、暮らしの中のものです。
この後ね、昨日渋谷区の大和田地方で、短い終わりに締めの挨拶があったので、そのときの音声をお届けしてこのエピソードを終わろうと思います。
ここまで聞いていただいてありがとうございました。また次のエピソードでお会いしましょう。
大和田って言ったらパンですね。
シンプル。シンプル。よかった。
ありがとうございました。
今、いい音声が撮れたと思うんで。
今、切り出して共有します。
いい会だな。ありがとうございました。
楽しかった。
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