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第585回 貞観災害から生まれた日本文化ー危機の経験から何を次の世代に残すのか?
2026-10-02 12:52

第585回 貞観災害から生まれた日本文化ー危機の経験から何を次の世代に残すのか?

▼今回の内容
・有機体経営実践フォーラム、二人目の講師・井戸理恵子氏
・民俗情報工学研究家という視座
・貞観災害──日本で大災害が集中した860〜880年頃
・869年の貞観地震と、その後の疫病流行
・祇園祭のルーツ──66本の祠が示す"祈りの継承"
・陰陽道・修験道が形成された背景
・危機に対する二層の応答──"対処"と"次世代への継承"

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サマリー

秋山ジョー賢司氏らが、有機体系実践フォーラムで井戸理恵子氏から聞いた「貞観災害」の話を振り返る。860〜880年頃には地震や噴火、津波、疫病が相次ぎ、869年の地震後には疫病を鎮めるため66本の祠が建てられ、祇園祭につながったと紹介される。災害への対応は目先の被害を抑えるだけでなく、自然との関わり方や経験・知恵を祭りや儀式として次世代へ継承するものでもあった。出演者はこの視点を、企業のトラブルや経営で何を大切にするかを考えることにも重ね、先人の知恵を未来へ残す必要を語る。

井戸理恵子氏と貞観災害
こんにちは、遠藤和彦です。 秋山ジョー賢司の経営者のマインドサプリ、秋山先生よろしくお願い致します。
はい、よろしくお願いします。 さあ、ということで今日も前回の続きとは言いませんけれども、有機体系実践フォーラムを受けての
ちょっと講師の方々でね、いろいろ感動したというかね。 この話は皆さんにシェアしたいな、みたいな話があるということでしたので、前回は野口健さん
アルピニストのね、今、講演家の職務で勤められてますけど。 のお話をご紹介くださったんですが、今日はもう一方ということですかね。
この方はですね、それこそ遠藤さんのこととことプラスにも出ていただいた 井戸理恵子さん、民族情報工学研究家
この方のお話で、自分が感動したというか、感慨させられたというお話を少し共有したいなと思っています。
井戸さん、あれですよね、YouTubeで最近すごいなんか番組人気になっている、リミットブレイカーという番組で、井戸さん今80万再生ぐらいになっているんですけど
あの私も、ジョーさんもね、よくご存知の、あの 建築家の矢野夫さん、私ポツキャスティブもやってますけど、あの矢野夫さんも今バズりまくってて
リミットブレイカーで 50万再生とか言ってるのかな
ちょうどこの間フォーラムで登壇、皆さん、あの矢野夫さんにも知っていただいたんですけど、 井戸さんと矢野夫さんがちょうど並びで並んでて、なんか身近な人たちが騒がせてるなーって感じになってますよね
その井戸さんですよね。
その井戸さんなんですが、そのまあいろんなお話をしていた中で一つですね、 上岸災害というお話を聞いてびっくりしたので少し共有したなと思います。
私そもそもその上岸災害、一般的には上岸地震と言われているそうなんですが、あまりよくわかってなかったんですね。
井戸さん曰く、大体その日本で860年から880年頃にかけて、日本で大きな自然災害が相次いでその時期に発生した時期、これはまあ上岸地震というふうに一般的には言われているそうです。
祇園祭に受け継がれた災害の記憶
例えば富士山とか麻生山の噴火とか、東北地方で起きた地震とか津波、その他いろんな各地で地震とか災害がたくさん起きると。
で、それに伴って疫病みたいなこともすごく流行った時期というふうにおっしゃっていました。
で、私最初この話を聞くときに、日本のある時期に大きな災害が集中してすごく大変な時代があったんだなというふうに聞いたんですよ。
でも井戸さんの話ですごく興味深かったのは、その災害そのものではなくて、その災害を経験した人たちがその後どう生きたのかというお話をしてくれたんですね。
例えば、869年に大きな地震が起きた後に、疫病がすごく流行ったとおっしゃっていましたね。
で、その時にその疫病が流行った後、京都のある場所の場所で、その当時の国の数に合わせて66本の祠みたいなのを建てて、薬剤をしつまることを祈ったというふうに言われてるんです。
最初は目の前で起きているその薬剤に対してその納めようというような祈りだったんですけども、それが毎年行われるようになって、そしてその町の人たちもこういうことをどんどん関わってきて、何百年も繋がれるお祭りになってきたんです。
その一つが祇園祭なんですね。
祇園祭ってこと?
そうです、祇園祭ですね。
祇園祭っていうのが、薬病のひずめのお祭りというふうに捉えられているそうです。
つまり井戸さん曰く、国民が、そこの民が、すごく薬剤という大きな経験を得て、もともとお祭りというものはあったと。
ところがそのお祭りという中に、その薬剤、そういうものを沈めていこうという次世代への文化に受け継がれていったってことが、この時期、これ一つの例なんですけども、いろんなことが起き始めてきたのではないかというふうにおっしゃってました。
自然との関わりを考えた営み
それ以外でも、この子には自然と人間がどうやって生きていこうかとか、関係していこうかということを、いろんな営みが作られていったというか、なんていうのかな、バンと作られたわけじゃないんだけども、徐々に徐々にそういうものが形成されていったみたいなお話をされていましたね。
なんかもう一つ言ってたのが、これもフォーラムでもちょっと言ったし、あと私その後も少し調べさせていただいたんです、井戸さんの話をね。
例えば、御名寺とか守玄堂っていうのは、私もちょっとだけ耳に聞いたぐらいしかないんですけども、やっぱりこの時期にやっぱり上巻期にいろんな自然災害を一つの契機として、やっぱり自然と人間はどういうふうに関わっていくのかとか、自然の中で自分をどう整えていこうか、人間の暮らしをどうやって自然と関わっていこうかというような動きとか、
考え方がすごく活発になっていたそうです。これは人間が自然から離れていくんじゃなくて、逆に実際に山とか自然の中に入っていきながら、自分を整えていくという。
ただ、災害が起きたから御名堂とか守玄堂ができたっていう単純な話じゃなくて、ただその大きな災害とか薬病を何度も経験する中で、自然と人間ってこれでいいのか、どう関わっていいのかっていうことをみんなが考え始めた時期だったのではないかというふうに井戸さんはおっしゃってましたね。
ですから、当時の人っていうのは、何か震災とか厄災みたいなのが起きた時に、どう防ぐかだけで終わらずに、その後どうやって自然とか災害と関わって生きていけばいいのかってそこまでを考えてきたみたいなお話をすごくされていました。
危機への対処と次世代への継承
こういうのが起きる時に、やっぱり最近日本もいろいろと地震も含めたいろんな災害に対して対応していきましょうみたいな話が個人でも企業でも考えられてるじゃないですか。
その中で、私としては今までそういう災害が起きた時のためにどう備えるかとか、どうやってその被害を減らせるかっていう見方がすごく強かったんですね。
もちろん、起きた時にどうやって抑えるかみたいなことを考えることはすごく大切なんだけども、井戸さんの話を聞いていくと何かもう少しその先というかね。
この経験がれたものをどうやって次世代に残していくのかということも踏まえながら、いろんな知恵とか考え方をどうやって残していこうか。
それがお祭りだったり、儀式だったり、あとはここ注意しましょうとか。
あとはこの身の中でこの時期はこういうことをしていきましょうみたいな、その知恵がどんどんどんどん培われていくというか蓄積されていったっていう話をすごく聞いて、
同じ危機とか厄災に対する考え方がやっぱりまだまだその場の対処対応は重要だけど、その先も見据えた上で自分たちがどうしていくかということを考えていく。
これが日本人の中にはあるんですよみたいな話を聞いて、ちょっと恥ずかしくなってしまった部分もあるんですけどね。
恥ずかしくなったっていうのは?
やはりその震災とか、何かトラブル、警もそうですよね。震災もそうですけども、警で何か会社がトラブルが起きたときに、そのトラブルとか問題に対してどう対処対応していこうかということは考えるのは重要だけども、
その時どう乗り切るかだけじゃなくて、こういうことが起きているということは改めて自分たちは何を大切にして生きていくのかとか、何を大切にして経営をしていくのかとか、自分たちの会社はどうあるべきかみたいなところまでやっぱり考え切れていたのかなってことをすごく考えさせていましたね。
災害から生まれた日本文化と経営
障がい災害に関してはね、井戸さんの言葉で言うと確か日本文化の醸成につながったっていう話をされてたんですよね。あれは何か起きた災害とかっていうものが実は何か災害で終わってたんじゃなくて、日本のフードを作る土台となっていた、その築きとなったものがそこにあったんだっていう話がね、国土フードそことの関係の中で生まれた日本の文化があったんですって話でしたよね。
他にも金文字とかもね、そういった災害から生まれていったみたいな話もありましたし、何か面白いですよね。何かよく災害があると山を越えて向こう側の人が別の言語を使ってたら、いざトラブルがあったときに助けられないじゃないですか。協力し合えないじゃないですか。
なので山を越えた向こう側の人と同じ言語じゃないと救えないので、必然的に小言葉がみんなが全体として共通になっていくっていうのもその辺にあったりしながら金文字とかとね、話をされてましたよね。
確かに井戸先生の話はもう何か聞いたことのないような話がね、盛りだくさんで、あれは本当に何か2回でも3回でもちょっと聞き直したいような話でしたよね。
そうですから、やっぱりそういう話を聞いて、じゃあ自分たちの経営に対する見方とか経営の中に対するトラブルの見方とか、それこそ世界情勢が変わっていくと、どんどんリスクが大きくなっているよと言われている中で、
単純にそのリスクに対する対処対応だけじゃなくて、やっぱり先人たちの知恵をどうやって借りるのかとか、自分たちがこれを知恵に変えてどうやって残していくのかっていうところまで考えていきたいなという、まだまだこれからなんですが、そこのきっかけみたいなところはいただいたのかなと思っています。
いやいや、井戸先生のお話にぜひ聞いていただきたかったんで、そのような受け止めがあったんで、なんか非常に嬉しいところですね。
次回フォーラムの案内
まだまだこのようなお話をされた方がたくさんいらっしゃったり、あとは私の顧客というか経営者の方が、これから自分の経営をこういうふうに考えていきますよというお話を今回のフォーラムでもしたんですけども、ぜひ皆さんもこういう機会があったら一緒に学んでいただきたいなというのがあってですね。
少し先の話なんですけども、2月、来年の2月の、いつでしたっけね。
16、17で。
博多でまたこの経営者、有機体経営実践フォーラムというのが開催されるので、また少し近くなったらば、ポッドキャストの方にもアナウンスしようと思っていますので、またぜひですね、皆さんそれも楽しみに待っていただきたいなと思っています。
ということですね。というわけでね、本当に佐藤正先生の話とかもね、ぜひしていただきたいなって感じしますが、話も良かったですよね。皆さん佐藤先生の話がちょっとなんか震えましたみたいな話もいっぱい感想をいただいてましたんでね。
ちょっとまたタイミングがありましたので、ぜひしていただけたらということで、今日は井戸先生のお話ですね。終わりたいと思います。キャム先生、ありがとうございました。
はい、ありがとうございました。
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