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みなさん、こんにちは。 違和感の翻訳室、Nishimoto Makiです。
いつもお聞きいただきありがとうございます。
今日はね、お猿のパンチくんの話になるんですけれども
今回はね、ちょっとマサノリさんと一緒にね、話をしていきたいとおもいます。
はい、西本マサノリです。西本マサノリの方なんですけど、よろしくお願いします。
えーっとね、なんか、私ね、パンチくんってさ、まあニュース見ないからさ、
テレビに見ないから、パンチくんはスレッツで流れてきて、
で、初めて知って、
なんかすごい話題になっても、何、最近は世界中で取り上げられてるみたいな。
拡散すんの早いからね、今、世界で広がっちゃうので。
何がウケてる?
ウケてるというか、やっぱりかわいそうって思う人が多いのかな。
かわいそう、なんか何とかしてあげたいみたいに思う人が多いみたいで。
で、ご存じない方はね、検索していただいたらすぐ出てくると思うんですけれども、
ちょっとだけ触りだけお話をしておくと、千葉の市川の同植物園で誕生して、
でもお母さんが育児放棄したということで、オランダンのぬいぐるみ、
IKEAのぬいぐるみを、
飼育員さんがくれて、それで、お母さんの代わりに抱きついているということで、
その姿が、見る人の多くの心を打ってるみたいなね、
そういうことらしいんですよね。
で、そういうことはあるんだけれども、
私が最初写真を見たときは、実は特にどうこうって思わなかったので。
なるほどね。
で、私は、いわゆる社会課題に、育児放棄も含めて、子どもがどう育っていくかとか、
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育つときの家庭に対する考え方みたいな、
前の段階の社会課題っていうところ、その段階を、
私自身が、自分の子供のときに、親が仲が悪かったから、
すごい喧嘩する家だったから、
家庭とか、子どもが育つっていうことに対して、
考える時期がすごく長かったよね。十分時間があった。体感してきたから。体験してきたから。
だからそういうこともあって、
私と同じように、何かしら、自分が育ってくる家庭で、
それを課題としてきた人って、もう十分時間が経ってたりすると、
同じパンチ君の映像を見ても、多分、心を動かされるっていうことではなかったと思うんだよね。
だからそういう体験をこれまでしてこなかった方が、
そういう象徴的な出来事に触れることによって、
どう考えるか、家庭とか子育てとか、そういうことについてどう捉えるかっていうのを、
言ってみたらマイノリティのケースっていうのを、
どう捉えていくかっていうことに対して、考える機会になるんだろうなっていう。
そう、そんな感じでした。
同じ映像を見ても、見た時に話してて、捉え方が多分2つあると思うね。
かわいそうって思う人は、多分だいぶバックボーンがある人。
逆にかわいい、赤ちゃんがぬいぐるみだいててかわいいって思う人は、
ちょっとそういう背景とか、今の育児放棄とかにあまり認識とか経験がない方。
その辺りなのかなと。
多分、監視を持っている人の多くは、やっぱり母性本能が、
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男性であっても、自分の中にある母性本能とか、女性性っていう部分が揺さぶられるっていう経験をしているんだと思うんですね。
まさのりさんは、前は市民活動センターにいたりしたから、
いろんな社会活動をしている団体さんにも接してきたでしょ。
だからその育児放棄の問題とか子育ての問題、異常化と言われて、
今はやっぱり多い社会課題として解決をしようという。
例えば子ども食堂なんていうのも今、数年間ブームになってましたけども、
食事ができない環境にいるとか、親御さんが働いていて子どもが一人でご飯食べられないとか、
食べるのが遅いので地域で支えようとかいう志のある方が始めているので、
今のぬいぐるみが母親の代わりになるというシーンを見たときに、
もちろん昔からあることですけども、反応する人とか共感する人が多いのは今風かなと思ったね。
少し前だと別にぬいぐるみを動物が抱いていて可愛いやったのが、
お母さんがたぶん育てられへんので赤ちゃんがぬいぐるみを抱っこすることで母親の代わりと感じてんじゃなって思う人が増えたんかなっていうのは今バズってるって聞いて思いましたけどね。
もう一つ、マッサーノリさんの場合は、市民活動の前に環境の分野が長かったから、
大分動物関連のことも関わってたでしょ。
京都府のクマのあれとか、何かいいみたいになってたし。
野生長寿ですね。何になったらクマかイノシシの従来に対してどうするかっていうのがあったんですけど。
動物界、違うSNSとかでもよくありますけど、違う母親が別の赤ちゃんの母親代わりをして育てるとか、
オラオタに人間の赤ちゃんが育てられちゃったとか、
もともと何か異種っていうんですか、違う種類とか自分の子供でなかっても育てたり、父を与えたりというシーンが出てきて、
犬の中に小豚さんが混ざるとか、反対側のかな、小豚さんの母親に小犬さんが混ざってるとか、
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同じ哺乳類同士だったら親側が受け入れて育てるみたいな、これはよく聞いたりあるシーンですよね。
猫ちゃんでもそうだよね。
そうなんです。我が家の未来君とかにしても、皆さんの家で言う猫さんは、
飼い主の人間の方が母親とかの代わりで、同じように甘えてきてますし、猫さんは離されてますからね、生まれて数ヶ月後にはね、実際の母親と。
だから必ずしも産みの母親イコール子育てとか、育てられてる子供の方が血の繋がりある母親に育てられてるとは、限らない状況ってのはすごくありますよね。
だから今回の場合は、お母さんが、母猿が育児放棄をしたっていう、そういうシチュエーションだけど、猫ちゃんとかワンちゃんの場合は、
お母さんが子供を育てたいかもしれないのにも関わらず、人間の都合で連れてきてしまっているっていうことだよね。
もちろんこれは魂的な繋がりで言えば、それぞれの学び合いがあるので、理由があってそれは全て起こっていることではあるんだけれども、
いい悪いとかっていうことではなくて、やっぱりパンチ君の姿が象徴しているのは、親だから必ずしも育てる。
だから、出産というのと育児というのをイコールと考えること自体が、そこに対しては私たちに疑問を投げかけているような気がするんだよね。
特にさっきの話、パンチ君の場合、動物園になるとイコールで内立高いと思うんですよね。
お猿さんだけに限らず、もう50年100年動物園歴史がありますけれども、私なんかでも小学校ぐらいの時に動物園の方の話を聞いたら、
ヒョウとかでも飼育員さんが子育てしてあげたとか、上野動物園あたりだと思うんですけどね、有名な話があったりするので、日常的にそういうこともあるので、母親自体が世代的に、
飼育員さんに子育てされていたら、自分がこうすることというのが、本能的にあるか学びとしてあるのかわからないですけれども、
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そういうのがちょっと気迫になって、よくあるのかなと思うんですよ。
パンダでも、中国は、何だっけ、交尾の仕方を、あれは交尾の仕方をビデオで見せてるんだっけ、本能と、
自然じゃないので、動物園の中だったので、そもそもそこの本能的なものを求めるのがだんだん難しくなっているのかなと思う。
本能もあるし、もちろん人間と今のね、赤ちゃんの話と子育ての話にしても。
世代も変わっているしね、よく言われたらもうやっぱり各家族とかになって、子育ての仕方をおばあちゃんとかから習ってないとか、
身につけてないとか、あの片付けをね、私たちやってましたけど、その時も結局なんで今の各家族のお母さんとかが片付けられないかというと、
おじいちゃんおばあちゃんの世代からその片付け方とか、物との付き合い方をちょっと学んだり習う機会がないので、
どうしていいかわからないっていうのがあるので、やっぱり社会的な問題もあって、今このいろんな課題が出ているんじゃないかなと、
話しててだんだんだんだん頭が追いついてきたんですけど。
やっぱり親が必ずしも育てるということを前提に、今いろんな社会生徒とか支援の生徒とかもあるでしょ。
だからさ、子育てが苦手な親御さんもいるじゃん。
やっぱりどうなったりとかさ、子供にさ。
付き合い方、接し方がわからないとか。
やっぱり親御さんの世代、親じゃない私の世代を見てても、なんかこう管理しようとしているところがすごく強い。
親の思う通りではないんですけども。あれだめこれだめとか、あれしろこれしろっていうのは。
結局そうなってくると、
もちろん細かい場面、それぞれの親子関係において、
学び合いだからあるんですよね。もちろんね。今現状はね。
でも親が本当に子供を育てること自体に違和感があるってなったときに、
それでも出産するときは嬉しかったけれども、子育てをする段階になったらそれが違和感があるってなったときに、
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それを責められるのかっていったら、そういうことじゃないと思うんだよね。
それって責任じゃないと思うね、私は。
でさ、またさ、今でもやっぱりどこかに、
ててなしごみたいな感じのね。ててなしごっていうのはお父さんがいないってことなんだっけ。
両親がいなくて養護施設で育ったような環境の人に対して、
差別だったりとかさ、逆にかわいそうな子って思ったりとかさ、
あとさ、社会的な制度上保証人がいないとかさ、いろんな点で困ったりするわけ。
おそらくそういう子たちって増えてると思うのよ、数って。
子供全体の中でのパーセンテージっていうことなのかな。
多分ね、増えてるんじゃないかなと思うんだけど、増えてるのか、
SNSでみんな発信できるようになってきたから、目につくようになったのかね、こちらが。
声を聞けるようになってきたのかね。
でも、そうやって考えていたときにさ、本当にさ、必ず産んだからっていってさ、絶対育てない。
それが義務なのか。特にこれさ、女の人がすっごい負担になってると思うの。
男の人なんてさ、育児放棄ってそもそも言われないじゃん。
基本は放棄してると思ってるから、みんな。
それもまず仕事行って家にいないところで放棄してる。
逆にさ、すごいやってると、育児産化してるって言うじゃん。
だから、お母さんは育児産化って言わないよね。
なんか当然のようなことになってるよね。
当たり前って言われてる。でもそれ自体が違うよね。
まあ、男性だから育休をね、取ったりとか。
でも、育休とかそういう話じゃない時じゃん。
育休でするもんじゃないじゃん。手はちょうど。
育休何日取りましたとか、1ヶ月取りましたとかさ。
それは最初の3年ぐらい関わるぐらいでないと。本来のね。
だからさ、そもそもなんかさ、違うと思うのね。私はね。
そういうレベルの話じゃないと思う。
それと必ずしもね、私は今、市民活動支援センターにいたとかね、
社会課題の現場にいたっていうのがあるんですけど、
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必ずしも産みの親とイコールですね。幼少期とか小学校期を過ごしたからって。
幸せかね、安泰かとか。
それは大きな疑問だね。
いろいろあって、ある意味、ちょっと放棄されたり、ネグレートとかね、暴力とかあんじゃったら、
もう保護施設とか、サトウヤとかもですね、選択肢に出てきますけども。
その魂レベルっていうのはいいんですけども、やっぱりその子にとって本来やっぱり幸せに落ち着ける、
安心できる場所でやっぱりね、幼少期中学生高校生過ごせるのがいいので、
産みの親と一緒にいるからって言って、
その貴重なね、成長期の時の時間とか、精神的な成長の時期を過ごすとかね、
いいのかなっていうのも、やっぱり事例見てて思うし、
7、8年以上前かも、10年近く前かな、地域のセンターで働いた時に、
学校のある機関はいいんですが、学級機関になるとね、子どもたちが朝から施設に来るんですよ。
9時から明けて5時までやったりしてると。
何してんのって言ったら、500円玉一枚持って家帰ってくるなと言われる子たちがね、
いたりっていうのを見てると、必ずしもね、一緒に住んでるのが幸せなのかなっていうのも思いました。
まだね、子ども食堂なんていうことも生まれる前の話ですけども。
あの時はさ、私もね、同じところで当時働いてたんですけれども、
そこの地域っていうのは、もともとちょっと課題のある地域だよね、地域性としてね。
で、そこはセンターが、地域のセンターがあって、
その中に学童はあったから、そこの学童の先生みたいな長くやってらっしゃる方がいて、
その地域のことを十分よく分かってたから、それでそういう子たちが入ってきてもいる場所があったんでね。
親御さんもそれが分かってて、500円を出せて、外に行っておいでってやってたのかもしれないけど。
でもセンターできる前はね、コンビニの前でタオルをしてたってこと?
そうなの?
学童保育所は学校やってる時の放課後だから、なかなか場所になってなかったかもしれないですね。
どんどん状況は変わっているので、今はね、良くなっているかもしれないですけど。
それはね、すごいね。
すごいね、やっぱり場所もあるし、当然働かれたりして、両親いないところもあれば、
家にいるけども出て行っちゃって、追い出された子たちもいたので、いろんなことを感じましたね。
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なので、いずれは、未来の方向性としては、
社会課題ってさ、私は半達生涯のことやってたから余計思うんだけど、
社会課題って、上がってきて私たちが課題だというふうに認識されているもので、
必ず解決する方向に社会が動いていくんだよね。
だから私たちが今挙げたもの、課題だと思って挙げたものは、全て解決していく未来があるんだよね。
これを解決していこうと思うと、やっぱり地で繋がった血縁関係を重視するというところから離れていかないと、
解決ってなかなかできないんだよね。
そこね、あまり固執するところではこれからはないかなと思う。
特にお父さん2人に、子供、そういうケースもあるでしょ。
ドラマでも出てきたりしてるけどさ、
男性パートナーに里芳、
そうすると子供がどっちかは繋がってないわけじゃん。
片方繋がっている場合と両方とも繋がっていない場合ってあると思うんだけど、
どちらにしてもそういうケースになってくるとさ、そもそも血縁関係じゃないじゃん。
血縁でのファミリーじゃないよね。そういう位置づけじゃなくなってくるね。
家族というね。
霊的な繋がりってことになってくると思うのね。
でも社会制度って今でも血縁関係を軸にしてるでしょ。
一両そういうことになってるでしょ。
結婚制度の話にしても、
全てやっぱり世帯主がいて、家族がいて、配偶者がいて、扶養家族がいてって言われましたら、
男性の中に幼稚園組で、一応ペーパー上はちゃんと、
男性同士ってことになるとね。
そうなって幼稚園組でこの子供が一応子供として見出すみたいな、
処理上結局作成される家族になっちゃう。
でも結局あれも全部管理するための社会の、
税金取るためで簡単に言ったら、
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税金を徴収するために考えられた仕組みでしかないから、そもそも。
本来は生きていくためのスタイルには必要ないですよね。
だから私たちはそれを今後も肯定し続けていくのかどうかっていう話になってくると思うんだよね。
税金取るためともっと深いところでは、
これは国によってって言った方がいいのかもしれないけど、
細かく言うと、男性主体の国を維持していくために、
そういう制度を敷いたわけだけど、
今はすごい限界が来ているし、
私が最近よく話すのは、
システムを組んでいくにあたっては、
この世帯っていう考え、これで組んでいくのって複雑になるんだよね。
一人で組むよりも、一人一人に対して何かを組んでいくよりも、
グループで組んでいく。
グループになるでしょ。グループで組んでいくことになるでしょ。
ややこしくなるもんね、これ。
いつまで続けるのかっていう。
複雑になるの、仕組みが。
やっぱりいろんな、デジタル化も含めて、
だんだんこのペーパーレッスンの次はこういう制度の問題も変わっていくから、
細かく言っていくように声を上げていかないといけない。
話がずれましたけれども、
今回の話の内容というのは、
まず海の母親っていうのが必ずしも子育てするのかと、
これが前提になっているのは果たしていいのかと。
それかやはり育児放棄をしたら避難されるのか、
やはり心身的にしんどいこともあるだろうから、
無理して続けなくても周りの支援を得たりとか、
場合によったら外で離れるというのも一つ手段としてあると思うし、
今回産む人と育てる人が一緒かというのを、
皆さんと一緒に考えていただければなと思って、
今日の話題になった感じですね。
家族の在り方ですね。
いずれは、
少人数での家庭という枠の中で育てることを前提とした境界線が崩れていくことになる。
もうちょっとコミュニティという話ですね。
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結局コミュニティで育てていくみたいな感じになっていくと思う。
ちょっと一世代、二世代に戻る感じですけどね。
まさに地域で育てるとか、
集落でみんなで育てるっていう。
でもあれがもっと自由になっていく感じだと思う。
土地にひも付かなくなっていくから、
これから人がどんどん流動的に動いていくようになるから、
ずっと子供の頃を知っていた人が大人になっても知っているという、
昔の話ですね。
閉鎖的な地域の中での関係性ではなくなっていく。
おじいちゃんがずっとこの子供が生まれた時から知っているのではなくて、
もう突然ここ数ヶ月とかで知り合いだったり一緒に来ても暮らし合えるという。
変わっていく。
コミュニティ自体のメンバーが変わっていく。
その時々でやって、そういうことになっていくのかな。
はい、という感じがしました。
ということで、先の未来のお話までしましたけれども、
今回のことを考えるきっかけになったらいいのかなと思っています。
それでは今回もお聞きいただきありがとうございました。
さよなら。