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皆さん、こんにちは。AIを駆使する事務代行、和田博です。
さあ、ノンブレス・オブリージュって、いきなりなんのこっちゃっていうタイトルなんですけれども、皆さん、ノンブレス・オブリージュという言葉、ご存知ですかね。
私はつい最近知ったんですけれども、フランス語の格言、ことわざって、地位が高いものは、その地位に見合った責任や義務が生じるという考え方で、
言ってしまえば、お金とか権力を持つ人とか、社会的に報酬をしたり、施しをしたりという責任を果たすべきだという、そんなような格言らしいんですね。
今回のタイトルにあるノンブレス・オブリージュっていうのは、ボーカロイドの曲の曲名で、たぶんこのノンブレス・オブリージュから触発された曲じゃないかなって思うものです。
この曲は子供が車の中とかで聴いていて、曲は聴いたことがあったんですけれども、この間たまたまYouTubeで映像と一緒に見る機会があって、いわゆるミュージックビデオってやつですよね。
そしたらその映像と音楽の融合したところの表現がすごくて、もう涙出てきちゃって、すごい感動したんですよ。
すごく大雑把に言ってしまうと、この歌はノンブレス、息ができないオブリージュということ、息ができないのを強制されるという、今の現代の社会の息苦しさ、息づらさみたいなのを表現している曲なんですけれども、
それをですね、ボーカロイドという限定的な機械の声だよっていうところを、良さをふんだんに使って表現していて、すごいとても悲しくて、でもちょっと未来が見えるような、すごい苦しかったり、でもみんな無理して明るく振る舞ってたりっていう、
いろんなものがその映像と音楽両方で詰まっていて、とても感動したんですね。
私、この感動したってことに対して、自分でもちょっとびっくりしたところがあって、もう私54歳で、若干おじいさん寄りのおじさんの年齢になってきて、言っちゃえばナミヘイさんなんか56歳とかの世代でしたっけ。
ですので、もうその辺のあたりの年齢になって、頭が固くなってくる頃なんですけれども、自分がこのまだ20年ちょっとしかない、ボーカロイドという文化の新しい文化に対して感動することができたっていうのが、すごい今、自分でびっくりしているんですね。
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若い頃ちょっと尖がってて、電気音楽が邪道だって思ってた時代もあったぐらいで、20歳とかの頃って、その時は本当に木のドラムじゃなきゃ嫌だみたいな、ちょっと変なこだわりもあったりしたんですけど、最近だいぶいろんなことがゆるーく受け止められるようになってきて、
ボーカロイドも前もちょっと話したんですけど、機械に歌わせるなんて邪道だってちょっと思ってた時期もあったんですけど、でも最近は本当にいい曲がいっぱい出てきて、ボーカロイドならではの良さを引き出した作曲家の方がいっぱいいて、そのYouTubeっていう特性を生かして、映像と音楽が本当に合うような形のものがいっぱい出てきていて、とっても感動しました。
曲の好みはみなさん様々なので、気に入ってもらえるかどうかわかんないんですけど、リンクも貼っておくので、短い曲なのでもし見てもらって、気に入っても気に入らなくても、わださんはこういうのが好きなんだなと思っていただければいいと思うので、ぜひ一回聴いていただければなと思います。
この曲のすごいところが、途中で息が詰まる息が詰まるっていう歌詞を繰り返す場面があるんですけれども、そこがすごい速さで、すごい長い間息が詰まる息が詰まるっていうのが続くんですね。
これ人間だともうブレスできないから歌えないんですよ。機械じゃないと歌えないようなフレーズをあえて作って、それを初音ミクっていうボーカロイドで歌わせているっていうところとかですね。
これは多分作曲者の方がわざとしてるんだと思うんですけど、1番と2番の間の間奏がないんですね。普通だいたいこういうポップな歌謡曲みたいなのって、歌が始まる前に楽器だけの前奏っていうのがあって、1番があって間奏っていう間の演奏ですね。
間奏っていうのは楽器だけの演奏があって、次2番が始まって最後にエンディングみたいな流れなんですけど、この曲はもう前奏も本当に1秒くらいフニャーンっていう和音が流れて、いきなりもう歌が始まって、1番と2番の間奏がなくても最後まで駆け抜けるような感じの作りになっていて、とっても実験的な曲なのにすごい感動できるっていう、
とても素晴らしい歌だなと思います。ピーノ・キョーピーさんっていう、ボーカロイドの世界ではすごい有名な方で、ヒット曲もたくさん出してる方なんですけど、すごい人だなって思いました。
おそらくボーカロイドの文化っていうの自体が20年中で若いからっていうのもあると思うんですけれども、作曲家の人も若い人多いし、聴いてる人も若い人とか学生世代が多いから、全部が全部いい歌というか、ちゃんとして歌っちゃうっていう言い方も語弊があるんですけれども、
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ただ、自分は批評を風習してるつもりか、ただ人の悪口を言ってるだけの歌だったりとか、人殺したいとか、ただ言ってる歌だとかもあるのはあるんですけれども、
たぶんこういうのって年月が経っていけば成熟して、もうちょっといろいろバランス取れてくるんじゃないかなとは思うんですけれども、でもこの歌はそんなこと。この作曲家さん、ピーノ・キョーピーさんという作曲家自体がバランス取れてるすごい天才的な方なんですけれども、そういうのもできていて、とっても感動しました。
何が言いたかったかと言いますと、人間って年取っても変われるんだなということが分かって、今ですね、ウェービリッジって私が入っているオンラインサロン、企業のためのオンラインサロンで、今新しい和田ゆみさんっていうまた新しいスタッフの方がいらっしゃって、メンタルモデルについて今お勉強してるところなんですけれども、
やっぱりそこでも自分をすごいフラットに持っていろんなものを受け入れて、自分を高めていきましょうという話を勉強しているところなんですね。
このボーカロイドの私の受け入れ方についても、それとちょっと通じるところがあるのかなと思って今日録音させてもらいました。
うまく伝わったでしょうかね。すみません、まだ自分の言葉が足りなくてうまく表現できないんですけれども、そんなことがありました。
もしよかったらちょっとリンクで聴いてみていただいて、つまらなかったらつまらなかったらいいと思います。
それはもう人々それぞれの感想なんで、みんながみんな僕の好きな曲を好きになるわけもなく、それは当たり前のことなんでいいと思うんですけれども。
そんな感じです。最後まで聴いていただきましてありがとうございました。長くなってすみません。また聴いていただけると嬉しいです。
和田博史でした。