00:24
言葉があなたの中にある。
わたるです。ゆいこです。つかだです。ひかるです。
久しぶりの4人。全員が集結しました。
盛り上げながら、盛り上げながら、ってなっちゃった。
なんか、あの、CDみたいなやつだよね。ちょっと気づいた。
そうそう、気づいた。
Spotifyではね、起こり得ない。
そうだね。現代では起こり得ない音、飛び方。
久しぶりだね。元気ですか?
4人は久しぶり。
2ヶ月ぶりぐらいですか?
1ヶ月半ぶりぐらい。
バタバタしてて、本当にすいません。
いや、すいませんってことは1個もないんで。
おせけないなって思って。
これないなーって。
6月ですね。
ちょっと涼しくなったよね。
夕方の風がどうしても涼しい。
最近33度とかになると、
今日ちょっと涼しいなみたいな。
おかしくない?これ。
おかしいよ。
33度の日のこと、涼しいと思っちゃってて。
頑張ったもんですよ。
最近の話として、
あることを考えてたんですよ。
そのあることというのがですね、
いつの回だかな。
シャープ、
塚田くんが引用してくれた回の話が
ずっと念頭にあって、
頭の中に。
今日は当たり、今日もハズレ。
シャープ40の回なんですけど。
クリップタイプの4の回。
あれで、ハズレの日があるみたいなの言ってた。
言ってた。
それが一番の趣旨だったと思うんだけど。
ハズレどうしようって話を取らせてもらった。
それがずっと頭の中にあった。
最近ちょっと僕も忙しかったんですよ。
8月、7月末から。
忙しそうだね。
いろいろ仕事をね。
今までやったことない仕事を大量にやるみたいな。
03:00
いい機会だったんだけど。
でもすごいアドレナリンが出てる。
こなすこととか。
現場で。
リアルなイベントのステージの演出みたいな。
でもめっちゃアドレナリンブリンブリンに出て
進行していかなきゃいけない。
すぐに判断した。
戦士状態になってた。
戦い。
ソルジャー状態になってたんだけど。
1週間くらい、9日間イベントがあって。
週間になってくるにつれて。
これ、多分終わった瞬間
反動が来るんだみたいな。
なんとなく分かってた。
このままブリンブリンにアドレナリン出て
急にスンッと仕事がなくなると
休みになっちゃうから。
反動で大変なことになるなと思ってたのね。
案の定は翌日何もできない。
その時にいろいろ考えてたの。
なんでこんなことになるのかっていう。
ダウンしてることってこと?
そう。
確かに忙しさから急に抜け出した時に
不意に気が抜けるみたいなのはあると思う。
でもそれよりもっと
原因があるんじゃないかなと思って
いろいろ考えたことで
導き出した仮説があって。
これ多分塚田君も一緒なんじゃないかなと思ったんだよね。
それが何かっていうと
自信はあるんだけど
自尊心が低いっていう。
仕事とかも
例えば初めての仕事を頼りに任せてもらえるみたいなのは
ある種信頼されちて
この人ならやってくれると思ってくれてるから
上の人も振ってくれてるんだけど
それにちゃんと応えたいみたいなのもあるし
なんだかんだ頑張ったらうまくいくみたいな経験があるんだけど
それは自信なんだ。
でも何かしてないと
自分は価値がないって
ちょっとやっぱ思っちゃう。
俺はそれもそんなことないってよく言ってるんだけど
頭ではめっちゃわかってるし
そういう人には言えるんだけど
やっぱりそれが根底にある。
いるのは辛いよって
遠畑海人さんの本とか
いろんな他の本でもよく書かれてるんだけど
DoとBeみたいなのがしゃべっちゃう。
Doで生き生きとできるのは多分自信なんだよね。
でもBeでも生き生きとしていられるのは自尊心で
別に何もしてなくても
ゆるっと過ごしてても
別に充実した気分になれるみたいな
そこがないんだろうなと思って俺。
能力主義とかそういう話だと思うんだけど
常に頑張ってないと
頑張って人から褒められたり
一目追われるようなこととか
06:00
それが
ある種の刺激なんだよ多分。
人からどう見られてるか
それにどう評価されてるかが
そんなの別にしょうもないって思ってんのに
それをちゃんとコミットすること
得るっていう刺激を得続けることが
その実感が大事って思っちゃってるから
それが急に仕事がなくなった瞬間に
何もしてない自分が認められない
切れられなかったり
みたいなことが
塚田くんも一緒なんじゃないかなと思って
ハズレの日って思っちゃうわけじゃん
何もしてなかった人が
収穫がないなと思っちゃった日
私、Doがうまくいかない時も
ハズレの日になっちゃう
でも多分そうで
Bがしっかりしてれば本当はいいんだと思う
あと自信と自尊心の話を言うと
すごく
先生方がそうだよなって思うところがあって
ただそれは自尊心が
他人とかでよりは結構自分にあって
なおかつそれのハードルがめっちゃ高いから
毎回自尊心が溜まんない
人が褒めてくれたりとか
いいって言ってくれてるはずなんだけど
いやでも自分
みんな気遣って言ってくれてんじゃないかな
みたいな
不健全な謙虚みたいな
あんまりそれごとくしない
謙遜感があるなって思う
だからあの回で俺は
偉そうにその
手のひらに当たる
早春の光にさえ気合を感じられない
みたいな仕様さ
引用したんだけど
やっぱそれって結構やっぱ繊細な感覚で
あれでしょそれもなんか探求状態にならないと
いけない
そこには感じられないかもしれないなと思っちゃって
それはなんか能力を発揮して成果を出したり
人に認めてもらうとは違う
違う探求の方法みたいな感じですね
Bの自尊心の高め方
自分を褒めてあげようとかさ
何もしなかった自分でも
生きてるだけで偉いみたいなセリフとかあるじゃん
それが飲み込めなくて
俺も飲み込めない
いやいやそんなこと分かってるしって思っちゃう
それじゃなくて他の
どうにかその
自尊心を高める方法を少しずつ見つけていかないと
これはあんま持続可能じゃないなと思って
ちょっとずつでもその飲み込めるようになっていくのは
新しい自尊心の
自尊心を受ける需要期間みたいなものが筋肉だとしたら
それ筋トレというかさ
それ訓練でなっていくのかなとか
特にこの3人とか見てると
それが上手なように見える
もちろんそうじゃないと思う部分もあるけど
なんかすごい気づきが
さっきの創始の光じゃないけどいいなとか
09:00
この本読んでてこう思ったんだよねとかは
すごくその
Pが巧みだなと思う時はあるけどね
一緒にいてうれしいというかいいことだし
だから本を読んでる時とか
映画見に行ったりとか
一人で見てても俺は結構
満たされるわけよな気持ちが
気づきとか
でもなんか
そうね
それが余裕がある時はそれでいけるんだけど
なんかその急にふんって仕事が無くなった時とか
そうだね
やっぱそれが映画化にもいけないし
本もまともに読めなくなっちゃうんだよな
そこは切り替えみたいな話なのかもしれないけど
なんか最近は
ジムに行って
体を傷つけることで心を満たそうとしてる
それもドゥだよね
それも結局ドゥだよね
一人で楽しんでやってんだけど
ひたすら走ったりとか
でもその意思に対してさ
行動が伴ってるっていうのは
なんかすごく
Bの状態の一つとしてはいい気がする
こうしたいとかこうありたいってことを
ちゃんとできてる
だからドゥとBを明確に分けたように言ったけど
結構一緒だよね
マージナルだからあんま境界があるようじゃない
みたいなのもあるかもしれないし
筋トレってドゥとBを繋げ
ドゥがあってのBみたいな感じで
めっちゃ分かりやすいよね
マルスダイエットとかもそうかもしれない
でもさなんかふとさ目的が気になっちゃう
何のために俺こんな
何のために俺こんな重いものを持ち上げたり
引っ張ったりしてんだろうみたいな
気になる
ふとあれ何のためにやってんだろう
結局これもなんか
人からの承認なんじゃないかみたいな気がしたんだよね
例えばさ30
差し掛かってても分かる分かる
身体のその身体がショットしてるみたいな
そういう神話もあるしね神話というか
人と宗教もあると思うし
本来はさ別に腹出てたってさ
いいわけじゃん別に
なぜその人から良いと見られようとしているんだ
俺はみたいな虚無が
なんか難しいところだよね
人から良いと思われようとしているわけじゃないけど
なんかないんじゃないかと思ってるけど
実際は
でもなんかそのお腹を引っ込ませようとかさ
なんか痩せようとかって別に
本当は別に人がどう思うかじゃなくて
自分がどう思うかの軸もこの尺度もあるじゃん
なんかそれ痩せるとか自体がなんか
人から良いと思われようとしてるものみたいになってない
なってるなってる
なんかそうなってるからこう
なんか痩せって何の目的があるんだろうみたいな
12:02
なんか人から良いと思われようとしてるんだよなって思う
でもさそれと同時にやっぱ
筋トレしてると腰痛とか全然ないし
結構腰痛持ち
そり腰だから腰痛なんだけど
マジで腰痛ないし
なんか気持ちがいいわけよ
そうだよね
仕事で忙しいとなんか身体的に気だるい感じがずっとある
なんか結構そのある理屈を聞いて
すごい腹落ちした理屈があって
前も言ったかもしれないけど
サラリーマンがゴルフとか釣りにハマるのって
ストレスがあるからって言って
何でかっていうとなんか
仕事上のストレスとか心のストレスって
他の心のストレスによって相殺されるみたいな
心のストレスのキャパっていうのは決まってるから
例えばその仕事でうまくいかないなっていう
あと2週末で自分が思うようにショットが撃てないなって
ゴルフのストレスとか
思うように釣れないなってストレスが
その仕事ストレスを消してくれる
だからやっぱり
なんかこの
掴まれちゃってるところから逃げるみたいな
別のところに逃避させるみたいなこともあると思うし
なんか
やっぱでも走ってる時は走りの辛さがあるからさ
そうだね
とかなんか
重いもの持ち上げてる時はさ
その辛さがあるから
気が紛れるみたいなのもあるし
でもなんか
そんなことしなくてもなんか
緩やかに過ごしたいなって思ってるんだけど
でもなんか
身体が衰えていくわけじゃん
何もしていないと身体の調子が悪くなって
身体の調子が悪くなると
なんか結構
心の調子もなんか
腰痛いなーとか
足痛いなーとか
これがその
心の不調につながってくるとか
機嫌が悪くなってくるみたいな
それが嫌だから
運動からは逃げられないというか
身体を保っていくためには
痩せるかどうかというよりは
身体を保って機嫌を良くするために
どうするんだけど
それにこんな重いものを持ち上げるのが
必要なのかっていうのもあるね
なんかトップとかでは
起きないんじゃないかみたいな
だから俺散歩めっちゃ好きだから
散歩したいんだけど
暑すぎてない
最近やっぱ夏は
散歩量落ちるんだよだいぶ
それもあってやっぱ
ジムの限られたスペースで
負荷をかけるしかないみたいなのが確かあるかもしれない
っていうね
自信はあるけど自尊心が低いみたいな
そうだね
それはあるな
ハズレの日とか
なんかさ
最近読んだ本でさ
多分みんな読んでるんじゃないかな
4人中4人読んでるかも
15:00
みんな読んでるというか
何人かが読んでるんじゃないかなって
思う本で
おいしいご飯が食べられますように
読んだ
これ読むの読むの?
すごい
おいしいご飯が食べられますようにはさ
結構普通に読みやすくてさ
ザーって読む
会社にいる仕事できない
体調も悪い
みたいな子がみんなに気を使われて
あんまり仕事しないで住んでるけど
その分自分はタフで
仕事をバリバリしている
しあと自分の生活はあんまり豊かじゃない
生活自体を豊かにするみたいなの
あんまり好きじゃない
主人公と
その人が思い寄せる男の人
自分と似たような感じの男の人が出てくる
で
なんか
その特に
思い寄せてる男の人の方は
おいしくご飯を食べるとかがまず好きじゃない
おいしくご飯を食べることが好きじゃない人って
なんか良くないみたいな
世間一般の
なんていうの
圧みたいなのがあって
おいしくご飯食べるの好きじゃないことも許されないのかよみたいなさ
確かになんか
その
なんていうんだろう
仕事してない時の自分のことをさ
愛した方がいいとかさ
おいしいご飯とか食べた方がいいとか
おいしいお茶とか飲んだらみたいなさ
確かにね
それをなんか
めっちゃ大事だと思うけど
それは大事だと思ってない人だけど
明らかに
上悪いなこの人みたいな
仕事しすぎてるなとか
なんかこうきつくなってきてるなみたいな人を
どうやって休ませたらいいかっていう
なんか
私は結構なんだろう
ゆっくりすることとかさ
おいしいご飯を食べることとか
いっぱい寝ることとか
そういう
よく休んでよく寝なみたいなこと言うけど
そういう必要としてない人に
どうして休ませられるか
結構難しい問いだなと思って
確かになんか我々は
休息のことを尊いと思いすぎてるかもしれない
豊かな生活のこと
穏やかな生活
だからさ穏やかに生き延びることが
より良いこととされてる
なんかそれが鬱陶しく感じることがあって
頑張らなきゃいけない時とか
そうだね
でもその頑張らなきゃいけないことも
18:00
本当に頑張らなきゃいけないのかとかさ
いやそう
そうそうね
そのなんか
なんだろうその
人生
わかんない人が違うから
もうこれなんか考え始めたら
わかんなくなっちゃうんだけどさ
なんか別に人生って
そのなんか
その今目の前にある仕事を
絶対に貫通させなければ
なんか
だからそんな体を壊してやることなのかみたいな
その目の前にある課題を
とかなんかめちゃくちゃ辛い気持ちになり続けて
そういうのが必要な時期もあるけどさ
それって本当に
その人にとって必要なんだろうかみたいな
客観的に見て
休ませてあげた方がいいんじゃないかって思う
けどなんか
それをどうやって
実際になんかさ私がさ
じゃあもうここでやめてくださいみたいな言えないじゃん
でもなんかその目の前にいる子が
友達だったりとかした時に
例えば塚田くんがめっちゃ辛い
この時にさ
これ塚田くんの人生だしな
みたいな感じで
思うよね
でもなんかそれで
塚田くんがなんか辛い感じになっちゃったら
結構やだなとかも思うけど
これめっちゃ難しいことなんで
そうなんだよね
自分ですらわかんないから
なんか
そうだね
やっぱ他人の人生の責任取れないからね
そこが難しいよね
なんかでもさ
何が今この人何が欲してるのかみたいな
本人も気づいてないことって多分ある
なんかその欲求に気づけずに
むやみやたらになるか
まあおよそ多くの人はそうしてると思う
なんか
何が欲しいのかは別に言語化しない
はっきりそこまで言葉にしないけど
その中何かに飲み込まれていく人って
結構いるなって思うんだよ
それがなんか
資本主義的なそのもの
消費物みたいな人もいれば
労働とかもあるし
他社もあるし
様々な形でそれが露呈してて
そこをなんか一緒に探ってあげる
とかなのかなと思うんだよ
今何が大事だと思うみたいな
すごい頑張ってると思うけど
今何が何を大事にしてるって
それはなんか
コミュニティ内の信頼なのか
でも
急に否定はできないから
いろいろ対応して
今何が大事って聞いて
でもそもそも
それってそんな大事じゃないよねって
本人が気づいたら一番いいじゃん
俺もだから
同じような境遇にあって
1,2年とか
社会人になって1年目とか
21:01
ひたすら信頼を得るために
自己犠牲してた
2年間ぐらい休みなかった
みたいな時期があってさ
ふとなんか
いやこんなの別に
信頼とかじゃねえなみたいな
辞めたら切れる繋がり
に対して
別に信頼とかじゃない
とかさなんか
自分で気づくしかない
みたいなのがあるよね
最初的に
それこそ
本当はそれって
この考え方自体おかしいかもしれないけど
もっと大学生とか
早い段階で
気づいておきたかったなと思いつつ
自分も比較的
なんとなくうっすら
これがいいことなんだなとか
快だなっていうのは
見えてきはいるけど
でももうすぐ30になるのに
未だに見えないのかと思って
絶望してました
全く同じこと思ってた
まだかみたいな
全く同じこと思ってた
うっすらはあんだけどね
実践までいけないしなとか
こんな不悪なというか
こんな悩んでんだ
30くらいの人
もっと14くらいで
気づくべきじゃないかみたいな
思っちゃったりするよね
でも固定化されたいのが
逆にいいことなのかな
私は絶対これで
俺はそっちに希望
最初の時はそっちに来た
だってさ
あなたの役目は
米を育てて売ることですけど
江戸時代の百姓の
市の交渉みたいな
嫌じゃん
自由
完全な自由じゃないけど
別に何したっていいっていう
ある程度の自由
そこの悩みとうまく合致していくのが
もしかしたら結婚を育てとか
っていう人たちもいるのかな
家を買うとか
ライフステージで
何かを達成し
次の課題が生まれ
乗り越えていく
保育園探しとか
中学受験とか
どうなんだろう
確かにあるし
家族結婚して
子供を持つとかってなると
自分の課題だけに
目を向けてられなくなるから
気が逸れるってなる気がする
そこはうまくマッチしてる
見つからない人たちが
自分のことだけで悩み続けるのは
苦しいみたいなところもあるよね
でもまた人生の主人公でいたいしなみたいな
一生人生の主人公
誰かの迷惑でいたい
一生主人公だと思う
でもわかんないよね
24:02
最近友達が
中高大って一緒だった友達がいて
すごい仲いいんだけど
その子に子供が生まれて
今8ヶ月
会いに行ったの
初めて子供に会ったんだけど
中1から友達
学校一緒で
高校2,3年生はずっとクラス一緒で
いつも4人で一緒にいる人だったんだけど
大学も一緒
その子が
出産の時の話聞いたら
出産する1ヶ月前に
状態が悪いことが分かって
リスク
ハイリスク出産になることが分かった
胎板がつく位置が通常と逆で
子供が生まれる時って
私もその時この間知ったんだけど
子供が下にいて胎板が上にいる
胃側にいるらしい
そうすると子供が先に出て
先に呼吸できるようになって
胎板が後から落ちる
その子は胎板が下で
子供が上にいたんだ
先に胎板が出ちゃうと
子供は呼吸できなくなっちゃうから
おへそのものを通じて
酸素があるとか
それが出ちゃうと
酸欠になるんだ
酸欠になっちゃうから死んじゃうかもしれない
厳密には呼吸っていうよりは
血液に酸素がある
だから手を折解しなきゃいけない
手を折解があったよりは
胎板が下にあること自体が
すごい危険らしくて
大量出血をする可能性が高いんだって
だから本来産もうとしてた病院じゃなくて
もっとすごい大きな
超有名な病院に行かなきゃいけなくなって
そこで産んだらしいんだ
手を折解って意識あるからさ
お腹切って取られるところまでは
記憶があるんだって
取られて産まれましたよ
みたいなのが聞こえて
そしたらお医者さんたちが
あれ?みたいな
血が止まらない
ってなって
結局3リットルくらい血が出て
3リットル?
もともと事前に
何回血のために
800ミリリットルくらい血液を
取っておいてたんだ
自分の血を輸血して
なんとかギリギリ生き延びたけど
本当に生死をさまよった感じだったらしい
でも超健康な友達で
病気をしたこともあったけど
でも運動してて賢くて
超仲良い友達だった
え?ってなって
めっちゃびっくりしたんだ
その子は
しかも手を折解ってやっぱ
産むときは痛くないけど
内臓まで切ってるから
めっちゃ痛いらしい
あんまみんな言わないけど
27:01
めちゃくちゃ痛くて
入院して出てきて
でも子供いるじゃん
超動けないくらい
歩いてるとずっと痛い
でも子供を抱っこして出なきゃいけなくて
子供が泣いてたら
面倒見なきゃいけないんだよ
めちゃくちゃお腹痛かったけど
産まれちゃってるからしょうがないよね
すごい子供お腹とか蹴ったり
暴れたりして
めちゃくちゃ傷口が痛むんだけど
しょうがないから抱っこしてるし
自分が主人公だと思ってたら
その傷抱えたときに
めちゃくちゃ痛いからってなるの
産まれちゃったから
こいつの面倒見なきゃいけないから
こいつの抱っこをやめることは今できないみたいな
なってみたいな
言われて
すごい母
母というかなんか
人を育てるってそういうことかみたいな
それは本当に断片でしかないけど
産まれた瞬間の出来事でしかないけど
なんかめっちゃ
主人公変わったかと思ったんだよ
その子の中で自分の傷よりも全然
ここにいる子供の方が
抱っこしてほしいかどうかとかの方が大事みたいな
これさ今ちょっとふと気づいたことがあって
主人公を楽しめるものは何かみたいなこと
主人公だよとか言ってるけど
物語批判の
物語化批判の哲学
乱暴
結城さんの本を読む前からなんとなく
いろんなものを物語としてみんな捉えすぎじゃないか
みたいなこと思ってたからさ
あったんだよね
だから主人公であるっていうことも
なんとなくちょっとあんま間に受けないようにしてた
でも
でもそう思って
主役でやりたいってみんな思うじゃん
それを楽しめるのは何かと言ったら
自分の痛みなんだろうなと思ったのね
俺は結構あんまり自分の主人公
人生の主人公だってあんま思ってなくて
でも何故そう思わないかって言ったら
俺はなんか
おじいちゃんおばあちゃんが多い
自分と一緒に住んでたら
おじいちゃんおばあちゃんが多いっていくうちに
痛みとか
彼らの痛みとか変化が
結構家で実家で感じてて
前ツイッターに書いたんだけど
おじいちゃん祖父母の痛みは
自分の痛みだみたいなと思ったことがあって
自分自身の体が痛むような気分になるみたいな
その瞬間さ
自分のそれまで自分の視点しかなかったものに
痛みって誰かの視点を
例えば赤ちゃんが泣いてたら
何で泣いてるんだろうとか
熱発熱して苦しそうになったら
そこを変わってあげたいみたいな
痛みってその人の視点が見えるような気がして
誰かの別の人の視点が自分の人生に入り込んでくる
みたいな瞬間に主人
主役ではなくなるような感覚があるんじゃないかな
みたいな思って
むしろね
30:00
自分自身の痛みだけは相手にしてればいいんじゃなくて
他者の視点から見える痛みを
俺に向き合わなきゃいけないみたいな
それを別に拒否することもできるし
でも主役じゃなくなる感じってそこにあるなと思ったね
赤ちゃんが泣いてたらさ
それがどうにかしてあげたいと思うというか
パースペクティブが増えるというか
確かにね
それは寂しいことじゃない
子供ができたらそれを感じる人が多いんだろうかもしれないけど
親とか祖父母に感じることもできるというか
あっという間に
これだけで結構いい時間
一旦今日このぐらいで二つ段階として
ということで今回はこの辺で
ありがとうございました