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2026-01-15 33:47

#02 公道にロマンあり!走るショベルと、人生まるごと重機愛【ゲスト:日立建機ティエラ代表取締役 取締役社長・一村 和弘】

推し重機と幼い頃に見た“謎の重機”が紡ぎだす運命的な出会いの数々とは?ブロマイドになるほど愛される名機の開発秘話やパワーワード連発の重機三昧の人生録を、日立建機ティエラ代表取締役 取締役社長・一村 和弘さんからたっぷりとお聞きします!


▼「重機ファンダム」について

「だれかの『好き』が、誇りに変わり社会を支える」というビジョンを掲げ、運営している重機ファンコミュニティです。

重機への愛があればだれでも無料で参加することができます。

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▼制作

株式会社オトバンク PitPa Podcast

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サマリー

このエピソードでは、日立建機の市村和弘社長が重機に対する情熱や個人的な経験を語っている。特にホイールショベルやEX-125WDの開発秘話が興味深く、重機ファンコミュニティの重要性も強調されている。また、彼は自身の重機への愛や歴史、ユタニ製ショベルの思い出についても触れている。運命的な出会いやカーエンターテインメントとしての重機業界の魅力についても深く掘り下げている。重機への情熱と公道走行のロマンについても話し合われており、市村社長が重機の魅力とその運転にまつわる思い出を語る内容となっている。

重機ラジオの紹介
重機ラジオ!こんにちは。MCの三河副部長こと、猿山三河です。
この番組は、重機メーカーによる重機好きの方だけに向けた、ほとばしる重機愛を分かち合う番組です。
今回はプレイオープンの2回目となりますが、初回のように重機好きの皆さんに楽しんでいただける内容になると思います。
私は、日立建機というオレンジ色の建設機械のメーカーに勤めています。
日立建機初のビジネスコンテストに重機ファンコミュニティを作りたいと提案し、現在はサステナビリティ推進本部の業務として採択されて、この重機ファンコミュニティ、重機ファンダムを運営しています。
重機ファンダムのビジョンは、誰かの好きが誇りに変わり社会を支える。
私は三河副部長として開放誌を作ったり、ノートの記事を書いたりしています。
週末は趣味で、オーケストラでホルモンを吹いています。よろしくお願いします。
さて、この番組では2つのコーナーをやってまいります。
1つ目は、重機トーク!
全国の重機ファン、重機の専門家、業界人の方などをお招きして、たっぷりと重機のことを語っていただくコーナーです。
そしてもう一つ、これって私だけ?重機あるある!
ゲストの方から、自分だけかもしれないけど、という重機にまつわるあるあるを聞いていきます。
ゆくゆくはリスナーの皆さんからのお便りももらえたら嬉しいです。
ということで、今回もゲストの方に来ていただいていますので、さっそく本編に行ってみましょう!
重機ラジオスタートです!
まずはこちらのコーナーから、重機トーク!
さて、2回目となる今回も、重機愛を語るにふさわしいゲストに来ていただきました。
なんと今回は、ひたち研究グループの中野人がゲストです。
ひたち研究株式会社執行役、コンパクトビジネスユニット長兼、株式会社ひたち研究ティエラ代表取締役、取締役社長であり、重機ファンでもある市村和弘さんです。
よろしくお願いします。
こんにちは、市村です。よろしくお願いします。
もう長い!
すごい偉い方に来ていただきました。
なんて呼んだらいいですか?市村さんでいいですか?
いいですよ。いっちゃんでもいいし。
じゃあ、市村さんでいきますね。
ちなみに、最初に市村さんのプロフィールを紹介します。
ご出身は山口県岩国市、近泰郷のある城下町。
そうです。
1988年、ひたち研究株式会社に入社。
私が生まれた年ですね。
古いな。
古いです。昭和63年。
イエス。
入社後は主にホイールショベルの設計開発に従事。
ホイールショベルっていうのは、足がぐるぐるのクローラーじゃなくて、車とかについているタイヤになっているショベルカー。
で、行動が走れる。
あの行動走れるのって、日本だけなんですか?
ううん。
海外も走ってます?
EX-125WDの開発の裏話
海外も。
へー、知らなかった。
で、2010年から2013年の3年間は、インドにフィニアアドバイザーとして駐在。
かっこいいですね。
インド3年間。
修行です。
修行。
で、帰国後は、あ、帰国おめでとうございます。
ありがとうございます。
ホイールショベルや応用製品の設計開発の責任者を歴任し、
2022年4月以降は、ミニショベルなどのコンパクト製品群を扱うコンパクトビジネスユニット長並びに、
株式会社ひたち研究ティエラ代表取締役、取締役社長に就任。
2024年4月には、ひたち研究株式会社執行役に就任し、現在に至ります。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
主な自衛機活動は、乗り塾ですね。
趣味は、車のメンテナンスから整備や修理。
で、継続車検は、ユーザー車検にて対応されるほどのメカ好きでいらっしゃいます。
すごい。
そんな市村さんに、今回、研究陣として初ゲスト出演をしていただきましたが、
なんでお呼びしたかってご存知ですか?
知りません。
昔、私は経営企画にいるときに、戦略会議とかの後の懇親会があったじゃないですか。
その時、私はたぶん重機ファンコミュニティをやりたいって言って、
社内に重機ファンっていますかね?って聞き回ってたんですよ。
で、いろんな役員に聞き回った後に、市村さんのところに行って、
ティエラで重機ファンいないですか?って言ったら、
ティエラで一番の重機ファンは、自分かなって言ったんですよ。
言いそう。
で、呼びました。
忘れてました。
今思い出しました。
そんな会話をしていましたね。
ちなみに、先ほど流れていた重機のエンジン音っていうのは、何を撮ってきていただいたかというと、
これはね、ホイールショベルのザクシス125Wの1型のエンジン。
なるほど。
だから、さっきの高度を走っているショベル。
本社は上野なんで、上野の会社の前、結構大きいゾールあるんですけど、
まあまあ夕方、走ってるんですよ。
走ってますよね。
どえらい音を立てて、かっこいく。
キーンって言いながら。
それをずっと入社以来作ってきてくださった。
ありがとうございます。
ちなみに、あの重機ファンダムにはいろんな重機ファンの方いらっしゃるんですけど、
125Wを自家用車にしたいと言っている方もいるぐらい愛されている機械でございます。
ありがたいですね。
ありがたいですね。
そのザクシス125Wの前身であるEX-125WDっていうのを開発させていただいたんですね。
すごい。
それ、多分、ブロマイドにこの間させていただいたやつですよね。
青っぽい型紙のね、真ん中にWDって書いてある。
作りました、そのブロマイド。
今、ファミリーマートで発売しているやつなんですけど、
重機ファンの方にブロマイドにしたいんだけど、推しカタログはありますか?と言って出てきたのの一つがEX-125WDですし。
いやー、それ、どんな感じで開発?
会社の中だと、やっぱクローラータイプがメイン商材で、タイヤ式って少しマイナーな機械。
レアに近い。
ちょっと下手者感のある、でも便利なんですよね。
便利ですね。
雪国とか使われたり。
前、展示会で見て、なるほどなって思ったのが、スクラップとかの会社とかは、
あたりをぐるぐる走る必要があるので、タイヤ式だったりとか。
あと回送がいらないですよね。
自分で走れるんで、トレーラーに乗せて移動するじゃなくて、ショベルに乗って現場にすぐ行くことができるから、
緊急車両とかそのあたりとしてもすごく優秀なホイール式が。
ただ、日本でなかなか見ないのも事実で、流行ってる地域があるんですよ。
北から言うと札幌、関東圏は多くは横浜。
で、西に行って名古屋。
で、さらに西に行って広島。
がメイン市場。
生息してる地域があるんですね。
そう。
ここによくいるみたいな。
不思議と大阪が入ってない、比較的都市型土木機械なんだけど、大阪はちょっと流行らなかった。
そうなんですね。
そのEX125WDとかって開発されたの何年ぐらい?
734だから97年。
高層から入れると95年ぐらいから始めたかな。
入社して、主任とかの時代ってことですかね。
の前です。
デーペイ。
最初の方に携われば携わるほど、思い入れってどんどんありますよね。
開発してる上で大変だったこととかありますか?
これはね、このEX125WDを開発させてくれっていうところから始まったんだよね。
じゃあ作らせてくれる、すごい立場の低い兄ちゃんが。
すごい。
よく世の中に生まれましたと。
当時いろんなことがあって、設計部内でカレント設計としてホイールショベルになってたのが、僕一人になっちゃって。
それも数ヶ月なんだけど、一人になっちゃって。
一人ってやばいですね。
で、今後開発できないのかなとか思いながらも、ファンが多いんですよ。
あの土浦工場内も、さっき言った地域性があるところの営業さんとかサービスの方とかお客さん。
そういったファンが次を作ってくれと。
でも一人しかそう言ってない。
すごい。
で、当時部長さんとかに相談して、ちょっと外の声を聞いてくださいと。
で、横浜営業所に行って、営業の方の声を聞いたりとか、川崎のお客さんなんだけど、そこに行って、お客さんの声を部長に生に聞かせて、結果的にやろうかと。
ナイス行動力。
ファンが支えてくれたからね。
ファンの声をちゃんと聞いてくれと。
それがまだペーペーで、ペーペーで部長さんを外に連れ出して、作らせろと。
悪い言葉は使わずに。
作らせていただきたいです。こんなにファンがいるんですと。
すごい。一人ってやばいですね。
やばいよね。
やばいですね。
だって、普通のショベル1台って、エンジンやってる人とか、キャブやってる人とか、なんだろ、このブラケット自分担当しましたみたいな感じで、パーツパーツで分かれてるじゃないですか。一人。
一人。その時はカレント設計だったんでね。
風具合直したりとかね、特殊な仕様を頼まれて作るとかね。
ただ開発やろうって決まってからは、全部で7人くらいのチームにさせてもらって。
7倍。
7倍。
すごい。
で、やったんですよ。それがEX-125WD。
ダッシュファイブなんだけどね。
いやもう、あのプロモイド涙なしには見られないですね。
だってそれがいなかったら、当然その後のZX-125Wとか生まれてないんですよね。タイヤ式がそこで、EXで途絶えていたかもしれないけれども、部長をちゃんとファンの声を聞けと。
聞けとはいけないけど。
聞いて。
すごー。
じゃあなんで推し重機がZX-125Wかっていうと、やっぱりザクシスの称号を得たいっていうのもあったし。
EXで終わらせないで。
で、やっぱりいろんな改良をしてね、洗練された機械なんで、今かなり日本にも残ってると思うんだけど、推しはザクシス125Wかなと。
いやー素敵ー。
言いやすいでしょ。
あ、そうですそうです。
EXWDまで言うのは。
この間のCSPI EXPOも札幌ナンバーの125Wが来てました。そこの後ろでファンクラブコーナーやってました。みんなそれ見て、いつかこれのミニチュアが欲しいってみんな言ってましたね。人気なんですよ。
ありがたいね。
ありがたいですね。あれ運転したいなって思いますもんね。
重機試験の歴史
まあ大型特集免許があれば乗れますよ。
そっか、高度を走るから。走ったことありますか?
もちろん。
高度を。
へー。
そんな驚くことじゃないよ。
工場の中を試験で走ってるのは見たことあるんですよね。高度もあるんですね。
昔は近くに筑波山につながるパープルラインとかって、そこの山を登るのが一つの性能を測るとかね。
面白い。
っていうのがあって、登り坂をずっと登っていってオーバーヒートするかしないかとかっていうような試験をね、よくやってたんですよ。
へー。外でやるんですね。
今はシャーシーダイナモっていう試験設備があって、いろんな斜面をね、再現できるから、外に出ることは少ないんだろうけどね。
え、じゃあその当時、市村さん自身が乗って試験してとかやられてたんですか?
試験する前の設計チューニング。
おー、かっこいい。
いや、ドライブかなって。旗から見ればドライブじゃねえか、あれはってね。
外で試験してたっていうのも新鮮ですね。聞いたことなかったんで。
工場の中で、何時から何時、キニゴダブル走るんで、ここ歩かないでくださいとかやってるじゃないですか。
あれがある種、平地だから工場の中はやられてて、外は昔、筑波山。
そういう本当にオーバーヒートするかしないかっていうのをね、判断するには坂を登るしかないので。
たしかに。坂くださいと。
あとね、平地の100m加速とか最高速試験とかはね、場内でみんな止めながらでもできるんで、とにかく登り坂の性能。
逆に下り坂はあるんですか?
あるんです。
あるんですね。
あの油圧で走らせてるんで、登りはエンジンのオーバーヒートが心配なんだけど、下りは油圧のオーバーヒートが心配で。
下り行くブレーキをかけてるのが全部、作動油、油圧のね、温度に変えてるの。
作動油がオーバーヒートしないかっていうのを、登りも下りも試験する。
へー、面白そうなんですね。
幼少期の重機体験
話戻って、昔私が戦略会議で、市村さんに、自分が一番ティアラで重機ファンだよって言われた後、
市村さん何話してたか、たぶん覚えてないかと思うんですけど、小さい頃に見た幻の重機みたいなのがあって、
どこから見たか、ちょっと覚えてないんですけど、なんか教室の窓からか、どこからかそれを見て、ずっとそれ何だろうって思ってたっておっしゃってたんですよね。
あれって、もうちょっとお話聞いてもいいですか?
小学校4年生、3年生かもしれないけど、あの頃に、僕は柔道やってたんだよね。
おー、似合う。
その道場に歩いて向かってる時に、方向的には近帯郷に向かうんだけど、歩いてると後ろから、ものすごいゴー音が聞こえてきて、
振り向いたら、赤紫の巨大なお化けが、ボカーンって通り過ぎてって、
何なんだあれはと、ものすごく大きく感じて。
その話されてたなってすごい覚えてて、で、高度を走ってる重機だったってことですよね。
そうなんですよね。で、結果的には、北地検機に入社して、運よく設計部に入れて、さらに運よくホイールショベルに立ち触って、運命。
で、配属先の先輩に、昔こんなの見たんですけど、知ってます?って言ったら、それは多分、ユタニのマシンじゃないかなとか。
昔、ユタニさんってあってね、広島にね。で、ポクレンと、確か技術提携して作ってたらしいんだけど。
で、そこ広島でしょ。で、さっきホイールショベルの流行ってる地域も広島って言ったじゃん。
確かに。
僕が住んでた岩国市って隣町なんだよね、広島と。だから岩国まで走ってきたんだろうね。
なるほど。生息地域が決まっていて、広島がある種の聖地。で、なんかポクレンって、昔トミカとかにもなってたらしいですね。
どうやら、TY45。置くとこがあるんですね、このショベルみたいなの。
重機コミュニティの形成
そう。で、これ三輪車なんだよね。
へー。今のホイールショベルは、
4輪車。
当時のポクレンのやつは、3輪車。違うんですね。構造が。
だから、よくショベルのことユンボって呼ぶ地域があるみたいなのと同じように、ホイール式のショベルも、ポクレンって呼ぶ地域もあったかもしれないね。
ホッチキスみたいな感じで。
いやー、本当。正体がわかって、すっきりはしたんだけど、今ではもう見ることはないよね。
そうですよね。ちなみに、ごく稀に、重機ファンダム、いろんな重機ファンが日本全国、レアな重機の写真とかを見つけたらあげてくださるんですけど、何回か出てきました。
ポクレン君?
そう、ポクレン君。それで覚えました。
僕、ポクレン。
昔、市村さんから聞いた時は、ポクレン知らなかったんですよ。リュータニーっていう単語も。
なんと、コミュニティサイトが2024年の11月に立ち上がって、1年ぐらい今経ったんですけど、ちょいちょいポクレンの目撃の写真とかがポンポンって。
あ、もしかしてこれ、昔、市が言ってたやつ?
伏線回収しましたね。
やっぱ行動走るってびっくりしますよね。
すごいよね。
すごいですよね。信じてもらえない時もあります。
本当にしょびょるかって行動走るの?とか言われたりする時あるんで。
じゃあ、小さい時から働く車が好きだった。
だってますか?
うん、あってます。
車含め。メカメカしたものが大好き。
親御さんは特にそういう仕事はなく?
うん、全然してなくて。
全然違って。
へー、じゃあ周りに建設業とかもいないし。
建設業があったんだけどね。
夏休みとか冬休みに1回バイトに行ったことがあって、土木屋さんに。
それはお家の近くの学生の頃。
その時はどういう動機というか、きっかけでそのアルバイトに入ったんですか?
きっかけはただ近くにあったんで。
多分、親父が世間話の中で息子バイトさせたいんだけどとかって言ったんじゃないかな。
じゃあ、うちにおいでよってね。
メインはね、舗装の補修が多かったんだけどね。
道路の?
どんなことやってたんですか?
穴ぼことか空いてるじゃん。
よくはない。
よくはないか?
どこ?
でこぼこしてるとこ?
でこぼこしてるとか、山道とか、農道もそうなんだけど、ポコンって穴が空いてるときがあるんだよね。
そういうのにアスファルト詰めて、ビーンってプレートで、
固めて、次行こうって言うような。
さすらいのアスファルトフィニッシャーみたいな感じ。
かっこいい。
やりたい。
じゃあ、そのときにアスファルトフィニッシャーに乗ってたというよりは周りでサポートとかされるっていうアルバイト?
アスファルトフィニッシャーは自分でやって。
やってたんですね。
トラックの荷台に積まれてるアスファルト合材をスコップで下ろして、温めて、ならして、トンボで。
で、プレートで締め固めるっていうのを3人ぐらいでね。
さすらいのアスファルトフィニッシャー。
かっこいい。
で、そのとき、アルバイト先の先輩に。
この頃もうすでに重機好きだったんですよね。
きっとね。
で、初めてショベルを目の前で見たのもこのときで。
で、そこのアルバイト先の先輩が、ショベル、今の言葉で言うとショベル改装するから、
一緒に行くっていうような感じでね。
で、そのとき、近帯橋の真下じゃないんだけど、近くの河原のところに、でーんってオレンジ色の機械があって。
で、そこに改装車をバッグでつけて。
で、どうするのかなって見てたら、今では当たり前だけど、
道板を登っていくんじゃなくて、いきなり平ボディにショベルをグルっと回って、バンってね。
あれ、すごい技ですよね。
それで、なんだこんな動きをするんだ、とかってね、思っちゃったね。
そのオレンジ色のやつが、アルバイト先の先輩が、
確かEX200の1型だと思うよ。
200だから20トンくらい、まあまあ大きい。
まあまあね。
すごい。その改装っていうのは、トレーラーに乗せて通常、ショベルって運ぶので、
そのトレーラーに乗るっていうのを、どうやって乗るかっていうと、
そう、そう。
腕とか使いながら、登って、で、ぐるっと回って、腕で押さえて、最後乗るっていう大道芸です。
あれは、スタンディングオベーションですよね。
そうだよね。
本当によくやれるなって、見るたびに。
それ、学生のときに見たら、ハマりますね。
衛道芸です。あれはスタンディングオベーションですよね。
そうだよね。
本当によくやれるなって、見るたびに。
それ、学生の時に見たらハマりますね。
ハマっちゃうよね。
ハマっちゃいますね。
当然、自分ではあんな芸当は当時はできなかったけどね。
それを見て、それが学生の時だから、その後に日立近畿に入社。
です。
運命。
運命。
運命。
EX200がありました。生産してました。
EXの1型、懐かしいっていう人もきっとたくさんいるんでしょう。
ランディ。
ランディです。
その後、日立近畿に入られてホイールショベルの設計をされてると思うんですけど、
全然話変わって、奥様との出会いは。
本当に話変えるね。
はい、変わります。奥様は。
奥様は、社内恋愛です。
いやー、日立社内恋愛してた。
素敵。奥様は何されてたんですか。
同じホイールショベルグループのショムの女の子だったんですね。
みんなのマドンナじゃないですか、そんなの。
それを捕まえまして。
捕まえました。捕まえたところ。
捕まえたところ、奥様のご実家は?
土券業なんですよね。
土券業。
つながるか。
土券屋さんだった。
アルバイトで、昔はサスライのアスファルトフィニッシャーとかやっていたのを入社して、奥様をマドンナを捕まえてしたら、奥様のご実家は土券屋さんだった。
で、EX200を持ってました。
すごい!持ってた!
自家用車乗りました。
おめでとうございます。
最初にプロフィールのところで、オマナ重機活動で乗り重機って、乗りますって答える日立近畿の従業員って、まあいないと思うんですけどそんな。
乗ってるんですね。
乗ってましたね。
今も時々乗りますけど。
重機の魅力
当時景気も良かったのかな、土曜とか日曜にね、手伝ってくれないって言われ、分かりましたって。
おむこさんだから。
おむこさんじゃないのか。
マスオさん。
マスオさん、なるほど。
Cに敷かれて。
マスオさんだから、奥様のご実家のお手伝いとして。
オペレーター。
オペレーターって言っても、お金をもらうような作業じゃなくて、ちょっとそこの土管をどかす?もしくは採石場があって、トラックにいっぱい積んで、トラック乗って持ってくる?とか、そういうのをやってた。
いろいろやってた。
いろいろやってた。
平日は重機の設計とか開発とか場によっては試験のために走ったりとかしていて、週末になると奥様のご実家でオペレーターをすると。
素晴らしい重機山前ですね。
重機ラジオ!
では続いてこちらのコーナーに行ってみましょう。
これって私だけ?重機あるある!
ゲットの方に私だけかもしれないけど多分みんなそうじゃない?という重機にまつわるあるあるを教えてもらうコーナーです。
ということで市村さんが思う重機にまつわるあるあるを教えてもらえますか。
多分僕だけだと思うけど、僕ラフター好きなんだよね。
はい。
ラフター知ってる?
はいはいはい。
ラフテレンクレーン。
はい。
コードを走る結構大きいやつ。
そうでっかいやつ。
あれが走ってる音が聞こえると、まず立ち止まる。
うんうんうん。
振り向く。
振り向く。
いなかったら探す。
探す。
これがやっぱりさっき話した小学校時代の思い出がずっとつながってるのかなと思って。
同じですよね。
ぜひ後ろから来てくれって思いながら。
すげーわかる。
結構独特な音で走ってるじゃない。
うんうんうん。
めっちゃ運転席。
上だしね。
高いところしかもめっちゃ腕長いの。
そうそう。
走られてバーって走って。
ヨンヨンヨンヨンっていうような感じで走ってるんだけど。
探すんですね。
公道での重機の夢
うん。
いやー素敵。
コードを走る重機って最強だと思うんですよね。
ね。絶対負けないよね。
絶対負けない。
強いじゃないですか。
で何か災害あったら助けに行けるじゃないですか。
そうそう。
しかも自分の一人であるし。
すごい。
年何回ぐらい遭遇できます?
あんまりないよね。
うん。
時間帯によるかもしれないですけどね。
前クレーンのオペさんに話聞いたら、
混むの嫌だから早朝に出るって聞いたことがありますね。
みんなが動き出す前に。
そうだよね。
で夕方はもう真っ暗になって帰るとかね。
それも歩いてる時だからね。
そうですよね。歩いてる時に後ろからブワンって音があったら探す。
なかなか後ろから来ることはないんだけど、音が聞こえたら探す。
ときめいてしまって。
そう。
私はいつかやって欲しいって思ってるのが、
125Wとかが行動でパレードする。
ラフターも一緒にみんなで道路を走る。
ジェキたちが。ただ連なって走ってもらうだけでいいんで。
いつか見たいなその光景って思ってますね。
そうだね。
先頭は札幌消防署に収めた真っ赤な125WDがいいかもしれない。
かっこいい。
あれはね、行動走る自動車っていうのは全部名前があって、
ホイールショベルはショベルローダーっていう分類になるのね。
知らなかった。
それでそういうカテゴリーの中で車金を取っていくんだけど、
消防署に収めたやつは、ちょっとフロント変えちゃったんで、
破壊工作車っていう。
かっこいい。
カテゴリーの自動車になった。
強そう。
強そう。
じゃあいつか三木村さんが歩いている後ろを走る、
働く車たちが駆け抜けていくと。
嬉しいね。
いいですね。やりたーい。
125Wとか持ってる皆さん、ご協力いただいて。
ぜひ。
ぜひ。
いつか夢を叶えましょう。
お願いします。
はい。というわけで、あっという間にエンディングです。
終わりですか。
終わりでした。
市村さんいかがでしたか。
楽しかったですね。
良かったです。
いろいろ昔を思い出しながら。
懐かしの。
いろいろあったんだなと思いながらね。
意外と人生がホイールショベルで埋まっていました。
ありがとうございます。市村さんのおかげで、
今日本のいろんなところにといっても、
随所随所にホイールショベルが群生しているっていう、
素敵な日本になっています。
欧州だと多いんですよね。
欧州多いです。
欧州多いんですよね。
日本がまだ局所的な傾向があるだけで、
欧州だと結構メインどころ。
ですね。お隣の韓国も多いですよ。
そうなんですね。
面白い。
では市村さん、今日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
とっても楽しかったです。またお話ししましょう。
はい。
お相手はそりゃまみか。
そして本日のゲストは、
日立研機株式会社執行役、コンパクトビジネスユニット長兼、
株式会社日立研機ティエラ代表取締役、
取締役社長でJKファンディアもある市村和弘さんに来ていただきました。
市村さん、本当にありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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