海外も。
へー、知らなかった。
で、2010年から2013年の3年間は、インドにフィニアアドバイザーとして駐在。
かっこいいですね。
インド3年間。
修行です。
修行。
で、帰国後は、あ、帰国おめでとうございます。
ありがとうございます。
ホイールショベルや応用製品の設計開発の責任者を歴任し、
2022年4月以降は、ミニショベルなどのコンパクト製品群を扱うコンパクトビジネスユニット長並びに、
株式会社ひたち研究ティエラ代表取締役、取締役社長に就任。
2024年4月には、ひたち研究株式会社執行役に就任し、現在に至ります。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
主な自衛機活動は、乗り塾ですね。
趣味は、車のメンテナンスから整備や修理。
で、継続車検は、ユーザー車検にて対応されるほどのメカ好きでいらっしゃいます。
すごい。
そんな市村さんに、今回、研究陣として初ゲスト出演をしていただきましたが、
なんでお呼びしたかってご存知ですか?
知りません。
昔、私は経営企画にいるときに、戦略会議とかの後の懇親会があったじゃないですか。
その時、私はたぶん重機ファンコミュニティをやりたいって言って、
社内に重機ファンっていますかね?って聞き回ってたんですよ。
で、いろんな役員に聞き回った後に、市村さんのところに行って、
ティエラで重機ファンいないですか?って言ったら、
ティエラで一番の重機ファンは、自分かなって言ったんですよ。
言いそう。
で、呼びました。
忘れてました。
今思い出しました。
そんな会話をしていましたね。
ちなみに、先ほど流れていた重機のエンジン音っていうのは、何を撮ってきていただいたかというと、
これはね、ホイールショベルのザクシス125Wの1型のエンジン。
なるほど。
だから、さっきの高度を走っているショベル。
本社は上野なんで、上野の会社の前、結構大きいゾールあるんですけど、
まあまあ夕方、走ってるんですよ。
走ってますよね。
どえらい音を立てて、かっこいく。
キーンって言いながら。
それをずっと入社以来作ってきてくださった。
ありがとうございます。
ちなみに、あの重機ファンダムにはいろんな重機ファンの方いらっしゃるんですけど、
125Wを自家用車にしたいと言っている方もいるぐらい愛されている機械でございます。
ありがたいですね。
ありがたいですね。
そのザクシス125Wの前身であるEX-125WDっていうのを開発させていただいたんですね。
すごい。
それ、多分、ブロマイドにこの間させていただいたやつですよね。
青っぽい型紙のね、真ん中にWDって書いてある。
作りました、そのブロマイド。
今、ファミリーマートで発売しているやつなんですけど、
重機ファンの方にブロマイドにしたいんだけど、推しカタログはありますか?と言って出てきたのの一つがEX-125WDですし。
いやー、それ、どんな感じで開発?
会社の中だと、やっぱクローラータイプがメイン商材で、タイヤ式って少しマイナーな機械。
レアに近い。
ちょっと下手者感のある、でも便利なんですよね。
便利ですね。
雪国とか使われたり。
前、展示会で見て、なるほどなって思ったのが、スクラップとかの会社とかは、
あたりをぐるぐる走る必要があるので、タイヤ式だったりとか。
あと回送がいらないですよね。
自分で走れるんで、トレーラーに乗せて移動するじゃなくて、ショベルに乗って現場にすぐ行くことができるから、
緊急車両とかそのあたりとしてもすごく優秀なホイール式が。
ただ、日本でなかなか見ないのも事実で、流行ってる地域があるんですよ。
北から言うと札幌、関東圏は多くは横浜。
で、西に行って名古屋。
で、さらに西に行って広島。
がメイン市場。
生息してる地域があるんですね。
そう。
ここによくいるみたいな。
不思議と大阪が入ってない、比較的都市型土木機械なんだけど、大阪はちょっと流行らなかった。
そうなんですね。
そのEX125WDとかって開発されたの何年ぐらい?
734だから97年。
高層から入れると95年ぐらいから始めたかな。
入社して、主任とかの時代ってことですかね。
の前です。
デーペイ。
最初の方に携われば携わるほど、思い入れってどんどんありますよね。
開発してる上で大変だったこととかありますか?
これはね、このEX125WDを開発させてくれっていうところから始まったんだよね。
じゃあ作らせてくれる、すごい立場の低い兄ちゃんが。
すごい。
よく世の中に生まれましたと。
当時いろんなことがあって、設計部内でカレント設計としてホイールショベルになってたのが、僕一人になっちゃって。
それも数ヶ月なんだけど、一人になっちゃって。
一人ってやばいですね。
で、今後開発できないのかなとか思いながらも、ファンが多いんですよ。
あの土浦工場内も、さっき言った地域性があるところの営業さんとかサービスの方とかお客さん。
そういったファンが次を作ってくれと。
でも一人しかそう言ってない。
すごい。
で、当時部長さんとかに相談して、ちょっと外の声を聞いてくださいと。
で、横浜営業所に行って、営業の方の声を聞いたりとか、川崎のお客さんなんだけど、そこに行って、お客さんの声を部長に生に聞かせて、結果的にやろうかと。
ナイス行動力。
ファンが支えてくれたからね。
ファンの声をちゃんと聞いてくれと。
それがまだペーペーで、ペーペーで部長さんを外に連れ出して、作らせろと。
悪い言葉は使わずに。
作らせていただきたいです。こんなにファンがいるんですと。
すごい。一人ってやばいですね。
やばいよね。
やばいですね。
だって、普通のショベル1台って、エンジンやってる人とか、キャブやってる人とか、なんだろ、このブラケット自分担当しましたみたいな感じで、パーツパーツで分かれてるじゃないですか。一人。
一人。その時はカレント設計だったんでね。
風具合直したりとかね、特殊な仕様を頼まれて作るとかね。
ただ開発やろうって決まってからは、全部で7人くらいのチームにさせてもらって。
7倍。
7倍。
すごい。
で、やったんですよ。それがEX-125WD。
ダッシュファイブなんだけどね。
いやもう、あのプロモイド涙なしには見られないですね。
だってそれがいなかったら、当然その後のZX-125Wとか生まれてないんですよね。タイヤ式がそこで、EXで途絶えていたかもしれないけれども、部長をちゃんとファンの声を聞けと。
聞けとはいけないけど。
聞いて。
すごー。
じゃあなんで推し重機がZX-125Wかっていうと、やっぱりザクシスの称号を得たいっていうのもあったし。
EXで終わらせないで。
で、やっぱりいろんな改良をしてね、洗練された機械なんで、今かなり日本にも残ってると思うんだけど、推しはザクシス125Wかなと。
いやー素敵ー。
言いやすいでしょ。
あ、そうですそうです。
EXWDまで言うのは。
この間のCSPI EXPOも札幌ナンバーの125Wが来てました。そこの後ろでファンクラブコーナーやってました。みんなそれ見て、いつかこれのミニチュアが欲しいってみんな言ってましたね。人気なんですよ。
ありがたいね。
ありがたいですね。あれ運転したいなって思いますもんね。
そう。で、これ三輪車なんだよね。
へー。今のホイールショベルは、
4輪車。
当時のポクレンのやつは、3輪車。違うんですね。構造が。
だから、よくショベルのことユンボって呼ぶ地域があるみたいなのと同じように、ホイール式のショベルも、ポクレンって呼ぶ地域もあったかもしれないね。
ホッチキスみたいな感じで。
いやー、本当。正体がわかって、すっきりはしたんだけど、今ではもう見ることはないよね。
そうですよね。ちなみに、ごく稀に、重機ファンダム、いろんな重機ファンが日本全国、レアな重機の写真とかを見つけたらあげてくださるんですけど、何回か出てきました。
ポクレン君?
そう、ポクレン君。それで覚えました。
僕、ポクレン。
昔、市村さんから聞いた時は、ポクレン知らなかったんですよ。リュータニーっていう単語も。
なんと、コミュニティサイトが2024年の11月に立ち上がって、1年ぐらい今経ったんですけど、ちょいちょいポクレンの目撃の写真とかがポンポンって。
あ、もしかしてこれ、昔、市が言ってたやつ?
伏線回収しましたね。
やっぱ行動走るってびっくりしますよね。
すごいよね。
すごいですよね。信じてもらえない時もあります。
本当にしょびょるかって行動走るの?とか言われたりする時あるんで。
じゃあ、小さい時から働く車が好きだった。
だってますか?
うん、あってます。
車含め。メカメカしたものが大好き。
親御さんは特にそういう仕事はなく?
うん、全然してなくて。
全然違って。
へー、じゃあ周りに建設業とかもいないし。
建設業があったんだけどね。
夏休みとか冬休みに1回バイトに行ったことがあって、土木屋さんに。
それはお家の近くの学生の頃。
その時はどういう動機というか、きっかけでそのアルバイトに入ったんですか?
きっかけはただ近くにあったんで。
多分、親父が世間話の中で息子バイトさせたいんだけどとかって言ったんじゃないかな。
じゃあ、うちにおいでよってね。
メインはね、舗装の補修が多かったんだけどね。
道路の?
どんなことやってたんですか?
穴ぼことか空いてるじゃん。
よくはない。
よくはないか?
どこ?
でこぼこしてるとこ?
でこぼこしてるとか、山道とか、農道もそうなんだけど、ポコンって穴が空いてるときがあるんだよね。
そういうのにアスファルト詰めて、ビーンってプレートで、
固めて、次行こうって言うような。
さすらいのアスファルトフィニッシャーみたいな感じ。
かっこいい。
やりたい。
じゃあ、そのときにアスファルトフィニッシャーに乗ってたというよりは周りでサポートとかされるっていうアルバイト?
アスファルトフィニッシャーは自分でやって。
やってたんですね。
トラックの荷台に積まれてるアスファルト合材をスコップで下ろして、温めて、ならして、トンボで。
で、プレートで締め固めるっていうのを3人ぐらいでね。
さすらいのアスファルトフィニッシャー。
かっこいい。
で、そのとき、アルバイト先の先輩に。
この頃もうすでに重機好きだったんですよね。
きっとね。
で、初めてショベルを目の前で見たのもこのときで。
で、そこのアルバイト先の先輩が、ショベル、今の言葉で言うとショベル改装するから、
一緒に行くっていうような感じでね。
で、そのとき、近帯橋の真下じゃないんだけど、近くの河原のところに、でーんってオレンジ色の機械があって。
で、そこに改装車をバッグでつけて。
で、どうするのかなって見てたら、今では当たり前だけど、
道板を登っていくんじゃなくて、いきなり平ボディにショベルをグルっと回って、バンってね。
あれ、すごい技ですよね。
それで、なんだこんな動きをするんだ、とかってね、思っちゃったね。
そのオレンジ色のやつが、アルバイト先の先輩が、
確かEX200の1型だと思うよ。
200だから20トンくらい、まあまあ大きい。
まあまあね。
すごい。その改装っていうのは、トレーラーに乗せて通常、ショベルって運ぶので、
そのトレーラーに乗るっていうのを、どうやって乗るかっていうと、
そう、そう。
腕とか使いながら、登って、で、ぐるっと回って、腕で押さえて、最後乗るっていう大道芸です。
あれは、スタンディングオベーションですよね。
そうだよね。
本当によくやれるなって、見るたびに。
それ、学生のときに見たら、ハマりますね。
衛道芸です。あれはスタンディングオベーションですよね。
そうだよね。
本当によくやれるなって、見るたびに。
それ、学生の時に見たらハマりますね。
ハマっちゃうよね。
ハマっちゃいますね。
当然、自分ではあんな芸当は当時はできなかったけどね。
それを見て、それが学生の時だから、その後に日立近畿に入社。
です。
運命。
運命。
運命。
EX200がありました。生産してました。
EXの1型、懐かしいっていう人もきっとたくさんいるんでしょう。
ランディ。
ランディです。
その後、日立近畿に入られてホイールショベルの設計をされてると思うんですけど、
全然話変わって、奥様との出会いは。
本当に話変えるね。
はい、変わります。奥様は。
奥様は、社内恋愛です。
いやー、日立社内恋愛してた。
素敵。奥様は何されてたんですか。
同じホイールショベルグループのショムの女の子だったんですね。
みんなのマドンナじゃないですか、そんなの。
それを捕まえまして。
捕まえました。捕まえたところ。
捕まえたところ、奥様のご実家は?
土券業なんですよね。
土券業。
つながるか。
土券屋さんだった。
アルバイトで、昔はサスライのアスファルトフィニッシャーとかやっていたのを入社して、奥様をマドンナを捕まえてしたら、奥様のご実家は土券屋さんだった。
で、EX200を持ってました。
すごい!持ってた!
自家用車乗りました。
おめでとうございます。
最初にプロフィールのところで、オマナ重機活動で乗り重機って、乗りますって答える日立近畿の従業員って、まあいないと思うんですけどそんな。
乗ってるんですね。
乗ってましたね。
今も時々乗りますけど。