NPOとしては先なんです。研究したり授業したりっていうのは英語の方が先なんですけど、それをいち早く一つの組織にして普及していこうっていうのを始めたのが今の理事長のアーノさん。
今お話を伺いつつ、文字通り多言語多読、そしてこの本自体は英語多読なので、2002年当初に比べて多読っていう言葉自体が聞いたことあるって方がたくさんいると思うんですよね。
学習したい方も多いですし。そういう中で坂井さんが提唱される、このNPO多言語多読が大事にしている多読、英語多読っていうことは、また一般的に言われている部分と通ずる部分、また違う部分もあったりすると思うんですけども、
なぜ多読なのかっていうのを坂井さんなりにお伝えいただけますか。
僕が授業でやっていたくらいの量では、1年間で例えばこのぐらいの厚さの本を読んだとしますね。100ページも足りないようなもの。実際にはこういうもので始めて、50ページぐらいで終わるっていう授業をやってたわけですよ。
その授業っていうのは?
普通の英語和訳の家族の前の授業。それを25年間やってたんですけど、25年間ずっとこれじゃ量が足りないって真剣に思ってたわけです。量を増やすためには、授業ももちろん変えなきゃいけないんだけど、学生たちが家で読む時間を増やさなきゃいけない。
じゃあ学生たちはどんな本だったら家で読むだろうか。強制されずに。そういうところで絵本に至ったということですね。楽しくなければ絶対家で読むはずはないので、宿題なんかにしたって絶対ごまかしますからね、当然。
やりたくないんだから。そうじゃなくて、自分の方から面白いしやってみようって思うには、どういうものを読むのか。なぜ読むだけかっていうと、その頃まだ聞くとか見るとかっていうのはほとんど不可能なぐらいに高かった。
それこそYouTubeもないですね。
費用がかかったので、それはもうなしで。読む方に絞って、じゃあそれが家で楽しくできて、しかもこの結果大量にっていう、どうしたらいいだろうかっていうことを考えて、そしてこういう絵本にたどり着いた。
簡単に言えば、量が足りない。今までの英語の勉強の仕方では。あ、そういえばこれ、全ての悩みは量が解決する。
まさにその考えで、量を増やすにはどうしたらいいか。楽しくなくちゃ長い時間やらないだろう。楽しいためにはどうしたらいいだろうか。そういうふうにして、量を増やすっていうところから全て出発したっていうところが今までと違うところだろうと思います。
ありがとうございます。まさに今日のさすが、もう一言で語っていただいて、本当に肝をお伝えいただいたと思うんですけど、僕もやっぱり個人的にも今も実践させていただいてて、やっぱり思うのが、この本の中にも書いてありますけど、多読は学習じゃないと。
読書、楽しむことだよ。読るのはNGってあったので、やっぱりね、日本で英語の教育を受けてくると、多かれ少なかれというか、勉強という形が染み付いちゃって。
そうですね。
やっぱり私ごとですけど、僕も英語でインタビューしたいと思って、10年くらい前、半年くらいちょっと集中して、いろいろ思うところあって、トーイックを頑張って、そこは300点から半年900まで持っていったんですけど、でもその後、会話は多少はできるんですけど、要書が全く読めなくて。
もうそれこそ、このふーわーずシリーズの薄いものすら読めなくて。で、その後もこの10年にわたって、ずっと苦しみながらも、ここまで時間とお金かけてきたからということに、なんとかやってきたんですけど、この本の中にもそういう方たくさんいらっしゃって。だから、英語学習がやっぱり辛く成果がなかなか見えないというか。
それはね、楽しくないから。
やっぱりそこ。
昔と違って、今は音も入るようになった。映像も随分安くなった。そうするとね、難しい本、辞書を引いてね、日本語に訳してるね、意味も全くないんですよ。だから、ぜひぜひこれからはワクワクするような、頭刺激されるような、そういうものを追いかけていくといいと思いますが。
学校、英語の勉強ってそうじゃないでしょ。辞書を引かなきゃいけない、訳せなきゃいけない、そして何しろとにかく正しくなくちゃいけない。楽しみが増えてくるとね、そのうち正しくなるんです。
坂井さんご自身が、当然その大学で英語を教えらっしゃって、英語のプロフェッショナルであって、それまでもずっと学生時代から英語をお勉強もしてきたと思うんですけど、どこで楽しむことの方が大事っていうのは気づいたんでしょう。教える方になってからなんですか。
そうですね。僕は英語の成績すっごく良かったんですよ。高校の時も大学の時も。それをそのまま授業に持ち込んだわけですよね。
ただ、学生が楽しそうにしてないと僕不満なので、学生が楽しめるようにってことは、昔ながらの英文和訳の授業だけれども考えていた。でもそれがちっとも学生楽しそうじゃないし、第一、1年間僕の授業を受けて何か得たかっていうと、どう考えても何も得てない。
だから僕は最初、25年間ずっと何をやったらいいかって、それこそいろんなことをやったんですよ。でもちっとも手応えがない。授業が終わったらいなくなって、俺一体何したんだろうっていう。そういうのを25年続けたわけですよね。
電気通信大学の学生ってみんな英語得意じゃないですかね。だんだん優しいものにしていったんですが、ある年の1年間当時の授業で、一番最後の授業の時に学生に向かって、1年間どうもありがとうございました。この先もできれば英語を勉強していってくださいって言ったんですね。
そしたら一人の学生がツカツカツカと僕のところに来て、坂井さん熱心なのはわかりますが、僕たち英語が得意だったら電通代来てませんって言ったんですよ。で、いなくなったんですね。つまり坂井さん空回りしてるよと言ってくれたんですよ。
それで僕はあっという間に気がついて、楽しくやれるようにと思ってやってきたつもりだったけど、学生のこと全然考えてなかったなと思って、そこからすっかりやり方を変えて優しいものを持っていくようにしたんです。辞書もどうしてもこれが必要だなと思うところだけ引きなさい。全部引いたらダメだよっていう風に言うようにして、これ以上は優しくない、優しいものはないっていうところまで優しくなったんです。
BBC放送に置いてある理科系の初心者向けの記事、それを1年間ぐらいやって、その次の年も始めて、ある4月の最初の授業のときにそれをプリントアウトして持って行って学生に配って、次の時間に学生たちに優しいけれども英文和訳をやらせたんです。
それ終わったら1人の学生が先生、今日のお話何にもわかりませんでしたって言ったんですよ。まだわかってないなと思って、そこでそれがもう非常に大きな僕にとって大事な一言で、絵本は好きだったので、授業に使うとまでは考えてなかったけれども、かなりたくさんいろいろ集めてあったんです。
【坂井】僕も最初からそういう風になるとは思わなかったんです。2002年に多読というのを世に問うて、そしてそれで実際に多読というのを社会人が始めた頃には、音、聞く、話す、それから見る、書く、これはもう頭にありませんでした。読むことだけだったんです。
ところがね、社会人に向かって多読というのを広め始めて、たぶんあれは1年半ぐらい経った頃だと思いますけれども、ある人がね、多読始めて何ヶ月かですと、その前に聞いてわからなかったものを、多読3ヶ月ぐらいやってからもう1回聞いたらわかるようになってた。それもまたびっくりしてて、あれ俺は聞くって話はしてないんだよ、まだと思って。
そのうちにね、あらゆるところにつなげたいとは思ってたけれども、まだそれはやってないのにと思ってびっくりして、そしたらそれと似たような話が、その当時SSSの掲示板という昔のインターネット上の交流の場を通じて、何百人何千人という人が多読を実際にやってみて、で自分の場合こういう風になってる、今こういうのを読んでる、ここから先どうしたらいいだろうか、交流があったんですけど、
その交流の中で聞く方ができるようになったって人がどんどん出てきた。これは北海道のアズキさんという人なんだけれども、お連れ合いがアメリカに行くことになるかもしれないので、英会話を勉強しなきゃいけなくなったと。実際に英会話学校に行ってみたら普通の人よりも喋れるって言われたと。やったことないのに。
聞く訓練をやるわけではない。話す訓練をやるわけではない。書く訓練をやるわけではないけれど、たくさん読んでそれから聞くのはある程度やった人たち多いと思いますけど、ここにある絵本にもほとんど全部朗読がありますのでね。そういうものを並行してやっていくうちに、どれもこれもできるようになってきた。
要するにいわゆる4技能っていうのが今世の中では大流行りで、でもあの4技能っていうのは実はエセでありましてね、言葉っていうのは一塊なんですよ。それをどっから見るかで、こっちから見ると読む、こっちから見ると書く、こっちから見ると話す、こっちから見ると聞くっていう風になるわけで、言葉の力っていうのは一塊で分けられないものだと思う。
おだしょー 便宜上分かれちゃってるだけですよね。
山本 いや便宜上じゃなくて、儲けるために分ける。つまり細かく分ければ分けるほどそれ別々の本だとか。
おだしょー それだけで参考書問題書めちゃくちゃありますよね。試験もね、リーディング、リスニング試験もね。
山本 そうですそうです。要するに英語産業っていうのは僕恐怖産業って言ってるんですけど、これできないともうあんたの子供はもうダメだよ、あんたのキャリアも将来ないよとかって、そういう恐怖心で英語に向かう人がいっぱいいると思うんですけど。
おだしょー 今ますますかもしれないですね。
山本 そうですね。細かくすればするほどそれ用の参考書、それ用のCD、それ用のチャンネルが必要になってどんどん儲かるって言う。
おだしょー 確かに。
山本 それにずっと生まれた時から触れてるわけだからみんなそう思うのは無理ないと思うんですが、家族ではそういうふうに分けないわけです。実は一つの言葉を育ててるだけなんだから。
おだしょー すごい風に落ちますね。子供が日本語を覚えるときにそんな4議論なんて考えてもいないですよね。
山本 考えてるわけないですね。言葉は一塊で、その力の現れ方は今言ったように、読むに現れたり、書くに現れたり、話すに現れたり、聞くに現れたりっていうのはあるけれども、言葉の力そのものは一塊だろうと思います。
おだしょー これはせっかくなんで、この英語家族の本からもうちょっと先の話ですけど、この本の後に、まさに今で言えば、やっぱり今日一番伺いたいことの一つで、チャットGPT出てきて、翻訳ツール出てきてると思いますけど、そういう意味では、坂井さんはこの翻訳ツールとか、この辺りはどう捉えてますか?
今の話を伺った上だと、個人的には楽しむことによりも特化して、必要なものはそういうツールに任せてもいいのかなとか、その辺はどんなお考えでしょうか?
坂井 AIっていうのが話題になって、英語教育関係は大騒ぎになった。つまり、日本語を入れると英語で出てくるから、宿題とか試験とかレポートとか、そういったものが意味なくなってしまう可能性がある。
僕がその時に言ったのは、宿題とか試験とかレポートとか、そういったものが必要な授業をやるからいけないんだ。そもそも。フェイスブックだったかな、その記事を書いて、最後にNPOラベルの家族では、宿題も試験もレポートもありません。
そんなものなくたって、人々は伸びていくんです。だから、まず第一に、変われるものだったら変わってもらえばいい、その通りです。非常に大きな問題はもちろんあると思うんですけども。じゃあ何が残るかっていうと、一人一人に合わせたものは難しい。