【子育てチャレンジLIVE#003】子どものこと愛せない!?
2026-09-24 26:49

【子育てチャレンジLIVE#003】子どものこと愛せない!?

毎週水曜日お昼〜は3人のお子さんの子育て真っ只中のことさんと子育て中のリアルな気持ちをテーマにお話ししています。

▼Y.labo for Mom とは? 
子育て期間を「未来を創る時間」に。 
子育ての葛藤を、私自身の『知性』と『成長』に変えていく。
子どものことも、私の未来も。どちらにも真剣に向き合うからこそ、正解を探して人知れず焦ってしまう。
ここは、そんな「あなた」のための小さな実験室です。
誰かの正解を急いで探すのではなく、モヤモヤを自己理解のヒントに変えながら、プロセス自体を一緒に楽しんでいきましょう。

▼ナビゲーター yuka(Y.labo主宰) 
「自分の意思で生き方を選び、幸せに生きる人」を増やすため、内面(自己理解)と具体策(ビジネス構築)の両面から伴走するNLPライフコーチ / マーケティングデザイナー。
権威や所属のステータスに依存せず、自分の足で立つための「生きるリテラシー」を提唱。国家資格(キャリアコンサルタント)も「本質的な価値提供に資格は不要」と潔く手放す。現在はオンラインスクール「Y.labo」を運営し、自己理解をビジネススキルに昇華させる『インナービジョンプログラム™️(IVP)』などを展開中

■Webサイト: https://yukaimamura.net/


こと(Y.laboメンバー / 水曜コラボパートナー)
 3人育児真っ只中のママ。等身大のチャレンジやリアルな悩みをシェアしながら、リスナーと一緒に実験を楽しむ共感パートナー。


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サマリー

子どもを「好き」「かわいい」と思えない時期があっても、それは育児の負担や孤立、産後の心身の状態によって起こり得ると語られます。ことさんは、3歳・5歳・8歳の子どもたちを一人の人間として捉え、無条件に愛さなければならないという思い込みから距離を置けるようになった経験を話します。二人は、感情が追いつかない時も淡々と世話を続ける日々の積み重ねが、後から愛情や家族の絆に変わることがあると考えます。血のつながった親子だからこそ意地や期待が生まれ、夫婦と同じように相手を理解する努力が必要だという話にも広がります。正解を急がず、苦しい時期を一つずつ乗り越え、子どもとの関わりをコミュニケーションの学びとして面白がることが大切だと締めくくられます。

子どもをかわいいと思えない時期
こんにちは。Y.labo for Mothers 子育てチャレンジライブ、今日もスタートしたいと思います。
今日もコトさんと一緒に、このチャレンジライブをお届けしていこうと思います。
コトさん、こんにちは。
こんにちは。
お願いします。
よろしくお願いします。
すいません、今日1日、日にちをずらしていただいて、木曜日の開催ということで、今日もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
はい、今日のテーマなんですけれども、ちょっと重ためのテーマかなと思ったんですけれども、
子供のこと好きですか?っていうね、結構重たいテーマでお話をしていこうと思います。
で、ちょっとコトさんにこの質問を投げかける前に、なんで私がこのテーマに出会ったかという、
これにしようかなと思ったかっていう理由をちょっとお話させていただこうかなと思うんですけれども、
たまたま子育て系の記事だったか何だったかを見てて、そこにコメントが入っていくような感じの見た時にですね、
私自身も結構忘れてたんですけれども、
こんにちは、ありがとうございます。
佐々木さんですね、ありがとうございます。
ありがとうございます。
このチャンネルでも結構子育ての前向きな改善方法とかアイディアとかそういうのをお話ししてますけれども、
結構ですね、それ以前に子供、自分の子供を可愛いと思えないっていうことで悩んでる人がこんなにもたくさんいるんだっていうぐらい、
その記事にコメントが入ってたんですよね。
はい。
私自身も何か思い返してみれば、3,5、1年とかそれぐらいだったと思うんですけれども、
何かいわゆる3,5打つみたいな感じで、本当に毎日子供の世話をしないといけない、自分の時間もない、体もきついみたいなので、
そういうふうに思ってた時期が確かにあったなと思って、
しかも何かそれが一生続くんじゃないかみたいな、
すごいどんよりした重たい気持ちって、何かそういえばあったなっていうことに気がついたし、
何かすごく大きな問題だよなって思ったんですよ。
あの時期を乗り越えるか乗り越えないかっていうところがですね。
もちろんもっと何か大きくなってからもそういうのを抱えたままの方っていうのもいらっしゃるんじゃないかなと思って、
今日何かちょっときっかけというか、ここで答えが出るわけでも何でもないですけれども、
きっかけとして、ライブで話してみてもいいんじゃないかなということで、お話をテーマに取り上げてみました。
ちなみに琴さんいかがですか?
私はですね、好きですかと聞かれたら、もちろん大好きだし、かわいいとは思ってます。
でも今ちょっとゆかさんがおっしゃっていただいたように、私も正直そうだったんです。
1人目の時に、かわいいとかじゃなくて、いっぱいいっぱいみたいな。
いっぱいいっぱいですよね、最初は。
はい。産後鬱。でも振り返ってみると、あれが産後鬱だったのかなっていうふうにはちょっと思ったりもして、
確かにそうだなって今ちょっと思ったんですけども、
ただ、かわいいですかっていうか、かわいいんですけど、
ただなんかもう、しょろくじ中ほんとずっと一緒にいたりすると、かわいいとかキュンキュンとかしたりとかっていうのもあるんですが、
やっぱりイライラする瞬間も余裕がなくて受け止められない時も普通にあったりしてるんですね。
子どもを一人の人間として見る
でも、私は子供を自分の所有物みたいな感じに思うのではなく、
1人の独立した人間として見る感覚が強いですよね。
なので、だからこそ子供っていう感じではなく、
タイトな人間同士としてぶつかるという感じ。
それは年齢を、今3歳の息子、5歳の娘、8歳の息子がいるんですけども、
その関わり方っていうのを年齢とともに変えていって、
1人の人間同士のぶつかり合い、相性、感情の波があって、
もう当たり前なんだなと思いながらも、かわいいと思いながらも、
1人の人間を見てのかわいいみたいな感じで、
それこそ1人目を産んだ時の私の感情、あれ?かわいいって思えてないな、みたいな感覚は今はなくて。
だんだん2人目、3人目ってなると、自分自身も成長しつつの客観的な目も出てきつつ、
余裕が出てきつつっていうところもあるって感じですか?
そうですね。
それもありながら、たぶん私は自分の子供なんだから無条件に愛さなきゃ、
常にかわいいと思わなきゃ、みたいなのがたぶん結構あったんですよ。
あったんですね。
2人目くらいは。
ありましたありました。
そしてでもそれもゆかさんと出会って、ゆかさんがおっしゃってたことがすごく響いたこともあって、
そこから私はもう、授かったけどもなんか預かってるみたいな。
そうですね、預かり物って。
預かり物っていう風に、ゆかさんからおっしゃっていただいたこともちょっと自分の中に響いたっていうのもあり。
そうですよね、まだそれこそ出会った頃がまさに3号、それこそ直後ぐらいの状態だったですもんね。
そうですね。
直後ってほどでもないですけど、まだお子さんも小さかったですもんね。
確かにこう、最初はね、ホルモンのバランスとかっていうのは絶対多少なりっていうかあると思うんですよね、ああいう気持ちになってて。
だけどやっぱそれだけでは済まされないぐらい、当事者の時ってなんかすごい孤立した感じもあるし、
子供をそれこそ泣いてても無視したくなるような気持ちが出てきたりとか、
そういうのも自分もあったなって思うんですよね。なんで泣くの今みたいな。
今日ちょっと無理っていう、なんか距離を置きたくなる時ってやっぱどうしてもあるんですけど。
全然それででも自然なことなのかなと思って、今なんかそれをちゃんと受け止められるようになったっていうんですかね。
今だからですよね、それはね。
今だからです。
例えば頼れる人が周りにいたりとかする状況であればそういう時も、
言うて長くは続かなかったりもするから、ヘルプを出しながらうまく乗り越えられたりもするのかもしれないけど、
本当にワンオフでやってたりとかすると、そういう逃げ場、心の逃げ場もない、そして作業の逃げ場もないみたいな感じになると、
子供を可愛いと思えない、自分の子供なのに可愛いと思えなくて、
もっと進むとそれこそ虐待になるような無視をしたりとか、
そういう行動してしまう自分自身に自己嫌悪になっちゃうようなループに入っちゃうことっていうのは、
意外とよくあることなんだろうなって思ったりしますね。
そうですね。わからなくもないなっていうふうに思う時もあります。
そうですね。本当紙一重だと思うんですよ。
そのループに本当に巻き込まれちゃうか、時の流れとともにうまくそこから抜け出すことができるかって、紙一重だなって思ってて。
淡々とした世話が愛情に変わる
今思うとの話なんですけれども、
私ですね、息子は成人してますけれども、一番可愛かったのって二十歳の時なんですよ。
小さい時は可愛いんですよ。物質として可愛いじゃないですか。小さいから可愛いし言うことも可愛いし。
冷静に考えたら一番いろんな意味で愛情が溢れてたのは二十歳前後くらいだったと思うんですよね。
もうすぐ本当に手を離れるんだろうなっていう寂しさと、これまでの歴史みたいなのが全部積み重なって、その時にこの子は自分の子供で良かったなっていうか、何とも言えない愛情っていうのが一番マックスだったんですよ。
それが何でなのかなって思った時に、小さい頃私も息子が小さい時に自分もお母さん初めてで、自分がお母さん新米で、うまく子供と接することができなかったことっていっぱいあったんですけど、
それを積み重ねたことが単純に愛情っていうか、愛情という感情に変わっていったんじゃないかなと思うんですよ。
例えば男性の場合なんかって自分が産むわけじゃなくて、血はつながってて親子だけれども、痛みは最初に得ないじゃないですか。自分が産んだみたいな実感って多分ないと思うんですけど、それでもすごい自分の家族になるわけじゃないですか。長年一緒に。
私は女性も同じな気がしていて、私は一人しか産んでないので偉そうなことは言えないですけど、言って忘れるから二人目を埋めるんだと思うんですよ。痛みを。
ずっとあの痛さが残ってたら怖くて、みんな何にも埋めないとわかんないですけどね。
結局フッと我に書いて3歳ぐらいの時から、私は男性と同じくらいの感覚で子供と育ててたなって思うんですね。
自分が産んだというより、産んだ時のことはだいぶ忘れてきた頃に、行動を通して関係を築いていったみたいなのがすごいあったんですよ。
はいはい。だからなんか、もしちっちゃい時に愛情とかがないなとかもううるさいなって思うぐらい、この子のこと愛しててないのかもって思った時に、なんか淡々とお世話をするっていうことが結構重要なんじゃないかなって思ったりするっていうんですかね。
愛せても愛せてなくてもそれは後で考えればいいことで、お母さんも一生懸命その時きついと思うし、自分をできる限りいたわりながら子供と一緒に淡々と毎日そこで変に盛り上がるっていうんですかね。
良い子育てしようとか思わずに、淡々と乗り切ればその淡々と乗り切った日々がいつか何かこう思い出というか愛情に変わるような気がするっていうか。
うんうんうんうん。先ほどあのその、20歳ぐらいになって可愛いと思ったっていうのをヨカさんが言ってくださった時に、あれって思ったのは、私なんか8歳の息子なんですけど、今小学校2年1年生、小学校に上がるぐらいからあれ?なんかものすごく可愛いなみたいな。
そう、多分それ似てると思います感覚が。似てますかね。だからそれが何回か来るんですよ。高校ぐらいになったら今が一番可愛いと思うけど、それをどんどんどんどん更新していくんですよ何か。
そうなんですね。なんか今3歳の息子がいるからなのかわからないんですけど、なんか今ちょっと客観的にこう見て思ったのは、なんかちゃんと人としての会話ができるようになってきたから、これなのかなとか。
それもあるかもしれないですね。うんうんうん。なんならこうちょっとぶつかり合うことができるようになってきたのが、ここ最近の8歳の息子なんですけど、なんかそれとかもあるのかなとか、なんか本当に可愛いっていう、小さい子を見てる時の可愛いっていう感覚ではなく。そうですよね。わかりますわかります。そうなんです。
家族として本当に絆がこうできてきたとか、そんな感じですよね。そんな感じです。うんうんうん。だからなんか、そんなものなんじゃないかなっていうか、血がつながってるから別に愛せるとか愛せないとかそんなことではなく、こうなんですかね、
人としての関わり合いを何とかこう自分なりに努力してやろうって思ったことの積み重ね、小さなそんな愛情とかではない行動の積み重ねが、そういうものに変わっていくんじゃないかなっていう風に。そうですね。
思ったりしますね。だからそれで例えば、何時間おきの授乳とかおむつ変えたりとかご飯も作ったりとかめちゃくちゃ大変じゃないですか、あの子供がちっちゃい時って。はい。
だからそれすらやりたくないぐらいだと、もし思ったとしても、なんかそこは何とか私個人すごいこれ賛否両論だと思いますけどね、そこは何ていうのかな、何とかして乗り越えた方がいいんじゃないかなって個人的には思ってるんですよ。
例えば生き物じゃないですか、当然ですけど生き物ですから。自分がその責任という言い方をするとちょっとそれこそ重たいかもしれないけど、生むって思ってお迎えしてるわけじゃないですか、子供がね。
本当に授かってありがたいことだなと思うので、なんかその点からいただいた一つの役割、ありがたい役割を何とか果たそうって思うことは、ちょっと頑張ってやってもやると絶対なんかどっかでいいことがあるんじゃないかなっていうか、なんかそういうのもちょっと違うんですけど、なんかねうまく言えないですけど。
責任っていうのはちょっと違うんだけど近いニュアンスかなみたいな、使命みたいな感じですかね。
ご縁だと思うんですよやっぱり、子供と出会えるっていうのはね、だからそのご縁に対して真摯に向き合うみたいな感じかな、責任というよりは。
そうですね。
私もそう思います。
それで後々なんか愛情とかって、
ついてくる。
ついてくる、そうついてくるものがあるんじゃないかなって。だからほらうまくいってなかったら、親子の関係が大人になってうまくいかないこととか崩れることとか、親子だけど別に親のこと好きじゃないとか、あるじゃないですかやっぱり。
あります。
それはそれで、それが心地いいか心地よくないかは別として、当たり前のことだと思うんですよね。
一人の人間と一人の人間が、赤の他人でこの人といまいち合わないなって思う人がいるように身内であろうがなんだろうが、それは全然あっていいことだと思うので、いいというか当たり前のことだと思うので。
なんかそうですね。
血のつながりと家族の複雑さ
今家中にいてきついなって思う人がもしこの今の話を聞いてくださったら、そういうことじゃなんだよってその時は思うかもしれないけれども。
そうですね。
ご縁あって、夫婦とかと同じかなって思うんですよね。
今ちょっと言おうと思いました。
そうでしょ。
そうですね、夫婦。
同じでしょ多分。
そうだなって思いました。
最初は好きで出会って恋愛して結婚するっていうのが普通の流れかなと思うんですけど、よっぽどその性略結婚とか言い名付けとかじゃない限りはね。
好きな中に好きじゃないところも年々出てきたりして、それでもちょっとずつ相手を理解しようと努力しながら家族になっていくじゃないですか夫婦って。
はい。
子供もそれと全く同じってことなのかなって思いましたね。
思いました。私もすごくそれ言おうかいなと思ってたことをそのままゆかさんが言ってくださった感じです。
ほんとそうですよね。
夫婦の方が多分難しいんですよ。血も繋がってない。
どっちが難しいと思います?血が繋がってる方が難しいのかな。
夫婦は赤の他人じゃないですか最初は。
そうですね。
どっちが難しいんだろうな。変に血が繋がってる。
血が繋がってる方が私はですね難しいのかなってちょっと思ったりとかなんかちょっとスイッチ入っちゃったりとかすると本当なんか添えんじゃないけど。
なっちゃったりもしたりとかするのかなってこれはもうあの私の考えですけども。
なんかちょっとした一言とかで何かこう譲れなかった言葉とか言われた言葉が無性に傷つくけど
まあこれは他人だからまあいっかって私は思うんですけどそれが家族ってなると
うーんなんか引き下がれないなみたいな。
そうですね血が繋がってる方がなんかちょっと複雑かしがちかもしれないですね。
だからこれは子供のちっちゃい時に愛せないっていうのも血が繋がってるからそこで悩むわけですもんね。
自分が産んだのにみたいなのがある。
それは今日感じたのは母なんですけど
今日なんか本当そのなんかそういえばと思って譲れてないなみたいな感じちょっと思ったことは
なんか今日母にちょっと明日用事があるから病院に行きたいからちょっと下の子を見ててほしいっていう話をしたときに
私明日仕事だからちょっと見れないよって言われてちょっと私はこう母のシフトの時間を知ってたのであれって思ったんですね。
で私があれ明日何時からだから午前中空いてないって言ったら
いや私なんか午後1番からで早いシフトだから明日はダメよって言って
言われてあれ?みたいな。
したらなんかいや私あのまあ母に私シフトほら前回送ってもらった時に見て時間確認してから予約病院の予約もしたから
あれ時間合ってると思うんだけどって言ったらなんか母はそれをなんか認めず
たぶん私の間違いだと思ったんだと思うんですよ見間違いだってシフトの。
あれ明日って木曜日だよねって言われていや今日木曜日ですけどって私が言って
母はちょっとなんかわっみたいなちょっと私引き裂かれなくなったみたいな感じだったのか
そうだったみたいなあって言われていやそこはちょっと認めようよみたいな私思ったんですけど
でこうなんかあーと思ってまあここで私がなんか言ってももうなんか揉めてもやだし
いやーと思って終わったんですけどなんかそれこそなんか血がつながってるからこそ
あそっかごめんねってなんか言えないなって
それが例えばおしゅうとめさんだったらお互い言っちゃってるけどってことですよね
おしゅうとめさんすいませんごめんなさいとか言うけど私の間違いだったって言うんですけど
そこなんか言わずに私もなんかちょっとえ?何々だったよねって私シフト見たよみたいな感じ
なんか言えちゃうからなんかそういうのなのかなって今ちょっと思いました今日の一つの出来事で
そうですねそうかもだから血がつながってる方がなんか変な意地とか思い込みとかそういうのがあって
あの他の人には思えるようなこととか素直になれるようなこととかがなかなかそうなれなかったりはしますよね
だから複雑化しやすいからまあ子供に対しての感情とかも同じように
あの同じところですよね自分の中で割とこういろんなことで
そうですね
なってる可能性はありますよねまあまあまあそうですよね
正解を求めず育児を続ける
あの今苦しいものをなんかどうこうってすぐにはできないかもしれないけれども
なんか淡々とっていう淡々とって感じ
そうするとなんか意外と後からついてきたりもするだろうし
そうですね
ところですかね
なんかコミュニケーションの勉強になってます子供といると
なんかもうそれこそこう今までは可愛いと思えないなとか
なんだこの生き物はみたいな感じな時があったんですけど
いやこれコミュニケーションの勉強だなみたいな
そうですね子供もねまだまだね
逆にそれで覚えていくっていうところもあるでしょうからね
はいそうですね
なんか今日のお題をすごく勉強になりましたありがとうございます
でもなかなかねなんか本当子育てっていろんなことがいろんなことがあるじゃないですか
自分自身のこともそうだし子供の成長のこともそうだし
今回みたいななんかすごくセンシティブなこととかもあって
なんかそんなに割り切れるような問題とかパッて答えが出るような問題が
それこそ一つもないと思うんですよね
みんな状況も違うし
だからこそなんかちょっとこうやって話すと
ひょっとしたらこういう風な捉え方したらここから抜け出せるかもしれないとか
みんなそれぞれ違う状況の中で
それを自分自身でなんかこうピンと感じ取って
ヒントになったりとかそういうのが起こればいいなっていう風に思いますよね
絶対的な正解がないからこそみんな迷うんだろうし
迷ってなんか終わった時にやっとわかるみたい
わかるのかわかってないのかもわかんないですけど
はいはい
だからそうですね
なんかね
それこそ諦めずに続けることが一番大事じゃないですか
そうですね
だから良くしようとかいうところよりも
今のこの苦痛を何とかして一個ずつ乗り越えていくっていうこと
その時はだって大変ですよね
もう本当にお先真っ暗みたいな状況になる人とかもいっぱいいると思うので
自分もそうだったと思いますね
はいそうですよね
私も3人目を生んでから本当に何だろう
自分のこれでいいんだみたいな安定した気持ちじゃないけど
そんなのがこう
余裕が出てきたっていうわけでもないんですけど
自分を客観的に見れるようになってきた感じがするので
ちょっと想像を絶しますもんね
3人の子育てっていうのは
そうですね
本当に正解を求めてたらおかしくなっちゃうなっていうことにも
やっと3人目を出産してやっていく中で
違いを面白がって育てる
気づき始めたって感じですかね
みんなだって違いますしね
そうですね
みんな違うからみんな同じことしてたって
みんな違うように育っていくって面白いですよね
そうですね
全く違すぎて
でも何かどこかしらで
あれこれ私に似てるっていうのが
違う全員がここが一緒じゃなくて
違うところでそれを受け継いでるって感じ
そうなんですよ
私一人のこの人間の一つが一番上の子にあったりとか
そしてまた真ん中の子にはまた違うところでそこに入ってたりとかで
面白いなって思いながら育児すると
面白いなって思えるようになったというか
面白がってっていうのはでも何事も大事ですよね
そうですね
余裕がない時って自分も面白がれてないなって
今でもやっぱりそういう時ってありますけど
キキキリンさんだったかな
面白がって生きようっておっしゃってた言葉
多分キキキリンさんの言葉だったと思うんですけど
面白がるとどんなことでも結構面白かったりしますよね
そうですね
私もそう感じます
あまりスパッとした結論はない回でしたけれども
何かの参考になったらというか何かのきっかけかな
参考というよりもきっかけに
あればいいなということで
今日の放送を締めていきたいと思います
はいありがとうございました
今日もありがとうございました
ということでまた来週水曜日かな
来週は水曜日にお届けしようと思いますので
お時間がありましたらお越しいただければと思います
ということでことさん今日もありがとうございました
失礼します
失礼します
26:49

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